2009年05月07日

小1プロブレムの心配は?(4)3

91b032d9.JPG 本記事は、『小1プロブレムの心配は?(1)』からのシリーズとなっています。

 そして、『小1プロブレムの心配は?(3)』の続きです。


 
 約10年ほど前、『新1年生の、4月当初からの4校時授業、給食開始』の、保護者からの要望が強まり、市町村長選挙などでそれを公約に掲げる候補者もいたことから、教育委員会が、教育現場に強くはたらきかけるようになったわけだが、

そのころのことを、もう少し補足させていただこう。

 正直に申し上げて、わたしは、校長として、大いなるジレンマのなかにいたのである。



 と申すのは、

 もとより、『保護者のニーズの高まり』と言っても、各学校一様だったわけではない。

 教育委員会に対し、給食の要望、あるいは、早く下校してくることへの苦情など、そういう声が多く寄せられるようになったことを、承知してはいたものの、わたしの勤務する学校において、そういう声はなかった。
 共働きの家庭は、少ないようであった。


 いよいよ、この問題が差し迫ってきたころ、わたしは、PTAの会合でも、そのことを話題とした。

 なかには、驚く役員さんもいらした。

「ええっ。4月最初から4校時の授業にするのですか。うちの子だったら、もつかしら。だって、もう、『2校時で下校』のときだって、うちへ帰れば疲れ切って、バタンと寝っころがっていましたよ。」

「そうですよ。入学してすぐのころは、子どもだって大変。

 大きいお兄さん、お姉さんに遅れないように急いで登校して、教室に入るまでに校舎の中で迷子になることもあるし、教室で自分の席を見つけてすわるまでが、もう、やっとという感じだし、それで、けっこう疲れてしまうようですよ。」

「そう。それに、雨なんか降ったら大変。もう、雨の日の昇降口なんか、ごった返していますよね。」

「それなのに、給食までいることになるのですか。大丈夫でしょうかね。・・・。いやあ。先生方だって大変だと思いますよ。何にも学校のことが分からない子どもたちを相手ですからねえ。」


 そう言っていただけるのはありがたかったが、

 そして、正直のところ、『我が校は、これまでどおり、5月からの給食開始でも、大丈夫ではないかな。』と思わなくもなかったが、


 しかし、我が学区の外にまで目を広げ、広域的に地域をとらえれば、

 早く下校させても、家には誰もいないで、一人で昼食をとる子もいるわけで、

 また、お金を持ってコンビニなどにお弁当を買いに行く子もいるわけで、

 ここには、どんな教育論も通じない世界があるのだった。


 わたしは決断した。

 我が校だって、今は差し迫った問題でないかもしれないが、やがて近い将来、喫緊の課題となることは明らかだ。だから、方向性としては、教育委員会の言うとおりにする必要があるだろう。

 それなら、近隣校より、少しペースを遅らせよう。授業時数を増やすのも、給食開始も、急いでやる必要はなさそうだ。

 教育委員会も、わたしが一つの方向性を示したことは確かなので、遅らせることについて、とやかく言ってくることはなかった。



 ここで、わたしが強く思ったことは、

〇『社会が、家庭が、どんどん変わっていくことは、子どものために問題だ。』と言いたかったわけではない。

 逆だ。

 保護者といえども、それぞれのニーズに合った多様な生き方を求めるのは当然なことだし、それによって、より充実した家庭生活を実現させることができるなら、それはすばらしいことなはずだ。

〇ただ、子どもはいつの時代も変わらない。『10年前の子どもより今の子どもの方がしっかりしているから、幼稚園・保育園から学校への接続をスムースにすることなど、考える必要はない。』などということはない。

 大人の保護を必要とする事情、接続をスムースにしなければいけない事情、こうしたことは、時代が変わっても、当然配慮しなければいけない。

だから、学校も含め、社会全体で、子どもがさびしい思いをしないで済むように、それを支えるシステムづくりをおし進めていくことが肝要だ。

〇そうだ。これは、少子化をくい止めるためにも、絶対必要なことだ。



 行政もがんばった。学校だけに、その配慮を押し付けたわけではなかった。学童保育は以前からあったが、それに加えて学校の施設を使用しての放課後学童クラブの充実などを図っていった。

 

 しかし、それから10年。ことは、望ましい方向に進んだのだろうか。

 確かに、『子どもが家に帰っても一人ぼっち。そして、昼食の孤食状態。』ということは改善された。

 保護者も安心して、共働きができるようになったと思われる。



 だが、だが、

 その一方で、『小1プロブレム』といわれる状況が生まれてしまった。



 そう。生まれてしまったのだが・・・、
 
 ここが判断のむずかしいところで、
 
 そこに因果関係があるのか、つまり、入学直後から学校に長時間いるようになったために、こういう状態が顕著になったのか・・・、

 これは誰にも分からないことだ。


 ただ、もし因果関係があったのなら、これはもう、生身の子どもが犠牲になっているわけで・・・、


  
 そこで、本シリーズ冒頭では棚上げさせていただいた『小1プロブレムに至る原因』について、考察していくことにしよう。



 かつて拙ブログで、『小1プロブレム』をとり上げたことがあった。

テレビ報道番組から、(3) 家庭と学校と

 また、直接、このテーマにふれた記事ではないが、近年の幼稚園経営の問題について、ふれたことがあった。それは、

幼稚園の教育が危ない!?


 この双方の記事に、『小1プロブレム』の原因となるものは何か、書いているので、今、そこから抜き書きしてみよう。
    
 また、同番組、及び、拙ブログに寄せられた視聴者、及び、読者の皆さんの声なども書かせていただこう。



 それでは、どうぞ。『小1プロブレムに至る原因』と思われるものです。

 

・幼児期からの基本的生活習慣等、しつけの欠如

・少子化や地域の教育力の低下などによる子育ての孤立化

・子どもへの指図のし過ぎ。大人の言う通りになる子をいい子とする傾向の増大

・幼稚園・保育園が集団より個を尊重する教育を打ち出したこと

・保護者が、幼稚園・保育園に対し、自由のびのび保育より、しつけ、訓練的な保育を望むようになっていること

・幼稚園・保育園も、少子化の波を受け、経営上、保護者の要望を受け入れざるを得なくなっていること

・一人親、共働きなどで、子どもと十分向き合えない家庭がふえていること

・家庭の教育力の二極分化の進行

・低学年の子の心をひきつけられない、学校の教育力のなさ

・軽度発達障害児が一般の認識よりは多く、そういう子への理解のなさや適切な対応がとれていないこと

 このようになった。実に多岐にわたる理由があるものだ。驚いてしまう。

 まとめてみると、

〇家庭の教育力の低下を指摘する声が多いが、

〇幼稚園、保育園の教育の問題、

〇小学校の教育の問題、

〇社会の問題、

とする声もある。


 ここで気づくのだが、『接続』そのものを問題視する声はなかった。すなわち、小学校の授業時数増を問題視する声はないということだ。

 しかし、幼稚園・保育園の指導、保育のあり方、内容などが変質したという指摘はある。



 さあ。そこで、この問題をもっと掘り下げるために、

 わたしが経験した、『小1プロブレム』に、2例ほど、ふれさせていただこう。


 まだ、こんな言葉がなかったころの話だ。

    (次回へ続く。)


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 なんか、とりとめのないような記述で申し訳ありません。

 また、けっこう書いている内容に、重複がありますね。それも申し訳ありません。

 次回は、何とか、最終にもっていきたいと思います。

 そして、子どもたちのために、大人が努力すべき点を指摘させていただきたいと思います。

rve83253 at 13:54│Comments(6)TrackBack(0)学校経営 | 教育制度・政策

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この記事へのコメント

1. Posted by 中田   2009年05月07日 15:12
自分の頃と比べて、
あらゆる面において、
環境、状況が変わってしまいました。
子供達のためと言いながら、
社会は男女平等の世界になり、
実は大人目線での子供の型に、
はめてしまってはいないだろうかと、ふと思うのです。

ただ現実問題として、
共働きが増えれば、その間、子供達を見守る大人、
施設、環境がいるわけで、
学校も変わらざる負えない面はあるかと思います。

問題の原因となるものが、
複雑に絡み合って、
また相反するもの(過保護と放任)もあり、
学校だけでなく、
保護者も、この問題について、
よく認識し、各家庭で考えねばなりませんね。
2. Posted by フルタ   2009年05月07日 23:42
ご無沙汰しております。

第4話を読んでいると、小学校に慣れない子ども達と先生方が共有する時間が長くなったため、問題が顕著に感じられるようになったのかとも思われました。
また、現在の学力アップに向け、複数の対策を立て子ども達に実行させねばならない状況も先生方の余裕を奪い、号令通りに動けない子どもへの対応を難しくさせているのでしょうか?

小1プロブレムは、今と昔を比較し、昔は指導が厳しかったからと単純に解決できるものではなさそうですね。

>すなわち、小学校の授業時数増を問題視する声はないということだ。
はい。以前は私もそうだったので分かります。でも、toshi先生のブログを読んだり、上の子やその友達の成長を観察しているうちに、大切なことは別にあると思えるようになりました。

最終回を楽しみにしています。
3. Posted by himebun05   2009年05月09日 08:51
初めまして。
初めてコメントさせていただきます。
今までちょくちょく訪問させていただき、
とても勉強させていただいています。
これからも楽しみに読ませていただきたいと思っています。

小学校1年生の給食、
私が教員になって20年ほどですが、
勤めた学校では
入学式の翌日とか二日後とか、せいぜい三日後の給食開始でした。
そのため、1年生の最初は、学校にいる時間の半分生活指導、半分給食指導という感じでした。

ですので、給食が始まるのが何週間後というところを聞いて、びっくりでした。

今1年生の担任ですが、
幸い単級で保育園からほとんど同じ集団ということで、生活指導面では助かっている分もあります。
(その分別の問題もありますが・・・)
4. Posted by toshi   2009年05月09日 11:57
中田さん
 男女平等は、間違いなくいいことなのです。そういう時代の生き方を、子どもが無意識ななかに学んでいることも、いいことだと思います。
 ただ、日本の場合、まだまだいびつですね。
 人々の意識より、形が先行しているのだと思います。急速に共働きが進行しているなかで、まだまだ男は外で働き、女は家を守るという考え方はなくなっていませんね。これは、多様な生き方を認めていないということです。
 それも子どもたちは学んでいると思うと、ちょっと残念です。
 もう一つ。中田さんがおっしゃる《実は大人目線での子供の型に、はめてしまってはいないだろうかとふと思うのです。》の点ですが、
・共働きの形ばかりが先行し、社会的な意味での、子どもの受け皿が整っていないですね。保育園の待機児童などという実態が今もありますものね。
・もう一つ、大人の生き方に、無理やり子どもを合わさせてしまっている点がありますね。
 子どもにとって生きにくい事情がだんだん増えてしまっているような気がします。
5. Posted by toshi   2009年05月09日 12:08
フルタさん
《小学校に慣れない子ども達と先生方が共有する時間が長くなったため、問題が顕著に感じられるようになったのかとも思われました。》
 わたしもそのように思っていました。
 しかし、himebun05さんのコメント3番を読ませていただきますと、《1年生の最初は、学校にいる時間の半分生活指導、半分給食指導という感じでした。》とあり、もう、この方の地域では、むかしからそうだったとのことで、『ゆとりある生活が送れていれば、問題はないのかな。』と思いました。
 ですから、フルタさんがおっしゃるように、学力アップへのプレッシャーが授業時数増と結びついているなら、これはやはりまずいでしょうね。
《小1プロブレムは、今と昔を比較し、昔は指導が厳しかったからと単純に解決できるものではなさそうですね。》
 はい。これははっきり違うと申し上げていいでしょう。記事中に書かせていただいたように、『一触即発』傾向のある子どもがふえている状況ですから、心が通わないなかでのきびしい指導では、不登校がますます拡大するのだと思います。
6. Posted by toshi   2009年05月09日 12:19
himebun05さん
 やはり、日本全体をみれば、そこにはいろいろな形があり、互いに自分の地域と違う状況に驚かされるということのようですね。
 わたしも、『ずっとむかしから、年度当初からの給食あり』というのは、驚かされました。
 でも、フルタさんへのコメントでもふれさせていただいたように、《1年生の最初は、学校にいる時間の半分生活指導、半分給食指導という感じでした。》という状況であれば納得です。
 今もそれは変わっていないのでしょうね。
《保育園からほとんど同じ集団ということで、生活指導面では助かっている分もあります。》
 これは、両面ありますね。おっしゃる通りと思います。気になる傾向の強い集団ですと、学級経営はものすごく困難になることもありえますものね。

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