2009年05月29日

学習問題とは(5) 社会科の教材発掘4

f5e0e5b5.JPG 初任者は中学年を担任することが多いが、それだけに、社会科指導に関しては悩ましいところがある。

 なぜかというと、

 中学年社会科は、子どもたちにとって身近な、『我がまち』をとり上げる。しかし、初任者の担任にとっては、けっして、『我がまち』ではない。ついさっき着任したばかりの学校であり、土地である。まちのことなど、暗中模索と言っていい状態だ。

 そこで、初任研担当指導教員の出番となる。

 もっともわたしのように、初任者同様、着任したばかりという指導教員も多いだろうけれどね。

 でも、ツボというか、見方というか、押さえどころは分かっている。



 過去に、そのことを記事にしたこともあるので、よろしければご覧いただきたい。

    新しい学校が決まった。

 ここでは、3年生の学習について、ふれさせていただいた。


 今年は、わたしが担当する初任者に4年生担任がいるので、ここでは、4年生の事例にふれさせていただこう。


 ただし、今回は申し訳ないが、授業というよりも、教材を発掘するに当たって揺れ動いた事情を中心に記事にさせていただく。

 社会科の教材発掘が一筋縄ではいかない事情を、ご理解いただければと思う。



 今年、わたしが勤務するA小学校の4年生社会科。

 最初の単元は、『交通事故を防ぐ』である。人々の安全を守る取組について、見学したり調査したりして調べながら、関係機関のはたらきとそこに従事している人々の工夫や努力を考えるようにする。

この場合、関係機関といえば、警察となろう。

 でも、通例、いきなり警察署の学習を始めたりはしない。導入は、やはり、子どもの生活を見つめる努力をする。このことに関して子どもの生活といったら、やはり、最適な教材は通学路だろうね。


 さて、

 今年の我が勤務校は、我が家から2、4km。したがって、気候のいい今は、自分の健康のためにも、歩いて通勤することにしている。これは、学区の事情を知る上でも、役にたっている。

 歩いているだけで、次のようなことが分かった。


・学区を国道が縦貫している。
・その国道の、学校に一番近いところには、歩道橋がある。
・その歩道橋から学校までの道(今、ここでは、『B道路』と呼ぶことにしよう。)はせまいのに、車の通行が多い。そのうえ、歩道もない。

 そんなことが観察できた。


 ここに、学習のきっかけがありそうだ。通学路はどこなのだろう。

・B道路はA小学校への近道で通学に便利だが、果たして通学路になっているだろうか。
・おそらくなっていないだろう。それなら、大きな迂回を余儀なくされているのではないか。


 そんな思いで、通学路を調べてみる。通学路入りの学区地図を見せてもらった。すると、思ったとおりだった。

 やはり、迂回を余儀なくされているのだな。保護者や子どもからの不満の声はないのだろうか。

 
 しかし、驚いた。

 なんと、上記歩道橋も通学路になっていないのだ。歩道橋から50mほど離れたところにある横断歩道が通学路に指定されていた。

 これはすごいことだ。ふつうと逆ではないか。まず、こういう事例があれば、100%と言ってもいいくらい、歩道橋を通学路に指定するはず。そして、50mほどの迂回なら、これは、多くの学校がそうしているはず。きわめてふつうのことだ。

 今度は、反対のことが心配になった。先ほどは、迂回に不満の声がないか気になったのだが、『これでは危険だ。』という声が、地域・保護者からないのだろうか。


 そんな思いで、初任者とともに、朝の通学時間帯、該当の場所に立ち、通学の様子を観察することにした。

 子どもたちは、楽しそうに、大人たちとともに、わたしたちに挨拶しながら、横断歩道を渡っていた。子どもたち数人に聞いてみたが、何の矛盾も感じていないようだった。それはそうだ。日常のことだから、『当たり前』になってしまっているのだろう。

 また、上記歩道橋の様子も観察したが、意外と大人の使用は多いようだった。

 そんなわけで、通学路に歩道橋を指定しないわけは、よく分からなかった。


 そこで、その辺の事情を、A小学校の教員に聞いてみた。しかし、よく理解している教員はいなかった。


 ちょっと暗礁に乗り上げた気分になった。教材化は無理かな。

 なぜ、横断歩道を通学路にしているか。その辺の学校の考えが分からないのでは、授業としてとり上げるには無理がある。


 しかし、数日後、光明がさしてきた。

 『toshiが、通学路のことで不思議がっている。』そういう声が教員間に広がったようだ。一人の教員が調べて、教えてくれた。

・歩道橋を降りたところが、せまいこと。降りると5mほどで、もう、B道路になってしまう。そして、この箇所は、国道から右折、左折してB道路に入る車がものすごく多い。かえって、危険と判断した。

・それに比べると、横断歩道の方は、だいたい国道を直進する車ばかりで、右左折車は少ない。したがって、危険は少ないと判断した。

・そのうえ、横断歩道を使用すれば、多くの子は、大迂回をしなくてすむ。



 そうか。分かった。

 これは、おもしろい学習ができそうだ。おもしろいと思うわけは、


 社会科に正解はない。

 つまりこの場合、『歩道橋使用は危険で、横断歩道のほうが安全だ。』と言い切ることはできない。横断歩道での事故だって起こりうるものね。

 あくまで、『学校が、そう判断した。』ということだ。地域・保護者の支持があったかどうか、それはこの時点では分からない。


 だから、『このケースでも、歩道橋の方が安全だ。』と思う人がいていいし、

 現に、これは、あとで校長先生からうかがったのだが、

 スクールゾーン対策協議会で、A警察署は、『なんで、A小学校は歩道橋を通学路にしないのだ。』と、不満を述べることが多いということだった。

 これは、いい。授業でとり上げた場合、子どもたちも、議論沸騰するのではないかと予想された。


 そこで、初任者と協議。

 さっそく、歩道橋、車で混雑しているB道路、通学時の横断歩道、歩道橋を降りたせまいと言われる箇所などを、デジカメで写真撮影することにし、授業に備えた。


 さあ。

 しかし、ここまでは、大人である指導者側の考えだ。肝心の子どもはどう考えるだろう。もし、子どもたち全員、『今のまま、横断歩道でいい。』と考えるのなら、学習の契機としては弱くなる。切実感、必然性が弱いということだ。

 
 もう一つ。問題点が浮上した。

 横断歩道を通って通学する子は、意外と少ないのだ。初任者のクラスでも、調べてみたら、35人中、8人に過ぎなかった。

 これでは、ほとんどの子にとって、切実感、必然性がないことになる。


 そこで、子どもたちが、切実感、必然性をもって、学習に取り組むようになる、つまり、言葉を変えれば、多くの子が、自分ごととして、この事象をとらえるようになるための手だてを考えることにした。

 以前、記事にさせていただいたように、『しかけどころ』を考えることにした。

 だって、子ども主体の学習では、子どもの問題意識が養われないことには、始まらないのだものね。子どもたちが、『なぜ、歩道橋があるのに、通学路になっていないの。』と言ってくれないことには、どうしようもないのだ。



 そこで、まず、学級のみんなで、通学路探検をすることにした。

 だって、A小学校をはさんで、国道と反対側に住む子どもたちの中には、該当の歩道橋や横断歩道をほとんど知らない子だっているのだものね。

 そちらの方は丘陵地で、坂が多く、道幅も、B道路よりもっとせまい。しかし、車の通行はほとんどない。つまり、国道側とはまったく事情の異なる通学路の様子ではある。一言で言えば、まあ、ふつうは安全と考えられる通学路だ。

 そして、細かくは省略させていただくが、『国道は危ない。あんなに車の通行が多いのでは、横断歩道を渡ってくる子は、かわいそう。はらはらしながらわたっているのではないか。』多くの子にそういう意識をもってもらうために、

 実際に、探検しただけではなく、要所要所、つまり、車の通行のほとんどないところや、それとは反対に、ひんぱんに車が通る国道の歩道橋の上などで、観察したり、通る人にインタビューをしたり、話し合い学習をしたりした。

 これは、わたしが授業を行った。だって、こんな授業、何回もできないものね。

 ポイントだけはしっかり押さえておきたかった。


 そして、初任者に対しては、

 学習問題とは、何か。それをしっかり分かってほしかった。


 簡単に、指導者側が子どもに与えてしまうのではなく、

 子ども自身が、いかに、社会事象を見つめ、いかに、問題意識をもち、追求しようとするか、その気になるか、そのことを大切にしてこそ、真の学習問題となるのだということに気づいてほしかった。


 さあ。今日はここまで、続きは、次回にさせてください。


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 記事中、『社会科に正解はない。』と書かせていただきました。

 しかし、近年、特に今回の学習指導要領改訂では、都道府県名とその位置を覚える学習が重視されるようになりました。これでは、正解主義に陥りますね。

 どうも、つめ込み復活の気運にのって、おかしな風潮が生まれてきています。

 これは、PISA調査を重視して、全国学力調査に活用問題を採用したことと、明らかに矛盾します。

 全国学力調査などによるランキング化の動きや、受験過熱(?)の風潮に迎合したものでしょう。

 またまた、国の無定見ぶりを露呈していると言えそうです。

 この辺については、つい最近の過去記事にくわしく書いています。もし、まだ、ごらんいただいてなかったら、ぜひ、お読みいただきたいと思います。わたしの、それこそ、『切実な思い』を、るる述べています。

    全国学力・学習状況調査実施(3−3)明日の授業に生かすために 

rve83253 at 06:38│Comments(4)TrackBack(0)授業 | 社会科指導

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この記事へのコメント

1. Posted by 夏宗 なつ   2009年05月30日 21:01
何度か、お邪魔しております。

教材の準備における「技」の数々、ワクワクしながら読ませていただきました。
2. Posted by rusie   2009年05月31日 09:01
私は今4年生担任です。4年生の社会科の授業を頑張ろうという気になってきました。
教材研究をして『しかけどころ』をきちんと準備して授業に臨むと,教師もわくわくしますよね。授業が楽しくなるし,子供といっしょにいることもどんどんどんどん楽しくなってきます。学ぶ喜びを共有していけます。
でも,今の悩みは時間と体力の問題です。6時間授業が増えて,放課後の時間が短くなりました。私の場合は,6時半ごろまでは学校で仕事,家にも持ち帰りです。それでも,終わらず,準備不足のまま学校へ・・・という日々です。何を優先するか・・という問題だとは思うのですが,うまくできていないのが実情です。
以前と何が違うのか,よけいなことに時間を取られてしまっているのかもしれません。
シンプルに大事なことに時間をかけたいと思うこのごろです。
3. Posted by toshi   2009年06月01日 04:55
夏宗 なつ さん
 
 ご愛読いただき、ありがとうございます。

 ほんとう。『技』かもしれませんね。子どもとの真剣勝負という思いもしております。
4. Posted by toshi   2009年06月01日 05:21
rusieさん
 《教師もわくわくしますよね。授業が楽しくなるし,子供といっしょにいることもどんどんどんどん楽しくなってきます。学ぶ喜びを共有していけます。》
 ほんとうだ。子どものために骨を折ると、子どもはちゃんと返してくれますものね。これも、『子どもへの信頼』の一つの姿ですね。
《6時半ごろまでは学校で仕事,家にも持ち帰りです。それでも,終わらず,準備不足のまま学校へ・・・という日々です。》
 けっきょくは、できる範囲でがんばるしかないのでしょうね。でも、『こうすればもっといきいきできるのに。』と思いながら、それができないときは、ほんとうに申し訳なくなるし、何とかしたいと思うし、そういう時は、確かにつらいですね。
 そして、再度申し上げます。
 やっぱり、できる範囲でがんばるしかないのだと。そして、達観するわけではないのですが、楽天的に過ごしたいものだと思います。
 ごめんなさい。矛盾していますね。
 ああ。そうか。もう一つ。ごめんなさい。
 rusieさんのブログを拝読すると、十分そのようにされているなと思いました。

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