2009年06月09日

全国学力調査に現れた授業改善の課題は?3

2843ae26.JPG これまで、全国学力調査は、その使われ方にいろいろ問題はあるものの・・・、

 いや、問題があるどころではない。

 ランキング化の動き、結果の開示の動きなど、一部地域においては、子ども残酷物語が繰り広げられており、そこだけ見つめれば、即刻、この調査をやめてほしいと思うくらいであるが・・・、


 しかし、同調査には良問が多く(とは申しても、なお改善してほしい点は多々あるが、)、正しく活用されれば、全国的規模で、授業改善、教員の指導力アップに資するはずであり・・・、

 そうした意味では、実に捨てがたいものなのである。

 ランキング化、結果の開示の動きなどは、宝物を、みすみす、ゴミにしてしまうくらいの弊害をもたらしているのだ。

 ああ。このギャップたるや、ものすごいものがあるなあ。



 そして、拙ブログにおいては、同調査の正しい活用法を、これまでも具体的に述べてきた。

 その一環としては、今年度の調査問題について、すでに、その検討をさせていただいている。

    国語   算数

 そこで、それらを受け、本記事では、授業改善における課題をより明確にするため、昨年度の調査問題をとり上げてみたい。

 『今年度から昨年度へ』とは、順番が逆ではないかと思われるかもしれないが、

 本記事では、『調査結果の概要』をふまえての考察とするつもりだ。そういう意味では、今年度実施分については、まだ、調査結果が発表されていないので、昨年度をとり上げたしだいである。


 『調査結果の概要』というと、またまた、悪夢を思い出してしまうね。

 都道府県別平均点の公開が諸悪の始まりだった。

 一部地域の狂騒ぶりばかりがクローズアップされてしまった。


 実は、子どもの学力を冷静に分析すれば、そこからは、一部の学力における驚くべき実態が浮かび上がってきたはずだった。『これはほっとけない。』国民誰もが、そうした危機感をもったはずだ。

 そして、その危機感は、日本の学校における授業の課題を浮かび上がらせるはずだったし、それは、授業改善や教員の指導力アップにつながる必然性をもっているはずだった。それなのに、そちらの方はほとんど話題にすらならなかった。返す返すも残念だ。

 真実は、こちらの方こそ、クローズアップされなければならない。

 そうなれば、日本の子どもの学力残酷物語どころか、逆に、日本の子どもを幸せに導く架け橋となったはずであった。


 いや。違うね。

 これも、一部地域に過ぎないのかもしれないが、そういう地道な努力もなされている。日本の教育の未来に希望を抱かせる取組も行われている。現にそれをうかがわせるコメントも、拙ブログにいただいている。今、2つ紹介させていただこう。

 それは、中さんとyokoさんよりいただいた。

 リンク先コメントの1番と3番である。

 こうした取組が、全国的に広がっていくことを、切に願う。
   

 
 それでは、お待たせしました。日本の子どもたちの学力は、どの部分に、驚くべき実態というのがあるのか、それを明らかにしていこう。

 そこで、まず、『同調査結果の概要』にリンクさせていただく。

    平成20年度 全国学力・学習状況調査 小学校 調査結果概要


〇算数A(主として『知識』)において、驚くほど正答率の低い問題がある。それが一見、一番簡単そうに見える問題なのである。上記リンク先のP196に載っている。

 それは、約150c屬量明僂里發里髻∪攫蝓△呂き、教科書、教室の選択肢から答える問題だ。この問題の正答率は、何と17.8%。

 この低さには、わたしもほんとうに驚かされた。正直のところ、こんな簡単な問題がどうしてこんなにできないのだろうと思った。

 まず、縦15cm、横10cmの長方形と思えるかどうかだね。そして、次に、15cm、10cmという長さが想像できるかどうかということになる。

 長さは2年生、面積は4年生で学習する。もう、基礎・基本中の基礎・基本といってもいいほどの問題だ。


 思うに、

・この種の、生活実感を大切にするような問題は、かつての、伝統的な日本のテスト問題には、なかったものだよね。
・見通しを持つとか、およその見当をつけるとかいった学力は、従来軽視されてきた。

 したがって、多くの教員にとっては、意表をつかれた思いがしたのではないかな。


 しかし、わたしには、さらに言いたいことがある。

 日ごろ、わたしたち教員は、こうした子どもの生活実感を大切にした授業を、どれだけ行っているだろうか。単なる導入として軽く扱っているだけではないのか。

 かつて、拙ブログに、パワフル算数なる初任者の授業を掲載させていただいたことがある。

 子どもたちは、もてるエネルギーのすべてを使い、3人が出した式の中で、どれが分かりやすいかを話し合った。その話し合いの過程で、長さの単位を、なわとび、おもちゃ、校舎等、実際の長さを想像しながら実感していった。

 このように、子ども主体の授業、子ども自らがいきいきと学習に取り組む授業なら、子どもは生活実感に根ざした思考を繰り広げるものである。


 それに対し、教員主導の授業では、教員が必要とした学力しかとり上げないから、このように意表をつかれた問題が出ると、弱さを露呈してしまう。

 そういう意味では、どのような学力が大切かを考えてもらい、授業改善を図ってもらううえでは大変有効で、ショック療法に近い効果を上げうる出題だったといえるのではないか。

 良問であった。

 
〇次に、『算数B、活用問題』では、2番をとり上げる。ここにも驚くほどの低正答率の問題があった。

 上記、調査結果概要のおしまいの方、P212からである。

 この2番は(1)から(3)までの3問あるが、正答率は、84.4、58.5、17.6というように、急降下をみせる。


 1番は、単純な棒グラフの数値の読み取りである。

 2番は、棒グラフと円グラフに示されたいろいろな数値から、問題を解く上で必要な数値を選択する。

 3番は、基準量が変化したとき、割合の数値の変化からだけでは量の増減を読み取れないことを、言葉と式によって説明する。


 最初に結論を言ってしまうが、

 ここからは、日本の伝統的な算数の問題は比較的容易に解くが、PISA型読解力の影響を強く受けた、『言葉や式で答えなさい。』という問題に対しては、強い抵抗感を示すという、

 日本の教育の課題が見えてくる。


 つまり、こういうことだ。

 単純に、『もとにする量×割合=比べられる量』を当てはめれば解ける問題だと、55.1%が正解(P205の算数Aの9番の(2)参照)なのに、

 『もとにする量が変化したとき、割合の増減だけで、くらべられる量の増減を言うことができるか。それを言葉と式で説明しなさい。』という問題になると、17.6%という、ものすごい低率になってしまう。


 この原因は、

〇単純に公式に当てはめればいい問題なら解ける。
〇しかし、割合の意味は分かっていないので、応用がきかない。
〇もっと言えば、言葉で説明できるほど、割合の意味を理解していない。

となるであろうか。


 参考までに、どんな文章が正解か、正答例を見る(P216を参照)と

ア.米の生産額は、『農業生産額×米の生産額の割合』で求められるから、米の生産額をくらべるためには、米の生産額の割合だけでなく、農業生産額も考えなければいけない。

イ.米の生産額を求めると、1970年は20億円×0.6で12億円、2000年は50億円×0.4で20億円だから、ふえている。

ウ.だから、割合が減っても、それだけで、生産額も減ったとはいえない。

となっている。そして、ア.とイ.のうち、どちらか一方だけ書ければ正解だし、その場合は、ウ.は書いていなくてもいいことになっている。


 さて、

 よくこういう問題をだすと、『それは文章力を必要とするから、算数の問題としてはふさわしくない。』という声を聞くが、この問題に関して、それは言えるだろうか。

 ア.は確かに、数学的な考え方を必要とするうえに、文章力もないと書けないだろう。しかし、イ.は、そのようなことはないのではないか。公式に当てはめて計算し、計算の結果分かることを言っているわけで、これは文章力はさほど必要としていないようにみえる。

 さらに、ご親切なことに、『ウ.の結論は書いていなくてもいい。』と言っているのだから、文章力がないと、とても歯が立たないというほどでもなさそうだ。


 これはやはり、

・割合のイメージというか、数学的な考え方が身についていないので、割合が増えれば量も増えると決め込んでいるのかもしれないし、

・算数の問題なのに、文章で書きなさいという出題にめんくらってしまったのかもしれないし、

おそらくその双方だろう。


 ただ、同調査結果の概要をみると、採点法に疑問がないわけではない。


 誤答例の中に、記述があいまいなものとして、『割合は減っているけれど、生産額はふえているから。』がある。(P217参照)

 これなど、割合が一応イメージされていると思える。

 だから、PISA調査なら、半分の点はあげるのではないか。これをまったくの×としてしまうのは、ちょっときびし過ぎる感じだ。

 

 さて、同調査結果の概要には、『学習指導に当たって』という欄がある。そこには、

〇比較量の大小は、割合だけで決まるのではなく、基準量と割合の二つによって決まるという見方ができるようにすることが大切である。たとえば、割合が同じでも基準量が異なると比較量も異なる場面や、割合が大きくなっても(小さくなっても)基準量によっては比較量が小さく(大きく)なる場面などで複数の比較量などをくらべる活動をとり入れることが考えられる。

〇根拠を明確にして、互いの考えを表現し合う活動を積極的にとり入れることが大切である。たとえば、本問題のように判断や考えの誤りを指摘する場合、どの部分がどのように誤っているのかを明確にして、根拠を示しながら説明したり、どのように修正すればよいのかを検討したりする活動をとり入れることが考えられる。

とある。


 一項目については、確かにその通りだが、しかし、それ以上に言えることは、

 前にも述べたが、割合というものが、的確にイメージされていないのではないか。量とごっちゃになっているのではないか。


 二項目については、まさに、わたしが、日ごろ主張していることである。

 正答が出ればよし。誤答はダメ。

 それだけしかやらず、

 あるいは、根拠を扱ったとしても、一方的な説明だけで終わらせてしまう。

 それでは、

 考えを表現し合うことや、自ら説明したり、検討したりする力は養われることがないといえよう。


 とかくありがちだが、

 正答は言えるのに、また、式はたてられるのに、

 『どうして、その式が成り立つか。』あるいは、『どうして、この式だとダメなのか。』と聞かれると、

 『分からない。』とか、『このように教わったから。』とか、『いいからいいの。』とか、答えにならない答えが返ってくる。

 そうした授業をやっていたのでは、この種の問題は永遠に解けないだろう。


 どうだろう。

 この調査結果をふまえると、授業改善の道筋が見えてきやしないか。すなわち、

 子どもにとっての必然性、切実感を大切にした授業を心がけること。子どもを受身にさせておいて、論理的な思考をめぐらせようとしても、とてもついていけず、それでは、かえって子どもを混乱状態におとしいれるだけだろう。


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 ninki



 点数アップを図ろうとして、ドリルをとり入れたり、問題になれさせたりする努力をしても・・・、

 それは、点数は確かに上がるでしょう。そういう単純に知識を問う問題もけっこうあるからです。

 しかし、それで力がついたといえるような代物ではありません。


 まして、今日、とり上げたような、低正答率の問題は、とても、正答率が上がるとは思えません。


 さて、今日、国語はとり上げませんでした。と言いますのは・・・、

 『国語において課題はない。』などと言うつもりはありませんが、算数で散見されたような低正答率というのはありませんでした。そこで、今回は考察の対象にしませんでした。

rve83253 at 04:30│Comments(0)TrackBack(0)全国学力調査 | 算数科指導

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