2009年06月27日

『地方分権』『地方分権』というけれど、3

7cbcadce.JPG 今、東国原、橋下両知事が、マスコミ等、ニュースで、喧騒の渦中にある。

 曰く。『地方分権』。


 わたしも、かねてより、拙ブログにおいて、教育を中心に、地方分権の大切さを訴えてきた。

    教育再生会議の提言に思う。(4) 教育の地方分権を

    
 だから、彼らの言うことも分かるし、国と地方の関係において、改善していかなければいけない点が多々あることもよく理解しているつもりである。


〇まず、彼らの主張に賛意を表したい点は、

・道路の規格、保育園の設置条件などまで、全国一律に国が決めるというのはおかしいのではないか。地域生活に密着したものは、地域ごとの事情もあるのだから、決定権限を地域に譲ってもらいたい。

・予算面でも、そうしたものにかかわる費用まで国がにぎっているのはおかしい。地方に委譲し、地域ごとの政策にまかせてほしい。そのため、国の直轄事業の多くは即刻やめてもらいたい。

である。

 これが、各方面より全面的に賛意を表されていながら、一向に改善されないのは、

・これらが、官僚の天下り、利権に結びついているからだろう。

・さらに、政府がそれを事実上容認していることから、

 地方が強硬手段に出たものと思われる。

 だから、そのはんちゅうでとらえれば、東国原、橋下両知事の強硬手段は別としても、わたしは、こうした動きを支持するものである。


〇でも、賛成しかねる点は、

 今、『強硬手段は別』と述べた。

 強硬手段とは、自分をある政党の総裁にとか、選挙直前の特定政党支持の表明とか、そうした動きをさす。

 それらは、行き過ぎというもので、わたしは反対する。あくまで、政策の提言にとどめるべきだ。


 だって、国の総選挙は、ある特定のテーマのみをめぐって行われるものではないものね。地方分権のみで、総裁になろうとしたり、特定の政党の支持を表明したりすれば、4年前の郵政民営化のみを争点とした、郵政選挙の二の舞になりかねない。


 見よ。

 郵政で獲得した3分の2で、どれだけ郵政に関係のない法律を強行突破させてきたか。

 言ってみれば、一時の首相の人気を背景とした狂乱によって、国民がそれを許したのである。

 同じ失敗を繰り返してはならない。


〇もう一つ。これは、大反対したい点。おもに、橋下知事に対してであるが、

 これまで何回も述べてきたことを振り返れば、同氏のいう地方分権は、いい加減なものであることに気づく。

 本ブログ読者の皆さんには、耳にたこができているであろうと思い、まことに恐縮してしまうのだが、すみません。お付き合いください。

・すでに3回実施された全国学力調査。この結果の公表をめぐって、自分の思い通りにならない市町村教育委員会を、『関東軍』呼ばわりした。

 わたしは、過去記事において、この点を強く批判した。

 下記リンク先記事の冒頭に、それがあります。

 全国学力・学習状況調査実施(3−1)国語編

 ここからすると、同氏の言う地方分権は、都道府県どまりなのであろう。それは、市町村にまでは及ばない。市町村は、たとえ、知事に権限の及ばない教育行政の問題であっても、知事の指示どおりに動かないと、反乱(?)とみなされる。

 すなわち、国に対しては、地方分権を主張する同氏だが、他方、市町村に対しては中央集権を強行するわけだ。

 とすれば、いったん金が国から府へ移管されたあかつきには、今度は、道路にしろ、保育園にしろ、府が硬くそれを握り、市町村へは有無も言わさず強権発動することが考えられる。

 まことに身勝手な地方分権ではある。

・地方分権を主張する同氏が、全国学習状況調査の結果公表のあり方そのものには、反対していない。

「こんな点数などというものは真の学力を示すものではないから、国による結果の公表は、府の教育行政にとって迷惑だ。府は府で、真の民主主義教育が推進できるように、独自で、本調査の結果を生かすよう努力する。だから、都道府県別の結果などは公表しないでもらいたい。」

 ああ。こう言ってくれたら、彼の地方分権も本物と認められるのだけれどね。

 なお、この点に関しても過去記事がいくつかあります。今、そのなかの一つにリンクさせていただきましょう。

    全国学力検査の結果公表で(4) 大人の狂奏曲(2)

・前項の延長線上だが、

 彼には、『教育内容の決定にかかわる地方分権』などは、これっぽっちも、頭にないのだろう。

 そして、彼の生き方から想像するのだが、もう、コテコテの中央集権論者ではないかと思う。

「大阪には、大阪人固有の、大阪の子どもに必要な学力というものがあるのだ。だから、国が一方的に決めた学習内容に従う必要はない。」

 ああ。そんな主張をしてくれたら、この点でも、まさに地方分権だよね。

 そして、この点に関しても過去記事がある。どうぞ、よろしければごらんください。なお、この記事では、大前研一氏の主張にもリンクさせています。

学校教育の復権を!

 また、前々記事に対し寄せられたドラゴンさんのコメント2番にある、『ローカルな知』も、まさに、このことを思わせる。


〇冒頭賛意を示した、地方への権限委譲についてであるが、これについても、条件付賛成にとどまる。

 というのは、

 地方はそんなに立派だろうか。

 地方に権限を委ねたら、みごと、地方自治は生き返り、人々は幸せになるだろうか。


 そういう市町村も確かにある。それは間違いない。かつて記事にもさせていただいた。

    ・町の行政に感涙(!?)

    ・不況を乗り越える! 本記事の末尾、その3、その4が、本記事にかかわります。
    

 しかし、そのような市町村ばかりではないだろう。

 つい最近も、地方行政府の首長が、収賄で逮捕されている。箱物の建設に熱中しすぎて、まちを破産状態に追い込んだ例もある。

 ルーズな財政運営の市町村をあげれば枚挙にいとまがないだろうし、それを思うと、国も国なら、地方も地方、そんな感無きにしも非ず。



〇さあ。それではどう判断したらいいか。

・わたしは、中田横浜市長がいう、『地方分権に関して、地方行政府は、提言にとどめた主張を行う。』これがいいと思う。そして、どの政党が、本提言をまじめに真剣に受け止めているかを見守る。

 その結果として、『それは、〇△党ですよ。』ということならばかまわないだろう。これは、政党支持を表明することとは基本的に異なる。

・地方行政府の首長に、政治の素人が就任すること自体はいいことだ。市民感覚を行政に反映させることができる。

・しかし、横柄であってはいけないだろう。素人は素人なのだから、地方行政等について謙虚に学ぶ姿勢はもってもらわなければいけない。

・と同時に、地方行政を専門とするものは、素人首長に対し、懇切丁寧な説明をしないといけない。少なくとも、素人首長が判断を間違えるような対応をしてはならない。

・そのうえで、問題があった場合は、どちらに責任があるのか、市民が判断していく。少なくとも、橋下知事の教育に関しての言動は、素人首長を支える地方行政専門家の説明不足とは思えない。どうみても、これは、首長の独断専横と言えるだろう。

・そして、多くの地方行政府は、すばらしい行政を展開している地域があるのだから、そこから、多くのものを学んでほしい。意欲的で、住民本意の行政を展開するべく努力する姿勢が求められる。


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 記事中ではふれませんでしたが、現代の政治の混迷は、まことにひどいものがあります。

 この混迷は、郵政解散から始まったのではないかと、わたしは思います。

 米ソ冷戦時代は、日本国内においても、民心は比較的安定していました。よい意味でも悪い意味でもそうでした。無党派層というのはあまりいなかったと思います。


 しかし、そのたがが外れると、地球上には泥沼の内戦状態を繰り広げる地域が出、日本においては、国民に定見がないという、かつてない、混迷の時代となりました。

 無党派層増大自体は、別にいけないことではないのですが、しかし、その無党派がある特別な政治家の人気や、国民受けのする政策など、表面的な部分で踊らされると、

 そう。無党派層増大の矛盾が一気に噴出したのが、郵政選挙だったのではないかと思います。

 『国民に定見がない。』まだまだ、政治の混迷は続きそうです。

rve83253 at 15:31│Comments(2)TrackBack(0)教育制度・政策 | エッセイ

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この記事へのコメント

1. Posted by しれとこまま   2009年06月27日 18:51
「大阪には、大阪人固有の、大阪の子どもに必要な学力というものがあるのだ。」

で、大阪人固有の大阪の子どもに必要な学力とは・・・?と考えてしまいました。そんな私は大阪市民でした。
今は、北海道の隅っこにいますが、本当に「学力」というものを考えてしまいます。
2. Posted by toshi   2009年06月30日 02:08
しれとこままさん
 お返事のコメントが遅くなり、申し訳ありませんでした。書きかけたのですが、新たに記事にさせていただこうと思い、先ほど、入稿いたしました。
 大阪固有の学力については、的確なコメントが入れられず、書きっぱなしで申し訳ありません。
 よろしくお願いします。

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