2009年07月03日

平日のまち4

ae3edf58.JPG 退職して5年目。

 最近は、平日も家にいることが増えた。

 平日のまちは、現職時代、見続けてきたまちとはずいぶん違う。


その1

 朝の登校時、

 我が家の前を小学生の集団が通り過ぎていく。


 にぎやかだ。

 小鳥のさえずりのように聞こえる。

 思わず、窓を開けてしまう。

 陽気で楽しそうに、通って行く子どもたち。

『あぶないよ。車に気をつけて。』

 思わず、声をかけたくなる。


 逆に、声を交わすこともなく、みんな、無表情で、ただひたすら学校への道を急ぐ集団もある。

 ひびくのは、靴音と、ランドセルにつるされたお守りだろうか。その金具が、カチャカチャ音をたてる。それだけ。

 でも、よく耳をすますと、それらが一定のリズムを刻んでいる。それに小鳥のさえずりが混ざると、まるで音楽を聞いているかのようだ。

 
その2 

 朝、学校のそばを通る。門には、『学校支援隊』の腕章を巻いたお年寄り数人。子どもたちの登校を見守っている。

 「おはよございます。」
 「おはよう。」

 いいなあと思う。お年寄りの生きがいかもしれない。

 わたしも、今の仕事を離れたら、やらせていただこうかな。


 もう、何年前からだろう。

 交差点に立ち、車から子どもたちを守っている旗振りの方もいらっしゃる。

 いつのまにか、わたしとも顔見知りになった。

「いつもありがとうございます。」

 その方も、にこやかに会釈を返してくれる。


その3 

 昼下がり、

 お年寄りの姿を多く見かける。

 リハビリなのだろうか。

 杖をつきながら、ゆっくりゆっくり歩を刻んでいく。

 奥さんが、手を貸すわけでもなく、その姿をじっと見守る。


 『いやあ。我がまちには、こういうお年寄りが多いなあ。』

 自分の行く末を見るようだ。


 車を運転していて、そういうご夫婦を目の前にすることもある。

 クラクションを鳴らしては気の毒だ。

 小休止して、そのご夫婦を見守る。

 『がんばっていらっしゃいますね。』

 心の中で、そう声をかける。


その4

 我がまちの商店街は閑古鳥が鳴いているようだ。

 夕方、にぎわっていいはずのころも、そんなに客はいない。

 娘が高校生のころ、言っていた言葉を思い出す。

 「下校のとき何気なく見ているけれど、お客さんがいるところなど、いっぺんも見たことのないお店だってあるよ。気の毒になってしまう。でも、あれで、よくやっていけるね。」

 いやあ。ほんとうだ。

 わたしも見たことがない。

 老夫婦。2人でやっているお店だ。


 でも、その商店街がにぎわうときがある。

 それは、縁日。

 屋台がいっぱい出て、浴衣姿の人々でにぎわう。

 しかし、そういうとき、老夫婦のお店は、シャッターが下りている。


その5

 ときどき、その縁日にも出かける。

 先日は、たまたま来ていた孫をつれて、縁日に出た。

「おじいちゃん。肩車。肩車。」

催促されて、注文を聞いてやる。


 そんなとき、地域の小学校の教員数人に出っくわした。

 大変だ。こんな夜も、子どもたちを見守っている。

「いいですねえ。お孫さんですか。かわいいですね。」
「いやあ。パトロールですか。ご苦労様。こっちは、お遊びで申し訳ないですね。」

 数年前までは、似たような仕事をしていたのだけれどね。


その6

 父母と幼児の親子つれもよく見かける。

 手をつなぎ、楽しそうに、会話して通っていく。

 子どもも幸せそうだ。

 
 この歳になると、まちで聞こえる親子の何気ない会話も、『いいなあ。すてきだなあ。』と思う。

 
 でも、ときおり、親がスタスタ歩いて、幼児がそれを必死に追いかける姿も見かける。

 急いでいるのかもしれないが、
『お父さん。お母さん。もう少し、子どもの歩調に合わせてやったら。』

 そう願わずにはいられない。


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 ninki



 もう、〇十年前、退職された、ある校長先生の言葉を思い出します。

 「退職して数日ですが、駅までの歩調が緩やかになりました。すると、それまで、〇十年、ずっと通いなれた道でしたのに、これまで気づかなかったことに、気づくのですね。

 たとえば、駅のすぐそばにある歯医者さんなのですが、これまで駅名と同じ、『〇△歯科』とばかり思い込んでいたのです。

 そうしたら、何と違っていたのです。駅名と同じではなかった。『〇◎歯科』だったのですね。

 それを知ったとき、愕然としました。

 自分はこれまで何を見ていたのだろう。せわしなく、ただただ駅までの道を急いでいただけではなかったか。


 皆さんは、まだ、これからも、〇十年、現職を続けられると思いますが、たとえ通勤の道であっても、ときには、ゆったりとした気分で、まちを眺めながら歩かれたらと思います。新発見がきっとあるでしょう。」


 そう。

 今、わたしは、たとえ出勤の道であっても、ゆったりとまちを眺めながら歩く余裕ができているように思います。

 すると、

 すてきな花壇、楽しい標識、人々の表情・・・、それに記事本文に書かせていただきましたが、耳に入る親子の会話など。

 気づくことはいろいろあるものですね。

 このようなところにも幸せを感じる昨今です。

rve83253 at 08:12│Comments(0)TrackBack(0)エッセイ 

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