2009年07月17日

小学校の特活はどこへ?(2) その理念は、3

450619f7.JPG 冒頭、これまでの拙ブログ記事から、特活関連の実践を紹介させていただこう。

    学校だよりへの想い(16) 代表委員会をめぐって

    学習問題とは(3) プログラムの必要性

    『雨の日の水やり』から (係名なしの係活動)

    鉄は熱いうちに打て(2)(誰と帰るの。)


 さて、

 先の記事、『小学校の特活はどこへ? 学習指導要領の変遷から』に対し、我が地域で長年特別活動の実践、研究に尽力されているAさんからコメントをいただいた。Aさんは、同記事末尾の『特活は、子どもの哲学です。』をおっしゃった方だ。

 また、Aさんは、『実践なき理念は空虚で、理念なき実践には光がない。』ともおっしゃっている。


 さあ、上記4つの記事は、いずれも、我が校の、あるいは、わたしの実践だが、4つに共通する理念はあるだろうか。さらに言わせていただければ哲学はあるだろうか。

 その判断は、読者の皆さんにゆだねたいと思う。



 それでは、上記Aさんから届いたメールを紹介させていただこう。

 

 toshi先生のブログは、まさに特別活動地盤沈下を指摘していただいた思いです。

 戦後ずっと、我が地域で特別活動を築き上げてきた先輩諸兄に、現役の私たちは顔向けが出来ません。

 ここ数年の状況には惨憺たるものがあります。

 教育委員会も特別活動軽視が激しく、仲間づくりのためのゲームやロールプレイを学級活動の時間でとるようにしたり、食育を学級活動でとるようにしたり、もう特別活動は時間数の草刈場の感さえあります。

 もう一度、学校で腰をすえて取り組んでみたいものです。
 
 特別活動は、生き方と人づくりに不可欠のものなのだという誇りを胸に、私たちががんばらなくてはいけないと思っています。


 メールは以上です。


 ただし、これには、ちょっと解説が必要かな。『教育委員会の特別活動軽視』についてである。

 学習指導要領の特別活動編を見ると、目標は(すみません。前記事でも引用させていただきましたが、再掲させてください。)、

 望ましい集団活動を通して,心身の調和のとれた発達と個性の伸長を図り,集団の一員としてよりよい生活や人間関係を築こうとする自主的,実践的な態度を育てるとともに,自己の生き方についての考えを深め,自己を生かす能力を養う。

となっているのだが、その内容には、

 基本的な生活習慣、清掃などの当番活動、学校図書館の利用、心身ともに健康で安全な生活態度、食育の観点を踏まえた学校給食と望ましい食習慣など、など、

というように、相互に何の脈絡もなく、ただ教科に収まらない内容を羅列した感がある。そのためか、教育委員会も、自分たちが必要としたものを、無秩序に、ただ、『特活に押し込めばいい。』といった感じで、入れてしまう傾向がある。

 これらに、無批判に協力していると、どうしても、教員主導にならざるを得ず、特活の命である、『自主的,実践的な態度』、『自己の生き方についての考え』、『自己を生かす能力』などが、軽く扱われる傾向となってしまう。


 さて、上記メールをいただいた感想だが、

 正直なところは、『ああ。やっぱりなあ。』という思いだった。

 日ごろ、学級会がほとんど行われていないことから、ばくぜんと抱いた特活の地盤沈下(?)だったが、残念ながら、確信を抱くことになってしまった。


 残念なのは、それだけではない。

 もう一つ。それは、中さんからいただいたコメントだ。

 『時間表には、クラブ、委員会活動とあるのに、大抵は、算数や国語など、授業に変わる。』とある。

 まあ、時間割の変更は、よくあることだし、今は、年間通して固定した時間割にできない事情もあるのだが、それにしても、だいたいが教科に変わってしまうとは。

 ただでさえ、特活の時間数がおさえられているのに、これではね。軽くみているのは、学校自身ということになる。


 ああ。学力狂騒のツケが、特活にまわされたということか。



 全国的にみるとどうなのだろう。

 たとえば、学習指導要領による時間数の保障のなくなったクラブ活動など、どの程度実施されているのだろう。

 平成14年度からの学習指導要領実施の際、我が地域の教育委員会は、我々に次のような説明をした。

『クラブ活動は実施してください。しかし、年間どの程度実施するかは、各学校の裁量にゆだねられることになりました。そのため、ある小学校は年間5時間だが、隣の学校は25時間などということも起こりうることになります。

 そういう場合、当然、地域・保護者は、『どうしてなの。』と思うでしょう。どうぞ、各学校はその声に答えてください。その時間数にした理由を説明できるよう、その根拠を明確にしてほしいと思います。』


 国も、教育委員会も、学校現場にゲタをあずけたというわけだ。

 もっとも、そのこと自体は、学校の自主性を尊重する方向だから、いいことには違いない。しかし、ここだけ尊重されてもね。

 それは真の尊重とは、程遠いこと、本記事の前半が示しているといえよう。


 基本的に、この状況は、現在も続いている。


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 ブログ等、いろいろ見ていたら、クラブ活動の実施時数の全国平均は、年間20時間とあるのを見つけました。ほんとうにそうなら、まずまずと言えましょう。

 そういう資料があるのでしょうか。あるのなら、認めなければいけませんが、しかし、わたしは、中さんのコメントにあるように、これについて、たぶんに懐疑的です。


 それにしても、教科でない特活まで、理念なく教員主導でやったら、これはもう、子どもにとって、味気なくつまらない時間となってしまうでしょう。

 もしかしたら、そういう記憶のある方も、いらっしゃるかもしれませんね。



 さあ。嘆いてばかりいても仕方ありません。

 時間数が削減されても、また、上からの押し付けがあっても、それにめげず、『理念ありの実践』を貫くよう、お互いにがんばりたいものです。

 本シリーズは、断続的ではあっても、まだまだ続けたいと思います。よろしくお願いします。

 

rve83253 at 16:19│Comments(2)TrackBack(0)教育制度・政策 | 特別活動指導

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この記事へのコメント

1. Posted by しょう   2009年07月30日 21:43
>教科でない特活まで、理念なく教員主導でやったら、これはもう、子どもにとって、味気なくつまらない時間となってしまうでしょう。

 まったくその通りだと思います。
 私も「特別活動の実践 2」をアップしました。toshiさんの記事にもリンクさせていただいています。

http://plaza.rakuten.co.jp/shchan3/diary/200907300000/

 よろしければ、ご一読ください。
2. Posted by toshi   2009年07月31日 09:32
しょうさん

 リンク先の記事を拝読しました。
 高校生の、『やりがい・教師という仕事をしていてよかったと感じることは何ですか?』なる質問。いいですね。
 
 高校って、小学校とくらべたら、うまく機能しても、逆であっても、どちらもダイナミックなのだろうなと感じました。

 そこに大きな喜びもあるでしょうね。

 しょうさんが、ご自分の過去を振り返り、苦い体験まで記事にされたことは、これから教員になろうとするものにとって、大いに参考になるだろうと思いました。

 しょうさんも、わたしが過去記事(本コメントのHN欄にURL貼り付け)に書いた中学校初任者同様、子どもはもちろん、まわりのせいにすることなく、努力して自分で自分を変えられたのですね。

 リンク、ありがとうございました。

 わたしも、貴記事にリンクさせていただきます。よろしくお願いします。

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