2009年09月04日

民主党マニフェスト教育編(2) 学習指導要領の大綱化4

1c96238b.jpg 本日の標題の、『学習指導要領の大綱化』については、

 拙ブログに、これまで何回も書かせていただいた。

 しかし、正直申し上げて、これまでは、いくら書いても、どこか、『夢』を語るような気持ちがあった。それが現実的な可能性をもって考えることはほとんどなかったと言ってよい。

 
 しかし、もう、夢ではないのだね。ものすごく現実味を帯びて、書くことができる。これは、望外の喜びだ。興奮してしまう。


 それでは、冒頭に同党マニュフェストのうち、これにかかわる項の全文を掲載させていただこう。


 学習指導要領の大綱化を促進します。設置者および学校の裁量を尊重し、地域・学校・学級の個別状況に応じて、学習内容・学校運営を現場の判断で決定できるようにします。


 以上、たったこれだけだ。大変短いが、その意味するところは、実に大きい。


・地域・学校・学級の個別状況に応じて、学習内容を現場の判断で決定できる。


 これはどういうことか。

〇学校によって、学習内容に違いがあってもいいということだ。各学校は、特色を出しやすくなるだろう。子どもの実態、地域の実情に即し、地に足のついた教育をすることができる。

〇『大綱化』の度合いによるが、現在の受験システムに少なからず影響を与えるだろう。

 受験システムがとれないくらい学習内容がまちまちになるという、そういう大綱化の場合、今のようなかたちでの受験は成り立たなくなると思われる。

〇学校が学習内容を決定するということは、同要領の拘束性は薄まると考えていいだろう。もっとも、『大綱化』された範囲内の学習内容については、拘束性が残るだろうが、これは問題にするほどのものではないと考える。(君が代、日の丸については、一部のものは問題にしたいことだろうけれどね。)

〇ここでいうところの『学校』が、『学校理事会』を指していることは明確だ。何しろ、昨日書いたように、『学校現場に近い地域住民と保護者などが協力して学校運営を進める。』のだからね。

 一部に誤解があるようだが、けっして教員の恣意的な言動によって、学習内容が決定されるわけではない。それどころか、教員の指導力アップの取組は、ほんとうに急務となるだろう。

〇冒頭の、『特色を出しやすくなる。』に関して、簡単に申せば、学校が幼稚園のようになると言ったらいいかな。

 違いは、『学校理事会』の存在だよね。現在の幼稚園は、園経営陣の恣意的な園運営ということもありそうだ。



 さあ。これらのことについては、冒頭述べたように、これまで記事にさせていただいたことがある。今、その一つにリンクさせていただこう。

学校教育の復権を!


 自分が書いた記事ではあるが、今、読ませていただくと、現実味が増した分、身震いしたくなる。興奮してしまう。

 『大綱化する。』とはどういうことか。どういう教育になるのか。この記事を通し、ご理解いただけたことと思う。



 次、同記事でふれなかったこと。


 それは、学校理事会の存在と、この大綱化が、どうかかわるのかということだ。なにしろ、学校運営の主体者になるのだものね。

 そして、冒頭述べたように、学習内容決定の主体者にもなるわけだ。


 さて、読者の皆さんは、どう思われるかな。

「そんなの無理だよ。教育のしろうとに、『〇年生では、〇〇の学習内容でいいか。』そんなの分かるわけがない。専門家に決めてもらうしかない。」

 そうおっしゃるかな。


 でも、それには、一つ、

 今、発足したばかりの裁判員裁判を思い浮かべていただければいい。

 裁判員裁判が始まって、裁判の様子が一変したという。一般市民にも理解しやすいように、変化した。

 検察、弁護側とも、そういう努力をしている。


 それでは、学校理事会が発足した場合、その役を担うのは、誰か。

 当然、教員だろう。


 それでは、同理事会での話を、イメージしてみよう。


〇第一のパターン 教員が学習内容について、説明する。

「今の学習指導要領は大綱化されていますので、旧学習指導要領を参考にして検討してみました。

 低学年の国語の『話す、聞く』でお話させていただきたいと思います。

 同指導要領には、〇〇と記載されています。(これは、先日の記事『国語の授業がおかしくなっている・・・かな!?(5)』の末尾、『それでは、ご覧ください。』以下に記載してあります。)

 しかし、そのうちの、〇〇の部分は、本校児童の実態に即していないと思われます。それに、これでほんとうに『話す・聞く』力がつくのか、〇〇の理由で、疑問も感じています。

 したがって、本校では、この学習内容は、〇〇と考えたいと思います。

 なお、これは、大綱化された現行指導要領にも即していると考えます。

 いかがでしょうか。ご理解、ご了承いただけますでしょうか。」


〇第二のパターン 理事が、A小学校教育の現状を批判する。

 第一のパターンで述べた点については、やはり、理事は、『よく分からないので、学校にお任せ』という態度で、了承したとしよう。

 しかし、A小の取組に対しては、批判があったとする。

 本ブログでも、市民の皆さんから、そういう声を聞いたことがあるよね。

 たとえば、過去記事の、『挨拶の習慣づけは、どうあったらいいの。』では、学校が、指導と称し、子どもに挨拶を強要している姿をとり上げた。

 このように、具体的に学習内容については異論を示さなくても、その指導法をめぐって、『このような指導では、こまる。』と、注文をつけることくらいならありそうだ。

 
 さあ。どうだろう。

 上記リンク記事、学校教育の復権を!にも書かせていただいたが、教員の指導力アップが急務というわけがご理解いただけたのではないか。


 これには、そういう時代になれば、比較的簡単にいい方向にすすむのではないかという思いがある。

 今、2つほど、歴史に学ばせていただこう。


その1

 戦後すぐ、昭和20年代の初めに、まさにそうした先例がある。

 当時の教員も市民も、知っているのは、また、経験しているのは、戦前の教え込みの姿ばかりであった。学校が、カリキュラム(指導計画)を作成すると言われても、そんなのは誰も、イメージできなかった。

 しかし、当時の教員はがんばった。そして、市民もそれを歓迎した。

 
 今、過去記事にリンクさせていただこう。

    温故知新(1)

 もう一つ。昭和22年の学習指導要領も紹介させていただこう。これには、はっきり試案と書いてある。

 つまり、拘束性はなかったわけだ。それに大綱化されたものでもある。

    過去の学習指導要領


その2

 今、学力世界一と言われ、教育改革がなった(?)フィンランドの例だ。

 いきなり注釈で申し訳ないが、(?)をつけさせていただいたのは、わたしは、そんな自信をもって紹介するほど、フィンランドのことを知っているわけではないという意味であって、他意はない。


 ここでは、いつもお世話になっているしょうさんのブログを紹介させていただこう。

 同氏は、フィンランドの教育について、シリーズにされているので、そのすべての記事にリンクさせていただいた。全部お読みになる方は、下の記事から、順次上へとお進みいただければと思う。

 かつて、テレビでも見たことがあるが、フィンランドは、かつてのソビエト連邦の支配を脱して以来、日本でいうところの『ゆとり教育』を実践してきたのだが、教員の指導力アップにはものすごく力を入れたようだ。

 しょうさんのブログを拝読すると、民主党の教育政策は、かなりフィンランドの影響を受けているのではないかと想像できる。


補足

 これは、『歴史に学ぶ』という意味合いではなく、教員の質の向上策を考えたとき、どういう観点が大切かを、わたしが述べたものだ。

 それは、上にも紹介させていただいた、過去記事の学校教育の復権を!に書かせていただいた。

 今、それを再掲させていただこう。

 それでは、どうぞ。



 ある意味、受験システムは、教員に楽をさせてきた。それではダメだ。戦後初期の熱気を取り戻さなければならない。

・自分の勤務する学校の子どもたちの実態はどうか。
・それをふまえて、どういう子どもの育成をねらうか。
・そのためには、自校のカリキュラムはどうあるべきか。また、一人ひとりの子どもへの対応はどうあるべきか。
・何に重点をかけて指導すべきか。

 それに、これからの時代は、

・保護者との連携をいかに進めるか。

も含めて、学校教育の復権を成し遂げなければいけない。


 以上だが、最後の、『・保護者との連携をいかに進めるか。』はちょっと違ってきたね。学校理事会がある以上、こんな生ぬるいものではなくなるだろう。

・地域の方々、保護者の方々のご理解をいただくように、全力をあげなければいけない。

となるか。


 最後に、まとめを書かせていただくと、


〇民主党マニュフェスト教育編は、フィンランドの教育を目指しているように感じる。 

・中央集権から、地方(学校)分権の教育へ。

 それは、学習内容まで含む。

・画一化ではなく、個性尊重の教育へ。

 これには、教員の指導法が強く関係する。

 
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 今日述べてきたことは、今の日本の教育にみられる

・教員免許更新制、教員査定の問題

・全国学力調査の問題

に、大きく関係してくるでしょう。

 
 また、前記事の、『学校理事会』に対し、ドラゴンさんから、反対論が寄せられています

 本シリーズでは、今後、そうした点についても、考えていきたいと思います。

    (3)へ続く。

rve83253 at 03:19│Comments(17)TrackBack(0)教育制度・政策 

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この記事へのコメント

1. Posted by きゃる   2009年09月04日 06:17
いつも勉強させていただいています。

今回の記事では
現行の「コミュニティ・スクール」にはふれてありませんが、
もしよろしければ、
民主党が設置しようとしている
学校理事会が運営する学校との違いや
両者のメリット、デメリットを教えていただきたいと思います。

いきなりの質問で、すみません。
2. Posted by toshi   2009年09月04日 06:40
きゃるさん
 
 ごめんなさい。コミュニティ・スクールについては、わたし、よく知りません。
 今回ご質問をいただいて、ウィキペディアなどで調べたのですが、その、付け焼刃的解釈では、わたしが前記事に書いた、『学校評議員制』と同じように思いました。
 むしろ、わたしの方が、学校評議員制とコミュニティ・スクールとの違いを教えてくださったらありがたいなあと思いました。
 もし、わたしの解釈が合っていれば、学校理事会の権限は校長より上(ヨーロッパ型)なのに対して、学校評議員制やコミュニティ・スクールは、校長の方が上ということだと思います。
3. Posted by yoko   2009年09月04日 14:22
『学校評議員制とコミュニティ・スクールとの違い』について調べていると、文部科学省のページに載っていたので、横から失礼します。

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/community/04122701/004/002.htm#03

に、「Q3 学校運営協議会と学校評議員、PTAとの違いは何ですか。」があります。
これによるとコミュニティ・スクール(学校運営協議会)は、学校運営、教職員人事について関与する一定の権限が付与されており、学校評議員制は意見を述べるにとどまるようです。

ちなみに、Q5によるとコミュニティ・スクールにおける権限は、校長にあるようです。
失礼しました。
4. Posted by きゃる   2009年09月04日 21:06
toshi先生、yokoさん、
お返事ありがとうございます。
学校運営協議会と学校評議員、
誰がどんな規準で設置(指名)するのか、
どの程度の学校数が設置しているのか、
実動しているのはどの程度か、
なども調べる必要がありそうです。
自分でも調べてみます。
(法規に書かれていることなので
 知っておかなければいけないことなのに、
 すみません。)
5. Posted by yoko   2009年09月04日 23:58
きゃるさん

同じく文部科学省のページに参考になりそうなものがありましたので参考までに。

コミュニティ・スクールをめぐる20のQ&A
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/community/04122701/004/002.htm

コミュニティ・スクールのパンフレット
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/16/08/04081802/004.pdf

http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/16/08/04081802/005.pdf

コミュニティ・スクールの指定状況について ―全国30都府県478校に広がる―(H21.4.1)
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/21/06/1279651.htm
6. Posted by 今日   2009年09月05日 11:27
貴ブログの連載の「国語の授業がおかしくなっている・・・かな!?・」のように、いろいろな意見があるのですね。

これを今、無理して一つにすることは、良くないですよね。

とにかく、研究と討論が必要なのですね。

ですから、大綱という考え、賛成です。
ぜひ、実現してほしいですね。


その為には、良いと思われる実践を交流し、学びあることででしょうね。

この教育ブログも、貴ブログのようにたくさん、実践を出し合えるといいですね。


ひとつ、TBさせて戴きますね。

2009.09.03
書き取りの徹底反復だけではなく漢字語の構成 も (4) [ ・漢字指導 ]

http://plaza.rakuten.co.jp/zyx1830/diary/200909030000/




7. Posted by きゃる   2009年09月05日 15:56
yokoさん、
詳しい情報ありがとうございます。

一度に変革しようとすると、問題も出てくるので
できそうなところから、元に戻す余地を残して
少しずつ変えようとしている姿勢がうかがえますね。

校長の権限についても慎重ですね。
責任の所在をあいまいにすると、
うまくいかなかったときの「逃げ」ができ
結果としてうまくいかないのだと思います。

さらに勉強してみます。ありがとうございました。
8. Posted by ドラゴン   2009年09月05日 19:16
いつも勉強させていただいております。

toshi先生の基本的なご主張は、学校の裁量の拡大ですね。
基本的には、私も賛成です。
ただ、学校の裁量が認められた例として、「総合的な学習の時間」 があります。
「総合〜」の登場は、まさに指導要領の大綱化でもあり、学校の裁量が最も活かされる場面でした。しかし、その結果はどうなったでしょうか。
一部では、すばらしい実践がなされていますが、補習になったり、クラブ活動のようになったりということもあるようです。
大綱化は、先生のような上を目指した実践には足枷がはずれてとても良いのですが、逆に下を向いた実践も認められるので、そういう熱心な先生(学校)とやる気が無い先生(学校)、方向が違った先生(学校)で差が出てしまうこともあるでしょう。
結局は、「人」次第になってしまうかと思います。
東京のある区では、区立小学校の半数の児童が中学受験します。また、その区の中心の区立小学校では7割の児童が受験するそうです。このような学校では、受験向けの教育課程にされしまう心配もあります。音楽や図工の時間が減らされたりということにならないでしょうか。総合の削減ということもあり得ます(現在でも実際にそうなっております)。
9. Posted by ドラゴン   2009年09月05日 19:17
そこで、思いつきですが、まず学校評価を学校や学校理事会から切り離して、三権分立にするのはどうでしょうか。
学校理事会が立法、学校評価委員会が司法、そして校長を筆頭とした職員会が行政というようにそれぞれが独立するというのはどうでしょうか。
さらに、検察審査会のように、教育委員会等にもチェック機能を置いて、例えば、学校理事会、学校評価委員会がともに受験向けを容認しても、受験しない保護者がそこに審査を申し入れして、行き過ぎの面を是正してもらうというふうに、二重のチェックができるようにするというのはどうでしょうか。
そうすることで、子ども主権の学校ができるような気もします。
10. Posted by しょう   2009年09月05日 22:54
 こんばんは。
 拙ブログ記事へリンクいただきありがとうございました。

>学習指導要領の大綱化を促進します。設置者および学校の裁量を尊重し、地域・学校・学級の個別状況に応じて、学習内容・学校運営を現場の判断で決定できるようにします。

 民主党の方針(指導要領の大綱化、教育の分権化)自体は確かにフィンランドの教育改革と似通ったもので評価できると思います。

 そして、そのような方向性を大きな改革・前進につなげていくために一番大切なことは、温故知新(1)でも述べておられるような「教育者自身の強い情熱や意志」であることも賛成できます。

 しかし、それが本当に大きな効果を生むためには「教育条件整備」が不可欠であると考えます。

「大綱的」であった「総合的な学習の時間」の根本的な政策上の欠陥は「さまざまな構想を工夫・具体化したり学校外との連携をとるなど確実に現場の負担は増える」にもかかわらず教職員増などの「条件整備」が全くなされなかったことだと思うのです。
11. Posted by しょう   2009年09月05日 22:55
 私の前任校では、地域とも連携しながら多彩な実践を展開し、成果を挙げたと思いますが、それは、職場での論議を経て自発的に一年前倒しで「総合的な学習」を実施すると同時に、人員増の要求を出し「教育委員会からの暗黙の配慮」を得ることができたからだと思っています。

 しかし、このような(人員増の)配慮を得られたケースと言うのはおそらく全国的にも少ないでしょう。

 民主党の方針が「絵に描いたもち」にならないかどうか教育ジャーナリスト渡辺敦司氏は「社説」の中でいくつかの点を批判的に述べておられます。
 例えば

http://ejwatanabe.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-c9be.html

 私も同様の危惧は感じており、教育を前進させていくためには、現場・地域における実践と同時に「教育条件整備」に向けて意見の発信が大切であると考えるのです。
12. Posted by toshi   2009年09月06日 06:08
きゃるさん

 yokoさんのおかげで、かなりのことが分かってきました。きゃるさんも、もう、理解されているのだと思いますが、
・やはり、校長の権限が、違うようですね。しかし、そうは言っても、民主党のそれは、ほんとうに発足してみないことには、確定的なことは言えませんね。
・もう一つ。これも、確定的なことはいえませんが、マニフェストの文字面から申せば、どの学校にも設置するように受け取れる点、この点でも違いがありますね。

 言い訳になってしまいますが、
・わたしがよく理解できていなかったわけも分かった気がしました。
・国の方針の出たのが、わたしの退職間際であったこと。
・我が地域では、それ以前から、まったく別な概念、つまり、社会教育的な意味合いでの『コミュニティ・スクール』が存在していたこと。

 最後に、お礼申し上げます。
 きゃるさんのおかげで、コミュニティ・スクールのことがよく分かりました。ありがとうございました。
13. Posted by toshi   2009年09月06日 06:45
yokoさん

 このたびは、わたし自身、至らない点を補っていただき、ありがとうございました。助けていただきました。
 おかげさまで、きゃるさんへのコメントにも書かせていただいたように、多くのことが分かりました。
 今後とも、どうぞ、よろしくお願いします。
14. Posted by toshi   2009年09月06日 06:53
今日さん

 学習指導要領の大綱化については、自民党と大きく異なる点だと思います。それだけに、ぜひ、進めていってほしいと思います。

 中央の管理色を薄めることは、今日さんがおっしゃるように、教育に関しての多くの議論を呼び、それが現場等の切磋琢磨の雰囲気をもたらすことにつながるでしょう。

 
15. Posted by toshi   2009年09月06日 17:26
ドラゴンさん

 わたしは楽観過ぎるのかもしれません。どうしても、制度、世の中の雰囲気が変われば、人はがんばるものという気持ちがあります。

 淡い期待にうつってしまうかもしれませんが、また、たいして根拠ありとも言えないのですが、

・瀬見井犬山市前教育長が、『信頼してやりたいようにやってよろしいと言えば、先生方は燃えるものですよ。』という言葉が忘れられません。
・フィンランドのこと、戦後初期の我が国の取組は、すでに記事にいたしました。
・裁判員裁判が始まりました。これまで、この制度に懐疑的な思いを抱いていた方が、『市民は信頼できる存在なのだと、あらためて分かりました。』と言っていたのが、強く印象に残っています。

 ただ、記事にも書きましたように、教員の意識改革、指導力アップの取組は大切ですね。そして、国には、そこまで見通した政策が必要です。
 あくまで、子どもの主体的な学び、子どもの充実した学校生活、子どもの幸せを願っての指導こそが、国や社会ににとって、『生きる人材』を育てることになるのだという、そういう信念のもと、取り組まなければなりません。
16. Posted by toshi   2009年09月06日 17:42
 ドラゴンさんのおっしゃることが分かる気がするのは、これまで、行政などにより、強圧的な指導(?)がなされていた地域です。
 こういうところでは、教員などに鬱積したものがあり、その反動がこわいという思いがあります。ふりこが反対にふれすぎるのですね。

 こういうところでは、ドラゴンさんがおっしゃるような工夫が必要になると思います。


 また、きゃるさんやyokoさんの問題提起や資料提供で分かったのですが、現行の学校評議員制やコミュニティ・スクールでも、そういう場合、元へ戻す手だてはあるようですので、それも一つのやり方かなと思いました。
17. Posted by toshi   2009年09月06日 17:50
しょうさん

 しょうさんのおっしゃる、「教育条件整備」は、わたしも大切だと考えます。そして、これは、近日中に記事にさせていただこうと思っています。

 若干、ここでもふれさせていただきますと、民主党マニフェストでは、教員増も打ち出していますね。徹底したムダ排除の民主党ですから、わたしは本日記事にしたバリアフリーとともに、期待しています。

 

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