2009年09月25日

国語の授業がおかしくなっている・・・かな!?(6) 4

512514a8.JPG 久しぶりの本シリーズで、申し訳ありません。

 今回の学習指導要領の改訂で、国語がますますおかしくなりそうです。


 ちょうどそのような折の民主党の大勝利。

 同党マニフェストにある、『学習指導要領の大綱化』がおし進められればいいなという思い、大です。今のところ、それしか期待のしようがありません。



 新学習指導要領では、小学校において、古文がとり入れられるという。

 近年、学習内容に関して、こんなに驚いたことはなかった。


 中学年においては、

 易しい文語調の短歌や俳句について,情景を思い浮かべたり,リズムを感じ取りながら音読や暗唱をしたりすること。

とある。

 また、高学年においては、

(ア)親しみやすい古文や漢文,近代以降の文語調の文章について,内容の大体を知り,音読すること。
(イ)古典について解説した文章を読み,昔の人のものの見方や感じ方を知ること。

とある。


 太平洋戦争終末期に生まれたわたしとしては、一瞬、戦前回帰かと疑った。

 まあ、そこまで思う必要はないだろうが、しかし、戦後、小学校国語において、文語文をとり上げるなどということはまったくなかったのも事実である。
(すみません。ここは訂正させていただきます。A社教科書に、狂言『附子』が載っていたことがありました。なお、この件は、ドラゴンさんからご指摘いただきました。ありがとうございました。コメント欄3番です。)

 『いったい日本はどうなっていくのだ。』という思いがつのった。


 というのは、学習指導要領そのものが、内部で分裂をきたし、それがますますひどくなっていくように感じたからである。

 かつて、過去記事において、定見シリーズを掲載させていただき、国の無定見を批判したことがある。今回の指導要領改訂では、それがなお、ひどくなっていると感じた。

    定  見(1)
 

〇学習指導要領では、総則編に、

 児童の人間として調和のとれた育成を目指し,地域や学校の実態及び児童の心身の発達の段階や特性を十分考慮して,適切な教育課程を編成するものとし,これらに掲げる目標を達成するよう教育を行うものとする。

 学校の教育活動を進めるに当たっては,各学校において,児童に生きる力をはぐくむことを目指し,創意工夫を生かした特色ある教育活動を展開する中で,基礎的・基本的な知識及び技能を確実に習得させ,これらを活用して課題を解決するために必要な思考力,判断力,表現力その他の能力をはぐくむとともに,主体的に学習に取り組む態度を養い,個性を生かす教育の充実に努めなければならない。

 その際,児童の発達の段階を考慮して,児童の言語活動を充実するとともに,家庭との連携を図りながら,児童の学習習慣が確立するよう配慮しなければならない。

と記述する。


 この総則編と、上記古文登場の文言と・・・、

 どうであろう。読者の皆さんも、直感的に、その『分裂』状況を感じ取っていただけるのではないか。


 どうしてこうなってしまうのであろう。

 一言で言って、総則編が、ものすごく総花的なのである。あれもこれもてんこ盛りのように書いている。

 まるで、車のパンフレットに、『当社では、スタイルがよく、スピードが出て、しかも、安全で、快適な、環境にも十分配慮した車をつくります。』と、うたうようなものだ。

 すべてのよさを網羅しているため、特徴も何もない。車を買い求めようとする人は、戸惑うのではないか。


 そのため、

 それこそ、教え込み論者であっても、子どもの思いを大切にする教育論者であっても、この、学習指導要領には、どこかに適合する部分ができてしまう。

 そこに、古文採用論者のつけ入るすきがあるわけだ。



 それでは、この古文の登場は、この総則編にどう矛盾し、あるいは、逆に、位置づくのだろうか。


〇少なくとも、

・『地域や学校の実態及び児童の心身の発達の段階や特性を十分考慮して』とか、
・『児童に生きる力を育むことを目指し』とか、
・創意工夫を生かした特色ある教育活動を展開する』とか、
・『主体的に学習に取り組む態度を養い,個性を生かす教育の充実に努め』

とはいえない代物である。

 およそ、

 小学生の実態、心身の発達段階や特性に配慮したからこそ、これまで、そういう無理はしてこなかったのではないか。


〇逆に、適合する部分としては、

 基礎的・基本的な知識及び技能を確実に習得させ

が当てはまりそうだが、さあ、しかし、ほんとうに、これらが、基礎的、基本的な事項と言えるのか。

 どうも無理がありそうだね。



 さて、前述の『矛盾』に戻らせていただく。

 その証拠と思える文言が、同指導要領解説編の国語にある。


 今、抜書きしてみよう。


 〔伝統的な言語文化と国語の特質に関する事項〕の(1)に示す事項(toshi注=この事項では、学習内容を示している。)については,次のとおり取り扱うこと。

ア特定の事項をまとめて指導したり,繰り返して指導したりすることが必要な場合については,特にそれだけを取り上げて学習させるよう配慮すること。

(以上、リンク先の130ページ)


 そして、

 なお,特定の事項をまとめたり繰り返したりする学習は,形式的・機械的な学習に
なりやすいので,児童が興味や関心をもって学習を継続できるような工夫が大切であ
る。

と続く。(同じく131ページ)


 わたしは、正直のところ、驚き、かつ、笑ってしまった。


〇まず、驚いたこと

 特定の事項をまとめて指導したり、繰り返して指導したりするのか。そして、それだけをとり上げて学習させるのか。
  
 ここには、わたしが繰り返しやってはいけないこととして述べてきた、徹底反復訓練学習を認知している姿がみられる。

 子どもの主体的な学びどころか、子どもを受身の姿勢にさせ、指導者主導の授業が行われる。


 ここには、指導者の教え込もうとする必要感があるだけだ。

 およそ、『主体的に学習に取り組む態度を養い,個性を生かす教育の充実につとめなければならない。』という趣旨に逆行する。


 これは、自信をもって言えることではないが、

 このような、徹底反復訓練学習を認知する文言が学習指導要領(その関連も含む。)に登場したのは、初めてではないか。


 前述のように、これらは、わたしが拙ブログにおいて、繰り返しやってはいけないと述べてきた。

 今、最新の一つの過去記事にリンクさせていただこう。

 この記事の中ほど、『提言1』で、調査問題のあり方として述べたところだ。

    全国学力・学習状況調査実施(3−3)明日の授業に生かすために



〇次、笑ってしまったこと

 『形式的・機械的な学習になりやすい。』とは、どういうことか。

 それは、

・思考力、判断力を養う学習とは無縁だし、
・無味乾燥的な反復訓練学習に陥る可能性が強いし、
・ましてや、子どもの主体的な学びとは縁遠く、『生きる力』を養うことはできない。

と、国が認定してしまったのではないか。


 したがって、『児童が興味や関心をもって学習を継続できるような工夫』というのも、ゲーム的だったり、目先の楽しさを追求したりすることくらいしかできないであろう。 


 なお、蛇足ながら、

 教育現場においては、ともすると、計算や漢字の学習においても、『形式的・機械的』な反復訓練学習になりやすい傾向をもつ。しかし、これらの学習内容において、同要領やその解説で、こんな記述はしていない。

 ということは、

 国は、本音では、この古文の学習が、学習指導要領の精神に沿っていないことを認めているのではないか。その本音がポロッと出てしまったのではないか。


 読者の皆さんにしたって、どうだろう。

 このような古文の採用は、時代錯誤の産物であると感じられる方が大勢いらっしゃるのではないか。

 前にもふれたが、小学生段階において、『どの子にも身につけさせたい基礎的、基本的な知識・技能』とは認定されないだろうと思う。




 こんな無理のある学習内容を採用したことについては、
 
 間違いなく、『理想の教科書』や、『声に出して読みたい日本語』を書き、マスコミ受けしているどなたかと、そのシンパが、強くアジッた結果であろう。

 要するに、元気に、すらすら調子よく、リズムにのって、音読すればいいのだ。暗唱すればなおけっこう。意味など分からなくてもいい。



 ああ。罪深いことだなあ。

 彼らは、

 公教育における子どもの実態など完全に無視している。

 また、特定の大人の価値観によって、恣意的に学習内容にすることを要求している。

 それに対し、国は、またもや、安易に、無定見、無見識を露呈し、その要求を呑んでしまった。



 おそらく、このままいけば、多くの学校教育現場において、『形式的・機械的な学習(?)』が蔓延するであろう。

 この教育観、学力観は、魏志にあるという、『読書百遍、意おのずから通ず』の世界だ。おそろしいくらいの時代錯誤だ。

 自らに課す処世訓ならともかく、公教育がこんな世界でいいものか。


 社会は複雑化し、そうしたなかで、問題解決能力を問われているというのに、そして、実社会へ出て生きてはたらく学力が求められているというのに、


 また、

 『意おのずから通ず』と言ったって、そうかもしれないし、そうでないかもしれないという、きわめてあいまいもことした世界でしかない。



 他方、国は、すでに述べたように、全国学力調査において、『B活用』と称し、

 わたしは、これを、『学力観の黒船』と呼んだが、

 従来の日本の伝統的な知識・技能中心でない問題を作成するようになった。

 これは、

 まさに、実社会にでて役立つ学力、生涯通じて必要になる学力、

 言ってみれば、思考力であり、判断力であり、資料活用能力であり、そうした力を診る問題を国が作成するようになった。

 わたしはこれを多とし、未来に明るい展望をもったのだった。



 これと古文の採用は、わたしの頭の中ではどうしても結びつかない。


 
 最後に、ふれさせていただきたい。

 こうした現状の中で、民主党が勝利した。


 過去記事でふれたように、民主党は、学習指導要領の大綱化をマニフェストで述べている。

 どうか、これを強力におし進めてほしい。


 地域・保護者も交えた学校理事会において、こんな古文というものが小学校に必要かどうか、真剣に話し合えるようにしてほしい。

 
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 国語から離れ、話が広く教科指導全般にわたってしまいますが、

 どうも最近、教科書が、断片的な知識・技能の習得、あるいは、ゲーム的・クイズ的な、表面的でうすっぺらな知識・技能を追い求める傾向があり、気になっています。

 学習は軽くていいよ。深く追求などしなくていいよ。

 目先の楽しさ、おもしろさがあればいいよ。

 そのかわり、知識・技能は、たくさんもとうね。

 
 そう言っているかのようです。

 どう考えても、学習指導要領総則編の精神は、お題目に過ぎない存在になりつつあるようです。 


rve83253 at 05:05│Comments(16)TrackBack(0)教育制度・政策 | 国語科指導

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この記事へのコメント

1. Posted by まい   2009年09月26日 00:04
こんにちは。toshiさんの問題提起とは微妙にズレていたら申し訳ないのですが・・・。毎年お正月に姪っ子たちと会います。中学生〜高校生なのですが、百人一首を当然のように、(たぶん)全部暗記していてビックリしました。

百人一首はなかなか興味深いので、私も半分弱くらいは覚えていますが、授業で習ったのはほんの数首だったと思います。あとは自分の興味の赴くままに読んでいって、後半は有名な歌以外はギブアップしてしまいました。

どうも私たちの時には「任意」だった百人一首の勉強が、「必修」になっている雰囲気です。覚えてソンはないと思いますが、全国の中学生が全員完璧に覚えないといけないという流れになっているとしたら・・・それはそれで怖いものも感じます。

学習指導要領の大綱化・・・一保護者としても切望しています(特に自由教育を掲げる学校に通わせているので)。

2. Posted by toshi   2009年09月26日 07:07
まいさん
 
 いいえ。いいえ。ズレてなどいません。ありがとうございます。

《どうも私たちの時には「任意」だった百人一首の勉強が、「必修」になっている雰囲気です。覚えてソンはないと思いますが、全国の中学生が全員完璧に覚えないといけないという流れになっているとしたら・・・それはそれで怖いものも感じます。》

 なるほど。確かにそういうことになりますね。言い得て妙。分かりやすく書いていただきました。
 わたしも子ども時代、百人一首を好んでやっていました。それにふれた過去記事もありますので、本コメントのHN欄に貼り付けさせていただきました。

 任意だし、遊びだから、意味が分からなくても楽しいのであって、これが必修となれば、話がまったく違ってきます。

 そうでした。まいさんは、お子さんを自由教育を掲げる学校に通わせていらっしゃるのでしたね。当然ここでは、学習指導要領の拘束性はないのでしょう。
 
 最近の読者の皆さんに、『ああ。日本にもこういう学校があるのか。』と知っていただければいいなと思い、ここに、URLを紹介させていただきます。お許しください。
http://www.kinokuni.ac.jp/nc/html/htdocs/index.php

 なお、学校理事会にしても、学習指導要領の大綱化にしても、ドラゴンさんご指摘のような心配はあります。たとえば、受験教育シンパが学校理事会を牛耳るようになったら、かなり学校はおかしくなるのではないかという心配です。

 それを防ぐ意味でも、民主党を中心とした連立政権の手で、それらが具体化する折には、まいさんのお子さんの通われている学校がもっともっとPRされる必要があるなと感じています。
3. Posted by ドラゴン   2009年09月26日 16:08
toshi先生

いつも勉強させていただいております。
私は、古典そのものに対しては、批判はありません。気になるのは目的と指導法です。
NHKの「にほんごであそぼ」という番組がありますが、結構子どもたちは楽しんでいます。街を歩いていて、子どもたちが「にほんごであそぼ」で野村萬斎や神田山陽のフレーズを真似しているの聞いたこともあります。おそらく子どもは、古典とか現代文とかの区別がなく、「じゅげむ、じゅげむ」とかを純粋におもしろがっているのだろうと思います。
小学校の国語でも狂言の「附子」が教材となって、おもしろい実践もあったかと思います。

しかし、先生もご指摘されている「ア特定の事項をまとめて指導したり,繰り返して指導したりすることが必要な場合については,特にそれだけを取り上げて学習させるよう配慮すること。
 なお,特定の事項をまとめたり繰り返したりする学習は,形式的・機械的な学習になりやすいので,児童が興味や関心をもって学習を継続できるような工夫が大切である。」の部分は、大いに問題があるように思います。
4. Posted by ドラゴン   2009年09月26日 16:09
すでにやられている例として、世田谷区の「日本語」があります。
http://www.city.setagaya.tokyo.jp/030/d00020629.html
その目的は、
(1) 深く考える子どもを育てる。
(2) 自分を表現することができ、コミュニケーションができる子どもを育てる。
(3) 日本の文化を理解し大切にする子どもを育てる。
となっておりますが、なぜか1年生から「漢詩」です。「日本語」ではないのか!と叫びたくなります。
6年間で25首の漢詩が入っております。
http://www.zen-kanshiren.com/article/project/interview/25.html
3つの目的があるようですが、「漢詩」でどうやってこの目的を達成するのでしょうか。
知り合いで、世田谷の小学校に通っている子ども2人に、この日本語の印象を聞いてもらいましたが、2人とも「一番嫌いな教科」でした。
ぜひ子どもたちの意見を集めて公表してもらいたいものです。

5. Posted by ドラゴン   2009年09月26日 16:10
古典を学習する際に、気を付けなければならないのが、背景などに関する知識理解だと思います。
小学校では歴史学習は6年生からです。3年から昔のくらしがありますし、時代劇などで江戸時代などの言葉を耳にしていますが、古典を理解するのに役立つレベルではありません。
「古池や〜」などは時代背景などは関係ありませんが、「君、死にたもうなかれ」となれば、背景は必要でしょう。そういうところが軽んじられているように思います。
つまりそのような教材は、子どもに理解できるかどうかではなく、大人が子どもに与えたいかどうかで、学習内容が決められているように思うのです。
6. Posted by 今日   2009年09月27日 04:29
またまた、しっかりしたことをお書き下さいました。

ブログという発信機関も、このように有効的に使いたいものですよね。

マスコミの頽廃を嘆いている方が増えていますが、ブログも含めてですよね。

関連するものを下記に記させて戴きました。

2006.05.13

言葉の力、向上の試み(5)思い・意見などを書く指導(1) [ 文学文の読解 ]
http://plaza.rakuten.co.jp/zyx1830/diary/?PageId=2&ctgy=9


2008.02.22

書き込み・書き出しの指導の工夫・学習指導要領に注文 [ 文学文の読解 ]
http://plaza.rakuten.co.jp/zyx1830/diary/200802220000/


7. Posted by 今日   2009年09月27日 04:30

(続きです)


2008.02.20

丸読みと表現よみについて考える・新学習指導要領 [ 読みきかせ・表現よみ(音読)の工夫 ]
http://plaza.rakuten.co.jp/zyx1830/diary/200802200000/


2008.02.03

指導がなく大人になって習得した『抽象』の漢字語を小学生に指導・指導要領に注文 [ ・・・学習論理語教育基本語い・抽象語 ]
http://plaza.rakuten.co.jp/zyx1830/diary/200802030000/


2008.01.24

分かりできる授業と教育基本法の改正
http://plaza.rakuten.co.jp/zyx1830/diary/200801240000/


2008.01.20
裁判員制度・中教審答申・教科審のまとめと子どもの教育
http://plaza.rakuten.co.jp/zyx1830/diary/200801200000/

2008.01.19

文学文(詩)の読解・中教審答申の暗誦・暗記
http://plaza.rakuten.co.jp/zyx1830/diary/200801190000/
8. Posted by toshi   2009年09月27日 21:46
ドラゴンさん
 
 そうでしたね。「附子」がありましたね。すみません。
 でも、当時は、ドラゴンさんがおっしゃるように、とり上げる目的と指導法が異なっていましたよね。第一、系統だてて古文を扱うというようなものではありませんでした。
 世田谷区の例は、本シリーズの次回にとり上げさせていただこうと思います。

《そのような教材は、子どもに理解できるかどうかではなく、大人が子どもに与えたいかどうかで、学習内容が決められているように思うのです。》
 そうなのです。そこが一番の問題ですね。子どもの内にあるものを考慮し、それを引き出そうとするのではなく、一方的に与えようとするものですから、拒否反応のほうが心配になります。
 
9. Posted by toshi   2009年09月27日 21:51
今日さん

 いつも、お世話になっております。
《ブログという発信機関も、このように有効的に使いたいものですよね。》
 ドラゴンさんご指摘の世田谷区の件は、今日さんも、『日本の教育はこれでよいのかな』のなかで、記事にされていますね。
 本シリーズ次回の記事では、引用させていただこうと思っています。また、お世話になります。

 
10. Posted by 今日   2009年09月28日 08:13

いつも、お世話様になります。
引用させて戴きました。



2009.09.28

国語教育への警鐘と学力向上に必要な本好きにする道筋(4)・・・田村 利樹 [ 読みきかせ・表現よみ(音読)の工夫 ]

http://plaza.rakuten.co.jp/zyx1830/diary/200909280000/
11. Posted by まい   2009年09月28日 22:33
toshiさん
お返事どうもありがとうございます。きのくにへのリンクも貼っていただき、たいへん嬉しいです。きのくには私立校なのでかなり緩いと思いますが、(私は詳しくありませんが)学校教育法の1条校とかで学習指導要領もある程度意識しなくてはならないようです。でもスタッフの方々は私たちにはそういう窮屈さを微塵も見せずに、子どもの興味を一番大切にしてくださっているようで、いつ見ても聞いても頭が下がります。

たまたま保護者に民主党の地方議員さんがいて、何年か前に同僚の方たちと見学にいらっしゃったそうです。中央まで情報が届いているかはわかりませんが・・・。その時に「プロジェクト」という学校の柱となる体験学習でどのくらい学習指導要領がカバーされているか調べたところ7割くらいだったようです。選択科目が多いので難しいところですが、芸術・スポーツ・自然観察系の「チョイス」を加えると、かなりカバーされているのではないでしょうか。

12. Posted by まい   2009年09月28日 22:34
(続きです)
私も折にふれて民主党に「日本にもこういう学校で子どもたちが元気に育っていますよ♪」と伝えたいです(文科相の事務所を訪問できる地域なので)。

本論から外れてきのくにのことばかり延々と話して、失礼しました。親として「ここに入って本当に良かった」と日々思っているもので(^^;)
13. Posted by toshi   2009年09月29日 06:27
今日さん

 またまたとり上げていただきました。いつもありがとうございます。
 世田谷区の件は、学習指導要領の、『易しい文語調の短歌や俳句』や、『親しみやすい古文や漢文』をも逸脱しており、問題はさらに深刻と受け止めています。

 
 
14. Posted by toshi   2009年09月29日 06:39
まいさん

 わたし、過去記事に書かせていただいたことがあるのですが、『ふつうの公立校においても、それほど学習指導要領に拘束性があるものではない。』ととらえています。ただ、〇割というとらえ方をしたことはないのでその点は分かりませんが、まあ、9割5分以上であることは確かだと思います。
 ただし、重要なのは、これも過去記事に書かせていただきましたが、子どもの受け止め方です。子どもが、『自ら学んでいる。』ととらえているか、『受身の姿勢で学んでいる。』ととらえているか、そこが問われるのだと思います。
 その点、きのくには、すばらしいものをもっているのではないかと感じています。
15. Posted by 柴田勝征   2009年09月29日 14:47
柴田です。今回、私のHPサイトにPISA[落書き」問題に関する各界の代表的な方々4名のご意見を紹介させて頂きました。
<http://www1.rsp.fukuoka-u.ac.jp/kototoi/2009_09s.html#418go>
 その中の、「まじめな現場教員の声」として、toshi先生のコメント
http://blog.livedoor.jp/rve83253/archives/cat_32070.html
を抜き書きして引用させて頂きました。あとのお三方は、大学で教職課程を教える小笠原さん、国立教育政策研究所の有元さん、フィンランドの教科書を日本語に翻訳・出版されている北川さん、です。みなさん、PISA支持の方々です。PISA批判の方の意見は、依然として見つかりませんでした。toshi先生のサイトの右欄の「トラックバック」にでも掲載して頂ければ嬉しいです。
(追記)
toshi先生のこのシリーズでなにかと話題になっている s教授の件について、いつか確かドラゴンさんが文化庁関係の資料を紹介されていたので、思いついた事があって、近々、記事にしようと思いました。今回の項の末尾に<以下、次号>と書いて、タイトルだけ予告しておきました。
16. Posted by toshi   2009年10月01日 17:40
柴田勝征さん

 まじめなとは恐れ入ります。自分ではちっともそのように思っていませんが、最近の公教育事情は、悪化の一途をたどっているように思います。
 なんとか、その流れに一石を投じたいと思っておりますが、前途多難かもしれません。
 それだけに、民主党の諸施策に期待するところ大です。

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