2009年10月06日

貧困と子どもたち3

b111b66e.JPG 一昨日のNHKテレビはショックだった。

 貧困が、子どもたちをこんなにもむしばんでいるということ、常に、学校現場に身をおいていながら知らなかった。


 そもそも戦後を生きたわたしには、貧困に関して、強い思いがあった。

〇60代となり、小中学校時代の同窓会がふえた。そこでよく話題に上るのは、子ども時代(昭和20年代から30年代初頭にかけて)の貧困の話だ。

「わたしなど、雨が降ると、学校へ行かなかったよ。いや、行けなかったのだ。なぜだか分かるか。家にかさがなかったからよ。学校まで遠かったしなあ。」

「わたしは自分のうちがいやでねえ。屋根に大きな石がたくさん置いてあるの。それがいやだった。なぜ置いてあるかって?。トタン屋根が強風で飛ばないようによ。」

「せまい家に家族6人。いやあ。足の踏み場もなかったよ。」

〇次、これは同窓会の話ではないが、

 わたしが30代のとき勤務した学校にも、朝ごはんを食べないまま学校へ来る子がいた。おうちの人が夜の遅い仕事で、いつも子どもが寝静まってから帰ってくる。そのため、朝は起きれないのだった。

 毎日、教職員が交代で朝ごはんを買ってきて、職員室で食べさせたっけ。

 すると、表情がガラッと変わり、明るい笑顔になるのだった。


 それにくらべたら、今はいい。天国だ。

 ずっとそのように思っていた。


 でも、昨日のテレビは、わたしのそうした思いを根底からくつがえした。認識を変えざるを得なくなった。

 今、その番組にリンクさせていただこう。

    セーフティーネット・クライシス vol.3 しのびよる貧困 子どもを救えるか


 OECDは、日本の「子どもの貧困」が際立って加速していると警告した。

 背景には、日本の社会保障制度が「正社員」を前提に設計されたまま、抜本的な見直しが行われていない点がある。

 そして、これだけでは、番組内容が分かりにくいと思うので、もう一つリンクさせていただく。

    昨夜「NHKスペシャル 子供の貧困」掲示板

 
 今、ちょっとだけ、子どもから離れ、格差社会の広がりに目を転じてみる。

 『一億総中流社会』とは、だいぶ長らく言われてきた。わたしの感覚からすれば、ついこの前まで、そう言われていたように思う。

 なんか急坂を転げ落ちるように、日本は一気に変わってしまったようだ。今、7人に1人が貧困なのだそうだ。


 その主原因は、ワーキングプア。

 つまり、働いているのに生活保護水準に達しない収入しか得られないという、非正規雇用の増大にある。


 ここで子どもに視点を戻す。

 大人の貧困が子どもを直撃している事実がある。

 つまり、『子どもは社会全体で看ていく』という視点が欠如しているのだ。言い換えれば、日本の場合、子どもを育てることが家庭の責任とされすぎているのだ。

 
 これはおかしいのではないか。

 『格差の再生産』『格差の固定化』と言われる。

 これを食い止めるためにも、『子育ては、社会全体で』。

 つまり、教育はもちろんだが、子育て全体の無償化と保育園の充実等の政策を強力に推進する必要がある。それが、少子化の流れを食い止めることにもなる。


 そういう目で自民党を中心とした連立政権のやってきたことは、かなりピンボケであったと思う。

 その象徴とも言えるものが、『全国の学校すべてに電子黒板を設置』というものだった。日本の「子どもの貧困」が際立って加速しているときに、これはないだろう。少なくとも、優先順位を間違えている。


 今、民主党を中心とした連立政権の時代となった。

 これはよかった。少なくとも、『子どもの格差の是正』に向かって動き出しそうだ。希望のもてる時代となった。

 
 わたしは、これを実現可能とみる。

 ただ不安もある。財源確保の問題だ。まだ、新政権が発足して一月もたっていないのに、あれこれ言うのは申し訳ないようにも思うのだが、ちょっと不安。


〇補正予算の組み替えに手をつけたのはよい。先ほどの電子黒板なども組み替えるべきだ。

 しかし、まだ完全に官僚を掌握していない今という段階では、すべてのムダの洗い出しに成功していないようにみえる。やっぱり、官僚を掌握する手を矢継ぎ早に打つことから始めてほしい。

〇官僚の天下りを認めないのはいい。

 しかし、新たにとり入れる公募制度において、これがまったくなくなる保障はあるのか。その点が分からない。


〇そして、まだあれこれ論ずるのは早すぎることを承知のうえだが、

 ・随意契約から競争入札へ
 ・官僚天下り先の存廃とそこへの金の流れを止めること

などはまったくみえない。


 ワーキングプアや子どもの貧困は、一刻の猶予もならないのだから、やはりすばやい動きを期待せざるを得ないが・・・、その点、今のところ、やはり不安はあるね。



 番組では、フィンランドの例を挙げていた。

 学ぶべき点は多い。


 子育て環境の充実、そして、教育にお金をかけるのは未来への投資なのだ。何をさしおいても、まずはここから始めた。

 それは、格差是正、完全就業、社会保障の充実など、明るい未来の構築に直結する。


 ただし、番組に問いたい点が2つある。

・フィンランドの教育に課題はないのか。

 どうも、これまで、『フィンランドの教育はいい、いい。』の大合唱で、課題が見えてこない。『およそ人間のやることで、完全無欠はない。』というのがわたしの思いなのだが、そして、『フィンランドには荒れている学校もある。』という話を、口コミで聞いたことがあるのだが、その点はどうなのか。

・いくら教育が大事といってお金をかけても、公教育の中身が問われなければ、ほんとうの意味の格差是正にはつながらない。わたしは先に、『教員の指導力アップ』という観点で、全国学力調査の有用性を述べたが、『公教育の中身』という視点での考察がほしかった。


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 同番組を見ていて、日本にも、『米百俵』の話があることを思い出しました。

 そう言えば、小泉元首相は、最初の所信表明演説において、この話を引用されたのでしたね。ほんとうに、あの精神はどこへ行ってしまったのでしょう。自民党政権は、あまりにも教育にお金をかけなさ過ぎました。


 最後に、NHKは、ワーキングプアの問題も、大々的にとり上げたことがあるようです。わたしは、それを見そこなったのですが、今回、そのホームページを見つけました。番組内容と考察が書かれています。

 関心のある方は、どうぞ、ご覧ください。

   NHKスペシャル「ワーキングプア 働いても働いても豊かになれない」



rve83253 at 02:45│Comments(42)TrackBack(0)自己啓発 | 教育風土

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この記事へのコメント

1. Posted by ドラゴン   2009年10月06日 19:17
この番組は見たかったですね。残念。

最近、いろいろな学会でもこのような報告があり、気になっておりました。
以前もコメントさせていただきましたが、負の連鎖を断ち切るには、教育は重要です。
それは、学校教育だけでなく、様々な場面で学ぶということです。
就学援助という制度があるのに、知らずに苦しんでいた保護者がいたという話しもありました。自ら問題解決をしたということがないんですね。社会の仕組みや制度を知ると言うことも大事な学びであり、教育がかかわるところでもあります。
勉強してもしょうがない、と思っている親もたくさんいるそうです。だから子どももそう思うようになる。高校の進学率は非常に高いのですが、ただ行っているだけで、学ぶということがない。
そうしたことが、また負の連鎖になっているということもあるようです。
http://benesse.jp/berd/berd2010/center_report/data26.html
教育費用の格差だけでなく、意識の格差も指摘されています。
2. Posted by ドラゴン   2009年10月06日 19:24
数日前の、子どもの健康格差のニュースです。
http://www.asahi.com/national/update/0929/TKY200909280430.html

人生前半の社会保障という考え方もあるようです。
http://www.asahi.com/edu/tokuho/TKY200906210084.html

取り急ぎ、ご紹介します。
3. Posted by アンディママ   2009年10月06日 22:50
昨年に引き続き6年生の担任をしています。
昨年の全国学テは全国の平均を大幅に上回る結果でした。
今年は同じ学校でありながら全く逆の結果です。
勿論、校内で結果分析をし原因をさぐり、職員研修で改善策について話し合いました。
昨年の児童の家庭は比較的落ち着いており学校に対しても非常に協力的でした。ところが今年の児童の保護者は非正規社員・片親・無職(生活保護)の方々が多く、同じ校区内にもかかわらず給食費の未納も昨年の3倍という現状です。就学援助率は20%で殆ど昨年と変わりません。
貧困と学ぶ意欲とが関係あるとは思いたくありませんが(私自身も母子家庭の駄菓子屋の娘で大変貧しかった)
明らかに家庭の環境は教育の機会を不公平にしています。
私の学級にも夏休み中は一日一食だったという児童が居ます。登校しても、朝から「腹が減って頑張られん。」とよく言います。
子どものせいじゃないのにと、胸が痛みます。
4. Posted by 通りすがりのサラリーマン   2009年10月06日 23:28
はじめまして。通りすがりのサラリーマンと申します。私も、「セーフティネット・クライシス」を見ました。子を持つ親として、番組に登場した子供たちの姿を見て、涙が止まりませんでした。
ここで述べられている先生のご意見に全面的に賛成です。民貧しくして国が栄えるはずがありません。我々を代表する政府は何をすべきか、持続的な発展のために企業は何をすべきか、私たち社会の構成員はどう行動を起こすべきか、もっと考える必要があると感じました。子どもたちの今の姿は、10年後、20年後の我が国の形です。子どもたちにツケが回るような仕組みを決して作ってはならないと思います。
5. Posted by toshi   2009年10月07日 10:39
ドラゴンさん
 ご紹介いただいた健康格差、人生前半の社会保障という考え方は、NHKの番組でも、かなりとり上げていたと思います。ただ、意識の格差なるものはふれていなかったように思います。
 これも、けっきょくは、保護者の方々の生育期における教育格差がもとにあるのでしょうね。格差の連鎖と言われるものですね。
 こういうことに関わっての公教育の使命といったものもあるはずで、次回はそのことを記事に書かせていただこうと思っています。
 よろしくお願いします。
6. Posted by ogawa   2009年10月07日 11:34
いつも力のこもった記事をありがとうございます。


EDUPEDIAというサイトを運営させていただいている者です。

ご連絡したいことがありまして、掲載されているtoshi先生のメールアドレスに、メールを送らせていただきました。

ご覧くださるとありがたいです。よろしくお願いいたします。
7. Posted by 柴田勝征   2009年10月08日 10:49
toshi先生、以前、2008年10月11日「ノーベル賞、受賞、おめでとうございます」の御サイトに、刈谷剛彦「階層化日本と教育危機 -- 不平等再生産から意欲格差社会へ」(有信堂)では、生徒たちの成績・意欲・希望のレベルと彼らの両親の年収・学歴・社会的地位とが統計的に非常に強い相関関係があることが数字の上で実証されています。
 以下のような書籍も私にはたいへん参考になることがたくさん書いてありました。
山田昌弘「希望格差社会 -- 『負け組』の絶望感が日本を引き裂く」(筑摩書房)、佐藤俊樹「不平等社会日本 -- さよなら総中流」(中公新書)、三浦展「下流社会 -- 新たな階層集団の出現」(光文社新書)、橋本健二「階級社会日本」(青木書店)
とご紹介させて頂きました。toshi先生からは、
 コメント23、24番は、わたし宛ではないようですが、
 二極分化社会の進行に伴う受験システムの弊害については、わたしが常々記事にしているところですから、ご紹介の刈谷剛彦氏の本は、ぜひ読んでみたいと思いました。
と回答コメントを頂きました。
 今回は、NHKテレビの映像番組でしたから、数字や文章の羅列に比べると比較にならないくらい強烈な印象だったと思います。
8. Posted by 柴田勝征   2009年10月08日 10:51
 ただし、映像作品というのは、制作者の意図を強く訴える目的で編集がなされているメディアだということも頭に入れておく必要があると思います。よくある話ですが、ごく最近も、道路工事で、ある幼稚園が立ち退きを迫られていて、それに反対する運動の紹介番組に中で、工事に泣いている(様に見える)幼稚園児たちの映像が、まったく別の日時での映像を意図的に工事の2つの日時の映像の間に挿入・編集されていたことが明らかにされて、放送局が陳謝した事件がありました。
 toshi先生が指摘されているフィンランド教育の映像などは、まさにこのような例の典型でしょうね。
 
9. Posted by しょう   2009年10月08日 12:43
記事をご紹介いただきありがとうございました。 

 toshiさんも驚かれたということですが、私が「極度の貧困を背景とする教育環境の崩壊の危機」を強く感じたのは最後に御紹介いただいた『ワーキングプア』を見た時でした。

 『ワーキングプア?』が放映された時期は2006年7月23日です。まさに「日本経済が長期の好景気」にあった時、「“戦後”と全く異なる状況下」で深刻な貧困が生まれていたわけですから、番組を見て衝撃を受けた人は少なくないでしょう。

 しかし、他方で番組の趣旨に対する賛同や共感の手紙がNHKあてに3000通以上寄せられたのだそうです。それは、生活者の実感として「働いても働いてもあまりに苦しい」と感じている個人や家庭が多かったことを物語っていると思います。
10. Posted by しょう   2009年10月08日 12:44
 ただ、戦後とは異なる「好景気」も背景に、「貧困は自己責任である」といった論も横行し、そのことが貧困に苦しむ人々を「自分がダメだからこうなった」、というさらなる精神的な苦しみに追いやっていった面は否めないでしょう。

 極度な貧困を背景に子どもたちが受けているダメージについては拙ブログでも取り上げました。
 http://plaza.rakuten.co.jp/shchan3/diary/200908190000/
 http://plaza.rakuten.co.jp/shchan3/diary/200909220000/
 
 これらは、「ごく一部の例外的な問題」としてすませることはできないと考えています。最近、拙ブログで「貧困」関連の記事を連載しているのも、そのような問題意識からです。
11. Posted by toshi   2009年10月08日 17:14
アンディママさん
《貧困と学ぶ意欲とが関係あるとは思いたくありませんが、明らかに家庭の環境は教育の機会を不公平にしています。》
 日本は、長く、教育、子育てを、家庭の責任にしてきました。一億総中流社会ではそれでもさほど問題にはならなかったのですが、正規雇用体制がくずれた今、そのツケが、一気にまわってきているのだと思います。
 民主党の政策に期待するところ大です。あと、教員の指導力アップもかぎになると思い、先ほど、記事を入稿させていただきました。
 双方とも、格差をなくすまではいかないと思います。しかし、縮めることは可能だと思っています。


 
12. Posted by toshi   2009年10月08日 17:28
通りすがりのサラリーマンさん

《子を持つ親として、番組に登場した子供たちの姿を見て、涙が止まりませんでした。》
 わたしが学校現場に身をおきながら、こうした実態を知らなかったというのは、やはり、こういうことは地域差があるのですね。問題ないところはまったくない。それだけに、問題のある地域は深刻なのだと思いました。

《民貧しくして国が栄えるはずがありません。我々を代表する政府は何をすべきか、持続的な発展のために企業は何をすべきか、私たち社会の構成員はどう行動を起こすべきか、もっと考える必要があると感じました。》
 亀井金融相がすごいことを言いましたね。あれは言い過ぎとしても、しかし、やはり、企業の責任はありますよね。記事には書き損ねましたが、あの番組を見ていると、法人税と年金の企業負担を合わせると、日本企業はまだまだ負担が軽いようでした。

13. Posted by toshi   2009年10月08日 17:29
《子どもたちの今の姿は、10年後、20年後の我が国の形です。子どもたちにツケが回るような仕組みを決して作ってはならないと思います。
 おっしゃる通りと思います。わたし自身は、教育現場に身をおくものとして、先ほど、記事を入稿しましたが、『どの子も分かる授業』をすることが、格差是正につながるのだという信念を持って、がんばっていきたいと思います。

 最後に、『通りすがり』などとおっしゃらず、どうぞ、今後ともよろしくお願い申し上げます。
14. Posted by toshi   2009年10月08日 17:30
ogawaさん

 ご愛読賜り、ありがとうございます。
 メールの件は、ごめんなさい。うっかりしておりました。今日中にお返事申し上げます。
 ほんとうに申し訳ありませんでした。
15. Posted by toshi   2009年10月08日 20:13
柴田勝征さん
 
 いろいろご教授いただき、ありがとうございます。
 ただ、わたしはフィンランドの教育を日本のマスコミや書籍が伝える内容について、《制作者の意図を強く訴える目的で編集がなされているメディアだということ》は頭に入れているつもりですが、《まったく別の日時での映像を意図的に工事の2つの日時の映像の間に挿入・編集されていたことが明らかにされて、放送局が陳謝した事件》と同様の、あるいは、その典型などとは思っておりません。
 基本的には信頼をおいています。ただ、あまりに、『いい。いい。』の大合唱なものですから、『課題がないわけではないだろう。』という思いはあります。今後、さらに、アンテナを張っていきたいと思っています。
16. Posted by toshi   2009年10月08日 20:49
しょうさん

 現代という時代は、ほんとうに多様化し、一言では片付けられない様相を呈していると思います。
《「貧困は自己責任である」といった論も横行し、そのことが貧困に苦しむ人々を「自分がダメだからこうなった」、というさらなる精神的な苦しみに追いやっていった面は否めないでしょう。》
 これは、昨日、NHKのクローズアップ現代でもとり上げていました。それで、自分の窮状を肉親にも隠し、誰にも助けを求めず、餓死した青年をとり上げていました。悲劇ですね。
 しかし、その一方で、『貧困は自己責任』に、まさに該当する者もいるわけです。
 だから、『自己責任論者』の主張も、一面的ではありますが、あながち間違いではありません。
 そこが問題をむずかしくしているのだと思います。
 そして、これは、やはり、教育にも責任はあるなと、痛感しているしだいです。こういう心を育む面をまったく軽く扱っていますものね。
 わたしとしては、目の前にいる小学生について、子どもの貧困は、まったく子どもに責任はないわけですので、どの子も、主体的、意欲的に、そして、自尊感情を失うことなく成長していくよう、教育実践に取り組んでいく覚悟です。
17. Posted by アンディママ   2009年10月10日 11:09
私の感想にまでメッセージをいただきありがとうございます。だからこそ教育が大事で、だからこそ授業を大切にしたいと思います。
楽しくて子どもたちが「えっ!?」と目を輝かせる
取り組みを工夫できるようがんばります!
18. Posted by ドラゴン   2009年10月10日 17:06
柴田先生
toshi先生

フィンランドの教育については、私のまわりの学校関係者はそれほど美化しておりません。印象ですが、教師向けの教育書でもほとんど取り扱われていないのではないでしょうか。フィンランドメソッドなどと出されている書籍のほとんどは、保護者向けのように思えます。虎の威を借る業者なんかでしょうか。
実際に、視察に行かれて方々の印象では、指導法の工夫などでは、日本のほうが遙かに高い、とのことです。
toshi先生が、このブログで話題にするような教材研究や指導法の工夫はほとんど見られないという話でした。
19. Posted by ドラゴン   2009年10月10日 17:09
私はフィンランドがよいのも、日本の学力テストでも秋田県などの東北、北陸が良い成績をだしているのも、理由は同じように思います。
真面目に学校に行って、勉強するという旧来の文化が根強く残っているところでしょうか。そういうところなので、極端に低い子どもが少なく、総じて平均点を上げているように思うのです。
韓国やシンガポール、香港も高い成績を出していますが、これらは、受験などを前提とした教育がなされているからでしょう。日本で言えば、東京の山の手あたりでしょうか。
文部科学省の学力テストも県単位ではなく、もっと細かい単位でやれば、中学受験に熱心な地域は高い成績をだすはずです。
20. Posted by toshi   2009年10月11日 14:05
アンディママさん
《私の感想にまでメッセージをいただきありがとうございます。》
 とんでもありません。こちらこそ、ありがとうございました。今後とも、どうぞ、よろしくお願いします。
《楽しくて子どもたちが「えっ!?」と目を輝かせる取り組みを工夫できるようがんばります!》
 子どもの目の輝きは、わたしたちにとっても、何よりの励みになりますね。
 
 
21. Posted by toshi   2009年10月11日 14:53
ドラゴンさん
《指導法の工夫などでは、日本のほうが遙かに高い、とのことです。》
 貴重なコメントをいただきました。こういう声はほとんど日本に伝わってきませんね。
 わたし、以前、『日本の授業研究は、世界に冠たるもの。』と書かせていただいたことがあるのですが、それを裏付けていただいた思いです。

 フィンランドの教育について、わたしがマスコミ等の報道から感じることは、
・子どもの思いを大切にしながら、子どもを伸ばそうとしているとは感じますし、
・教員もよく子ども一人ひとりに対応していますが、
・子ども同士の支え合い、学び合いによって学習の価値を深めようとしたり、また、教員がそういう営みを支えたりするといった、そのような取組はないのではないかと感じています。
 
22. Posted by しょう   2009年10月12日 22:25
>子どもの貧困は、まったく子どもに責任はないわけですので、どの子も、主体的、意欲的に、そして、自尊感情を失うことなく成長していくよう、教育実践に取り組んでいく覚悟です。

 教職員としてできることは、何といっても教育実践ですね。そして、初任者指導を中心として現在進めておられる実践も貴ブログでの発信も優れた実践を広げていく意味を確実に持っていると思います。

>『自己責任論者』の主張も、一面的ではありますが、あながち間違いではありません。

〈一言では片付けられない様相〉に関するtoshiさんの実感なのでしょうね。
 ただ、一市民として私は「自己責任論の一面性にきちんと目を向けていく方が問題の解決にとってプラスになるのではないか」と考えています。
23. Posted by しょう   2009年10月12日 22:26
 紹介されていたNHKの『ワーキングプア』ですが、とりわけ2「努力すれば抜け出せますか」、および3「解決への道」は、ワーキングプアを生み出し続ける社会の構造に切り込み、解決への道を提示していったドキュメントの傑作だと考えています。(紹介しておられた紙屋さんのHPでも詳しく論じられています。)

 また、toshiさん自身が上記記事でも述べておられるように、このたびの番組も同様の問題が提起されていますよね。
 番組の最後で湯浅誠氏は「貧困問題はまだ(解決を目指す)スタートラインに立っていない」と述べました。そもそもOECDの調査で実態を把握するようなことは論外で、「日本政府が解決に向けて貧困の実態調査を行って初めてスタートラインに立つ」というわけです。

 toshiさんとともに、不安を持ちつつも(あるいは不安があるからこそ)現政権に対して国民が「優先されるべき政策」を明確に意思表示していくことが大切だと思うのです。
24. Posted by しれとこまま   2009年10月13日 14:23
貧困というのではありませんが、北海道のはずれのこの地で、塾や私立の学校がなく公立の小・中・高校と普通に進学した場合、次の行き先がありません。
また、公立へ行くのが当然ですが、へき地校というのは悲しいもので、本来なら少人数で細やかな対応のはずがそうはならないようです。
親も頑張りますが、先生も「一人の子どもを自立できる大人にする」を目標に、頑張ってもらいたいのです。
学校の選択肢がない場所では、本当に公立校の頑張りを期待するばかりです。
25. Posted by toshi   2009年10月14日 20:39
しょうさん
《「自己責任論の一面性にきちんと目を向けていく方が問題の解決にとってプラスになるのではないか。」》
 よく分かります。自己責任論者の多くは、教育論にのっとって主張するというよりも、まさに、一面的で、切って捨てるような言い方をしますものね。わたしはこうした自己責任論には組するものではありません。
 それで、社会問題としてみた場合は、まさにしょうさんのおっしゃるとおりでしょう。弱者切捨てのような論理にはついていけません。
 しかし、教育論としてみた場合は、自己を表現できないのも、軽い生き方でいいとしてしまうのも、教育の所産と考えられなくはないので、自己反省をこめて、また、あるべき教育の姿を追求するという視点からも、多面的な分析をしたほうがいいと思うのです。

 民主党政権となり、国はついに貧困調査を始めるようです。これでやっとスタートラインに立つということになるのですね。

 
26. Posted by toshi   2009年10月14日 20:54
しれとこままさん
《学校の選択肢がない場所では、本当に公立校の頑張りを期待するばかりです。》
 しれとこままさんがおっしゃるように、貧困の問題とは違いますが、でも、格差があるという意味で、事柄の本質は変わりませんね。
 そして、公立校こそ、努力しないといけないという意味でも、共通するものがあるなと思いました。

 ここで、ドラゴンさんのコメント21番が参考になると思いました。わたしはテストの点数などで学力を表面的に見ることには同意しませんが、ここで言われている東北、北陸などは、やはり、大都市にくらべれば、進路等選択の幅は狭まっていると言っていいでしょう。それだけ、公立校の努力に負うところ大でしょう。
 ドラゴンさんは、教育風土をおっしゃっていると思うのですが、それなりに公立校の取組もいいものがあるのかなと思いました。
 
27. Posted by ドラゴン   2009年10月15日 20:39
しれとこままさん
toshi先生

教育の地域間格差というのもありますね。
世間の誤解では、少人数指導がよいように思われていますが、それだとへき地校の学力がよくなるはずですが、実際はそうではありませんね。
いろいろな報告をみておりますと、考えが広がりにくいということがあるようです。
やはり、多様な子どもたちがともに学ぶというところに公立校の価値があるのだろうと思います。
社会科の3,4年生の地域の副読本も、都市部ではカラーで教科書のようですが、地方では先生の手作りというところもあるようです。
品川のような取り組みも小規模の町村ではできません。そうした教育環境の格差はあります。

でも、それでも地方の学力がよいのは、toshi先生も言われた教育風土が大きいですね。
孟母三遷ではありませんが、環境は大事です。
28. Posted by ドラゴン   2009年10月15日 20:42
子どもの貧困と教育格差の問題には、関心がありますが、今は、どうしてよいのか、もどかしさばかりです。
教育を通しての自立ということを考えておりましたが、ワーキングプアの問題も拝見して、自立だけでは越えられない壁があるように思いました。
制度だけの問題ではないのでしょうか。

それでも、やはり「学ぶこと」が救いの第一だと思います。
今後も考えていきたいテーマですね。
29. Posted by toshi   2009年10月17日 09:20
ドラゴンさん
《世間の誤解では、少人数指導がよいように思われていますが、それだとへき地校の学力がよくなるはずですが、実際はそうではありませんね。》
 問題解決学習という視点で見た場合、ドラゴンさんのおっしゃる
・考えが広がりにくい。
・多様な子どもたちがともに学ぶ
という意味で、難点があるのは事実でしょうね。

 しかし、どういう地域の条件でも、その条件を生かした指導法はあると思うのですが、現実は残念ながらそれを生かし切っていないのでしょう。
 
 ワーキングプアの問題は、やはり、究極のところは制度の問題でしょう。しかし、教育問題としてとらえたときは、自立を目指す教育の重要性は欠かせないということだと思います。

 このこと、『亀井さんの発言に思う』の記事でふれさせていただきました。
30. Posted by しれとこまま   2009年10月17日 18:11
ドラゴンさん、toshiさん、私のつたない文章にコメントを返していただいて、ありがとうございます。
ドラゴンさんがおっしゃるとおりで、少人数のよさが出ていないというか、学力もかといって運動や体力もすごく低いんです。
それは、田舎のよさがもう少ないからだと思います。
この「地域差」が次の「ワーキングプア」を生むのではと恐れています。
すでに、進路を見つけきれずに、専門学校も途中で辞めてしまったりして、正社員になっていない話をよく聞きます。これは、親の意識の差もありますが、本当に悩めるところです。
31. Posted by toshi   2009年10月18日 17:29
ドラゴンさん
しれとこままさん

 どうも、
・まずは、制度の問題ですね。北欧のように、同一労働同一賃金、正規不正規の差別をなくすこと。また、できるだけ、不正規雇用はなくす方向で努力すること。
 そして、子どもを持ちたくなるような社会へ。
・次は、『子育ては社会の責任』という考え方にできるだけ近づけること。つまり家庭の子育て負担を軽減すること。
・さらには、公教育の充実
でしょうか。

 しれとこままさんのおっしゃる親の意識も大切でしょうが、これは、上記のことがなされれば、自然に変わっていくものと思います。
32. Posted by ドラゴン   2009年10月20日 19:57
いつも勉強させていただいております。

最近このような話題を目にするので、昨日次の本を手に取り、あまりの衝撃で、購入しました。
まだ全部読んでおりませんが、ご紹介します。

「ドキュメント 高校中退」ちくま新書
書評が、ここで紹介されています。
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51302923.html
33. Posted by toshi   2009年10月22日 00:20
ドラゴンさん

 ううん。むずかしいです。

 かけ算九九以前の問題とのこと。貧困だけが原因ではないように思うのですが、どうでしょう。
 育て方、育てられ方の方が、さらにいえば、義務教育がその職責を果たしていないというか、そういうことの方が大きいような気がしました。
34. Posted by 柴田勝征   2009年10月24日 14:44
4 ドラゴンさん、
 ご紹介の「高校中退」に対する書評が載っている下記のサイト
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51302923.html
で、多くの投稿者が指摘しておられるように、「高校中退」の著者は「軽度知的障害者」のことをご存じ無いようです。これは脳の発達障害で、数年前までは日本では全く知られておらず、この障害のある子どもたちは「普通の子」として、文字通り、他の子どもたちとまったく同じ教育を受けてきました。2007年度から、日本でも「特別支援学級制度」が発足して、新たに「軽度発達障害」の子供たちが対象者になったので、対象者が約88万人(8.1%)と急増しました。まだまだ社会的に知られておらず、今年の3月に日本で初めて、北九州でホームレスの多くに軽度知的障害者がいることが「発見」されま
した。私のサイトの連載シリーズ「因果律のない世界に住む人々の登場」のなかで、北九州の事は
http://www1.rsp.fukuoka-u.ac.jp/kototoi/2008_3.html#369go
に紹介してあります。また、特別支援教育と発達障害者支援法については
http://www1.rsp.fukuoka-u.ac.jp/kototoi/2008_4.html#370go
に解説がありますので、よろしかったらご覧下さい。
35. Posted by 柴田勝征   2009年10月24日 14:52
4 なお、PISA国際比較テストと特別学級との関係に関して、オーストリアの教育学者がPISAを批判している事については、
http://www1.rsp.fukuoka-u.ac.jp/kototoi/2008_4.html#372go
のなかで、
- 少なくともオーストリアでは、PISAによって特別学級の生徒たちが制度的に枠外に置かれており、PISAの取り組み方法の中でこの生徒たちの役割を正当に取り扱うことが殆どまったく行われてこなかった。
*******
と紹介しておきましたが、日本においては、私の意見ではむしろ逆に、(1)日本では軽度知的障害児はほとんど認知されずに、「普通の子」として扱われているために、PISAの点数のいちばん低い階層の生徒の多くがこれらの子どもたちである可能性が高い。
という問題点があります。
 PISAテストの点数の数値については、このほかに

(2)日本人の伝統的な職人芸的ま分野で優秀な能力を持っている人たちは、かなり一般的に、文章表現能力や会話的な言語能力が低い人が多いので、このような能力を潜在的に持っている子どもたちは、PISAテストのようなまわりくどい文章表現にうまく対応できなくて点数が低くなり、彼らの本当の優れた点数は数字には表れず、むしろ「底辺レベルの学力の子ども」として誤って評価されている例が多いと思われる。

と考えています。
36. Posted by 柴田   2009年10月24日 14:55
4 つまり、私の意見では、PISA点数の低い日本の子どもたちの中には上記のような2つの階層が含まれていると考えています。

PISAの点数による子どもたちの分析を、多くの学者の論文で調べましたが、私のような考えのものはひとつも見つからなかったので、非常に変わった考えのようですが、私の40年間の教師としての体験から判断して、自分ではほぼ間違いのない分析だと思っています。
 なお、最近、元同僚から、岩川 直樹さん(埼玉大学教育学部教授)という方が、「貧困と学力 (未来への学力と日本の教育)」 (朝倉書店)などの著書を出していて、そういう研究結果からして、PISAに批判的な人です、と紹介されました。

37. Posted by toshi   2009年10月24日 22:18
柴田勝征さん
 ドラゴンさんあてのようですが、失礼します。
 わたしの経験からの思いですので、確かなことは言えませんが、たとえ、軽度発達障害の子どもたちが一定数存在するとは言え、ドラゴンさんのご指摘のような実態、及び書評には、驚かされています。
 たとえふつう学級に在籍し、他の子たちと同じ教育を受けてきたとはいえ、『だから当然の事態』とは思えないのです。
 コメント35番に書かせていただきましたが、いろいろな要因があるのだと思います。そのなかで、十把ひとからげの学校教育の問題もあるように思います。
38. Posted by 柴田勝征   2009年10月25日 09:58
toshi先生、コメントありがとうございます。ご指摘のとおり、「だから当然の事態」とは、私も思っておりません。ことばが足りなかったようです。学級を担当する教師に正しい認識が欠けていて、かつ、その学校の教育環境や教育労働条件の悪化、あるいは、その地域の経済・文化環境の悪化などが重なった場合に、特に驚くほどの劣悪な結果が起きるのでしょう。軽度発達障害の子どもたちが一定数存在し、かつ担任教師にそのような「特別支援を必要とする子供」という知識が無くても、教師の一般的な教育能力が高く、地域の環境もそれほど悪くなければ、顕在化することなく、「このクラスは学習の成果があまり上がらない子がいるなあ」という程度で済んでしまうのではないかと思います。
39. Posted by 柴田勝征   2009年10月25日 10:01
しかし、それは小学校のような義務教育のレベルだからそれで見過ごされてきたわけで、将来学校を卒業して就職するときになって、あるいは就職をしてから、「職場に適応できない」という形で顕在化していたのではないかと思います。だから、人生の長い一生を考えると、小学生の期間だけを無事にやり過ごせばいいと(決してtoshi先生がそのように思っておられる、という意味ではありません)いうわけにはゆかず、親御さんには一時的にはつらい思いをさせることになるかもしれませんが、「特別支援教育」の対象生徒を拡大し、またそれを実行できるだけの専門指導教員を増やすことが必要なのではないかと思っています。
40. Posted by ドラゴン   2009年10月27日 18:11
柴田先生

いろいろと貴重な情報を有り難うございました。
大学でも発達障害が課題となっているとは聞きましたが、具体的なものは、まだ拝見したことがありませんでした。
先生のご指摘の
「「特別支援教育」の対象生徒を拡大し、またそれを実行できるだけの専門指導教員を増やすことが必要なのではないかと思っています。」については、大賛成です。特別支援学校や特別支援教室が世間体が悪いからと敬遠していて、その後入学、入室して
子どもが伸びたので、早くから入っていればよかったという事例をたくさん聞きました。
アメリカでは、学級担任制でなく選択教科も多いので、教室にいなくても目立たないので、例えば言葉に問題のある子どもは国語の時間は特別支援教室といった具合に、課題に応じて専門家のサポートが受けられると聞きました。
これについては、toshi先生のもう一つの記事に書きたいことがありますので、そちらで。
41. Posted by ドラゴン   2009年10月27日 18:18
高校中退の問題には、確かに発達障害もあるかと思いますが、toshi先生も言われているように様々な要因があると思います。
貧困や育児放棄からの栄養不足による発達の遅れなどもあるでしょうし、同じ理由から、例えばものを数えるという経験をしてこなかったから数の概念が身につかないなどの生活体験の不足もあるかもしれません。
だから、制度だけで解決できるかも心配なのです。
問題がおきたときには、適切な対応が必要なのは当たり前ですが、気付かれていないと思うこともよくあります。
例えば、九九に関して言えば、私たちが九九を使えるのは、小学校2年生で覚えたと言うことはもちろんですが、それ以上に、その後に九九を使ってきたということが大きいのです。社会は、そこに気付いていないので、九九ができない高校生がいると、小学校の授業改善をしろと、意味のない対応がなされることが多くあります。
42. Posted by ドラゴン   2009年10月27日 18:27
私も高校の数学は得意でした。三角関数もできたはずです。ところが、今はまったくわかりません。それは、大学入学からまったく三角関数を使わなかったからです。多くの人もそういう体験があるはずですが、なぜか「分数の計算ができない大学生」が話題になると、義務教育のせいにされたりもしました。そこでの対応の誤りが、未だに大学生の基礎学力(受験科目以外)が低いままだということに表れているように思います。
もう一つ、知ること、理解すること、そして覚えること、それぞれの意味を社会でも認識してもらいたいのです。
地球が丸いことを「理解」すれば、それは決して忘れません。ところが、私の例ですが、「相対性理論」などは、理解できません。知ってはいます。ただ理解できていないので、他人に説明はできませんし、当然忘れてしまいます。悔しいので、NEWTONなどの雑誌の特集など買って理解したつもりになっていますが、結局理解できていないで、また忘れてしまいます。
そういうことがあるので、私たちは、九九も覚えるだけでなく、理解させたいと思うのです。かけ算が同数累加であることを理解していれば、忘れてもたし算で何とかなるのです。
ここには、一般の方も来られるので、ちょっと理解していただきたいと思いました。

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