2009年11月03日

初任者の成長(10)4

80aecaff.jpg 先日、父母授業参観があった。

 その際、学校は、外部による学校評価の一環として、地域、保護者の方々を対象に、授業に関するアンケートもとらせていただいた。

 後日、わたしは、初任者Aさんの学級分を読ませていただいだが、その内容のすばらしさに、大きな感動を覚えた。


 すごい保護者たちだ。ちゃんと、『授業を見る目』をもっている。決して我が子だけを見ているのではない。

 そして、そこには、なんと、日ごろ、わたしが初任者のAさんに話していることと同一な内容が、盛りだくさんに書かれていたのである。


 それでは、その内容をご紹介させていただこう。


 まずは、授業全般の感想から、

「メリハリがあり、子どもがあきない、分かりやすい授業でした。」
「子どもたちの身近なスーパーマーケットをとり上げていて、ふだん、大人でもあまり考えないようなことを考えさせていたので、よかったと思います。」
「社会の授業は、近くのスーパーがテーマだったので、子どもたちから興味深い意見がたくさん出てきて、おもしろかったです。関心のある身近なテーマでの授業は良いと思います。」
「子どもたちに気づかせ、考える授業を与えて下さり、いい授業参観でした。ありがとうございます。」
「実体験に基づいた分かりやすい内容でした。」
「社会科の授業でしたが、大きな模造紙に項目ごとにまとめられていたので、途中からでも、何を話し合っているのかよく分かりました。」


 次に、授業中の子どもの様子から、

「友達とのやり取りがおもしろかったです。生き生きしていました。」
「お店側のあらゆる取組やサービスが、純粋にお客様のためと思っている子が多いことに驚きました。子どもって善良で純粋だなあと感心させられました。」
「子どもたちは、それぞれの役割を一生懸命やっていて、目がキラキラ輝いていました☆」
「説明上手になっている様子です。」


 最後は、授業中の担任の様子から、

「できるだけ多くの子どもたちに発言させようという感じにみえました。」
「子ども一人ひとりの個性を尊重しながら、授業を進められていたと思います。」
「単に手を上げている児童だけでなく、そうでない児童にも、気を配っておられました。」
「とても忙しそうでしたが、いつも生徒一人ひとりに気を配っていて、すばらしいと思いました。感謝です☆」
「A先生が、子どもたちと楽しそうに指導したりしていたので、安心して参観させて頂きました。」


 少数だが、次のような批判、注文もあった。

「みんなの前で発言する機会をできるだけ与えていただきたいと思います。」
「同じ子ばかりが手を上げているように見えました。先生の話は静かに聞いていましたが、理解しているのかは疑問に感じました。」


 アンケートの紹介は以上だが、

 わたしは、もう一人の初任者の教室へ行っていて、この授業を見ていない。

 でも、

・子どもたちの、輝くひとみ。

・後ろで参観している保護者の皆さんのほほえみなど、

 そうした姿は、容易に想像できた。   


 そして、
 
 この感想の多くが、わたしの思いとほとんど合致していることについて、『教育において、何が大切か。』『何が子どもを内面から育むか。』など、しっかり把握されている保護者たちではないか。

 それゆえ、『こいつはあなどれないぞ。』

 そんな思いを強くした。


 振り返ってみれば、

 わたしは、前回の授業参観のとき、このAさんに、注文をつけたのだった。

 Aさん。ごめんなさいね。このようなことまで書いてしまって。


「授業はとてもいい。子どもの発言をよく聞いているし、子どもの発言を大事にして、授業を進めていた。
 しかし、板書はもうちょっとがんばらないといけないね。あれでは、単なるメモ書きのようだ。だから、授業についていくのが精一杯の子は、『今、何を学習しているのか。』すら、分からなくなってしまうと思うよ。」

 その点、今回は、しっかり改善を図ったようだ。『途中から教室に入った保護者でも、今、何を学習しているのかがよく分かる。』という声が、それを端的に示してくれていた。


 また、

 子どもたちの『気づく力、考える力』を大切にした授業。それを保護者の皆さんが理解してくださっていることは、とてもありがたく、うれしく思った。

 そう。わたしの経験からしても、こういう授業は、保護者の方々も楽しく参観できるのだ。子どもらしい、はつらつとした、あるときはとっぴな考えが、保護者の笑いを誘うことが多い。

 それが、『説明上手になっている。』『子どもたちの話のやり取りがおもしろく生き生きとしている。』という評価につながるのだろう。

 これは、拙ブログで、先にとり上げた、『話す・聞く』力がついてきていることを意味する。


 以上、うれしいことがたくさんあったが、

 しかし、それならば、今後、Aさんは、さらに質の高い目標を設定して、がんばってもらわなければならない。

 そして、そのさらなる目標についても、保護者の皆さんは、中身を示してくださっているように思う。

 
 その一例だが、保護者の皆さんの声には、まったく逆の評価をされていると思われるものもある。

 たとえば、『多くの子どもたちに発言させようという感じ』とか、『子ども一人ひとりの個性を尊重しながら、』とか、『子どもたち一人ひとりに気を配っていて、』などと評価してくださる一方で、『同じ子ばかりが手を上げているように見えました。先生の話は静かに聞いていましたが、理解しているのかは疑問に感じました。』ともある。

 ここに、発展途上にあるAさんの課題があるように思われる。

 
 やっぱり、発言する子を増やす努力は、これからもおし進める必要があるだろう。

 もうすでに、発言する子はかなりふえており、だからこそ、

・多様な意見が出て、生き生きとした話し合い学習が展開されているし、
・いろいろな能力の子が発言することによって、多くの子に分かる授業が展開されるようになっているのだが、

 もっとこれをおし進める必要がある。

・どの能力の子も、
・たとえ、内気な子でも、発言したくなるような環境づくり。それが大切だ。

 それも、無理やり言わせようとするのでは意味はなく、『気づいたらほとんどの子が発言していたよ。』という姿を目指してがんばってもらいたいと思う。


 また、以上述べてきたことは、もう一つ、次の保護者の声にもかかわる。

「お店側のあらゆる取組やサービスが、純粋にお客様のためと思っている子が多いことに驚きました。子どもって善良で純粋だなあと感心させられました。」

 この保護者の方は、『善良で純粋』というように、プラスにとらえてくださっていて、それは大変ありがたく思うが、しかし、これは、やはりAさんの課題でもあるととらえたい。

 どういうことかというと、

 別な見方をすれば、みんな、『いい子ちゃん』なのだ。確かに、話し合いは活発になったが、反対意見を出して対立したり、社会事象などに疑義を表明したりすることは、あまりないのが実情だ。

 これでは、授業の深まりが期待できないこともあるし、本質の究明がおろそかになることもありうる。


 その一例。

 このスーパーマーケットには、セルフレジがある。

 子どもたちは、『なぜセルフレジがあるのか。』とお店の方に質問した。その答えは、『子どもたちの勉強に役立ててもらうため。』とのことだった。

 子どもたちは、今のところ、それで納得している。

 これも、『善良で純粋』の事例となるだろうね。しかし、これでは、学習は深まらないのだ。


 やはり、ここは、子ども同士で、

「お店の人はそう答えてくれたけれど、でも、変だよ。セルフレジは大人の人も使っているもん。」
「そうだよね。ぼくが、わたしが見たところでは、大人しか使っていないよ。」
「なんか別な理由があるのではないの。」

などというやり取りを自然にするようになってほしいものだ。
 

 『善良も、純粋も、』大事だ。いつまでもなくしてほしくない。

 それは確かだろう。学級内の良好な人間関係を築く上でも、大切にしたい。

 しかし、その『良好』の中身が、仲間に気をつかい過ぎ、言いたいことも言えないような感じだと、それは問題と言わざるを得ない。

 『何を言ってもいい。言いたいことを言う。それでも、みんな、仲良しだ。』という学級を創り上げないと、本物ではない。


 問題解決学習においては、どのような学級集団を創り上げているかが、もろに、学習の成果に影響してくる。『いい子ちゃん』の雰囲気が強いと、本質、真理を究明できなくなったり、追求しようとする心が甘くなったりしてしまうのだ。

 これでは、『生きる力』を育むうえでは、課題ありと言わざるを得ない。


 まずは、Aさん、半年あまりのあいだに、すばらしい学級集団を創り上げた。子どもたちは育ってきた。それは間違いない。

 しかし、そうなったらなったで、さらに次元の高い目標を設定して、取り組んでほしい。


 それは、そんなにむずかしいことではない。

 要するに、担任であるAさんが、次なる目標の意識をもてばいい。

 そうすれば、ほんの一例だが、子どもの発言から、対立場面を演出することはできるはずだし、簡単に納得してしまう雰囲気になったとき、Aさんがことさらに反対意見を出すようにするのもよいだろう。

 そのあたりが、Aさんの今後の課題となるのではないか。


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 『善良』『純粋』に関してですが、逆もあるのです。

 もし、一見、学級がまとまっているようにみえても、学級ボスのような子がいたり、人間関係のギスギスした感じがあったりすれば、次のようなことも起こります。

・Aちゃんが発言すると、他の子は、賛成意見しか言わない。

・Aちゃんが発言すると、必ずBちゃんが反論する。AちゃんとBちゃんはいつも対立する。

 こんな状態だと、『本質、真理』に迫りようもなく、おかしな結論に導かれることにもなりがち。そうすると、担任の強引な誘導が必要(?)になってしまいます。

 このあたりのことは、過去記事の、

    学級経営の研究へ 問題解決学習の問題点(5)

でくわしくふれています。よろしければご覧ください。

関連記事『子どもたちの変容に感動!』に続く。 

rve83253 at 08:08│Comments(0)TrackBack(0)初任者指導 | 保護者

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