2009年11月09日

感動の歌声に魅せられて!5

200914dc.jpg ああ。すてきな歌声を聴かせていただいた。

 さそわれて、遠方までうかがったのだが、ほんとうによかった。

 今も、あの、光り輝くような歌声が、余韻となって耳に残っている。


 どこかの児童合唱団というわけではない。ごくふつうの公立小学校(A小)の合唱団である。

 全国的規模のコンクールにも出演し、賞もいただいている。


 この日の音楽会は、自校の体育館において、日ごろの協力への感謝をこめ、地域やPTAの皆さんに向け発表した会であった。体育館が満員になるくらいの方々が集まった。お年寄りの方も大勢いらした。

 そのような会なので、緊張感というよりは、『なごやかで温かな』といった雰囲気の音楽会だった。


 まず、校長先生のお話があった。

 ご多聞にもれず、このA小も新型インフルエンザが流行し、学級閉鎖等のため、なんと、事前の練習では10名しか集まらなかったこともあったとのこと。

 でも、この日は、はれて全員、歌うことができた。よかった。安堵と喜びの気持ちをお話されていた。


 歌が始まった。

 もう、子どもたちの歌声に圧倒された。

 わたしをさそってくれた方が、

「toshi先生は、『合唱を指導しようと思ったら、まずは、すてきな、子どもの合唱をナマで聴かなければダメだ。』と初任者にお話されていましたよね。それでしたら、ぜひ、A小学校の合唱団の歌を聴きにいかれませんか。」

と言っていたのがよく分かった。


 いやあ。もう、すばらしかった。

 わたしは、A小合唱団の歌声をテレビで聴いたことは何度かあったが、やはり、ナマで聴くそれは、格段に違っていた。


 子どもたちの歌声のひびきが、すばらしい楽器による演奏のように聴こえてきた。

 あるときは、ソプラノがトランペットのごとく、

 あるときは、低音部がコントラバスのごとく、

 そして、もちろん、人間は歌詞つきで歌うのだから、これは、もう、最良の楽器だなと思った。


 子どもだって、こんなに歌えるのだと、もう、目頭が熱くなるのを覚えた。


 先日、お亡くなりになった三遊亭円楽さんが、『そんなんじゃあ、ゼニはいただけねえよ。』などと語っていたが、
 いやあ。この合唱は、もう、『ゼニをお支払いしないのは申し訳ない。』と思わせた。


 合唱団の歌の中には、A小学校校歌もあった。

 このような言い方をしたら、同校校歌の作詞者、作曲者に失礼かな。

 もう他の名歌の数々に決してひけをとらないくらいの、すばらしい名歌に聴こえてきた。


 このときは、A小学校教職員バンドによる伴奏(?)もあった。十数名のバンドとドラムを含む各種楽器だったが、歌声をひきたたせようと、ひかえめな演奏だった。

 学校あげて合唱団を盛り上げる雰囲気を感じ、うれしく思った。


 そう言えば、指揮をされている教員の、包み込むような温かさを感じる場面があった。


 一番前の席には、同校1年生が2人、子どもだけで座っていた。

 その子たちはお行儀がよかったが、それでも、1年生だから仕方ないか。ときどき、演奏中に、体が動いたり、ひそひそ話したりするときはあった。


 同校児童の愛唱歌を歌っているときだった。

 指揮のBさんは、演奏中、合唱団への指揮は続けながらも、体とほほえみを、その1年生の方に向けて、『一緒に歌おうよ。』とばかり、表情でさそう。

 それがほんとうに自然で、1年生2人も、大きく口を開けて歌い出した。

 きっと未来のすてきな合唱団員になるのだろうなと、ほほえましい思いで、その後姿を見守った。



 音楽会後、校長先生とお話しする機会があった。

「合唱団の子たちは、正規の練習以外にも、自主的に、それぞれのねらいをもって練習すべく集まってきます。」とのこと。

 そうした前向きの姿勢は、歌の合間の子どもたちのトークからもうかがうことができた。


 わたしは、自分が初任だったころを思い出した。

 そのC小学校にも合唱団があり、毎年出演していた。とても全国コンクールなどには縁がなかったが、けっこうがんばって練習していた。

 わたしも、当時は音楽部員であったから、何をするというわけでもなく、自分自身の勉強のために、練習時間は子どもたちと一緒にすごした。

 あるとき、音楽主任で指揮をされているD先生から、
「toshiさんのクラスの子たちに言われちゃったわよ。『toshi先生だって、ふだん指導してくれているのに、コンクールで何も出番がないのはおかしい。譜めくりでもいいから一緒に出られるようにしてほしい。』ってね。
 それで、今度のコンクールは、ぜひ、一緒にお願いね。」

 わたしは、とても指導といえるようなことはしていなかったのだけれど、自分のクラスの子がそのようなことを言ったかと驚くとともに、子どもたちの厚意に応えるべく、譜めくりの練習を始めた。ほんとうは、そんな譜めくりなど、必要としていなかったのだけれどね。


 合唱団があるということは、学級の歌声にもいい影響を与える。合唱団の子たちの歌声が、合唱団でない子の歌声にもひびいていく。自然に学び合いをしているといった感じになる。

 それで、地域の小学校音楽会に、なんと、我がクラスが学級出演したこともあった。そのときは、指揮法の勉強をするはめになったっけ。


 ああ。この、A小も、きっとそうしたひびき合いの姿がみられることだろう。卒業式の歌声など、どんなにすばらしいものかと、思いをはせた。


 音楽会が終わると、熱烈な拍手のなか、合唱団の子たちが退場していく。

 しかし、それで、『さようなら』ではなかった。

 なんと、子どもたちは、廊下や階段に並んで、わたしたち、いや、地域の方々が帰られるのを、『もみじ』の歌声とともに、送ってくれた。


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 わたしが初任だった年のコンクールの課題曲がYou Tubeにありました。今、URLを貼らせていただきましょう。

 ああ。ほんとうになつかしく思い出します。聴くだけで涙がこぼれそうです。(ただし、これは、A小、C小の歌声ではありません。)

http://www.youtube.com/watch?v=dCSYLOfV1ho

 それにしても、今は、ずいぶんむずかしい曲を歌うものだなと思います。これも、時の流れというものでしょうか。 


rve83253 at 00:13│Comments(0)TrackBack(0)音楽科指導 | むかし

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