2009年11月27日

小春日和の教室で、 個別支援学級の朝の会4

1c83da5a.JPG 寒暖の差の激しい日々。

 我が勤務校の学級閉鎖は、ここ久しくなくなり、落ち着きを取り戻した。

 そんななか、おだやかな日差しの教室。久しぶりの心地よさだ。


 最近は、週、一日。

 とは言っても、たった2時間に過ぎないのだが、個別支援学級にもおじゃましている。

 そんな、個別支援学級の子どもたちともなじんできたある日。朝の会がとても楽しかった。


〇日直のAちゃんとBちゃんが前に立つ。

 朝の健康チェックは毎日の日課である。

 日直が、一人ひとり名前を呼んでいく。
「Cちゃん。」
「はい。」
「元気ですか。」
「元気です。」
 思いっきり張り切って手を上げ、返事するCちゃん。


 一通りまわって、最後となった。

 Aちゃんは、一瞬ちゅうちょしながらも・・・、

 そう。わたしは毎日いるわけではないからね。どうも、すみません。

 わたしの顔を見て、
「toshi先生。」
と声をかけてくれた。
「はい。元気です。」


 ああ。この返事に、日直さん、こまってしまったよう。

 そうしたら、すぐ、気をつかったDちゃんの声。
「toshi先生。まだ、日直が、『元気ですか。』って言ってないでしょう。」

 そこで、初めて気がついた。
「ああ。そうか。ごめん。ごめん。『元気です。』が早すぎちゃったね。」

 もう一度やり直しをさせてもらった。


51b062f8.jpg 〇続いて、一人ひとりが、今日のめあてを発表した。

「今日は、長縄大会があるので、がんばって跳びます。」
「絵の続きをしっかり描きます。」
「・・・。」
「植木鉢に洗います。」

すぐ、E先生。

「『植木鉢を洗います。』ね。」
訂正が入って言い直しだ。

 そんな調子で、またまた、わたしの番がまわってきた。

42298564.jpg しまった。何も考えていなかった。まさか、わたしまで、めあてを言うハメになるとは思わなかった。

 あわてて、

「今日は、長縄大会があるので、みんなが跳ぶのを楽しみにしています。」

 言いながら、なんだか変だなと思ったわたし。

 やっぱり、日直さんに首をかしげられてしまった。

 そうしたら、なんと、先ほどのDちゃんだ。
「きっと、『しっかり応援します。』っていうことなんだよ。」


 いやあ。これには参った。ちゃんと『めあて』らしくなっているね。

 個別支援級の子にフォローしてもらって、何か、すごく温かいものを感じた。


 そう言えば、過去記事にもそんなことを書いたことがあったっけ。

 そうだ。個別支援学級の子の、心の温かさ。『涙、涙の卒業式へ。』だった。

 この後半部、『個別支援学級のDちゃんにも、すてきな思い出がある。』からが、それにあたる。


92c84715.jpg〇次は、音楽に合わせて、体操が始まる。

「toshi先生も一緒にやりますか。」

 ああ。覚えているかなあ。なにしろ、一週間にいっぺんしか来ないからなあ。心配だったけれど、見よう見まねでやることにした。


 よし。けっこう覚えている。調子にのって、体を動かした。

 しかし、しばらくやったあと、途中で抜けさせてもらった。写真を撮るために。だって、あまりにも楽しそうだったものね。

 
〇朝の会の最後、子どもたちは思い思いに仕事を始めだした。・・・。いや。初めはそう思ったのだった。

 みんなの机や戸棚の上を拭いたり、お花の水を取り替えたり、水のみ場をきれいにしたり。


 しかし、『思い思い』ではなかった。

 一人ひとりのカードがあり、それを見ると、それぞれの仕事が書かれていた。みんな、やる仕事が違っていた。

 でも、そこには、『ほかのしごとが、みつけられたかな。』とも書いてある。


 そこで、担任のGさんに言う。

「ああ。この、『仕事を見つけられたかな。』って、いいですね。このように、自分で仕事をみつけることも大切にしているのですね。」
「はい。でも、今のところは、お休みの子や交流級に行っている子の仕事をやるくらいなのですね。それ以上に仕事を見つけるのは無理なようです。」


 そうか。

 でも、いいではないか。こうして刺激を加えることによって、やがて、その萌芽がやってくるに違いない。

 わたしは、やはり、自分の過去記事を思い出していた。

    『雨の日の水やり』から


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 ほんとうに、個別支援学級の子の、何とも言えない心の温かさには、感じ入ることが多いです。

 人懐こさも、人一倍。

 前述のように、わたしがおじゃまするのは、一週間に2時間だけなのに、ほとんどの子が、わたしの名前をすぐ覚えてくれました。

rve83253 at 01:07│Comments(8)TrackBack(0)個別(特別)支援教育 | 子ども

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この記事へのコメント

1. Posted by さき   2009年11月30日 00:58
初めまして。
今高校3年生で受験生の、さきという者です。
将来小学校教員になることを夢見てます!

教育に関することを調べていてToshi先生のブログを見つけ、以前から色々勉強させていただいています!

本記事に関係がないのですが(すみません)、Toshi先生に思いをぶつけたくて(?)コメントさせていただく事をお許しください..

Toshi先生は"エチカの鏡"という番組をご存知でしょうか?
その番組では最近教育の事を取り上げています。
かよ子婆さんという方の0才からの教育法を取り上げていたり、"横峯式"で話題になっている横峯さくらプロゴルファーの叔父さんが経営する保育園の教育法を取り上げていたりして、私は興味深く拝見させていただいています。

その番組で今日(日付が変わってしまいましたが)は、有名私立大学付属の小学校の授業の様子や、お受験の為の塾の様子が紹介されていました。
私はその様子に驚くばかりでした。本当に英才教育という感じで、どの子もものすごく賢かったですし、なんと言っても学校や塾のやり方に抜け目がない工夫を感じました。

私は田舎育ちで、もちろん小学校受験、中学校受験など体験したことがないのですが、私立の学校と公立の学校のあま
2. Posted by さき   2009年11月30日 01:30
(消えてしまったので続きです 泣)

あまりの違いに驚きました。

そして、番組が終わった頃には"羨ましい"という思いと"不公平"という思いが生まれてました。

なぜなら、すごく楽しそうだったんです。素直に、あんな授業受けたかったな、とか、あれなら楽しく覚えられそうだな、などと思ってしまいました。それにやらされてる感が全然無かったです。

あのフィンランドでは、学校同士に差がないそうです。統一して裁量権が学校に与えられているのもあると思いますが…

なぜ日本の学校には私立の学校と公立の学校があって、学費に差があって、学歴に差が生まれるのでしょうか。

あの様子をテレビで初めて知った子は、どうして自分の学校と違うのかな、と思うと思います。
私の様に、羨ましいと思う子もいると思います。もちろんすべての学校や子供が同じではないと思いますが…。

楽しく、尚且つ賢く学べる方法があるなら、それぞれの学校だけで留めておかないで、国全体で共有して等しく実践してほしいです。そうすれば、日本の学力も上がるんじゃないかなぁ〜…なんて。実際は難しすぎますよね…

無知で単純な意見を述べてしまってごめんなさい。
なんとなく、Toshi先生にぶつけてみたかったです。Toshi先生はどう考えますか?

3. Posted by toshi   2009年11月30日 12:01
さきさん
 うわあ。教員の卵どころか、高校生の方からコメントをいただけるなんて、もう、うれしくなってしまいました。
《Toshi先生に思いをぶつけたくて》などとおっしゃっていただいたことも、大変光栄に思います。

 でも、受験の方もがんばってくださいね。いろいろ問題意識をもつことはすばらしいのですが、悲しいかな。受験という関門を通過しなければならないのも、日本の現実です。

 わたしはさきさんが提起された問題もさることながら、そうした問題意識を育んだり、悩んだり、解決策を模索したりすることを一時棚にあげて、受験という現実に立ち向かわなければならないことの解消の方が急務だと思っています。

 
4. Posted by toshi   2009年11月30日 12:01
さて、そう申し上げた上で、さきさんの思いの件ですが、
 わたしはその番組、すみません。見ていないのです。
 その番組はどうだったでしょう。
 一部の者が選抜されたうえでの教育ということはなかったですか。
 わたしは英才教育そのものを否定するつもりはないのですが、とかく、そういう教育に携わっている方々が、個の能力をつける面での成果ばかりを強調し、社会性を養うことを軽視、あるいは、無視していることが多い点については、気になっています。そちらの方もがんばっているのなら、大変けっこうなことだと思います。

ただ、公教育という側面はそれとは違います。比較してもしょうがないのです。教育的関心がなかったり、貧しかったりする家庭の子も通ってくるわけですから、多様な教育的ニーズに応えなければなりません。
 わたしは、そういう、公教育という場において、さきさんのおっしゃる、《すごく楽しそうだったんです。素直に、あんな授業受けたかったな、とか、あれなら楽しく覚えられそうだな、などと思ってしまいました。それにやらされてる感が全然無かったです。》という指導を心がけてきました。

 
5. Posted by toshi   2009年11月30日 12:02
どんな能力の子もいる。保護者の願いも多様だ。そういう公教育の場こそ、社会の縮図であり、ダイナミックさがあり、やりがいもある。
 そう思って取り組んできました。
 心ある教員は、みんな、そういう場で、よりよい指導をと心がけ、工夫しています。さきさんも、将来、そうした教員になられるよう、切望しています。

 もう一つ。前述の通り、人々の教育観は多様です。よりよい教育と思う姿も多様です。みんな、さきさんが思うような指導がいいと思っているとは限りません。ですから、《国全体で》という姿は、ありえないことでしょう。

 ちょっと留保したい点はあり、それは後述しますが、いろいろな教育の姿があり、しかし、どの教員も、その教員なりに励んでいる姿があればいいのではないでしょうか。それは格差とは違うと思います。

 
6. Posted by toshi   2009年11月30日 12:03
最後に、留保した点ですが、自分が目指す教育のあり方をおおいにPRすることは必要です。また、子どものために、あってはならない指導法というものも、現実ありますので、その辺は、指摘することも大切です。そのうえで、一人でも二人でも共感してくれる人がふえるならうれしいです。そう思って、このブログをがんばっています。

 さきさんも、大学へ入られたら、子どもをやる気にさせ、力をつけさせる指導法を真剣に学び、考えてくださいね。 
7. Posted by しれとこまま   2009年12月01日 14:14
こんにちは。
私も先日テレビで、お受験や私立小学校の様子を見ました。
同じ番組だったかは、ちょっとわかりませんが、同じだと思います。
その中で、自主的に時間を意識して動く、とか、勉強も自主的に考え、答えを導いていく、とか、
そんなこと比べてもしょうがないのについつい、わが子と比べてしまう、ダメな親です。
しかし、この小学生たちは、すごく親がお金をかけて塾にいれ、お受験をしてきた生え抜きの子供たちだと思います。
そうすると、こうした先生や学校の「理想」の姿に入学した時点ですごく近いのだと思います。
むしろ、公立の小学校がすごく頑張って、この差が少なくなる努力をしてもらいたい、
そして家庭も、家で出来ること(昔は当然のこと)、をしていくことも大事だと感じた次第です。
うまく文章にできませんでした。申し訳ありません。
8. Posted by toshi   2009年12月01日 23:00
しれとこままさん
 小中高校生の暴力が、新聞のトップ記事になりましたね。ここにも、家庭の教育力の低下と、子どもの変化についていけない学校の姿とを感じてしまいます。
 また、学力狂騒、授業時数増といった、子どもを学校に拘束する時間の増加も、それに拍車をかけているのではないでしょうか。
 本記事は、個別支援学級の姿を書いています。同学級では、非常にゆったりと時間が流れていきます。ここには、現代人が忘れた何かが健在であるように思います。
 しれとこままさんがおっしゃる、
《むしろ、公立の小学校がすごく頑張って、この差が少なくなる努力をしてもらいたい、そして家庭も、家で出来ること(昔は当然のこと)、をしていくことも大事だと感じた次第です。》
に、ものすごく共感できます。

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