2010年01月28日

民間人校長の話ではないけれど、4

6cde2e16.JPG 本記事でとり上げるのは、いわゆる、民間人校長の話ではない。しかし、民間人校長自身はもちろん、それを迎える側の姿勢、心構えを考えるとき、大変参考になることが多いと思われる。


 もう、かなりむかしになってしまった。A校長が、B養護学校(現在はB特別支援学校)長として着任されたのは。


 A元校長は、拙ブログで、何回もとり上げさせていただいた。

 今、一番古い記事と、一番読まれていると思われる記事を2つ紹介させていただこう。

    保護者の皆さんへ(2)

    校長先生の授業(2) TOSSとくらべて

 そのA校長が、B養護学校長に着任されたばかりのころの話である。

 
 A校長は、それまで、一般の小学校にしか勤務したことがなかった。そして、特別支援教育に携わったことはなかったし、まして、その教員免許状ももってはいなかった。まったくふつうの小学校教員だったのである。

 ただし、社会科の研究にかけては実績があり、地域の研究会ではリーダー的存在として活躍されていた。それは、退職された今も変わらない。わたしも大変お世話になり、ご指導いただいたことは、上記過去記事でもふれている。


 そんな経歴のA校長だったから、B養護学校長の辞令を受けたときは、青天のへきれき。『なんで、このわたしが、〜。』の思いが抜けなかったとおっしゃる。

 それからというもの、障害児教育について、B養護学校の教員や保護者の皆さんから、学ばせていただくこととなる。

 そのあたりのことは、同校長の書かれた本にくわしい。下記の過去記事でも、少しだけ中身にふれている。

    ある書物から


 ここで、この過去記事に書かれている、
 《養護学校長として着任した先輩校長は、当初、落ち込む。『この学校に教育はあるのか。』その思いがふくらむ。》 
について、若干、付け足させていただこう。



 重度重複障害児の通うB養護学校。着任したばかりのころ、元気のでないA校長は、ある保護者から励まされるのだ。


「校長先生。最近、校長先生は元気がないって、みんな保護者は心配していますよ。なぜ、元気がないのか当ててみましょうか。・・・。校長先生は、これまでのふつうの小学校の子どもたちと比べると、この学校の子どもたちは何にもできないと思われて、カルチャーショックを起こしているのでしょう。・・・。図星ですね。ちゃんと顔に書いてありますよ。

 でも、校長先生。それは違いますよ。確かにここの子どもは歩けない子がほとんどだし、話すこともできません。うちのCだって同じで、ほとんど寝たきりの生活です。でもね。肝心なことは全部自分でやっているのですよ。」



 そうして、A校長は、ここの子どもの学習というものがだんだん分かっていく。

 たとえば、担任が出席をとるとき、Cちゃんは自分の名前を呼ばれたときだけ、はげしくまばたきをする。そのまばたきが返事であることを、A校長は知る。

 また、『お水飲みたい?』『トイレ行きたい?』の問いかけにも、快、不快の表現も、まばたきで意思を表していることを知る。

 このように、意思を表せるということは、自立への第一歩だし、それは、まさに、『生きる』という意味で、大切な学習を積み重ねた成果なのであった。



 以上、A校長がB養護学校の教育を肌で感じ取っていく、その一端を紹介させていただいたのだが、

 どうだろう。これは、A校長が、まさしく現場から学ぼう。子どもたち、保護者、教員たちから、どんどん吸収していこうとする、その情熱が、学校の当事者みんなに伝わったからこそではないのか。


 わたしは、ここに、民間人が公立校の校長として着任した場合の、望まれる姿を見る思いがする。



 さて、

 わたしは、本記事を書くにあたり、A元校長に質問させていただいた。


「A先生。これまで、先生からは、B養護学校長になられて学ばれたことばかりをうかがってきました。

 ところで、わたしは、今度、拙ブログに、『民間人校長が〜』という趣旨の記事を書かせていただきたいと思っているので、うかがいたいのですが、


 A先生がいきなりB養護学校長になられて、B養護学校には、どのようなメリットがあったのでしょう。

 そうしたお話はうかがったことがないように思うのです。一つ、今日は、それをうかがわせていただけますか。」


 不意をついた質問だったと思うが、A先生は、即座に、明快にお答えくださった。そして、なんと、その答えは、すでに拙ブログで、何回も記事にしているのであった。

 あらためて、感動してしまった。



 その過去記事の紹介はあとにさせていただいて、

「そうだね。たとえば、このようなことがある。

 養護学校の子は、全員スクールバスで通学してくるわけだけれど、その居住地は、市内各地域にわたっている。ところが、居住地にある公立学校は、自分の学校の学区に、養護学校にかよう子どもがいることをまったく知らない。

 わたしにしても、小学校にいたときは知らなかったからね。


 それで、養護学校の子が、その居住地の公立小学校を訪れての交流をぜひ実現させてほしいという提案をした。

 反対は多かったよ。というか、無理だというのだな。その人たちは、『小学校の子が養護学校を訪れての交流しかできない。』と思っているようだった。それでは、交流の日常化は図れないよね。年一回のイベントのようになってしまう。


 その点、わたしは、そのどちらにもいたのだから、その経験を生かし、無理でない理由、無理でないやり方を具体的に提案することができた。

 それで、教育委員会は動いてくれたというわけだ。今も、この交流は行われているよね。」


 いや。行われているだけではない。ますます盛り上がり、成果を上げている。


 実は、拙ブログでは、この交流の実践についても、何回か記事にさせていただいた。

 今、ここに、2つの記事を紹介させていただこう。

    人権教育(12)交流教育  学校だよりへの想い(15)

    人権教育(15)交流をテーマの総合的な学習の時間(なお、この記事のA養護学校は、本記事のB養護学校のことである。)


 わたしは、おかしくなった。

 そうか。この交流は、A先生の提案で始まったことだったのか。まったく知らなかった。

 わたしは、教育委員会が決めたものとばかり思っていた。

 それでも、この交流を前向きに受け止め、それなりの成果を上げたと自負してきたのだったが、それがA先生の発案だったとは。

 あらためてこれまでの取組に喜びを感じた。


 また、2つ目に紹介させていただいた、『交流をテーマの総合的な学習の時間』の授業は、何と、A先生にもご覧いただいたのだった。

 そうか。

 これまで、元養護学校長として、交流が具体的に成果を上げていることを喜んでくださっているとばかり思っていたが、今になって、分かった。あのときは、それに加え、自分の提案による交流が実を結びつつあるという、そういう喜びもあったに違いないと。

 

 さて、最後に、民間人校長のことに話題を戻そう。

  
 今日の話は、民間人校長の話ではなかった。しかし、準民間人といったらいいだろうか。おそらく、A校長が着任したときの、B養護学校の教員、保護者は、そんな思いで、A校長を迎えたのではあるまいか。


 全然知らない世界へ入っていくのだから、また、全然知らない世界から迎えるのだから、双方に、謙虚さ、学びの姿勢が必要だろう。また、それと同時に、『しろうとであるが故の発想があるのだ。』という確信のもとに、思いを率直に語る姿勢も大切だろう。


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 本記事を書きながら、A元校長の事例と、民間人校長とでは、一つ、大きな違いがあるなと感じました。

 それは、この事例は、民間人校長以上の衝撃があったとしても不思議ではないということです。

 と言うのは、民間人校長の場合は、本人の意志で応募し、選抜されて採用となるのに対し、本記事の事例は、着任するA校長にとっては、まったく予期せざるできごと。寝耳に水の事態だったわけです。

 もちろん、採用前(?)研修などあるはずがありません。あわただしい離任、着任だったことでしょう。

 あらためて、A元校長への畏敬の念が湧き上がってきました。



rve83253 at 01:04│Comments(0)TrackBack(0)学校経営 | 教育制度・政策

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