2010年01月30日

なつかしの同窓会(?)4

1374c5d9.JPG 申し訳ありませんが、今日の記事は、教育にかかわる内容はほんの少ししかありません。よろしければ、ご覧ください。


 昨日は、わたしが30代のとき勤務していたA小学校の同窓会(?)があった。

 (?)付きとしたのは、拡大同窓会といったらいいかな。地域・PTA・職員など、現役とOBとの会だった。


 下町は、こういう会が多いが、近年はだんだん縮小の方向にあるようだ。

 いいような。さびしいような。


 入口で、かつての教え子の保護者である、現女将に会う。

「うわあ。toshi先生、お待ちしていました。まあ、おかわりないですね。」

 そのように言っていただいて、うれしいことはうれしかったが、いや、どうして、どうして、現女将の方が、わたしよりはずっと若々しい。

「あっ。すぐ、Bを呼びますから、ちょっとお待ちください。」
「えっ。お店で働いていらっしゃるのですか。」
「はい。もう、大事な後継者ですから、しっかり働いてもらっています。」


 そして、現れた。若女将といったらいいかな。

 着物姿がよく似合う。そして、1年生だったときの幼顔が見事(?)に残っている。それ以来の再会というわけではないが、いつも思い浮かぶのは、1年生だったときの顔や表情だ。

 笑顔で迎えてくれる。やはり、何度会っても、なつかしさは変わらない。


 このBちゃんのお宅には、社会科の取材で訪問したことがある。もちろん、まだ、低学年も、理科や社会科を学んでいたころの話だ。

 おうちの人の仕事ということで、お母さんのカレーライスづくりをビデオに収めさせていただいた。当時はまだ、カメラ、レコーダーなど、いくつもの機材を持ち、また、そのそれぞれがえらく大きくて重たかった。

 そのビデオ映像をもとに、

 調理の途中までは家族分一緒につくるが、途中から、甘口、辛口と分けてつくることになる、そのわけを子どもたちに考えさせる授業だった。

 ついでに、Bちゃんも、当時、小さいかわいい手で包丁を持ち、お母さんのお手伝いをしているところを撮影させてもらったっけ。


 お店の玄関で、しばらくはそんななつかしい話に花が咲いた。

 なんと、そのBちゃんにも、もうお嬢さんがいらして、この4月、A小学校に入学とのこと。

 ああ。ちょうど、1世代分、時がたってしまった。

 夢のようだ。


 お母さん(おばあさん)がおっしゃるには、
「いやあ、もう、孫は、娘の幼かったころにそっくりだって、皆さん、おっしゃってくださるのですよ。あとで、孫も連れてきますね。」


 宴も佳境に入ったころ、呼ばれた。廊下へ。

 いやあ。ほんとうによく似ていた。30年近く、時が一気に戻ったような気がした。

「ママが、1年生のときの先生だよ。」
 おばあちゃんが、そう教える。よく分からないようで、けげんそう。

 名前も教えてもらった。

「Cちゃん。お母さんが1年生だったときとそっくりだよ。もうすぐ1年生になるのだってね。早く大きくなって入学の日が来るといいね。」

やっと、にこっと笑みを浮かべてくれた。


 帰るころは、もう、わたしたちになじんでくれた。

「下足札をお願いします。」

 おお。おしゃまさん。『門前の小僧、ならわぬ経を読む。』のことわざが思い浮かんだ。



 さあ。話は変わり、

 宴の初めの方で、現PTA会長さんの挨拶があった。

 どうも、話を聞いていると、わたしが在職中の卒業のようだ。

 それで、宴のさいちゅう、わたしのそばへやって来たとき、声をかけた。

「ねえ。わたし、誰だか、分かるかい。」

 しばらくはけげんそうな顔。『ああ。そうか。』と気づき、わたし、めがねを取る。

 すると、すっとんきょうな声を上げ、
「ああ。toshi先生。toshi先生ですね。」

 もう、感動の極といった感じで、握手を求められた。


 よくうかがうと、わたしが、6の1の担任だったとき、2組だったのだった。しばらく、友のこと、2組担任のこと、修学旅行のことなど、話は尽きなかった。



 ここには、我が地域でも有数の商店街がある。参会の地域の方のなかにも、店主の方が多い。もっとも、もう、ほとんどの方は、店主OBといっていいかな。

 いやあ。今という時代、どこも経営は大変なようだ。バブルのころをなつかしがっていらした。


 また、長老の中には、戦時中A小の子どもだった方もいらして、

「わたしたちは、ろくに勉強しなかった。勤労動員や疎開で、戦争に協力させられていたからなあ。勉強は昼休みなど、休み時間にしただけだよ。だから、今、世間では、子どもの学力がどうとか言っているけれど、我々の方がよほど、学力は低いのではないかなあ。」

 それに対しては、強く反論(?)させていただいた。

「いやあ。わたしより、10歳ちょっと上だとお見受けしますが、その方たちに対して、学力が低いなどと思ったことはまったくないですよ。わたしらは、みんな、ずっと、社会へ出てからも、その世代の方々からご指導いただいたのですから。」



 残念なこと。

 わたしが在職したころのPTA役員さんの中に、もう、数人、お亡くなりになった方がいらした。わたしよりちょっと年配なだけなのに。

 また、何と、教え子の中にも、亡くなった方がいることが分かり、驚愕する。

 謹んで、哀悼の意を表したしだいだ。



 帰り。
 
 今の季節には似合わないようなぽかぽか陽気。

 つい、外套を忘れたまま、出てしまう。あわてて戻ったが、

 教え子の若女将に笑われた。

「先生。忘れ物をしてはダメですよ。」


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 先ほどの長老のお話。

 身につまされます。

 今の学力低下論の本質を言い当てて妙。そんな感じです。

 『生きてはたらく学力』を考えるにあたっての重大なヒントを与えてくださった思いです。

 だって、今の70代から80代といったらいいかな。その世代の学力が特に低いなどとは、まったく聞いたことも、思ったこともないですものね。


 それにしても、皆さん、若々しい。

 もう驚いてしまいます。むかしのままといった感じです。

 それにくらべると、わたしは、現PTA会長さんがなかなか分からなかったように、めがねだけでなく、髪も薄くなったことだし、それ相応に、歳をとってしまったようです。
  

rve83253 at 10:28│Comments(0)TrackBack(0)むかし | エッセイ

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