2010年03月11日

1年生の児童理解(2) 学級集団をきたえる。4

61c73436.JPG 本記事は、前記事の続きです。本記事で、完結します。どうぞ、よろしく。

 前記事では、『1年生の学級経営、児童理解』に関して、3つほど、事例をとり上げながら気づいたことを書かせていただいた。

 本記事では、そのそれぞれに、補足させていただこうと思う。

 また、前記事に対して、フルタさんより、コメントをいただいているので、そのことについても、最後にふれさせていただこうと思っている。


 それでは、どうぞ、ご覧ください。



 その1


 『1年生の教室においては、張りつめた空気もいったん切れてしまうと、修復が困難になることが多い。』といった内容だった。

 この点については、以下の2点について補足させていただきたい。


〇1年生、いや、もっと広くいわせていただければ、低学年は、できれば、少人数指導は、やめた方がいい。


 一般的に少人数指導については、きめ細かく指導が行き届くという意味で、賛成の声が大きい。わたしもそれは理解できる。

 でも、1年生においては、話は別となるのではないか。


 少人数とわざわざ言うからには、通常の学級編成とは違った学習のグループを編成することになるのであろう。そして、だいたいは、算数など、特定の教科に限って行うことになる。そうなると、通常の学級編成から少人数のグループへと移行する時間が必要だし、その逆ももちろん必要となる。

 これが曲者だ。


 だいたい前記事でふれたように、『その日、その日の空気に支配されやすい。』子どもたちだ。

 『いったんくずれた秩序は回復困難なことが多い。』子どもたちだ。

 そうした子どもたちに、わざわざ秩序をくずしかねない時間を設けることはないと思う。少人数編成によるメリットよりも、こちらのデメリットの方がはるかに大きいのではないか。

 もちろん、子どもの状態をよく観察し、問題がなければやってもかまわないと思うが、その点、よく吟味する必要がありそうだ。


〇この問題は、過去記事でシリーズとしてとり上げさせていただいた、『小1プロブレム』にも、深くかかわるであろう。

 この修復困難な時間は、小1プロブレムとほとんど同じといっていいからだ。

 違う点は、小1プロブレムともなれば、ほとんど恒常的なのに対し、修復困難な時間というのは、あくまで一時的で、いくら困難といっても、中休み、昼休み、給食などの時間や、何かのきっかけによって、元の落ち着いた状態に戻るのがふつうである。

 なお、小1プロブレムが起きる諸要因については、下記リンク先記事の後半、『それではどうぞ、小1プロブレムの原因と思われるものです。』から書いています。

    『小1プロブレムの心配は(4)』



 その2


 Dちゃんからは、基本的な生活習慣が身についていない姿を思わせるが・・・、

 これは、近年、マスコミ等からも指摘され、国の審議会等でも話題となり、新学習指導要領でも、確実に身につけさせるよう、強調されている内容である。

 そして、多くは、『きびしくしつけ、教え込むことにより、身につけさせなければならない。』としているのではないだろうか。

 しかし、わたしは、『小1プロブレム』がこれだけ取りざたされ、学校の集団生活になじめない子が増えているとされている中では、こうした考えは、時代錯誤もいいところだと思う。

 だいたい、きびしくしつけ、教え込むことにより身につくのなら、こんなに簡単なことはない。かつて、拙ブログにコメントをいただいたことがあるが、そのようにやっていればすむ。


 現代という時代は、そういうやり方は通用しなくなっているから、学校現場は苦労しているのではないか。


 では、どうしたらいいか。

 それを、前記事、『その2』に示したつもりである。

〇どの子にも、その子なりのよさがある。そのよさを見つけ、ほめて励ましてやろうではないか。

 基本的な生活習慣が身についていない子のなかには、『しつけられていない。』という以前に、『身のまわりの大人から愛されていない。』という状況の目だつ子がいる。だから、そういう子に対しては、まずは、受容し、認め、ほめてやることが必須である。

 そのようにして初めて、その子なりの基本的な生活習慣が身についていく。


〇また、

 わたしは、かつて、『ほめるということ』なる記事を書いたことがある。


 クラスのみんなに対し、ほめる質をそろえようとすると、ほめるばかりの子、叱るばかり子ができてしまう。

 そうではなく、ほめる量をそろえようと努力することだ。そうすれば、一人ひとりほめる観点を変えざるを得なくなる。

 前記事の、『その2』は、その具体例を示したつもりだ。

 Dちゃんは静かにランドセルの始末をしたことをほめ、その他の子たちに対しては、静かに読書をしていたことをほめるのだからね。


 とにかく、どの子も肯定的に受け止めてやること。それが大切だ。


〇また、

 本人は、無意識にやっている。担任がDちゃんのよさに気づかなければ、静かにランドセルの始末をしていたことは、『たまたまそういうことがあった。』というに過ぎないことになる。次の日はまた簡単に元へ戻るであろう。

 でも、担任がほめてやることによって、『そうだ。ぼくはちゃんとやったんだ。』と思えるようになり、そこから自己肯定感がはぐくまれ、それによって、価値が深まると期待できるようになる。

 もちろん、こうした指導を積み重ねた結果として言えることなのだけれどね。

 そうして成長をうながすことが可能となる。



 その3


 前記事、その3では、指導がむずかしい問題を提起させてもらった。

 まず、解決のためのヒントになる過去記事がある。今、それにリンクさせていただこう。

    鉄は熱いうちに打て(1)

 また、回答も、実は、過去記事にあるのだ。それにもリンクさせていただこう。なお、これは、指導の留意点も含め、大変重要な内容を含んでいるので、まだご覧でない方は、ぜひ、お読みいただきたいと思う。

    問題行動は指導のチャンス


 上記2本のリンク先記事でもお分かりいただけると思うが、わたしは、いじめなどの人権問題にかかわる問題は別として、

 問題行動等があっても、基本的に、子どもが問題性を感じていないのであれば、そのままやり過ごすことが多い。

 わたしにとっては、問題解決学習にみられるように、基本的に、学習問題を提起するのは子どもととらえている以上、学級における子どもの生活における問題もそれと同様なのだ。


 これは、一見放置しているように見えるだろう。

 しかし、基本的な姿勢が、放置とはまったく異なる。『機が熟するのを待つ。』といった感じだ。


 これを、前記事になぞらえて言わせていただくと、

 どうだろう。DちゃんとEちゃんとは、比較的早期に、トラブルを起こすのではないか。

 放置(?)されていれば、行動はだんだんエスカレートするものだ。だから、Eちゃんが強い態度でおせっかいをやく。それに対し、Dちゃんが反発するといったことが起きるのではないか。

 そのときこそが、まさに指導のチャンス。


 そうなったら、上記2つのリンク先記事にあるように、学級の子どもたち全員で、このトラブルについて考える。それこそ、『これがもし、自分だったら、』という思いで考える。

 子どもたちは、よりよい方策を考えてくれるはずだ。


 そのときの担任の仕事は何か。

 子どもたちが、自分たちで問題解決する力を育むのだ。自治能力を高めるのだ。

 だから、担任は、真剣に考え解決しようとする子どもたちの姿を認め、ほめてやるだけでいい。


ねっ。黙ってやり過ごすのは、けっして、放置ではない。積極的なアプローチへの第一歩なのである。


 
 最後に、前記事にいただいた、フルタさんからのコメントにふれさせていただこう。


 フルタさんは、保護者の立場から、このむずかしい問題にコメントをくださった。


 保護者の立場だと、確かにむずかしい。

 子ども同士で、問題解決というわけにはいかないものね。お説教をしても、子どもが素直に聞くとは限らないし・・・、

 
 実は、わたしも、かつて親の立場でこうした問題に遭遇し、どう我が子に対応したらいいかこまったことがある。

 これも、過去記事に書いている。リンクさせていただこう。下記リンク先記事の冒頭部分、
『まず、遠因。』からの、〇4つ分くらいがそれに当たる。

 ただし、どうも、今、読み返すと、雑談風の会話で終わっており、何の解決策にもならないように思う。

 どうも、すみません。よろしければご覧ください。

    保健室登校(3) 

 けっきょく、お説教でもなく、だからといってやり過ごすのでもなく、キチンと対話をすることが大切なのかなと思った。


 なお、フルタさんがおっしゃる、爪の検査の件だが、

 これは、子ども同士の問題というよりも、担任が子ども間に管理的な構造をつくり出しているように思われる。

 わたしも嫌な感じがする。

 このようなことをしていると、それがきっかけで、子ども同士の不愉快な関係が構築されかねないと、

 公教育に携わる身として、ほんとうに申し訳なく思った。 
 

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 今、わたしが担当している初任者のクラスも、あと2週間で学級編制替えとなります。

 そのせいか、今、少々ざわつくことが多いようです。ハイテンションなのです。

 でも、よく見ると、4・5月ごろ、おとなしくて無表情だった子たちが、ものすごく活気づき、楽しそうに過ごしているのが分かります。


 本記事を書き終わろうとしている今、あらためて、この学級を振り返ってみると、

 前記事の、『その3』で示したEちゃんとFちゃんのような関係があったとしても、学級集団の力が、自然に克服させたように感じます。

 一番の解決策は、それなのかもしれませんね。    



rve83253 at 01:27│Comments(7)TrackBack(0)学級経営 | 児童指導

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この記事へのコメント

1. Posted by フルタ(1/2)   2010年03月11日 09:16
toshi先生
親の立場としても、ご返答くださり、ありがとうございました。

問題行動は指導のチャンス
を読んで、教師は忍耐が必要な職業だなぁと思わずにはいられませんでした。

保健室登校(3)も改めて読みました。
でも、親もやはり待つこと以外に、解決策はないのかもしれないと確認しつつ、子ども達はそれぞれ変わるのだと思いました。
そして先生が書かれておられるように
>お説教でもなく、だからといってやり過ごすのでもなく、キチンと対話をすること
が、子どもの変化を助けるのかなぁと思いました。
でも、難しそうです。タイミングも、話す内容も、話し方も、子どもの立場になってよく考えて対話に持っていかねば、大切なことであっても、いつもの小言同様に、「お母さんは、何を言ってんだろう?」で終わってしまいそうです。
2. Posted by フルタ   2010年03月11日 09:22
上の記事に書かれておられる
>そして、多くは、『きびしくしつけ、教え込むことにより、身につけさせなければならない。』としているのではないだろうか。
>しかし、わたしは、『小1プロブレム』がこれだけ取りざたされ、学校の集団生活になじめない子が増えているとされている中では、こうした考えは、時代錯誤もいいところだと思う。
について、
私も同様に感じ、心配しています。『きびしくしつけ、教え込むことにより、身につけさせなければならない。』を大人が実行すれば、子どもにとっては脅迫となりかねないような気がするからです。
現場体験が豊富な方が、教育行政に携わるようになれば、こういう風潮はなくなっていくのではと思っています。
3. Posted by toshi   2010年03月12日 05:19
フルタさん
 好意的に見ていただいて、感謝しています。『忍耐』などとおっしゃっていただいて、大変ありがたいのですが、ただ、わたしは、初任者指導にあたって、子どもの変容を期待できることや実際に変容した時の喜びは、何物にも代えがたいという、そういうメッセージが暗黙のうちに伝わるよう、努力しているつもりです。
 また、親として『キチンと対話する』ことは、『お父さんは、君の成長について強い関心をもち、心にとめているのだよ。』というメッセージが、やはりこれも暗黙のうちに伝わればいいのだと、今にして思うのです。
 ですから、我が子の言い分もしっかり受け止めてやることだと思います。なにしろ、学校での日常は分からないのですから、分からないのにお説教を始めてしまったら、不信感を養うことになってしまうのではないでしょうか。
 最後に、学校(担任)としての態度についてですが、愛情不足とか、逆に溺愛とか、それによって生ずる心の問題を考慮しない画一的なしつけや教え込みは、問題を深刻にするだけだと認識すべきだと思います。《子どもにとって脅迫》は、おっしゃる通りだと思いました。
 
4. Posted by 今日   2010年03月12日 08:51


お便り、ありがとうございます。
下記の件、どうぞ、お使いください。
うれしいです。

      ・・・・・・


リンク、引用のお願い toshiさん
 いつもお世話になります。『教育の窓・ある退職校長の想い』のtoshiです。
 貴重な講演のご紹介、ありがとうございました。もうすぐ退職される校長先生のお話、胸を打ちました。お話の多くは共感できました。でも、教育事情は、地域ごとに異なりますから、なかには、驚くような内容もありました。
 そこで、お願いですが、この連載を拙ブログに引用、リンクさせていただき、記事にまとめさせていただきたいと存じます。
 よろしくお願いします。

(2010.03.12 06:01:16)
5. Posted by しれとこまま   2010年03月12日 19:24
小1プロブレムが、愛子さまの一件で話題になり、今朝の番組でも取り上げておりました。
すごく良い対策をしている小学校を紹介していましたが、それは、以前にtoshiさんが言っておられたこととかなり一致しておりました。
また、専門家の方は、地方の小さい学校ではあまりないのではないかと、言っていました。

爪の検査や忘れ物チェックなど、子供がお互いをチェックすることは、かなり多いです。
ロッカーの整理整頓をチェックする係りなんてのもありますが、普段の子供の関係に管理するような関係がなければ、問題ないように感じます。
長女の際は、もう切るところがないのに「伸びてる」と言われて「これ以上切れないと言いなさい」と言わせ、先生にも伝えました。
日ごろから、周囲に厳しい子がチェック担当で先生も気づいていながら任せていたとのことでした。
長男の際は、チェックされても平気な子供の集まりです。責めもせず、ペナルティを決めてもあまり気にしない子ども達なので、問題はありませんでした。
あるとしたら、のんきすぎるでしょうか。
これはこれで、学年が上がってくると、規律がゆるい学級となってしまいました。
本当に、難しいものだと感じています。
6. Posted by toshi   2010年03月13日 07:28
今日さん
 メールでお願いしましたところ、リンク、引用のお許しを頂き、感謝しています。
 さっそく次回記事としてまとめさせていただこうと思います。
 よろしくお願いします。
7. Posted by toshi   2010年03月13日 07:35
しれとこままさん
 ああ。残念。わたし、その番組、見られませんでした。見たかったですね。
 爪の検査や忘れ物チェックなど、確かに、わたしが若かったころはやっていましたが、我が地域においては、もうだいぶ前からこういうことはしなくなりました。やはり、人権問題も絡み、問題が噴出したからだと思います。
 子どもが子どもを検査するということ。たとえ、問題がないとしても、そういう心情が養われてしまうことは、いかがでしょうか。
 ああ。ごめんなさい。これは、学校に言わなければいけないことですね。すみません。
 

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