2010年03月18日

現職校長が語る、学校の実態と課題(2)3

664f46dc.JPG 本シリーズは、いつもお世話になっている、今日さんの『日本の教育は、これでよいのかな。』ブログに掲載された、ある東京の校長先生の講演をもとに書いている。

 4回あるが、そのなかで、今日、おもに、引用、論評させていただく記事は、3回目の『カラオケ精神・学校評価制度・現職校長が語る学校現場の実態と学校作りの課題 (3)』となる。


 ここでは、今の(日本)社会には、『人を責める社会構造』があるとし、その象徴として、『学校評価制度』をとり上げている。

 こうした社会構造があることについては、読者のみなさんも、ほぼ異存ないのではないか。わたしも同感である。


 そう。

 だから、なにも、学校だけが責められるわけではない。この校長先生がおっしゃるように『病院』もそうだし、それ以外にも、駅員さん、お店屋さん、・・・、みんなそうだよね。

 それに何より、そうしたブログも実に多い。

 『よくできて、あたりまえ。そうでなければすぐ批判。』こうした風潮があることは、否定できないだろう。


 でもね。

 これは『社会構造』なのだから、今さら、どうしようもないのではないか。


 わたしは、こうした現象について、よく、過去の教育の失敗として反省の弁を述べさせていただくが、

 また、一部の論調は、すぐ、『戦後教育は権利の主張ばかりを教えてきた。』とし、教職員組合の偏向教育を指摘するが、

 そうしたものは、一部にあったことは認めるが、

 しかし、もっと重要で、根本的なのは、

 こういうことは教育の結果としてあるというよりも、また、国民の程度が低くなったわけでもなく、・・・、

 これは、『成熟社会の必然』である。

 だから、こうしたことは、先進国に共通しているのではないか。

 したがって、これは、受け止めるしかないのだ。



 講演には、次の言葉がある。


 異論があるかもしれませんが、ある意味で、親、先人、師というものは尊敬するものなのだという教育、学ぶものにとってみると、『先生が言ったのだから、』ということが大前提としてあるべきだと思っています。

 
 お気持ちはよく分かる。

 よく分かるが、やはり、もはやこの論理は、社会に通用しなくなっているであろう。

 隣人愛、家族愛愛校心といったものは道徳にあるし、教育すべきものであるが、それで社会構造が変わるとは思えない。
 

 だから、わたしは、現職のころ、

『学校も、批判される面があるだろう。批判されて当然と思うこともある。その場合は、しっかり受け止めよう。

 しかし、そんな時代だけに、地域・保護者から、お礼や感謝の気持ちを伝えられれば、それはもう、無上の喜びだ。だから、そうした声が少しでも多くなる学校を創っていこう。』

『理不尽な批判もあるが、これは、成熟社会の宿命なのだから、批判されたら受け止めるしかない。

 それよりも、先手必勝主義。批判される前に、保護者が感謝、お礼の念を抱かざるを得ないような、そんな学校経営を心がけていこう。』

そう思って学校経営をしてきた。



 話を、『学校評価制度』に進めよう。


 わたしの結論を先に言ってしまえば、これは『制度』が悪なのではない。制度の運用がよくないのだ。そして、そこには、評価する側の教育委員会の怠慢がある。


 本来、『学校評価制度』が正常に機能すれば、同制度が学校批判から学校を守ることだってありうる。

 これは、学校の例ではないが、先日テレビで放送していた。


 今、『同一労働同一賃金であるべきだ。』ということが話題になっているよね。

 放送では、男女間の賃金格差が裁判になったことをとり上げていた。

 その裁判では、仕事の細かな内容とそのそれぞれの価値、及びその評価が数値で示され、その数値に賃金がまったく合っていないことから、『(その企業には)男女間の格差は明らかにあり、それは是正すべき』との判決が下った。つまり原告の女性が勝利したわけである。

 この場合は人事考課の話だけれど、『正当な評価は評価される側を助けるようにも機能する。』のだ。


 だから、繰り返す。

 講演にある学校評価制度は、その運用がよくないのだ。

 けっして、これまで、『成熟社会の宿命』とは思わない。改善してほしい。


 幸い、具体的に細かくおっしゃっているので、何がよくないのかがよく分かる。


〇まず、『学校評価』のアンケートについてだが、この校長先生がおっしゃっていることは、すごくよく分かる。我が地域とほとんど同一のようだ。そして、わたしも同じような問題意識をもった。

 これは過去記事にあるので、ご覧いただきたい。

    アンケートの問題点    


 同記事にも書かせていただいたように、

 ばくぜんとした印象による評価には、たとえ数値が出たとしても、そんな数値に客観性があるわけがない。

 そして、アンケート項目の決定、印刷、配布、集約、分析、結果のまとめ、印刷、報告など、それらにかける仕事量たるや、実に膨大である。

 たいして意味もないと思うだけに、その負担感たるや実に大きい。


 それになにより、同リンク先記事にも書いたように、日ごろなにげなく聞こえてくる声を大切にする姿勢があれば、信頼をかち取ることはできるし、それが何より、学校経営をやりやすくする。


 だけれど、同講演を読んで、ちょっと気になった点が2点ある。

・まさか、こんなあいまいなアンケート結果をもとに、教育委員会のヒヤリングがあるわけではないでしょうね。『何ポイントとったかを、教育委員会にあげられる。』とあるので、ちょっと心配になった。

・もう1点。

 それは、『ほとんど学校にも来ないような親が、〜』とあることだ。こうした考えをする校長は確かに多いので、心配になるのだが、

 これを理由として、信頼度が欠けるというのは、あまり正当とは言えないだろう。

 というのは、

 学校に来なくても、子どもから、あるいは、保護者同士の話から、また学校の出す文書などから、学校についての情報はけっこう入るものであり、それなりの評価はできるものだからである。その意味において、『学校へ来る親がよく分かる。』とは、必ずしも言えない。

 風評、誤解といったものは確かにある。いや、多いだろう。

 しかし、その風評、誤解も、学校評価のうちである。もともと、現状の学校評価など、その程度のものだ。でも、それは、学校へ来る来ないということと、さほど因果関係はないと理解すべきだろう。

 そして、校長たるもの、そのこともよく認識したうえで、これも、先手必勝。結果として美しき誤解をいただくことができるように努力すべきなのである。


〇次に、学校の説明責任と教育委員会のヒヤリングの件だ。

 これには正直驚かされた。

・まず、こんなヒヤリングがあるということに驚かされた。元来、学校経営の責任は校長が負うべきものであり、学校経営の主体性、独自性は認められなければならない。教育委員会への報告はあるにしても、説明責任などはない・・・はずだ。

 もちろん、日々の情報提供、情報交換などは、積極的に行わなければいけないし、学校を尊重したうえでの指導、助言はあるにしても、その程度のことである。

 わたしは、拙ブログにおいて、『説明責任』なる言葉を多用している。しかし、それはすべて、『対地域、対保護者』という意味で使っている。

・次に、何でも数値化ということに驚かされた。

 もっとも、バンキシャで報道されたから、そういう意味では知っていたけれどね。

    テレビ報道番組から、(2)

 同番組の放送は、品川区における、学校内での『何でも数値化』だった。しかし、今回の講演では、それが、教育委員会のヒヤリングにおいても、同様にみられることが分かった。

 まさに、同リンク先に書いた文章をもじって言わせていただければ、

 『もう少し、教育、学校にふさわしい、価値のあるヒヤリングをしてくれよ。そう思わずにはいられなかった。』となるかな。

 数値化が、学力テストの成績とか、読書の冊数とか、そういうものを意味しているのであるから、それだけがよければいいのであろう。数値化できない、子どもの心の豊かさとか、目の輝きとか、そう言ったものは無視される。


 ああ。こんな学校評価なら、『子どもの心の豊かさなど、数値化されない部分はどうだっていい。』としているわけで、これでは、日本の将来はお先真っ暗だね。


 いくら、行政マンの牛耳る教育委員会だとしても、これはひどい。

 行政マンだって人の子なら、どういう教育が大切かくらい、市民感覚で分かっているはずと思うのだが・・・、感覚がマヒしてしまったのかな。


 ここで、一つ提案させていただこう。

 実は、過去記事にあるのだ。

 これは、一人ひとりの教員の人事考課の例だが、どういう評価項目が学校にふさわしいのかということで、ご覧いただければ幸いである。

 この記事の後半、『一例を挙げよう。』からがそれに当たる。

    教員査定の問題(3)


 この、『一例を挙げよう。』のすぐ上に、次の文章がある。


 ・『評価者の実力が試されるのだな。』
 ・『なるほど。評価者の主観を廃し、誰がしても同じ結果となるような仕組み、配慮が、いろいろなされているのだな。』


 そう。上記ヒヤリングは、この2番目を大切にしすぎたのだね。そして、大切にしすぎるあまり、学力テストの成績、読書の冊数というような、表面的、皮相的な評価項目になってしまった。

 まさに、評価者の実力のなさが実証されてしまった感じだ。せっかく行政マンが評価者になったのなら、もっと市民感覚、保護者の思いを大切にした、さらに言えば、親が子どもに寄せる思いに立脚した評価項目を策定してほしかった。


 そう。子どもの心の豊かさの育みを、どう具体的な評価項目におろすか。子どもの目の輝きも同様だ。ヒヤリングをするからには、そのくらいの取組を教育委員会もしてほしかった。

 
 それにしても不思議なことがある。

 何年か前だった。

 足立区が、『全国学力調査の結果のいい学校に、特別に予算を厚く配当する。』とし、それが物議をかもしたことがあったよね。その結果、これは確か取り消されたはずだ。

 でも、取り消したのは、予算配当だけだったのかな。

 相変わらず、学力調査の結果は、学校評価の有力な評価項目になっているようだ。

 
〇次に、『各学校を取り巻く地域の状況によっても、学力調査の結果は違う。』ということが話されている。

 つまり、学校の努力とは関係ない部分で評価されてしまうということだ。どこの学校に異動になったか、その時点で、評価の大筋が決定されてしまう。

 これも、評価者の実力のなさが証明されてしまう部分だね。



 以上をふまえ、

 少なくとも、

・評価者が行政マンなら市民感覚でいいのだから、真の学校の教育力とはどういうものかをよく吟味検討し、

・そのうえで、ヒヤリングなどでごまかすのではなく、各学校現場に何回も出向き、

・子どもの生活や教員の指導の様子などを観察するとともに、愛情をもって、

・客観的な評価になるべく努力する。

 そういう姿勢がなければ、ヒヤリングをすればするほど、学校は悪くなることになる。



 そう。こんないい加減な評価だから、
現職校長が語る学校現場の実態と学校作りの課題 (2)

にあるように、

・管理職の成り手が不足しがちになるとともに、希望降格がふえるし、

・教員の早期退職がふえるし、 

・希望をもって教壇に立ったはずの初任者も、育たないどころか、すぐやめてしまう状況がでるようになる。


 実は、この三項目は、我が地域においても傾向としてはあるわけで、正直のところ、心配している。

 しかし、我が地域のそれは、同講演で話されているそれとは違った要因による。

 それは、次回記事にゆだねたいと思う。


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 東京の実情には、従来から心配する点がありました。

 今回、同講演によって、その心配が裏付けられたり、逆に、校長会もがんばっているなということが分かったりして、複雑な思いになりました。

 たぶん、これは、想像ですが、

 本記事に書いたような内容を、校長会が申し入れたとしても、がんとして受け付けない教育長のまえでは、困難な点が多数あると思います。

 でも、横の連携を深めながら、できる範囲でがんばっていただければと思いました。


 また、今日さんから、前記事にコメントをいただきました。

『今、学校は八方塞がりの状態です。その中で、このように教育委員会と話し合って、その地区の学校のための施策を決めていっていること、素晴らしいと思いました。』

とあります。

 状況は複雑で、悲しい面とうれしい面と、ともにあるようです。


 次回は、少し、この面にもふれさせてもらおうと思っています。よろしくお願いします。
 

rve83253 at 07:18│Comments(3)TrackBack(0)学校経営 | 教育制度・政策

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この記事へのコメント

1. Posted by 今日   2010年03月18日 18:28
「先手必勝主義」・・・・・・・
 * この講演校長さんは、多分、これだけのことが、話せる方ですから、そのお考えはお持ちではないかと推察いたします。

それは、その地区の学校が、教育委員会の一方的な施策でやられてしまわないよに、先手、先手を打っていることに出ています。

このことからすると、他の面でも、それをおやりではないでしょうか。

ただ、ここで僕が書きたいのは、教育における「先手必勝主義」を貴ブログが、強調していることの重要性です。

教育も、プロ集団が行うものです。そこには、先輩の長年の研究の積み重ねと真剣な実践の上での知恵が結集されています。

これを生かすこと、これが、「先手必勝主義」の根幹になるものだと思います。

しかし、それが、今、多くの教員のものになっていない現状があります。それは、ちゃんとした研修ができない状況に教師が追いやられているからではないでしょうか。

この状況を何とかしないと日本の教育は、危機的状況にますます進んで行ってしまうのではないでしょうか。


あきらめて教育界から手を引いてしまっている多くの方々がいる中で、真剣に教育の再生を考え、実践されています貴ブログにいつも、励まされています。
2. Posted by toshi   2010年03月19日 17:39
今日さん
 先手必勝主義は、危機管理に通じる面もあると思います。危機を未然に防ぐという意味で、何かあってからの対応に追われるのでは、後手を踏むばかりになってしまいます。
 これについて、やはりバンキシャが、いい取組をしている、ある東京の中学校を取材したことがありました。
 それらを含め、次回の記事にさせていただきますね。
 よろしくお願いします。
3. Posted by 今日   2010年03月20日 12:36
次回を楽しみにしております。

応援して戻ります。

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