2010年04月30日

生活科の家族単元、及び、成長単元(1)3

bbd8b3c7.jpg 今の小学生の保護者の方々の子ども時代は、まだ生活科は誕生していなかったね。

 だから、どのような学習をするのか、具体的にはご理解いただけないかもしれない。

 もしかしたら、『社会科と理科の合わさったものでしょう。』くらいの認識はおもちでいらっしゃるかな。


 さて、そんな生活科であるが、標題に掲げた『家族単元』及び『成長単元』は、保護者の皆さんとのかかわりもものすごいものがあるので、本シリーズを通し、ご理解を深めていただけたら幸いである。



 いきなり強烈な話で恐縮してしまうが、

 この双方は、生活科の学習内容とするかどうか、生活科が発足した約20年ほど前、国(おそらく当時の教育課程審議会)は、おおいにもめたと聞いている。


 その大きな理由は、『学習内容がほとんど家庭で営まれるものであり、学校にしてみればうかがい知ることのできない部分があまりにも多い。』ということだった。

 しかし、教科名が『生活』であり、

 『家庭』は子どもにとって、文字通り、生活の舞台なのであるから、これをとり上げない生活科はあり得ないということで、学習内容に含めることになったと聞いている。


 その後、一貫してこれらは学習内容とされている。

 ただし、10年ほど前の改訂では、とり上げ方が大きく変わった。


 これは、『家庭、家族』の変質が大きい。

・家庭生活の多様化は、ものすごいものがある。平均的家庭生活を想定すること自体が困難になってきている。子どものお手伝い一つとっても、親が子どもに期待する姿は多様である。

・子どもへの虐待等が社会問題化するなかで、学級によっては、家族の愛情がテーマの、この学習がしづらくなった。たった一人そういう子が学級にいたとしても、扱いは慎重でなければならない。

・夫の暴力に耐えかね、また、高利貸しから逃れるために、夜逃げ同然にとび出した家族の場合は、成長の記念とか思い出とかいっても、それらがまったくなくて、子どもがかわいそうになってしまうこともありうる。


 それらの事情を背景として、一律に、『あかちゃんのころ』とか、『お洗濯のお手伝い』とか、そうした学習を行うことはやめる傾向となった。

 
 学習指導要領解説編によれば、

『児童によって家族構成や家庭生活の様子が異なるので,それぞれの家庭の違いやよさを尊重することである。』

『どの時点から自分の成長を振り返り実感するかは,児童によって異なる。〜。大切なのは,自分の成長を実感できることであって,一律に過去から順にたどることではない。こうした観点に立って,振り返りの時点については,特に,入学してから,誕生してから,というような示し方をしていない。』


 これは、学校にとって、一見、指導しづらくなったようではある。『多様な学習活動の展開を余儀なくされたのでは、混乱しやすい。』ように感じるものも少なくないであろう。


 しかし、わたしは、これは望ましい指導の姿と考える。

 なぜなら、

・一人ひとりの家庭の実態に即した指導ができること。

・それは、子どもにとって、自分の家庭の実情に即した学習となり、より切実感、必然性のある学習が展開されるであろうこと。


 読者の皆さんは、思い出していただけただろうか。ついこの前の、『日本の教師に伝えたいことを読んで (2) 単元学習をめぐって』の記事を。

 あの記事では、子どもの『言語生活』をとり上げたのであった。

 それが本記事では、『家庭生活』となっただけで、『一人ひとりのニーズに即応した。』とか、『子どもの切実感、必然性を大切に、』という意味では、なんら変わるところはない。

 つまり、『単元学習』そのものをおし進めればいいわけだ。なにしろ、本来の『単元』という言葉の意味は、『子どもの生活経験のまとまり』だったのだからね。


 ここで、教員、保護者の皆さんへ、それぞれには、格別な留意点があることを申し上げたい。


〇まず、教員の皆さんへ。


・それでは、『toshiがよくいうところの一斉授業は成立しないのではないか。』と思われただろうか。

 わたしは、必ずしもそうは思わない。もちろん、個別の学習が増えることは否めないけれどね。

 でも、たとえば、『不思議のタネ』のある一家庭を取材し、その家庭における子どもへの気配り、配慮、愛情といったものについて、全員に考えさせればいい。そして、その気配り、配慮、愛情といったものをもとに、自分の家庭のそれを考える。

 そうすれば、多面的な見方ができるようになる。それは、どこも自分の家庭と同じと思い込んでいる多くの子どもたちに、ときに、衝撃を与えるようなことも起きる。

 そうした過去記事を紹介させていただこう。

 『不思議のタネ』のある一家庭の徹底取材や家族の愛情の多様性に関しては、

    家庭の協力をいただいての授業

 『衝撃』に関しては、

    学習問題とは(1)の『その1』


・次に、

 現代は、虐待まではいかないにしても、家族の愛情などうかがい知ることのできない家庭もありうる。そういう家庭であっても、その家庭なりの愛情はあるのだという確信のもと、それを探る努力をしなければいけない。

 もちろん、家庭のプライバシーは守らなければいけない。


 ではどうするか。

 アンケートなどをとったって、そのようなものを知ることはできないだろう。しかし、日ごろからちょっと気をつけてみていれば、分かることはあるはずだ。

 それについての一例だが、過去のホームページや記事を紹介させていただこう。

    生活科の『成長単元』

    人権教育(1) 国際理解教育

 なお、2番目の記事についてだが、

 わたしは、このとき、このチマチョゴリや七五三の写真を、『成長単元』の導入につかわせてもらったのである。もっとも、このころは、まだ、社会科・理科の時代であった。


・さらに、

 上述したように、一斉に『洗濯体験』させるような学習を、今は、必ずしもやる必要はない。

 やっていけないとまでは言わないが、現実に、子どもに洗濯のお手伝い、仕事(仕事の概念については、また別記事に書かせていただこうと思う。)をさせる家庭は、きわめて少数なのではないだろうか。

 つまり、子どもにとっての切実感、必然性に関し、無理が出てしまうことになりそうだ。

 ここは、ほとんどの家庭が子どもにさせているお手伝いなどというものがないとすれば、各家庭の姿を絵に描かせるなどした方がいいように思う。そうした方が、多様性がうきぼりになって、かえっておもしろい学習が展開しそうだ。


・最後に、

 こういう学習に関し、多くの家庭は協力的である。

 もし、担任が洗濯体験をとり入れるとすれば、ふだんそのようなことを子どもにさせていないにもかかわらず、このときだけさせるような家庭はけっこうある。

 そうであれば、やはり、子どもの切実感、必然性という点からして、どうしても無理が生じるわけで、

 このあたりのことは、そうならないような配慮がほしい。その点、一斉にやらせるお手伝い体験は、やるにしても、心して取り組むようにしたい。


 要は多様性を認める配慮が大切ということだ。多様性を認めながらも、それらはすべて、家族の愛情の現れというように押さえたい。


〇次に、保護者の皆さんへ

・家庭のプライバシーに関してだが、担任は、いろいろ配慮するにしても、

 これはもう、かなり、『ない』に等しいことを覚悟していただく必要がある。

 担任は偶然知りえた情報を大事にするのであるが、子どもは日ごろ、何でも教室でしゃべってしまうものである。

 『昨日ねえ。お父さんとお母さんがけんかしたんだよ。』などと言うこともありうる。もっとも、こんなことを学習にとり入れることはないだろうから、安心していただいてかまわないけれどね。

 だけれども、担任が、学習指導要領にあるように、各家庭生活を大事にし、それぞれによさがあると押さえようとするのであれば、

 それに対しては、各家庭の情報を積極的に提供したり、子どもへの願い、期待などを示していただくなど、協力していただいた方が、子どもは安心して学習に取り組めるというものである。



 いずれにしても、冒頭書かせていただいたように、国も、この単元のむずかしさは十分、認識している。

 しかし、いろいろ配慮は必要にしても、社会事象の多様性を認識させるには格好の単元であることも確かである。自己中心性の抜けない低学年の子どもに成長を促すという意味でも、大切にしたい単元ではある。


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〇記事中、『アンケートなどをとったって、そのようなものを知りうることはできないだろう。』と書かせていただきました。

 この点に関しては、先のシリーズでとり上げた『日本の教師に伝えたいこと』の本でも、ふれています。『アンケートからはたいしたことは分からない。そのようなことよりも、日ごろ何げなく知りうる情報を大切にしたい。』という趣旨の言葉があり、わたしは、我が意を得たりとばかり、感動したものでした。

 しかし、本単元の場合、まったく学校生活にないところをとり上げるのですから、これはやはりアンケートはどうしても必要となるでしょう。

〇プライバシーを守ることは大切です。子どもはおしゃべりですから、何でも話してしまいますが、たとえそうしたことで知りえたとしても、それを単元構成する場合は、やはり、保護者の了解を得てからにする必要があるでしょう。

〇担任から、『お父さん、お母さん』と言ってしまうことは禁句です。

 今の時代、一クラス30人の子がいれば、母子家庭がないクラスの方が、まれでしょう。また、父子家庭がないという学校もまれだと思います。

 子どもが、『お父さん、お母さん』と言っていて、それを受けて言うのならかまわないのですが、『お父さんの絵を描きましょう。』などと全体に言うのはいけません。担任は、『おうちの人』と言うべきだと思います。 

〇なお、この単元は、多くの学校が3学期においているのではないでしょうか。そうした意味では、時期外れになってしまっており、申し訳ありませんでした。



rve83253 at 02:03│Comments(0)TrackBack(0)保護者 | 生活科指導

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