2010年06月03日

現在の政治状況から、学校経営を思う。(2)  鳩山首相の辞任3

79b2b024.JPG 本タイトルが、シリーズになるとは夢にも思わなかった。

 振り返ってみれば、本タイトルの前回記事は、昨年の7月。タイムリミットに限りなく近い時期での解散が、麻生さんの手で行われたときだった。

 そして、つい先日の記事にも書かせていただいたように

 自民党中心の連立政権から民主党のそれへと変わっても、相も変わらぬ人気優先主義の結果が、短命首相を連続して生んだことになる。



 わたしが歳をとったせいかもしれない。

 自民党中心の連立政権のときから、よく考えていたことがある。それは、
『これら首相がもし校長だったら、その学校はどうなってしまうのだろう。』
ということだ。

 今回の鳩山首相辞任で、その思いがさらに強まった。



〇『あの校長は人はいいのだけれどねえ。』とは、わたしたちの世界でも、よく聞かれる言葉だ。人にやさしいし、人に悪意を抱くことはなさそうだし、角のたつことは言わない。

 どんな立場の人に対しても、『ええ。そうですねえ。それがいいでしょう。』というような感じ。

 その結果、たとえば、保護者と担任との間で板ばさみとなり、窮してしまった校長は、何人か聞いたことがある。


 今回の鳩山首相の、“Trust me.”にしろ、『いろいろ勉強するにつれ、〜。』にしろ、それは、全国に周知するかたちで、『人のよさだけではいい結果にならない。』ことを、明確に示してくれた。



〇口が軽い校長もいた。

 本人は冗談のつもりなのだろうが、聞いている方は気持ちのいいものではない。まして、それを自虐的にやられると、いたたまれない気持ちになってしまう。

『何でそのようなことを言うのだ。そんなことを言ったら、決していい方向にはいかないだろうに、そのようなことも分からないのだろうか。』

そう思ったものだった。


 鳩山首相の場合は、冗談のつもりではなかっただろう。ただただ、思ったことが、そのまま口に出てしまうだけだったのではないか。
 
 校長のなかには、同情をかいたくてそのような言い方をするものもいそうだが、さあ、鳩山さんの場合はどうだったか。



〇政治主導と言っても、実務は官僚にやらせないとね。最終判断とか、方向を示すとか、そういうことを政治家が、主体的にやればいいのだ。

 よく事情が分かっているわけではないが、

 テレビを見る限り、何でも政治家がやってしまおうとする傾向が強いように感じた。

 政権発足のころ、はれぼったい目をしたり、疲労感を全身にただよわせたりしている閣僚、政治家がいた。『すごいな。体がもつだろうか。』そんな心配をした。

 ちょっと政治主導以上に、官僚無視の傾向があるように感じた。


 そう言えば、

 これは、鳩山さんの言葉ではないが、『官僚なんか、大バカ者ですよ。』と言っている閣僚がいたなあ。


 校長でも、こういう人はいる。

 わたしがみる限りの印象では、部下である教職員を信用できないようだった。


 学校の仕事は、すべて校長の名前で、また、校長の責任のもとで行われる。

 でも、だからといって、すべて校長が実務をこなすのは不可能だものね。そこはやはり信用するしかないのだ。



〇財源問題もなんかたよりない。

 官僚を信用して、しかし、ムダづかいはあぶり出す。それが真の実力ある政治家ではないか。


 選挙前、鳩山さんは、『財源はあるのです。』と演説していた。

 そう。あるのだ。それは間違いない。

 それなのに、財源をあぶりだすこともできず、官僚をうまく使うこともできない。つまり、リーダーシップを発揮することができないままだった。

 地方行政府の首長のなかには、こうしたことをうまくやっているものもいるよね。そういう首長から学べばいいのにと思った。


 校長も、実は、このあたりの資質が問われる。

 校長には、元来、教職員に対する権限が、実質、ほとんどない。だからこそ、真の意味での指導力が問われるのだ。



〇鳩山さんの場合、野党時代の党首としての言葉を、何かというと引き合いに出されたよね。気の毒は気の毒だったが、しかし、言ってしまったことは取り消すことができない。みずから、苦難を克服していくしかない。


 校長の場合は、一部、自校昇任した校長が、まさにこういう場面に直面する。

 教職員やPTAなどから、
『なんだ。教頭のときに言っていたことと全然違うではないか。』
『教頭のときは率先して校長を批判していたのに、校長になったら、その前校長と同じことばかりしている。』

 そう言われたら・・・、これはもう、自業自得としか言いようがない。


 野党時代の言動は大事だね。

 もっとも、これは野党となった自民党にも言えることだけれど。



 まだまだあるが、この辺にしておこう。



 最後に、

 いくら人はよくても、

 優柔不断で決断力がなく、どこへもいい顔をしていれば、最後は、どこからも不信感をいだかれるようになる。

 それは学校とて、同じこと。

 そして、学校の場合、それが学校崩壊につながることも、まれではない。


 国家の場合はどうか。


 特に日本の場合は、

 これが国家の崩壊につながることは、まず、なさそうだ。

 一応、暴動もクーデターも、その心配はない。


 でもね。

 国民は、やはり、このていたらくから学ばなければいけないよね。

 もうすぐ、参議院選挙。

 今度こそ、単に人気に踊らされることのない、主体的な投票をしようではないか。


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 どうも、日本の場合、国民の多くが、消費税の問題とか、基地の問題とか、むずかしい問題を、深く考えるというよりは、情緒的にしかとらえていなくて、

 また、官僚の天下りとか、利権構造とかに怒るわけでもなく、あきらめの境地で、


 それに対し、政治家もしっかりした識見をもつことなく、目先の選挙にばかり目がいってしまって、その結果、こうした事態を招いてしまっているのではないでしょうか。


 今、国民は、いろいろ問題が山積しているのに、政治に対しては従順すぎるのかもしれません。

rve83253 at 01:07│Comments(0)TrackBack(0)学校経営 | 学校管理職

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