2010年06月06日

6年生の学級での初任者指導(1)3

adaf630d.jpg 前々記事で、秘密にさせていただいた、今年担当する初任者の、もう一人のこと。

 その学級のことを、今日は書かせていただきたいと思う。


 わたしにとって、6年目にして初めての経験であるが、なんと、今年は6年生担任の初任者を担当することになった。Bさんである。

 初めて聞いたときは、『ええっ。初任者がいきなり6年生を担任するの。』と驚いたものだった。

 しかし、その後、いろいろ情報を仕入れるにつれ、こうしたことは、そう多くはないにしても、そんなに、びっくりするほどめずらしいわけでもないことが分かった。わたしは、現職のとき、こういう学年編成はしなかったけれどね。


 振り返ってみれば、これまで担当することが一番多かったのは3年生。次に多かったのは2年生。続いて4年生となる。それは、やはり、これら学年に初任者をもっていきやすいということでもあるだろう。


 
 本記事では、Bさんの学級で、先日、わたしが行った示範授業を書いてみよう。

 なお、その授業を通し、この学級の現況も、かなりご理解いただけると思う。

 とり上げる授業は、算数。異分母分数のたし算、ひき算である。



 まず、事前に考えたことがある。

 なかなか意欲的に挙手することの少ない子どもたちだ。その子たちに、どう意欲をもって学ばせるか。そんな手だてをいろいろ考えた。


 まず思ったことは、導入を工夫することだ。それには、子どもたちの意表をつくのがいい。『ええっ。』『そうなの。』『ほんとう?』というように、心をゆり動かす導入にしたい。


 そこで、次のように切り出した。

 「算数はね。1年生に入学してから6年生で卒業するまで、新しい単元に入って新しい内容を学ぶとしても、いつも、それまで学習したことをつかって解くことができるのだよ。」

 予想通り、『ええっ。』『ほんとうなの?』といった顔つきが並ぶ。

 「たとえばね。2年生はまだ今ごろはかけ算九九を学習していない。でも、『3人がけの長椅子が4つあったとき、(黒板に図を書きながら、)何人すわれるの。』と聞かれたら、九九を知らなくても解くことはできるでしょう。・・・。さあ。どうやって解くのかな。」

 今度は、『なあんだ。そういうことか。』といった顔が並ぶ。しめしめ。心がゆり動かされたかな。

 その心がゆり動かされたと思われる子のなかから、Cちゃんを指名する。
「3+3+3+3で解ける。」

 「そうだね。それでいいね。

 そういうわけで、かけ算を知らなくてもたし算で解くことができる。だからね。新しい学習に入ったとしても、『まだ学習していないのだから、解けるわけがない。』と思うことはないのだよ。・・・。

 それでは、今日学習することに入ろう。」

 
 黒板には、
 『1/2 + 3/4 − 2/5 の解き方を考えよう。』
と、すでに板書してある。

「これも、今日、初めてやることになるね。さっきは、かけ算を知らなくても解けるということが分かった。この問題で、『知らない。』『分からない。』というものは何かな。」

 挙手せず、答える子どもたち。

「分数が三つある。」
「(反対。)三つあったって解けるじゃん。」
「うん。でも、分母が全部違うから、むずかしくなっている。」

 そこで、わたし、

 「そうだね。分母が全部違う分数3つをたしたりひいたりするのは、これまでやっていない。ここで、初めて学習するわけだ。・・・。では、さっきの2年生の場合で言えば、3を4回たすたし算にあたるわけだが、これまで学習して分かっているなかから、何をつかえば、解くことができるかな。」

 これについては、挙手する子、数人。

「分数の計算。」
「分母が違っても、2つの分数を足したり引いたりするのならやったから、それ。」
「2+3−4のように、3つ数字がある計算。」
「かっこをつかう。」
「最小公倍数。」

「はい。分かりました。解くためには、これらが全部必要なのだね。」


 『かっこをつかう。』は変だ。そこで、けげんそうな表情をする子はいた。いたが、しかし、勇気がないのか、挙手する子はいない。

 そこで、けげんそうな表情の子たちに、『どう。言ってみる?』とばかり、わたしは表情で促した。が、やはりおっくうがって、挙手する子はいなかった。

 それで、再度わたしから聞くことにする。

「なんか。『そうかなあ。全部いるかなあ。』って顔をしている子はいるよ。どうだろう。みんな、必要かな。」

 そこで、初めて、『かっこはいらない。』『(かっこは)必要じゃない。』の声。



 ここで、ちょっと授業からはなれて考察を加えてみよう。
 
 読者の皆さんは、もう、お気づきであろう。


 6年生なのだが、

・挙手しての発言が少ない。
・発言が短い。単語を言うだけのこともあった。

 要するに、これまで、話し合い学習の経験が乏しかったのだろう。また、考える力も育まれてこなかったのだろう。『正解が出せればいい。』という学習ばかりを経験してきたのかもしれない。


fea0de56.jpg 30人近くいれば、考える力のある子だっているはずだ。

 それなのに、発言しようとする子はいない。それは、そうした授業の経験が乏しいから、『ぼくは、わたしは、〜だから、〜だと思う。』というような発言をしていいか、とまどっているのだろう。

 そんなことを感じた。


 こういう場合は、どうしても、わたしの口数が増えてくる。それはやむをえないだろう。でも、できるだけ、子どもたちの発言を促す方向での言葉かけを心がけたい。それが、初任者指導という意味でも大切になってくる。



 それでは、授業風景に戻らせていただく。


 「『分母の異なる分数の計算』と『3つの数字がある計算』というのは、これは、もう、問題を見ただけで分かるね。

 でも、最小公倍数というのは、見ただけでは分からない。これはつい最近学習したばかりだが、そうか。この問題を解くためには、最小公倍数の考え方が必要か。」

「うん。必要だよ。通分するためには。」
「分母を同じ数にする。」

 ここで、またまたけげんそうな表情を浮かべたAちゃん。そこで指名すると答えてくれた。

「だけど、それなら、もう、学習しているよ。2つの分数のたし算やひき算でやっている。」
続けて、Cちゃん。
「そうだけれど、3つの分数を通分(して計算)するのは初めて。」
次、Dちゃん。
「3つの分数を通分して計算するのは初めてだけれど、3つの数の最小公倍数を出すのは、もう、学習している。」

 ここで、わたしは、これまでの学習を整理した。


 すなわち、

 この問題を解くのは初めてだ。

 しかし、これまで学習した内容から、

・2つの異分母分数のたし算、ひき算
・3つの数の最小公倍数の出し方 

 『その双方をつかえば解ける。』ということを理解させたかった。


 「はい。それでは、この2つをつかって、まずは解くことに挑戦してみよう。解けるかな。解けるといいね。」



 そして、自力解決に入る。

 日ごろ、初任者のBさんに言っていることは、

・とにかく、どのような解き方でもいいから解いてみる。
・解いた子は、別な解き方がないか考え、思いついたら、第二、第三の解き方でも解いてみる。
・数直線、図などをつかった解き方も推奨している。

 これまで、初期の初任者の授業では、解き方を文章で書い(説明し)てもいいことにしていたが、こうした学習に不慣れなせいか、文章がやたら長くなる子が多く、また、何を言っているのかわたしたちにも分からないこともあり、今は推奨していない。
 こうした学習になれてから、再度、推奨してみたいと思っている。


 自力解決の間、わたしは、子どもたちがどのような解き方をしているか、見て回った。すると、既習の分数計算、最小公倍数をよく理解できていない子も数人いることが分かったので、初任者のBさんともども、その子どもたちの個別な支援も行うことにした。


 子どもたちがやった解き方は、おもに4つ。

 さあ。その4つとは。


 続きは次回へ。


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 給食の時間、一緒に食べていたグループのEちゃんに、不思議なことを聞かれました。

「toshi先生は、子どもに向かってどなったこと、ないの。」

 びっくりしたわたし。

「ええっ。それは、あるよ。・・・。このクラスでも、どなったこと、何回かあるじゃん。わたしが話しているのに、教室中が騒がしいときとか、ちっとも席に着かない子がいるときとか。」
「そんなことないよ。どなってなんかいないよねえ。」
「そうだよ。toshi先生はやさしい。やさしいけど、みんな、言うこと、きいているよね。」
「5年生までは、そんなもんじゃなかったよ。もっとすごかったよ。」

 どなる口マネまでして、わたしに言うので、おかしくなってしまいました。



 ああ。ちょっと、言い訳を一つ。


 わたしは、今年度はじめの拙ブログ記事で

 教室で子どもたちに向かって、『〜しなさい。』は、基本的には言わないと述べています。

 そして、『どなる。』というのは、『〜しなさい。』のもっと強烈なかたちといっていいでしょう。


 そこで、言い訳ですが、

 そんなわたしも、上記リンク先記事のコメント16番で、例外もある旨ふれています。

・緊急を要する場合、
・人権にかかわる問題の場合、
・何度も繰り返される問題行動の場合

などです。 

こうした場合は、『〜しなさい。』を言う場合もあると述べています。そして、・・・、ああ。どなることもあることは認めなければなりません。


 でも、

 子どもたちは、わたしのことを、『どなる先生』とは思っていないようです。

 それは、たしかにうれしいことだったけれど、・・・、でもね。子どもたちの成長、心の耕しを考えたときは、心中、複雑でした。

 それだけ、これまで、どなられたり怒られたりを繰り返してきたということなのでしょうから。

 初任者のBさんともども、子どもたちとの心のふれ合いを大切にしていかなければと、あらためて話し合ったものでした。


rve83253 at 09:11│Comments(0)TrackBack(0)算数科指導 | 初任者指導

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