2010年07月06日

子どもを知るということ(2)5

e3605b4a.jpg 前記事の続きだが、本記事では、授業改善について述べる。


 ただその前に、

 前記事で、やまびこままさんからすてきなコメント(1・5番)をいただいているので、まずは、そのことにふれさせていただきたい。

 やまびこままさんは、『授業改善は大歓迎だが、担任の先生と学童(保育)の指導員さんが「よい形」で連携できると、解決のヒントがみつかるかもしれない。』とおっしゃる。


 わたしは、同コメントを読んで、このなかに放課後学童クラブも含めてよいと思ったが、

 これはもう、お説のとおりで、わたしも現職中は、こうした営みを大切にしてきた。

 前記事でのリンク先、『心の教育(4)』でも、冒頭、

 『わたしは、学級担任時代、学級経営に役立つことなら、なんでも利用させてもらおうと思った。』と書いたが、

 これには当然、放課後学童クラブや学童保育も含まれる。


 また、やまびこままさんからのコメントには、

 《学校の先生によっては学童に通う子どもと親に対して「偏見」を持っている方もおられるようなのです。母親が働いて子どもを預けているから問題が起こるんだ、と。》

とあり、わたしは心を曇らせた。


 これだけ少子化が問題視され、保育園の待機児童が取りざたされる・・・、また、子育ては親だけでなく、『社会全体で』と叫ばれる(お金のことだけではないはずだよね。)・・・今という時代に・・・、

 このような認識の教員がいるとは。

 
 もちろん、元来、このような偏見は、少子化云々とは関係なく、あってはならないことで、これはもう、管理職の姿勢も大きくかかわってくるのではないかと思われた。

 
 やまびこままさんがおっしゃる、『よいかたちでの連携』に関しても、過去記事がある。

 ちょっと自画自賛、我田引水のきらいがあり、リンクさせていただくにはおもはゆさも感じるが、・・・、まあ、いいでしょう。・・・、リンクさせていただきます。


 この記事の前の方、『それに呼応するようなかたちで、地域の方の声を聞いたことがある。』からがそれにあたる。

 そう。この記事のタイトルのように、『校長が変われば学校が変わる』のだよね。



 以上、わたし自身の過去に、そういうことがあったにもかかわらず、今回、記事を書くにあたっては、失念していた。やまびこままさんに指摘していただき、大変ありがたく感謝している。

 ありがとうございました。



 さて、それでは、授業改善の話に戻らせていただいて、

 今回、わたしには、新しい気づきがあった。


 それは何かと言うと、
 

 わたしは常々、拙ブログに、『どんな学力の子にも合わせた授業をしなければいけないよ。』と書いてきたし、また、初任者にも言っている。

 今、代表的な記事一つにリンクさせていただこう。

   思考力を育む算数の授業 

 
 そして、『どんな学力の子にも』とは言いながらも、わたし自身は、『学力の低い子も分かる授業、楽しく学べる授業の創造が大切』という気持ちが強かった。

 というのは、これは、初任者に限らずだが、

 『正解が出せて終わり』という授業は、どうしても『冷たさ』が感じられ、理解するのに時間のかかる子の場合、置いてきぼりを食うことが多いからである。


 しかし今回、強く思ったことがある。『どんな学力の子にも合わせた授業の創造』は、前記事のBちゃんのような子にとっても大切なのだと。


 Bちゃんは、まあまあ、学力はあると考えていいだろう。

 しかし、おなかが痛くなる。

 それなら、そういう子でも、温かみがあり、よく分かり、楽しく学べる授業が行われるのであれば、放課後学童クラブで過ごしている時間同様の気持ちで、学べるようになるのではないか。


 そうか。そうだとすれば、『どんな学力の子にも〜』と言っていたのでは不十分だ。『どんな気分の子にも〜』を付け加えなければいけないだろう。

 前記事を書きながら、わたし自身、そう思った。



 さあ。それは、どのような授業であるか。

 先ほど紹介させていただいた、『思考力をはぐくむ算数の授業』がまさにそれにあたる。

 さらにもう一つ紹介させていただこう。最近の記事だから、もうご覧になった方が多いと思うが、

    今のわたしには安心できる解き方だよ。


 さて、ここでは、それらにつけたすかたちだが、最近のAさんの授業から、思うところを3つほど、書かせていただこう。


 ただし、

 上記、2つの記事は、『子ども主体、子どもがいきいきと学習に取り組む授業の創造』であった。また、『どんな学力の子も、お互いに認め合える学級の雰囲気』もあった。いわば、授業改善の王道を、書かせていただいた。

 そこで、今回は、そのようなものではない、いわば、小手先と言おうか、テクニックと言おうか、その程度のことを書かせていただこうと思う。


 それでは、よろしくお願いします。



 2年生の算数は、今、『長さをはかろう』の学習を終えようとしている。

 これまで、Aさんに話してきたことは、


〇『1cm=10mm』を押さえる学習がある。30cmのものさしを使って学習する。この場合、ただ、1?を10数えさせて、『はい。1cm』と押さえるだけでは不十分だ。楽しくない。

 ここは、子どもから、
『1?というのは、1?が十個集まった長さなのだね。』
『そうか。1年生の時学習した、10のまとまりだ。』
が出てくるようにしたい。

 それには、1年生の時に使ったブロック1個を1?に見たてて、それを10個並べたらいいのではないか。


〇ものさしを使っての正しい測り方を学習する。

・幅のある物を測るとき、斜めに当ててはいけませんよ。
・測るものの端を、ものさしの端(つまり0?のところ)に合わせなければいけませんよ。

を学習する。


 ところで、そのすぐ後の練習問題で、なんと、ものさしの端に合わせていない問題が登場する。

 ほんとうは、『端に合わせていないよ。これじゃあ、測れないじゃん。』と言う子を育てたい。

 しかし、まあ、教科書の練習問題である以上、ふつう、『解けない。』などと思う子はいないだろう。

 とすれば、Aさんの方から、
「あら。この問題おかしいね。測るものの端を、ものさしの端(0?)に合わせていないよ。」
と言ったらいい。要するに、とぼけるのだ。


 そうすれば、子どもから、

「大丈夫だよ。ちょうど、目盛りの1?のところに測る物の端を置いたから、1?のところを0って思えばいい。」
「もう一つの端で6?3?ってなるから、そこから、1?を引けばいい。」

などが出てくるだろう。

 とぼけるのも、指導者の腕の見せどころだ。

 まあ、そうは言っても、あまりにみえみえだと、子どもからバカにされてしまうこともありそうだけれど。


〇『まっすぐな線を直線といいます。』を押さえる。

 教科書には、一人の女の子が、ひもを両手で適当な長さに握って、一方はそれをたるませ、もう一方は引っ張っている写真が載っている。

 Aさんは実際にひもを用意し、これをやって見せた。

 それはよかったが、そこから、子どもたちに、思いを自由に発表させることはしなかった。 

 それは残念だった。

「直線て、ピーンと両手で引っ張って、もう引っ張れないよっていうときの線だね。」
「両手が一番遠くになる。」「離れる。」
「だから、まっすぐになるのだ。」
「そう言えば、一年生のとき、長さくらべをやったけれど、ピーンと引っ張らなければ、長さはくらべられなかったよね。」
「そうか。そうしないと、ものさしで長さを測ることもできないんだ。」

 これらすべてが子どもから出てくることを期待したいのだけれどね。


 まあ。いいか。

 Aさんは、拙ブログをよく読んでくれているから、実生活で、ひもの長さを測ることを必要とするとき、きっとこれをやってくれるに違いない。


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 ある日、出勤すると、Aさんからうれしい話を聞きました。

 前記事のその後です。

 Bちゃんのお母さんから、丁重なるお返事をいただいたのだそうです。

 最近、家で、Bちゃんが、お友達のことを話題にすることが増えたとのこと。そして、Fちゃんへのやさしい行動についても、うんとほめてやったとのこと。さらには、Aさんへの感謝の想いを伝えてくださったとのことでした。

 よかった。わたしまでうれしくなりました。


 また、給食のとき、AさんはBちゃんの班で食べたことがあったようです。そのときのBちゃんは、これまでにないほど、Aさんに積極的に話しかけてきたとのこと。


 そう。そう。

 極めつけは、

 Aさんの言葉です。すっとんきょうな声をあげていましたっけ。

「そう言えば、今日、一日、Bちゃん。保健室へ行かなかったわ。」

rve83253 at 06:22│Comments(12)TrackBack(0)授業 | 学級経営

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この記事へのコメント

1. Posted by yoko   2010年07月06日 11:12
まずは、Bちゃんの心が元気になって良かったですね。
先生の心配りが、Bちゃんのお母さんの先生への信頼になって返ってきたのですね。子供の事を細やかに見てくれていると思うと親は安心して学校に送り出せます。親と先生がいい関係でいると、子供も安心しますし、その姿にまた親は安心する。こうなるといい事の連鎖ですね。学校と保護者いい両輪になりますね。それに加えて、A先生のtoshi先生への信頼も増したでしょうね。toshi先生、これからも頑張ってください(*^_^*)
2. Posted by toshi   2010年07月06日 20:12
yokoさん
 お久しぶりです。コメント、ありがとうございます。
《こうなるといい事の連鎖ですね。》
 はい。わたしたちは、この、いいことの連鎖を目指しています。ともすると、『問題の連鎖』、『よくないことの連鎖』になりがちな今という時代。
 しかし、教育という場こそは『いいことの連鎖』でなければならないと思っています。

 今後とも、どうぞ、よろしくお願いします。 
3. Posted by やまびこまま   2010年07月08日 10:32
toshi先生、コメントをとりあげていただき恐縮です。
Bちゃんよかったですね、お母さんにほめてもらえてまたひとつ自信がついたのでしょう。
「校長が変われば学校が変わる」を読ませていただきました。まさにこれと同様なことが娘の学校でも4年間続いておりました。それまでは「悪いことはないけれどワクワクするような出来事もない」学校だったのが、あれよあれよという間に子どもたちのパワーが全開になるような学校に生まれ変わってしまったのです。職員室では「チーム教職員のキャプテン」として、子どもとのかかわりでは「学校の総監督」として常に絶大な信頼を集めておられました。
そうなると当然保護者にも人気の小学校になりました。
娘は不安なことがあるとよく保健室ではなく校長室に行っておりましたが、校長先生はお忙しい中を嫌な顔ひとつせずつきあってくださっていました。
そんな校長先生でしたから、当然のように学童保育についても「うちの学校の子どもたちが通うところだから」ととても好意的に積極的にかかわってくださり、指導員さん達にも大好評でした。「前の先生達は学童を目の敵にしていたのに・・・」と。
以上が過去形なのは公立の運命で・・この春異動されてしまい、とてもさみしいです。
学校は子どもの世界ではあるのですが、保護者が学校を信頼できると子どもも安心して通えるのでしょうね。
4. Posted by 今日   2010年07月08日 18:31
コメントのやり取りが、とっても豊かですね。


これが本当の教育ですね。

僕のブログへの素晴らしいコメント、ありがとうございました。
感謝です。

応援して戻ります。
5. Posted by よっちゃん1140   2010年07月10日 00:25
こんにちは。初めてメッセージさせて頂きます。
同じブログ村、教育関連でお目にかかっていますので、
時々読ませて頂いています。

今回のお話は、とても温かく、心にしみました。
本当に子供たちの心に感動します。

そして、先生の気遣いも、とても深いものですね。

それぞれの人にちゃんと子供の心が分かる様に、その
温かい心がわかる様に配慮されていますね・・・。

お気持ちが伝わってきます・・・。

ただただ、ありがたいと思いました。

ありがとうございます。

飯島
6. Posted by toshi   2010年07月10日 21:00
やまびこままさん
 ほんとうに心温まる、うれしいコメントをいただきました。同じ人間が教育に携わっているはずなのに、どうしてこうも違ってしまうのでしょうか。
 みんな人の心のなせるわざ。
 教育に携わるのなら、師弟同行の精神で、心を磨く努力をするべきでしょう。

 今日、むかしの仲間で集まる会があり、先ほど帰ってきました。
 心を通わせ合い、充実した実践を行った場合、教員同士にも、離れがたいきずなが生まれるのですね。当時の校長先生を囲んで、思い出話が尽きず、なんと、4時間以上も話し込んでしまいました。
 そう。そう。この校長先生の思い出も記事に書いたことがあります。本コメントのtoshiに貼り付けさせていただきました。
 ご覧いただければうれしく存じます。
7. Posted by toshi   2010年07月10日 21:04
今日さん
《コメントのやり取りが、とっても豊かですね。これが本当の教育ですね。》
 ありがとうございます。このようにおっしゃっていただいて、大変うれしいです。
 今日さんがブログを復活されたのも、心強く感じたものでした。これからもどうぞ、よろしくお願いします。

8. Posted by toshi   2010年07月10日 21:30
よっちゃん1140さん
 ご覧いただき、ありがとうございます。また、大変なおほめの言葉をいただき、感謝しております。同じ教育を志すものとして、これからもどうぞ、よろしくお願いします。
9. Posted by やまびこまま   2010年07月12日 12:25
toshi先生
「師弟同行の精神で心を磨く努力を・・・」本当にそう思います。学校の先生の「人間力」は、子どもが一人前の大人に成長する過程で一番の影響するのだろうな、と思うものですから、教科学習はもちろん大切ですが「人の心のなせるわざ」はもっと大事だろうなと。
過去記事の校長先生の思い出1,2読ませていただきまして、読みながら涙が出そうでした。
娘の学校にいらした校長先生も「子どもが一番」でした。
常に子どもが一番という視点がぶれることはなく、そこから学校経営をされていたように保護者として感じておりました。
立場や見栄、評価など、きっと大変なこともおありだったと思うのにそんなことはおかまいなし、まっしぐらに子どもと向き合い全力で応援してくださっていました。そうなると、今度は保護者が校長先生のいらっしゃる学校を応援するようになって、「良いことの連鎖」でした。

どんな学力の子でもどんな気分の子でも楽しく取り組める授業なら、クラスの中で良いことの連鎖がきっとおきるでしょう。まさに担任の先生の「心のなせるわざ」だからです。
10. Posted by toshi   2010年07月12日 15:40
やまびこままさん
《立場や見栄、評価など、きっと大変なこともおありだったと思うのにそんなことはおかまいなし、まっしぐらに子どもと向き合い全力で応援してくださっていました。》
 ほんとうは、評価も、『いかに子どもと向き合っているか。』『いかに子どもが一番の精神を貫いているか。』をみるものでなければならないと思うのです。
 どうも、多くの地域でそうなっていない状況があるようです。
 ブログを通し、そうした心を訴えるべく、微力を尽くさせていただこうと思っています。
11. Posted by やまびこまま   2010年07月13日 16:46
校長先生や担任の先生方がどこからどのように評価されることがあるのか、保護者としてはわからない世界のことなのでコメントしにくいのですが・・・、
ただ「多くの地域でそうなっていない状況であるようです」といわれるのはとても気になるところです。
ただ、どんな評価であれ先生の人柄というのは、当の子どもたちは純粋なところで案外よく見ているんですよね。

先のコメントで校長先生について書いたところの「評価」は地域の評判や周囲からのやっかみ、妬みなどのこともありますので誤解がありましたら申し訳ありません。
12. Posted by toshi   2010年07月14日 06:33
やまびこままさん
《「多くの地域でそうなっていない状況であるようです」》
 これは、わたしの主観的な思いです。客観的なレベルとなれば、それほど知っているわけではありません。
 ただ、そのように想像する根拠としては、東京都品川区の例があります。これはテレビでも紹介されました。本コメントのtoshiをクリックしていただければ、それに関連する記事をご覧いただくことができます。また、リンクをたどれば、バンキシャで放送された画像をご覧いただくこともできます。
 そのほかにも、直接的に教員評価にふれた記事ではありませんが、その強権ぶりを思わせる記事はいくつかあります。
《先生の人柄というのは、当の子どもたちは純粋なところで案外よく見ているんですよね。》
 もうおっしゃる通りです。直感的に感じ取るのでしょう。自分たち、子どもを大切にしてくれるかどうかには、すごく敏感だと思います。
 

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