2010年07月17日

おもしろかった授業(2)3

b6b8413b.jpg 本記事は、前記事の続きとなる

 実は、前記事に掲載させていただいた、『おもしろかった授業』のクラスでは、授業の冒頭、ハプニングがあったのだ。


 直前にけんかがあったようなのである。

 そのけんかもけんかをめぐるやり取りの詳細もよくは分からなかったが、授業時間にまでその余波が及んだことは確かだった。

「だって、ジャンケンでぼくが勝ったのに、Cちゃんは、勝手に〜を持っていっちゃったんだもん。」
という言葉はよく聞こえた。

 そのときは、もう一件落着したようでもあり、いや、この言葉のように、まだ納得していないようでもあり・・・、

 そのように、一部の子どもたちの気持ちは不安定な状態で、
「じゃあ、生活科の授業を始めましょう。」
という担任Bさんの言葉で授業に入っていったようだったのだが・・・、

 

 以上、状況がよく分からないので、

 ここでは、『子ども同士のけんかも、大事な生活科の学習内容になりうるのですよ。』ということを一般的な意味で申し上げることにしたい。



その1

 生活科発足以前から、わたしは、子ども同士のけんか、トラブルとその解決策については、学級経営上の大事なポイントととらえていた。

 その大部分は、教室や校庭など、多くの子がともに生活している場で起きる。

 そこでは、当事者はもちろんだが、当事者をとり巻く多くの子どもも、そのけんかやトラブルに直面している。だから、多くの子がそれらにどう対応したのかも含め、みんなの問題として考えさせるようにしてきた。

 その実例は過去記事にいくつか書かせていただいたが、今そのなかの一つを紹介させていただこう。


 そうか。ちょうどいい。

 このリンク先記事に書いたトラブルも、かつて、我がクラスで起きた、やはり登下校をめぐってのものだった。

    鉄は熱いうちに打て(2)

    
 この記事に書いたように、

〇担任が簡単に仲裁に入るのではなく、子ども同士でよりよい解決策を見つけ出すようにうながすことが肝要だ。

〇けんか、トラブルは、だいたいどちらかがいけないのであるが、担任は悪者をつくらないように配慮しないといけない。行為はいけないとしながらも、そうせずにはいられなかった『心』に対しては、受容的な姿勢で臨むようにする。

〇そうしないと、子ども同士も、『一方的にどちらかを非難して終わり』となりかねない。それでは、一方の当事者に不満を残すことになってしまう。また、当事者をとり巻く多くの子どもも、ひとごととしてしかとらえず、安易な解決策(?)になってしまいがちだ。

〇わたしは、学級みんなの人間関係がより豊かなものになるようにと、『心の耕し』をねらうのだから、その視点がぼけることのないように留意してきた。



その2

 今回の学習指導要領改訂で、生活科にも、あらたに加わった内容がある(リンク先43ページ)

 それは、

(8) 自分たちの生活や地域の出来事を身近な人々と伝え合う活動を行い,身近な人々とかかわることの楽しさが分かり,進んで交流することができるようにする。

である。


 そして、ここに登場する『身近な人々』については、同学習指導要領解説の43ページ2行目に具体的な記載がある。

 まず『身近な幼児や高齢者,障害のある児童生徒などの多様な人々』を上げる。

 さらに、同44ページ9行目では、『児童にとって,かかわることの楽しさを味わえる身近な存在は,友達である。』とあり、友達を上げているのだ。


 また、『自分たちの生活や地域の出来事』については、

 同43ページ11行目で『学校や家庭,地域における児童の生活の様子と,そこで起きた児童一人一人の心に残る出来事』としている。


 ほらね。今回の改訂で、

 けんかもトラブルも、立派に、生活科の学習内容になりうることがご理解いただけるのではないか。


 だけれど、留意点はあるよね。 


 話を繰り返すが、

・けんかやトラブルが生活科の大切な学習内容になりうるとしても、担任が簡単に裁定を下してしまうのではない。第一、それでは、『児童一人一人の心に残る出来事』とはなりにくい。

・子どもたちがよりよい解決策を考え、模索するように仕向けることが大切だ。

・そのようにすれば、けんか、トラブルだけに、子どもたちにとってはより身近で切実な問題となり、

 そのため、『情報を伝え合う活動』はより成果を上げ、その結果、『互いの人間関係は一層豊かになり、』ひいては、『社会の一員としてだれとでも仲良く生活できるようになる』のだ。


 むかしからのことわざにあるように、『雨降って地固まる』の精神でいかなければならない。

 なお、この項の、『  』内の言葉は、同学習指導要領解説の文言を使用させていただいた。



 おもしろい記述がある。

 同解説43ページ下から6行目だが、『この活動では直接話しかけることなど,言葉を中心にした伝え合う活動が活発に行われる。しかし,表情やしぐさ,態度といった言葉によらない部分も,伝え合う活動においては大切にされなければならない。』


 そう。低学年だものね。言葉だけでは、伝達に限界が生じることもあるだろう。

 このことに関しては、上記リンク先記事、鉄は熱いうちに打て(2)にも、まさに、それに符合する記述があった。


 それは、

『すると、Fちゃんだ。おどけて、おもしろおかしく、
「ぼくが一緒に帰ってあげますよ。」
 みんな、どっと笑う。つられて、Bちゃんも・・・。

のくだりだ。

 まさに、『表情やしぐさ,態度といった言葉によらない部分』を含んでいるではないか。

 わたしは、生活科発足以前の自分の取組と学習指導要領解説とが、ぴったり符合していることに、心のなかで会心の笑みをうかべてしまった。



その3

 さて、繰り返すが、このけんかは、Bさんの研究授業の直前に起こった。

 そこで、研究授業にふれさせていただくが、これは、

 その学校の教員全員が授業を見に来る。また、他校から来たわたしも見ている。

 さらに、学習指導案なるものを書き、どのような授業にするか。そのねらい、学習内容などを子細に記載している。

 だから、とても、けんかなどというハプニングに対応する時間はなさそうだ。


 そうした場合、どうだろう。

 ほとんどの教員は、『即時即場的にそれを学習内容にしよう。』とは考えないのではないか。予定した学習が大幅にできなくなってしまうからだ。


 しかし、子どもにとっては、

 数多くある授業と同等の、ふつうの1時間にすぎない。何も特別な時間ではない。

 さらに申せば、けんか、トラブルのたぐいは、子どもにとってはより切実だ。まさに、今解決したい問題のはずだ。そして、解決すれば、学級内のみんなの人間関係がより豊かになることうけ合いのテーマであろう。

 それなのに、これを切り捨て、予定された内容通りに授業を進めるのでは、そうしたチャンスをみすみす子どもから奪ってしまうことになる。もったいないことだ。



 ハプニングはいつも起きるとは限らない。

 また、どんなハプニングが起きるかも分からない。


 しかし、わたしたちは子どもと生活しているのだ。

 子どもが主体的、自主的に生き、いきいきと生活していれば、ハプニングは日々、豊富に発生することも事実である。

 教科名が『生活科』であり、子どもの生活を丸抱えでみつめ、とらえる教科であるならば、よけい、ハプニングに柔軟に対応する心構えをもちたいものである。

 それがまた、子どもをダイナミックにし、文字通り、さらなる『おもしろい授業』の成立をうながすであろう。


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 本記事の『その2』では、学習指導要領を引用させていただきましたが、

 今回新設された内容について、ちょっと補足をさせていただきます。


 そこでは、『身近な人々』について、『身近な幼児や高齢者,障害のある児童生徒などの多様な人々』を上げていました。

 そして、別項では、『児童にとって,かかわることの楽しさを味わえる身近な存在は,友達である。』と書いています。


 このことについて、わたしは以下のように考えます。


 低学年においては、生活科の学習に限らず、常に身近な存在としての友達と、良好な関係を築くことができるように、教員は心血を注ぐことが大切です。それができて初めて、『身近な幼児や高齢者,障害のある児童生徒などの多様な人々』との豊かなふれ合いが可能になるのではないでしょうか。

 友達との関係が、他の身近な人々との関係に転移していくと考えるべきでしょう。

 そういう意味で、この内容(8)『自分たちの生活や地域の出来事を身近な人々と伝え合う活動を行い,身近な人々とかかわることの楽しさが分かり,進んで交流することができるようにする。』に関しては、常に、友達との関係がベースとなっているのだと思います。

 今回とり上げたBさんの実践においても、常に子ども同士、また、子どもとBさんとの豊かな人間関係構築の営みがあり、それに足場を置いたかたちで、C校長先生や学援隊のおじいさんとのふれ合いにつながったのでしょう。 


 また、ここでとり上げる、『自分たちの生活や地域の出来事』とは、

 『学校や家庭,地域における児童の生活の様子と,そこで起きた児童一人一人の心に残る出来事のことである。』

とあるように、

 もう、子どもをとり巻く環境のすべてが学習内容となりうるのです。それだけに、指導者は、子どもの関心事を大切にしながら、何を学習材としていくか、その力が問われるのだと思います。


 国は、『コミュニケーション能力』を強く打ち出しています。多くの教科、領域でそれを言うようになりました。

 そのこと自体はいいことだと思います。

 しかし、実践にあたっては、本シリーズで述べたような、切実感、必然性のある事象を大切にして指導にあたってほしいもの。

 
 この点、国語における言語事項重視には、不安がないわけではありません。

 そのことにふれた過去記事もあります。紹介させていただきましょう。

    学習指導要領の課題を現場の努力で、

 

rve83253 at 14:42│Comments(0)TrackBack(0)生活科指導 | 指導観

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