2010年07月22日

師弟愛は永遠に!5

dda2d6c3.jpg 究極の師弟愛をみる思いだった。

 すごい話だった。


 この先輩校長のことは、何度か記事にまとめさせていただいた。

 今、その中の一つにリンクさせていただこう。

    慕われる校長(1)


 このA元校長とは、今もお付き合い願っているし、ご指導もいただいている。

 今年、80歳になられるが、かくしゃくたるものである。今、当時の教職員仲間と傘寿のお祝いを計画中である。


 その幹事会の席上・・・、

 ああ、幹事会ではあるけれど、A元校長もお呼びしたのだよね。


 冒頭の、『永遠の師弟愛』とは、このとき、うかがった話だった。


「実は、今日の会に来れるかどうか、昨日まで分からなかったのだが・・・、」

とおっしゃって、うかがった話は、次のようなものであった。


 あっ。最初にお断りしておこう。この話は、現段階では、ハッピーエンドとなるのだが・・・、



 ある日、突然、教え子のBさんの奥さんから電話が入った。

 ほんとうに突然だったようである。Bさんの入院は、何も知らされていなかった。

 また、蛇足だが、Bさんは、わたしと同年齢の方のようである。


 「主人の容態が悪化しまして、主治医からは、『肺をやられていて、もう、余命いくばくもない。』との宣告を受けてしまいました。それで、主人は、ずっと、『A先生に会わないで逝ってしまうわけにはいかない。』と申しているのです。

 それで、A先生は、とんでいくようにC病院に駆け付けた。

 で、Bさんは、『A先生は、俺みたいなバカで、どうしようもない奴を、かわいがってかわいがって教えてくれた。俺は、世界一の先生に恵まれた。ありがとうございました。』そう言って手を差し出した。

 A先生は、涙をこらえながら、その手を握りしめ、
「何を言っている。病気に負けるな。絶対、わたしより先に逝ってはいけない。」
と、強く叱るように励ました。

 そばで聞いている奥さんは、もう涙をこらえきれず、ベッドに突っ伏してしまったとのこと。


 幸いなことに、その後奇跡が起こり、酸素吸入のボンベをつけての行動ではあるが、この日か翌日、退院予定とのこと。

「天にも昇る心地だったよ。」

とおっしゃる。 


 最後は、
「わたしも、いい教え子にめぐまれて、ほんとうに幸せ者だよ。」
としめくくられた。


 一同、ほっと胸をなでおろしたのだが、


 いやあ。皆、しばらく言葉が出なかった。


 しばらくすると、A校長のもとで教頭だったDさんが口を開いた。

「いやあ。すごい話だ。そのBさんは、もう小学校を卒業して、50年以上たっているよね。永遠の師弟愛だな。」


 それで、また、しばらくの沈黙。


 わたしだけではなかっただろう。もう、20年前になるが、皆、A校長のもとで働くことのできた喜びをかみしめていたのではなかったか。


 
 さて、

 冒頭のリンク先記事では、A元校長の講話集を発刊したことを述べた。同校長の講話をほとんどわたしが採録させていただいた関係で、『巻末の言葉』を書く栄誉を与えられた。


 今、それを、再録させていただこう。



 A校長先生から学んだこと


 A校長先生の退任式。先生におくる言葉を述べる児童代表の6年生男子は、おくるつらさからであろう。話す前から泣いていた。そして、涙声のまま、最後までしっかり話し続けた。けなげだった。

 校長先生をおくるとき、低学年児童は、校長先生の手を握りしめ、これも涙を流しながら、
「校長先生。ぼく、もう、これから、お友達とけんかしません。」
と叫んだという。

 校長先生ご自身も、誰はばかるともなく、涙を流されていた。


 校長先生への惜別の情。感謝。こういう校長先生に見守られながら、ぼくたち、わたしたちは成長したのだという誇り。それは、決して子どもだけのものではなかっただろう。わたしたち教職員も、保護者も、同じだったと思う。


 何が校長先生を慕い、尊敬させたのか。その秘密は、この講話集にも求められるであろう。


 わたしたちは、校長先生から、数多くのことを学ばせていただいた。

 つくづく思う。そこに流れる一貫したテーマは、『愛』だったのではなかろうか。


 校長先生は、子ども、保護者、教職員の一人ひとりに、愛をそそいでくださった。子どもの名前をほとんど覚えていらっしゃる。そして、名前をあげて話される。

 『愛』の第一は、一人ひとりを大事にされたことだ。


 次に、『何がすばらしいのか。何がダメなのか。』具体的に話される。そのために、時間がかかり、どうしても話が長くなるのだが、わたしたちは納得して校長先生の話をうかがうことができた。目指すべき指針を話されるときも、話は具体的だった。

 このように、『愛』の第二は、話が具体的ということだ。わたしたちも、学級経営で、職員室で、そして、地域で、やはりこの点を学ばなければいけないだろう。


 そして、具体的ということは、校長先生が大変きめの細かい気配りを、わたしたち、教職員、子ども、保護者にしてくださったということだ。

 よく教材研究というが、校長先生の場合、一人ひとりについての人間研究に意を尽くされたのではあるまいか。そして、みんながやる気になるように、一人ひとりに合った対応をしてくださった。

 この、『人間研究』を、第三の『愛』にあげたいと思う。


 校長先生は、この気配りを、わたしたちにも植えつけようとされた。そのご指導のおかげで、わたしたちは、この方向性を正しく受け止め、努力していくことができた。それがすばらしい学校づくりの土台になったのだと思う。

 校長先生は、歯にきぬきせず話される。叱責の言葉も端的だ。そして、やはり具体的なのである。叱責の言葉に、あたたかさがある。

「ああ。また、校長先生に叱られちゃった。明日からまた、がんばらなくっちゃ。」

 そんな、教職員の声が、幾度となく聞かれた。ときに、このきびしさは、PTAにも向けられた。

 このきびしさが、第四の『愛』といえるだろう。


 今、この講話集を読み返す。

 朝の打ち合わせでの校長先生の話。その話のすべてに、『年頭の言葉』に匹敵するくらいの重さを感じる。圧倒される。


 すばらしい指針を得て、わたしたちは、校長先生退任後も、いっそう自己の道に精進することを誓う。そして、『愛』は永遠であることを学び続ける。

 わたしたちの輪は、ますます強まっていく。


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 最後に、A校長関連の過去記事を2つ紹介させていただきましょう。

 その1は、わたしも、A校長に叱られたことが何度かあります。リンク先記事には教務主任とありますが、実は、その前年のことでした。

 気恥かしさもありますが、よろしければご覧ください。

    心の教育(3)

 その2は、『部下を思う心』といったらいいでしょうか。わたしを育てようとしてくださった例です。

    学校だよりへの想い(2)

rve83253 at 09:56│Comments(0)TrackBack(0)自己啓発 | 学校管理職

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