2010年07月29日

朝日に連載された『いま、先生は』から思う。(1)3

PA0_0925 ショックだった。

 この連載に書かれた事例の数々。

 でも、矛盾するようだが、そのショックを覚える事例の背後にあるものは、ほとんど心当たりのあるものだった。




 結論を先に言ってしまおう。


 わたしが子どものころと比べても、また、わたしが初任者だったころと比べても、社会は大変貌を遂げた。人間の気質を中心に、学校を取り巻く環境は大きく変わった。

 それなのに、学校の果たすべき役割、学校の指導体制など。そういったものはほとんど変わっていない。いや。むしろ、むかしながらのやり方を強いられる。その象徴が、『学級を組織し、学級を基盤とし、そこで行われる教え込み、つめ込みの一斉学習』となるのではないか。

 
 いまだ、教え込み、つめ込みの授業信奉者は多い。また、『子ども主体、子どもが主人公の授業などあり得ない。絵空事だ。』とする教育実践家(?)も大勢いる。

 世の中の風潮もそうだ。

 いわく。授業時数増、学習内容増、ペーパーテスト的意味での学力の向上。


 再度言わせていただこう。

 社会は大変貌を遂げたのだ。人間の気質を中心に、学校を取り巻く環境は大きく変わったのだ。

 もっと具体的に言えば、

 じっと席について落ち着いて学習に取り組むことのできない子どもが増えているのだ。荒れる子ども、キレる子どもなどなど。ああ。そうした現実があるのに・・・、

 それなのに、そこで行われる授業が旧態依然たるもので、ちっとも改革の兆しがないどころか、時代逆行の改悪ばかりであれば、学校教育の矛盾は深まるばかりであること。自明ではないか。

 
 ああ。『いま、先生は』の連載第一回目に書かれた悲劇の初任者は、まさにそうした教育体制の犠牲者ではなかったか。



 授業が下手?

 そんなのは当たり前ではないか。初任者なのだもの。最初から上手にできる教員などいない。

 それに多くのベテラン教員だって・・・、


 おもしろいブログを見つけた。わたしと同じ初任者指導に携わっていられる方のブログだ。

    風にふかれて 孤立 命絶った教師 

 
 現実を的確に言い当てているように思うので、該当部分をそっくり引用させていただこう。


 『私は、断言してもいいが、多くのベテラン教師だって、初任者と同じようなレベルで「授業が下手」なのである。べらべらべらべら、授業の最初から最後まで喋り続けている。いわゆる説明だらけなのである。』

 ほらね。これが、『旧態依然たる授業』の現実なのだ。



 気になることがある。


 初任者を責める前に、

 この初任者は4年生の担任だったとのことだが、それなら、入学以来3年間の授業はどうだったのか。

 経験とカンだけで授業をして、まあ、見た目には落ち着いているようにみえる、そんな授業をしていなかったか。


 というのは、それまでの教育実践がしっかりしていれば、いかに授業が下手な初任者が担任したって、ふつうは、そんなに荒れるような状況にはならないからだ。

 これは、6年間、初任者指導に携わってきた経験から言える実感だ。


 もっとも、初任者の資質にかかわる部分や、学校が立地している地域、地域の特性もないわけではないから、その辺の見極めは必要だけれどね。


 
 
 でも、落ち着いて考えれば、これら、ベテラン教員も、ある意味、時代の犠牲者なのかもしれない。
 

 これは、同連載3回目にくわしいが、テスト、テストで追いまくられてきたのかもしれない。

 そうであれば、これまで授業改善の機会など、与えられてこなかったとも言える。



 ここで、話を少し変えさせていただく。


 こういうことを書くと、これも時代のすう勢だが、『やれ、管理体制が強化されたから、』『やれ、多忙で時間がないから、』そういう声が聞こえてくる。

 また、世間からは、『やれ、組合が強いから、』『やれ、教員が怠けているから、』などという声も聞こえてくる。


 わたしは、それらを否定はしない。そういう現実もあるだろう。


 しかし、では、『そういう現実が一切解消したら、日本の学校教育はよくなるか。』

 そう問われれば、首をかしげざるを得ない。

 やはり、冒頭に少しふれさせていただいたが、もっと根源的な、日本社会の現実にまで話を進めなければならないだろう。


 それは、次回以降に譲らせていただこう。

    
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 この連載、『いま、先生は』を読ませていただくと、毎回、教員の悲劇がつづられているのですが、

 でも、そのなかに、『教職は生きがい』という内容もけっこうあって、救われる思いになります。

 そう。そう。前記事とり上げた、『師弟愛』を思わせるような内容もけっこうあるのです。


 もう二つ、書かせてください。

・先ほどの、ベテラン教員ですが、自ら命を絶った初任者のメモには、初任者に対し、『おまえ』と言っているふしがあります。

 ほんとうにこう言っているのでしょうか。ちょっと信じられません。

・先ほどの、わたしと同じ初任者指導に携わっていられる方のブログには、
『(初任者への)支援は、具体的に、継続的にしなければいけなかったのである。』
とも書かれています。

 ほんとうにその通りだなと思います。

 今という時代は、特にそれが大切でしょう。どの地域のどの初任者にも、そうした指導を受ける権利が保障されますよう、願わずにはいれません。

 

rve83253 at 09:08│Comments(12)TrackBack(0)初任者指導 | 教育制度・政策

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この記事へのコメント

1. Posted by 伊藤   2010年07月29日 17:21
私は民間とはいえ、比較的ブラックと呼ばれる企業にいました。理不尽な思いをしたこともありますし、客商売から納得できないことでもしなくてはいけないですけれども、目に見える成果が数字として出てくる以上何とかなります。

教師は見えません。子供と向き合える時間もないですし、ゆとり教育である程度教師が楽になるかと思えば、教師のゆとりをどんどん無くしています。そして揺り戻しと民主党政権での新しい教育改革。

都市部での小学校倍率の低下はもうモンスターペアレントや学力問題以前に附属などの実習で辟易しているのではないでしょうか。

国家というものを考えると、本来教育という仕事はエリートの仕事です。海外では修士号、博士号を求めるという点から高いレベルを要求されます。

しかし、アメリカが特に顕著ですが、教師の貧困化が進んでいます。社会的地位も含めてですが、社会が何を求めているか、それを柔軟にできるだけのカリキュラム編成の権限を各大学が有してないのが大きな問題かと思います。

自分ができるのか?を親や先輩教師が考えなければいけないのではないでしょうか?
できないから初任者は指導が入るわけですし、民間でも即戦力を求める傾向がありますが、そうなると大学は就職予備校だと定義して、教育学部も豊かな教養を身につけて学習するというよりは現場で使えるテクニック重視に走らないだろうかと考えます。

無駄なことを削りすぎて、余裕をなくしてちょっとしたことでもあっという間に崩壊してしまう世の中のようです。これでは、ストレスに弱い人、おとなしい人が教師になんて絶対無理です。
2. Posted by toshi   2010年07月30日 17:05
伊藤さん
《〜、余裕をなくしてちょっとしたことでもあっという間に崩壊してしまう世の中のようです。これでは、ストレスに弱い人、おとなしい人が教師になんて絶対無理です。》
 ありがとうございます。次回記事は、『人の心の移ろい』をテーマに書かせていただこうと思っていますが、重要な示唆をいただいた思いです。
 特に、『ストレスに弱い人、おとなしい人が教師になんて絶対無理です。』は、考えさせられる言葉です。
 次回記事を書くにあたり、心にとめておきたいと思います。
 今後とも、どうぞ、よろしくお願いします。

 
3. Posted by まこと   2010年08月01日 00:25
私も、今まさに教員を目指し教員採用試験を受けている最中です。
その最中に読んだ記事でしたので、特に印象深い内容でした。

今年は支援員として中学校で働いているのですが、子供自身よりも教職員のギクシャクした雰囲氣にこたえます。
先生がつかれている。
飲み会ですら、まともに集まる心の余裕はない。
何よりも、先生同士の団結力がない。
昨年一年勤めた小学校との差に、愕然となりました。

特に、信じられないことに。
新任で入ってこられた先生が、初任者研修を受けられない、という事態が発生しています。
手続きミスだそうですが、一番大事な時期の研修を受けられず、これから過ごして行くのは大変なことです。

そんな事実が発覚しても、「もうグループ分けが終わったから」という理由で、平然と放置している校長、市教委、県教委にびっくりです。
自分たちが初任を育てるという気持ちに、いかに薄いことか。

学校によってあまりにも違う雰囲氣に、そういうことを覚悟して教員にならなければ、と思いました。


4. Posted by toshi   2010年08月01日 09:28
まことさん
 教員を目指している方にとっては、何とも暗い話題で申し訳なく思います。さらに、まことさんは、今、学校にお勤めになっているわけで、それでもなお、教員を目指していらっしゃるということに、心中、応援する気持ちとともに、複雑なものを感じてしまいました。
 でも、きっと教職に強い魅力を感じていらっしゃるのでしょう。

 朝日新聞のこの連載にも、

 父親が教員で病いに倒れたのですが、その父を慕う教え子の姿に感動したのでしょう。息子さんが教員を目指しているという姿が紹介されています。

 確かに、教え子との絆は魅力です。それが、教職をかけがえのない仕事と位置づけてくれているように思います。

 本シリーズでは、これから、『子どももむかしとは変わった。』という内容を書こうと思っています。でも、教員の子どもへの接し方によって、子どもはいくらでも、子どもらしい子どもに戻るという、そういうことも書こうと思っています。もっとも、これ、拙ブログのテーマの一つと言ってもいいくらいですね。
 
 まことさんが、その願いを達成され、すばらしい教員となられますように、祈念します。
5. Posted by 孟徳   2010年08月01日 11:39
いつも拝見させて頂いております。

微力ながらランキングに協力をさせて頂きます。

お体にご留意されて末永く続けて下さい。
6. Posted by 劉備義徳   2010年08月01日 12:02
ランキングに協力をさせて頂きます。

ブログ繋がりで紹介をさせて頂きます。


末永く続けて下さい。
7. Posted by toshi   2010年08月02日 10:00
孟徳さん、劉備義徳さん
 コメントをいただき、ありがとうございます。
 また、励ましをいただいたことに感謝申し上げます。どうぞ、こちらこそ、よろしくお願いします。
8. Posted by totoro   2010年08月03日 13:30
私たちの小さな町が、平成の大合併により大きな政令指定都市に合併(編入?)されました。もともと、「忙しいね〜」が合い言葉のようになっていました。が、政令市になってさらに忙しくなったように感じます。
2点からそれを感じます。
?どうでも良いような出張が増えたし、どうでもいいような提出物が多くなりました。
?意気に感じて仕事することが減っていて、それが多忙感につながっているように感じてなりません。
?は、文書で伝えればいいことを、職員を集めて伝達します。職員を信じていないのではないかと勘ぐります。文書だけでは実行しない奴らがいるから、集めてきちんと言うんだと、と言われているように感じます。
また、ちょっとしたことを逐一提出・報告しなければならなくなりました。何かあった場合、これこれこういう指導をしているという証拠があるから悪くないという証拠作りのように感じます。議会につつかれたら、資料がありますとすぐに出せるように集めているように感じます。
?は、小さい町の時に市の指定、(県や文部省の指定でも)に当たると、もちろん、指導主事が来て、何回も御指導を受けました。でも、基本的には校内研修ですので、学校独自の理論を構築したり、その理論に合った講師を呼んだりできる自由さがありました。
しかし、政令市になって、市指定発表会では、その自由がほとんど与えられませんでした。指導主事の言うとおり、駒になって授業実践をし、市の考えている理想の授業を市内の教師に見せる会と位置づけられていると感じました。
本来、研修、研究は子供の実態と、地域や保護者の願いと、学校の人材と、教師の理想に即した物であると思います。1校1校、違いがあって当然だと思います。 
私たち職員を信じて任せてもらえないのだろうかと感じるのです。
9. Posted by toshi   2010年08月03日 16:55
totoroさん
 合併によって、学校の雰囲気が変わったということは、吸収した側の大都市の風土がそのまま入りこんでしまったということでしょうか。
 そういう締め付けがあるというのは残念なことですね。我が地域は大都市ですが、そうした風土はないように思います。
《〜証拠作りのように感じます。議会につつかれたら、資料がありますとすぐに出せるように集めているように感じます。》
 これはおっしゃるとおりでしょう。そして、我が地域にもあります。議会が幅をきかせるようになった結果、学校現場の忙しさが増し、教育がおかしくなってしまった例は我が地域にもあります。本シリーズで記事にしようかな。ちょっと考えてみます。
 研究については、我が地域とはかなりの温度差があるようです。前述のとおり、我が地域は大都市ですが、でも、totoroさんがおっしゃる小さい町の風土が厳然としてあります。
 第一、国の指定研究であっても、学校の主体性は保たれますよ。今もそうではないかなあ。
《本来、研修、研究は子供の実態と、地域や保護者の願いと、学校の人材と、教師の理想に即した物であると思います。1校1校、違いがあって当然だと思います。》
 いやあ。もうほんとうにおっしゃる通りです。それがかなわないとすれば、それは、それこそ、ステレオタイプの学校づくり。そうであってはならないと、拙ブログでもしつっこく訴えています。
 『がんばってください。』と言いたいところですが、がんばりようがないのでしょうか。気になるところです。
 
10. Posted by はるくん   2010年08月17日 21:19
1 先生、貴方本当に日本国の公立学校の校長ですか

やっていけませんよ。貴方のように職員と対応する管理職とは。

恣意的にではなく、しっかり各個人の能力を引き出して評価する、弱いものが仕事で潰れないように援助する、管理職の責務です。
11. Posted by すなお   2011年12月11日 13:40
5 toshi先生、「いま、先生は」についてのブログを拝見いたしました。

東京都で臨時的任用教諭をしています。

先生のブログと、そこからリンクするバンキシャの映像を見て、本当にうなずけるものばかりで。。


お伝えしたくてコメントいたしました。
12. Posted by toshi   2011年12月12日 06:14
すなおさん
 東京の学校教育事情は、ほんとうに心配しています。学校管理職、教員の成り手が不足しつつあると聞いて、心が痛みます。
 今の時代、強権発動的な政策は、市民の支持を得やすいのですが、それが教育現場の荒廃を招くとしたら、やり切れない思いになります。

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