2010年09月05日

学力検査のあるべき姿は!?

 IMG_0072hati本記事は、タイトルこそ違え、これまでの、『全国学力調査の結果公表で』シリーズのまとめとなる。


 前記事にやまびこままさんから、また、前々記事にりんどうさんから、大変示唆に富んだコメントをいただいた。 前記事のコメントの10番と、前々記事のコメント10番である。


〇まず、やまびこままさんから。

《保護者として素朴な疑問を持ちました。(全国学力調査は)なぜ小6と中3での実施なのか。》


 ほんとうに、そうだよね。

 子ども一人ひとりの学力の向上を考えるなら、

 つまり、子どもがどこでつまずいているか、それに対する対策は・・・と考えるなら、毎年やった方がいいに決まっている。手早く対応できるものね。また、同コメントにあるように、後になればなるほど、どこでつまづいたのかの発見もむずかしくなる。

 だから、けっして、『小6と中3だけでやればいい。』ということにはならない。


 同氏のコメントを読んで、あらためて調べてみたが、

 驚いたことに、今年度、小6の全国学力調査では、たった一問ではあるが、なんと小3の学習内容まで出題しているのだ。小4なら、これはもうかなりあるといっていい。

 これでは、つまずいている子がいた場合、3年間放置されっぱなしとなる理屈だね。


 また、同氏はおっしゃっていないが、次の2点でも同じことが言えるだろう。


・なぜ、国語と算数の2教科だけなのだろう。他教科はどうでもいいのだろうか。つまずきがあっても無視していいのだろうか。

 そんな理屈はないよね。


・また、今年度、ご承知のように抽出となったわけだが、これも同じ理由でおかしなことになる。抽出にもれた学校の子どもは、文字通り放置されることになるのだものね。


 というわけで、同調査は、真剣に子どもの方を向いていないことに気づく。一人ひとりの子どものつまずきの発見などは軽く扱われているのだ。

 国全体、ないしは、都道府県別の子どもの学力の傾向が分かればいいのだろう。それで低学力ということが分かれば、実施していない学校、学年、教科も含めて、教員に圧力を加えればいい。

 そういう安易な姿勢なのだろう。


〇次に、りんどうさんから。

 『(我が子の担任の)言葉には、(国の学力調査なんか)どうでもいいという雰囲気がありありと感じられました。〜。その調査を使って、みんなでもう一度勉強してみようなんていう機会は、たぶんないだろうと思います。』
 
 そう。国も安易だから、教員も安易になってしまう。6年間で1回だけの調査だし、抽出されない学校も多数あるような調査、そんなものをまじめにとり上げることはないと思うのだろう。


 考えてみれば、それとは逆に、国や地方教育行政府、及び、一部市民の圧力に負け、子どもを追いこむ学校も安易だよね。ただただ、テストの点数アップが目的だから、子どもに真の学力をつけさせようという気はさらさらない。

 
 
 それにしても複雑な心境だ。

 子どもに変な圧迫を加えない分だけ、まだ、りんどうさんのお子さんの通う学校の方がいいかな。この点だけでみれば、子どもはのびのび育つものね。

 でも、やっぱり変だ。『何もしないで無視するのがいい。』とはならないはず。



 そこで、我が地域の学力検査を紹介させていただこう。それが、お二人の疑問、ないしは、述懐に対する回答も含まれることになると思う。


 もっとも、すみません。ちょっと、お詫びを。

・ここで、少しだけ、上記、お二人の問題提起からは離れさせていただく。そのうえで、我が地域の学力検査にふれながら、本来の学力検査のあるべき姿をお考えいただければ幸いだ。

・また、もう一つ。本記事でも、関連する過去記事が多い。またまた、リンクが多くなってしまう。どうも、すみません。



〇我が地域の学力検査は、保護者の評判が良かった。良問が多いと判断してもらえたからだ。でも、受験一辺倒の保護者からは批判されたけれどね。

 そのあたりは、次の過去記事にくわしい。

    学力検査の『品質』を高めるために(2) 


〇では、なぜ、品質が良かったか。

 それは、学校現場で実際に授業をしている多くの教諭が作問に携わったからだ。

 そこで、もう一つの過去記事を紹介させていただこう。

 わたしは社会科なので、社会科を専門とする教諭が作問のためにどのような取組をしたか、エピソード風に語った過去記事がある。

    学力検査問題の『品質』を高めるために(1) 


 これらを通し言いたいことは、

 作問は、『業務』ではないということだ。まさに、研究活動そのものなのである。

 作問委員同士、また、世話人校長も交え、良問にすべく(品質を良くするための)検討を重ねる。

 たとえば、
 
『無理なく子どもの思考が流れるような問題になっているか。』
『誤答の選択肢が唐突だったり、違和感を抱いたりするようなものになっていないか。』
『とり上げる社会事象は、子どもが解くにふさわしいものか。』
など、など。多岐にわたり、何十回となく検討を重ねる。無理があれば検討の過程でボツにすることもある。


 暗記、教え込み中心の授業なら、知識問題、計算力などの技能問題だけ出していればいい。その場合は、作問などといって何十回も検討する必要はないけれど、

 『学ぶ力』『生きる力』を養う授業をしているのであれば、そんな問題では物足りなくなってしまう。それに、真の子どもの力を測っているとは言えなくなってしまう。


 作問委員は、作問の過程で、例外なくこうしたことに気づいていく。だから、必然的に、授業力が向上する。

 そして、学校現場においては研究をリードし、実践力を養ううえで、中核となって活躍するようになる。

 

 では、具体的に、それは、どのような問題か。


 また、リンクになってしまうが、昨年度の全国学力調査問題を例に述べてみたい。

 実は、同調査問題は、問題提起するうえで、格好の材料をもっている。


・まず、PISA調査の影響を色濃く受けている。従来の日本の伝統的な問題とは一線を画する。わたしは、それを『学力観の黒船』と呼ばせていただいた。

 具体的に言えば、『答えを求めないで説明を求める問題』とか、『文章で表記させる問題』とか、『子どもの生活実感を大事にした問題』などと特徴づけることができよう。

・しかし、わたしからすれば、まだまだ、それらは発展途上。ほんとうに問うてほしいところを問わないで地の文にしてしまい、枝葉末節を問うといった未熟な作問がみられた。

 過去記事から一つだけ紹介させていただこう。お時間のある方はご覧いただきたい。大変長い記事だが、記事後半の『〇提言2』からが、該当部分になる。

    全国学力・学習状況調査実施(3−3)明日の授業に生かすために


 いかがだっただろう。

 『作問は業務ではない。研究活動だ。』と申し上げた意味が、より具体的にご理解いただけたのではないかと思う。


・さて、蛇足ながら、今年度の同調査問題だが、

 確かに、PISA調査の特色は、今も色濃く残している。文章表記を求めたり、説明を求めたりする設問はけっこうある。

 しかしながら、昨年度、『学力観の黒船』などと言わせていただいたような良問は、なくなってしまった。


 少なくとも、上記リンク先に示した、

 算数の『上皿天秤の問題』、国語の『子どもの体力低下』をとり上げた問題のように、子どもにとって切実な問題、問題解決の過程を大事にした問題などは影をひそめてしまった。

 また、国語、算数の2教科のみなのは同じだが、昨年度の場合、そのなかには、理科、特別活動、体育などとの関連をもたせ、したがって、総合的な学習の時間の内容を思わせるような問題がかなりあった。つまり、学校の全教育活動を作問対象としているような印象も受けた。

 しかし、今年度は、その種の問題もなくなった。明らかに後退現象がみられる。残念だ。


〇さて、話を戻して、

 実は、研究活動というのは、作問だけではない。

 作問から処理、活用の指針づくり、採点に至るまでのすべてが、研究活動である。これまでもるる述べてきたように、授業力アップに直結するものである。

 
 
 ご承知のように、全国学力調査においては、これらはすべて、業務として扱われ、教員の手を離れてしまっている。

 これでは、教員の指導力アップに結びつくはずもなく、問題のレベルも問われかねないし、ましてや、子どもの学力の向上を考えた場合、隔靴掻痒の感がある。



〇さらに、話を戻して、冒頭のお二人の問題提起にふれさせていただこう。



 我が地域の学力検査にかかわる仕事は、教員の研究活動であった。

 そのため、実施主体はあくまで、地域の校長会だった。教育委員会ではなかったのである。校長会が委嘱した世話人(校長)、そして、作問委員、処理活用委員(ほとんどは教諭)などが、実務にあたった。

 活用事例なども、ふんだんに用意して、全教員に配布PRした。地域の小学校全体として、授業力のアップに努めてきた。


・だから、当然、全学年で実施したのである。(4月実施だったから、1年生はやらない。)

・また、5・6年は、社会科、理科も実施した。(現在は3年生以上で実施。)

・さらに、研究である以上、実施するか否かは各学校が決定した。

 『参加しなくても、大丈夫。我が校は別な手段でちゃんと対応策をとっている。』そう思う学校は参加しなかった。ただし、りんどうさんが指摘されていると思うが、教員の熱意のなさが『希望せず』につながった面があったのも否定できない。

 そして、参加率は、国、算で約90%、社、理で70%くらいだった。

・検査代は保護者から徴収した。

 ただし、4教科実施にもかかわらず、子ども一人当たり、今の全国学力調査の10分の1以下ですよ。全国の調査がどうしてこんなに高額になるのか理解できない。利権がらみではないのか。疑りたくなる。

・こうして実施してきたから、我が地域の学力検査は60有余年の歴史をもつ。
 世間が学テ裁判でもめていたときも、我が地域では、落ち着いた雰囲気のなかで行われてきた。

 繰り返しになるが、我が地域の学力検査は、一貫して『担任が一人ひとりの子どもの学力を把握し、それを明日の指導に生かす。』目的で実施してきた。だから、冒頭のやまびこままさんの疑問は、けっして素朴ということはない。まったく正当な疑問なのである。

  
〇ところで、我が地域の学力検査についてるる述べてきたが、実は、近年、この様相も少し変わってしまった。

 実施主体が教育委員会に移管されてしまったのだ。


 地方議会で質問があったそうである。

「子どもの学力について、任意団体である校長会に任せて、教育委員会が把握していないという状況は、問題でないのか。」

 ああ。どっかで聞いたようなセリフだね。一部の市民にうける話だ。また、多くの市民も納得してしまう論理だろうね。

 しかし、もう、拙ブログの読者の方にはご理解いただけるであろう。

 
 学力検査を教育委員会に委ねるということは、作問から採点までの一連の流れを『研究』から『業務』にしてしまうことになる。

 授業に直接かかわらないものが行うのであるから、子どもの学力の保障にもつながりにくくなる。

 今のところ、我が地域の学力検査は、わたしたちのころまでの伝統を保持しているようだが、いつどのような圧力が外部から加わるか、そういう危惧は常に抱えていると言えよう。


 
〇学校の教育力について、

 最後に、特にふれておきたいことは、

 学力検査で測ることのできる子どもの学力は、トータルとしての学力のなかのほんの一部である。

 トータルとしての子どもの学力とは、学習指導要領に示されたものすべてであるが、特に、その冒頭に記されたものを拾ってみても、

『児童の人間として調和のとれた育成を目指し,〜』

『児童に生きる力をはぐくむことを目指し,〜』

『基礎的・基本的な知識及び技能を確実に習得させ,これらを活用して課題を解決するために必要な思考力,判断力,表現力その他の能力をはぐくむとともに,主体的に学習に取り組む態度を養い,〜』

『児童の学習習慣が確立するよう配慮し〜』

『人間尊重の精神と生命に対する畏(い)敬の念を家庭,学校,その他社会における具体的な生活の中に生かし,豊かな心をもち,伝統と文化を尊重し,それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛し,個性豊かな文化の創造を図るとともに,公共の精神を尊び,民主的な社会及び国家の発展に努め,他国を尊重し,国際社会の平和と発展や環境の保全に貢献し未来を拓(ひら)く主体性のある日本人を育成するため,その基盤としての道徳性を養う』

『教師と児童及び児童相互の人間関係を深めるとともに,児童が自己の生き方についての考えを深め,〜』

『児童の内面に根ざした道徳性の育成』

『基本的な生活習慣,社会生活上のきまり』

『適切な体育・健康に関する活動の実践』

『生涯を通じて健康・安全で活力ある生活を送るための基礎』


 かなり欲張ってはいるが、これらはすべて、学力なのである。

 それなのに、ああ、それなのに、今の日本社会の風潮は、全国学力調査に示されたものだけが学力であるかのようだ。


 学校の教育力といった場合、くれぐれも、トータルとしての学力観にたってほしいものである。

 同調査のランキングのようなもので一喜一憂することが、いかにむなしいものであるか、改めて言うまでもない。

 
 簡単に言ってしまおう。

 授業が充実し、子どもたちが張り切って自己実現を図り、学級生活が盛り上がりを見せているなら、おそらく、上記学力の大部分はクリヤーされているとみていいのではないか。


 最後に、そうした授業をひとつ紹介させていただこう。特にお断りしておきたいが、初任者の授業である。

    今のわたしには安心できる解き方だよ。

 
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〇我が地域の学力検査について、国の全国学力調査から、学ばせていただいた点が、一つあります。

 それは、同調査が文章表記の解答を多用していることです。

 もちろん、これは、PISA調査の影響なのですが、こうした作問を我が地域ではしていませんでした。採点がむずかしくなるというのが理由でしたが、今、振り返ると、これは大きな反省点であると言えるでしょう。

 わたしも、採点の仕方など、学ばせていただきました。
  
 
〇我が地域の全国学力調査に対する態度ですが、今年度、抽出された30%以外に、希望した学校はまったくありません。わたしは、それでよかったと思っています。

 自信をもって言えますが、我が地域の場合、我が地域の学力検査の方が、よほど信頼度が高いのです。屋上屋を重ねる必要はないという考えです。まして、ランキングなどとは無縁です。

 なお、調査の結果ですが、昨年度までの悉皆においても、我が地域は、活用問題に強いという傾向を示しています。


〇全国学力調査の目的も、もう一度、原点に戻って考えていただきたいものです。真に子どもの学力の向上につながるような調査であってほしいもの。同調査で測れる学力はほんの一部に過ぎないのだけれど、でも、正しい運用がなされるなら、同調査で測れない部分の学力にもいい影響を与えるに違いありません。
 

rve83253 at 20:33│Comments(12)TrackBack(0)教育観 | 全国学力調査

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この記事へのコメント

1. Posted by 佐倉つか   2010年09月06日 22:55
いつもブログを拝見しています。
これだけの内容でブログを続けられ、教育に関するご意見を発信されること、そのご努力に驚嘆しております。
全国学力調査が、子供たちの成長にほとんど関係なく、教員や学校を競争させる道具として、またブログで指摘されているように教育行政や外部情報産業に委託できる「業務」として扱われていること、教員として保護者に大いにわかってほしいところです。

先生のブログに勇気づけられています。
2. Posted by toshi   2010年09月07日 06:17
佐倉つかさん
 ご愛読賜るとともに、大変なおほめの言葉をいただき、厚くお礼申しあげます。ほんとうにありがとうございます。今後とも、よろしくお願いします。
 「任意団体に任せてしまって、教委が子どもの学力を把握しなくていいのか。」
 「把握しないでおいて、的確な教育施策がとれるのか。」
 きれいな言葉、簡単に納得してしまうような言葉にだまされてはいけないと思うのです。
 『学力とは何か。』も含め、わたしたちは、市民の皆さんへの説明をしてご理解いただかないといけないのではないか。そう思います。
 
3. Posted by ハッター   2010年09月08日 12:21
TOSHI先生こんにちは

 お久しぶりです。ずっと記事は読んでいたのですが、コメントするのは久しぶりですね。

 うちの子供も6年生のときにこのテストを受けました。教頭先生が昔にあった学テ闘争という出来事について言及し、とても心配されていたことを思い出します。テストの結果については参観日の後の保護者会で教務の先生から結果と分析のようなものをうかがいました。それについて、母親の多くは、”とても他人事のような言い方でがっかりした。”という感想でした。私は、全国ランクのとても低い地域なのに、先生達が少しもくやしそうだったり、異論がありそうでもないのが残念でした。

”これが子供達の真の学力を測っているのではないとお考えだから距離をとっているのですか?”と、うかがうと”そうだ”との返事でした。

 保護者会では、先生達は場を和ませようとするジョークを沢山織り込まれて保護者を良い気持ちで帰らせようと、気遣いをいつも感じます。でも、ときどきはもっと深いお話をしてほしいと思うときがあります。そういう相手として認められていないのだろうかという気持ちになることもあります。

 TOSHI先生は実際にモンスターもいる保護者に対するときも丁寧な説明やご自身の教育理念を伝えるようにしていらっしゃるのですか?
4. Posted by 伊藤   2010年09月08日 22:36
社会科の構造的欠陥は小中高で同じことを繰り返しているところでしょう。

経験上、小中でできなくても大学受験で挽回できてしまう。
数学や国語は積み重ねであるとするならば、社会科は積み重ねというよりは刷り直しに近いです。中学ではマホメットが正解が高校になるとムハンマドに名前が変わることもおかしい。社会科に関してはちょっと違和感があるこの頃です。
5. Posted by toshi   2010年09月09日 05:49
ハッターさん
 お久しぶりです。いつもご愛読賜り、厚くお礼申しあげます。ほんとうにありがとうございます。
 教頭先生が心配されていたというのは、またむかしのように学テ闘争が再現されるのではないかという心配だったのでしょうかね。まあ、もう時代が違いますから、その心配はいらなかったでしょうね。
 『他人事のような言い方でがっかりした。』というのは、さきにりんどうさんからいただいたコメントを思い浮かべました。やはり、学校の姿勢が問われるところでしょう。
 『真の学力を測っているのではない。』という意味が、『学力の一部しか測れない。』という意味ならその通りですが、一部にしろ測ってはいるのですから、そのなかでは、真剣に対応策や向上策を練ってほしいもの。それが教員の指導力アップにつながるわけですし、ひいては、本記事の末尾に書かせていただいたように、測れない学力にまでいい影響を与えるのだと思います。
 保護者会について、まあ、言ってみれば、軽いのでしょうね。真剣に子どもの学力の向上について考えているとは思えないということなのでしょう。わたし、その様子が目に見えるようです。確かにがっかりしてしまいますね。よく分かります。
6. Posted by toshi   2010年09月09日 05:50
 toshiはどうだったのかというお尋ねです。
 はい。いつも真剣でしたよ。こちらが真剣であればそれは保護者、地域にも、教員にも、そして、子どもにも伝わります。
 ちょっとお尋ねの事例とは異なりますが、一つの過去記事のURLを本コメントのtoshi欄に貼り付けました。よろしかったらご覧ください。
 わたしは、保護者、地域の要望も、真剣に受け止め、できることは受け入れました。そうした事例です。
 最後にモンスターペアレントについてですが、わたしは、校長時代、そういう保護者に遭遇したことはありませんでした。まあ、現象的にそう見えてしまう保護者はいましたが、それは心の病がそうさせているのだと思っていましたから、例外とさせてください。
 遭遇したことがないということは、もしかしたら、真剣な雰囲気が伝わっていたからかもしれません。
 


7. Posted by toshi   2010年09月09日 06:22
伊藤さん
 学習内容的には、一部、そういうことが言えるでしょうね。でも、小学校は、社会事象を大事にし、具体的な事例をとり上げますので、思考力、判断力、資料活用力などという観点を大事にすれば、それはやはり、積み重ねだと思いますよ。
 より具体的に言えば、伊藤さんは、歴史的事象の学習をおっしゃっているのでしょう。歴史は小学校から、通史的扱いをしている例が多いと思うからです。でも、小学校の場合、ほんとうは通史的扱いではないのです。
 学習指導要領にも、『児童の興味・関心を重視し,取り上げる人物や文化遺産の重点の置き方に工夫を加えるなど,精選して具体的に理解できるようにすること。』とあります。
 地理的内容については、伊藤さんがおっしゃるようではないでしょう。小学校においては、北海道から、順次、東北、関東・・・などという扱いはしていないからです。
 最後に、拙ブログには、『社会科学習への誤解』シリーズがあります。それを紹介させていただきましょう。URLを本コメントのtoshi欄に貼りつけましたので、よろしかったらご覧ください。思考力を養うことを大切にと訴えています。これをご覧いただくと社会科も積み重ねとご理解いただけるのではないかと思います。
 
8. Posted by ハッター   2010年09月09日 12:16
toshi先生レスポンスをありがとうございます。

まず、前回のコメント中で、先生のハンドルネームを大文字で表記してしまい失礼しました。

リンク先読ませていただきました。とてもよい信頼関係で学校とPTA、保護者が結ばれていて子供達のために機能しているのですね。

また、toshi先生は、理不尽な保護者からのクレームが無かったことについて、
”もしかしたら、真剣な雰囲気が伝わっていたからかもしれません。”
と書かれていますが、確かに、その影響は大きいのではないかと思いました。

子供が中学生になって、小学校での教育の大切さに気付かされることが多々あります。それは、基本的な生活態度だったり、集団生活でのマナーであったりです。そしてそれはきちんと学習できる環境の基盤になることですから、とても大切なのだと思いました。

toshi先生、これからも応援しています。
9. Posted by toshi   2010年09月10日 00:12
ハッターさん
 過去記事をお読みいただき、ありがとうございました。
《子供が中学生になって、小学校での教育の大切さに気付かされることが多々あります。それは、基本的な生活態度だったり、集団生活でのマナーであったりです。》
 そうですね。それを学校サイドからみると、中学校の生徒指導は、地域、家庭教育のしつけ等の実態によるだけでなく、小学校6年間の積み重ねがあるか否かによるところも大きいということがいえると思います。
 いろいろありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。
10. Posted by やまびこまま   2010年09月10日 11:02
toshi先生
コメントをとりあげてくださり大変恐縮しております。
我が子は高3と小5ですから、全国学力テストを受けたことがなく、また通学校でも実施しているのかしていないのかというお話もないので、新聞にランキングが出ても実感がないというのが正直なところでした。先生のブログでたくさん勉強させていただきありがたく思います。

今回のtoshi先生の地域で行われている学力検査について
の記事を興味深く読ませていただき、感動しました。
実際に子どもたちを見てくださっている先生方による作問と結果による授業研究。まさに理想的な教育環境ではないかと羨ましい思いです。
一般的に、何事も規模が大きくなると内容はあいまいなものになりやすいのではと感じておりましたので、今回の記事はまさにその答えが出たように思いました。
魔法のような言葉によって主体が移ったことで、長年にわたる現場の先生方の努力によってできた伝統を「とんび」にさらわれた、とならないよう、今後よい協力体制が作れるとよいのですが。
学力テストは全国統一ではなく、もっと地域に根ざしたものでいいような気がしますが、そうなると「国はなにをやっている!」となるのでしょうね。

マスコミによるランキング付けは、学力テストだけではありません。「東大に何人合格したか」、なんて週刊誌記事は風物詩にさえ感じます。大事なのは、そんなものに振り回されることなく、本当の学力とはなにかを真に理解し、子どもたちに伝えることでしょう。保護者も勉強しなければいけません。
11. Posted by toshi   2010年09月11日 06:03
やまびこままさん
 《一般的に、何事も規模が大きくなると内容はあいまいなものになりやすいのではと感じておりましたので、今回の記事はまさにその答えが出たように思いました。》
 そう。一般論としてそれはあるでしょうね。でも我が地域の学力検査の事例は、大きいからこそできるとも言えそうです。
 社会科学力検査の思考問題によって、多くの教員に、『ええっ。我が地域にそんな社会事象があるのか。』と、目を開かせる効果もありました。こういうのは教科書には載っていませんので、そういう意味での啓発にはなったと思います。
《学力テストは全国統一ではなく、もっと地域に根ざしたものでいいような気がしますが、そうなると「国はなにをやっている!」となるのでしょうね。》
 そうです。その通りです。ちょうど我が地域の議会で、『子どもの学力を教育委員会が把握していなくていいのか。』と言われたのと、軌を一にしています。
 考えてみれば、不思議です。これだけ地方分権が叫ばれる時代に、学習内容だけは中央集権でいいと、あるいは、中央集権でないとだめだと、多くの市民も交え、そう信じているかのようです。
 『戦前に戻りそう。』とまでは言いませんが、確実に画一化が進行するでしょうね。
《マスコミによるランキング付けは、学力テストだけではありません。「東大に何人合格したか。」なんて週刊誌記事は風物詩にさえ感じます。》
 そう。このことを痛烈に批判したブログがあります。わたしはこのブログを拝読したとき、快哉を叫んだものでした。もう何年も前の記事ですが、紹介させてください。
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20070425/1177481224

12. Posted by かげちゃん   2010年10月28日 20:58
コメントさせていただけますか。

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