2010年09月10日

3学期制に戻したおかげ!?

PA0_0918 近年になって、この時期、思うことがある。

 退職して早6年目。今は初任者指導の毎日だが、初任者の学級に入って思うのである。

 『夏休み明けだけれど、子どもたちが落ち着いているなあ。』

 それが毎年のこととなると、何か感じざるを得ない。いいことには違いないが、これは何なのだろうと。


 先日のこと。職員室でこのことを話題にした。教頭先生に言う。
「いかがですか。夏休みが明けて今日まで、子ども同士のトラブルが職員室に持ち込まれるということはまったくなかったのではないですか。」
「はい。・・・。ああ。そう言えばそうですねえ。ないです。」


 実は、この話の直後、一人の担任が子どもを連れて、『校長先生。』と言ってきた。二人の表情を見て、『ああ。これは、なにか、トラブルがあったな。』と思わせるに十分。それで、教頭先生とわたし、顔を見合わせて、表情だけでの大笑いとなったのだが・・・、


 話を続けよう。

「初任者の学級に入っても、子どもたちは、けっこう落ち着いていて、楽しそうに過ごしているのですよ。この猛暑にもかかわらず・・・です。」
「ああ。それはよかったです。うれしいわ。ほんとうに暑いですものね。毎日。」
「それにしても、この時期の学級の落ち着き、親和的雰囲気というのは、不思議と言えば不思議なのです。」

 そうしたら、教頭先生に、「あら。まあ。」と、すっとんきょうな声を上げられてしまった。


 『しまった。』と思ったわたし。

 わたしには、教頭先生のすっとんきょうな声のわけがよく分かった。それは、おそらく、
 『あら。まあ。学級が落ち着いて、みんな、仲良さそうなら、すばらしいことじゃないですか。2人の初任者の学級経営のおかげでしょう。それをなぜ不思議がるのですか。』
ということであっただろう。


 あわてて『初任者の指導力』をわたしも強調したが、あとの祭りの感、なきにしもあらず。

 でも、そもそも、不思議がったわけは・・・、冒頭書いたように、近年の傾向と感じていたことと、

 もう一つ。わたしには、自分の経験からくる、一つの思いがあったのである。



 わたしの担任時代は平成3年度まで。それまでと今とで、何か違うのだ。


 わたしの担任時代、この時期は、やや学級が荒れるのが通例だった。

 どういうことか。


 このことについて、時代はさらにさかのぼるが、我が亡父の、昭和20年代の実践記録を紹介させていただこう。時代が時代だけに、『夏休み明けの学級の荒れ』について、それが極端なかたちで書かれている。

 今、リンクさせていただくとともに、当該部分を抜き出してみよう。

    温故知新(5) 父の実践から

 記事のなかほど、『電車ごっこ展開の計画と実践』の『4.この単元を設定した理由』の『(5) 生活指導の立場から』の『ロ』の冒頭にある。

 そこには次のように記されている。


 『家庭のしつけが不十分なためか、一学期に苦心したしつけも夏休みを終わるとすっかりもとの野性に立ちかえっている。秋に入って身体活動がますます旺盛になり、これに加えて運動会の練習やらで、落ち着かない一ヶ月を送ったので、いっそう粗暴さが見えてきた。そこでこの運動場せましと駆け回っている野性的な子の活動意欲をそのままにし、おさえないようにして、これをしだいに集団的な学習生活の態勢へとうまく引き入れて、粗暴性だけを取り除いていく方法をとりたいと思案した。』


 ねっ。今、70歳前後のおじいさん、おばあさんの子ども時代は、こんな感じだった。

 このころは敗戦直後で、日本人はみんな貧しい貧しい暮らし。食糧確保が何よりも切実だった。買い出しなどでその日その日の暮らしに追われ、とても子どものことなどかまっていられなかった時代である。子どもは子どもで、たとえ都会地の子どもであっても、自然豊かな野山(焼け野原も含めて)で、ガキ大将を筆頭に、思う存分とびまわっていたであろう。
 だから、『家庭のしつけが不十分』といっても、それは当然のこと。それだけに、この夏休み明けという時期の『荒れ』の本質をご理解いただくには、都合がいいことと思われる。



 ついでと言っては何だが、

 本記事のテーマとはまったく異なるが、こうした昭和20年代にどのような教育がおこなわれていたか、それをご理解いただくには、本リンク先は、格好の記事である。興味と関心のある方は、ぜひ、ご覧いただきたい。


 ごめんなさい。

 話を戻して、わたしの担任時代は、日本の高度経済成長期だったから、上記、時代とは根本的に時代相が異なる。

 だから、夏休み明けの学級の荒れは、わずかにそうした傾向をみせるくらいの程度であった。でも、
 『なんか、夏休み前の学級のまとまりというか、親和的な雰囲気というのは影をひそめてしまったな。もう一回学級づくりから始めよう。』
 そうした思いにはなった。


 それが今は、逆に、この時期、学級のまとまり、親和的な雰囲気を感じるように変貌している。

 これって何なのだろう。


 
 さあ。それでは、考察だが、

 以下は、わたしの主観とお断りしたうえで・・・、こんなことが言えるのではないか。


・よく考えれば、

 家庭教育がしっかりしてきた。しつけも行き届いている。だから、夏休みという長期休業中、家庭でずっと過ごすからといって、子どもの生活がくずれることはない。むしろ、逆に、よくしつけられて、2学期を迎えることになる。


・ふつうに考えれば、

 今はほとんど核家族。それに、先日のシリーズに書かせてもらったように、人間関係が希薄化した時代。夏休み中は友達と遊ぶこともほとんどない。親、兄弟とばかり過ごす。

 だから、子どもは自然に学校が始まるのを待ちかねる。学校が始まり、友達とふれ合えるのは喜びだ。それで、親和性が高くなるのではないか。


・・・。悪く考えれば・・・、(一部保護者の方、ごめんなさい。)

 これは、かつて拙ブログにいただいたコメントから、思うことである。わたしも同感なのである。

 それは、

 リンク先のコメント、KGさんからいただいたものだが、3・4番が深くかかわる。

 つまり、『どうも最近の親は、(我が子に対し、)やってはいけない事の幅が大きすぎるのではないかと思います。』とのこと。

 簡単に言ってしまえば、『しめつけがきびしい。』ということだね。その結果、そういう家庭の子どもはのびのびできない。それで、より強く学校の始まるのを待ち兼ねるようになる。

 もっとも、このKGさんのコメントは、『だから、学校で羽目を外すようになる。』というように、まったく逆の結論になってしまうのだが・・・、


 そんな理由が考えられる。実際は、それらがからみ合っているのであろう。


 ごめんなさい。

 ここまでは、標題と何も関係がないまま話が進んでいますね。



 上記、職員室での、教頭先生との話には、続きがある。

 話の途中で、学校ボランティアの方が職員室に入ってきた。この方は、正規の教員ではない。理科の授業、おもに高学年の実験の際の補助員として委託されている方で、地域にお住まいの方である。そして、小学生のお子さんの保護者でもいらっしゃる。

 その方が、わたしたちの話に入ってこられた。

 「我が子の学校もそうですが、こちらの学校も、今年から、3学期制に戻しましたよね。それが大きいのではないでしょうか。というのは、夏休み前に、通信表がわたされましたでしょう。それによって、親子でじっくり話し合う時間がとれて、夏休み中、しっかりめあてをもった生活が送れたように思うのです。

 去年までは、通信表が夏休み前になかったものですから、なんか、休み中の生活がダラダラしてしまったように思うのです。」


 そうか。

 言われてみれば、それは確かにあるなあと思った。


 ところで、

 我が地域は、今年から3学期制に戻してもいいことになった。今年はほんのわずかの学校が戻したにすぎないが、我が勤務校は3学期制になった。

 まあ、先ほどからるる述べているように、『子どもたちの落ち着き』『親和的雰囲気』というのは今に始まったわけではないから、3学期制が主要因とはならないだろうが、落ち着きや親和的雰囲気をますます強める効果はあるかもしれない。

 学校ボランティアの方の話をうかがいながら、そんなことを思った。



 ふり返ってみれば、我が地域で2学期制をとり入れたのは、我が現職の最終年度だった。

 理由は、授業時数をふやすため。

 しかし、リンク先新聞記事にもあるように、そんなに時数は増やせなかった。初めから分かり切った話だったのだけれどね。


 学校自由選択制といい、この、2学期制といい、教育委員会の一部メンバーの恣意的な考えが、学校現場をふり回すかたちとなったわけだ。

 やはり、教育施策の実行には、現場の声を聞かないとね。いや。保護者の声も聞かないといけない。

 夏休み中の生活がガラッと変わってしまうのでは、その影響は大きいと言わざるを得ない。


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 もっとも、わたしの現職最後の年、我が地域は、2学期制をとり入れるにあたって、そのしわ寄せが夏休みに来ないよう、最大限の配慮はしたのです。

 担任、保護者、子どもとで三者面談を実施したり、数日ではありますが希望する子の学習の面倒をみたりしました。しかし、その効果のほどは定かではありませんでした。


 わたしには内心、忸怩たる思いがあります。

 校長という職務上、教育委員会が決めたことではあっても、それをできるだけ前向きに受け止め、2学期制にする理由を考えました。

 そして、わたしが一番強く説明させていただいたのは、


 学校5日制で土曜日が完全に休みとなった結果、3学期の授業日数がものすごく減ってしまった。50日くらいしかない。なので、単独の学期として維持していくのが困難になった。

 というものでした。

 今、ふり返ると、なんかむなしくなってしまいます。

rve83253 at 10:19│Comments(19)TrackBack(0)保護者 | 学級経営

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この記事へのコメント

1. Posted by 伊藤   2010年09月10日 22:20
夏休みというとラジオ体操に励みましたね。小学校の間は毎回判子をつく係とかしながら、六年間やりました。
夏休みは他県と比べて二週間短かったので代わりに農繁期の秋休みに2月の寒中休みが一週間ありました。
私からすると三学期はいつも短く、中学も高校も短かったような記憶があります。

授業時間復活の為に東京都は土曜日を特別に復活させてますし、私学はいまでも土曜日をしている学校もあります。
日数を稼ぐとなると結果的に行事を削らざるを得ず、行事によって地域の方が学校を訪れることも減るとそれも困りますね。
2. Posted by toshi   2010年09月11日 06:26
伊藤さん
 《授業時間復活の為に東京都は土曜日を特別に復活させてますし、私学はいまでも土曜日をしている学校もあります。》
 わたしは、これからの学習指導要領の授業時数増の問題も含め、『相変わらず効果のないことを一生懸命やっているな。』という思いを抱いています。
 世界の国々の教育施策を比較検討したPISA調査が、『授業時数と学力は無関係』と結論を出しているのに、そこから学ぶ気はまったくないようです。
 そして、結果的に、行事の時数減など、子どもの学校生活にも悪影響を及ぼす可能性が強まるのですね。
 こまったものです。
3. Posted by みーやママ   2010年09月11日 15:45
はじめまして。

小学生の子をもつ母として、また、現場で働く末端の一人として・・・。

ただただ忙しくなるばかりの現場、2期でもいいんじゃないかな。とは個人的に思ってしまいます。

今の勤務市は、3期制の成績処理ソフトがあり、最終的にはみんながそれを使わないといけないことになっています。なんだかなぁ。です。

母として二人の子供が通知票を持って帰ってきて、
先生方お疲れさまでした。とは思うものの、数秒眺めた程度です。
恥ずかしながら、話し合って、夏休みの過ごし方を・・・。はしていません。

先生、2期も間違っていなかったと思いますよ。

4. Posted by yoko   2010年09月11日 23:09
夏休み中、学生時代の友人達と久々に集まったのですが、話しはもっぱら子育ての事。2学期制も話題になりました。友人の学校は今年度から2学期制になったらしく、通知表なしで夏休みに入るのでしまりがなく、どうして移行したのか理由がわからないと言っていました。2学期制は不評みたいですね。2学期制でも、秋休みのある学校とない学校もありますし、通知表の代わりに補助簿を出す学校もありますよね。うちの子は両方を体験しましたが、親としてはどちらでも構わないです。通知表を見なくても苦手分野は本人が一番わかっているでしょうしね。それに一口に通知表といっても、所見(先生の文章記述)の多い自治体と全くといっていいほど所見がない自治体があるので、後者の場合みーやママさんが書かれておられるように『数秒眺めるだけ』になってしまいますね。いっそのこと夏休み前後でわけてしまえばいいんじゃないかとも思いますが。
何事にも一長一短ありますから、せめて政策をくるくる変えずにすむように、数十年先を見通して欲しいものです。混乱を招くだけになりそうです。
5. Posted by toshi   2010年09月12日 14:16
みーやママさん
 ううん。いろいろなお気持ちがあるのですね。一言では言い表せませんね。
 ただ、あとのyokoさんのコメントにもあるように、どんな通信表が渡されているのかにもかかわるでしょうね。所見の記述がまったくないという通信表を出している地域があることをわたしは知っています。それだと、やっぱり、『親子でじっくり話し合う時間がとれて、〜。』とはなりにくいでしょう。
《今の勤務市は、3期制の成績処理ソフトがあり、最終的にはみんながそれを使わないといけないことになっています。なんだかなぁ。です。》
 ご承知のこととは思いますが、通信表は元来学校の責任で学校が決めて出すものです。したがって、『市のソフトを使わなければいけない。』のではなくて、学校が『市のソフトを使うようにしよう。』と決めたのではないでしょうか。
 それとも、こんなところにまで、教育委員会の統制がきいているということなのでしょうか。もしそうなら、それは越権行為とも言うべきものです。最近はこういう事態が全国各地に多いので、もしそうなら、やはり、『なんだかなあ。』ということになりますね。

 
6. Posted by toshi   2010年09月12日 15:03
yokoさん
 今、この時期から2学期制をとり入れるところもあるというのは、初めて知りました。記事中にも書きましたが、休み中の三者面談とか、個別の学習指導とかもないのでしょうかね。それだと、長い休みですから、確かにダラダラしてしまうでしょうね。通信表の中身のこととか、いろいろありますから、一概に2学期制云々は言えないですね。
《何事にも一長一短ありますから、せめて政策をくるくる変えずにすむように、数十年先を見通して欲しいものです。混乱を招くだけになりそうです。》
 これが一番困ったことですね。今、そうした事態が多すぎます。客観的な分析なくして、一部えらい人(?)の恣意的な判断でたいして意味のないことを実行するのはやめてほしいですね。
 今、振り返ると、学校5日制導入が、その口火を切ったように思います。
7. Posted by 古山明男   2010年09月13日 06:57
 私は、子どもの自発性をなによりも尊重しますという私塾で、子どもたちといっしょに戯れて、すこし算数を教えるような塾をやっていました。そこでは、春休みや夏休み明けだと子どもたちが落ち着いていて、勉強を教えることができました。
 学校の先生にそのことを話すと、「休み明けは荒れる」というので、うちとは逆だと不思議に思っていました。

 私の印象では、休みのあとは子どもたちが自分の感受性を取り戻していました。十分に自分に根ざしたので、大人の言葉の揚げ足を取ったり、引っかき回したりしないで済むのだと思えました。
 
8. Posted by toshi   2010年09月13日 08:55
古山明男さん
 うわあ。塾の先生から見ても、本記事と同様なことが言えるということですね。わたしだけの思いではなかったのだという意味で、すごく得心がいっています。
 ただ、心中複雑です。
《休みのあとは子どもたちが自分の感受性を取り戻していました。》
 これは、家庭が子どもの感受性を大切にしていることを示しているのでしょうね。もちろんそのこと自体はすばらしく、学級経営が盛り上がるという意味でもありがたいことですが、反面、学校は何をやっているのだという思いにもなります。
 古山さんのおっしゃる、『大人の言葉の揚げ足を取ったり、引っかき回したりしないで済む。』は、言われてみれば、その通り。わたしも実感しているところです。
 ただこういうのって、統計などあるわけないですし、地域による違いもありそうです。
 
9. Posted by やまびこまま   2010年09月13日 10:19
我が家の子どもたちの場合、夏休み中は毎日学童保育に通い、朝1時間の勉強時間を終えるとあとはただひたすらに遊ぶ、という生活をおくります。学童が住宅地の中には貴重な神社境内にあることから、みんな「野性を取り戻すかのように」泥んこになって遊びます。もちろんけんかもしますが毎日の中で子ども同士うまく折り合いをつけることも経験してきます。異学年の子とずっと一緒ですから、人間関係が希薄化した今の時代にはとても貴重な体験ができ、ありがたいと思っています。

そんな貴重な夏休みですが、来年からは「学校教育のゆとりを確保し、教育活動の充実を目指すため」年間授業数をふやすそうで、夏休み開始が一週間遅くなるとのおたより(教育委員会と校長先生連名)をいただきました。
約十年前、長男が小学生の頃は土曜日の授業を少しずつ減らしていた時期でした。またまた魔法の言葉が出てきて閉口しています。
10. Posted by 伊藤   2010年09月13日 12:34
日本の悪いところかもしれませんが、量をこなせばできるだろう、精神論で勉強を片づけしまう点も問題でしょう。問題があったときに手本を見せるとかアドバイスなどを効果的にできているか、教師を指導していく方にも評価は必要ではないかと考えています。

海外でもドイツ辺りは半日から全日に向けて取り組みを行うことも見られてますが、世界の傾向としては優秀層を教育現場に送り込むことが主体的です。
政府がやろうとしているような6年制より、修士課程博士課程にいる学生を教師にしたり、奨学金、教育ローンを抱える学生を教師にすることで免除したりすることをしていくようです。

現行の専修、1種、2種免許なんかは正直なところ、教師の質を表わすものでもないですし、免許状で給与が変わるわけでもありません。
11. Posted by toshi   2010年09月13日 13:51
やまびこままさん
 そうでした。学童保育や放課後学童クラブがありますね。
 ただ、やまびこままさんのお子さんが通う学童はすてきな環境と指導員さんに恵まれているようで、うらやましく思われる保護者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。ことほどさように、これらは、千差万別です。
《けんかもしますが、毎日の中で子ども同士うまく折り合いをつけることも経験してきます。》
 こうした経験は、指導員さんの、子どもの目には見えない指導力があってこそのもの。それがすばらしいのですね。つまり、子どもは『生きる力』をしっかりと育まれています。
《来年からは、「学校教育のゆとりを確保し、教育活動の充実を目指すため」年間授業数をふやすそうで、夏休み開始が一週間遅くなるとのおたより(教育委員会と校長先生連名)をいただきました。》
 ええっ。驚きました。夏休みが一週間減ってしまうのですね。先の伊藤さんのコメントにもありましたが、新学習指導要領の学習内容増の圧力が、こうしたかたちになって現れるのですね。
 おそろしくなります。

12. Posted by toshi   2010年09月13日 21:30
伊藤さん
 ほんとうに何でも精神論で片付けるのは、いいかげんにやめてほしいですね。合理的、科学的な見方を大事にしてほしいものです。それには、そういう教育を施さなければいけません。
 今、教育論を語っても、まじめに児童心理とか、授業論とかをかわせられない雰囲気があるのはほんとうに残念です。PISA調査などやっているのですから、もっとまじめにそうした報告から学んでほしいものです。
《問題があったときに手本を見せるとかアドバイスなどを効果的にできているか、教師を指導していく方にも評価は必要ではないかと考えています。》
 これはわたしのような初任者指導教員のことを指しているのですね。初任者指導教員にもいろいろあって、学級を担任させる力がないので、やむを得ず初任者指導にまわしたなどという話も聞きます。何ともはや、現体制の矛盾ですね。
 教員免許についてもおっしゃる通りです。こんなものの更新が指導力アップにつながるとは到底思えません。もっとまじめに考えてほしいものです。
13. Posted by 常勤講師   2010年09月15日 10:59
興味深く拝読しました。

私は高校で常勤講師を7年つづけておりますが、夏休みが明けて2学期に入ると…。

「中だるみ」

が必ず起こります。

義務とまた別かもしれませんが、高校生は交友関係も広く、夏休みが明けると変貌する生徒も多く見受けられます。

1年生は緊張感がなくなり、
2年生は目標を見失い、
3年生は現実逃避し、
「中だるみ」という雰囲気になります。

とくに困っているのが授業中の「携帯いじり」「漫画」などです。

個人的には「北風と太陽」だと思っています。規制すればするほど生徒たちはコソコソ遊び始める…反発する…と。

注意するのは当然で、大切だとは思います。しかし、生徒の気持ちを考えると…。

「メールが着た」→「早く読みたい」「返信しなきゃ」
「授業内容がわからないし、つまらない」→「ま、他のことをやるか」

という気持ちの子どもは多いのだろうと思います。

本当に規制するなら、携帯の電源を切らせる、授業前に回収する、など極端な指導になってしまう可能性があります。

難しいな…と思いつつ授業を行っております。

中だるみの雰囲気のなか、どうやって学習内容に興味を引かせるか…本当に悩みます。生徒の力を付けてやるのは最低限の仕事だと思いますし…。

14. Posted by toshi   2010年09月15日 20:30
常勤講師さん
 高校は大変だと思います。というのは、入試制度により、小中学校でいうところの能力別学級編成がさらに強化されるかたちで、学校単位になっているからです。
 拙ブログでは、小中学校における習熟度別編成についてその弊害を何度もとり上げていますが、それがさらに強化されたかたちで存在するのでしょう。

 能力別学校編成が起こす問題は、単なる学力の問題にとどまりませんね。
・日本人は、このシステムが引き起こすであろう日本全体の学力低下に思いを致さなければなりません。能力の高い学校とて決して安泰ではないのです。
・貴コメントにありますように、学力云々以前の問題として、生活態度そのものが崩れています。学力低下論は学力としてではなく、学習意欲低下論として語られなければならないでしょう。
・そして、いかに学習意欲低下を克服するかという次元でとらえれば、それは、教員の指導力アップ策しかないと思います。

 常勤講師さんは、子どもの心を大事にされている点、すばらしいと思います。それだけに、悩みも大きいのですね。
 個人や学校単位では、解決に向かうのはむずかしいかもしれません。でも、学校単位として、子どもの学習意欲を盛り上げる研究をすすめられたケースはあるようです。

 実はそうした高校の取組が、拙ブログに寄せられたことがあります。それを紹介した記事がありますので、本コメントのtoshi欄にそのURLを貼りつけました。よろしければご覧ください。

 常勤講師さんの奮闘、悩み、葛藤などが少しでも、解消に向かうヒントになればと祈るような気持ちです。
 
15. Posted by SZK   2010年09月16日 00:19
前に投稿されている「古山明男」氏の著書は、大変面白かったです。
あと、五味太郎氏の「勉強しなければだいじょうぶ」という本も面白いです。
どちらも、学校システムに対しての提言が書かれていて、今回の記事に合っているかと思います。
お時間がありましたら、ぜひ。
16. Posted by toshi   2010年09月17日 10:23
SZKさん
 本のご紹介、ありがとうございました。
 古山氏は、学校システムにかかわるブログも書かれていらっしゃいますね。
17. Posted by ドラゴン   2010年09月18日 15:22
いつも勉強させていただいています。
前にも書いたかと思いますが、こうしたことは、システムの問題にはできないと思うのです。
国立の附属や私立では、ずっと以前から2学期制にしているところもあります。それで問題が起きたとは聞いておりません。

以前も書いたかと思いますが、大阪の小学校で専科制にして成功したという例がテレビで放送されました。その時解説していた尾木直樹さんが、「専科制にしてよくなるなら、日本の中学・高校は、とっくによくなっている。これは、専科制にしたことではなく、先生が子どもをよくみて、情報を交換して、一生懸命取り組んだ成果だ」と解説されていました。私もその通りだと思います。
制度を変えて、教育が変わるというのは、実際にはむずかしいと思います。

もちろん、授業時数や授業内容の増減は、学力に影響でますが。

不登校問題も、学校のシステムそのものが原因という議論もありますが、私はそうは考えません。不登校者数も年々増えて、大きな問題だと思います。ただ、現時17万人の不登校者数は、すべての児童・生徒約1300万人からすると、約1%です。98%以上の児童生徒は登校している。ですから、一般化できる問題ではなく、特殊な問題として考えるべきです。理由も学校に問題がある場合、教師に問題がある場合、友人関係、家庭、様々でしょう。こうしたことは、システムや制度を変えるだけでは、解決できないでしょう。
18. Posted by ドラゴン   2010年09月18日 15:24
ご参考までに、能力別の問題について一言。
能力度別編成による問題は、海外でも大きな問題になっております。トラッキングと呼ばれています(陸上のトラックのように決められたコースに入ってしまうと、抜け出られない。)実は、日本は比較的それが無い国でした。
http://kaken.nii.ac.jp/pdf/2009/seika/jsps-1/12601/19530746seika.pdf
概要のところで、「平等主義的な傾向をもつ国として称賛されてきた」とあります。
イギリスではいまだに階級社会です。ドイツでは小学校4年生で振り分けられるそうです。
http://www.newsdigest.de/newsde/content/blogcategory/152/117/
シンガポールも顕著です。シンガポールでは、同じ職業についても、でている学校によって給料が倍くらい違います。以前、シンガポールの元教育省の方にお話を聞きましたが、「日本の教育にあこがれ、学びたいが資源の無い国だから人材しかいない。よくないと分かっていても、能力別にせざるを得ない」とのことでした。ちなみに、この方は、以前紹介した筑波大学の教授の授業に感動していました。

韓国では、「英才教育振興法」をつくり、国策として英才教育を進めています。
http://www.t3japan.gr.jp/Workshop/Korea_SpeEdu1.pdf


おもしろい文献として、先にトラッキングで紹介した東大の恒吉先生のインタビューです。
http://benesse.jp/berd/center/open/berd/2008/07/pdf/13berd_02.pdf
「受験」に代わる動機付けとして「自ら学ぶ」という考え方が登場した、とのことです。
19. Posted by toshi   2010年09月19日 17:46
ドラゴンさん
 そうですね。通信表の問題にしても、コメントの5番に書かせていただいたように、どんな通信表を出しているのかということにもかかわりますものね。やはり、長期休業中の生活について親子で話し合うきっかけになるような通信表でありたいと思います。そういうことがあった上で、システムの問題も絡んでくるということでしょう。
 専科制の話は、もう、まさにおっしゃる通りと思います。わたしは、こんなのは邪道だと思っています。専科制によって教員の指導力アップをはかると言っている教育長がいましたが、もっとちゃんとした研究研修で指導力アップを図るのが正道というものでしょう。むしろ小学校においては、児童心理とか児童理解とか研修を積んだ上で、担任と子どもとの豊かな人間関係の構築を図るような、従来からのシステムの方がいいと思います。
 不登校問題も同様です。まあ、特殊とまでは思いませんが、不登校の原因、様態などは、その子その子によって違います。原因を探り、試行錯誤もありますが真剣に取り組み、あくまで、その子に合った方策を考えていくしかありません。
 能力別編成については、ご紹介いただいたHP等、読ませていただきました。もう記事に書かせていただいた通りです。
 これも、さまざまな能力、個性をもった子どもたちが共に学び、考え合ったり協力し合ったりしながら、共有財産としての学力を構築していくという、ただし、そのなかで、一人ひとりの子どもが身につける学力は、多様である場合も多いという、そういう授業観、学力観、児童観を身につけてほしいものだと思います。

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