2010年12月18日

差別に気づき、差別と向き合い、差別を許さない授業の実践(2)

PA0_0019 前記事の入稿では、A小学校長さん、担任のBさんをはじめとして、皆さん、大変喜んでくださっているようである。校長先生は、
「わたしども、日ごろの実践への勇気をいただいた思いです。大変ありがとうございます。そこで、印刷し、全教職員へ配布させていただきたいと思いますが、よろしいでしょうか。」
と、・・・、いやあ、そんなふうにおっしゃっていただいて、こちらこそ大変光栄で、感謝の気持ちを申し上げた。また、Bさんからはさらなる資料提供もいただいており、・・・、そんなわけで、本記事を書くにあたっても、心して取り組ませていただこうと思う。


 本記事は、前記事にひき続き、どのような授業が行われたか。子どもたちはどのように考え問題追求していったか。その概略を述べる。

 
 まず、指導案の本時展開の欄には、

・『本時を迎えるにあたっての子どもたちの思い』が短く明快に示されている。これは、A小学校独特である。わたしは初めてこうした記載を見せてもらったように思う。
 そこには、『(明治政府により)解放令が出たにもかかわらず、(その後も)差別は続いた。制度ができても、一人ひとりの心が変わらないと、差別はなくならない。差別を受けた人たちがどのような行動を起こしたのか気になっている。』と記載されている。

・そうした問題意識をもったうえで、学習問題は、『なくならない差別に対して、人々はどのような行動を起こしたのだろう。』となっている。
 前記事でもふれたが、これは、前時の最後に子どもたちの手によって生み出されたものである。

・そして、Bさんが設定した本時の学習目標は、『一人ひとりの心を変えていくために、差別された人々が団結し、自分たちだけでなくみんなの人権を尊重していける社会を求めて運動を起こしたことに気づく。』となっている。そのために、本時Bさんから示される資料は、『全国水平社宣言』となるわけである。


 読者の皆さんはもうお気づきであろう。

 この三者が一体となっていることを。そして、学習が、子どもにとっての必然性、ストーリー性を大事にして進められていることを。

 あまりにすっきりしているため、ともすれば、別にどうということなく、自然に読み進めてしまいそうであるが、ここには、指導者であるBさんの深い教材研究と、それに裏打ちされた確かな単元観と、子どもの思いへの洞察力を感じ取ることができる。

 
 
 ところで、前時までの学習で、ちょっとふれておきたいことがある。
 
 上記、『本時を迎えるにあたっての子どもたちの思い』のなかの、『制度ができても、一人ひとりの心が変わらないと、差別はなくならない。』についてだ。子どもたちがこうした思いをもつにいたった経過について、前記事ではあっさりと書いただけだったと思うので、ここで特にふれさせていただきたいと思う。それは、『ある老人の日記』をめぐっての話し合いが大きい。

 この資料には、

・明治政府から解放令が出たということで、それまで差別されていた人が、お風呂屋さんに堂々と入っていったり、酒屋さんに買い物にいったりした。
・そして、食事や扱いをよくしてほしいと要求した。
・それを他の客が嫌がった。
・お店屋さんも、『他の客が嫌がるから。』という理由で追い出した。

そんな内容が込められているようである。

 その資料をめぐっての話し合いの概略を記載させていただく。

 まず、Fさんは、『いくら解放令が出たからといって、堂々と入っていくのはやり過ぎだ。調子にのってる。』と発言した。また、Gさんのように、『もともと平民だった人たちは、突然でた解放令で、ついていけなかったのだろう。同じ身分だということに慣れていなかったのだろう。』と考える子もいた。

 それに対して、Hさんたちが、
「そう思うのはおかしい。それじゃあ、転入生がうちのクラスに入って来て『おかわりをしたい。』と言うのを『転入してきたばかりなのだからダメ。』と言うのと同じじゃないか。」
と反論し、それへの賛成意見が相次いだ。
 そして、『要求することは何も悪くない。』『だってもう平等のはずじゃん。』『発言権はある。』『調子にのってると思うのがおかしい。』という方向に話し合いが進んでいった。

 最後に、全員で確認したのは、

『食事やあつかいをよくしてほしい。』と言っていい。でも、『調子にのってる。』と思う人もいる。

ということだった。


 そして、これは、担任であるBさんの想いだが、

 最初に、『調子にのってる』と言ったFさんは、前記事で、『寄り添っていきたい子』としたEさん同様、周囲から恐れられていた存在である。そのFさんが、まわりの子たちの反対意見によって、『発言権があるのは認めるが、自分はそう思っちゃう。』と言うようになった。
 恐れられていたはずのFさんの方が、自説を修正した。これについて、学級の雰囲気の大きな変化と受け止めることができた。子どもたちの成長を感じた。

とのこと。

 これは、前記事にも書かせていただいたが、『流されやすい子たちが、強い子が推す意見に追随せず、だれが出した意見であろうが、ほんとうに良い意見を見極めて、自分の意見を発信できる力が育ってきたことのあらわれだと感じる。』ことのできる一つの場面だったととらえることができよう。
 
 そして、次はわたしの想いだが、Fさんが自分の考えを柔軟にしていくことと、学級のみんなが自説を主張するようになるのとは、どちらが先ということはない。Bさんのどの子も受容する姿勢によって、同時進行的に育まれるものである。



 さて、お待たせしました。それでは、本時の流れを追っていくことにしよう。

 なお、
・わたしの筆記による記録をもとに記載するので、一人ひとりの発言はもっと長く、また、同時に複数の子が話すなどということも起きるから、ちょっと不完全であることは、ご了解願いたい。
・また、Tは、担任であるBさんの言葉、無印は子どもたちの発言だが、特に、『寄り添っていきたい子』としたEさんについては、Eと記載する。



T「差別されてきた人たちの、どんな行動を予想しましたか。」
(じっと書いたものをみながら、徐々に挙手する子が増えていく。)
「差別に苦しむ人がいる。一揆のときのように団結したい。」
「一揆は起こさないと思う。豪快にいけばつかまるので、こっそりと団結する。」
T「どうしてつかまると思うの。」
「鉱毒事件の時がそうだった。五千人に警察官が襲いかかり、乱闘になった。だから、豪快にいけば同じことが起きる。静かに気づかれないように、でも、できるだけ武器も持って集まる。」
T「やっぱり一揆だね。」
「同じ。」
「同じじゃない。団結はしても、訴えに行く。一揆は起こさない。」
「ぼくも起こさないと思う。一揆を起こしても、成功するときもあるが、差別は広がった。振り出しに戻る。」
「一揆も成功する確率はあると思う。差別された人だけではなく、労働でつらい思いをしている人たちも、苦しむのは同じだから、そういう人たちとも仲間をつくって訴えに行く。」
「団結して説得する。」
T「どこに訴えるのですか。」
「国にいく。」
「でも、国は、解放令を出して、みんな平等だって認めているから、国に言ってもしょうがない。」
「国に行くのだけれどね。『解放令を出したのだから、差別する人を取り締まって。』と訴えに行く。」
「差別されている労働者は、工場へ訴える。」
「工場へ言っても、『国を強くするためなのだからガマンしろ。』って言われるよ。」
「もうワンランク上に言いに行かないとだめ。」
「ワンランク上ってなあに。どこなの。」
「国。」
「国だと天皇っていうこと。どの範囲。」
「天皇に訴えるのは無理だと思う。鉱毒事件のときも、田中正造は直訴したけれどダメだった。」 
「結局ムダ。でも、あきらめるわけにはいかない。」
「天皇まではいけない。」
「国会に言いに行く。」
T「この時代の国会は、」
「貴族院と衆議院。」
「国会へ行ったってダメだと思う。みんなお金持ちか華族、士族など身分の高い人でしょう。平民のほとんどは投票権がないから平民の代表はいないし、だから、国会へ行ってもだめ。」
T「差別をなくしたいんでしょう。どうしようか。」
「ぼくなら団結して、苦しい思いを政治家たちに言いに行く。差別をなくしてほしいって。」
「解放令は出たけれど、まだ差別は残っていますよって。」
「そんなこと言っていたって、差別はなくならないんじゃない。」
「えっ。なくなるんじゃない。」

 沈黙が続く。そして、Bさんは、一人の子がお休みしていたため、話し合いについてきていないことを理由として、簡単にこれまでの学習のおさらいをした。

 それを受けて、一人の子がつぶやく。

「だって、平民が差別しているんだよね。」
「平民の気持ちを変えないといけない。」
「だから、平民に対して、『みんなおんなじだよ。』っていっしょうけんめい叫び続けることが大事。」
「政治家はもう差別しないって言っているもんね。」
「平民に差別するなと言ってもらえれば、差別はなくなる。」
「差別されている人と平民との関係なんだよ。だから、国に言ってもしょうがない。」
「でも、そんなことをしたらけんかになる。もとからの平民は解放令を認めたくないんだから。」
「がまんするしかないか。」
「がまんしていたら、だれかが、・・・。」
「やっぱり一揆を起こすしかないかな。」
「だめ。一揆を起こしても、武力じゃ負ける。」
「渋染一揆のときより、きびしさが増えている。」
T「どうしよう。平民に対してなんて言いたい。」
「老人日記にもあった。平民はみんな同じって認めたくない。」
「法律では平等になったけれど、でも、直っていない。」
「がまんする。」
「だめ。がまんは無理。」
E「もし自分だったら、(差別してくる人たちに対して)自分たちのことをどう思っているかを聞く。」

T「資料があるけれど、見たい。」
「・・・。」
「質問だけれど、『一揆を起こす。』までは合っているんですか。」
T「その答えを聞きたいの。」
E「ちょっと待って、考えたい。もうちょっと待って。」
T「それでは、グループごとのフリートーキングにしましょう。」

 5分くらいだっただろうか。フリートーキングが終わって、

「一揆ではないと思う。渋染一揆のときは藩主に言えばよかったのだけれど、今度はそういう権力をもっている人が相手ではないから、起こしてもしょうがない。言うとしたら、平民に言うしかない。」
「差別している人に言っても、・・・。」
「もともとの平民が意識を変えるしかない。」
「それがむずかしい。意識はそんなに簡単に変わるものではない。」
「労働者だって平民なんだから、・・・。」
「差別される人と労働者は別々に生きている。」
「平民に分かってもらいたい。」
「もともとの平民も解放令で平民になった人も、同じ人じゃん。」
「それが一番むずかしい。」
「差別される人が平民に訴えても、みんな平民なんだから、・・・。」
「平民に分からせるって一番むずかしい。」
T「やっぱり資料見ます。」
「見る!」
「ええっ。」
「くやしい。」
T(配付用資料をもちながら)「みんなの前で読みました。このメッセージを。」
E「え?何?平民に?誰に?」
T「読んだら分かると思うよ。・・・。一揆も起こさない。天皇に直訴もしない。工場へも行かない。市民の前で読んだの。」
「呼びかけたの。」
「宣言なの。」
T「そう。宣言したんです。」
「自分たちは何も悪いことはしていないよと言いたい。」
「差別に対する思いっていうか、気持ちをまっすぐ伝えている。どれだけつらかったかを知ってほしいっていう気持ち。」
T「見る。読む。」
「うん。自分で読みたい。」
(Bさん。全国水平社宣言を平易に書きなおしたものを配布。)

(全員が読み終わって、)
「自分たちの思いを書いている。」
「予想と違って、自分たちにも言っている。」
「平民へ言うよりも、自分たち仲間へ言っている。」
「そう。差別されている人たちに言っている。」
「仲間たちへの手紙。」
T「どの辺で分かるの。」
「最初に、『仲間たちよ。』って言っている。」
「差別されてきた人たちへのメッセージ。」
E「『これからどうしたらいいんですか?』ってことを言ったのではないか。」
「このままではだめだと言っている。」
E「国とかに無視されたこと。くやしかったとか。」
「なんか、その、何て言うの。堂々と人間を尊重すること。」
「勇気が出るみたい。」
「人に任せず、自分たちでやらなくっちゃいけない。」
T「どんな行動をとるって感じた。」
「・・・。」(しばらく沈黙が続く。)
T「むずかしいか。分からない。この資料、役に立たなかったかな。」
「ううん。」
「いやあ。これは、みんなに言って、団結しよう。リーダーシップを発揮して〜しようっていうことが書いてある。」
「みんなが団結はしただろうけれど、どんなことをしたかは分からない。」
「ちょっとびっくりした。『これまでの差別をなくす取組にはすべて満足できない。自分たちでなくては、そういう取組はできない。』と言っているみたい。」
「今まで差別の学習で、わたしは、差別されてきた人たちに同情する気持ちばかりだったので、差別されてきた人たちの気持ちは分かっていなかった。それで、この時代もそうだったみたいだから、この宣言の後、差別されてきた人たちがどのように動いたのかが気になる。」
「この宣言で、差別がなくなったのか、知りたい。」
「社会はどう変わったか。」

T(『宣言が出て、差別はどのように変わったか。』と板書する。)「それでは、今日の授業で分かったこと。分からなかったことなどをノートに書いてね。」


 さあ。ここまで、一気に書いてしまった。


 それでは、ここで、子ども向けに直した、『全国水平社宣言』の全文を記載させていただこう。


 1922(大正11)年3月3日

 全国各地にいる差別をされてきた仲間たちよ。団結しよう。
 長い間差別され、しいたげられてきた仲間たちよ。
 1871(明治4)年に身分解放令が出されて、わたしたちの身分が平民になってから半世紀が経過した。
 その間、さまざまな方法と多くの人々によって、我々を救おうとする対策がとられてきたが、
 それらは少しもよい結果をもたらさなかった。

 それはなぜか。

 それは、差別される立場にあるわたしたちも、そうでない人たちも、人間を尊敬することを考えなかったからである。
 そして、差別されてきた人をあわれんだり同情したりする考えしか持たず、気の毒な人たちを救ってあげようとか、一段高いところから恵んでやろうとすることが、
 差別をなくすどころか、かえってわたしたちの仲間をみじめな思いにさせ、人間としての誇りをも奪ってきた。
 それを考えると、今こうして、差別される立場にあるわたしたちが立ち上がり、人間を尊敬することによって、自分たちを解放しよう、差別をなくそうとする運動を起こすのは必然である。

 仲間たちよ。

 わたしたちが自分のことを誇りに思える時がきた。
 わたしたちはもう、自分たちのことを卑屈にする言葉や臆病な態度やふるまいによって、祖先を傷つけてはいけない。
 あきらめや泣き寝入りはもうやめよう。正々堂々と、誇り高く、胸を張っていこう。
 もしあきらめたり、屈辱的な態度をとるようなことをすれば、それは人間の尊厳を守ろうとする生き方に反するし、人間の誇りを捨ててしまうことになる。

 差別することの醜さに気づかない人々や、
 差別されることのつらさに気づかない人々がどんなにたくさんいるかを知っているわたしたちは、
 そんな世の中の冷たさが、どれほどむごいものであるかを知っているわたしたちは、
 そして、人間をほんとうにいたわるということがどういうことかを知っているわたしたちは、
 わたしたち自身が創ろうとする人の世が、限りない熱と光に満ちあふれたものになることを願う。


 宣言はこれで終わる。


 以下、考察に移らせていただこう。


〇確かにむずかしい。6年生の子どもたちにとって、授業では、ややつっとったような感じの場面もあったが、しかし、ノートには、ほとばしるような勢いで書き込む子が多かった。
 一人だけ、まったく書いていない子がいたが、その子も、何を書いていいか分からないというよりも、『書きたいことがあり過ぎてこまっちゃう。』といった感じだった。


 子どもたちが書いたことについて、あとの研究討議での教員たちの話し合いを要約してみると、

・『自分たちの不満や気持ちを書いているだけでなく、人間はどのようにすべきかが書かれていた。すばらしいと思った。』と書いた子がいる。すごい。こうした感想の交流をぜひやってほしい。
・『差別されてきた人がそのひどさを一番分かっているから、自分たちで動かなければいけない。このままではいけない。』と書いている子がいた。これもすごい感想と思った。意外とよくつかんでいるなと思った。
・自分たちの仲間へのメッセージとして受け止めている子が多かった。
・『宣言に感動したり、勇気づけられたりした。』と書いてあるものがけっこうあった。宣言を読んだときは、それほどの反応はないようにみえたが、心の内ではいろいろなことを感じ取っていたことが分かった。
・大切なことを子どもたちはもうつかんでいると思った。あとは、それをどう価値づけ、ねらいにつなげていくかだ。
『差別って今も残っている。』と書いている子がいた。どんなことが念頭にあるのか聞いてみたかった。


〇次に、Bさんが、『みんなに呼びかけていく運動の尊さに気づいてくれたらと思う。』としたEさんについてだが、Eさんがノートに書いたのは、

 この文を読み上げた人はすごく勇気があってすごいなあと思った。このまわりにいた人々もみんなが心を一つにした。
 団結する力はすごいと思った。心が一つになったときしかこういうことはできないと思った。
 ぼくもこの団結した人たちのように強い心をもって、これからどんなかべにもぶち当たっていきたいと思った。 

だった。Bさんは、『残念ながら達成できていないと思います。反省です。』と言ったが・・・、

 しかし、わたしはそうは思わない。

・確かに表記では、Bさんが期待するセンまでいっているようには見えないが、Bさん自身が、Eさんを、『読解するには時間がかかる子』とみている。

・それに、ノートではその程度だったかもしれないが、本時、Eさんは大活躍ではないか。
 読解に時間のかかる子のはずなのに、宣言を読み終えた後、「『これからどうしたらいいんですか?』ってことを言ったのではないか。」と発言している。少なくとも、『将来の行動への指針』というべきものが書かれていることはつかんだとみていいだろう。だから、Eさんなりにちゃんと読みとっているともいえよう。

・次時は、『宣言が出て、差別はどのように変わったか。』を考え話し合うのであるが、その前提として、『宣言についての感想の交流』はするだろう。本時の最後に書いた感想をもとに、活発な話し合いがなされることと思う。
 そうしたなかで、Eさんだって、『みんなに呼びかけていく運動の尊さ』をとらえていくこと、間違いないように思われる。

・特筆すべきはまだまだある。まず、前記事に書いたことだが、『ある老人の日記』を読んだとき、
「俺たちが遊んでいて、途中から『入れて。』と入ってきたやつに、ルールを変えようとされるとむかつく。そういうのと似ている。」
と発言した。これは、差別する側に想いを寄せたということができよう。そのEさんが、本時においては、終始一貫、差別される側にたった想いを述べている。これは、上記Fさん同様、『学級のみんなの力によって思考の柔軟性を増している。』ということの現れなのではないか。

・もう一つ。Bさんが、「資料を見たい。」と聞いたとき、「ちょっと待って、考えたい。もうちょっと待って。」とEさんは言うのだ。だいたい、EさんFさんタイプの子は、強引といってもいいくらい自己主張を繰り返しても違和感はないはず。そのEさんが、『真理の追求の前に謙虚になっている。』感じを受ける。これも、大いなる変容と言えるのではないか。


〇最後、前記事に、本時の学習問題について、『前時の最後に子どもたちの手によって生み出されたものである。』と書かせていただいた。

 これの具体的な姿が、本授業記録の末尾に示されている。もちろん、ここでは、次時の学習問題の設定がなされるのだけれどね。
 
 読者の皆さんは、ほんとうにあっさりとさりげなく、子どもの手によって、次時の問題が設定されたことに気づかれるだろう。


にほんブログ村 教育ブログへ
 ninki



〇いかがだったでしょうか。ややもすればむずかしい内容で、発言する子も限られてしまうのではないかと思うのですが、ほとんどの子が発言したのには、舌を巻く思いでした。Bさんはじめ全教員の熱い思いが、子どもにのり移ったかのようでした。

 それに、もはや、本時において、『調子にのっている。』と思う子は、皆無でした。だんだん、差別に対する思いも深まっているようです。わたしは、このことは学級集団の人間関係が豊かで寛容なものになっていることと無関係ではないように思います。

〇前記事に、伊藤さんから、コメントをいただきました。リンク先の3番です。『こういった授業を今だからこそ、何とか共有化したいものですね。』とあります。

 そう。本シリーズで、かなり、共有化できるのではないかと思います。こうした実践が多くみられるようになることを期待したいと思います。

〇本シリーズについては、なお、書きたい内容がたくさんあります。ですから、(3)にも続けますね。よろしくお願いします。 



rve83253 at 14:37│Comments(0)TrackBack(0)総合的な学習の時間の指導 | 社会科指導

トラックバックURL

コメントする

名前
URL
 
  絵文字