2011年02月15日

名実ともに、『世界に冠たる授業研究の国』へ、(2)

PAP_0050 ここのところ、とてもうれしい気分になっている。それは、今年に入ってすぐのシリーズ『活性化した日本を!』、また、本シリーズの『名実ともに、世界に冠たる授業研究の国へ』を通じ、励まされるメールやコメントをいただいたからである。

 もっともメールの方は、前記事冒頭に載せさせていただいた。そして、今回は、『“しょう”のブログ』のしょうさんから、以下のようなコメントをいただくことができた。今、転載させていただこう。
 
 『toshiさんは心配されているようですが、授業研究の成果はそれなりの広がりを持って現場(特に小学校・中学校)に定着しているのではないか、と私は考えています。中学校の研究授業を参観したり、保護者として小学校の授業を参観しながら、「問いかけや子どもたちの思考を少しでも深めていくような工夫」を感じることは多いです。』
とのこと。

 そうか。我が地域についてはよく知っているものの、他地域においても、そういうことが言えるのなら、『世界に冠たる授業研究』は、案外、芽吹きつつあるのかなと思い、ほんとうにうれしくなった。


 そう。だから、希望をもちつつ、前記事の続きを書かせていただこうと思う。

 『世界に誇れる授業研究』。それを『日本の伝統』と申し上げたわけだが、その歴史的考察の続きである。そして、最後は、今後の教育への展望を述べてみたいと思う。(ごめんなさい。そうなりそうもありません。後述します。)


 戦後初期、アメリカ直輸入ではあったが、はなばなしく始まった民主主義教育。しかし、それは、日本の独立とともに、あえなく弾圧の憂き目にあうことになった。その辺の事情は、下記リンク先記事にくわしい。

    温故知新(10) 新教育への風あたり


〇やはり、わたしが考えるに、日本人が短兵急過ぎたのではないか。

・弾圧とは述べたが、

 前記事で、ある大学教授の言葉を紹介したように、当初、新教育に強い関心を抱いたはずの国民だったが、昭和20年代も後半になると、マスコミや評論家たちが『六三制 野球ばかりが強くなり』と揶揄したように、学力低下論(くわしくは後述)にくみするようになってしまった。毎度のことだが、熱しやすく冷めやすい国民性が現れたか。

 そう。だから、必ずしも、国の弾圧のせいばかりではない。国民も同調したのである。いや。それにとどまらないね。

 上記リンク先記事の前半部では、『方向転換を迫る声の萌芽は、すでに紹介した、昭和26年度のA小研究紀要にも見られる。』と書いている。が、ここでは、なんと教員の短兵急ぶりをうかがわせる記述がある。
 なお、この文章は、文体のくせなどからして、亡父が書いたものと思われる。亡父の嘆きが聞こえてくるようだ。ご覧いただけたら幸いである。

 亡父の無念な思いは、組合にもぶつけられた。

 元来、民主主義教育を標榜していたはずの組合だったが、こと、この、新教育に関しては態度が違っていた。
 これは上記リンク先記事の後半の文章、『次も父から直接聞いた話である。当時から、教え子を再び戦場に送るなとか、カリキュラムの自主編成をうたっていた組合だったが、こと、この弾圧(?)に対しては、何も助けてくれなかったと言う。』からにくわしい。
 つまり、亡父らが標榜した『子どもを主人公とし子どもが主体的に学ぶ学習』は、国からも組合からも挟撃されたことになる。

 後年、父は、仲良しだった我が地域の組合幹部にぐちったようだ。何気ない雑談だったのだけれどね。
「あのころは、組合も推進していたはずの民主主義教育なのに、ちっとも助けてくれなかったではないか。見殺しにしたね。」
 すると、その幹部は、苦笑いを浮かべながら、
「確かに民主主義教育に対する弾圧に対しては、断固反対すべきだったと思う。しかし、当時、組合には、子どもが主体的に学ぶ教育への不安があった。『子ども主体ではだめだ。やはり、平和教育をおし進めるためには、平和の考え方を徹底して教え込むべきだ。』そういう声が強かったのだ。申し訳なかった。」
と言ったという。

・このときの学力低下論。今のそれと似ているが、違う面もある。

 まず似ている面から。

 マスコミや一部評論家、それに一部教員のグループがグルになってセンセーショナルに国民をあおる。学力低下にしても、道徳性にしても、たいした根拠もなく、多分に情緒的にあおるのだ。そして、まじめな教育実践はかげをひそめさせられてしまう。

 次に、違う面。

 当時は、戦前の教育とくらべていた。皇国史観にのっとった教育、国定教科書による徹底した上意下達の教育。そんなのとくらべていたわけだ。そして、上記皇国史観や国定教科書にはふれず、ただいたずらに知識・技能の低下ばかりを指摘する傾向にあった。

 わたし自身子どもながらによく聞いた言葉がある。
「今の子どもは礼儀を知らない。担任の先生に対しても、まるで友達同士のような口のきき方をする。」
 ありゃ。それなら、わたしだってそうだ。そう思いながら、聞いたものだった。
 そして、修身、道徳教育の必要性を強く叫ぶようになった。学習内容も指導法も、戦前回帰が進んでしまった。

・もう一つ。話は大きくなるが、国際情勢の急激な変化も挙げられよう。米ソの対立をきっかけにして、占領方針は大きく変わった。レッドパージに見られるように、日本の非軍事化、民主化から、共産主義化防止に転換した。そうした風潮も、上記、戦前回帰の教育観への転換の役割を果たしたと言えよう。

・以上、まとめてみよう。

 亡父が紀要で述べたように、新教育が実を結ぶには、10年、20年という歳月が必要だった。
 また、週一時間の特設道徳はないものの、父の実践にもあるように、道徳は、社会科等の子ども主体の学習と関連づけて、子どもに道徳的な価値へのあこがれをもたせながら身に着けさせるという、そういう学習過程を構想していた。

 やはり、じっと腰を落ち着かせて、新教育が実を結ぶのを期するという、そういう世論形成があったならば、その後の教育のあゆみはかなり違ったものになったに違いない。返す返すも残念なことだ。


〇こうして時代は、学習内容過密、教え込みの教育へと移行していく。学問の初歩段階としての知識・技能を習得させる教育、すでに大人がつくり上げた学問の系統を重視し、それを順次教え込むといった、それはすなわち、子どもを受け身の学びに追いやるわけだが、そうした教育が進行していくことになる。

 ここで、わたしが初任だったころの昭和45〜50年当時を振り返ってみよう。喜びとむなしさと、双方味わうことになる。

・まずは喜びの方から

 時は移っても、わたしには、やはり自分が子ども時代に受けた教育の残影があった。そういう研究をしている学校はないか。あれば、そういう学校へ異動したい。そうして、子どもの思い、疑問などを大切にした授業の創造に向けての研究に励みたい。そういう思いがあった。

 幸い、その願いはかなえられることになる。B小学校への転勤となった。B小学校のことは、過去記事に何度も書いているが、今、代表的な記事一つにリンクさせていただこう。

    学級経営の研究へ 問題解決学習の問題点(5)

 当時は、つめ込み、教え込み全盛の時代。それでも、B小学校のような、子ども主体の学習をおし進め研究に励む学校は、細々とではあったかもしれないが、全国にあった。それを紹介した記事にもリンクさせていただこう。

    学習問題とは(4) 社会科全国大会の思い出

 ねっ。こうして『世界に冠たる授業研究』は滅びることなく持続し、『日本の伝統』は維持されることになる。

・次にむなしさを感じてしまった話だが、

 忘れもしない。自分はB小学校に勤務できたが、所属する地域の小学校社会科研究会に行くと、驚くことが多かった。小学校の授業研究会なのに、まったく子どもの話が登場してこない。そういう例が多かったのだ。

 たとえば、提案は日本の農業の単元なのにもかかわらず、授業提案は薄っぺらで、話し合いのほとんどは、『日本の農業の現状と課題』といったように、まったく学習内容のみの話し合いになってしまうのだ。

 『なんだい。この話し合いは。授業をめぐる話し合いではないのか。』もう退屈で、どうだっていいと思ってしまった。指導力アップとは全然結びつかない研究会だと思った。

 今振り返れば、過密な学習内容を教え込む授業だから、これでよかったのだろう。つまり、何を教えるかばかりが優先し、どう教えるかは二の次三の次とされたようだ。

 余談だが、まことに失礼ながら、拙ブログの読者の方は、このころ小学生だった方が多くいらっしゃるのではないだろうか。

 わたしたちは、地域の小社研において、『子どもの顔のみえる研究会にしよう。』を合言葉にはたらきかけた。また、自分自身は、努めてそういう提案をするようにした。おかげで、だんだん、子どもの顔のみえる研究討議ができるようになった。


〇ここで、読者の皆さんは不審に思われるかもしれない。そんな時代に、なぜ、B小学校のような研究が行われていたのか。もっと言わせてもらえれば、『世界に冠たる授業研究』を持続することができたのかと。

 その辺のタネ明かしをさせていただくと、

・世の風潮の影響は受けながらも、学習指導要領は、常に両論併記なのだ。けっして、教え込みないしは、子ども主体の学習一辺倒ではない。

 戦後、ほぼ10年刻みで改訂を繰り返している学習指導要領だが、教育の目的は常に総花的なのである。たとえば、今は、また、学習内容が過密化しつつある時代だよね。しかし、新学習指導要領の総則から、冒頭の一部を抜き書きしてみると、次のようになる。

 『各学校において,児童に生きる力をはぐくむことを目指し,創意工夫を生かした特色ある教育活動を展開する中で,基礎的・基本的な知識及び技能を確実に習得させ,これらを活用して課題を解決するために必要な思考力,判断力,表現力その他の能力をはぐくむとともに,主体的に学習に取り組む態度を養い,個性を生かす教育の充実に努めなければならない。』

 ねっ。なんか、違うでしょう。これからの学習指導要領とは思えない。全体から受ける印象としては、『ゆとり教育』はこれからも大々的に持続するようなイメージだ。


〇おもしろいことに、学習内容過密として紹介した昭和50年代。早くもそうした教育への反省が生まれている。やれ、落ちこぼれだ。やれ、暴力教室だ。やれ、子どもの生活が多忙化しているなど。

 確かに、教育問題が社会問題化する傾向を見せるようになった。

 学習内容の過密だけではなく、教育のゆとりのなさが、こうした社会問題を引き起こすとされた。それは、一面の真理だっただろう。それで、ゆとり教育の時代へと移行していくことになる。

 ゆとり教育は大賛成だ。第一、子どもが生きる、子どもが創る授業となれば時間はかかるのだし、量的にも心理的にもゆとりがないとできるものではない。
 現に、先に述べたB小学校の研究にしても、学習内容過密の時代だったが、それだけに、サブタイトルには、『内容精選を指向しての社会科指導』をかかげ、研究にせい出していた。ゆとり教育などと叫ばれる以前から、一貫してゆとり教育を追求してきたといって過言ではない。

 B小学校の研究は、確かな広がりを見せるようになった。『世界に冠たる授業研究』は、花開くかと思われた。うれしい時代の到来だ。そう思われたのである。


〇しかし、このゆとり教育には、ものすごく多様な副産物が伴っていた。
 もう、読者の皆さんご存知のように、学校5日制、授業時数減、生活科の発足、さらには、総合的な学習の時間もスタートし、そして、近年は英語教育と、めまぐるしい変貌を見せるようになった。


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 ああ。読者の皆さん、申し訳ありません。

 本シリーズは(2)をもって終了の予定でしたが、ものすごく長くなってしまいました。

 これからの教育に向けての展望も書きたい思いでいっぱいです。冒頭述べたうれしいメールやコメント。それがますます広がるようにするためには何が必要か。困難な時代だけに、それを訴えたいと思います。

 そのため、あと一回、続けさせてください。よろしくお願いします。


rve83253 at 17:03│Comments(13)TrackBack(0)教育観 | 教育風土

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この記事へのコメント

1. Posted by かげちゃん   2011年02月15日 17:39
toshi先生、こんにちは。

どうしてゆとり教育や「子どもが主体の授業」を礼賛されるのでしょうか。年代でいうと先生は国定教科書に墨を塗った世代と拝察します。

ブログを拝見すると、マルクス主義に基づいた戦後教育だけ、肯定し、戦前の教育の持っていた素晴らしい部分が全くおわかりではありませんね。

私の両親はもちろん戦前派で、今でも女性の「民事無能力論者」です。

しかし、両親が教えてくれた「教育勅語」の精神は素晴らしいと思います。先生の年代の方は嫌われますが、どこに悪いことが書いてあるでしょうか。

これもお嫌いと思いますが、「戦後レジーム」からの脱却をはからないと、日本は消滅しますね。間違いなく。
2. Posted by YK   2011年02月17日 02:15
まあ今日の教育を考えると、国民総中流の時代が終わり、さまざまな面で階層化が進もうとしている国内の条件と、一方で自動車を初めとして輸出産業の国際競争力が相対的に低下しているという国際的な条件も考慮する必要があるかと思います。

ゆとり教育もミルやバーリンの自由の概念を踏まえて、70年代のダニエル・ベル、90年代のピーター・ドラッカーの議論を取り入れながら今日的な形になったのでしょう、きっと。つまり情報社会と知識社会に適応し、国際社会で通用する人材を育てる。それがゆとり教育の国家目標であれば、私もゆとり教育を全否定することはできません。

しかし、今日は経済面で社会の階層化が進んでいるのか、確かに、教室で無秩序となり、学級崩壊になるケースもあります。私も一度経験しました。その時はすぐに教師に対する侮辱行為、周囲に対する迷惑行為とみなし、罰を与えました。

話が飛んでしまいましたが、子どもの主体性を尊重しなければ、今日の教育はどうしても成り立たないと思います。たかだか1クラスでも、国家が目指す方向性によって自由と秩序の問題への対応は変わりますから、教育問題にしても、他の問題にしても、政権はあまりブレないで欲しいところです。
3. Posted by toshi   2011年02月17日 06:18
かげちゃんさん
《どうしてゆとり教育や「子どもが主体の授業」を礼賛されるのでしょうか。》
 根源的ないいご質問をいただいたと思います。
 わたしは拙ブログにおいて、数々の子ども主体の授業を紹介しています。そして、その折々に、子ども主体の授業の必要性、価値などを述べています。 ですから、それらをご覧いただきたいと思いますが、今、その中の一つに、ふれさせてください。
 ある授業を紹介した過去記事のURLを、本コメントのtoshi欄に貼りつけさせていただきました。『みんなちがって、かわいそう? わたしと小鳥とすずと』という標題がついています。
 さて、本論に入りますが、
 子ども主体の授業でないと、子どもの一部が『みんなちがってかわいそう』と読み取っていることなど表に出ることはありませんので、指導者には想像もつきません。そこで、子どもの想いを斟酌することなく、一方的に、『金子みすゞさんの言いたいことはなんでしょう。』などと発問してしまうのです。
 そうなると、『この詩は不可解』と読み取った子どもにとっては意味不明。不可解な思いのまま授業を終えることになってしまいます。つまり、教師主導の授業は、できる子だけの授業で、チンプンカンプンな想いの子どもは、置いてきぼりを食ってしまうのです。
 記事にも書かせていただきましたが、いっとき、『落ちこぼれ』(実にいやな言葉でした。)が問題になりましたね。その原因の一端は、今述べたように、『教師主導の授業』にあったのです。
 また、子ども主体の授業は、ゆとり教育でないとできないですね。ゆとりがなく学習内容過密だと、どうしても能率ばかりを考えるようになりますから、子どもの実態をとらえにくくなるし、しない教員がふえることでしょう。
4. Posted by toshi   2011年02月17日 06:21
 ただ留意点があります。
・子ども主体に見える授業でも、活躍する子どもができる子ばかりになってしまって、そうでない子はちっとも表現できない、表現しないといった授業になると、これは、教師主導の授業と同じことになってしまいます。いや。理解という点では、始末に負えない授業になってしまうこともあり得ます。わたしたちは、そういう授業を、『〜もどきの授業』と称して警戒しています。
 なお、『ゆとり教育』という言葉にも、多くの間違ったとらえがあり、それが横行してしまったと思います。これについては、次回記事に書かせていただきます。

 《戦前の教育の持っていた素晴らしい部分が全くおわかりではありませんね。》
 これは、貴コメントの流れからして、教育勅語のことを指しているように思われます。
 分かっていないかどうか、以下をお読みください。
 教育勅語は、戦後、民主主義体制に合うようかたちを変えて、教育基本法の第1、2条となったように思います。そして、かげちゃんさんがおっしゃる『教育勅語の精神』の多くは、戦後の学習指導要領においても重視していると思います。
 わたしだって同じです。拙ブログの『道徳指導』カテゴリーを開いてみてください。いくつもの道徳の授業を掲載しています。決してきらってなどいませんよ。人類普遍の価値は大事にしています。
 そういうわけですから、《マルクス主義に基づいた戦後教育だけ肯定》などということはありません。
5. Posted by toshi   2011年02月17日 06:21
 最後に一言。
 かげちゃんさんは、年代のことをおっしゃいますが、
 わたしは墨塗り教科書の時代の子どもではありません。したがって、戦争そのものの記憶はありません。ただ、子ども時代両親はじめ多くの大人から、戦争の悲惨さはよく聞かされました。また、戦後初期の一億総貧困生活の記憶は強いものがあります。 ですから、嫌いとか好きとかいう問題ではないですね。大切なものは何かという問題です。
 
 
6. Posted by toshi   2011年02月17日 20:17
YKさん
 《子どもの主体性を尊重しなければ、今日の教育はどうしても成り立たないと思います。》
 いやあ。もう、ほんとうにおっしゃる通りです。 現実が変化していますもの。
 もう、現代という時代は、お客さん状態でじっと耐えるなどということが不可能と思えるくらい、子どもが変化しています。変化していないのは教員だけという感じもあります。
 そういう現実の前では、どんな教え込みの教育論もむなしくなるだけでしょう。
 また、江戸時代からの、『読み、書き、そろばん』は、現代という時代、もう最大の価値をおく学力ではなくなったと思います。現代もそうですが、これから要請される学力の最大のものは、『話す、聞く、考える』でしょう。ある落語家は、『話す、聞く、思い描く』と言いました。(その記事のURLをtoshi欄に貼りつけました。)わたしはそれも賛成します。
 そして、そうした学力を支えるものとして、『人間関係調整力』といったものが必要となり、さらには、トータルして『問題解決力』が問われるようになるのだ思います。
 以上は、ゆとり教育の中でしか育むことはできないと、確信しています。
7. Posted by 伊藤   2011年02月18日 11:41
教育政策としては、総論賛成、各論反対的なことが多いですね。

ゆとり教育の理想は賛成です。けれど、中身はお粗末でした。
学習指導要領作るときは教員が多少入りますし、門科学省の中にも引き抜かれて審議官をする人もいます。
ただ、国立学校で一部の官僚が出向することもありますけど、それでも現場を知らないことが多いと思います。もちろん、同じようなことが国会議員にも言えると思います。

総合的な学習時間や生活科といった比較的新しい単元は大学で専門的に研究をしていませんし、外国語活動も導入が開始されますが、授業として初等向けの外国語の授業もありません。そう考えると、いつか不必要になるのではと勘繰ります。
8. Posted by YK   2011年02月18日 12:13
>>また、江戸時代からの、『読み、書き、そろばん』は、現代という時代、もう最大の価値をおく学力ではなくなったと思います。現代もそうですが、これから要請される学力の最大のものは『話す、聞く、考える』でしょう。

この点に関しては基本的に同意します。ご存じの通り、教育勅語の成立に影響を与えたのは、明の洪武帝(朱元璋)が発した「六諭」ですね。朱元璋は生まれは大変な貧乏人で、親の死に目にも会えなかったような人ですから、皇帝になったあと忠孝を重んじ、皇帝の御言葉という形で、大衆的儒教道徳を普及させようとしました。もちろん、これ自体は悪いことではないでしょう。明や清は日本と国交があったから、「六諭衍義」という形で日本にも伝来し、寺子屋での教育を通じて、庶民の道徳として普及していきました。私が思うに、これは庶民に良い影響を及ぼしたでしょう。なぜなら、当時の庶民は、寺子屋での「読み・書き・そろばん」教育のなかに道徳教育も含まれていたからです。といいますのも、法律の厳密でない時代には道徳によってしか社会秩序は成立しない。そして、そろばんは今の言葉で言えば経理ですから、そろばんが無ければ経理ができず、ビジネスが出来ない。つまり、「読み・書き・そろばん」とは、道義教育と生活の糧が一体であれば成立するものです。
9. Posted by YK   2011年02月18日 12:32
明治維新以降、1890年に教育勅語が成立しました。読んでみると、六諭の内容とそれほど変わりません。明らかに違うのは、明治天皇の名義で勅語が発せられたということです。ここで微妙な不幸というか、勅語のいう「忠孝」が父母への忠孝を超えて、国家への忠孝、天皇陛下への忠孝に転化する可能性を含んでいたことでしょう。ここに大衆的な道徳から国家中心主義に走る危険性が存在すると思っています。さて、私は45年以降の経済成長期もこのようなマインドは少し残っていたのではないかという印象を持っています。と同時に、バブル崩壊から20年が経ち、「忠孝」の感覚は、取りあえず多くの子どもには無いだろうと考えています。そういう意味で、今日の道徳教育は全く新しい事態に直面しているのではないかと思います。果たして、江戸時代の教育は誤りが多かったのか?今の塾よりも当時の教育を受けた子どもはよりイキイキしていたのではないか?という疑問もあります。

10. Posted by toshi   2011年02月20日 12:06
伊藤さん
《ゆとり教育の理想は賛成です。けれど、中身はお粗末でした。》
 わたしどものなかでは、拙ブログでもいろいろ書かせていただいているように、決しておそまつではありません。その成果もいろいろ書かせていただいています。
 でも、全国的に見れば、また、マスコミ等の論調もありますが、おそまつと思わされてしまった感じです。それにあまたの誤解の産物でもあります。
 なお、次回記事でもちょっとふれさせていただこうと思っています。
《総合的な学習時間や生活科といった比較的新しい単元は大学で専門的に研究をしていませんし、》
 そうですか。我が地域においては、大学と提携しての研究は行われています。
 全国的にみた場合どうかは、ちょっと分かりません。すみません。
11. Posted by toshi   2011年02月20日 12:50
YKさん
 江戸時代、明治・大正・昭和(戦前・戦中)時代、そして、戦後と、かげちゃんさんへのお返事のコメントで書かせていただきましたが、人類普遍の価値といったものは、大切にされなければならないでしょう。
 しかし、それとは別に、江戸時代なら、封建的な価値、明治・大正・昭和(戦前・戦中)時代なら、それに、天皇の神格化、国への忠義といった価値も追加されます。そういったものは、今はないと言っていいでしょう。
 さらに、戦後のなかでも、
 たとえば、わたしの子ども時代、日常会話で、『何言っているの。そんなの封建的よ。』はよく言われていましたが、今は、そのようなことはあまり言わないのではないでしょうか。その代わりといっては何ですが、『セクハラよ。』とか、『差別しないで。』とかは、よく言われているように思います。戦後のなかでも、価値観は変化しているようです。
12. Posted by YK   2011年02月20日 22:01
この間、偶然TVを観ていたら、池上彰が「日本はこのままだと製造業で韓国に負けてしまうかもしれませんよ!」と叫んでいましたがやはりTVは末期症状を呈していると思いますね。競争の圧力というのは、社会に、特に子どもにとってはプレッシャーになるものなのに。いま日本は子どものいじめの自殺が問題になっています。しかし、韓国社会をよく見て頂きたい。子どもが小学生が勉強ができなくて、将来を悲観して自殺する、そういうケースがあることをほとんどの人は知らないでしょう。その意味で韓国社会はいまだ「良い子=勉強が出来る子」なのです。と同時に、親の意に同意する子が良い子であり、その意味では封建的と言えます。日本の教師はそういう認識をしたうえで、昔ながらの競争教育を選択するか、いわゆるゆとり教育(≒ポスト成長社会の教育)をするかの選択をしなければならない。一時的に韓国に抜かれることに恐恐とするより、よい社会を創造する努力をしなければならない、という論調になったら良いが、なかなかならない。前のコメントへの返信になりますが、今日の教育で「話す、聞く、考える」という点が重要になっているのは間違いないと思います。

ただ、意外なことに偏差値とは関係なく、ゆとり世代と呼ばれる子たちは文章表現が上手な子が多いという印象を私は持っています。同時に、真面目さに差が激しいという印象を持っています。もしかしたら、小学校の現場の先生も似た印象を持っているかもしれませんね。
13. Posted by toshi   2011年02月27日 05:00
YKさん
 お返事がえらく遅れ、ごめんなさい。
 おもしろい観点を与えてくださったように思います。《むかしながらの競争教育》は、いずれ近いうちに意味をなさなくなるでしょうね。この競争に勝つことが人生において何の意味もなさないことがだれの目にも明らかになっていくでしょう。
 ゆとり教育がポスト成長社会の教育というのはおもしろいなと思いました。もっとも、『≒』がついていますから、それに近いという意味でしょうね。
 じつはわたしはゆとり教育の大切さはいつの時代も同じととらえていたのです。人として生きていくうえで最も大切な『生きる力』を養う教育というとらえだったからです。でも、確かに、競争社会との対比で考えれば、これは言えるなあと思いました。ありがとうございました。
 『ゆとり世代』というのは、いやな言葉だなと思います。学校教育なんて、ある意味、そんな偉大なものではありませんよ。
 わたしより10年上の世代は、学童疎開を強いられたり、教科書に墨を塗らされたりした世代です。まともな学校教育など受けられなかった世代です。それでも、わたし、『その世代はバカだな。知識・理解力がないな。』などと思ったことは、まったくないですよ。みんな立派に生きてきたと思います。いえ。それどころか、わたしたちはその世代の方々から、いろいろなことを教わってきたのです。
 でも、わたしは、『学校教育は偉大だな。』と思われるように頑張りたいと思ってきました。それは、やはり、本シリーズに書かせていただいたようなゆとり教育を推進していくことです。生き方、学び方にいい影響を受けさせてもらったという思いをもたせることができれば、すばらしいのではないでしょうか。

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