2011年03月21日

大震災と卒業式と、

PAP_0026 今年の卒業式は、例年にない卒業式となった。卒業生にとっては、長く記憶に残ることだろう。また、それとは別に、わたしにとっても、特別感慨深い卒業式となった。

 まず、申し上げなければならないのは、被災地での卒業の様子である。報道を通してしか分かるすべはないが、いずれも、つらく大変ななかでの卒業のようである。

 式ができない学校もあるようだ。また、体育館から教室へと、場所を変えた学校もあるようだ。

 『けなげだな。』『すごいな。』と思ったのは、ある中学生の言葉だった。
 「大変だし、言いようのない悲しみ、苦しみにおそわれているけれど、ぼくたちはこの悲しみを乗り越えていけると思う。この災害にあったことで、将来、『生きぬく力になった。』と思えるようにしていきたい。それは、
・家族のきずなが深まり、
・いろいろな人にお世話になっていることを実感し、
・それによって、地域を支えていくことがとても大切であると、
そういうことを学ぶことができたからである。その学びを大切にして、これから生きぬいていきたい。」
 もう、涙なしには聞くことのできない、すばらしい言葉だった。

 
 さて、

 我が勤務校の地域も一部液状化がみられることから被災地の扱いを受けているらしく、計画停電の対象外となっている。

 しかし、卒業式は予定通り挙行された。連日おそってくる余震ではあるが、幸いそういうこともなく、無事終了することができた。
 

ここでちょっと話を変えさせていただき、わたし個人の話になるが、お許し願いたい。

 かねてより申し上げてきたが、初任者指導に携わるようになって6年目の今年、わたしは初めて6年生担任の初任者を担当することになった。それで、1年間、初任者Aさんの授業を見守ったり自分も何回かは授業をしたりしてきた。

 したがって、例年と異なり、卒業生の一人ひとりに特別な思い入れがある。

 わたしの指導の至らなさにより、子どもたちは必ずしも充実した一年間をおくることができなかったが、卒業を目の前にしたここ数カ月はすっかり落ち着きを取り戻すことができた。一日一日を大切にしようとする子どもたちの思いを感じることができた。

 そうしたこともあって、卒業式の前々日、ハプニングがあった。職員室にいたわたしを子どもたちが呼びに来てくれた。
「toshi先生。ちょっとわたしたちの教室まで来てくれませんか。教えてほしいことがあるのですけど。」
 『ええっ。こんな時期に教えてほしいと言われても、…』口には出さなかったが、そんな思いで教室に同行すると・・・、
sotugyo2
 なんと、黒板に大きく、
『toshi先生。一年間、いろいろ教えてくださってありがとうございました。』など、多彩な言葉が書かれていた。

 『この子たちは、とぼけるのが上手だな。』おかしくなった。

 ねっ。上記、わたしの呼び出し方といい・・・、
 また、小学生の場合、こうしたたくらみ(?)があると、たいがい事前に察知できるものだ。なかなか気持ちをおしかくすことができない。しかし、今回は、まったく気づかなかった。むしろ、わたしに対しそっけない態度が目についていた。

 すばらしいプレゼントをいただいた。色紙には学級全員の寄せ書きがあり、
『いつもやさしく指導してくださって、〜。』
『授業はとても楽しく、よく分かりました。自分の頭がよくなったような気がしました。』
『toshi先生がほめてくださったことは、ずっと忘れません。』
など、心温まる言葉がたくさん記されていた。


 わたしが全校児童の前であいさつするのは卒業式後になってしまうこともあり、Aさんから、『toshi先生。子どもたちにお話をお願いします。』と言われた。

 「6の2の皆さん。ありがとう。わたしは何もできず、ほとんどただ後ろで皆さんの学習や生活の様子を見ていただけだったのに、こんなにまでしていただいて、申し訳ない思いです。
 授業も、秋くらいまではときどきしていたものの、3学期はもう、まったく機会がなかったね。すみませんでした。

 いよいよ、明後日(あさって)は卒業式です。わたしの勤務は今日で終わりなのだけれど、皆さんの晴れの姿をみたいので、式には来るつもりです。どうぞ、よろしくね。

 ところで、今、大震災のために、式ができなかったり、小さい教室でしたり、そうなる学校がたくさんあるようです。みんなは予定通りできるのでよかったね。
 ただ、今の日本は、みんなで助け合ったり、励まし合ったりして、すごく一つにまとまっているよね。心温まるような話も被災地からたくさん伝わってきます。すごいなと思っています。

 わたしたちの学校の校歌にも、すてきな歌詞があるね。
『ぼくたち、わたしたちB小の子は、将来に望みをもって、力を合わせ、清らかな日本を創っていこう。』と言っているよね。大震災には遭ってしまったけれど、そんな意味で、今の日本にはぴったりの校歌だね。

 ですから、みんなが力を合わせ、これからの日本を創っていくという強い決意をもって、大人になっていってほしいなと思います。

 ありがとうございました。」


 さて、こうして迎えた卒業式の日。

 何よりよかったのは、先述のように、式が無事終えたことだ。余震に見舞われることはなかった。校長は、『ゆれがひどかったら〜しよう。』と、いろいろなケースを想定し、あらかじめ考えていたようだったから、これは一番ほっとしたのではなかったか。

sotugyo4 みんなどの子も立派だった。しっかりとした態度で、校長先生から卒業証書をいただいていた。

 子どもたちは証書をいただいた後、式場の方へ向きを変えて、一言ずつ、将来への夢、決意などを語ることになっていた。

 Cちゃんである。
「ぼくは、どんな人ともやさしい心で接して、こまっている人がいたらすすんで助けるような人になりたいです。」
 これは、『部活をがんばる。』『勉強をがんばる。』『将来、野球選手になり、甲子園を目指す。』などとは、大きく異彩を放っていた。それで、保護者席からは、どよめきが起きたようだった。

 あとで、元担任のDさんが聞いたのだそうだ。そうしたら、Cちゃんは、
 『ほんとうは、東北地方の避難所にすぐ駆け付けて、被災者を助けたいって言いたかったのだけれど、中学校へ進もうとしている自分には無理と分かったから、ああいう言葉になった。』
と言ったという。

 ふだん腕白な感じがめだつ子だっただけに、すごいなと思うとともに、大きな感動を味わった。そういえば、Cちゃん。腕白なだけではなく、人へのやさしさ、気配りなどを感じることもあったっけ。

 やはり、あの大震災は、自分たちの街も大きく揺れたことを含め、強く子どもたちの心に刻まれたようだ。sotugyo3


 子どもたちの歌にも感動した。よく声が出ていた。校歌には、前記のこともあり、涙ぐむ思いになった。

 きっとすばらしい中学生になることだろう。彼ら、彼女らの前途を祝福せずにはいられなかった。


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sotugyo1 今年は日がずれたため、退職した学校の卒業式にもうかがうことができました。どちらも、校庭には半旗が掲げられ、黙とうから始まるという、異例ずくめの式となりました。

こちらの学校では、来賓席の下にヘルメットまでおかれていました。

 こうしたなかだけに、全国の卒業生が、強い決意をもって羽ばたいていったのではないかと思います。

 今は困難なことがたくさんありますが、『日本の前途は明るい。』そう思ったことでした。 

rve83253 at 04:00│Comments(0)TrackBack(0)学校行事 | 災害

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