2011年03月28日

金八先生とともに、

kodomo58 金八先生が、定年退職を迎えた。おめでとうございます。そして、32年間という長い年月、ほんとうにお疲れ様でした。

 わたしの教員人生は35年だったから、ほぼそれに匹敵するといえよう。金八先生とともにあったといっても過言ではない。

 スタートは昭和54年とのこと。わたしは教職について10年目。授業研究にもえたころだった。だから、正直のところ仕事に没頭しており、あまり見ることはできなかった。でも、ふしぎなことに、けっこう記憶に残っている場面はある。ほんとうに魅力的なドラマだった。
 ドラマで金八先生が語る名言の数々は、わたしにとって教員人生のカテともなるものだった。

 と申して、すぐ批判的になってしまうのは申し訳ないが、
 『確かに熱血先生だけれど、まあ、ぺらぺらぺらぺら子どもの前でよくしゃべる先生だな。もっと子どもにしゃべらせないといけない。
 ドラマだからああなっているけれど、実際の学級で先生があんなにペラペラしゃべったら、子どもは何も言わなくなる。』
そんな想いをもったのを覚えている。

 また、とり上げる内容が過激で、
 『全国各地の中学校で起きる問題を、一クラスに集約してしまったのだろう。』
という思いもあり、多少食傷気味になることもあった。
 
 しかし、そうは言っても、何より思い出深いのは主題歌の『贈る言葉』だ。当時わたしは高学年ばかり担任していたが、子どもたちはこの歌が大好きで、卒業のときはよく歌った。ほんとうは教員が子どもたちに贈る言葉なのだけれどね。
 だから、わたしもこの歌に涙腺を刺激されたっけ。特に、
『だけど わたしほど あなたのことを 深く 愛した やつはいない』
あたりでは、もう、涙なしでは歌えなくなった。

 わたしはこのころ指揮もしていたので気づいたのだが、この歌はおかしなところ(?)があって、4拍子の曲なのに1小節だけ2拍子があるのだ。
『へえ〜。こんなことって、あるんだあ。』
 それを意識すればするほど、つっかかるような感じになってしまうのだった。

 でも、今も、名曲だなあと思う。例によって、リンクさせていただこう。

    贈る言葉 


 さて、ここからは、昨日4時間にわたり放送された、『3年B組 金八先生 ファイナル』についてだが、

 実にびっくり仰天することがいくつもあった。


〇拙ブログの過去記事とよく似た内容が、金八先生のセリフにあったのだ。
 それは、『友達を排除する論理はダメ』ということで、金八先生最後の熱血指導とされた場面だ。

 わたしは校長講話として小学生に語ったのだから、そっくり同じではないにしても・・・、

 下記リンク先記事のなかほど、『ほんとうにね。なぜ、戦争なんてするのだろうね。』からがそれにあたる。

    平和教育(1) 朝会の話 

 ほぼ同じというのは、『人を排除する論理は、そっくり戦争を起こす論理と共通する。』のくだりである。

 もうこのセリフのところでは、思わず身ぶるいしてしまった。偶然の一致だろうが、大変光栄である。


〇ドラマに、金八先生のお嬢さんの結婚披露宴のシーンが出てくる。そこに、金八先生の教え子が招待されている。

 お嬢さんが幼かったとき輸血が必要となったが、きわめてめずらしい血液型なので必死になって探していたところ、その教え子が応じてくれたのだった。命の恩人ということで招待された。


 わたしの娘のときも、似たことがあった。

 我が長女の結婚披露宴の司会を、わたしの教え子がやってくれたのだ。

 実は、式のちょっと前、その子たちの同窓会があった。

 彼ら、彼女らを受け持っていたとき、長女が生まれたのだった。それで、『toshi先生のおうちへ行ってあかちゃんを見たい。』ということで、このころよく教え子が我が家にやってきた。

 同窓会はそんな思い出話で盛り上がったので、近くその長女が結婚すると話したら、『おめでとうございます。』とともに、
 「ええっ。あのときのあかちゃんが、もうそんな、結婚されるような歳になられたのですか。」
 「わたしたち、歳とるわけねえ。」
などと、にぎやかになった。
 そして、
「Aちゃんは、結婚披露宴の司会も仕事のうちなのだろう。toshi先生のお嬢さんの結婚式の司会をやってやればいいじゃん。」
の声があがった。それがきっかけとなった。幸い(?)その後、娘、及び、新郎側の賛同もあって、トントン拍子に話が進んだ。

 ハプニングがあった。

 新郎新婦がわたしたちに花束を贈るに際し、Aさんはとつぜん、娘誕生のときの学級だよりを披露しだした。それには、保護者への謝意とともに、『父親になった喜びと決意』を書いたのだった。わたしはもうまったく忘れていたから、ほんとうにびっくりしてしまった。


 ああ。ごめんなさい。長々と私事を書いてしまいました。

 ただただ、金八先生のドラマを見ていたら、強烈に思い出してしまったのです。お許しください。


〇今度は真面目な教育小論。

 金八先生が、中小企業の社長さんになった教え子から学ぶことになるという、そんな場面が出てくる。

 そう。教え子だって大人になれば、もう対等だ。当然、そういうことも起こりうる。

 わたしの場合も・・・、

 そう。これはつい最近の過去記事だ。リンクさせていただこう。学んだというよりも、『教え子の方が立派だ。しっかりしている。』という思いになった事例だが・・・、

    交換日記からメールへ


〇次、ちょっとドラマに注文をつけさせていただく。

・校長が、金八先生の要望を受け止めながらも、『それには条件がある。』という場面だ。
 その条件とは、『金八先生が保護者を説得できるなら、いいでしょう。』ということなのだが・・・、

 これはおかしい。

 教職員の要望をどう受け止めるか。その通りにするか、しないか。要望は大事にしながらも、それは校長が決定することだ。そして、いったん決断したら、保護者の理解を得る努力は、あくまで校長(管理職)がしなければいけない。

・もう一つ。
 ドラマには、よく、『愛のムチ』が登場してくるが、これはやはりいけない。過去記事にある通りだ。

    体罰はダメ(1)


〇最後に、これは直接ドラマには関係ない。テレビを見ながら、わたしが思ったことだが、

 どうも、初任者に限らず、ベテラン教員に対しても、
『そんな指導をしていたら、できる子は理解できても、遅れている子はチンプンカンプンになってしまうだろう。もっと指導法を研究してほしい。』
 最近、そう思うことがけっこうある。

 どんな学力の子も伸ばす指導を工夫しなければならない。


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 いつだったか、テレビのトーク番組で、武田鉄矢さんが語っていました。この方は、福岡教育大学のご出身なのですね。それで、
 「わたしの大学同期の友人たちは、もうほとんど学校管理職になっていますよ。」

 そう。だから、タレントで歌手とはいえ、教員の役は適役でしたね。


 また、先にも書いた名言についてですが、
 この4時間スペシャルドラマでも、いくつか心に残る言葉がありました。
 今、2つ紹介させていただきましょう。わたしもしっかり学ばせていただきました。

〇初めは、上にも書いた、教え子から学ぶ場面です。

 『金八先生は、どんな子だって見捨てなかったではないですか。子どもを救うのは金八先生の仕事でしょう。ほんとうに悪い奴なら学校へなど来ませんよ。学校へ来るっていうことは、さびしいからではないですか。』
 
〇次は、金八先生の言葉です。

 『友達を排除しようとする自分の心をしっかり見つめなさい。それが自分の心の中にある悪(この場合は差別)を認識することになるのです。』

 でもね。確かに名言ではあるけれど、教員が言ってしまうのではなく、子ども自身にこの言葉を語らせたいですね。
 
    

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この記事へのコメント

1. Posted by Mrヒデ   2011年03月28日 22:11
初めてコメントさせていただきます。わたしもtoshi先生と同様で小学校校長退職後、初任者指導教員を3年間してきました。この仕事もこの3月で終わりになります。ほんとうは、もう少しやりたかったのですが、教育委員会の方針ですので仕方ありません。
 ところで、この3年間toshi先生のブログをよく拝見させていただきました。とても勉強になったと同時に先生のお考えやご意見に同感することばかりでした。日常の学校教育に関するものはもちろんですが、とりわけ現在の日本の教育の問題点、これからの教育の方向、例えば「学力調査至上主義」「受験学力の重視」「教育の二極化現象」「行政マンの教育への介入」「学習指導要領の安易な改訂」「ゆとり教育の是非」「公教育の使命と実態」「小1,中1支援」等々です。私も本当にやりきれない気持ちを持っています。
 4月からは「新学習指導要領」になり、新しい教科書を使っての授業になります。その教科書を見せてもらいましたが、ずっしりと重く、かなり分厚くなりました。まるで参考書のようです。
 学力の国際比較で日本の子どもが順位を下げているという文科省の焦りが見え見えのようです。
 週5日制の下で、この分厚い教科書の内容を教えるとなると、教師の学習内容の精選や組み立ての力量がかなり求められます。でなければ、いっそう「教え込みの授業」は多くなるでしょう。それが心配です。toshi先生の言われている「問題解決学習」や「自力解決学習」の推進も危ぶまれます。また、日本の子どもの「学習意欲の低下」も、いっそう拍車がかかるのではないかと憂います。
私は、学校は離れますが、今後もtoshi先生のブログを拝見させていただきます。また、自分でもブログ「松明光明」を続けていきたいと思います。
 toshi先生のますますの初任者指導でのご活躍をお祈りするとともに学校教育への提言をお願い致します。いつまでもお元気でいてください。
2. Posted by イノッチ1000世   2011年03月28日 22:16
トラックバックを飛ばさせていただきました。

toshi先生、私も金八世代の一員で、あのドラマが教師になったきっかけのひとつです。自分の中の「教師モデル」のひとつになっていることは確かです。

ただ、教師経験を積めば積むほど、「やっぱりドラマはドラマだな。あり得ない話が放送されて、誤解を生むことがあるな。」と感じます。このことはtoshi先生が書かれていることに同意します。

そんな架空のドラマではありますが。主題である「子どもたちを愛する教師の生き様」は、時代を超えて失いたくない点であるとも思います。

私も少しだけ、自分のブログにドラマの感想を書いてみましたので、お時間が許されるときに目を通していただけるとありがたいです。
3. Posted by toshi   2011年03月29日 07:13
Mrヒデさん
 コメントをいただき、ありがとうございます。また、ご愛読賜り、かつ、わたしのこれまでの主張を要領よく項目としてまとめてくださった点も、感謝申し上げます。
 貴ブログも拝読しました。初任者指導の眼目と言っていいでしょうか。1学期、2学期、3学期というように、時期ごとにまとめられている点、わたしも学ばせていただきました。
 ヒデさんがまだまだこの仕事を続けたいと思っていらっしゃるのにやめざるを得ないというのは、わたしとしてもほんとうに残念です。

 ところで、わたしはまだ新しい教科書を見る機会がありません。
 そうですか。やはり、目に見えて分厚くなるのですね。
 大人社会の変貌によって子どもも、もはやむかしの子どもではありません。そんな子どもの実態からしても、事実上、つめ込みや教え込みに耐えられない傾向は今後もさらに強まると思います。
 そういう意味で学校教育が危機に陥ることのないよう、指導法はもちろんですが、さらに金八先生的、つまり、『どの子も見捨てない。どの子にも寄り添う。』そんな初任者指導を心がけていきたいと思います。

 今後とも、ご支援のほど、どうぞよろしくお願いします。
4. Posted by toshi   2011年03月29日 08:24
イノッチ1000世さん
 いつもお世話になります。また、今回も、TBをありがとうございました。
 金八世代とのこと。金八先生にあこがれ、教員になられたのですね。そういえば、わたしのまわりにもそういう方が何人かいらっしゃいました。現実が分かるようになっても、そうした夢は失いたくないものだと思いました。イノッチ1000世さんがおっしゃる通りと思います。
 貴ブログも拝読しました。わたしなんかより、すっきりとまとめられていて、すばらしいと思いました。ありがとうございます。
 
5. Posted by 金八2ファン   2011年04月01日 10:44
5 初めまして。私は初期の生徒と同世代ですので、当時既に大人でしかも先生をなさってたtoshi先生のような方の考えや思いを知ることができ、今とても感動しています。当時は完全に生徒目線でドラマを見ていたので、ドラマの中とはいえ大人の言動が理解できませんでした。ただ私も歳を取るにつれ徐々に理解できる場面も増えてきたところで、そんなときtoshi先生のブログを知り、読み進めるにつれ改めて物事の奥深さを今痛感しています。本当にありがとうございました。これからも勉強させていただきたいと思いますので、よろしくお願いします。
6. Posted by toshi   2011年04月01日 13:39
金八2ファンさん
わたしは、金八先生とほぼ同世代という意味でのファン(?)でしたが、金八2ファンさんとしては当時の子どもとしてのファンだったのですね。2番でコメントをいただいたイノッチ1000世さんともども、当時の子どもたちにとって、理想的な先生に映ったのではないでしょうか。わたしも子どもにのめり込むといいましょうか、職務をかけるといいましょうか、そういう意味ではおおいに学ばせていただきました。
 金八2ファンさんからは、『物事の奥深さ』などとおっしゃっていただき、恐縮しております。
 どうぞ、今後ともよろしくお願いします。
7. Posted by 金八2ファン   2011年04月01日 16:16
こんにちは。金八2ファンです。今toshi先生のブログを管理人推奨ブログというところにリンクさせていただきました。一度ご確認いただき、差し支えなければ相互リンクしていただけますでしょうか。
ご検討いただけると幸いです。どうぞよろしくお願いします^^
8. Posted by toshi   2011年04月02日 15:30
金八2ファンさん
 拙ブログのリンク、ありがとうございました。拙ブログにも、貴ブログをリンクさせていただきました。ただし、拙ブログサイドバーの《おすすめブログリンク集》をクリックしていただいた先にはってありますので、どうぞご確認ください。
9. Posted by 文月   2011年05月25日 21:17
こんばんは、toshi先生。
金八先生の発言には問題を感じる部分があります。
>『友達を排除しようとする自分の心をしっかり見つめなさい。
それが自分の心の中にある悪(この場合は差別)を認識することになるのです。』

一般的にはそれでいいと思うのですが、場合によると思うのです。
たとえ友達であっても、子供への暴力などの犯罪を犯したのであれば、
警察に通報するなどして排除せざるを得ない場合もあると思うのです。
私がtoshi先生のように教師の立場にあれば、もし子供への暴力犯罪を犯した場合に、万が一辞職しない場合には、
容赦なく私を排除してほしいと友達の教師と約束しておくでしょうし、
また友達の教師が暴力犯罪を犯したときには、友達の教師が辞職しないなら容赦なく排除すると友達の教師と約束しておきます。
お互いに情に流されることなく、いざというときには排除しあうと固く約束し誓い合うつもりです。
それが私たちの友情ですし、そんな約束ができる私たちの友情をお互いに誇りに思うことでしょう。
教師の暴力根絶を心から願う私たちだからこそできる約束です。
排除は私たちの事前の約束を果たす行為であり私たちの友情の証なのです。

教師から理不尽な暴力を受けた私たち被害者の苦しみがどれほど深いか、金八先生のような教師にはきっとわからないのでしょう。
私たち被害者の苦しみをわかれば、排除はいけないなどとは言わないはずです。
現在も教師による子供への暴力事件がおき続けているのは、
暴力教師排除を阻もうとする教師の責任も大きいと思います。
金八先生自身が子供への暴力を容認されていますし。
排除を阻もうとする金八先生は自己弁護しているように感じられます。
その意味でも、金八先生の上記の言葉には、説得力が感じられません。
10. Posted by 文月   2011年05月25日 21:21
教師からゲンコツで殴られて、無念のあまり自殺した子もいます。
子供が教師の暴力で自殺に追いやられても、加害者教師を排除してはいけないのでしょうか?
被害者である子供の心の傷がどれだけ深くても、加害者教師が排除されないというのは、あまりに加害者教師に甘すぎます。被害者が浮かばれません。
教師から殴られて、ショックで精神がおかしくなり、発狂してしまった子もいます。
精神病院に通わざるをえなくなった子もいるのです。
子供が自殺しようがしまいが、子供を殴って心に傷を負わせた教師は排除すべきです。
それでこそ、教師の暴力を予防でき、被害者の無念を晴らすことになると思うのです。

金八先生には『子供に暴力をふるった教師を排除しようとしない自分をしっかり見つめなさい。
それが自分の心の中にある悪を認識することになるのです。』と言ってあげたいです。
教師から殴られた子供がどれほど深い心の傷をうけるか理解できない教師にはとても子供をまかせられません。
金八先生を含め教師たちには、デリケートで繊細な子供の心を大切にしていただきたいと思います。
正義を重んじ、暴力を憎む子供の心を大切にしていただきたいと思います。

私は15歳の高校生のとき、理不尽な教師の暴力を受け、涙を流して生きてきました。
教師たちの暴力で苦しめられるのは私たちの世代で終わりにしたいのです。もう沢山なのです。
子供に暴力をふるった犯罪者教師たちが居座りつづけている学校に正義は感じられません。
やつらが学校に居座ることを許している社会に正義は感じられません。
こんな正義のない学校・社会が続いていいのでしょうか。
11. Posted by toshi   2011年05月27日 05:58
文月先生
 しつこいですね。またですか。金八ファンは、日本中に大勢います。貴コメントを読んだら、激高されると思いますよ。
 あなたは常に、すべての体罰=暴力としますね。そして、その次元で語るなら、今のわたしも、ほぼ同じです。だから、記事中で、金八先生の体罰には反対しました。
 でも、その先の理解は、大きくあなたとは異なります。
 あなたは、そこにある多様性が理解できないようです。
 あなたがかつて受けた教師による体罰、また、子どもを自殺、発狂に追い込んだ体罰教師の存在。それらに対する思いは痛いほどよく分かります。そして、公教育に携わる者として申し訳なかったと思いますし、そういう教師は処分されるべきとするあなたの考えも痛いほどよく分かります。わたしも同感です。
 しかし、あなたが経験したことのない金八先生の世界にまであなたの経験を当てはめてしまう、それこそ、文字による暴力世界は、容認することができません。
 金八先生の世界にまで、あなたは一貫して『暴力』という言葉を使います。
 いくらなんでも、金八先生は暴力否定でしょう。場合による体罰のみ肯定されているのだと思いますよ。それもやむにやまれぬ気持ちからです。
《金八先生〜には、デリケートで繊細な子供の心を大切にしていただきたいと思います。》
《金八先生には『子供に暴力をふるった教師を排除しようとしない自分をしっかり見つめなさい。それが自分の心の中にある悪を認識することになるのです。』と言ってあげたいです。》
12. Posted by toshi   2011年05月27日 05:58
 あなたに言われるまでもなく、金八先生は、デリケートで繊細な子供の心を大切にしていますし子供に暴力をふるった教師を排除しようとしています。
 そうした熱血ぶりは全編を貫いています。それは以前、コメントに書きましたね。そして、あなたもそれは理解できる旨書かれたと思います。『だから、心苦しい。』とまで書かれたと思います。それなのに、また、むし返しました。
 次のような場面も、ドラマに出てきます。
 辞職を覚悟したうえで、子どもに体罰をふるう場面です。その金八先生の思いが、一部の生徒に伝わってしまいます。すると、その生徒が、金八先生を殴ります。
「金八先生。教師を辞めるつもりでしょう。でも、これでおあいこだよ。辞めなくていいよ。いや、辞めちゃあダメだよ。」
そう言って、その生徒は泣きくずれます。
 ねっ。あなたの知らない世界でしょう。そういう世界もあることを、あなたは理解できない。
 だから、金八先生の体罰も、処分されるべき教師の暴力も一緒にしてしまうのです。
 ついでに言わせていただければ、あなたは、わたしにまで辞職勧告をしました。40年くらい前の体罰に関してです。
 それに関して、わたしは感謝し、ありがたく思ったのですが、読者の方から、『toshi先生が、文月さんからのコメントに気を遣われている姿が痛々しい。どうか、そうした言葉による暴力にわずらわされることなく、本来の教育の姿を語る方に精力を傾けてほしい。』なる趣旨のメールもいただいています。
 そうした声があることも斟酌していただき、わたしからも、同じことの繰り返しになるコメントはお控えいただくよう希望します。

 
13. Posted by 文月   2011年05月27日 18:55
toshi先生
長文でのご回答ありがとうございます。
>だから、金八先生の体罰も、処分されるべき教師の暴力も一緒にしてしまうのです。

一緒にはしていないのです。また誤解です。まず誤解を解かせてください。
やむにやまれぬ気持ちからとはいえ、金八先生は体罰(暴力)をふるいました。
そして金八先生は愛のムチと称して、やむにやまれぬ気持ちからの体罰(暴力)を容認されています。
しかし、体罰は法律違反であり、犯罪行為です。その意味で金八先生は処分されるべき教師なのです。
彼を処分をしなければ、やむにやまれぬ気持ちからの体罰(暴力)を根絶できませんから処分は必要不可欠です。
口で注意しても聞かないのであれば、処分は仕方ありません。
そして、ここからが重要です。私は、彼らの体罰(暴力)を一緒にはしていません。
私は金八先生とtoshi先生のいわれる「処分されるべき教師」の処分の内容に差をつけるべきだと思っているのですよ。
金八先生の世界に私の経験をあてはめてはいないのでどうかご理解ください。客観的に判断していますので。

金八先生も「処分されるべき教師」も、どちらも懲戒免職にすべきなのは一緒ですが、
金八先生には、その事情を考慮して刑務所に入らなくてもいいように、執行猶予をつけてあげればいいのではないでしょうか。
但し、金八先生の被害者や被害者の保護者がより厳罰を望まれる場合は、少しの期間は刑務所へ入ってもらうべきでしょう。
しかしながら金八先生の被害者等は、彼に厳罰を望んでいないので実刑にする必要はないようですね。
一方で、toshi先生のいわれる「処分されるべき教師」は実刑に処し、
相当の期間は刑務所へ入ってもらうべきだと思っています。
ねっ。一緒にはしていないでしょう。
14. Posted by 文月   2011年05月27日 19:00
体罰をした教師は全員懲戒免職処分にすべきというのが私の持論であり、
その点ではtoshi先生とは考えが違いますが、
私は、教師の体罰根絶の願いを強く胸に抱いている人間であり、
toshi先生の体罰反対のお考えを高く評価していますし、共感しています。
toshi先生は、教師の体罰には反対されていますし、私も教師の体罰には反対しています。
教師の体罰に反対するもの同士、何とか協調できないものでしょうか?
本来、対立は私の望むところではありません。私は対立より協調を望んでいます。

公教育に携わる者として謝罪していただき、お礼を申し上げます。
ありがとうございます。toshi先生の誠意を感じることができました。感謝しております。
おっしゃる通り、私は、体罰根絶のため、辞職勧告を申しあげましたが、
そうすることが正義であり人の道だと確信しているから私は正義・人の道を貫かせていただきました。
辞職を勧告せざるを得なかった私も、心情的にものすごくつらいのです。
体罰根絶のために勧告せざるを得なかった私のつらい心情についてもどうかご理解いただきたいと思います。
辞職するしないはtoshi先生の自由なので、私はtoshi先生のご判断を尊重します。
>同じことの繰り返しになるコメントはお控えいただくよう希望します。
了解いたしました。
私の今回のコメントは、場合による体罰をやむにやまれる気持ちから肯定されている金八先生を批判したのであり、
toshi先生を批判しているのではありません。誤解のないようにお願いします。
私は、いかなる場合でも、またどんな気持ちになろうと神に誓って体罰は決して肯定しません。
現在のtoshi先生もそうですよね?だから私たちは協調しあえると思うのです。
15. Posted by 文月   2011年05月27日 19:04
私達と同じく金八先生にも、いかなる場合にも体罰を肯定されないことを願っています。
もし私が金八先生と同じ学校にいたら、私は金八先生の体罰を命がけで阻止します。
toshi先生が金八先生の体罰に反対されていることをうれしくそして心強く思っていますよ。

私は体罰に反対されているtoshi先生を高く評価しているのです。
昨日の敵は今日の友といいますし、関係を改善し協調しませんか。
いかがでしょうか。対立を解消し、協調していただけますか。
今回、私から手をさしのべさせていただきました。
16. Posted by toshi   2011年05月29日 07:51
文月さん
 残念ですが、今のところ、関係の改善、協調はできません。
 『分かってないなあ。』と思います。
 繰り返します。
 文月さんがかつて味わわされた、教師による理不尽な暴力、それは痛いほどよく分かりました。それが文月さんの体罰全面否定につながっていることもよく理解しているつもりです。
 だから、その部分なら、協調することができます。
 でも、金八先生を懲戒免職とか執行猶予とかいう話には到底ついていくことができません。もしそうしたら、日本の教育の大損失と言っていいでしょう。そう。あなたはその部分をみることができないのですね。
 これは、金八ファンならずとも、ほとんどの市民の方が同じ思いでいるでしょう。
 先のコメントにも書かせていただいたように、生徒が、『金八先生、辞めちゃあだめ。』と言って泣き崩れるという、
 また、これは、以前のコメントのやり取りでご理解いただいていると思いますが、金八先生の教え子が、大人になっても金八先生を慕い続けるという、そのことが分かった後でなお、懲戒免職だとか、執行猶予だとかいう言葉が出てくる、その神経を理解することができないのです。
 わたしも体罰根絶を願っていますよ。もうご存知だと思いますが、そうした気持ちはブログでも折々に訴えています。
 しかし、子どもが辞めないでと言っている教員にまで、懲戒免職とか、執行猶予だとか言う、それを言葉の暴力と言っているのです。
 もう文月さんとのこのコメントのやり取りだけで、金八先生の教え子たちは、文月さんの言葉の暴力による被害者に、十分なってしまっていると思いますよ。
 わたしの言う多様性がご理解いただけないようなので、残念ですが、協調はできません。あしからず、ご了承ください。
 それから、文月さんの体罰に関するコメントは、もう同じことの繰り返しと思いますから、コメントなさらないよう希望します。
17. Posted by 文月   2011年05月29日 16:29
了解いたしました。私の考えを十分ご理解いただけないようで残念に思いますが、
toshi先生と協調できる部分は、たとえ部分的にでも協調していけたらと思っていますので。
ではこれにて失礼いたします。ご回答いただきありがとうございました。

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