2011年04月09日

わたしたちは だれも 一人じゃない!!  〜大震災を単元構成しよう〜

PAP_0029 いきなりで申し訳ないが、一つの拙ブログ過去記事をとり上げさせていただきたい。昨年8月の『いま、先生はから思う。(4)』である。

 一部を、ここに再掲させていただこう。
(すみません。本記事もリンクが多くなっています。しかし、一つを除き、いちいち開かなくても論旨は通るよう努めますので、お時間のある方が開いていただければ幸いです。それでは、どうぞ、ご覧ください。)


 〜。

 わたしは、日本社会が変貌(かつての、人々の善意や自発性にもとづく生活から、役割、マニュアルが重視されるシステム化された生活へと移行したこと)してしまった後で、濃密な人間関係(人々の善意や自発性にもとづく関係)をまのあたりにし、むかしなつかしい思いになったことがある。

 それは、阪神淡路大震災の(直後に、被災地を訪れた)ときだった

・見知らぬもの同士、電車のなかで、にぎやかに会話していた。
・近隣同士支え合っている姿もふんだんに見られた。コミュニケーションも活発にかわされていた。

 生存の危機にひんする共通体験をして、『お互い、生きていてよかったなあ。』という思いが強く、黙っているわけにはいかなくなったのだろう。見知らぬもの同士でも、その苦難を語り合いたくて仕方がない。そんな感じだった。
 また、(どこで水が手に入るのかなど)積極的にコミュニケーションを交わさないと生きていけないという現実もあった。

 そんなこんなで、古き良き時代の日本に戻ったことになる。

 ただ、危機に直面しないとこうした生活に戻れないのかと思うと、なさけない気もしたが・・・、

〜。 

 
 再掲は以上だが・・・、

 同記事では、宮台真司氏の『日本の難点』なる著作をとり上げ、日本社会の変貌と、それに伴っての公教育のあるべき姿を考察したのだった。

 
 このように、阪神淡路大震災のときの体験をひき合いにだしたら、皮肉なことに、このたびの東日本大震災となってしまった。

 思いは複雑である。特に、『危機に直面しないと、人々の善意や自発性にもとづく生活に戻れないのか。』と書いた部分が、ものすごく気になっている。

 『そんなことはない。』と強調したいのだが・・・、


 
 ところで、それを論じる前に、今、マスコミ等がはっている、ものすごいキャンペーンに着目してみよう。

 いわく。日本は一つのチームなんです。
 いわく。日本の力を信じてる。
 いわく。あなたは 一人ではない。

 もちろん、大震災直後だけに、すなおに、『いいなあ。』と、まずは思う。

 また、あれだけの惨状をみて、
 さらに、避難所の生活や支援の様子をみて、
 特に、被災した子どもたちの生活を目の当たりにして、

 『自分でできることは何か。』と思わずにはいられない。 

 ああ。自分がもっと若かったら、阪神淡路大震災のときのように、わたしが担当した初任者Bさんのふるさとへ、とんでいってやりたいと思う。

 特に、子どもだけでなく、教員までもが被災し、多数行方不明になっている地域では、教員も不足しているという。そんな話を聞くといても立ってもいられなくなる。
 
 しかし、ごめんなさい。もう、それは体力的に無理だ。思うだけで、ほんとうにごめんなさい。そこで、せめて、義捐金による協力だけでもさせていただこう。そんな思いで、先日は郵便局に向かった。


 ここまで、自分の思いだけで書いてしまったが、今、日本人の多くがこうした思いでいるのではないか。『人々の善意や自発性』が渦巻いている。

 上記のような、キャンペーンがあるから渦巻くようになったとは思わない。確かにキャンペーンは人々の心を奮い立たせる効果はあるだろう。しかし、これは、もともと、日本人のDNAに刻まれたものだ
 それは何か。わたしは、この一行上のリンク先記事で、『人を大切にする心』と書かせていただいた。


 ああ。ごめんなさい。

 早く、先ほど書かせていただいた、『そんなことはないと強調したいのだが・・・、』に話を進めたいのだが、今しばらくご勘弁ください。
 まだ、キャンペーンの話が続きます。


 皆さん、ご承知のように、今、世界中が、日本に目を向けている。世界的規模で強力に報道されている。

 たとえば、中央日報(韓国紙・社説)では、
 『不思議なほど冷静な日本人』と称賛している。さらに、『死の恐怖の中でも動揺しない。秩序だっている。思いやりと互譲の精神を忘れない。韓国民は学ばなければいけない。』とし、『想像を越えた大災難と日本人のこうした対応に、全世界が衝撃を受けている。』とも述べる。

 もっとも、ここ数日は、日本の原発事故対応のまずさをめぐり、日本政府等に対しイライラした論調にもなっているが・・・、

 なお、上記リンク先記事では、日本の幼稚園や学校における避難訓練にもふれ、『徹底した災害予防教育(の効果)』とも述べている。


 さて、それでは、お待たせしました。上述の、『そんなことはないと強調したいのだが・・・、』に話を進めさせていただこう。


 まず、『そんなことはない。』の意味するところは、

 平時においても、
・日本人のDNAが刻まれた生活を送れるように、
・『人々の善意や自発性』がフルに発揮されるように、
・『共同体としての地域社会』をとり戻せるように、
・心豊かで人間性あふれた人間関係を構築できるように、
ということになるだろう。

 また、宮台氏が主張するように、日本社会が『役割、マニュアル重視のシステム化された生活』にどっぷりつかるようになってしまったとするなら、
 そして、それが、『人々の善意や自発性にもとづく共同体としての地域社会』の喪失を意味するとするなら、
 なんとかして、双方の融合を図れないものかと思う。システムと『善意や自発性』など、人々の情動にかかわることとの融合だ。

 ただし、いくらむかしは、『人々の善意や自発性に基づいていた』といっても、そこには、義理・人情にしばられ、個が埋没するような側面もあったわけで、『そこまで戻ってしまうのは、まっぴらごめん』ということになるだろう。

 何とかして、平時においても、『人々の善意や自発性』が、文字通り一人ひとりの想いの発露であるようにしたいものだ。


 それなら、どうしたらいいか。

 まずは、大人のことだが、

 しつこいようで恐縮してしまうが、今、震災直後にあたり、ほとんどの日本人は、上記のような意識になっていると思う。それは、世界が驚嘆するくらいだものね。 

 そうであるなら、まず大事なのは、今の想いを忘れないために、『メタ認知力』をきたえることだろう。

 熱しやすく冷めやすい国民性と言われる。それなら、冷めないようにすればいい。わたしたち一人一人が、今、被災地の人々に寄せる思い、それを忘れないようにしよう。自分の内にある、今の想いをしっかりつかんでおくようにしよう。
 そこには、『自分の善意や自発性』が、より具体的だったり視覚的だったり・・・、とにかくイメージ化されたものがあるだろう。それをしっかり認知するようにしたい。

 大人はそれで大丈夫だろう。


 次、将来の日本をしょってたつ子どものことだが、
 
 ここで、わたしから、一つの提案がある。授業についてだ。

 と述べていながら、ごめんなさい。その前に、現状の問題点を指摘させていただきたい。

 日本には、学習指導要領というものがあり、おまけに、『教科書で教える』のか、『教科書を教える』のかという対立があるくらい、そうした意味で大事にされる教科書というものがあり・・・、

 そのために、何とも学習内容が硬直している。いや。教員が硬直させてしまっている。その一例だが、過去記事の『大先輩を悼む。』のその3で具体的に述べている。ここでは、指導主事という、その地域で教員に対し指導的立場にある教員の、教科書にとらわれた姿を紹介している。

 また、学校には学校の教育課程(指導計画)なるものがある。『〇年生の〇月は何をどうとり上げて指導するか。』その計画である。これは、学校として、組織的・計画的に教育活動を行う以上、大切なものである。
 確かに大切なのだが、運用によっては、学校の教育活動が硬直するもとともなっている。

 たとえば、社会科において、『今まさに変貌(工夫、改善、困難など)しつつある社会事象』は、子どもが必然性、切実性をもって学ぶことができるから、とても大切にしたい学習内容なのだが、それがなかなか学習にとり入れられない。『10年一日のごとく』指導計画にがんじがらめになっている学校は多いはずだ。

 そうでなく、今進行しつつある社会事象をとり上げたらいい。その多くは子どもたちの目の前で進行しているわけだから、『世の中を変えていこうとするはたらき』を具体的に学ぶことになり、まさに、『生きる力』を獲得することにつながる。

 それをテーマとした過去記事があるので、ぜひ紹介させていただこう。(冒頭、『お時間のある方が開いていただければ幸いです。』と書かせていただいた。しかし、このリンク先は、ぜひどなたにもご覧いただきたいと思う。)

    ダイナミックな社会科へ

 というわけで、

 どうだろう。今回、不幸なことだったが、大震災にみまわれてしまった日本。
・不自由さ、つらさ、悲しみでいっぱいの日本
・しかし、その不自由さ、つらさ、悲しみを分かち合い、助け合い、のり越えようとする日本
・外国も、日本人に敬愛の目を向け、強力に支援の手を差し伸べてくれている、そんな日本
・『わたしたちは だれも 一人ではない!!』と言い合える日本

 そうした姿を、真正面からみんなでみつめ合おうではないか。そんな指導計画を組めないか。そんな授業を展開できないか。

 もう少し具体的に述べてみよう。

・地域によって、目に見える事象は異なるはずだ。
『被災し、施設が破壊されたり、教材、教具等に不自由が生じたりするため、授業にも支障をきたすような学校』
『被災地からの転入生を(大勢)迎え入れた学校』
『募金活動を活発に行っている学校』など、
 それぞれがそれぞれの実態に合った指導計画を作成し、授業を展開しよう。

・多くの子どもが共有している体験をとり上げるようにする。ただし、子どもの思い、感情には最大限の配慮が必要だ。特に、子ども一人ひとりのプライバシーにはしっかり考慮を払う必要がある。

・世界が、日本人の姿に感動している。それにつながるような感動的なエピソードは、ぜひともとり入れていきたい。

・社会科で学習するのが無理なら、総合的な学習の時間、ないしは、生活科でとり上げることが可能だろう。地域の実態のみならず、学年の発達段階も十分考慮したい。

・ねらいは何か。それは、
『人々の善意や自発性が大事にされる共同社会を創ること。』
そして、単元名は、もちろん仮だが、『わたしたちは だれも 一人ではない!!』


 わたしは、つい先日、拙ブログに、
『人間は危機に遭遇すると強くなる。』
と書かせていただいた。

 しかし、こうした学習を通して、子どもに願うのは、『危機にあわなくても、平時から、そうした共同体の建設を目指す』人間の育成だ。大変な災禍にあった今、こうした学習を創造することによって、それこそ、長い人生、一生忘れることのないくらいインパクトある学習を進めたいものである。


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ninki



〇4月になりました。年度が切り替わります。毎年、希望を胸に、入学、進級、卒業していく子どもたち。しかし、今年はまったく様相の異なる3月から4月となったのではないでしょうか。

 わたしの仕事に関して言わせていただければ、初任者は一本立ちするし、わたしはわたしで、新たな初任者との出会いとなります。しかし、今年は、大震災という災禍のために、どうも、Bさんとは、しっかりとしたまとめもないまま、お別れとなってしまいました。

 そんなわけで、消化しきれない想いでいたら、先日、Bさんから、丁重なるお礼状をいただきました。そのなかには、拙ブログに寄せられた読者の皆さんの温かなコメント(『地震のお見舞い、ありがとうございました。(3) 教員としての誇りが、』に寄せられたコメントの2番と9番など)へのお礼も含まれています。

 そこで、Bさんのご了解もいただきましたので、ここに、一部、紹介させていただきます。

 それでは、どうぞ、よろしくお願いします。

  
 3月11日、世界最大規模の地震が日本を襲いました。率直なところ、私の頭の中は仕事のことを考えられなくなりました。よく見なれたふるさとが壊滅していることに動揺を隠せませんでした。

 (中略)

 でも、3月16日付のブログを読んだときは、胸がいっぱいになると同時に、わたしの心は軽くなりました。心から救われたような気持ちになりました。
 toshi先生が、私のことを真剣に思ってくださって、気持ちをくみ取ってくださったからだと思います。

 また先生のブログに寄せられたコメントも読ませていただきました。皆さん、自分のことにように考えてくださっていると感じ、目がしらが熱くなりました。このような方々がtoshi先生の身近にいると分かり、toshi先生が私の先生で本当によかったです。

ここでちょっとお礼状を中断させていただきます。と言うのは、
 
 そう。読者の皆さんからいただいたコメントについては、わたしからもお礼を申し上げたく思います。Bさんに対し、『一人じゃない』とおっしゃってくれているようにも感じました。また、わたしの職務についても励ましていただきました。ほんとうにありがとうございました。


 それでは、お礼状の続きですが、以下は、概略だけ述べさせていただきます。

・わたしへのお礼が、思い出を交えながら書かれていましたが、特に心に残ったのは、次の2つです。

『toshiの指導への思いが変わった。それは、子どもの変容がみられるようになったからだと思う。初めは、子どもとの距離を感じることが多かったが、心から子どもをかわいいと思えるようになったのは、やはり、子どもと心が通い合っていると実感できたからだと思う。』

『自分で自分を変えようと一生懸命仕事に取り組んできた。その結果、教員とは、いかに神経が研ぎ澄まされる職業かということが分かった。』

これらを読み、とてもうれしく思いました。

・また、Bさんは、この春休み、帰郷していないことを知りました。飛んで帰りたい思いには強いものがありましたが、被災地で苦しんでいるであろうご両親やおじいさんからは、
 『こちらはちゃんとやっているから安心して。大丈夫だ。それに、余震(震度5)がまだ続いているから、来ない方がいい。それより、仕事をがんばりなさい。』と言われたとのこと。

 これはまた、つらいことだったでしょう。察するにあまりあります。なお、末尾に、明るい感じで、今年度への抱負が書かれていたのには、ホッとする思いがしました。


〇本記事前半に、『(マスコミ等がはっているキャンペーンについて)もちろん、大震災直後だけに、すなおに、いいなあと、まずは思う。』と書かせていただきました。

 そう。このなかの、『まずは、』の意味合いですが、ちょっと、『日本、日本人』と強調しているのが、気にならなくもありません。やはり、これは、『世界は〜』『人類は〜』となるべきなのではないでしょうか。(この項だけ、すみません。後からの挿入です。)


〇最後に、本記事のタイトル、それは、記事に書かせていただいた、想定される単元名でもありますが、これは、平原綾香さんのJupiterの歌詞からいただきました。

 とてもいい曲ですし、今の日本人で心打たれないものはいないでしょう。歌詞のあらゆるところに、わたしが想定した単元の学習内容に、あるいは、ねらいになりそうな言葉がちりばめられている。そんな感慨をもちました。
 そこで、リンクさせていただきましょう。

    (ジュピター)/平原綾香


rve83253 at 23:07│Comments(13)TrackBack(0)災害 | 総合的な学習の時間の指導

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この記事へのコメント

1. Posted by 伊藤   2011年04月14日 10:07
東日本とはいえ、報道の中心はあくまでも岩手、宮城、福島ばかりで、八戸や茨城、千葉も被害にあっている割に報道もされず、同時期に起きた長野県北部地震はもう皆無なほど報道されません。

学校が避難所になっているところからすると、授業再開のためにどうしても避難民をどこかへ移したい。そういう苦悩もあります。また、放射能の風評被害は県外へ避難した子供の心も大きく傷つけてしまうケースも出てきています。

早い段階での日常の再建、子どもならとにかく学校に行って勉強して遊ぶこと。これに尽きると思います。その為に国、自治体とも最大限の配慮をお願いしたいのが現状ですし、教員も本当に苦しい中でやっている人たちに少しばかりの休息を与えられるような応援をほかの自治体からお願いしたい限りです。
2. Posted by toshi   2011年04月14日 20:21
伊藤さん
 今回の地震は、Bさんはもちろんですが、我が娘家族の地域も被災しており、報道と合わせ身につまされる思いがあります。余震も続いており、まだまだ落ち着いた気分にはなれません。
 わたし自身も、今週から新しい学校への勤務が始まりましたが、その初日も余震があり、子どもたちが机の下にもぐるのを指導するという、そんな場面もありました。
 ほんとうに、まだまだ東日本は落ち着かない日々が続きそう。
 せっかく復旧を果たしたのに、また元の黙阿弥で、被災者の皆さんの気持ちを考えると、何とも言いようがありません。心から元の落ち着いた日々を取り戻せるよう祈らずにはいられません。
3. Posted by tonamikousen   2011年04月16日 10:34
はじめまして
本当に この震災は日本全体の災害です。
被災したしない関係なく、私たちの問題です。

そろそろ被災児童の不登校や喧嘩など問題行動が目に付いてきました。
被災教師への差別や批判も始まりました。

福島県の場合、町ごと移転しているので、県教委が兼任辞令を認めず、仕事も生徒もない避難所に集め、長期研修、ボランティア休暇を取らせている始末。
 命令された学校へ出勤しても、元々の教師から「転校生は任せてください」とドアをびしゃっと閉められ、ТТを組んで授業や生徒指導にあたらせてもらえないことも。

意欲のある被災教師を、全国の教委が引きうけ、雇用する事も支援策の一つだと思うのですが。
全国に避難している受け持ちの生徒だった家を訪ねる事すら認めない県教委。他県の教委も、こういう事例を教訓に、対策されることを提案します。

4. Posted by フルタ   2011年04月16日 19:09
保護者の一人として、大震災を単元構成していただきたいなと思います。震源とは遠く離れた私の住む地域でも、いろいろな変化がありました。朝食にかかせなかった卵、納豆、牛乳が、地震後しばらくの間、食卓からなくなり、不満をもらした長男。そんな長男も、報道から、父、母、友達を亡くしたり、家、学校を失ったり、知らない土地で生活を始めたりした同じ歳頃の子ども達がいることを知っています。そして、たぶん、被災された方達の生活が、これまでとは違ってくることも分かっていると思います。
とは言え、将来のことまでは、考えつかないと思います。

>何とかして、平時においても、『人々の善意や自発性』が、文字通り一人ひとりの想いの発露であるようにしたいものだ。
私もそうなって欲しいです。そして、今、子ども自身が、真摯に考えることができるような気がします。
平時における『人々の善意や自発性』が、日本の将来を変えていくのだろうと思います。
5. Posted by toshi   2011年04月17日 04:49
tonamikousenさん
 被災地の状況のよく分かるコメントを賜り、ありがとうございました。
 また、貴ブログも拝読しました。被災地でもいろいろな、心の問題が起きていて、そうした意味でも大変な状況であること、理解することができました。
 つい先日の新聞報道では、被災地の教員不足のため、東京都は約百人の教員を派遣するとのことでしたが、逆に、被災地の教員は仕事がないなどという問題も起きているわけですね。
 まあ、一時的混乱はやむを得ないにしても、人々の温かな心が望まれますね。
 なお、お願いですが、tonamikousenさんからいただいたコメントや貴ブログの内容の一部、拙ブログ記事への引用をお許しいただければ幸いです。よろしくお願いします。 
6. Posted by toshi   2011年04月17日 04:57
フルタさん
 ご長男さんも、『平時ではないのだから、我慢しなければいけない部分もある。』ことは分かっていることでしょう。報道される被災地の皆さんへの温かな思いも想像することができます。
 ただ、そうしたことを、授業のまな板にのせてほしいのですね。クラスのみんなで話し合い、価値や想いを深めてほしいです。
 フルタさんがおっしゃる、『今、子ども自身が、真摯に考えることができるような気がします。』は、もうまさにわたしの思いでもあります。この言葉、とてもうれしい思いで拝読しました。
7. Posted by tonamikousen   2011年04月17日 10:02
返信ありがとうございました。
どうぞ、お使い下さい。

教師は被災者として扱ってもらえません。
世間の目は、医師や役場職員などと同列で、どこかに殉職して当然だみたいな風潮があるような気がします。
「逃げた教師」とレッテルを貼られたくない。
「教え子のピンチに寄り添っていたい」と望んでも、無理な現実。
 ジレンマに悩む教育愛にあふれた教師と、身分保証さえあればいいと割り切る教師と、真っ二つに別れました。

 岩手や宮城のように津波で命を落とした職員が多い所では、確かに瓦礫撤去などの人手不足かもしれません。
でも、実際には福島のように、余ってしまい肩たたき状態の所もあるのです。しかも指示が1本化せず、町の教育長や校長により滅茶苦茶な服務命令が出されているのが実情です。いや校長を責める事はできませんね。校長だって被災者なのに上から押し付けられてるのですから。
 うちの町にも転校生が来ましたが、学校再開の案内が届き、親が困っていました。放射線が広まり、避難区域が広がっているのに、逆行した教育委員会の決定。
 どうか県外から パニックの福島県教委を助けて下さい。優先順位を冷静に判断できるトップがいないのです。生徒の健康や安全を考えれば、この時期の学校再開などありえないのです。被災教師の扱いも、県外での講師やボランティア活動を認めれば済む事です。
 わざわざ1箇所に集めようとするから、トラブルが増えるのだと思います。
8. Posted by toshi   2011年04月18日 05:09
tonamikousenさん
 拙ブログへの引用をお許しいただき、ありがとうございます。
 それにしても、ほんとうに混乱しているのですね。わたしたちは、被災地の様子を報道の画面でしか知りえませんが、こうして人々の心のうちを伝えてくださると、余計その混乱ぶりを知ることができ、あらためて困難さを認識することができます。
 それにしても、 tonamikousenさんが、福島県教委、各校長に寄せる想いには温かさが感じられ、ただただ敬服する思いです。ふつうなら、非難されるだけの対象ですもの。
《うちの町にも転校生が来ましたが、学校再開の案内が届き、親が困っていました。》
 この保護者の方にはぜひ伝えてください。
 放射線が広まり避難区域が広がっているのですから、無理して戻り、登校させることのないようにしてください。我が地域なら、こういう場合、登校させなくても欠席扱いにはしないという確信があります。そちらがどういう扱いにするかは分かりませんが、仮に欠席扱いになったとしてもいいではありませんか。命には代えられないですもの。
 一番いいのは転校手続きをとることだと思いますが、それも、上記のように混乱した状態の中では、悩むことなのでしょうね。『あと少し登校を我慢すれば済むでしょう。連休明けからは大丈夫だと思います。』と言っている学者もいます
http://takedanet.com/2011/04/post_651c.html
から、そうなると、よけい戻りたい思いが強くなるのではないでしょうか。
 ほんとうにあと少しの我慢で済むことを祈るような気持ちです。
9. Posted by tonamikousen   2011年04月18日 12:23
ありがとうございました
今日の私のブログでもちらっとお礼を書かせて頂きました。

とかく世間の目は教師に冷たく、自衛官らと共に殉職さえ当然の感があります。けれど、殉職もあってはならないこと。尊く感謝すべきではあるけれど、基本はみんなで天寿を全うしたい。

こんな大災害に直面してしまったけれど、師弟愛を取り戻すチャンスではないかと。うちの被災者さんで、不登校になったとか喧嘩が絶えないと連絡があった子を訪ね、全国移動中の教師がいます。
自分の子もいますが、その子達は留守中は私が面倒見ています。教師の子と言われ様と、同じ命ですから。
ただ、親は教師としての血が騒ぐ?優先するのですね。現担任に遠慮はあるのですが(平時だったら元担任が口出すのはルール違反なのだとか)訪ねずにはいられないようです。
そんな教師がクビにならないことを老婆心ながら祈っている次第です。

初任者指導、尊いお仕事です。知らぬ親たちは(教員でさえ)校長まで務めた人が一兵卒?みたいな考えでいます。官僚の天下りのような誤解もあります。
大学では児童の存在は意識しまずか、親とか地域とか想定外の?壁が存在する事を学べません。そのギャップを埋めて下さるのが初任者指導の先生だと思います。師弟愛とか聖職とか、日本人の美徳を取り戻すためにも、どうぞルーキー教師の育成、ご活躍下さい。
10. Posted by フルタ   2011年04月20日 11:41
toshi先生
>報道される被災地の皆さんへの温かな思いも想像することができます。
この子(人)達どうなるの?、この家族はどうなるの?、って心配して尋ねてきます。
私としてはいっぱい話し合いたいのですが、家庭では難しい面もあります。残念ながら、本人にとって宿題などのやるべきことのほか興味があることが目の前にあり、落ち着いて考えることができません。

このような非常に大きな地震だけでなく、思いがけない災難に出会ったとき、どんなことが必要とされるか、どうしたら普段の生活を早く取り戻すことができるか、日本にはどんな仕組みがあるか、どんな社会だと回復しやすいか、今だと想像しながら自分のこととしても考えることができるような気がします。
「大震災を単元構成しよう」があちこちで実現すればいいのにと思います。

余談ですが、先日、子どもが「新学期を迎えるみなさんへ」という内閣総理大臣と文部科学大臣の連名による手紙のコピーを持ち帰りました。「ください。」がたくさん出て来るのが気になりましたが、素適な内容でした。
11. Posted by フルタ(続き)   2011年04月20日 11:52
「ください。」ではなく、大人達自身がこのような気持ちをしっかりと心に抱いて、子ども達を大切に育てていくが大切なんだろうなぁと思いました。

文部科学省のホームページへのリンクです:
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/04/06/1304718_01.pdf
12. Posted by toshi   2011年04月23日 16:04
tonamikousenさん
 すっかりお返事が遅れごめんなさい。また、引用のお許しをいただいただけだったのに、拙ブログの最新記事では、複数リンクさせていただきました。よろしかったでしょうか。事後承諾をいただくかたちになってしまったこと、お詫びします。
 またまた、貴ブログを拝読しました。拙ブログのことにもふれていただき、感謝しています。
《こんな大災害に直面してしまったけれど、師弟愛を取り戻すチャンスではないかと、》
 ほんとう。『災い転じて福となす。』ということわざがありましたけれど、しかし、この災いは、あまりにも大きすぎますね。

 初任者指導にもふれてくださいました。まあ、我が地域では、一兵卒とみなす方もいませんし、逆に、天下りと思う方もいないようです。毎年勤務校は変わりますが、皆さん、気さくに声をかけてくれます。そういう意味でもやりがいがあり、感謝しています。
13. Posted by toshi   2011年04月23日 16:15
フルタさん
 tonamikousenさん同様すっかりお返事が遅れ、申し訳ありませんでした。ごめんなさい。
《私としてはいっぱい話し合いたいのですが、家庭では難しい面もあります。》
 よく分かります。我が家にしても、長女家族が液状化にあったため、我が家に避難していたことがありました。そのとき、津波映像が頻繁に映っていたのですが、孫はもう、ただただ無言で、食い入るように画面を見ていました。
 もう、どう言葉をかけていいか、ブログには立派なこと(?)を書くわたしも、このときばかりはやっぱり無言になってしまいました。
《内閣総理大臣と文部科学大臣の連名による手紙のコピーを持ち帰りました。》
 わたしも読ませてもらいました。フルタさんがおっしゃるように、わたしも、「〜ください。」が多いなと思いました。
 最新記事で書かせていただいた、『放射能いじめ(?)』にかかわった内容もありましたね。身につまされるものがありました。


 

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