2005年12月17日

社会科学習への誤解(1)

daikon 今日は、小学校の社会科について、書いてみたい。

 と言うのは、小学校社会科の指導法や学習内容について、世間的にはかなり誤解があると思うからだ。また、現場の教員もかなり誤解していると思われる。ちょっとふれれば理解してもらえると思うので、書くことにした。

 直接のきっかけは、下記サイトのブログである。
『ことばを鍛え、思考を磨く』のなかの12月13日『歴史教育を考える』という、塾の先生のブログだ。

 わたしは、現職のとき社会科研究会に属していた。そして、小学校社会科は、子どもの生活に立脚点を置き、そこに生まれる問題の解決を図る教科だということで、一貫して指導、研究してきた。

 少なくとも、社会科学の初歩を学ぶという考え方ではない。つまり、あらかじめある知識を教え込むための教科ではない。だから、暗記教科でもない。

 問題解決力を身につけさせるための、『生き方』『学び方』にストレートにかかわる教科なのである。

 例を述べよう。
 
 小学5年生で日本の農業を学習する。この学習の大部分は、生産農家をとり上げ、農家の思い、生産の工夫、努力、課題などを具体的に学ぶことに費やされる。教科書の記述もそのようになっている。日本の農業の概観がないわけではないが、それは、上記、生産農家の思い、生産の工夫、努力、課題を解決するために必要だということで、扱うのである。 

 私の勤めた学校は都市圏なので、子どもたちは消費者の立場になる。わたしが学級担任だったころ、米の減反政策を推し進めている時期だったが、子どもたちはその実態を知るにつれ、次のような疑問を抱いた。
『こんなに米が余っているのに、農家の人はなぜお米ばかり作っているのだろう。もっと消費者の好む物を作ってくれれば輸入は減らせるのに。』
 そして、その学習問題を解決すべく、米どころの生産の様子、生産農家の考え方、生産の工夫、経営などを学んでいったのである。

 この学習過程で、子どもたちは驚愕の事実を知る。農家の人は、米余り現象をどう見ていたか。
『消費者はなぜ余っているお米をもっと食べないのだ。わたしたちは一生懸命おいしいお米、消費者が好むお米を研究し作っている。だから、もっとご飯を食べてくれれば、食料輸入も減らせるのに。』

 同じ事象を見つめるのにも、立場の違いによって、見方が百八十度異なることを知ると、自分たちの食生活を見直すきっかけにもなった。

 もう一つの例だ。

 当時生活科はなく、1・2年生も、社会科、理科であった。1年生社会科に、『学校で働く人』があり、わたしの学校は、『保健の先生』を単元化していた。
 保健の先生が、教室で次のように語った。
「保健の先生はね。みんなが怪我したり病気になったりしないように、みんなが元気に楽しく毎日学校生活が送れるように、願っているのよ。」
 するとすかさず、腕白が叫んだ。
「うっそだあ。ぼくたちが怪我したり病気したりしなかったら、保健の先生、仕事がなくなっちゃうから、給料がもらえなくなっちゃうよ。首になっちゃうよ。」

 これをそのまま学習問題にして追求していった結果、『保健の先生は、お休み調べ、怪我の多い場所調べ、風邪予防のためにしている仕事など、子どもが怪我したり病気になったりしないように、子どもの健康と安全を守るための仕事がたくさんある。だから、給料はもらえる。首にもならない。(よかったあ。)』ということをとらえるに至ったのである。



 さて、社会科が、『子どもの生活に立脚点を置き、その問題解決を図る教科』と言ったが、それなら、なぜ、子どもの生活に直接かかわらない、地理的、歴史的学習をとり上げるのだろうか。

 それを述べる前に一つ、断りがいる。

 地理的と言ったって、小学校では、沖縄、九州地方から、北海道まで、地誌的にまんべんなくとり上げるような学習はしていない。
 又、歴史的と言ったって、縄文、弥生から現代までを通史的にとり上げるわけではない。

 『ええっ。』という声が聞こえそうだ。というのは、地理的内容はともかく、歴史的内容については、『そんなことはないだろう。通史をやっているではないか。』と言われそうだ。そのことは後でふれる。

 子どもたちの生活の舞台。低学年では、学校、家庭、地域でとり上げ(これは現代では生活科となってしまったが、〜。)、中学年では、まち、市、村など、やや広域の地域でとり上げ、高学年では、日本というように広がりをもつのであるが、ただ自分たちの生活の舞台だけを学習しているのでは、その理解に限界がある。
 どうしても比較材料がいる。比較材料があると、自分たちの学習対象も、より深いところで理解できる。そのために、よそ(地理的内容)と、むかし(歴史的内容)をとり上げるのである。

 一例をあげよう。

 先に中学年は、自分たちのまちの理解だと述べた。

 『わたしたちのまち』は、家やビルが密集し、ごみごみしたまちだということを、集落の特徴、交通網、地形などと関連付けて学んだ子どもたちは、次に、『よそ』の学習をして、よそには緑あふれるまち、田畑がいっぱいあり、家が点在しているまちもあることを知る。そして、そうした地域の人たちは、自分たちとは違った生活をしていることを知る。

 それから、学年も進み、自分たちの市の、『火事を防ぐ』という単元を学習していたときのことである。

 「先生。わたしたちの町はごみごみしているからさあ、家が密集しているでしょう。だから、もし、隣の家が火事になったら、逃げることしか考えないよね。
 でも、まえ学習した、○△のまちなら、家は離れ離れでしょう。田んぼや畑がいっぱいあるからね。だから、隣の家が火事になっても逃げる必要はないし、逆に助けに行くのではないかと思うよ。」

 つまり、よそと比較することによって、自分たちのまちの特徴を、より深い次元でとらえられるようになるのである。単に風景、景色としての家屋密集地帯という理解から、人々の生活への理解、当たり前と思っていたことが当たり前でなくなる理解として、身についていくのである。

 『むかし』の学習だと、こうなる。
 
 一例だが、『いくら権力があったって、今の人なら、古墳を作るわけがない。なぜむかしの人は、そういうものを作ったのだろう。』という問題意識をもって、古墳時代を学習する。そこから、現代とは似つかぬ時代背景があることをとらえるようになるのではないか。

 また、比較材料と述べたが、『よそ、むかし』の学習をすすめることによって、『どこでも、いつでも』変わらないものもとらえられるだろう。それも含め、深い『人間理解』が可能になるに違いない。

 さて、先に述べた、『小学校だって、通史をやっているではないか。』ということについてだが、上記『歴史教育を考える』のブログでは、イギリスの例をとり上げていた。ある時代をエポック的にとり上げるだけだというような趣旨のことが書かれていた。

 それに比べたら、日本は確かに、小学校においても、いろいろな時代をとり上げ過ぎる。過密だ。市民はもちろん、社会科を専門としない教員も誤解しているのは無理もないとも思う。

 それでも、戦後、社会科が発足したころはそうではなかった。わたしは、昭和30年ごろ、小学校高学年だったのだが、たしか、『おおむかしのくらし』『東海道のたび』など、また、地域の歴史事象をとり上げて学習をしたのを覚えている。学年も多岐にわたっていた。上記ブログのイギリスのようだったのである。

 蛇足だが、皆さんは、『蓮台』をご存知か。れんだいと読む。今、この原稿を打っていて、さっと漢字に変換されたので驚いたのだが、ということは皆さんもご存知かな。
 ヒントを差し上げよう。東海道のたびの、『越すに越されぬ大井川』に関係がある。わたしたちの年代、つまり小学校の通史(?)以前の年代なら、なつかしく思い出す方もいらっしゃるのではないか。
 
 しかし、思い出さないからと言って必ずしも忘れたとは言えない。当時は、学習指導要領の拘束性は、今とは比較にならないくらい弱かったのだ。だから、学校のカリキュラム編成権が豊かに認められていた。学校の自主編成は、活発だったのである。だから、どこも、『東海道のたび』をとり上げていたということはない。

 だた、ここで言いたいのは、わたしが教員になる以前から、あたかも通史のようになってしまったので、こんな学習内容はなくなり、そのため、蓮台が、特に印象深いのである。

まとめると、現在、通史と誤解される要因もあるのだが、そうではないので、現場の実践も、子どもの思いを大切にした学習となるよう工夫してほしいということだ。

 国も通史だなどとは言っていない。小学校の学習指導要領社会科編でも、
[ア 児童の興味・関心を重視し,取り上げる人物や文化遺産の重点の置き方に工夫を加えるなど,精選して具体的に理解できるようにすること。
イ 取り上げる歴史的事象は,アからクに示す事項にとどめ,網羅的に取り上げないようにすること。」
と言っているので、通史を排除しようとする姿勢があることは理解していただけるのではないか。

 自分の地域に歴史事象のある時代を重点的に扱い、他は軽い扱いにするなどの工夫が望まれるのだ。

 結びは、冒頭の言葉を繰り返して終わろう。『小学校社会科を、暗記教科にしないで。社会的思考力を養って。』と、特に小学校教員に訴えたい。

   (2)へ続く。

rve83253 at 20:48│Comments(9)TrackBack(0)社会科指導 | 問題解決学習

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この記事へのコメント

1. Posted by Hideki   2005年12月18日 11:49
うちの次男は「社会が苦手」です。そこで昨年(当時小5)社会の教科者をみたのですが、正直な感想は「むっつかしいことやってる」でした。

工場の現場でトヨタをとりあげてましたが、カンバン方式の記述があったけど、これをきちんと説明できるのだろうか?また、本文の農業政策(減反)もそう。

しかもきちんと説明できるだけでなく、実際には今時点ではトヨタにしても農業にしても刻々と政策を変化させてます。

トヨタはカンバン方式がすべてだと思うと大きく間違っちゃう。

2. Posted by Hideki   2005年12月18日 11:51
それら、もろもろを含めて、学校の先生が本当のところをどこまで知ってるのだろうか?

社会をどこまで知ってるのだろうか?

そして、それを子ども達に分かりやすく伝えるのは、至難の技に思う。

「社会は訳が分からない」という子どもがでてきても仕方ない気がする。

それよりも、過去にあったこと、お隣でおきていること、そして今私達に起こっていること、を「面白く」伝えることが一番重要に思う。

面白く伝えるには「物語」が大切です。この物語を語って聞かせられる教師が果してどれだけいるだろうか?

私の経験からすれば、じつはそれを教師から学んだ記憶はない。マンガであったり、TVドラマから学んだものがほとんどなんです。
3. Posted by Hideki   2005年12月18日 11:52
社会は、隣人・隣国と付き合っていく上で非常に重要な学習項目に思う。いつも教科書で問題になるのは社会。それだけ、その人の解釈と価値判断に影響を与えるんです。たとえば中国を敵視するのも、親和するのも、その価値判断の礎になるのは「社会」から学んだ知識です。

いまの日本に顕著に指摘される、政治への無関心・社会への無関心は、「社会」への興味の無さに起因する点も少なからずあると思う。

だからこそ、深い興味を引き出せるような工夫が一番必要な学科に思います。
4. Posted by    2005年12月18日 12:27
はじめまして。「ことばを鍛え、思考を磨く」の桐です。

TBありがとうございました。

学習指導要領でも通史とは言っていないんですね。昔はイギリスのような学習が実践されていたこともよくわかりました。これだけでもブログで採り上げてよかったと思っています。今後も学校教育の実態をお教えいただければ幸いです。

「蓮台」、学校では習った記憶ありませんが知ってますよ。「東海道五十三次」だか「富嶽三十六景」だかにもありますよね。切手集めをしていたので...。
5. Posted by toshi   2005年12月18日 15:25
Hidekiさん。桐さん。コメント有難うございます。
 お二人のコメントによって、さらに記事を書きたくなりました。
 すみません。さらに、お読みいただければ、うれしく思います。
6. Posted by toshi   2005年12月18日 15:30
お詫び

 昨日の記事ですが、学習指導要領社会科編の内容の取り扱いについて、引用文が抜けたまま、記事にしてしまいました。
 修正して、その部分をつけたしましたので、ご了解ください。申し訳ありませんでした。
7. Posted by madographos   2006年01月16日 00:16
はじめまして。記事を読ませていただいて感銘を受けましたので,コメントさせていただきます。小学校社会科は,かつて民主主義社会を築くための中心教科でした。その役割がどんどん矮小化されてしまっているような気がします。1947年の『小学校学習指導要領社会科編機併邂董法戮砲呂犬泙詭簑蟆魴茲鮹羶瓦箸垢觸藉社会科をつくりあげた人々の情熱を,今こそ再確認すべきではないかと考えています。
8. Posted by toshi   2006年01月16日 20:58
madographos先生。コメント、ありがとうございました。
 
9. Posted by toshi   2006年01月16日 21:02
おっしゃる通りです。戦後すぐは、民主主義を担う教科ということで、一般の国民の関心も非常に強いものがあったと聞いています。
 戦後60年、今、民主主義を担う教育が行われているのか、真に子どもの主体性、自主性を育てる教育が行われているのか、危惧の念を抱かざるをえないのです。
 お互いに頑張っていきましょう。よろしくお願いします。

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