2011年05月01日

日経社説に驚きと感動と(1)

PAP_0094 標題の件、3月4日付の社説である。教育改革をとり上げていてとても感動したので、すぐ記事にまとめようとしたが、そのさいちゅうに大震災があり、草稿はしばらくおあずけとすることにした。

 ところで、まとめようとした中身だが、それには、感動だけでなく驚きも含まれた。その点、先に記事にした『朝日の社説』とは、大きく想いを異にしていた。

 だから、まずは、その『驚き』にふれたいのだが、ごめんなさい。その前に、書いておきたいことがある。

 それは、わたしが日経の社説を読むに至った経緯だ。
 というのは、
 わたしのように公教育に携わる者にとって、日本経済新聞は一番縁遠い新聞だ。ふだんあまり読むことはない。だから、ある郵便物が届かなければ、わたしは気づかないまま通り過ぎてしまっただろう。

 それは、高校時代からの友人Aさん (かつての自転車旅行の仲間)から届いた。Aさんが、同新聞社説の切り抜きを送ってくれたのだ。
 『教育のあり方について書いている。大いに感銘を受けた。これからの教育はこうでなければいけないと思った。また、toshiさんの主張ともかなり似ているように思う。そんなわけで、参考までに送ります。』
との添え書きが同封されていた。

 Aさんは大学卒業後ずっと大企業のB社で働いてきた。そして、退職。今は、民生委員などを務め、お住まいの地域で活躍されている。
 地域の小中学校とのかかわりもできたらしい。そんなこともあり、拙ブログに、ときどきは感想も寄せてくれるようになった。

 Aさんの感想で一番思い出すのは、『国語の授業がおかしくなっている・・・かな!?(7)』の記事に関連するものだ。東京都世田谷区の教科『日本語』について、もう、怒り心頭に発するといった感じで、メールをくれた。
「いったい教育関係のえらい人は何を考えているのだ。こんな授業、何の役にも立たない。こんなことをしていたら、世界から取り残されるよ。」
 

 ああ。ごめんなさい。同社説への驚きに話を戻そう。

〇まずは、見出しに着目した。そこには、『教育を変えるとき』とあり、さらに、『世界で競える個性豊かな「人」づくりを』と続いた。

 『えっ。経済紙が個性豊かな人づくりを説くの。』
 真っ先にそう思った。
 というのは、
 わたしには、40年以上前、それもたった一年だったが、会社勤めの経験がある。だから、企業、経済界が求める人材というのは、ある程度分かっているつもりでいた。

 それは、
・上意下達に適した人材。
・つまり、上からの指示に従順で、黙々と努力する人材。
・もっと言えば、組織の歯車となれる人材。
 まとめると、『個性の豊かさ』とはまったく逆の、横並びで画一化、さらには、規格化された人材を求める。そんなイメージだった。
 PAP_0097
 それが、見事にくつがえされているではないか。この40年間で、企業、経済界が求める人材は変わったといっていいのだろうか。

 それならば、うれしい。経済界と教育界が、ともに共通する教育観、人間観をもてれば、これはもう、すばらしいことだ。国力増進も人間性の豊かさも、ともにねらえるということだものね。
 それに、経済紙までこういう社説を書いてくれるなら、先の朝日新聞元旦号とあわせ、ますます日本の教育の将来に明るい展望をもつことができる。そう思った。


 しかし、そうは言っても、まだ疑問はぬぐえない。
 
 繰り返しになってしまい恐縮だが、わたしは、『日本経済新聞は、一番縁遠い新聞』と書かせていただいた。これは、わたしだけではないだろう。公教育に携わる者は、おおむねそうではないか。
 一般の人はどうなのだろう。やはり同じではないか。そうだとすると、同新聞を読むのは、おもに経済人、企業家ということになる。(このあたり、くわしくは後述する。)
 すなわち、日経が教育を語っても、それを読むのはわたしたちではなく、ほとんど企業家、経済人ばかりということになる。

 Aさんは、確かに読んだのだよね。そして、感動してくれた。その感動をわたしに郵送してくれたくらいだもの。
 でも、他の多くの経済人、企業家はどうなのだろう。同じように感動してくれるのだろうか。感動までしなくても支持してくれるのだろうか。


 そこで、わたし自身、教員養成系大学でなくC大学商学部出身であることを奇貨とし、Aさんはもちろんだが、それ以外に大学同期の仲間とも会って、その辺りの話を聞くことにした。たった4人だったけれどね。



 さあ、彼らの話は、どうだったか。

〇まずは、この40年で、企業、経済界が求める人材は変わったかということについて、

・Aさんの話

 確かに、それは、『変わった。』と言っていい。もう、上司が、『黙ってオレについてこい。オレの言うとおりにやればいい。』という時代ではない。
 今、有能な上司は、『それぞれの部下の力をどう引き出すか。どう部下同士の力をつなげて生かすか。』それが問われる。そして、組織としての力を発揮できるように努める。
 ようするに、部下はコマの一つ一つではないということだ。

 これには、『日本経済のグローバル化が大きい。』とのこと。
 世界経済は一体化しつつある。中国も市場経済に移行したし、東南アジア、韓国などの発展も著しい。また、かつては、『アメリカがせきをすれば日本は風邪をひく。』といわれたが、今、『東日本大震災の影響をアメリカ自動車業界がもろに受ける。』といったように、グローバル化は双方向的な関係をもたらしつつある。

 そんなときに旧態依然たる人材育成でいいか。たとえば、中学から大学までなら、つごう10年間英語を学んでいるはずなのに、実用的な力はまったくつかないという、そんな教育をこれからも続けていいのか。また、言われた仕事はこなすが、上司の指示通りにしか動けない、独創性のない横並びの人材のままでいいのか。

 ようするに知恵を出し合わなければやっていけない。今やグローバル人材という言葉もあるくらいだ。

 したがって、同紙社説の主張は、企業家、経済人にとっても十分受け入れられ、共感できるものである。

・ただし、大学仲間では、例外が一人だけいた。日経の主張に懐疑的なようだった。
「どうして、日経がこういうことを書くかな。こんな教育論に関心をもつのがどれだけいるかな。」
の言葉が印象的だった。


〇企業家、経済人は、どのくらい日経を読んでいるか。

 これはもう皆さん一致していた。要するに、ただ単に読むどころか、大事に思っているのだ。

・Aさんは、言う。
『オレは日経ファンだ。他の新聞はとかくあおる傾向にあるのに対し、日経はいつも冷静だと思う。』

・また、大学仲間は、
『企業家、経済人にとっては、必携といっていいだろう。オーバーな言い方だが、日経なしでは生活できない。』
『業界紙と一般紙の中間に位置づくのが、日経ではないか。』 
とのこと。

・再びAさんにご登場願う。
『日経はネット時代にもかかわらず、読者数の落ち込みがないそうだ。だから、悠然としているよ。他はみんな売り込みに必死だが、日経だけはそんなことがない。』
とのこと。

 
 あらためて思う。

 これから次回記事まで2回にわたり、くわしく日経が訴える教育改革について書かせていただくが、そういう新聞が教育論を書く意義は大きいと言えよう。願わくば、Aさんと大学仲間の多くが言うように、多くの企業家、経済人がこれを読み、賛同してくれることを願う。

 もう一つ。大学仲間に言わせると、『日経がこうした教育論を書くのはめずらしい。』とのこと。

 だとすれば、先に、朝日新聞元旦号をとり上げ、記事にまとめさせていただいたことがあったが、
 それとあわせ考えると、マスコミは、今、これからの教育のあり方について、ある種、危機感を抱いているのだろうか。このままでは日本は、じり貧になるといった思いがあるのだろうか。

 『日本全国、問題解決学習!!』への展望は、ますます開けるようになる。そう思った。

 PAP_00981
 それでは、日経が語る教育論について、本記事と次回記事とにわたり、子細に考察していこう。なお、〇は同社説をわたしが要約したもの。※はわたしの考察である。


〇まず、『世界のさまざまな才能と堂々と競い合える人材は育っているのだろうか。』と問題提起する。そして、『知的エリート層も人材豊富とは言えない。』と現状を分析。さらに、
『知識の習得を重んじ、均質な人材育成で集団の力を高めるモデルは、もう通用しない。』
『ペーパーテストの点数に偏った画一的な選抜制度のひずみの表れかもしれない。』
と続いた。
  そして、
『横並び人材の大量生産を脱し、個の力をうまく引き出す方向に路線を変えなければならない。』
として、教育改革の必要性を訴える。

※感動した同社説ではあるが、問題提起の仕方はやはり、わたしたちとは違うようだ。
 『世界のさまざまな才能と堂々と競い合える人材』といって提起しているところは、やはり経済紙の面目躍如といったところか。
 それに対し、わたしたちは、純粋に『未来に生きる子どもにとって必要な学力は何か。』というところから、思考をめぐらせる。あくまで子ども中心である。
 
 次、日本において、知的エリート層は、たぶん、量的には十分すぎるほどいるのだと思う。
 何せ、わたしが初任者だった40年前だって、今ほどではなかったにしろ大手進学塾は隆盛の一途。未来のエリートを夢見て、幼い子を受験に駆り立てていた。
 だから、『知識の習得』『均質な人材育成』『画一的な選抜』『横並び人材の大量生産』という意味でのエリートは、十分すぎるくらいそろっているのだ。

 問題は、そうした日本の受験システムが、真の意味でのエリートを育ててこなかったところにあるのだろう。

 同社説は、言葉として、『受験システムの廃止』を言ってはいない。しかし、どうだろう。読者の皆さんはどうお感じになるだろう。わたしには、『受験システムではだめだ。真のエリートは育たない。』と言っているように思える。


〇次に、どういう人材を育成すべきかという点に関し、3つあげている。それは、
・情報を集め、問題の所在を見つける発見力。知識の詰め込みでなく、素早く正しい情報を抽出する技術の習得
・問題を発見したら、独創的に解決する。また、新しい価値を創りだす創造力も大切。自分の頭で考え独自の提案を生む能力
・自分の意思を他者に伝えるコミュニケーション能力
である。
 
※ねっ。どれも、拙ブログが掲載する授業実践、拙ブログが主張する教育観、指導観などと、おおむね一致していると言えよう。
  
PAP_01081 若干違うところもある。

 たとえば、『素早く正しい情報を抽出する技術の習得』といっているところだ。
 この点について、わたしなら、『問題を解決するための資料収集力、資料活用力、思考判断力』という。素早さなどはさほど重視しないし、それに、『技術の習得』といってしまうと、なんか技巧的で、『生涯学習力』『自己教育力』といった、『人として生き抜く力』とは切り離された感じになってしまう。

 でも、もう、『問題発見力』『問題解決力』『創造的な思考力』『コミュニケーション能力』などは、完全に思いを共有することができる。そして、これこそ、まさに、『人として生きる力』そのものだ。日経、あるいは、企業が求める人材が、わたしたちの想いと一致するという実感をもてたことは、ほんとうに喜びだった。


〇そして、そうした教育へ移行する方法として、
・国がやるべきことは、大きな戦略と目指す方向を定めることに限定する。
・具体的な教育の中身は、地域や現場にゆだねる。
の二点をあげる。

※ううん。これは、やや食い足りない感じだ。保留付き賛成といったところかな。

 確かにこのことを、過去にわたしは何度も主張した。しかし、同紙が主張する教育改革を実現するためには、これだけでは無理だ。

 やはり、『各地域が、それぞれの主体性を発揮し、望ましい教育のあり方を見つめ、教員の意識改革を図る。』ことが必要だ。つまり、『教員の指導力アップに向けて全面的に支援する体制づくり』と、『地域や現場にゆだねること』とは同時進行でなければならない。

 また、先に、Aさんが怒っていたというように、地方教育行政府の恣意的でおかしな教育施策があることをふまえると、現状では、無条件に賛成というわけにはいかない。


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 上に、わたしは、大学仲間の言葉として、『日経がこうした教育論を書くのはめずらしい。』という声があったことを紹介しました。
 しかし、同紙はその後も、3月9日に、本社説の続きとも言えるものを掲載していますし、さらに、大震災後は、4月5日付ですが、拙ブログ前々記事にも共通するような社説を載せています。

 その点についての考察は、次回に譲らせていただきましょう。よろしくお願いします。 

rve83253 at 04:47│Comments(12)TrackBack(0)教育制度・政策 | 教育風土

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この記事へのコメント

1. Posted by 伊藤   2011年05月03日 22:48
十年前、各新聞社が教育問題について本を出しましたが、一番良かったのは日経の「教育を問う」でした。
どうしても小中学校に偏りがちな教育問題を大学や専門学校にまで取り上げたり、海外の学校にいく学生を追っていました。
私の中で日本経済新聞というのは新聞メディア最後の良心です。偏向だなんだ言われますが、日経の記事は事実を捉え、経済の立場から考える非常に民間な発想です。もちろん私立受験を煽った面もありますが、日経ほど読み応えのある新聞はないと思います。しかし、高いのが難点ですね。
2. Posted by toshi   2011年05月04日 06:18
伊藤さん
《十年前、各新聞社が教育問題について本を出しましたが、一番良かったのは日経の「教育を問う」でした。》
 そうでしたか。そうすると、我が友人仲間の言葉とは違い、日経が教育を語るのはそうめずらしいことではないのかもしれませんね。
 また、単に、業界紙と一般紙の中間というだけではないのだなとも感じました。
《私の中で日本経済新聞というのは新聞メディア最後の良心です。》
 うわあ。またすごい言葉をいただきました。Aさんや大学仲間に伝えたいと思いました。
《偏向だなんだ言われますが、日経の記事は事実を捉え、経済の立場から考える非常に民間な発想です。》
 偏向などとは思いませんでした。記事にも書いたように、すばらしい教育論だと思います。もっとも伊藤さんの場合も、『最後の良心』『日経ほど読み応えのある新聞はない。』とおっしゃっているのですから、わたし以上ですね。
 《私立受験を煽った面》が過去にあったのだとすれば、論調が変わったかもしれませんね。わたしが本記事で書いたように、本社説では、『受験システムではダメ』と言っているように受け取りました。
《しかし、高いのが難点ですね。》
 となると、これも、日経の自信の現れなのでしょう。わたし、記事のなかに、『読むのは、経済界、企業家の人』と書きましたが、伊藤さんのコメントを拝読し、『いやあ。どうして、どうして。市民の方もけっこう読まれているようだ。』と思いました。
 また、さらに、日経に対する意識が変わりました。ありがとうございました。
 
3. Posted by tonamikousen   2011年05月04日 10:31
こんにちは
ウチのプチ被災者さんから面白い話を聞きました。
小4の子です。「秋田は板書が多い。うつすの大変。福島は考える時間の方が多かった」
へえっ?これって問題解決学習ですか^^;
中3の子です。「福島の先生は、どんな自学をやればいいか教えもしないで『やれ』。やっても確認もしないし、テストだって隣同士で丸付けさせてたけど、秋田は、学年主任がノート点検したり、副担任が採点するからテスト返すのも早い」
じゃあ、秋田の先生のほうがまじめってこと?
「いや、ウザイ。いちいち口出し多い」

それって当たり外れじゃないの。福島の教師が全員そんなわけじゃないでしょ。
「いや、教師が悪いからウチの子は勉強嫌いになった」
被災者さんの親同士でバトルになることも^^;

その方は娘が刺青?(ファッション・リストカットと言うのだそうです)してても個性だからと黙認してるので、危ないなぁと思っていましたが、やはり転校先でも持論を主張し始めました。勉強は無駄。教師は敵。

震災の傷を負ってるから我慢するようにと教委から指示があった教師は何も言えず、生徒たちは不満爆発寸前。

問題解決学習は、かっちり・きっちり系統立ててやらないと、教えたつもり、学んだつもりになります。算数の時間に考えてるんだから道徳性も身につき、善悪の判断ができるようになるだろうというのは甘いってことだと思います。

って、現場に出た事もないのに えらそうですね^^;ごめんなさい。
4. Posted by toshi   2011年05月04日 12:18
tonamikousenさん
《「秋田は板書が多い。うつすの大変。福島は考える時間の方が多かった。」へえっ?これって問題解決学習ですか^^;》
 いやあ。これだけでは、何ともいえません。どちらがいい指導かなども、一概にはいえないでしょう。
《それって当たり外れじゃないの。》
 ううん。これも同じです。教員個々の違いともいえそうだし、地域による風土の違いともいえそうだし。
《どんな自学をやればいいか教えもしないで、〜》は教員個々といえそうだし、《学年主任、副担任》という話になると、教育風土の違いといえそうだし、
 《刺青が個性》というのは、まあ、世間的な意味ではそう受け取る向きもあるようですが、少なくとも教育者が個性というときは、そこまで含めて考えてはいないですね。当たり前と思いますが、とかく誤解を招きます。
《震災の傷を負ってるから我慢するように》
 これが、大震災の後遺症といいますか、とにかく自然体でいくことができないのですね。前記事でとりあげた放射能いじめも、自然体で生きることのできない大人の問題のように思いました。
5. Posted by toshi   2011年05月04日 12:18
 問題解決学習については、おっしゃること、よく分かります。何にしても、かたちだけまねするのはよくありません。
 いくつか過去記事を紹介させていただきますが、
もう、tonamikousenさんはご多忙のようだし、精神的にも大変ななかでしょうから、それに、拙ブログは一つ一つが長いので、『ご覧ください。』とはいいません。いつの日か、その日ができるだけ早く来ることを祈っていますが、余裕ができたときにご覧いただければ幸いです。
・学校社会、とかく、『問題解決学習もどき』が横行しています。
http://blog.livedoor.jp/rve83253/archives/1600916.html
・わたしがかかわった初任者の授業です。本記事に登場する大学仲間に、この授業の話の概略を話したら、『そんなの、たまたま、そういうことを発言した子がいたというに過ぎないだろう。』と言われてしまいました。『そうではない。我々はそういう生き方、学び方のできる子を育てているのだ。』と言い返しましたが、どこまで理解してくれたことか。
http://blog.livedoor.jp/rve83253/archives/1408385.html
・問題解決学習。『系統立てて』というと、また誤解を招きそうなのですが、『かっちり、きっちり』一人ひとりの子どもの考え、想いをくみ取り、全体に返すなどして、伸ばしていくことを考えなければいけません。
http://blog.livedoor.jp/rve83253/archives/1223731.html
 
6. Posted by tonamikousen   2011年05月04日 14:22
よくわかりました^^
ご親切にリンク先 教えて頂いたので、拝読しました。

>大震災の後遺症といいますか、とにかく自然体でいくことができない
>学校社会『問題解決学習もどき』が横行しています
>たまたま、そういうことを発言した子がいたというに過ぎないだろう。』『そうではない。我々はそういう生き方、学び方のできる子を育てているのだ。』

拍手です避難所でも、それは教師の仕事じゃない、役場の仕事だ、教委の仕事だという風に、線引きする人がいて、親は誰に相談したらいいか混乱する事態が。
被災生徒の問題行動も、たまたまだと見過ごさないで、自然体で平時の指導をして頂けたらと思います。
7. Posted by tonamikousen   2011年05月04日 14:50
私が戸惑っているのは、世間の目は、たった一つのできごとで、その所属集団全員がそうだと決め付ける恐怖です。県民性、血液型、職業etc...

なので福島の教師は・・・とか秋田の教育は・・・とかが、福島県人は!教師は!と先入観でかたくなになられるのが残念なのです。

この震災に限ったことではなかったことが、全国に避難するという非常事態で比べられ、先生方の責任や教育力が益々問われる事になるのでしょうね。
本屋さんが言ってました「学校の先生って本を買わない」教育技術のセミナーや教育講演会も異業種の方が関心があって券を買ってくれると。
toshi先生のブログ、教員養成系の学生や免許更新時の先生方も読んでくれるといいですね。いずれ、私のような者の疑問にもお答えいただいて、いつも感動・感謝しております
8. Posted by toshi   2011年05月05日 08:16
tonamikousenさん
 ええっ。もうお読みになったのですか。申し訳ありません。恐縮してしまいます。でも、ありがとうございました。
《避難所でも、それは教師の仕事じゃない、役場の仕事だ、教委の仕事だという風に、線引きする人がいて、親は誰に相談したらいいか混乱する事態が。》
 おかしいですね。部外者に対しては、もっと親身になってほしいものです。たとえ非常時でなくてもです。
《私が戸惑っているのは、世間の目は、たった一つのできごとで、その所属集団全員がそうだと決め付ける恐怖です。県民性、血液型、職業etc...》
 ようく分かります。そして、これって、学校教育のせいもありますね。申し訳ないと思います。
 たとえば、
『一人がやっただけで、A小学校全体がそうだと思われてしまうのですよ。気をつけましょう。』などと、子どもに言う学校は多いのではないでしょうか。
 そういうことを言うと、逆に、よそで何かあったとき、『ああ。B小学校ってそういう学校なんだ。』と思っていいと教えたことになってしまいますよね。
 県民性、教育風土。そういったものは確かにあります。ありますが、だから、『みんなそう。』となれば、それはおかしなことです。
 そういう画一的な見方が強くあるので、個性のとらえもおかしくなるのでしょうね。
《本屋さんが言ってました。「学校の先生って本を買わない」教育技術のセミナーや教育講演会も異業種の方が関心があって券を買ってくれると。》
 そう。本を買って読んでほしいですね。雑学的、薄学的学びの方が多くなっているように思います。
 拙ブログ、おほめいただいたが、これも、雑学、薄学に通じているかもしれません。せいぜい努力したいと思います。
9. Posted by み   2011年05月05日 22:08
私は日経を読んでいませんが、先生のこの驚きは意外でした。それと同時に日経が取り上げるのが遅すぎるとも思いました。
私が教育界に入ったのは5年前、その前は民間の職場にいました。10年前位にリーダーシップ研修を受けました。この時すでに能力開発の視点がありました。それ以降、新人のリアリティショックにどう対応したらよいか、個別の能力を育てるための職業教育について、などを学びました。自費で1万以上する研修に休みに出かけて行ったり、同僚に資料をもらい自己学習しました。その職や立場により、自発的に学習することは当然の事と思っていました。
上意下達の職場が必要だったのは産業構造の変化の前、サービス業の隆盛前の事でしょう。戦後の復興においては追いつけ追い越せで、産業界が求めた人材を養成する教育へと流れがありました。高度経済成長を成し遂げたのはそのような教育があったからでしょう。バブル崩壊から低成長時代へ。そこに必要な人材は今までの上意下達の職場に必要な人材ではなく、それを打破するような人材でした。能力主義が導入されました。年功序列型の雇用形態が変化していきました。50代での解雇通告、リストラによる自殺の増加。能力主義には上意下達の産業構造に適応してきた者への首切りも辞さないものでした。産業界は、バブル崩壊以降の低成長の時代に斬新な考えを提供する人材を求めるとともに、それを育成することにやっきになりました。リーダーシップ研修は、多くの人々が同調することから違った立場に立つことを促し、自身の成し遂げるべきことは何かを問いかけました。上意下達の組織から、組織内部を変化させるように仕向けた研修で、その本人の達成欲求を満たそうとするものでありました。
私が言いたいのは、教育の流れとその外にある社会環境とのギャップが相当にあるということです。それは、上下に限らない横の力であり、尊重すべきものと思います。
10. Posted by toshi   2011年05月06日 06:38
みさん
《先生のこの驚きは意外でした。》
 いやあ。どうもすみません。経済界の『求める人材についての動向』には、やはり無知だったと言わざるをえません。
 ただし、『能力主義が導入されました。年功序列型の雇用形態が変化していきました。』くらいのことは理解していましたよ。
 でも、『上意下達の組織から、組織内部を変化させるように仕向けた研修で、その本人の達成欲求を満たそうとするものでありました。』までの理解には至っていませんでした。
《日経が取り上げるのが遅すぎるとも思いました。》
 これは、現段階では、分かりません。わたしが気づかなかっただけなのかもしれません。
《その職や立場により、自発的に学習することは当然の事と思っていました。》
 すばらしいですね。わたしたちは、こうしたみさんのような学びの姿勢を生涯大切にする人間の育成を目指しています。
《高度経済成長を成し遂げたのはそのような教育があったからでしょう。バブル崩壊から低成長時代へ。そこに必要な人材は今までの上意下達の職場に必要な人材ではなく、それを打破するような人材でした。》
 記事中のAさんからも、記事にした後、再度メールをいただきました。そして、この部分、みさんと同じことをAさんも言っていました。
 《教育の流れとその外にある社会環境とのギャップが相当にあるということです。》
 そうですね。認めざるをえません。教育が産業界の変化に即応できるものでなければいけませんね。まして、《本人の達成欲求を満たそうとするもので》あれば、わたしたちの考える教育観と一致するのですから、ギャップなどないようにしていかないといけないと思いました。
 ありがとうございました。
 
11. Posted by 伊藤   2011年05月07日 11:51
日経が最後の良心と考えるのは、4大紙や地方紙と違って政治に無関心であるからこそ、政治色の強いカラーが出ずに読めるところです。
だから、日本で批判的な人物でも載せますし、日本で素晴らしいと評価されている人間でも批判する。最近、よく調べもしないで書くことが増えたので何とも言えませんが。ただ、広告主の意向は受けるので学校法人がお金を入れたらそれなりの記事を書きます。

先生が日経あたりを読まなかったのはやっぱり小学校や中学校の教員畑にいたからではないですか?
私は高校教員志望ですが、重くのしかかるのは進路指導ですし、やっぱり多くの生徒をいいところへ就職させたいと思うと日経はいい情報源ですし、今は日経新聞が学生に積極的に売り込んで就職活動の支援に回っていますから、学生のほうがよく読んでいるかもしれません。
12. Posted by toshi   2011年05月08日 13:04
伊藤さん
《最近、よく調べもしないで書くことが増えたので何とも言えませんが。》
 先ほど、本シリーズの(2)を入稿しましたが、そこでかいたことと同じ趣旨なので、苦笑いしてしまいました。
《ただ、広告主の意向は受けるので学校法人がお金を入れたらそれなりの記事を書きます。》
 なるほど。それはそうでしょうね。
 これと少し関連しますが、『日本の難点』を書いた宮台氏によれば、日経は売り上げの減少がないので、広告の単価を安くする必要がなく、そのために強気でいられるのだとのことでした。
《私は高校教員志望ですが、重くのしかかるのは進路指導ですし、やっぱり多くの生徒をいいところへ就職させたいと思うと日経はいい情報源です》
 なるほど。よく分かります。教員は日経を読まないがほんとうだとしても、高校の教員は別なのですね。
 

 

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