2011年05月15日

わたしたちは だれも 一人じゃない!!(3) 〜大震災の単元構成へ〜 

PAP_0129 4つ前の記事で、この度の東日本大震災を、単元としてとり上げてほしいと提案させていただいた。
 日本にとって大変悲しい災害であったが、その現実から逃げることができない以上、やはり真正面からこの事態に対峙するようにしたい。たとえ、小学校教育であっても、『みんながつながって、明日のよりよい日本を建設する力となる。』ことを、学力の一つに位置づけたいものである。

  そんな思いでいたら、ある読者の方から、
「震災後の学校教育を考える集いがあります。いらっしゃいませんか。」
とのお誘いを受けた。『うわあ。そうした集いなら、ぜひ出席させていただこう。』とばかり、喜んでうかがうことにした。


 いやあ。出かけていってよかった。ほんとうに驚きやら感動やら、たくさんあった。

 テーマは『学校教育を考える。』となっているが、参会された方々の顔ぶれは、市民、保護者、出版社、教員、学生など、実に多彩だった。
 グループによる話し合いが中心だったが、我がグループには何と子どもが一人(Aちゃんと呼ばせてもらおう。)、お母さんと一緒に参加していた。これにはほんとうに驚かされた。

 そして、後で詳しく述べるが、このAちゃんも立派に発言したのだ。大人ばかりのなかで子どもはたった一人だったが、おくすることなく自然体で話すことができ、とてもよかった。発言内容もすばらしく(詳しくは後述)、我々大人はおおいに学ばせてもらった。

 それ以外でも、わたしが先日書かせてもらったように、『わたしたちは誰も一人じゃない。』なる単元を構成するとしたら、『これは単元のねらいになるな。』『これは学習内容か。』と思えるようなものが、ふんだんに出てきた。


 それでは、さっそく集いの中身に入らせていただこう。

〇まず、講師4人の話から始まった。どれも含蓄のあるすばらしいお話だったが、ここでは、お二人の話の概略を載せさせていただこう。

・まずは、B大学学長のC氏である。

 「こんな未曾有の大震災があり、連日、大変な苦難が報道されているにもかかわらず、『まったくそれはどこの世界の出来事か。何も日本には起きていない。』かのごとく、まるっきりふだんのまま、国語、算数、理科、社会などをただこなしているだけの学校が、全国には多数あります。
 こうした日本全体の苦しみから超然として、ふつうに知識をつめ込むだけで、ほんとうにいいのでしょうかね。それでは、子どもに欺瞞を教えることにならないでしょうか。
 憂慮に堪えません。
 これも、心を育むことなく、知識一辺倒の教育に堕してしまった結果かなと思っています。」

 そうだよね。たとえ単元構成にまでは至らなくてもいい。しかし、今、日本の子どもなら、何らかの苦しみ、悲しみ、手を差し伸べようとする思いなど、誰もがもっているのではないか。

 日経も前記事でとり上げたように、このことを書いている。
『学習指導要領にとらわれず、臨機応変に(授業を)組み立てたらどうか。震災という現実を重い教材に、教科の枠を超えた教育をさぐることもできる。』と。


・続いて、被災地から大勢の避難者を受け入れている地域の小学校長でいらっしゃるD氏のお話となった。もちろん、今、この学校にも、多数、被災地からの子どもが通っている。その学校の近況を語られた。

 「被災地から来た子どもたちは、やはり、ふつうではいられないようです。神経過敏なあまりすぐ泣く子、逆に我慢しすぎる子、また、無表情そのものの子、生活リズムがくずれ、それがもとで体調をこわす子など、ほんとうにそうした姿が多くみられます。
 その子たちと、もともと本校に通っている子たちと、いかにつながり、理解し合いながら学校生活を送っていくことができるか。大きな課題となっています。先行きがまったくみえないつらさもあります。
 とにかく模索しながらではありますが、被災地の方々のことを心にとめて、日々、意欲的に生きる子たちを育てていきたいと思っています。」

 そうだよね。こうした地域の学校は、被災地同様、もう、生活そのものが大震災の惨禍のなかにあると言っていいだろう。日々、『わたしたちは誰も一人じゃない』の心を、生活そのものから学んでいることになる。
 教員の皆さんも、ご苦労の多いこととお察しした次第である。


 講師のお話は以上だったが、このように、両極端の事例をうかがって、身につまされる思いがした。

 そう。そう。D氏の話の中には、『生活用品や学用品などは、PTAなどのご協力により、ちょっと呼びかけただけでもすぐ大量に集まってくる。』という、うれしい話もうかがった。


〇その後、講師の話を受けての、グループごとの話し合いとなった。なにしろ、参会者は教員だけではないので・・・、いや、教員はむしろ少数派なので、それだけ、素朴で自由闊達な話し合いがなされた。

 進行役の方からは、次のような話があった。
「結論は出さなくてけっこうです。まとめる必要はありません。大事なのは、自由に語り合うことです。そのなかで、お互いが意識を深め、それぞれの立場で明日の教育のために何ができるか、それをお考えいただければありがたく存じます。」

 なお、我がグループは、冒頭述べた小学3年生のAちゃん、それにAちゃんのお母さん、さらには、兵役に就いたことがあるという、お年寄りのEさん、小学校・中学校教員のFさん、Gさん、それとわたしだった。


〇それでは、我がグループで話し合われた概要を記してみよう。なお、それはほとんど、わたしの提言した『大震災を単元構成しよう』なる記事にかかわる話ばかりだ。単元構成する際のヒントになる話題が満載である。
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〇まずは、前述のAちゃんからのすごい話。

 「ぼくは、ジャストギビングに参加していて、自分で決めたんですけど、被災地のお友達に毎週一回お手紙を出して、それを一年間続けることにしました。被災地のお友達と、心と心がつながっているようにしたいからです。」

 ほんとうはもっと長く話したのだけれど・・・、
 話の中身もすごかったし、あくまでほこらず飾らず自然体で、
 しかも、何かを読むといったふうでなく、ほとばしり出るような話し方に、もう、一同、感動しつくしてしまった。
「すごいね。一年間続けるの。」
「よく決心したね。」
「がんばってね。」
 そんな声が相次いだ。

 それが、どうも話を聞いていると、学校教育の成果というよりは、家庭教育の力が大きいようにうかがえ、その点では、公教育に携わる者として、ちょっと残念な思いもあったが・・・、

 しかし、その後、うれしい思いになった。

 わたしの隣りにいた若い小学校の教員Fさんだ。
「Aちゃん。すてきな話を聞かせていただいて、ありがとう。とてもいい経験になるだろうね。一年間やり終えたときは、きっと、被災地の子どもたちの気持ちや願いなど、たくさん分かることでしょう。
 実は、わたしね。Aちゃんの話を聞いて、それ、自分の学校でも、やってみようと思う。ちょうど近いうち、児童代表委員会があるから、そこで提案できるよう、がんばってみるよ。きっと子どもたちの賛同も得られると思うので、代表委員会の議題にして、それを全校の取組にしようと思う。」

 わたしは、このやり取りを興奮するように聞いた。そして、思わず、このAちゃん、Fさんに声をかけた。

「Aちゃん。すごい。被災地のお友達に思いを寄せるなど、話している内容もすごかったけれど、その話し方がまたすばらしかった。日本の子どもって、とかく何か書いたものがないとなかなか話せないのだけれど、Aちゃんはまったくそういうことがなかったね。もう自分の頭の中に言いたい内容がしっかりあって、だからこそ、頭の中で思いをめぐらせながら、自然に話すことができたのだね。

 また、F先生。F先生もすばらしい。Aちゃんの話をとり入れて、さっそく自分の学校でも実践してみようとするその心・・・、
 先ほどの進行役の方がおっしゃっていたように、『明日の教育のために何ができるか。』
 『もう実際やっていますよ。』というお話とともに、『さっそく、できることを見つけましたよ。』とも言えるようになったわけで、すばらしいと思いました。
 ありがとうございました。」

 そして、ここで、わたしは、拙ブログの『大震災を単元構成しよう』なる記事の話をさせてもらった。Fさんも、大変喜んでくださった。

〇わたしは、この記事で、『今回の大震災の単元は、総合的な学習の時間に向いている。』という意味のことを書かせていただいた。そして、この場でもそういう話をさせていただいた。

 しかし、我がグループの方からは、異論が出た。前述の代表委員会となれば『特別活動』だし、また、Fさんは、
「地震なら、地層に関連して理科でも学習できそうですね。」
そうしたら、中学校教員のGさん。
「いやあ。中学校こそ、理科で、地震や津波を学習する内容がありますよ。これを、総合的な学習と関係づけてとり上げればいいですね。」
 さらに、Aちゃんのお母さんが、保護者の立場で、
「道徳だって関連するのではないですか。」

 いやあ。ほんとうにその通りだ。この点、前述のように、日経も、『震災という現実を重い教材に、教科の枠を超えた教育をさぐることもできる。』と書いている。

 これはもう、皆さんのおっしゃる方が正論でした。


〇そして、
『今ある現実を直視し、そこから人としての生き方を考え合う。』
ことができそうだし、
『本気で社会と向き合うことの大切さ』
を学ばせることができるのではないかという結論になった。
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〇次は、お年寄りのEさんの話。戦争にもいかれたEさんにしてみれば、今回の津波による惨害が、空襲のそれと重なってしまったようだ。
「わたしたちは、あの空襲の被害から今の日本をつくり上げてきた。だから、あの津波による惨害にしても、きっと数年で立ち直ることができますよ。」
 一同、ほんとうにおっしゃる通りと、うなずいたのであった。


〇グループごとの討議は終わった。そこで、各グループ、どのような話し合いがあったか、代表者が発表することとなった。
 それでは、特に印象に残った2点を記そう。

・全体の結論として、『いい意味のおせっかい社会を創ろう。』が合言葉のようになった。ほとんどのグループでこのことが話し合われたようだ。そして、『つながる』が、キーワードとなった。

 そう。
「どうしましたか。大丈夫ですか。」
「大丈夫ですよ。こまったときは、何でも話してくださいね。」
 直接被災していなくても、平凡な日常の繰り返しの中でも、そうした言葉がふんだんにとび出す社会をつくることが大切だ。

 わたしは、またまた、宮台氏の著作を思い出した。同氏は、このことを、『かまってやれよ社会』の建設が急務だと言った。

 これらは、皆、『わたしたちは誰も一人じゃない。』仮単元の重要なねらいに位置づくものだ。

 この学習は、子どもたちにとって、一生忘れ得ぬくらいインパクトのある学習になるであろう。


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ninki



 最後に、重要なことを一つ。問題提起させていただきます。実際に話し合いの中でも出たのですが、

 わたし、これまで拙ブログに、『教育の内情は、自分たちの地域のことしか分からない。よそのことはほんとうに分からない。』と何度も書かせていただきました。

 この日も、やはり、それを思い知らされました。

 退職して7年目。この歳でまた一つ、分かったことがあります。
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 それは、避難訓練のことです。

 我が地域では、わたしが子どもの時から、学校の避難訓練は毎月行うものとなっています。それが当たり前と思っていますので、『なぜ、毎月』などとは、考えたこともありません。

 しかし、全国的には、そうではないようですね。

 中学校教員のGさん、それに、小学校のFさん、
「ええっ。毎月やるのですか。それはすごいですね。うちの地域は、年一回ですよ。へええっ。」
「いやあ。どうも、毎月やるのは、toshi先生の地域だけかもしれません。他ではまず聞いたことがありませんから。」

 いやあ。ほんとうですか。それは、毎月やった方がいいでしょう。

 まだ、大きな余震があるかもしれないと言われています。

 そこで、あらためて、毎月やるメリットを考えてみました。

・火災、地震、台風による集団下校、保護者引き取り訓練、不審者対応など、多彩な訓練を行うことができる。
・『先月は、全校児童の避難に〇分を要したが、今回の訓練では△分で集まることができた。』というように、子どもたちの動きも上手になっていく。
 (そう。上の上の写真にしても、これは1年生ですが、一人机の下にもぐり遅れた子どもがいますね。この子にしても、次回、さらにその次と、素早く行動できるようになっていくに違いありません。)
・教員も、それぞれが自分の役割分担に従い、児童誘導、けがした児童の手当て、初期消火、校舎内見回り、物資搬送、連絡など、手際良く進めるようになっていく。
・今回のような大震災が実際に起こったときは、その体験、記憶も生々しいため、切実感のある訓練をすることができる。
・保護者の引き取り、消防車が校庭に来ての訓練、不審者対応では警察署など、学校以外の各機関等の協力も得て、訓練することができる。
・不審者対応では、実際に教員がさすまたを持って犯人役に立ち向かうこともするが、『一人では、犯人側の方が強くなってしまうため、複数が同時に立ち向かう必要がある。』ということが分かるなど、反省と手直しが迅速にできる。

 そんな利点があるように思いました。

 そう。そう。毎月やっているからこそできたと思われる、切実感あふれる授業展開が過去記事にありました。ご覧いただけたら幸いです。

    問われる。大人の姿勢も、

 今日は、『日経社説シリーズ』は、お休みさせていただきました。あしからず、ご了承ください。近日中に掲載します。どうもすみませんでした。 


rve83253 at 09:17│Comments(11)TrackBack(0)災害 | 教育風土

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この記事へのコメント

1. Posted by せきちゃん   2011年05月14日 23:59
いつも読ませてもらっています。

震災関係で,どうしようかと思いましたが,神戸で震災を受けたわたしとしてはスルーできなかったので,コメントします。

情けないですが,心の傷?こういうのも嫌ですが,癒えていません。

でも神戸市では,震災の教訓から様々な角度で,教材化され,副読本も完成し,道徳や総合的な学習の時間に学習します。

きっと,教材化されるはずです。決して風化させてならないですから。

神戸は16年経ちました。

これは,義務教育となる中学校までの児童生徒が,震災を経験していないということです。

その子どもたちに,風化しないように,伝えたいという氣持ちで,授業を行っています。


わたくしごとですが,今年度初めて,初任研指導担当になっています。できることからこつこつと行っています。

このブログ,また参考にさせてください。
2. Posted by 今日   2011年05月15日 08:03

下記のご意見、その通りです。

「こんな未曾有の大震災があり、連日、大変な苦難が報道されているにもかかわらず、『まったくそれはどこの世界の出来事か。何も日本には起きていない。』かのごとく、まるっきりふだんのまま、国語、算数、理科、社会などをただこなしているだけの学校が、全国には多数あります。
 こうした日本全体の苦しみから超然として、ふつうに知識をつめ込むだけで、ほんとうにいいのでしょうかね。それでは、子どもに欺瞞を教えることにならないでしょうか。
 憂慮に堪えません。
 これも、心を育むことなく、知識一辺倒の教育に堕してしまった結果かなと思います。」


* 原発問題、どう対処するか。
それに立ち向かわないと、命が危ないのですから。
3. Posted by tonamikousen   2011年05月15日 09:56
>何も日本には起きていないかのごとく国語、算数、理科、社会などをただこなしているだけの学校

本当にそうです。たとえばブログ村の教育カテゴリーを覗いても、まだ独りよがりの先生の記事の方が多く見られます。何かちょっと残念です。
こんな時だからこそ!の授業をやってみる先生の姿を探せません。なので、toshi先生のブログを見つけたときはホッとしました。

南相馬市の学校。鹿島区という放射線値からすれば、いつ警戒区域になってもいい場所に集められた子どもたち。校長室に引かれた4本の電話。船頭多くして・・・の状態。体育館や廊下でそれぞれ別の授業。一昔前のオープンスペースでの騒音被害どころじゃない。
ただでさえ不安な被災児童に四人の校長、一つの校舎。国語・算数・避難訓練が続く時間割。

「教え子を再び戦場に送るな」のスローガンで頑張っていた団体さん。この気持ちをお忘れですか?
「教え子を危険な放射線地域から助け出そう」「同僚を不当な兼任辞令から救おう」という動きを起こさないのはなぜ?
ゆとり教育
4. Posted by tonamikousen   2011年05月15日 10:13
云々を批判してる暇があったら、それこそtoshi先生の提案する授業で、人の痛みがわかる生徒の育成をお願いします!

たまたま被災地以外で働ける幸運があっただけで、いつ、被災教師として辛酸をなめるようになってもおかしくないのです。この地震国日本の原発列島の上では。

ごめんなさい興奮しました。なにしろ教育の機会均等が吹っ飛んだ様子を目にしてるので・・・
情報とお金に余裕がある親子が、まだ避難区域でもないのに早々と県外に脱出し、平穏な学校生活を3食付の旅館から送迎つきで送っているかと思えば
計画避難区域に指定され、毎週支援物資を届けている相馬市・南相馬市の親子が、会うたび瘠せていくのを見る辛さ。

体育館や校庭が使えず、思いっきりスポーツしたいと思えば、ボランティアが企画してくれた月一度あるかないかの招待試合に参加するしかない。普通に縄跳びやキャッチボールする広さがあればいいのに

文科省や教委に意見できる立場にある先生、どうか残っている子どもたちを助けてあげて下さい。
5. Posted by toshi   2011年05月15日 21:19
せきちゃんさん
 まあ、お久しぶりです。コメントをいただき、ありがとうございます。
 早いものですね。もう、16年ですか。救援にうかがったときのこと、昨日のように思い出します。確かに、今の小・中学生にとっては、話でしか聞くことのできない世界なのでしょうね。わたしにとっての太平洋戦争のような感じかなと思いました。
 《神戸市では,震災の教訓から様々な角度で,教材化され,副読本も完成し,道徳や総合的な学習の時間に学習します。》
 そのようにして受け継いでいくこと、すごく大切なことですね。神戸市民の皆さんにとっては、今回の東日本大震災も、自分のことのように思われているのではないでしょうか。
 わたし、副読本ではありませんが、当時の西宮市の教頭先生方が編纂された、『緊急レポート そのとき学校は 阪神大震災に学ぶ』という冊子をいただいています。
 これなど、当時はまだ総合的な学習の時間はありませんでしたが、被災から立ち上がろうとする当時の子どもたちの学習のために、貴重で重要な役割を果たしたのだろうなと思いながら、今あらためて少し読み返してみました。

 今年、初任者指導担当でいらっしゃるとのこと。わたしのような退職者とは違いますから、お忙しい毎日でしょう。これからの教育のためにご尽力のほど、祈念しています。
 

 
6. Posted by toshi   2011年05月15日 21:32
今日さん
 せきちゃんさんからいただいたコメントで思うのですが、こうした学習が、被災地限定とならないようにしたいものですね。
 原発については、これまで不勉強だったのですが、今回の事件でいろいろ分かってきました。
 安全を守るための取組などほとんどなかったし、考えもしなかったようですね。だからでしょう。学者の言うこともまちまち。おまけに、一人の学者も、日によって言うことが違ったりしています。
 今日あたり、また、危険性が増してきたような報道がなされています。
 さらには、浜岡原発にしても、たとえ停止しても危険が除去されたわけではないのだそうで、
 こんなものにたよってきたのかと、今さらながら驚いています。廃止に賛成です。
7. Posted by toshi   2011年05月15日 21:55
tonamikousenさん
《「教え子を再び戦場に送るな」のスローガンで頑張っていた団体さん。この気持ちをお忘れですか?
「教え子を危険な放射線地域から助け出そう」「同僚を不当な兼任辞令から救おう」という動きを起こさないのはなぜ?》
  いやあ。耳の痛い話だけれど、ほんとうにおっしゃる通りです。『こういうときに声を上げずして、いつ上げるのだ。』といった感じですね。
 原発に汚染された地域はもちろん、それ以外のところでも、震災の影響が長期化するにつれて、矛盾はますます広がりつつあるようですね。
 それにしても、政治の貧困を痛感しています。せいぜいブログで訴えるしか能がないこと、申し訳ない思いです。
8. Posted by 伊藤   2011年05月19日 16:35
まもなく、教育実習が迫ってきました。
模擬授業ではありますが、家庭科で今回の品不足を取り上げて、生活に必要なものは何かという授業を作ってみました。
中学生向けですが、トピックスとしての食いつきは良かったです。

避難訓練ですが、私は東海地震の指定地域にありましたが、学期に一回でした。
東京の大学でも避難訓練を一度しましたが、大学でもするのは珍しかったですね。
小学校に行ったときに避難訓練を受けましたが、セットで災害の歴史などをつけておくと、より訓練が効果的になるとおもいますが。

学校が避難所に指定されるケースだと、管理職あるいは当番で警報や何か出れば、教員が真っ先に駆けつけなくてはいけませんから大変です。今回は昼間でなおかつ学期中だったからこそよかったものの、深夜になると間に合わないケースも含むと災害においては教員の負担が大きいですね。
9. Posted by tonamikousen   2011年05月19日 21:56

伊藤先生の授業見たかったです♪

秋田では震度5以上で公務員は登庁することになっているのですが、先日、深夜にあった地震では所長ら管理職5名が寝ていた^^;ニュースに県民の不満が充満しています。

先生方も大変だと思いますが、世の風潮として、その分21日には必ず給与&ボーナスが支給されるから当然の責務・・・と考える民間人が多いのです。どうぞよろしく

ちなみに、宿泊業界でも年2度の避難訓練&救急法受講が義務付けられていて、大半は罰則がないので無視してるようですが、ウチは中学生の職業体験を受け入れているので、一緒にこなしています
湯治に来るくらいですから大変なお客様を巻き込んで?中学生が支えて外に出る姿は初々しくて好きです
10. Posted by toshi   2011年05月21日 07:10
伊藤さん
 教育実習。期待に胸をふくらませていらっしゃることでしょう。成果が上がりますよう、祈念しています。
《家庭科で今回の品不足を取り上げて、生活に必要なものは何かという授業を作ってみました。》
 これも立派に拙提案の『わたしたちは誰も一人じゃない。』単元に位置づくものですね。被災地の苦難をよそに、買い占めに走るケースもありましたものね。
《セットで災害の歴史などをつけておくと、より訓練が効果的になるとおもいますが。》
 その通りですね。今回も津波に襲われた地域では、やっていたのではないでしょうか。むかしからの言い伝えなどが生きて、命を救われたという話もけっこう聞きました。
 我が地域においては、やっている学校もあるといった程度です。ただし、今回の津波が、川を10km以上さかのぼったという報道があり、それを自校に当てはめて訓練に生かしたなどというケースもあります。わたし、拙ブログにも何度か書かせていただきましたが、やはりこうした面でも、むかしはどうだったかとともに、よそはどうかという、その双方を生かす必要がありますね。
《深夜になると間に合わないケースも含むと災害においては教員の負担が大きいですね。》
 はい。その通りです。
 そこで、我が地域では、学校に誰もいなくても、いざという場合避難所として機能するよう、地域の方数人に鍵を預けていますし、そういう場合、地域の方が避難所運営の中心となるような組織づくりも行っています。そして、そのなかには、近くに住む役所の方、教員も入るようになっています。



11. Posted by toshi   2011年05月21日 07:20
tonamikousenさん
《秋田では震度5以上で公務員は登庁することになっているのですが、》
 これは我が地域もそうなっています。教員も勤務校に駆け付けることになっています。しかし、発生時刻や距離、及び家庭の事情などにより、やはり無理なケースはありますよね。それは事前に地域の方々に話し、ご理解いただくようにする必要があるでしょうね。
 それによる給与、ボーナスは、おそらく出ないでしょう。聞いたことがありません。
《宿泊業界でも年2度の避難訓練&救急法受講が義務付けられていて、》
 こういうお仕事の場合、年2回でも、大変でしょうね。お客さんにしてみれば、まずい日にあたったと不満が出るかもしれませんね。
 中学生の職業体験と一緒にやるというのは、いいですね。学校でも避難訓練はしているでしょうから、その応用編といった感じかもしれません。

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