2011年06月03日

初任者とともに伸びよう(1) 〜子どもが指導書だ!〜  

PAP_0128 本論に入る前に、かなり長い前おきとなってしまいます。申し訳ありません。

 退職して7年目。それは、初任者指導の7年目でもあるが、今年は大変うれしく、格別な初任者指導となっているので、まずはそのことから書かせていただく。

 それは・・・、

 今年度初めて、なんと1年生担任の初任者(Aさん)を担当することになった。B小学校である。
 昨年は、C小学校で、6年生担任の初任者に驚かされたものだった。
 そう。1・6年ともに初任者が担任することはめったにないと思う。だから、そうした出会いにめぐまれたのは、驚きもあるが、
 おかげで、7年目にして全学年の初任者指導を経験できることになった。うれしい限りである。

 思えば、わたしの1年生担任の最後は、もう20年前になる。早いものだ。すでに親になっている子もいるしね。
 そんなわけで、久しぶりに1年生の子たちと教室で日々ふれ合えることとなった。毎日が新鮮であると同時に、なつかしくもある。Dちゃんの言動とかクセが、ずっとむかし担任したEちゃんを思い出させるなどということもある。

 『格別な思い』になる理由がもう一つある。

 私的なことだが、今年度、我が長女の二男と次女の長男が、そろって小学校入学だ。だから、Aさんの学級の子とふれ合いながら、我が孫を思い浮かべる・・・などということもある。


 さて、
 『1年生は宇宙人』と言われる。総理大臣が宇宙人なのはこまるが、1年生のそれは、日々、楽しくもなる。

 そんなわけで、1年生との会話を少しだけ。

・後で、Aさんの学級でわたしが行った授業をとり上げるが、その授業後、よくわたしに声をかけてくれるようになった子がいる。Fちゃんだ。
「toshi先生。歳、いくつう?」
「歳かあ。いっぱい数えなきゃなんないから、忘れちゃったよ。」
「ええっ。歳、忘れちゃったの。・・・。34歳?」
「うわあ。そんなに若く言ってくれて、ありがとう。」
 よくよく聞いていると、Fちゃんのお母さんが33歳なのだった。それよりは上と思ったようだ。
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・次は、前からよく声をかけてくれるHちゃんである。
「toshi先生。きのう、何で来なかったの。」
「あら。わたしは、『一週間に2日だけ、このB小学校に来る。』って言ったでしょう。〇曜日と△曜日なの。きのうは、☆曜日だから来なかったんだよ。」 
「ふうん。なんで、〇曜日と△曜日しか来ないのう。」
「それはね。このB小学校だけじゃなくて、もう一つ、別な学校へも行っているからだよ。」
「ええっ。別な学校にも行くの。変だよ。そんなの。toshi先生は一人じゃん。」
「・・・・。」
 なんとなく分かる気もするが、意味不明だ。

 あっ。そう。そう。Hちゃんだって、もちろん担任のAさんは大好きだ。どうも、『toshi先生は一人だけ』と言いながら、自分の受け持ちは2人いてほしいようだ。

・「ぎゃあっ。おまえが〜するからこんなになっちゃったじゃないか。」
と大泣きして、相手の子にわめき散らすような子がいる。前述のDちゃんだ。しかし、2・3分もたつと、もうその相手の子と『仲良し』な関係に戻って、楽しく笑い合っている。

 Dちゃんは、カッとなるとこのようだが、ふだんはすごくやさしい。
 遠くの席の子が自分の席に鉛筆の忘れ物をした。すると、すぐその子の席まで届けに行く。また、給食のときは、わたしのイスを所定の場所まで運んでくれる・・・こともある。

 ちなみに、『Dちゃんの言動やクセは、ずっとむかしのEちゃんを思い出させる。』と述べた。そのEちゃんのことは、すでに拙ブログに書いている。本記事とは関係ないが、楽しく読んでいただけると思うので、興味ある方はご覧いただけたら幸いである。なお、リンク先では、Aちゃんとしている。
     かわいいエピソード(2)

 ああ。今のクラスに戻ろう。

 こんな調子で、毎日のように、ハプニングが起きる。
 でも、担任のAさんが温かく、包容力をもって子どもと接しているので、子どもも安心して日々学級生活を送っているようだ。
 終始笑顔を絶やさず、余裕をもって接しているので、最初、
『Aさんは初任者だが、臨時的任用職員とか非常勤講師とか、すでに教壇に立った経験があるのではないか。』
と思ったものだった。しかし、そのようなことはないとのこと。もう、舌を巻く思いだ。


 正直言って、Aさん。ごめんなさいね。入学直後は、かつて記事にしたこともある『小1プロブレム』におそわれはしないかと、本気で心配した。

 その代表格はGちゃんだ。授業中も床に寝そべったり、立ち歩いてそばにいる子にちょっかいをかけたりした。また、Aさんが、
「クマさんは、袋の中がからっぽなので、どう思いましたか。」
と問うと、
「『よかったよ。うれしかったよ。』って思った。」
など、不規則発言ではあるが、わざと『反対』に反応するようなこともめずらしくなかった。Gちゃんにその意図はないにしろ、授業が混乱する要因になりかねないと思われた。
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 しかし、
・Aさんがスキンシップを大事にしたり、席についているだけでもほめたりして見守ったり、
・また、学級経営補助として、Jさんが個別に対応するなどしてくださり、
・6年生の子たちも、朝の会や昼休みなど、随時、1年生の教室に入ってお世話してくれたりした結果、
今ではほどんどそのような行動は見られなくなった。

 わたしも、Aさんに言ってきたことがある。

「Gちゃんはね。よく、先生や友達の話を聞いているよ。だって、聞いていなければ、『よかったよ。うれしかったよ。』などとは言えないだろう。
 それに、『わざと反対に答える。』ということは、頭のよさも感じられるね。

 なぜそうなってしまうかと言うと、『注目されたい。』『目立ちたい。』という気持ちが、人一倍強いからではないかな。ようするに、愛情不足なのだよ。だから、スキンシップを大事にして、よくほめてやることだね。また、Gちゃんのよさをみつけて、それを生かすことにより、学級のなかに認められる『場』を創ってやることだ。」

 そんなわけで、当初、かなり心配した『小1プロブレム』だったが、Gちゃんの問題行動が他の子に波及することもなく、学級はかなり上向いてきた。


  それでは、お待たせしました。いよいよ本論に入らせていただくが、

  先日、わたしは、初任者Aさんの研修のために、A学級で授業を行った。その様子は、姉妹ブログの、『小学校初任者のブログ』にくわしい。
 一時間の授業を紹介しているので、かなり長くなるが、楽しく読んでいただけると思うので、お時間のある方は、ぜひご覧いただきたい。
     しろい みを たべたからなの?? 〜多様性の理解へ〜
(以下、本記事で、このリンク先記事を引用するに当たっては、『しろいみ』と記載する。)

 
 ここで申し上げたいことの一つ目は、本記事サブタイトルの『子どもが指導書だ!!』にかかわる。

〇さあ、『子どもが指導書だ!!』とはどういうことか。

 一口で言えば、『教科書会社発刊の指導書は大切にしなければいけないが、それにとらわれてもいけない。目の前の子どもたちこそ、指導書以上に大切なのだ。』となるだろう。
 
 それでは、そうした観点で、『しろいみ』の授業をふり返ってみよう。

・まず、指導書に記載されているが、子どもたちが特に反応を示さなかったり、そうした実態がないのでとり上げなかったりした事項は、
  ○指導書のねらいに書かれている、『リズムを意識しながら、音読することができる。』
  ○『教科書を見ないで読みましょう。』と指示すること。
となる。

・次は、逆に、指導書には書かれていないが、子どもが関心を示したのでとり上げたことは、

  ○題名を読むか読まないかを通して、この『あかい とり ことり』には、『題名がついていること』を押さえた。(『しろいみ』の記事のDちゃん)
  ○『友達の発言をしっかり聞き、それらを因果関係を中心に、お話にまとめた発言』をとり上げ、ほめることにより、そうした『思考』の広がり、定着をねらった。(Gちゃん)
  ○指導書の『想像を広げ〜、』のねらいに含まれるとは思うが、『黄色い鳥もいるよ。』という発言を大事にし、全体になげ返した。(『しろいみ』の記事のJちゃん)

・次は、わたしの失敗例で、とり上げることができず大反省を迫られたのだが、
  ○子どもは多様な読みをしている。それなのに、多様な読みを大切にしてあげることができなかった。拙ブログに何度も書いているように、『違いと間違い』は違うのに、尊重しなければいけない『違い』を、『間違い』としてしまった。(『しろいみ』の記事のNちゃん)


 以上、『子どもが指導書』ということ、『子どもを大切にする』ということは、そういうことだ。

 要するに、教材研究という意味で教科書会社が出す指導書は大切にし、そこに書かれている内容はしっかり頭にたたき込みながらも、目の前にいて脈々と生きている子どもたちの想いや発想を、それ以上に大事にして授業を進めたい。
 学びの主体者は子どもだ。子どもの思いだ。『子どもが何を学びたがっているか。』『何に引っかかっているか。』そうしたことこそが最重要視されなければならない。

 Aさんには、そこのところを学んでほしいと思った。


〇特筆すべきは、Gちゃんだろう。『小1プロブレム』に関連しふれたように、いろいろ問題行動の多かったGちゃん。しかし、Aさんの包容力と愛情などで、今、変容しつつある。

 そのGちゃんが、この授業で、すばらしい発言をした。もうすでに概略は記載したが、くわしくは、『しろいみ』の後半、『〇その次、Gちゃんだ。すばらしい発言をした。』からがそれにあたる。なお、リンク先でも、Gちゃんとしている。

・わたしは、授業のなかでGちゃんを絶賛した。

 そう。とかく、わざと指導者をこまらせる(?)Gちゃんのようなタイプの子は、扱いにくい子として敬遠されがちだ。怒られることも多くなりがちだろう。

 しかし、もうすでに、Gちゃんのよさを見つけた。それは、『友達や先生の話をよく聞いている』ということ。たとえ、授業中立ち歩いていても、いたずらしているように見えても、実はちゃんと聞いているのだ。

 そこをうんと認めてやる。繰り返し、繰り返し認めてやる。それが、そういう子にも活躍の場を与えることになる。そして、自信をもたせることは、問題行動の減少にもつながる。

 Gちゃんはまだまだ発展途上だ。これからも、Aさんには、そんな思いで包み込んでもらおう。

・もう一つ。言えることがある。

 わたしは、Gちゃんを絶賛するにあたり、『友達の発言をよく聞いて、お話を創った。』と言った。

 でも、ただ、友達の発言をよく聞いていただけではお話を創れない。この場合は、因果関係を大切にして、友達の3つの発言を関係づけることができた。それは、創造的思考力を発揮したということだ。
 
 これは、まさに、問題解決能力に直結する学力である。


〇次に言いたいことは、

 本教材のねらいの一つは、『楽しんだり、想像を広げたりしながら読む』である。
 だから、子どもの想いを最大限大事にする。そのため、『指導者からの一方的な発問・指示』はしない。つまり、子どもにとって、自由度が高いのだ。

 それでは、今の時代、学習指導要領上ものすごく大切にされるようになった言語事項。これは大事な基礎基本の一つとされる。どの子にも押さえなければいけないとされる。
 だから、自由度が低いようにみえる。それなら、一方的な注入に心血注ぎこむべきか。


 いや。いや。やはり、そうはならないだろう。

 大事だからこそ、子どもの意欲、興味・関心はやはり最大限尊重されなければならない。


 ここで、一つ、Aさんに注文をつけさせてもらおう。

 上記、『しろいみ』の授業の一時間前だった。

 『さる』と『ざる』というように、濁点がつくとまったく意味の違う言葉になってしまう学習をしていた。教科書には、お猿さんと笊(ざる)の絵も描いてある。

 その学習で、『ふた』と『ぶた』をとり上げていたときだった。Kちゃんが言う。
「まだ、あるよ。」

 ここでの、Aさんの対応はよかった。余裕があった。
「ほんとう。何があるの。」
「『ふだ』がある。」
 そうしたら、何人かの子たちから、
「ええっ。『ふだ』ってなあに。」
という声が上がった。

 Aさんはあくまで冷静。自分の首にかけている物をかざして、
「これが、『ふだ』です。わたしの名前が書いてあるでしょう。名前の札だから、名札というの。」
 と、ここまではよかったが、

 次の「まだ、あるよ。」の声には、びっくりしてしまったようだ。「もうないでしょう。」の一言で済ませてしまったが、

 ここはやはり、子どもの想いに応えてやってほしかった。実際聞かなかったから、子どもたちは何を言いたいのか分からなかったが、
 もし、『ぶだ』と言うのなら、そういう言葉があるのか、全体になげ返してほしかったし、

 わたしはわたしで、『ふたり』とか、『ふたつ』とか言うのではないかと想像した。

 もしそういう答えが返ってきたら、それも全体になげ返し、この学習内容に合っているのかどうか、つまり、『濁点がつくとまったく意味の違う言葉になってしまうこと』になるのかどうか、そのことをみんなに考えさせてほしかった。

 すみません。こういうのは、何思考というのだろう。

 まあ、いずれにしても、そうして全体に返すことが、子どもの思考力を養うことになる。
 これは、『学び方』を学ばせることにもなるね。そして、さらには、『言語事項においても、子どもが指導書だ。』を実践することになる。


〇さらに、
・本記事で述べたような実践、つまり、子ども主体の学習
・そして、毎日の楽しい学級生活こそが、
 最大の言語事項の学習になるのだということにふれてみたい。
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 何はともあれ、授業では、子どもが意欲的に学んでいなければならない。子どもの想い、疑問、こだわりが最大限、表出される授業でなければならない。
 また、日々の学級生活のなかで、『A先生。A先生。あのね。〜』と話しかけたくなるような言語環境。それにめぐまれる必要がある。

 それが、『表現力』をきたえることにつながる。

 冒頭、いくつかとり上げたようなエピソードは、皆、それにあたるね。

 そのなかでも、特筆したいのは、Fちゃんだ。校長先生のお話では、Fちゃんは、入学直前、言語の遅れを心配する母親から、相談があったのだという。

 そう言えば、『しろいみ』の授業まで、Fちゃんが話しているのを、わたしは聞いたことがなかった。挙手もなかったしね。でも、この授業をきっかけにして、ものすごくわたしに話しかけてくるようになった。


 さて、『表現力』については、『しろいみ』の記事でも書かせていただいた。今、その部分を再掲させていただこう。

 『そう。豊かな表現力を培うことも大切だ。ただし、それは、発言することだけではないだろう。ノートに書く文章からも、そうした力を養うことはできる。
 しかし、まだ、入学して間もない子どもたち。文章を書くと言ったって、そう自由に書きこなせるものではない。
 だから、この時期、指導者の目や耳はとぎすまされていなければならない。言外の意味をくみ取るとか、子どもの示す表情やしぐさから読み取るとか、絵を描く機会をたくさん設けてそこから読み取るとか、あらゆる機会、あらゆる手段を通して、表現力を高めることをねらっていくようにしたい。』

が、それにあたる。

 こうしたことの積み重ねが、生きてはたらく、つまり、生活に生きる、『言語事項』の獲得につながっていくのだ。
 

〇ああ。そして、最後は、本記事のタイトル『初任者とともに伸びよう』にかかわる。

 誰がともに伸びるのか。

 そう。それは、恥ずかしながら、わたしのことだ。40年教職についていても、まだまだ反省材料は尽きない。

 そう。日ごろ、わたしが主張していることなのに、それができなかった。肝心なところで、指導書にとらわれて(?)しまった。面目ない。
 
 まだまだ、わたしも発展途上なのだ。そういう意味で、『わたしの決意』をタイトルにさせていただいた。

 なお、この部分についての詳細は、『しろいみ』の記事の末尾、『〇最後に、わたしから言ったことは、』からに記載している。


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 『しろいみ』の記事は、次女に紹介しました。
 『教科書が孫の学校と同じだから、ぜひ読んでほしい。』と言いながら。

 さっそく、娘から返信がありました。以下の通りです。

 『〜。

 ただ読むだけの音読はどうかと思うけれど、想像の世界がどんどん広がるのは、みんなどの子も、楽しいだろうね。特にこの場合は詩だから、声を出して読むのも大事だね。L(孫)の音読も真剣に聞いてやらないといけないなと思いました。
 
 〜。

 楽しいのが一番だね。Lが、『毎日、学校で、楽しいことがあり過ぎるよ。』と言っているのを聞くと、わたしもうれしいし、ホッとします。』

 はい。それを読んで、おじいちゃんもホッとしました。


rve83253 at 00:30│Comments(4)TrackBack(0)学級経営 | 初任者指導

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この記事へのコメント

1. Posted by rusie   2011年06月04日 08:12
toshi先生 お久しぶりです。
先生も1年生との生活をしていらっしゃるのを知り,とってもうれしくなってしまいました。
今年3年ぶりの1年生担任で毎日,1年生との暮らしを満喫しています。
震災後の1年生ということで,この2カ月いろいろいつもの年とは違うものを感じてきました。やっとこのごろは落ち着いてきましたが,それにつれて本来の子供の友達とのトラブルなども目立ってきました。
余裕のない毎日になってしまって,昨日あたりは,子どものよさが見えなくなってしまっていました。
このブログを読みながら,そうそううちのクラスの子供達もおしゃべりでとってもすてきなことをたくさん話してくれる・・と心穏やかになりました。
1年生のあれこれ,たくさん書いてくださいね。
私も,ブログを書く余裕を持ちたいと思っています。
2. Posted by toshi   2011年06月04日 13:39
rusieさん
 大変な状況の中、コメントをいただき、ありがとうございます。
 貴ブログ、拝読しました。
 大震災に遭遇してしまったこと。謹んでお見舞い申し上げます。まだまだ大変なことと思います。少しでも早く復興されますよう祈念しています。
 卒園式もできず、小学校に入学してきたという、そういう1年生との毎日は、また我々とは違った苦難があることでしょう。余震も続いていますから、そういうときは、子どもたちもとても平常心ではいられないのではないでしょうか。
 何もかも変則的ななか、子どもたちのために日々ご奮闘いただいていることに、敬意を表します。

 拙ブログ記事がrusieさんに一時の安らぎをもたらしたのなら、これはもう、望外の喜びです。こちらこそ、今後ともどうぞよろしくお願いします。

 そういえば、記事中のA学級に中国籍の子がいるのですが、家族そろって中国へ帰っていて、5月上旬に帰国(?)。それから登校するようになった子がいます。震災の影響は当地でも、いろいろあるようです。
3. Posted by rei   2011年09月11日 23:40
こんにちは。わたくし、今年初任者研修をうけております23歳です。先生のブログをみるととても勉強になり、心がほっとします。
また、拝見させていただきます。
ありがとうございます。
4. Posted by toshi   2011年09月12日 20:01
reiさん
 うわあ。初任者の方ですか。コメント、ありがとうございます。どうぞ、末永くよろしくお願いします。

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