2011年10月28日

初任者の成長(14) Bちゃんの転校で

kodomo95 3年生担任の初任者Aさんは、話の途中で言葉をつまらせてしまった。しばらく話せなくなった。
 やっとの思い。声をふりしぼる感じでまた話し始めた。その様子を見ていたわたしまで、 目頭が熱くなるのを覚えた。

 自分のクラスの子が転校する。来週からはこの教室に来なくなる。Aさんにとっては初めての経験だ。Aさんが、いかに子ども一人ひとりの存在にのめり込んできたか。それを実感させられた瞬間だった。

『自分の転校は、その日までみんなに言わないでほしい。』それがBちゃんの希望だった。しかし、それではお別れ会も何もできなくなってしまう。それでAさんの方から、前の日に話すことをお願いしたようだ。

 ところで、わたしがこの教室に入るのは週2日。そのため、Bちゃんとはこの日が最後になってしまった。声をかけてやりたかったが、『さようなら。』のあいさつの前にBちゃんは泣きくずれてしまったし、また、あいさつの後もわたしよりはやく、男の子、女の子関係なく何人もがBちゃんをとり囲み、Bちゃんの肩に手を置くなどして名残を惜しんでいたし、そんなわけで、わたしの出る幕はないようだった。

 あした(実は今日だが)は、このクラスはどうなってしまうだろう。教室中、涙に包まれてしまうのではないか。


 学級って、ほんとうに担任の人間性に支配されるね。Aさんの場合、若さはもちろんだが、包容力、温かみ、ゆとりと張り、まあ、それらを総称して『子どもへの愛情』ということになるだろうが・・・、そういったものが、子どもとの関係をすばらしいものにしていると思う。 

 よく『クラスの子どもたちが自然に成長した。』という言い方をする教員がいるが・・・、これが自分のクラスなので『謙遜して言っている』のならいいが、人のクラスのことをそういうふうに言っているのを聞くと・・・、
 そんなことはありえない。自然になんか心は成長しない。そう言いたくなる。
 一人ひとりならともかく、学級というまとまりの成長となれば、これはもう、担任の影響力、担任の努力の成果であることは間違いない。
 放課後、Aさんにはそのように話し絶賛した。また同時に、『まだまだクラスは発展途上だ。もっと豊かな人間関係の構築はできるはずだから、がんばってほしい。まあ、そうは言っても、前向きで努力家のAさんだから、残り、5カ月、きっとすばらしい成果を上げるにちがいない。』という話もさせていただいた。

 
 ほんとうに、ここのところ、A学級は急速に成長した。

 この日も感動的な場面はいくつも見られた。とはいっても、ふつうはこのようなことは別に感動することではないのだろうが・・・、
kodomo96
 たとえば、保健室での検診の後、Aさんはいないなかで、子どもたちは三々五々教室に戻ってくるが、教室を走り回ったり、ふざけっこを始めたりする姿は皆無だった。
 そう。そう。冒頭の写真はそのときのものだ。
 また、この写真の後Aさんが教室に入ってくると、もうそれだけで子どもたちは着席するし、教科書などを出すし、静かで落ち着いた雰囲気になった。そして、先生の方を向いて、授業が始まるのを待つ構えとなる。

 思えば、6月ごろだったかな。学級懇談会で、一人の保護者からAさんは批判されたらしい。
「もっときびしくやってほしい。先生が甘いから、授業をひっかきまわすような子どもがいるし、だいたい授業が始まっているのに、学習するといった雰囲気になっていない。」
 しかし、Aさんは、
「はい。そういう状況は一部、確かにあります。すみません。でも、しかったり注意したりするよりも、ほめることをさがして、子どもとの関係を大事にしながら、子どもの成長を促すような取組でやってきたし、これからもそうしていきたいと思っています。そのようにtoshi先生からもご指導いただいていますので、どうか、長い目で見守ってほしいと思います。」
というように答えたらしい。それで、多くの保護者はうなずいていたとのこと。よかった。また、ありがたかった。

 わたしは、わたしで、
「うわあ。わたしの名前まで出して答えたのか。これはもう、責任重大だな。」
と冗談とも、本音ともつかないことを言ったのだった。それだけに、今日のA学級の姿には、ほんとうにうれしく感じた。

 そう。このクラスには、わめくようにうるさいCちゃんがいる。授業中も、まるで先生とCちゃんだけの会話になっているかのような瞬間がある。友達の発言中もそれをさえぎるかのように大声を発してしまう。だからその声に押されるように、他の子はだまってしまう。
 また、乱暴もけっこうあった。友達にけがさせたことも、一度や二度ではない。その一方で、自分がやりたいことは情熱を燃やす。お楽しみ係となり、クラス全体でゲームなどやるときは、率先して準備・運営に取り組んだ。かなり自分本位の取組ではあったけれどね。

 いつのころからだっただろう。Cちゃんは急速に、担任のAさんに甘えるようになった。Aさんに抱きつくし、ふいに背後からとびつくものだから、もう体は大きいし、いくら運動で体をきたえているAさんとはいえ、ぎっくり腰等、体を痛めないかと心配になるほどだった。
 幼児期、甘えさせてもらえなかったのを、今になってとり戻しているかのように見えた。現に、そばにいるDちゃんが、『まるであかちゃんみたい。』と叫ぶこともあった。

 以前のCちゃんなら、烈火のごとく怒っただろう。そして、Dちゃんに戦い(?)を挑んだに違いない。しかし、このときは違っていた。担任に甘えさせてもらえる充足感からだろう。Dちゃんの言葉を意に介せず、甘え続けていた。
 でも、これも一過性。今はもう、甘えは言葉の上だけとなっている。


 そして、Bちゃん転校のニュースのあったこの日、Cちゃんは、もう、きわめて『ふつうの子』になっていた。ほんとうに、変な意味で目立つことがまったくなかった。
kodomo94
 
 さあ。冒頭述べたように、A学級は発展途上。

 今、Aさんは子どもをほめながら、同時に、学級のルールの徹底にも取り組んでいる。
 それで感じるのだが、Aさんの話をしっかり聞き、それをすぐ実践に移そうとする子どもたちの姿がふんだんにみられるようになった。
 前は、このようにはいかなかったものね。いくら話して聞かせても馬耳東風。ひびく感じがしなかった。聞き流しているように感じることもあった。
 やっぱりこの点でも、Cちゃんの変容が大きいようだ。『Cちゃんががんばっているのだから、ぼくたち、わたしたちもしっかりしなければ。』そんな思いがあるように感じる。

 また、話し合い学習の充実にも取り組みだしたところ。発言中、ちゃちを入れられることもなくなったから、発言する子が増えつつある。声の小さかった子も、大きくなりつつある。安心して言えるようになっているのだろう。


 それでは、最後に、このような時期でのBちゃんの転校が意味することは何か。

 Bちゃんは、授業中、おとなしいし、あまり目立つところはない。しかし、落ち着いているし、だれとでも仲良くできるし、休み時間等、先生や友達との会話は多い。また、笑顔を絶やさない。リーダーシップを発揮するといったタイプではないが、人気者ではある。ちょっと3年生にしては、大人っぽい感じもある。

 そうした子の転校は、子どもたちもさびしがるに違いない。一つ空席ができることは、一つでは済まないのではないか。二つも三つも空席ができてしまったかのように感じるのではないか。
 しかし、そのさびしさは、きっと学級を一つにまとめる力として作用するだろう。今もまとまりつつあるが、さらにそれを強める効果をもたらすだろう。

 Bちゃんも新しい学校ですぐ友達をつくるに違いない。わたしは声をかけて上げることができなかったけれど、幸せを願わずにはいられない。


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 子どもの転校。わたしにもいくつもの思い出があります。

 ちょっと本記事とは関係ありませんが、奇跡にも近い話題を2つとり上げさせてください。

〇わたしは、3・4年と持ちあがり、その後、異動となりました。そして、異動先では、5年担任となりました。

 半年後、転入生がありました。
 もうお分かりいただいたかな。その転入生は前任校で、わたしのクラスにいた子だったのです。お母さんがおっしゃっていましたっけ。「toshi先生の後を追いかけるようにして来てしまいました。」
 ふつうは、一番人数の少ないクラスに入るのですが、このときばかりは校長先生のご配慮により、わたしのクラスへの転入となりました。わたしは5・6年と持ちあがりましたから、この子だけは、つごう3年半担任したことになります。

 すごく勉強になったこと。
 3・4年のときと5・6年のときとをくらべ、所属する集団の違いによって、それは集団から受ける影響という意味にもなるでしょうが、一人の子どもの違った面が強く見られたのが印象的でした。

〇我が家族が転居したときのことです。その数ヶ月前、我がクラスの子どもが、
「toshi先生。わたし、4月になったら転校するよ。」
「ええっ。ほんとう。それは残念だな。みんなもさびしがるだろう。わたしもさびしい。・・・ところで、どこにひっこすの。」
 聞くと、なんとわたしの転居先と同じマンションでした。
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 数年後、我が娘2人の登校班の班長さんになってくれました。実にかいがいしく、娘2人を含め下級生の面倒をみてくれて、感謝しました。おかげで、さびしいどころの話ではなくなってしまいました。

 『その班長さんの方は、いやだったでしょうね。』ですって。いえ。いえ。そのようなことはなかったですよ。もともと、オープンな心の持ち主でしたしね。

 お母さんも楽しい方でした。転居前、お母さんからいただく年賀状は当たり前ながらわたし宛でしたけれど、それが妻との連名になり、やがて、何と妻宛ての年賀状になりました。


rve83253 at 16:00│Comments(2)TrackBack(0)学級経営 | 初任者指導

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この記事へのコメント

1. Posted by ガッコの先生   2011年10月31日 02:39
5 転校…
私自身も転校の経験がありますが、友達との別れや先生との別れは非常に悲しいものがありました。

A先生の取り組みはどのようなものがあったのでしょうか?
Cさんの落ち着きにも驚きました。
私も実習でほめることの大切さ?を学びましたが…。
おだてるのとは違いますし、実習中に悩んだことを思い出しました。
2. Posted by toshi   2011年11月01日 04:15
ガッコの先生さん
 昨日がまた、Aさんの学級におじゃまする日でした。一人の子がお別れ会の様子を教えてくれました。
「もうすごかったよ。ぼくは泣かなかったけれど、男子もほとんどの子が泣いちゃって、びっくりしちゃった。」
 Aさんは、もうこの日は覚悟ができていて、言葉を詰まらせることもなかったようです。
 A先生の取組というお尋ねですが、似たものとしては過去記事があります。確かにおだててもだめですね。
 そのようなことも含め、ほめる教育について、過去にコメント欄で読者の方と論争をしたことがありましたので、記事も含め紹介させてください。でも、お互い楽しい論争でしたよ。
 本コメントのtoshi欄に『ほめて伸ばす教育の留意点』を書いた記事のURLを貼りつけました。よろしければ、その記事のリンク先記事とともに、ご覧いただければと思います。そのなかに、上記、論争も入っています。
 ごめんなさい。複雑で。

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