2012年01月09日

『あきとなかよし』 〜B学級の子どもたち〜(2)

PAP_0143 24時間という長丁場の単元『あきとなかよし』の続きである。
 本記事では、前々記事にかかわり、次の3点を中心に書き進めていきたい。
・実践途中では子どもたちがあきたかと思われる動きもあったが、終末近くなるとその状態を脱し、最後はすばらしい盛り上がりをみせたこと。
・学年の教員の皆さんの取組(Bさんへの支援体制を含む。)のすばらしさにも感動したこと。
・寄り添いたい子として抽出したEちゃん、Cちゃん、Fちゃんが後半はどのような変容、成長をみせたかということ。
 また、活動の様子は〇で、考察は※で表すようにする。


〇中だるみを脱した。

 すでに書いたが、本単元の前半は一人ひとりの活動が中心だった。活動は一人ひとりでありながらも、ドングリゴマづくりでもみられたように、子ども同士のかかわり合いは実に豊かだった。

 そんな子どもたちだが、何時間もやっていると、やはり、工夫・アイデアにも限界がきたようだ。行きつ戻りつしながらも、その活動に張りをなくしたようであった。特に、二度にわたるドングリゴマ大会が終わりしばらくすると、あちらこちらで、ボオッとしたり、ふざけ合ったりする姿が見られるようになってしまった。

※わたしはBさんに言った。
「この単元もそろそろ潮時ではないかな。子どもたちの様子から、それを感じ取るのも大切だ。あきたまま続けていると、子どもはだれてしまうよ。」
 そう。一時間の流れにしろ、単元全体にしろ、活動の潮時というのはある。よく指導者は自分の計画の都合で、『はい。長い針が6のところまでがんばりましょう。』などと言うが、子ども主体の授業では、指導者が子どもの活動の様子から潮時というものを感じ取ることも大切だ。いつだったか書いた『子どもが指導書だ。』ではないが、活動の潮時というのは子どもが暗黙のうちに教えてくれる。また、そうした力をつけていくと、あらかじめ『この活動は、このくらいの時間でいいだろう。』と見当もつくようになっていく。

 ところが、ところがだ・・・。
 Bさんの話では、『この単元はまだ道半ばだ。』という。びっくりしてしまった。『どうするのだ。この後は。』そんな思いで戸惑いを覚えた。
「ええっ。それはこまったなあ。もう、子どもたちはあきる一方だと思うよ。Bさんは研究授業も控えているだろう。この単元でやるのか。それは・・・、いやあ。こまったなあ。」
「でも、学年の先生方とは、『あきとあそぼう』の単元で、A小祭りへ向けての取組を話し合っています。」
肝心のBさん自身はあまりこまっているようにはみえなかった。たんたんとした感じだ。

「ほお。そうか。どんな取組を考えているの。」
「はい。この前、2年生のお店へ招待してもらいましたよね。それで、子どもたちは、すごく楽しんだのですが、今度は、ドングリやまつぼっくりのお店を開いて、お返しに2年生を招待したいと言っているのです。それで、〜。」

 話を聞くとだんだん、明るい展望が開けてきた。

・後半は、『お店やさん』としての活動が中心になる。
 これはいい。一人ひとりの活動からグループによる活動になっていく。そこでは、分担・協力などが必要になるだろう。だから、話し合いも偶発的なものから、必然性、切実性のあるものになっていくに違いない。

・1年生は確かに2年生のお店に感動していた。ものすごく楽しませてもらっていた。これはわたしのいる日に行われたから、わたしも記憶している。
 たとえば、女の子がザリガニを手に持っていろいろ説明すると、持てない1年生男子は、もう尊敬の面持ちだった。また、巨大なシャボン玉には興奮していたっけ。それだけに、お礼状作りなどで、あこがれも含め、お礼の気持ちには強いものがあることを、わたしも感じていた。kodomo105PAP_0059kodomo107kodomo106

〇現に、Bさんの方から、お店やさんをつくることと2年生を招待する計画を話すと、子どもたちは大変喜んだ。そして、すぐどんなお店屋さんをつくろうかと話し合いを始めた。
 6つできた。それらは、子どもの手によって名前も決められた。『ガッチャン』『すごろくアドベンチャー』『バトルやさん』『くじびきや』『きらきられすとらん』『びんごやさん』である。
 そうして、前記事
にもその一端を書いたように、
グループごとの話し合いが始まったのである。
 
 子どもたちは、新たなめあてを得て、またいきいきと活動を始めた。

※実は、半月後くらいに、『A小祭り』が予定されている。また、Bさんの研究授業はそれに近接している。それらへの取組も、学年の先生方がちゃんと考えて上げているのだった。わたしが、学年の先生方に感謝したくなった一番はその点だった。単元後半の流れも、子どもの想いや実態を掌握したうえで、また、生活科のねらいも把握したうえで、しっかりとした見通しをもっているなと感じた。

 ところで、ここで、『A小祭り』について説明させていただこう。
 これは学校全体の取組である。地域、保護者の方々に子どもたちの日ごろの学習の成果を見ていただくとともに、楽しくふれ合うことをねらいとした学校行事である。土曜日の半日をつかって行われる。なお、我が地域では、こうした行事をとり入れている学校が多い。
 この行事で1年生は上記6つのお店を開き、地域の方・保護者の方々にお客さんになってもらい、それぞれのお店を評価してもらうことにした。よいと思った点、もっと改善したらいいと思う点などをあげていただくことにした。
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 次は、よいとされた点は自信を深め、工夫・アイデアなど改善したらいいとされた点はどう次の活動に生かしていくかの話し合いだ。それが、最終の活動である、2年生を招待してのお店につながっていく。その話し合いと活動が、Bさんの研究授業となった。

 わたしは先に、1年生の教員の皆さんへの感謝の想いを述べたが、このように、Bさんの研究授業のことを念頭におきながら、学年全体の取組を考えていくということ。すごいと思うとともに、感謝の気持ちでいっぱいになった。

 ところで、わたしが、A小の教員の皆さんの、単元全体を見通す目の確かなことに感銘を受けたについては、いくつかの想いがある。

・どうだろう。ふつうは、このA小祭りの取組を最終的な発表の場にしようとするのではないか。だって、おうちの方々に見てもらう晴れの舞台だものね。
 そうせずに、あくまで子どもの想い、気持ちを大切にしている。つまり最終的な活動の場を、2年生との交流にしたのだ。これは、ほんとうに子どもを大切にしている証拠のように思われた。
 
・もう一つ。これは、子ども主体の授業になっているかどうかにかかわるのだが、学習指導要領の目標の一つに、『〜、自分たちの遊びや生活を工夫したりすることができるようにする。』とあるものだから、工夫することをまるでノルマであるかのようにしてしまう事例が多い。
 指導者が、子どもに、『さあ。どんな工夫ができるかな。〇〇ちゃんはどんな工夫をしたの。』というように問いかける。工夫、工夫と問いかければ問いかけるほど、上記目標の前段にある、『遊び』の要素が疎外されてしまう。

 そうではないのだ。『工夫』を目標に掲げることはいい。いいが、あくまでそれは、『工夫したらほめる。』といったものでなければならない。〇〇ちゃんの工夫をほめる。感動する。そのほめ言葉や感動を学級全体に聞かせることによって、自ら工夫しようとする意欲を養うのだ。
 このA小学校は、そうした考えが見事に結実している。だからこそ、子どもたちの、『ああしたい。こうしたい。』がふんだんに出てくるし、逆に、あきればすぐそれが態度に出てくるのだ。

〇その子どもたち。ある段階から、『お店をパワーアップする』が合言葉になっていった。
 これはいい。工夫などということでなく、単に子どもたちの意気込みを示しているだけだから、『遊び』の精神に満ち満ちている。
 いいなあと思うやりとりがあった。GちゃんとHちゃんだ。
「お店のパワーアップだ。」
「そうだよ。お客さんが楽しくなるように、パワーアップするんだよね。」

 もう一つ。楽しいやり取りを紹介しよう。
 隣りのクラスの子たちが遊びに来てくれたときだ。『分かんない。どうやって遊ぶのか分かんない。』と言われてしまったようだ。それを受けての子どもたちのやりとりだ。
「分かるようにしたんだけど、分かってくれなかった。」
「『分かるようにした。』って言うけれど、声が小さかったよ。」
「まわりがうるさかったんだよ。」
「紙に書いておけばよかったんじゃないの。」
「紙に書いたもん。」
「もっと大きな紙じゃなきゃダメだよ。」
「看板みたいに大きくした方がいい。」
「そうだよ。賛成。一度に大勢見るから、小さい紙じゃ分からない。看板みたいに大きなのじゃなきゃだめ。」
T「そう言えば、A小祭りには、何百人て来るらしいよ。」
「ええっ。そんなに。」
T「一度に何百人じゃないけれどね。」
「でも、それなら、やっぱり看板みたいに大きくしなきゃだめ。」
「説明するのにも大きな声を出さないと後ろの方の人は聞こえないね。」


 それでは、A小祭りを通し、地域・保護者の皆さんから、どんな意見が出たか、ふり返ってみよう。

 まず、ほめられた点。

・遊びのルールの説明がていねいで分かりやすかったです。
・景品の種類がいろいろあって、おもしろかったよ。特にすごろくアドベンチャーのメダルがすてきで小さい子がはまりました。
・くじ引きの箱がキラキラしていて、すてきでした。
・レストランのメニューがたくさんあってよかったです。
・きれいに飾り付けたケーキやデザートがたくさんあって、すてきなお店でした。
・どれもおいしそうでした。特にパフェが最高でした。
・ドングリを使ってこんなにもいろいろ工夫できるのかと感心しました。
・みんな声がよく出ていて、楽しそうでした。ついつい、「何?何?」とお店に入ってしまいました。よかったです。
・ビンゴ屋さんでは数がそろうまでドキドキして、楽しかったです。
・ガッチャンでは、すてきな楽器がたくさんあって、小さい子どもたちがとても喜んでいました。
・アイデアが楽しい楽器屋さんでした。
・バトル屋さんのボーリングは、家でも手作りしてみたいと思いました。楽しかったです。
・看板がとてもきれいでめだっていました。

 次に、改良したらいいと思う点

・店によっては声が小さくてよく聞こえませんでした。もっと声を出して呼びかけるとたくさんの人が来てくれるよ。
・景品はたくさんあってすてきなのだから、前に並べてみんなに見せたらどうかしら。
・ビンゴ屋さんは、1から50までにした方がよかったかな。100までだと時間がかかってしまうようでした。
・人気があってよかったのですが、景品の数が少なかったのかしら。もうなくなっていたのは残念でした。
・竹串を使ったものがありましたが、先がとがっていて(一応あぶなくないようにはしてあったのですが、)小さい子は取ってしまってあぶないので、ボンドでつけてくれたらいいと思いました。
・お店屋さんの人はかんむりをつけるとかすると、どんなに混んでいても目印になるので、よく分かっていいと思いました。
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 さて、Bさんの研究授業は、先に書いたとおり、これらの声を受けてどうお店をよくしていくか話し合ったり、改善した姿でお店屋さんごっこをしたりする時間となった。

・お店屋さんの声かけや説明はおおむね好評だったようだ。それは、上記、隣りのクラスの子たちの指摘が大きかった。それでも、まだ声が小さくてよく聞こえないという声もあったことから、呼び込みの声の練習をする子たちがいた。

・何と、くじびき屋さんはうらない屋さんになった。こんな切羽つまった段階で、お店がえとはおだやかでないと思ったが、聞くと、
「だって、景品がすぐなくなってしまうのだもの。」
とのこと。『ハズレくじを作ればいい。』という意見もあったそうだが、くじを引くだけのお店でハズレがあるというのは、お客さんにとっておもしろくないだろうということで、急きょうらない屋さんに変身することになった。それならハズレくじもあっていいということで、すぐくじを作り直すことにした。

・ビンゴ屋さんは、時間がかかり過ぎるということで、50までの数にするほか、マス目を3マスにすることにした。そのため、フリーハンドでどんどん作り出した。もう時間の猶予がないものね。

・etc.

 それで、いよいよ、2年生を招待しての交流となった。もう、大好評だったことはいうまでもない。しかし、本記事はもうかなり長くなってしまったので、すみません。わたしの勤務日でなかったこともあり、ここでは割愛させてください。 

※それでは、最後の考察に移らせていただこう。
 
・今度の学習指導要領改訂で新たに盛り込まれた生活科の学習内容を紹介させていただきたい。
 それは『2 内容(8) 生活や出来事の交流』だ。ここに引用させていただく。
 『(8) 自分たちの生活や地域の出来事を身近な人々と伝え合う活動を行い,身近な人々とかかわることの楽しさが分かり,進んで交流することができるようにする。』
さらに『同指導要領解説』からの抜粋だが、
 『ただ活動や体験をさせればいいというのではなく、言葉などを中心としたコミュニケーション活動を通して、活動したり体験したりしたことを通して、他者と豊かに情報交流することをめざす。』のだ。
 さらに、『言葉などを使った言語活動は,思考を促し,他者とのコミュニケーションを成立させ,情緒を安定させることにつながる。その中でも,特に,言語活動によって他者と交流して認め合ったり,振り返りとらえ直したりすることが重要である。』
と続く。

 わたしはこの考え方に大賛成である。A小学校の実践も、こうした意味での交流が見事に成功しているといえよう。

 とかく教育界の上の方は、やれ言語事項だ、やれ音読だと、かしましいが・・・、そして、我が教育界もすぐそれに影響されてしまうのがなさけないのだが・・・、
 言語事項にしても音読にしても、他の学習活動と切り離し、それだけを単独で扱うのではない。上記学習指導要領解説にあるように、『何かをねらううえで言語事項や音読が大切だから、それをとり上げる。』のである。
 したがって言語活動とは、『学習意欲+子どもにとって切実感、必然性のある学習活動+言語事項』となるであろう。
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〇とここまで述べて、寄り添いたい子の話題に移らせていただく。

・Eちゃんが、その後どのように成長をみせたか・・・、まず、前記事を繰り返すと、
 Eちゃんは、『発表はよくするものの、性格はおとなしく無表情そのものだったが、ここのところ数人のお友達ができたようで、笑顔をたくさんみせるようになった。』のだった。
 このEちゃんは、最初、『ドングリを前にして、何をしたらいいか、思いあぐねている』のだった。自分からはさしたる活動も見せず友達のやっていることをじっと見ていることが多かったのだが、それが友達とのかかわりのなかで笑顔を浮かべたり、手を貸してやったりするようになった。
 担任のBさんがその姿を認めほめた結果、Eちゃんは劇的な変化をみせるようになった。

 その後・・・、
 Eちゃんは『きらきられすとらん』の店員さんになった。初めは呼び込みの声が小さかったようだ。それで、A小祭りの際は、保護者の方から励まされもしたが、
「いらっしゃいませ。」
「何をお求めですか。」
「〜はサービス品で安くなっています。」
など、決まったセリフを決まったように言うのではなく・・・、いや。それもあるが、それだけではなく、そのとき、その状況に合わせた言葉かけができるようになった。
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 さらに友達からも、
「うん。いいんじゃない。そのくらいの声を出せば、遠くにいるお客さんにも聞こえるよ。」
「そうだね。Eちゃん。がんばってるね。すごいよ。」
「Eちゃんがううんと声をかけてくれるから、お店がお客さんでいっぱいになるね。」
などという称賛、励ましの言葉をもらうようになった。

・次、Cちゃんだが、Cちゃんの《問題行動は極端に減り、逆に、『toshi先生。ぼくの〜を取ってくれてありがとうございます。』などと言うようになった》のだった。
 そのCちゃんは、活動が中だるみをきたしたときも羽目をはずすことなく、一人黙々とマラカスづくりに取り組んでいた。最初ドングリを入れすぎたか、重たいしいい音が出ない。そこで、友達からの助言もあり中のドングリを減らすとともに、また、これはわたしからの助言(?)だったが、振り方にもコツがあることをつかんでいった。もうまさに、『生活科の活動や体験のなかでの豊かな言語活動は,情緒を安定させる。』を地でいっているようだった。 

・3人目のFちゃん。一人ひとりの活動のときは楽しそうに友達とも仲良く活動していたのだが、残念ながらグループによるお店やさんの活動では、ちょっとでも意見が対立するとやはり興奮するように怒り出すことがあった。そういうときは、Bさんにもくってかかる。
 でも、元のおだやかな表情に戻るのも早く、入学したころのように、長く尾を引くことはなかった。

 いいではないか。子どもの成長は右肩上がりなどということはないのだものね。大局的に成長していることは確かなので、そこに信頼をおいて今後も見守るようにしたい。

 
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 本シリーズでは、単元全体の流れを書かせていただきました。ちょっと記事にまとめるのが大変でしたが、いかがだったでしょうか。
 わたし自身講師としていろいろな学校におじゃましていますが、そのわたしが大いに学ばせてもらった取組でした。

 
 もう一つ。まったく別件ですが、

 お正月。出版にあたっては、多くの方からお祝いや励ましの言葉をいただきました。年賀状で、メールで、拙ブログへのコメントで、ほんとうにありがとうございました。

rve83253 at 20:02│Comments(0)TrackBack(0)生活科指導 | 授業

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