2012年03月25日

入学式 学校長、お祝いの言葉

kodomo117  本記事のタイトルは『入学式でのお祝いの言葉』となっていますが、すみません。まずはそれとまったく関係ないところから書き出すことになってしまいます。

 何を申し上げるかというと・・・、

 (このたび、昇任される新校長先生。ご昇任おめでとうございます。大変な時代ですが、子どもが活躍でき、子どもが主人公となる学校づくりを目指し、ご奮闘されることを祈念します。)

 ああ。そうはいっても、今はまだ内示の段階だろうから、表だって申し上げるわけにはいかないね。それぞれが胸に秘め、心ひそかにこの祝意を受けていただけたら幸いである。そういう意味でかっこつきとさせていただいた。

 ところで、早くも祝意を表するにはわけがある。

 それは、この時期、精神的にも体の面でも多忙を極めるだろうに、その多忙さを顔にだしたりふるまいに現したりすることはできないわけで、気をつかうことはおびただしいものがあるはず・・・。それなのに、校長になる心の準備だけはしっかりしておかなければならないわけで・・・。

 おそらく、3月中は事務に没頭せざるを得ないだろう。そして4月を迎えれば仕事内容は一変。今度は打ち合わせ、あいさつ、お話といったたぐいの連続となる。
 少なくとも急に『ご挨拶を、』と言われ、何を話したらいいか見当がつかずあわてふためくなどということのないよう、スケジュールは綿密にたてて遺漏なきを期したいものである。

 それやこれやで、3月中から心の準備はしっかりしておくことが大切ということになる。
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 一例を申し上げたい。それがタイトルにある『お祝いの言葉』だ。新任校長に限らないが、一番情熱を傾けて臨みたい。子どもたち、また、保護者の皆さんの心に残る話をしたい。そうであるなら、今からはらづもりしておきたいものである。

 わたしの場合で申し上げよう。結果を先に言ってしまうと、初めにとり上げる話はうまくはこばなかった。断念せざるを得なくなってしまった。

 まあそれはそれとして・・・、
 わたしは内示段階で、ある先輩校長に尋ねた。内々の昇任祝いのお言葉をいただいた後切り出した。
「入学式では入学する子どもたちの心に残る話ができればと思っています。具体物を用意して話すことができればいいと思っているのですが、何かありますでしょうか。」

 そうすると、
「いいのがあるよ。参考にしてくれたらうれしい。
 いろいろなチューリップを壇上に置くのだ。花の色もいろいろ、大きさもいろいろ、まだ咲いていないチューリップもあればいい。
 そしてね。種類もいくつかとりそろえる。実は、まるでバラのようにしか見えないチューリップもあるのだよ。」

 なるほど。いいことを教わった。当時まだ《世界に一つだけの花》は誕生していなかったけれど、その曲をほうふつとさせるお話ができるのではないか。そう思った。
 いや。誕生していないのだから、話が逆だね。『この歌がはやったころ、わたしは、このチューリップの話をなつかしく想い出した。』ということになる。
 もちろん話の趣旨は、『ナンバーワンよりオンリーワン』ではない。そんなのだと入学児童にはむずかしすぎよう。そうではなく、『みんなどの子もオンリーワン』という趣旨ならできるのではないか。
 いや。これも違うね。当時、『ナンバーワンよりオンリーワン』などという発想はなかったといっていい。

 さあ。そんな思いで、期待に胸をはずませ、何軒かお花屋さんに問い合わせた。3月中にね。(ああ。わたしは自校昇任だったからそういうことができた。)
 しかし、残念なことに、どこも『バラのように咲くチューリップ』はおいてないとのことだった。わたし自身ももちろん見たことはない。それで、『バラはあきらめ他で、』と思わなくもなかったが、けっきょくこの話は立ち消えになってしまった。

 余談だが、この記事を書くにあたって、《バラのようなチューリップ》で検索にかけてみた。何とたくさん出るではないか。ああ。今なら、断念せずにいけるのではないかな。今、一つのブログにリンクさせていただこう。
    バラのようなチューリップ‘アンジェリケ’

 というわけで、せっかく教えてもらったのに残念だった。・・・。
 そんな思いでいたら・・・、そう。いろいろ考えをめぐらせてみるものだね。PAP_0160
『おお。これでいこう。これなら、子どもたちもノッテくれるのではないか。』
名案が頭に浮かんだ。具体物は用意できなかったけれどね・・・・・・。それは、以下のことがヒントになった。

・前年、教頭のときの4月末、そのときの1年生がおもしろい歌を歌っているのを聞いた。
・この学校は、毎年2年生が歓迎の意味で入学式に参列し、歌を歌うことになっていた。

 
 さあ、それでは、校長昇任一年目にどのような話をしたか、どうぞ、ご覧ください。



 A小学校に入学した皆さん。入学おめでとうございます。今日から皆さんは、A小学校の1年生です。

 きっとね。おうちの人にランドセルを買ってもらったとき、もうじっとしていられなくて、おうちのなかでからのランドセルをしょっておうちの中を歩きまわった子もいるのではないですか。(1年生の席から、『しょったよ。』『ぼくも。』『わたしも』の声あり。)ああ。やっぱりそういう子は何人もいたようですね。

 うれしくてね。早く入学したいなってね。そんな気持ちでランドセルをしょって歩きまわったのでしょうね。
 みんな、今日の日を待って待って待ち続けていたことでしょう。

 待っていたのはね。皆さんだけではないのですよ。今、皆さんのおうちの方も大勢お見えです。(『そうだよ。一緒に来たもん。』の声あり。保護者席から笑いが起きる。)そうだよね。いっしょにいらしてくださったのですね。みんなの入学を喜んでくださっています。
 そしてね。皆さんの横には、町内会長さん、警察の方など、皆さんの、学校まで来る道の安全を守ってくれる方もお祝いのために駆けつけてくださっています。よかったね。

 ところで、おうちのなかでランドセルをしょいながら、こんな歌を歌った子もいたのではないですか。今、校長先生、歌うね。
 ♪〜 1年生になったら 1年生になったら 友達100人できるかな 〜 
(最前列にいた子一人、いきなり立ち上がりわたしを指さし、『それ、歌ったあ。』と大声。式場は大笑いとなった。それと同時に、かなりの子が一緒に歌い出した。)

 うわあ。大勢一緒に歌ってくれた。ありがとう。

 そうしたら、去年ね。今、皆さんの横に、1年生をお迎えするために2年生がいますけれど、その2年生が去年は1年生だったでしょう。その去年の1年生が、何人か、楽しい歌を歌っていたの。どんな歌かというと・・・、今度はね。校長先生、その歌を歌うね。

 ♪〜 1年生になっちゃった 1年生になっちゃった 友達100人できちゃった!(保護者席からどよめきあり。)
 うれしそうに歌っていましたよ。それでね。歌っている子たちに、
「すごいね。もう、友達100人できちゃったか。」
そう聞いたの。そうしたら、
「うん。できたよ。」
とにこにこしながら答えてくれました。

 でもね。ここにいる1年生は全員でも〇〇人。ねっ。それしかいません。だから、1年生だけだとお友達100人できないよね。そこで、横にすわっている2年生も、それから今ここにはいないけれど、3年生、4年生、5年生、6年生のお兄さん、お姉さんも、みんなの入学を心待ちにしていました。だからね。すぐ仲良しになれると思いますよ。どんどん仲良くなって、そしてお友達になっちゃってください。

 そしてね。お友達100人にならなくったっていいから、
 ♪〜友達3人できちゃった
 でもいいから、そうしたら校長先生に、『友だち、できたよ。』って教えてくださいね。

 はい。上手にお話が聴けました。立派な1年生ですね。また、さっきは一緒に歌ってくれてありがとう。これで、お話を終わります。


 お祝いの言葉は以上だ。

 いやあ。驚いたのなんの。一緒に歌ってくれるとは思わなかった。だから、ほんのワンフレーズ歌うつもりでいたが、子どもたちについていく感じで一番全部を歌うはめになってしまった。しかも、2番までいこうとする子もいて、あわてて身振り手振りでやめてもらった。

 でも、これには伏線があったね。『しょったよ。』とか『そうだよ。一緒に来たもん。』とか、子どもたちの反応は豊かだった。それに保護者をはじめ、式場全体が笑いに包まれたからリラックスムードとなり、わたしも自然に歌うことができた。

 そう。厳粛な雰囲気はいいが、緊張感ただようようだと、ちょっと歌うわけにもいかないよね。だから、2つ3つはお話を考え、その雰囲気に合いそうな話を心がけるようにした。


 以上、るる述べてきたが、一口に新任校長の挨拶、お話といっても、着任する学校、着任の仕方などによって、それぞれ取組も違ってこざるを得ないであろう。どうか、《お祝いの言葉》に限ったことではないが、最良の挨拶、お話などを考えてほしいと思う。


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 ninki



〇これには留意点がありました。2年生がお祝いの意味を込めて入学式で歌うと申しましたね。それとわたしの歌(?)が重なってしまったら興ざめです。その点、しっかり事前の打ち合わせはしなければなりません。

〇『複数お話を考える。』と申しました。そう。小規模校化すると、毎年同じような入学児童の雰囲気とは限りません。前年は緊張しっぱなしの新入生だったのに、今年はまったく違うなあなどということも起きがちです。

〇今、2つの曲にリンクさせていただきましょう。よろしければご覧ください。
一年生になったら
世界に一つだけの花(中国語版)
 なお、この歌の日本語版はすでにリンクさせていただいた記事があります。
     KY いやな言葉(1)の一番下です。よろしければ聞いてみてください。



rve83253 at 10:15│Comments(8)TrackBack(0)学校行事 | 学校管理職

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この記事へのコメント

1. Posted by ミントのみん   2012年03月27日 07:19
toshiさん、
リンクとコメント、ありがとうございました。
こちらの記事を拝見し、感激しました。

遥か昔には子どもたちの小学校入学がありました。
そはいえ、全くの別世界です。
奥深さを感じました。

チューリップ、今は品種改良されて、色々な形があります。八重咲きのバラのようなチューリップは特に豪華で、気持ちがやさしくなるような気がいたします。
2. Posted by toshi   2012年03月27日 11:59
ミントのみんさん
 こちらこそ、早々とコメントをいただき、ありがとうございました。また、『感激』とか『奥深さ』とかおっしゃっていただき、恐縮しております。
 わたしの話はもう16年前のことになります。その後もどんどん品種改良は進んでいるのだろうなと思いました。
 記事には、『今なら断念せずにいけるのではないか。』と書かせていただきました。これは、ただ花屋さんにおいてあるのではないかという意味で書かせていただいたのですが、貴記事やコメントを拝読し、『そうか。品種改良が進んでいるのだから、もっと豪華でやさしい気持ちになるような花もあるのだな。そうであれば、もっといいお話ができるのかもしれない。』と思いました。
 貴ブログの写真で、『バラのようなチューリップ』を初めて見せていただきました。ほんとうにきれいで可憐な花ですね。ありがとうございました。 
3. Posted by ゆっこ   2012年03月29日 14:01
私も見てきました♪チューリップいっぱい

うちは雪解けまで4月いっぱいかかるので、その間、野ネズミに食べられて全滅ということがあります・・・

入学式の会場に、新6年生が折ったチューリップが貼られています。来週の本番に向けて熱が入ってます♪
進学するにつれ、会場の飾りも、挨拶も、さびしくなる気がします。

きのう、地域のセンター校を自慢する高校の入学説明会がありました。ヘタでした!どの先生も事務員も
これが小学校だったら、1年生は立ち歩き始めてます。6年生だって私語が増えます。
「うちの授業は中学校とは違うぞ。予習してこないと置いて行かれる」
そうでしょうね。想像つきます。工夫せずとも生徒がついて来る。話が下手でも 経験から理解できる年齢に育った子たちが相手だもの。
授業だったら大手予備校の先生のほうがウマイ。講話だったら商社の営業マンのほうがウマイ。幸か不幸か世間を知らない。

しょうさんのように 授業でも勝負しようと頑張ってる高校の先生は少ないです。(ブログ村の教育カテゴリーに、教材研究・実践発表は雀の涙ほど

やっぱりtoshi先生の本は中高の先生方にこそ、読んで貰う必要があるなあと 思いながら帰ってきました
4. Posted by toshi   2012年03月30日 06:07
ゆっこさん
 うううん。うなってしまいました。ゆっこさんのお話は言い得て妙。わたしが言うのも変ですが、説得力抜群。もう皆さん納得せざるをえないのではないかと思いました。
 「みんな、しっかり聞けよ。聞かなければ損するのはみんななのだぞ。」
 なんか、わたしも遠いむかしの高校時代、聞いたような気がしました。
 でもね。だんだんこの流儀は通じなくなってきていますよね。サービス精神とも違いますね。相手を尊重する精神、一つの人格として認める、大事にすると言ったらいいでしょうか。日本はだんだんこの精神がなくなりつつあるような気がします。
《授業だったら大手予備校の先生のほうがウマイ。講話だったら商社の営業マンのほうがウマイ。幸か不幸か世間を知らない。》
 耳が痛いです。『そんなことはない。』と強く言いたいのですが・・・、公教育に携わるものはこのあたりから研究研修を積まないといけないなと思いました。ただし、断じて、大手予備校や商社マンのマネをすることではないのですがね。
 自分の思いにとらわれていたら、自分も見えなくなってしまいます。
5. Posted by ゆっこ   2012年03月30日 11:51
ありがとうございます
部外者のくせにって怒られるかと思ってました^^;

さすがtoshi先生、わかってます。私が言いたいのは
『大手予備校や商社マンのマネをすることではない』
そう、採用後も研修・研究!齢を重ねた生徒でも話を聞く・言葉をかける・分かり合う時間をとることが、民間との違い・使命だと思うのです。

秋田では小中交流人事で、ウチの子の中学には10名中6名が小学校からの異動でした。親的には、教え方がていねいになるし、言葉がけも柔らかくなって、うれしいです。
高校と幼稚園の交流人事もあるといいですね。あの宇宙人のような幼児を動かせれば 停学も減るかも
6. Posted by toshi   2012年03月30日 17:14
ゆっこさん
 こちらこそ、先のコメントの最後の一行は意味不明だったのではないかと、申し訳ありませんでした。
 地方教育行政府にかかわる方々は、ややもすると大手予備校の教員を公教育の研修会の講師になどと言う者もいるものですから、いや、それにしても意味不明でしたね。すみませんでした。
 《10名中6名が小学校から中学校への異動》とは驚きました。我が地域でも小中の人事交流は活発ですが、そんなにはないですね。中学校教員の指導法改善に役立てばうれしい限りですね。

7. Posted by かーるくん   2012年04月05日 19:13
はじめまして。以前から拝読指せていただいておりました。

〜1年生になったら〜
PTA会長として初めて入学式のお祝いの言葉の最中ワンフレーズ歌ったことを思い出しまして思わずコメントをしてしまいました。
当時全校児童が140名くらいでしたので、「お歌よりちょっと欲張って140人みんなとお友達になれるといいな」と。
また、簡単なようだけど案外大人の人でも言うのが難しい「ありがとう」と「ごめんなさい」
今みたいに素直にいえる子のままでいてほしいとお願いしました。

2回目は少し余裕ができて
「学校であった出来事、先生のこと、給食のこと何でもいいから毎日1つ、おうちの人に教えてあげてください」と子どもたちと約束しました。
保護者の皆さんには
「少しの時間でいいから毎日、子どもたちのお話を聞いてあげて下さい」とお願いしました。
「大人からみると些細な事が子どもにとって大事件だったり、その逆に子どもはごく当たり前に受け止めていることが、大人から見るととんでもないことだったりもします。子どもたちから教わることがいっぱいあります。この貴重な6年間を保護者の皆さんも十分に楽しんでください」とお話しさせていただきました。

まだ3,4年前のことですが、とても懐かしい気がします。
入学式や卒業式、それぞれ2回機会をいただきましたが、それだけでも話す内容にはすいぶん悩みました。
入学式は何せまだ6歳、分かりやすい言葉ってとっても難しいと実感しましたが、でもキラキラした子どもたちの目は忘れられません。

卒業式は校長先生の式辞や教育委員会告辞と内容が被らないかとドキドキしていたことを思い出します。

人数が少ないので、ぜひ子どもたちの顔を見て話したいと紙を持たずに暗記しましたが、
間とスピードは本当に難しいですね。

校長先生は毎年ですものね。
お見事です。

ブログの内容に沿わないコメント失礼しました。
8. Posted by toshi   2012年04月06日 10:31
かーるくんさん
 うわあ。PTA会長さんとしてのお祝いの言葉でも、『1年生になったら』を歌われたのですね。すてきですね。
 会長さんは、失礼ながら教育のプロではありませんので、ともすればむずかしい話になりがちだと思うのですが、大人と子どもの認識の違いを把握されていたり子どもから教わることがいっぱいあるとおっしゃったりするなど、すばらしい会長さんだなと思いました。だからこそ、内容が被らないかとドキドキされたのでしょうね。
 カールくんさんがおっしゃることの一つ一つは、耳の痛い(この場合は目が痛くなるのかな。)思いになる校長もけっこういるのではないかと思いました。
 コメントをありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いします。

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