2012年04月08日

東京の公教育が心配!?

kodomo119 東京都の教育行政の憂慮すべき状況については、これまでもとり上げてきた。

 代表的なのは、
・品川区における強圧的な教育行政、さらに子どもの問題解決能力を育くむ教育とは無縁な市民科など、
・世田谷区における教科日本語。
 これらは、子どもの成長発達段階、子ども(人間)らしさをはぐくむといった視点を無視し、ただただ教育行政に携わる大人の恣意的で、示威的な、そして思惟を欠いた教育(?)の姿だった。
 今、それぞれ代表的な過去記事にリンクさせていただこう。

    品川区の事例 テレビ報道番組(バンキシャ)から、
    世田谷区の事例 国語の授業がおかしくなっている・・・かな!?(7)

 これら2つの記事も大変なことだとは思うが、それは過去記事に譲らせていただきたい。最近読者になってくださった方は、どうかお時間のある折にご覧いただけたら幸いである。前者はテレビ画像付きのブログに、また後者は驚くべき教科書に、それぞれリンクしてあるので、実感をもってご理解いただけると思う。 

 
 さて、本記事は、それとはまた別な事例をとり上げる。実はつい先日、東京都のある小学校教員の方からメールをいただいたのである。今、その方をAさんと呼ばせていただこう。

 Aさんのメールは、東京における小中一貫教育の問題点を浮き彫りにしていた。読めば読むほど、先の2つの事例同様、大人の独善的な教育行政を感じた。

 それでは、ブログ掲載のお許しをいただいたので、今、ここにAさんからのメールを紹介させていただこう。


 私は東京都の公立小学校に勤務する教員です。toshi様のブログは、学校・子ども・保護者と関わる上で参考となる点が多々ありまして、頻繁に拝読させて頂いております。
 今回メールさせて頂いたのは、わたしの勤務する学校が「校舎一体型」による小中一貫校となって感じた事を、お伝えしたいとの思いからです。お目通し頂ければ幸いでございます。

 当地は「学校選択制」「小中一貫教育」を採用しておりますが、色々な面で良い面と悪い面が現れて来ています。校舎一体型ですから、(多くの時間)中学生も同じ校舎で日常の学校生活を送ります。それによるメリットは、見ている限り「合同でクラブが出来る事」だけです。「他にもあるだろう?」と言われそうですが、いくら探しても全く見当たりません。学年の区切りも4(小1〜小4)・3(小5〜中1)・2(中2・中3)となり、小学校5年からは中学生と同じ50分授業・教科担任制となりました。

 施行されて明らかに変わりました。
 小5に顕著なのですが、萎縮する子どもと反発する子どもに二極化されてしまいました。
 挨拶が出来ていたのが、挨拶をしない子どもが増えてしまいました。
kodomo121
 中学校の教員が小学校(高学年)に来るようになって、おかしくなったのです。それは保護者の声でもあります。子どもを序列化して、保護者の要望を全く聞かなくなりました。学級通信も全く出さなくなりました。子どもの問題行動に対しても「私の責任でありません」。

 図工・音楽・家庭科を除いた全ての科目で「小中乗り入れ」と称して行われております。しかし、実態は中学校教員が(小学校へ)「片乗り入れ」している状態です。
 小学4年生までは45分、5年生より上の学年は50分となっているので、「中休み」に一緒に遊べません。時間が合わないので、低学年が校庭に出ると、まだ高学年は「授業」をしているといった状態なのです。それに、合同のクラブ以外、小学生と中学生との交流はまったくないといっていい状況です。
 これまでの「良さ」と「カラー」が急速に消えてしまって、この小中一貫教育は、一体誰の為だったのかと考える日が増えました。 

 「学校選択制」も同時に行われています。そのため、学校と地域との繋がりが希薄になってしまいました。万が一、大規模災害でもあったらと考えると非常に恐ろしいとも感じます。

 また、大規模な異動を伴ったので、職員室がギスギスしてしまいました。toshi様が、ブログで心配された通りの事態になりました。

 もう少し綿密に準備をして頂いて、中学校の教員が小学校の教員から教わるという気持ちをもって頂ければと思います。小中一貫だからと中学校のやり方を小学校へ無理やり持ち込んでも、逆効果だと思うのです。

 そのような中でも、6年生は比較的変化が穏やかだったため、無事に卒業しました。最初に出会った頃は、ランドセルが大きかった子どもが、それぞれ逞しく・立派に成長した姿を見て、救われた気がしました。


 続いて第二信である。

 東京は、「石原カラー」がどっぷり漬かっていて、現場の最前線である教員が苦しんでいます。
「主任教諭」「主幹教諭」「統括校長」などを入れた事で、職員室がギスギスしている学校は、都内では相当数だと思います。管理職=東京都(石原都知事)と見て、反発している教員は我が地域にもいます。都の締め付けで教員の裁量が狭くなっていると感じます。

 こんなふうなので、東京では管理職のみならず、教員の絶対数も足りなくなっています。新任1年目、3年で去って行く教員が非常に多くて、それまであった年齢制限を撤廃して、都教委は全国各地へ「東京の先生」をスカウトに行っているそうです。学校によっては、非常勤講師が半分というところもあります。
 わたしも、新潟市や仙台市で、「東京の先生になろう!」のバス広告を見て、何だこれは?と思ったものです…。

 先日、東京都教職員人事が発表されましたが、明らかに管理職が不足している様子が、新聞からも読み取れました。教育委員会からの「出向校長・副校長(教頭)」が今年は異様に増えました。言い方は失礼かもしれませんが、「学校を締め付ける」側から現場である学校へ突然校長・副校長(教頭)として赴任して来るようなものですから…。

 それに、異を唱えさせないシステムが「東京都」方式だと思います。学校と、保護者、子ども、地域を分断するシステムが都で作られていてそれに従っているので、責任を負わない教員が増えるのかと思います。
 今年度の人事で、お世話になった先生が軒並み異動になりました。子どもからも、保護者からも信頼されていた先生です…。保護者からも異論が続出するような「小中一貫校」を、「こんなによくなった小中一貫校」と言ってしまうのが東京都の恐ろしさです。

 これからも子どもを見守らせて頂きながら、共に学んでいきたいと思っております…。今後とも宜しくお願い申し上げます。 
kodomo120
 Aさんからのメールは以上だ。

 何とも言いようがない。実は我が地域も小中一貫教育を推進(?)してはいる。しかし、東京のそれとはかなり似て非なるものがあると感じた。

 それでは、我が地域の小中一貫とAさんの学校のそれとの違いをみてみよう。

〇まず、ここまでは一緒と言っていいと思うのだが、それは「教育課程上の小中一貫」だ。教育内容の一貫化をはかることにより、様々な課題に対応していこうと考える。主として中1ギャップの解消、教育課程のなめらかな接続などがねらいとなる。

 問題になるのは、その接続の仕方だ。Aさんの地域では、中学校教員が小学校へきて授業を行う「片乗り入れ」だとのこと。それだけではない。授業時間や教科担任制まで、中学校方式が小学校へ乗り入れている。それに対し、我が地域のそれは、あくまで相互乗り入れだ。
 また、Aさんの地域では、図工・音楽・家庭科は除いているらしい。
 我が地域はそのようなことはない。やれることはやろうということで、どの教科・領域も相互乗り入れの対象としている。

 この違いはどこから来るのだろう。その本音にかかわる部分は、学校・教委の文言としては現れないから、想像するしかないが、

・おそらく、なめらかな接続を考えているという意味では双方とも同じだろう。しかし、Aさんの地域では、小学校高学年に中学校方式を導入することによってそれを図ろうとした。その結果、小5がおかしくなった。
 我が地域では、やれるところからやろうとする姿勢。無理はしない。そもそも小中一貫にしても、初めからそれを目指す姿勢は薄い。結果として一貫となればそれはそれでけっこうではないかという姿勢だ。そのように柔軟な姿勢だが、相互乗り入れは授業だけではなく、子どもたちの自治的な活動、学校行事など、あらゆるところに及んでいる。

 つまり、Aさんの地域では、教育委員会の本音としては、小学校高学年を中学生化することのみにねらいがあるようだ。せっかく校舎一体型でありながら、児童・生徒間の交流は視野にないようだ。

・しかも、これってすごく問題が大きいのだよね。小学校と中学校とでは、学校風土というか、もう、空気からして違うのだ。これはわたしの子ども時代からそれこそ一貫している。読者の皆さんの多くも経験されたことだろうと思う。つい先日も秋田県のゆっこさんから、
『小中交流人事で、ウチの子の中学には10名中6名が小学校からの異動でした。親的には、教え方がていねいになるし、言葉がけも柔らかくなって、うれしいです。』とコメントをいただいているし、

 かつて拙ブログにPSJ渋谷研究所Xさんからも、東京の一保護者の声としていただいたことがある。
 『小学校の先生に比べると、中学校の先生は細やかに生徒の意を汲むとは言い難いとぼくも感じている。「なぜ、どうして」よりも、まず「覚えろ」という傾向が強くなっていると感じる。教える技術について、小手先の工夫になっていっているように見える。
 小学校の教師の「どうやって教えるか」の努力と熱意に比べると、見劣りすることは多い。「生徒は授業を受ける準備が万全にできている」という前提で授業をしたいという欲求が強いんだろうな。』

 もちろん一人ひとりの教員の持ち味、資質、個性に負うところが大きいが、しかし、こうした風土の違いは厳然としてある。我が地域とて例外ではない。
 だから、お互い時間をかけて教員同士が交流し合うなかで相互理解を深め、お互いにこうした風土の違いを乗り越えようとする努力が欠かせない。

 Aさんの地域には申し訳ないが、双方風土の違いを残したまま、中学校から人的にも制度的にも片乗り入れした。これではもう、子どもが荒れるのもむべなるかな。

・もう一つ。もっと根源的なことだが、中学校からの片乗り入れは、話が逆なのだ。だいたいちょっと考えれば分かることではないか。おぎゃあと生まれてきた赤ん坊は赤ん坊としての成長発達があるからそれに合わせて離乳食を工夫するのだろう。あらかじめ大人が恣意的に考える理想的な(?)離乳食があり、それに合わせて赤ん坊を生み育てようとしたって、そんなのは悲劇、喜劇になっちゃうよね。

 だから、先のゆっこさんからのコメントのように、小学校教員が中学校へ乗り入れる(異動する)のは、保護者からも喜ばれる。

 もっとも、そんなことはあり得ないと思っているけれど、教育研究の所産として『小学生の発達段階からして、高学年の学級担任制は子どもの実態に合わない。』という結論になったのならまだ許される。
 しかし、そうではないよね。ある地域では、教育予算の面から、また別な地域では、大人の恣意的で偏った教育理念から、非現実的な小中一貫が横行するようになった。悲しい現実だ。
kodomo122
・もう一度繰り返す。小中一貫というからには、まずは小中間にある学校風土の違いを乗り越える努力をお互いがする。そこから始めようではないか。
 そして、その努力は教育委員会もしなければならない。まずは教育委員会が模範を示すことが大切だ。
 我が地域にはそうした伝統もある。今、過去記事にリンクしよう。記事のなかほど、『その1 小学校出身の指導主事』からがそれにあたる。なお、『その3 保護者の声』は、先ほど紹介したPSJ渋谷研究所Xさんが寄せてくださったものである。重複してしまう点お詫びします。

  小中一貫教育のあやうさ でも、がんばって。(1)

 
〇学校選択制は、東京においてかなり広範囲で実施されているようである。しかし、この記事をまとめている最中に、杉並区は近いうちにこれを廃止することを決定したという報道が流れた。これもね。諸刃の剣のようなものであって、各学校が特色を出し、その特色を売り物にしていけば成功したのだろうけれど、上意下達で特色を出させないようにしての選択制だものね。

 現実は公教育を衰退させる方向にはたらいているのだろう。教育に下手な競争を持ち込んだつけがきたといっていい。小中一貫も正しく運用しないと、やはりつけがきてしまう。改革すべきは中学校なのだ。そして、ああ、その先には、受験システムがあるね。

〇次は、Aさんからの第二信にかかわるが、東京の教員不足の件である。今、大都市はどこも不足傾向だろうと思う。団塊の世代が一斉に退職し切ったところだからだ。しかし、東京のそれは、そうした一般的傾向だけではないだろう。そこには、管理体制強化により敬遠される傾向がある。

 管理職もしかり。

 わたしはブログを始めたからだろう。東京にも知り合いの教員ができた。そして、そのなかには管理職を目の前にして、管理職に推薦されそうになって、自ら退職してしまった東京都の教員を複数知っている。そのうちの一人が言っていた。
「石原さんが都知事になったころは、その行政に関して、批判したり反対したりする学校管理職がけっこういたのです。しかし、二期目に入ってからは、もう、そうした声は聞こえなくなりました。石原礼賛ばかりです。
 そんななか、わたしもいろいろ考えました。もう、教職員みんなで創意工夫し、協力して成果を上げるという時代ではなくなりました。歯車の一部になるのが嫌でね。けっきょくやめてしまいましたよ。」

 ああ。今、大阪がそうなりつつあるね。

 そう言えば、石原さんと橋下さんは先日密談(石原さんの言葉)したのだったね。歩調をそろえて、日本の教育をダメにしていくのかな。

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〇そう。そう。大事なことを忘れていました。

 教育って、右を向いてても左と主張したり、左を向いていても右と主張したりすることがけっこうあるのです。Aさんがおっしゃるようにこわいですね。

 冒頭記した世田谷区の教科日本語でも同じことが言えます。ただ漢詩を音読したり暗唱したりして、
・深く考える子どもを育てる。
・自分を表現することができ、コミュニケーションができる子どもを育てる。
というのですからね。
 これもいただいたコメントによれば、一人の教育長の肝いりで行われているのだそうです。まさに、恣意的ですね。

〇なお、本記事に掲載した写真はいずれも我が地域のものですから、念のため。

rve83253 at 06:43│Comments(22)TrackBack(0)エッセイ | 小中連携・一貫

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この記事へのコメント

1. Posted by 伊藤   2012年04月09日 13:38
世田谷は社民党の保坂さんが区長になって、どうなるか少し見ものですが、品川の取り組みは教育長自身が本にもしていますし、自信があるようですね。

東京の事例は組合運動への対抗が、関係ない教員を巻き込んだ結果ではないでしょうか。
おそらく、日教組と全教組を目の敵とし、公立も私立へ対抗して数値目標へ進むなどの方針がとられています。

私自身は東京都、大阪府の方向性は学力に注力してみれば、おおむね間違いはないでしょう。
けれども、教育=サービスではなく、教育=福祉と考える私の目からすれば、ダメです。

競争をさせるなら公平性を確保するとともに、評価する側の責任を明確にしなくてはいけません。
かといって、横浜市、川崎市のように管理職の推薦に組合が力を発揮するのもよろしくない。
校長の独自性がどう転がっても発揮されないのが難しいところです。

もしやるなら、4・4・4のように小中高の枠組みで変えていくほうが現実的と思います。
2. Posted by ゆっこ   2012年04月09日 14:16
外からは見えない大変さ。ご難儀お察しします。

平均・普通をよしとする学校なのに、偏るのはなぜなのでしょう。
その時代のボスの考えに左右されるのでしょうか。

甘あま・手抜きを『ゆとり』と拡大解釈してる学校があるかと思うと、
未だに罵声・強制で押さえつける学校もある。

この1年、避難受け入れを経験したことで、何度も転校する子どもや親の話を聞けました。
外国の話かと驚いたこともあります。

恐怖教育県。放任怠慢教育県。組合活動優先県。ママさんブログを読んでるとすごいですよ!
こんなに県によって違うのかって。教育の機会均等どこへ行ったという感じが怖いです
もっと怖いのは、アダルトチルドレン 学校が息抜きだった子を救う余裕が 先生・公教育になくなることです。
3. Posted by toshi   2012年04月10日 03:41
伊藤さん
 左へ傾きすぎたふりこは、時代が変われば逆に右へ傾きすぎていくのでしょう。ちょうどいいふれ幅のふりこはそんなにひどく傾くことはないようです。その原理により、傾きすぎるふりこはいつの時代も悲喜劇を招来するのでしょう。
 東京、大阪は学力の面からも問題が大きいと思いますよ。少なくとも《生きる力》を育むという学習指導要領からは外れます。もっとも記事に書いたように、右を左というのですから、教委は成果を上げていると言うでしょうけどね。
 管理職の推薦に組合が力を発揮するのも逆に教委が強権を発揮するのも中身が問題なのであって、子どもを大切にする教育が行われているかどうかが問われるのでしょう。子どもを忘れてのそれなら、先ほどのふりこ論になります。
 少なくともわたしは校長として、それ以前は教員として主体性を発揮してきたし、子どもを大事にした学校経営、学級経営ができるようにがんばってきたつもりです。その精神は拙ブログを貫いているといっていいでしょう。
 
 
4. Posted by toshi   2012年04月10日 03:58
ゆっこさん
《この1年、避難受け入れを経験したことで、何度も転校する子どもや親の話を聞けました。》
 そう。ゆっこさんのブログやいただいたコメントには、そうした話が何度も登場してきましたよね。ほんとうに地域・地域による違いはあるようでした。ですから、わたしなどよりゆっこさんの方がよほど詳しいなと思ったほどです。
 人間のやることは偉大なこともあるけれど、ほんとうにくだらないことも多いもの。だんだん後者になりつつあるかな。国の政治もおかしいですよね。

 
5. Posted by 伊藤   2012年04月10日 20:21
私はtoshi先生のような校長がいれば幸せだと思います。
子どももそうですが、同僚や後輩に対してもご配慮いただけると思います。残念ながら、そうでない校長もいますし、孤軍奮闘して燃え尽きて降格を願う校長もいます。

生きる力の3つの要素である、確かな学力、豊かな人間性、健康・体育とありますが、私なんかは学力は二の次で豊かな人間性に注力したいと思いますが、学力低下を叫ばれた以上、難しいんですかね。
6. Posted by toshi   2012年04月11日 09:44
伊藤さん
 わたしの場合は、ちょうどいいふれ幅の環境だったからこそ、子どもを大事にする教育ができたという側面もあります。ふりこのふれ幅の大きい地域の話を聞くのは、それこそゆっこさんではないけれど、どこの国の話かと思うほどです。
 生きる力について、国は今も、伊藤さんご例示の3つを上げていますが、ほんとうに『豊かな人間性』は大事に育んでいかなければいけません。今の時代、喫緊の課題ではないでしょうか。また、これなくして『確かな学力』など望むべくもありません。3つは有機的に関連性をもたせながらともに育んでいくものだと思います。そして、それにふさわしい環境をつくっていきたいものだと思います。 
7. Posted by OT   2012年04月12日 15:44
公立校ほど格差がある。

そんな話を聞いたことがありますが
自分自身がこれほど痛感させられるとは
思いもよりませんでした。

> toshi 先生のHPを訪れる度に
『豊かな人間性』は大事に育んでいかなければいけません。今の時代、喫緊の課題ではないでしょうか。また、これなくして『確かな学力』など望むべくもありません。

まったくそう思います。
しかもとても深刻だと感じています。
8. Posted by 伊藤   2012年04月13日 12:20
私なんかはせっかくですから、間もなく始まる教員採用試験に向けて、アドバイスをいただいたり、退職校長だからこそこういう教師に来てもらいたいとか、初任者としてこれを身に着けてもらいたいというものをいただけると嬉しいです。

特に場面指導、論作文、模擬授業は非教育学部の学生はなかなか分かりませんし。

9. Posted by toshi   2012年04月14日 11:53
OTさん
 東京、大阪にお住まいの方からコメントやメールをいただくことが多いです。そして《しかもとても深刻だと感じています。》とおっしゃいます。歴史的に見てふりこのふれ幅の大きな地域なのだなと強く感じさせられます。
 ふりこはだんだんふれ幅が小さくなりますね。そうなってほしいと願わずにはいられませんが、どうなのでしょう。現状、その気配はないようです。
 わたしの先輩は『子どもに敬意を示してほしい。』『子どもに惚れよう。』と言いました。教育に携わる者はその心構えが大切と思いますが、冒頭述べた地域はどうでしょうか。
10. Posted by OT   2012年04月14日 13:21
私には、まだ解らないのです。

現状では、お示しの地域は事態が悪化しないように
親自身が努力する以外、道は無いと感じます。

子供の教員に問いかけて、事態が悪化する事を
恐れる保護者が大多数なのではないでしょうか。

正直 どの親も限界を感じている話は
良く耳にします。

教員の方も大変なのは理解できるのです
行政に限界のある事も100も承知です。

『子どもに敬意を示してほしい。』『子どもに惚れよう。』をまだ実感できていないのが残念です。
11. Posted by toshi   2012年04月14日 15:39
伊藤さん
 ごめんなさいね。ブログを始めてから痛切に感じているのですが、地域によってはどうも教育の目的からして大きく食い違いところがあるようです。
 教員の受容的、共感的な姿勢で、子どもの内面を育もうとするところと、子どもに外圧を加え強制しようとするところとの違いといったらいいでしょうか。
 違いそのものはあっていいのですよ。しかし、その中身がこれではね。
 ですから、申し訳ないが、わたしが《こういう先生になってほしい。》という想いはいくらも書けますが、また書いていますが、どの地域にも共通してということにはならないだろうと思います。
 と、お断りしたうえで、
 本コメントのtoshi欄に、やはりわたしが開設している『初任者のブログ』の目次を貼りつけさせていただきました。その巻頭の言葉をご覧いただければと思います。よろしくお願いします。
  
12. Posted by toshi   2012年04月14日 16:07
OTさん
 申し訳ないことに、OTさんをさらに暗いお気持ちにさせてしまわないかと恐れるのですが、
 東京のどこかの元指導主事が、まったくどこの国の記事かと思うようなことを書いています。
 その記事によるとわたしのようなものは教員の立場で書いていて、保護者の立場ではないのだそうです。本記事に書いたように、右を左と強硬に言ってしまうのが東京のいくつかの地域の行政と一部優秀な(?)教員なのでしょう。あらためてこわいなあと思います。
《現状では、お示しの地域は事態が悪化しないように親自身が努力する以外、道は無いと感じます。》
 そうならないよう、少なくともわたしにメールをお寄せくださったような教員が増えるよう、訴えていきたいと思います。
 今後ともよろしくお願いします。
13. Posted by OT   2012年04月15日 01:51
悲劇だなと思います。

toshi先生の教師像は、私達 保護者にとって
切望する教師像です。

大村はまさんの著書のような教師が増えれば
母親はどれほど安心して、子供を学校へ送り出す
事が出来るでしょう。

私は教員ではありませんが、教員の方が
地域や所属する組織によっては
その純粋な(職業への思い)が
逆に(首を絞めてしまう)場合が
あるのではなかろうかと推測しています。

教師も組織の一員である以上
上に逆らえず、組織の指示・意向に
従う必要があります。

その狭間で苦しむ教師の苦悩が
そのまま教室に反映され、そして子供と向き合い
保護者と接触することになる。

教育現場の矛盾が、そのまま学校生活に
影響しているのでは?と感じます。

私も、義務教育は福祉と重なる部分が
多いと思います。

しかし、所属する組織によっては
周囲の要求に応えるべく
サービス的な要求をアピールしたいのかも
しれないですね。

ともあれ、保護者は現実を見据えて
子供の生活を守る事程度しか、できないのですが
前向きに(生きる力)を子供に示せる、人間性を探して
できるだけ模索を試みています。

現状、とても難しい課題です。

皆さんの考察が、私に様々な道を
示して下さっている事、感謝しています。



14. Posted by toshi   2012年04月15日 06:27
OTさん
 まさに悲劇です。道理も何もない強引な論理(?)の展開を実地に見せつけられてしまいました。
《保護者は現実を見据えて子供の生活を守る事程度しかできないのですが、前向きに(生きる力)を子供に示せる、人間性を探してできるだけ模索を試みています。》
 OTさんにこう言わしめてしまう現実を悲しく思います。公教育に携わる立場としてお詫びします。
 でも、東京の公立中にもすばらしい実践はあったのです。数年前ですがテレビで放送されましたし、その画像が今も見られるようになっていますので、紹介させてください。もしご覧になっていたらごめんなさいね。
http://www1.ntv.co.jp/action/theme/04/2008/12/post_14.html
です。この左側、赤く『教師力』とあるすぐ下、『問題校が模範校に・・・公立中の自力改革』がそれです。
 また、このビデオを見ての感想記事もあります。
http://blog.livedoor.jp/rve83253/archives/1200508.html
 教育のこうした『不易』の部分に新しい古いはないと思うのですが、くだんの元指導主事先生はそうではないようです。
15. Posted by A   2012年04月15日 08:29
toshi様
お世話になります、メールを送らせて頂いた者です。
伊藤様がご指摘された通り、「職員団体」対策に躍起だった都教委が、非加入教員を巻き込んだのが今の現状と感じております。
東京と言っても、特別区・多摩・島しょなど地域性が
全く違いますが、都教委は「東京」と言う一つの枠に嵌めようとしている気がしてなりません。
OT様がご指摘の通り、公教育は「福祉」と重なる点があると私も感じます。
保護者・地域の要望も、地区によって違います。
特に品川が取り上げられやすいのですが、東京の全ての学校がこうした方向に進んでいる訳でなく、一部の
自治体が「突出」していると言った方が正しいかもしれません。学校選択制は、公教育の理念に反するものだと思います。問題点は、こちらでも指摘されておりますので割愛させて頂きますが、現実に児童・生徒数によって教員の加配や予算が決められているので、児童・生徒数が少ない学校は、本当に苦労しております。
16. Posted by A   2012年04月15日 11:29
追記させて下さい。
toshi様の初任者研修の記事などは、実際に現場に入っている者として非常に参考になります。現場に入ると、日々色々な事がありますし、綺麗事だけではない部分も見えて来ます。児童・生徒の生活環境も自然と見えて来るものです…。今の子どもは、想像以上に進化しています。小2生で、スマートフォンやsuicaを知っている時代なんですよね…。
問題行動が起きた時の対処法や、特別支援が必要な子どもとの関わりなど、教育現場での体験を綴っておられるので、こんな考え方もあるんだなあ…と言う気持ちで拝読させて頂いております。

どの学校でもある事なのでしょうが、メールで書いたような強権的な管理職・教員もいるのも事実です。一方で、管理職・教員が今の現実に向き合って保護者・地域などと連携して独自の教育活動を行っている学校
も、広い東京都内では多くあります。
それまで、教員がやっていた本来業務以外の部分(結構多い)を、保護者・地域と「協働」する事で、本来業務である教材研究などに充てていらっしゃる教員も、私の周辺地区には多くいらっしゃいます。
そうした教員は、子ども・保護者からの信頼があるように感じます。東京の先生にも、こうした先生が沢山いると言う事を、現場にいる者として是非伝えたいと思います。
17. Posted by toshi   2012年04月15日 15:40
Aさん
 うわあ。メールをくださった方ですね。コメントまでいただいたうえに、拙ブログ記事を参考にしていただいているとのこと、ほんとうにありがとうございます。
 それにしても、Aさんが実感されているように、強引に右を左と言いくるめる者がいるかと思えば、真摯に保護者、地域、子どもと向き合い、地道に努力されている方もいらっしゃる。
 まあ、当たり前と言えば当たり前ですが、これはもう、OTさんはじめ多くの保護者の方々がホッとされていることと思います。そういう意味で、大変ありがたいコメントをいただきました。願わくば、東京が後者のような教員でいっぱいになりますよう、願わずにはいられません。
18. Posted by OT   2012年04月16日 11:11
先生の温かいお言葉は、とても嬉しく思います。

また先生の真摯な姿勢も、
多くの方が感謝・感動されていると思います。

学校選択制度と地域は難しい問題を
抱えていますね。

事実、家の隣の方は学区域では無い
別な小学校・近所の方も
A小学校B小学校C小学校とバラバラです。
地域とは何か考えさせられます。

近所に同じ学年の子供が居ても
交流は殆ど無く、挨拶もほどほど。
皆さん、顔見知り程度かと思います。

現実はすぐに好転しませんが
お示しの地域に住まいする
多くの保護者は正直 子育てと学校に関して、
不安を抱え葛藤しています。

どの親も、まずこの不安を乗り越える事が
大きな課題かもしれないですね。

ありがとうございました。
19. Posted by toshi   2012年04月17日 06:25
OTさん
 いつもいつもお世話になります。ありがとうございます。
 学校選択制。御地では小学生でもそんなにバラバラですか。驚きました。学校に通う子どもがそんなにバラバラでは、保護者のつながりも希薄になってしまいますでしょうし、未来の街がどうなってしまうか。
 いえ、いえ、Aさんご指摘のように、大規模災害に見舞われた際のことも心配になりますね。
 学力の面からも、いろいろな能力の子どもで形成される集団の方が伸びるのだと、PISA調査のOECDが結論を出しています(これについては過去記事があります。本コメントのtoshi欄にそのURLを貼りつけさせていただきました。)。それに加えて、地域の親和性の問題。
 やはり、よほど、各学校が特色をもち、その特色が色濃く地域に伝わっているようでないと、学校選択制はダメですね。
20. Posted by rarescya   2012年11月12日 20:24
外 からもよく見える ではありません。 苦悩 は推測 する 。 通常、平均 、 バイアス - それは 学校 ですが、 なぜ それが 良いです。 それが アイデア に依存し ない と、その 時代 のボス であろう。 ブーイング - 私は 大きく " 使いやすさ " 怠惰な 雌犬 、甘い、 まだ 強制 によって抑制 いくつかの学校 のように解釈 されている 学校が あると思います。 今年は、 避難 の受け入れ を経験している こと に、私は 学校 を何度も 変更することが 子どもたちや保護者 の話を 聞くことができた。 私も 外国 の話 に驚いた
21. Posted by toshi   2012年11月13日 22:34
rarescyaさん
 アメリカ合衆国からのコメントですね。ありがとうございます。
 推測させていただきますが、おっしゃっていることは、東京の教育は問題が多いということだろうと思いました。ほんとうにこの記事を書かせていただいた後も、問題はいろいろ出ているようです。
 今という時代は特に、子どもが生きている、また、生かす学校でないと、基本的には何も解決しないように思います。
22. Posted by keifipas   2013年01月17日 10:37
外 からもよく見える ではありません。 苦悩 は推測 する 。 通常、平均 、 バイアス - それは 学校 ですが、 なぜ それが 良いです。 それが アイデア に依存し ない と、その 時代 のボス であろう。 ブーイング - 私は 大きく " 使いやすさ " 怠惰な 雌犬 、甘い、 まだ 強制 によって抑制 いくつかの学校 のように解釈 されている 学校が あると思います。 今年は、 それは 学校 を何度も 変更することが 受け入れ 避難 、 子どもと親 を経験している

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