2012年04月16日

心からの叫びを聴いてほしい!

PAP_0014 kurazohさんよ。心からの叫びを聴いてほしい!

 あなたがわたしを「対応能力の欠如」というなら、それもよしとしよう。
 「脳が老化」したというなら(おっと、これは匿名さんの言辞だったか。)、それもよしとしよう。あなたは人を決めつけるのが好きなようだから。

 しかしね・・・。

 看てほしい。15歳の涙を。涙してアンジェラ・アキさんのひき語りを聴く15歳を。

    手紙 ~拝啓 十五の君へ~2

 誰にも話せない悩みのタネがあるという、この15歳に、少しでも寄り添ってやりたいとは思わないかい。
 負けそうで、泣きそうで、消えてしまいそうな15歳がいるなら、ちょっとでも支えになってやれたらうれしいと思わないかい。

 思わないかなあ。それも中学校教員の務めと思うけれど。
 古くさいかなあ。不易の大事な部分だと思うけれど。

 前記事のAさんは、小学校に中学校の教員が来るようになってから、小学校がおかしくなったと言っているのだよ。
 これは特殊なことなのかい。そうではないだろう。

 それなのに、東京の新制度を擁護するあなた。


 『もっと現実を見ろ。』と言うかな。現実はとてもそんなものではないと。

 でもね。かつてあなたは、わたしが、荒れた東京の公立中学校を見事立て直した校長先生の動画を紹介したとき、強烈な拒絶反応を示したのだよね。『ことさらに〜、』とか言って。覚えているかい。

 少なくともそこから学ぼうとする姿勢は示さなかった。まるでだだっ子のようだったよ。

 (読者の皆さんへ この動画は今も見ることができます。ご覧いただけたらうれしいのですが、リンク先『子どものための「教師再生」を』の左側、赤く『教師力』とある欄のすぐ下『問題校が模範校に・・・公立中の自力改革』です。)


 さらに、言わせてほしい。

 あなたには、わたしのブログの前記事にお寄せいただいた保護者の方の声が聞こえないかな。右を左と強硬に言ってしまうあなた。たぶんそれに対しておっしゃっているのだと思うが、
『悲劇だと思います。』
『現状では、(東京の)お示しの地域は事態が悪化しないように親自身が努力する以外、道は無いと感じます。』
との保護者の声。それが聞こえないかい。それでも、『自分は保護者の立場』というのかい。

 そう。あなたは、ご自分のブログに、「私は,なぜ教育委員会(教育長)が,そのような方針を出したかを知っている。」と書いたね。

 うん。わたしも分かるよ。要するに、わたしのブログに伊藤さんがコメントをお寄せくださったけれど、『東京の事例は組合運動への対抗が、関係ない教員を巻き込んだ結果』ということでしょう。わたしのふりこ論(リンク先コメントの3番)につながる話だよね。

 にくしみににくしみで応えちゃったのだね。これは、品川区教育長の動画を見れば、ひしひしと伝わってくる。それを、OTさんが悲劇とおっしゃったのだと思う。

 大人のみにくい争いに、15歳の子ども、いや、義務教育を受ける子どもだよね。それを巻き込んでしまったのだもの。これを悲劇と呼ばずして何と呼ぼう。教育委員会にはもっと大人になってもらわないと、子どもたちがかわいそうだ。


 それにしても、あなたは、《命令》という言葉が好きだね。

 教育委員会の命令!
 校長の命令!

 わたしは退職後も含めれば40年以上の教職歴になったけれど(年寄りでごめんね。)、ついぞ《命令》などという言葉は使ったことがない。言ったこともないし言われたこともない。

 東京は、こういう言葉がふつうに使われているのかな。

 となると、子どもにも言っているのだろうね。こわいね。


 最後にもう3つ書かせてほしい。何とかkurazohさんを応援したいのだ。

・一つだけ、言い返しをさせてほしい。
『教育の目標の実現に努力してみて,そこからさらなる改善への道を見いだしていく。』
 そういう意欲は燃えるようにあるし、あったよ。拙ブログにもいっぱい書いているつもりだ。我が地域の教育委員会の方針も理解し、それに沿ってやってきた。
 これは自負している。
 あなたにもそれがあるなら、ブログのうえではあるけれど、ともにがんばっていこうではないか。

・小学校のことをいろいろ言う前に、
「生徒は授業を受ける準備が万全にできているという前提で授業をしたいという欲求が強いんだろうな。」
と言われてしまっている中学校の状況をなんとかしたらどうだい。そして、東京に採用されることを誇りとするような、なにしろ日本の首都なのだからね、そういう教員でいっぱいになるような、そんな努力を期待したい。

 これもブログの上のことだけれど、応援するよ。
 いや。分かる人は分かっているのだけれど、わたしは東京を応援したことがある。とてもいっぱいになるというまでの応援にはならなかったけれどね。小さな、小さな応援だった。

・最近kurazohさんはご自分のブログに、『子どもに寄り添う感性〜』と書かれたことがあったね。『おっ。すごい。kurazohも子どもに寄り添っているのか。』と感動したが、その後、そうした記事は書かれたのかな。ぜひ、拝読したいものだ。


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 読者の皆さん。今日は文章の調子がふだんと異なっていることを、お詫びします。

 校長時代もね。こんな調子になったことがほんの数回でしたけれど、ありました。ほんとうに特別な場合だけです。ごめんなさい。

rve83253 at 16:08│Comments(15)TrackBack(0)教育観 | 小中連携・一貫

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この記事へのコメント

1. Posted by しょう   2012年04月16日 19:15
 しょうです。こんばんは。
 kurazohさんへの「心からの呼びかけ」が届くことを願っています。
 あきらめてはいけないのですよね。
 kurazohさんと私のやりとりもずんぶん昔から(2008年春から)ですが、正直なところ有益だった面と難しかった面の両方を感じています。

 難しい面というのは、toshiさん(と私)とkurazohさんはそれぞれ「教育を良くしていくためには大切なことは○○だ」という確信を持っているのですが、そのような確信を生み出したもととなる体験が(おそらく)大きく違うということです。

 マイナスの方向へ持っていこうなどということではなく、「よりよい教育を」という点では意図を共有していると思われるのですが、それぞれの体験が大きく異なるため、その方法や方向性に関する考え方が相反するものになっているわけです。

ただ私自身、kurazohさんに呼びかけてよかった、という体験も以前しており、かなり鮮明に記憶しています。
コメントしてよかった、と実感することのできた体験でした。 
http://f-sekiya2005.cocolog-nifty.com/novel_miyagitani/2008/07/post_461e.html#comments
 kurazohさんのブログ記事と、コメントの下からずっとお読みいただければ幸いです。

おそらく、それぞれが自らの「確信」をつくり出した体験を冷静に振り返り、相手の確信を生み出した体験を想像する(あるいはもととなった体験を出し合う)ことによって、建設的なやり取りになると思うのです。

そういえば、ヘーゲル思想と教育について論じた拙ブログ記事にkurazohさんからいただいた以下のようなコメントも思い出しましたので、よろしければご一読ください。
http://plaza.rakuten.co.jp/shchan3/diary/200802250000/#comment
2. Posted by toshi   2012年04月18日 01:20
しょうさん
 いつもお世話になります。ありがとうございます。
 しょうさんご紹介のURLでたくさんのコメントを拝読しました。しょうさんの人間的な心の幅といったものを感じました。あらためて敬意を表します。
 でも、最近の彼は、違ってきてしまっているように感じます。
 今回の件でも、子どもたちの心に寄り添おうとしていませんね。小学校をおかしくした中学校教員、またそれを可能にした新制度に寄り添ってしまっています。読者の方ご指摘のように、わたしも悲劇だと思います。
 彼が幅広い視野で正しく事態を見つめて、東京の教育が早く正常化するよう祈らずにはいられない想いです。
 
3. Posted by 伊藤   2012年04月18日 10:12
なんていうか、政治もおんなじことかなと思いました。

議論をすれど、迷惑をこうむるのは国民。しかも、弱い者ほどしわ寄せへ。
官僚批判というけれど、一生懸命働く官僚にはとばっちり。
教師批判もえてして、そうでしょう。
見てないから言える。教師ほど生産性の低い仕事はないです。授業以外の時間がほとんどですし。

「都立高校は死なず」を読むとこういった動きがよくわかります。

 私は少なくとも答えは一つではないと思います。品川のやり方が合う子もいれば、toshi先生のやり方が合う子もいる。親がどうこうじゃなく、子供基準で選べるのが本来の「学校選択制」の在り方なんじゃないかと思います。答えが絶対に一つなんてありません。
フィンランド詣でしてますが、オランダやスウェーデン、デンマークだっていい教育してるんですよ。もっと、子どもに寄り添う教育は私たちの世代で何とかしないといけないと感じます。
4. Posted by toshi   2012年04月18日 15:14
伊藤さん
《議論をすれど、迷惑をこうむるのは国民。しかも、弱い者ほどしわ寄せへ。》
 ほんとうにそうですね。教員の場合、犠牲は子どもへとなりますね。もうだいぶ見えてきたのだけれど、東京の場合、はっきり子どもが犠牲になっている地域が多いようです。
《教師批判もえてして、そうでしょう。見てないから言える。》
 この2つの文は続いているととらえていいのでしょうね。それでおっしゃることはよく分かります。小中、一生懸命努力している教員はいっぱいいるだろうということですね。わたしもそう思いますし、前記事へのAさんのコメント16番がいみじくもそのことをおっしゃっていますね。
 学校選択制、小中一貫などで《答えが一つではない》というのはその通りですが、
 その後の、合う、合わないというのはよく分かりません。少なくとも、《子どもに寄り添う教育》という意味ならば、そうでなければならないでしょう。
5. Posted by ゆっこ   2012年04月18日 15:44
こんにちは
ブログ村の教育カテゴリーを楽しみにしている者です。
文章からにじみ出る人柄・教育者像が浮かんでくるからです
酔ってる 勘違いしてる おケチオーラ漂わせているブログもたくさんあります。


親として、わが子の担任だったらいいな、と思う教師像は
自分に酔ってるスマートな人より、よだれ・泥だらけの子を抱きしめてくれそうな人
無知の知をわきまえてる謙虚な人。保護者や出入り業者には、教師より学力・学歴が上の人もいるのに、高飛車な言動の人がいます
組合や飲み会には欠かさず出席するのに、自費の講習会には参加しない、本を買わない、読みたい本は学校の図書費を使う人


ちなみに、うちに避難してた子達で(同じネタごめんなさい)東京と福島に再転校した子が、また秋田に戻ってきました。たまたま・・・だといいのですが、先生が怖い&指示がわけわかんない&避難を非難されたetc...

甥っ子たちは まだ福島ですが、不登校になりました。
転出入が多くて、生徒に寄り添う暇がないと、先生は言い訳しているそうです。

ややこしい教育論議をして悦に入ってる人には 県外の子どもたちの叫びは届かないでしょうね。


そうそう、しょう先生、去年の今頃は 県外避難の背中を押してくださってありがとうございました。科学的なアドバイス助かりました

とし先生、いつも門外漢の意見を 受け入れてくださりありがとうございます。突飛な考えも「うーん」とうなりながらも意見をくださるので嬉しいです



6. Posted by ゆっこ   2012年04月18日 15:56
追伸  

学級文庫などをポケットマネーで差し入れしてくれる人を 希望します
昔々、高校生の時、NHK今日の料理テキストを図書費で購入する先生を指摘して←ナマイキ^^; 逆ギレされた経験がトラウマに

前にも書いた気がしますが、出入りの本屋さんが、理屈っぽい話し方をする先生ほど 本を買わないと言ってました。
読書しないから ややこしい、人を煙に巻くような口調に気づかないのかも。
7. Posted by kurazoh   2012年04月18日 21:18
ご自分の目で見た姿で判断しないと,言葉が乱暴になりますよ。

まずは,おかしくなった小学校の実態を詳しく教えてください。

対応することができるかどうかは,そこから判断できます。
8. Posted by ゆっこ   2012年04月18日 22:26
自営業の私が読んでるくらいだから、他の親も子も、他業種の人も、これ、読んでますよね?なにしろ注目記事1位にはいってるくらいだから


コメントしたことはありませんが、kurazoh先生のサイトも興味深く拝見しています。
大学教授の著書に多い、難読な文章を書くかたが多い『教育論カテゴリー』ですが、わかりやすくて好きです。共感する考えの日「も」あります

確かにtoshi先生の記事は、おっしゃる 【当事者意識が感じられない】時「も」あります。
でも、これは私には わざと そうした表記をされてるのだと思っていました。退職されたかたですから、現職の担任を引き立て、責任を持たせる、いわば舅役。婿(先生)を全面に出し、孫(生徒)の逃げ場になってやる。置かれている立場をわきまえていらっしゃるように感じました。

toshi先生も木から落ちる時があります
中学、東京の教育、すべて心配!と決め付けたかのような表記はアレ?と思いましだ。
kurazoh先生のおっしゃるとおり、小学校も指導放棄されて荒れてる所がありますから。

私も 甥っ子や避難児童の叫びを聞いて、格差が大きいことに驚きました。小学校と中学校の間で大きいのではないことを知りました。その年、そのクラス、その先生で格差ができるようです。
言い回し・考え方の相違で論争する時間があるなら、ひとりでも実際に救出してやってほしい


どうぞ、この件は おしまいにして頂けませんか?

ここは教育論を戦わせ、お互いに切磋琢磨するカテゴリーなのかもしれませんが、こういう事例があった、こういう叫びにどう向き合うかといった臨床教育論の場に戻して頂けたらと思います

toshi先生の ほんわか まったりサイトファンより 
9. Posted by toshi   2012年04月19日 09:35
ゆっこさん
 いやあ。ゆっこさんはほんとうによくご存知でいらっしゃる。確かにおっしゃるような教員は、少数ながらわたしのまわりにもいたなあと、今、ふり返って思います。
 わたしには民間歴がありそのときは営業畑だったものですから、業者に高飛車な言い方をしているのを聞くと、ドッキリさせられましたね。

 また、冷静な分析をされるゆっこさん。今回も勉強させていただきました。そう。おっしゃるように、教員は今目の前にいてこまったり悩んだりしている子どもにどう向き合い、寄り添っていくか。それが問われるのですよね。
 ありがとうございます。
10. Posted by toshi   2012年04月19日 21:23
拙ブログの愛読者の皆さん(kurazohさんへも)
 kurazoh氏はご自分のブログに、
 《(手紙の曲の)心からの叫び」は,15歳の思春期の子どもを形容するくらいにとどめておきましょう。大人なら,叫ぶ内容を冷静に判断して言葉にしてください。》
と書かれました。正直わたしはがっかりしました。せっかく手を差し伸べたところでしたが、その手が引っ込んでしまいました。読者、特に保護者の皆さんはどう思われたでしょうか。
 小学生だって、悩みをもったり消えてしまいたくなったりするような思いをもつ子はいます。
 わたしはそういう子に寄り添う姿を初任者にも見せてきましたし、初任者にも大事にするよう指導してきました。拙ブログにもそうした記録が複数あります。
 みんながみんなではないし一部でしょうが、上記文章には、中学校教員の、ある種冷たさを感じました。それはわたしだけでしょうかね。・・・。
 したがって小中一貫になっても同氏には小学校に来てほしくありません。制度、運用以前の問題として、教員としての資質が問われる事態だと思いました。
 これがkurazoh氏への回答のすべてです。ゆっこさんがおっしゃるように、この件でのやり取りは もうおしまいにしましょう。
11. Posted by junko   2012年04月22日 20:58
3 こんばんは。はじめまして、中学校で特別支援学級を担当しています。

私が教員になって、中学校で採用になって以来、何かあるたびに拝見させていただき励みにしてきました。このブログ。
とても支えになっているんです。なんど涙したか、退職願まで書きためた時もこのブログに明日の希望を見出し思いとどまって今に至ります。

あまりコメント欄を見てはいなかったのですが、最近のやり取りに心穏やかになれず、いたたまれずメールをしてしまいました。
僭越ながらtoshi先生、いろんな考えや意見をもつ人はたくさんいます。
わたしは特別支援担当者として子供に伝えること、保護者に伝えること、と同じくらい教員(同僚)に伝えること伝えなければならないことの多さを実感しています。

かっこたる自信はありませんが、それでも自分の言葉で相手にわかるように伝えていくしか方法はないのだと思います。
事あるごとに、機会をみて。



今後も応援しています。
12. Posted by しょう   2012年04月23日 08:04
おはようございます
 toshiさん、junkoさん。
 ネット上において、望まない議論を続ける必要はないと思いますよ。
 職場での対話が大切だということに関してはjunkoさんの言われることに賛成ですが、それはtoshiさんも同じでしょう。
 kurazohさんに対して前記事へのコメントでは期待する気持を持っていたのですが、toshiさんが言われるように、とても残念な記事をアップされました。
 いちろうさんがコメントを入れていらっしゃった頃は、kurazohさんも聴く耳を持っておられたと思うのですが…。
 
13. Posted by toshi   2012年04月23日 08:37
junkoさん
 心ある方の想いを踏みにじってしまったかと、痛く反省させられました。その想いを書かせていただこうと思っておりますが、まだわたしのなかでまとまりません。申し訳ありませんが、今しばらくお待ちください。

しょうさん
 いろいろありがとうございます。確かに職場とこうしたネットとでは違いますよね。しかしながら、もう退職して8年目を迎えますのに、現職当時の気分になっていたことも確かです。

 junkoさん、しょうさん、それからゆっこさんへの思いも込めて次回記事をまとめさせていただこうと思いました。よろしくお願いします。

 それから真愚さんの件は、削除依頼のメールが入りましたので、そのようにしました。したがって、しょうさんのコメントのうち、今晩にでも、その部分だけは削除させてくださいね。
 
14. Posted by Hideki   2012年04月23日 19:40
こんにちは。いろいろと現場で大変な思いをされている皆様を前に、第三者的な人間が好き勝手言うことをご容赦ください。

kurazohさんの論点は下記に集約されそうな気がします。

・東京の教員の質が落ちている。とくに小学校にて。

・だから、上長(教育委員会)の方針・命令にまずは従い、行動改革・意識改革すべき

・それなのに、その方針に疑義ばかり唱えて、行動しないのはおかしい

実は、ドラスティックな改革は、現場発のボトムアップの改善ではなく、多少強硬であっても強烈なトップダウンでなされることが多いのは事実です。

その意味では、

1、東京の小学校の教員の質が本当に悪いのか?保護者の期待に応えていないのか?・・・そもそも質の高さとは具体的に何をさすのか、保護者の期待とは何か?

2、教育委員会の方針・命令は、本当にそれを改善することが期待できるものなのか?

このあたりが、ちょっと分かりにくいです。

2に関しては、中学校の教育方法を小学校に持ち込むことがその施策として出てきているようにも見受けられますが、それも本当に教育委員会の意図したものなのか?

1に関しては、教師全員をひと括りにするのはナンセンスです。素晴らしい教師もいれば、そうでもない教師もいる。ただ、全体でみた場合での傾向値がどうなのか(ここは判定が非常に難しいが)

私見では、マニュアル化、上の指示でしか動けないサラリーマン化は、魂のある貴重な人材を殺すと思います。

最近読んだ本、「銀の匙」をつかったエチ先生の話は、本当に感銘しました。こんな先生に会いたかった、教えてもらいたかった。

でも、マニュアル化・サラリーマン化した社会では、こんな人材は許されない。

それを推してもなお、実施しなければいけないほど、基本的な、初歩的なことができない教師が多いのかどうか?・・・そのあたりがポイントにように感じました


15. Posted by toshi   2012年04月24日 02:25
Hidekiさん
 Hidekiさんらしい明晰な分析コメント、それ自体が懐かしい。そんな思いです。いつもこのように問題点や議論の焦点化を図ってくださいました。
 もう、おっしゃる通りです。そして、その件に関して想いはあるのですが、もう議論はやめとしたことでもあり、ごめんなさい。ここまでとさせてください。ただし、最新記事の『実(じつ)のあがる小中連携は、(再掲)』では、一つの問題提起をさせていただいた思いです。

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