2012年05月21日

雲のおかげで、肉眼で見ちゃった!

PAP_0269  いやあ。もう見ることはできないと思った。一時間前は、ものすごい雨だったもの。あきらめてテレビで見ることに決めた。

 そうしたら、近くの子たちの歓声が聞こえた。
「見えた!」
「見えるよ。お母さん。」
そんな歓声に、わたしも、『ええっ。』とばかり外へとび出した。

 ほんとう。見えるではないか。

 最初は、日食メガネを使っていたが、これでは、雲が厚くて満足に見られない。瞬間、瞬間だが、雲の間から肉眼で見るのがちょうどよかった。

 だから、携帯でも、きれいにわっかをとることができた。

 うれしかったなあ。
 
 ついていたなあ。

 子どもたちがわたしの近くを興奮するようにとび回っていた。


 中学生のころ、皆既日食があった。

 まちが真っ暗になり、車はヘッドライトをつけて走っていた。

 だから、今回もかなり暗くなるのだと思っていたら、さほど暗くはならなかった。たったあれだけのわっかで照らしているだけなのに・・・、太陽とはすごいものだな。




rve83253 at 08:14│Comments(6)TrackBack(0)エッセイ 

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この記事へのコメント

1. Posted by ゆっこ   2012年05月21日 09:38
>あれだけのわっかで照らしているだけなのに・・・、太陽とはすごいものだな。

この感性!ステキです
人物、特に先生と呼ばれる人も そうですよね。決して 照らそうと奮起してる人を 暗雲で隠すほうではいけない。


今朝、日本海地方は部分日食なんですが、通りすがりの各学校を見たら、全校ちかい児童が集まってる所もあれば、たった一人の先生が日食グラス用意して待ってるのに他の教員は出勤していない(興味がない人に強制するわけにはいきませんが)生徒も数人何だか哀れな気持ちに・・・

ウチの子の高校は、天文部が頑張っていましたが 今日からテストということで 応じる子は少ない。

こんな貴重な機会を逃すな!と子を送るために走った25キロ。途中の学校のそれぞれを思いがけず見てしまいました
2. Posted by toshi   2012年05月22日 05:37
ゆっこさん
《決して 照らそうと奮起してる人を 暗雲で隠すほうではいけない。》
 いやあ。ありがとうございます。言い得て妙だなと納得、そして感心してしまいました。
 本地域は金環日食のせいか、ほとんどの学校が早めの登校としているようです。しかし、天気が天気なので、果たしてすべての学校で見ることができたか、心配になります。

 
3. Posted by Hideki   2012年05月22日 19:03
名古屋もちょうどその時に雲がかかり、肉眼で見えました。
その後、雲が切れて快晴に。
改めてみると、
普段の日常と違う風景が感じられたんですよね。
まわりは本来なら燦々としているはずなのに、
なんか薄暗い、異様な雰囲気に。
そして、木漏れ日も、日食の形になる
自然現象の中から、
普段と違う環境下で
改めてへぇーと学ぶ貴重な機会でした
そんなときに、子供と学びを共有できると
良いですね
4. Posted by toshi   2012年05月22日 23:28
Hidekiさん
《そんなときに、子供と学びを共有できると良いですね。》
 ありがとうございます。ちょっとおセンチな気分にもなってしまいました。
 日食のとき、そばに子どもがいたと言いましても、これは家の近所の子どもですのでね。学びの共有とまではとてもいきません。
 
5. Posted by OT   2012年05月23日 06:14
先生、おはようございます。

素晴らしかったですね、日食

先日、子供の学校で理科の授業参観があり
日食には3種類の呼び名がある事・3種類の違い
その時の、太陽と月の位置など
解りやすく説明がありました。
とても面白い授業でした。

今の子供は、恵まれ過ぎているのかな?

最近、良く思うのですが
与えられすぎると、興味が無くなるのですよね。
知識を制限して、自分達自らどうなってる?
なぜそうなる?と思わなければなかなか、学ぼうと
言う姿勢と意欲がわかない様子です。

日食を子供と観察しながら
太陽と月の位置が頭によぎりました。

色々と異常気象だったりしたのも
関係があったのでしょうか
次に見れるのは、何年後だろうね?
等と家族で話しながら。

中には、遠吠えしていた飼い犬等もいて
やはり関係あるのかもと笑いあいながら
観察しました。とても楽しかったです。
6. Posted by toshi   2012年05月24日 06:12
OTさん
《与えられすぎると、興味が無くなるのですよね。知識を制限して、自分達自らどうなってる?なぜそうなる?と思わなければなかなか、学ぼうと 言う姿勢と意欲がわかない様子です。》
 そうなんです。その通りなんです。この点に関し、過去記事に書いたことがあります。ご覧ください。

 ある養蜂家がいた。ミツバチがミツを集める最適な時期を求め、南から北まで全国を駆け巡った。確かにミツバチはよく働いた。全国どこでも、ハチにとって最適なシーズンだったからだ。

 ある日、この養蜂家は考えた。常夏の国へ移住すれば、ミツバチは一年中ミツをしっかり集めるのではないか。そうすれば、あちらこちら移住する必要はなくなる。

 ところが、いざそれを実行すると、結論はまったく逆となった。確かに最初は、よく働いたのだそうだ。ところが、一年中心地よい気候の地域では、ハチはいつでも不自由なくミツが集められることを知る。そうなると、あくせく働く必要がないから、ハチは、ミツを集めなくなってしまった。養蜂家は大損をしてしまったそうである。

 つまり、『人間に限らず、生物は楽できる環境なら、楽をしようとする。』のである。

 過去記事の引用は以上です。何でも与えてくれる環境なら、与えてくれるのを待つ姿勢が育つのですね。ですから、わたしたち、問題解決学習を標榜する者は、《自分達自らどうなってる?なぜそうなる?と思》わずにはいられないような学習過程を組むことに全力を注いでいます。子どもの想い、こだわりなどを大切にするのも、そうしないと、学ぼうとする姿勢と意欲がわかないと思うからです。
《次に見れるのは、何年後だろうね?》
 こういう結論を示さずして、子どもの学びへの意欲を喚起する言葉かけも大切ですね。
 

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