2012年06月26日

初任者指導教員研修会での講演を依頼されて、(2)

PAP_0142 初任者指導教員研修会における講演の第二弾をお届けしたい。本記事では、実際に話したように記録させていただく。それでは、よろしくお願いします。

「〜。

 ご承知のように、わたしたちの初任者指導という仕事はむかしからあったわけではありません。法制化された初任者指導は平成元年度にスタートしました。ですから、今、40代後半から50代の先生の多くは、自分が初任者のときこうした指導を受けていません。
 また、別な角度から言えば、そのころ校長はじめ、諸先輩の先生方がわたしたちの教室に入るということは、研究授業以外、まずなかったですよね。
 そのころは、たとえ初任者の教室といえども、やたら入らないでまかせるのが常識でした。

 そこでですね。わたしより10歳くらい年上の先輩にこの話をすると、少なからず次の2つの声が聞こえてきます。

『まあ法制化されたのではしょうがないけれど、toshiさんが初任者のクラスで授業をすることもあるのだろう。あまりいい制度ではないな。
 どうだい。子どもが言わないかい。『担任の先生よりtoshi先生の方がいい。』って。だって、初任者はおしなべて授業が下手。ベテランの方がうまいに決まっている。そうしたら、初任者は気の毒ではないかね。伸びようとする芽を摘まれることになりかねない。』

 もう一つ聞こえてくる声は、

『今の初任者は幸せね。わたしたちのころそんな制度はなかったから、先輩教員に聞くとか、指導法をぬすむ(?)とかするしかなかったもの。toshiさんは今、初任者指導専門なのでしょう。手とり足とり指導してくれる先生がいるというのは、初任者にとってありがたいことよね。』

そんな声が聞こえてきます。

〇まず、最初の方ですが、そうした声が聞こえるとわたしは必ず次のように答えます。

『いやあ。わたしは7年間初任者指導に携わってきたのですが、そんな声を聞くことはまずなかったですね。わたしは思うのですが、子どもにしてみれば、『わたしたちには先生が2人いて、どちらの先生も好き。どちらの先生にも教わりたい。』そう思っているのではないでしょうか。子どもはどちらか一方とは思わないようですよ。

 また、これは保護者の受け止め方といっていいと思うのですが、
 国により法制化される以前、もし週1日か2日、ベテラン教員が初任者の教室に入ってきたなら、これはもう、
『わたしたちの子どもの担任はたよりないのかしら。そういえば、初任者らしいわね。』
となるのでしょうが、
 今は法制化されているのですから、たよりになる、ならないということとは関係なく指導教員が入ってくるわけで・・・、そしてそのことは保護者も分かっていますから、初任者と保護者との信頼関係をこわす心配もない。だから子どももそうしたことは口にしないのだと思いますよ。
 それに第一、子どもにとって担任の先生の若さというのは、もう、それだけで大きな魅力でしょう。』

 そう答えています。

 実際わたしは、7年間の初任者指導で、全学年(個別支援学級を含む)の初任者とかかわってきたのですが、ついぞそういう声を耳にすることはありませんでした。
『toshi先生はどうして毎週1日しか来ないの。毎日来てよ。』
という声は確かに聞こえてきます。しかし、同時に、
『明日、担任の先生は一日他の学校で勉強しなければいけないので、学校へは来ません。』
となれば、
『ええっ。つまんないの。』
という声も聞こえてくるのです。子どもにしてみれば、どちらの先生にもいてほしいのではないでしょうか。別に双方を比較しているわけではないのですね。

 ですから、どうぞ、指導教員の授業は示範授業といいますが、初任者の研修のために大切にしてほしいと思います。

 だからといって、ふだんの授業はですね。初任者がやっている授業の最中に、子どもの前で口をさしはさむのはよくないと思います。これはやはり、初任者と子どもとの信頼関係をこわすことにもなりかねません。

 何気ない日ごろのふれ合いも同じではないでしょうか。基本的には初任者と子どもたちとの間に信頼関係が構築されるように全力を傾けるべきであって、指導教員と子どもとの間に信頼関係が築かれるなどということははっきり言ってどうでもいいことなはずですから、不必要なまでに子どもとかかわりをもつべきではありません。

 と言いましても、これは『基本的に言えること』であって、例外はいくらもありますね。

 まず、授業の話ですが、

 初任者が授業中に、子どもの前で、わたしに質問してくることがまれにありました。これは聞かれた以上は答えないわけにはいきません。そして、質問内容にもよりますが、子どもが帰ってから、
・『あんな質問を子どもの前でしてはいけないよ。そんなことは聞かなくても済むように教材研究をしっかりやりなさい。』
という場合もありますし、
・『わたしを生きた資料として活用しようとしたのだね。わたしも参加させてくれたので、授業がいきいきしてきた。よかったよ。』などとほめる場合もあります。

 また、めったにないことですし、それも、初任者と子どもたちとの信頼関係はバッチリで、少しくらいわたしが出ても、その関係をくずすことなどありえないと思える場合でしたが、

『ああ。もったいないな。これで終わったのでは上っ面をなでただけで終わってしまう。もっと深めることができるのに。』
などと思ったときは、わたしも授業を受けている子どもの一人という立場をよそおって、
『ちょっとみんなに質問させてください。』
と言い、子どもが発言するように言ったこともありました。

 たとえば、どんなときかといいますと、
・子どもが価値ある話し合いをしていてもその価値に気づいていないとか、
・AさんとBさんの想いは対立する関係にあるからそれを生かして全体に投げかければいいのにそれに気づかないとか、
・ある言葉の上っ面をなでただけだから、ほとんどの子はその言葉が理解できないまま学習が進んでしまっているとか、
 他にもありますが、そんなとき、いつもではありませんが、口をさしはさむこともありました。

 子どもを帰したあとの話し合いでは、
『突然発言を求めたからびっくりしただろうね。ごめんね。』
とあやまりながら、しかし求めた理由を話しました。これは教材研究をしっかりすればいいという話ではないですよね。即時即場的な対応ができるようになってほしいという願いから、そうしたことも話すようにしました。

 次は授業の話ではありませんが、けんかの仲裁がうまくいかないとか、子どもたちがちっとも先生の話を聞いていないとか、先生に反抗的な態度の子がいるとか、そうした場合に初任者の指導困難を感じることもありましたし、また初任者がわたしの方をうかがい、あんに『toshi先生、助けて。』と言っているようにみえるときもあって、そうしたときは、わたしが直接子どもにかかわり、そのかかわり方を初任者にみてもらうということもしました。

 このように、基本的に指導教員は直接子どもとかかわらないで初任者と子どもとの関係が円滑にいくように努力するべきだとしても、例外はいくらでもあるわけです。しかし、そうした例外的な行動をとる場合でも、
『初任者と子どもとの信頼関係の構築に資するのだ。』
ということを常に念頭におかないとうまくいかないだろうと思います。

 このことに関してですが、小学校以外の校種では、ちょっと違うかもしれませんね。先ほど(本ブログにおいては、前々記事)もふれたように、わたしはくわしくないので多分に想像になってしまいますが、
 個別支援学級や特別支援学校における指導では、指導教員が直接子どもとかかわる場面はものすごく多いだろうと思います。ふつうの小中学校のように、指導教員は教室の後ろにいて、初任者の授業を参観していればいいというわけにはなかなかいかないでしょう。
 指導教員も、初任者と同じように子どもにかかわることが多くなるのではないでしょうか。それでいいと思います。そして、指導教員が子どもとかかわる、そのかかわり方を初任者に見てもらうことによって、実地に初任者が学ぶという、そのようにすることも大切になってくるのではないでしょうか。

 中学校の場合は反対かもしれませんね。先ほど、基本的な構えとして、『初任者がやっている授業の最中に、子どもの前で口をはさむのはよくない。』と言い、『しかし、例外もある。』と申しましたが、その例外は極力なくす必要があるのではないかと思います。もっとも言い方を変えれば、専門外の教科の場合は、その専門的な部分において口をさしはさむ余地などほとんどないのかもしれませんね。

〇それでは話を移しましょう。もう一つの、『今の初任者は幸せ』という先輩の話についてですが、それについては、次のように答えます。

『いやあ。手とり足とり指導してもらえるという意味では、確かに幸せと言えるでしょう。わたしたちの初任のころは、先輩教員の学級経営を遠くから見よう見まねでやっていくしかありませんでした。
 しかし、その分、今の初任者は大変な環境におかれていて、こうした支援がないととてもやっていけないという側面もあります。』

そう答えます。
  kodomo06
 実際、わたしたちが初任のころと今とでは、学校を取り巻く環境は大きく違ってきていますよね。

・保護者からの要望、抗議のたぐいは、むかしとはくらべられないくらい増えています。そのなかには、
『いくら子ども同士とはいえ、また口約束とはいえ、『〜をしたら五千円上げる。』と契約を結んだのではないか。それなら、五千円もらって何が悪い。学校はそんなことにいちいち口をさしはさむべきではない。』
といったたぐいの、ちょっと理解できないようなものもあるわけで・・・、

・また、それと反対に、
『こんなことを学校に言ったら、モンスターペアレントと思われはしないかしら。』
といったように、当然していい要望を言わないといったケースもあります。
 そして、そうしたなかには、学校に言わない分直接保護者間でやりあい、それが原因で子ども同士も険悪ななかになるといったケースもあります。

・さらに、よく今の先生は多忙と言われますが、ほんとうにそうだと思います。むかしは子どもと遊ぶ時間はかなりとれましたしそうした中で子ども発見をする機会もあったわけですし、また先輩教員がよく飲みにさそってくれてそうした中で自然に学ぶ機会もあったわけですが、今、そのような機会はずいぶん減ってしまったのではないでしょうか。

・その原因としては、一つは学校管理体制の強化といった側面があるでしょう。我が地域は比較的ゆるやかな方だとは思いますが、それでもノルマといった感じの仕事はふえています。

 もう一つあると思います。それは、人間関係の希薄化です。これは日本社会全体にいえることですが、学校もその例外ではないようです。

 そんなわけで、『今の初任者は幸せ』といった側面は確かにありますが、初任者指導というシステムをとり入れなければならない事情もあると言えるのではないでしょうか。

 ですから、むかしの良さを知っているわたしたちは、システム化された初任者指導ではあるけれど、できるだけそうしたむかしの良さを生かしながら、つまりそれは心で指導する、人間的なつながりを大切にする、言葉をかえれば初任者に寄り添う気持ちをもつことが大切なのではないかと思います。

〇そうした意味で、年度初めわたしは、ほめること7、課題を指摘すること3の割合で指導することを心がけました。いろいろな初任者がいますが、基本的にはこの気持ちを忘れないようにしました。 
 教育委員会との事前の打ち合わせでも、「初任者にやる気をもってもらうには、」ということを何回も言われたのですが、やはりまずはそこに基本的な立場をおきたいと思います。
 特に今(5月)はスタートしてまだ1カ月という時期ですから、よけいそれを大切にしたいと思います。

 しかしね。いつまでもそれでいいとも思いません。初任者に寄り添い、心が通い合うようになったなら、やがては初任者にも一本立ちしてもらわなければならないのですから、『手とり足とり』からだんだん手を離していくことも必要になってきます。

 先ほど、『あんにtoshi先生、助けてと言っているようにみえる場合もある。』と申しましたが、これもいつまでもそれではこまるわけですね。そこで、
『最近は自信をもって指導にあたれるようになってきたね。以前なら助けを求めてくるような場面でも、そうせず自分自身で指導(解決)できるようになったことはすばらしい。』
といったようなほめ方も大切になってきます。
 また、即時即場的な対応がうまくなってきたなと思ったら、単にうまくなったというだけではなく、指導教員の出場(でば)がへってきたというような、そうした観点でもほめるようにします。

 そう。9月以降は、自立を促すような言葉かけも大切になるのではないでしょうか。

〇さらに、今はまだ早い話ですが、1月以降特に留意してほしい点があります。

 それは、少なからずこの時期、初任者の心に、ある一つの思いがふくらんでしまうことがあります。

 初めどうしてそうなるのか分かりませんでした。でも分かってしまえば、『ああ。そうか。そういうことか。』と、苦笑いをうかべてしまうようなことでした。簡単に言えば、それまで気にならなかったような、子どものちょっとした問題(?)行動でも気になって仕方なくなるのでした。そのために怒りっぽくなってしまう。その結果、学級に落ち着きがなくなったりぎすぎすした雰囲気になったりしてしまうのでした。

 話していて分かりました。このころ、初任者の心には、
 『もうすぐ子どもを手放さなければならない。その後担任となるのは、皆、先輩教員だ。そのとき、その先輩教員からとやかく言われたくない。『前の担任は何をしていたのだ。ちっとも育てていないではないか。』などと言われたくない。』
 そうした心理がはたらいてしまうのですね。
 これは、職員室の雰囲気も大きいでしょうね。初任者に対して思いやりがあり、寄り添ってくれるような職場環境ならこうした思いにはならないのではないでしょうか。しかし、そうでなければ、つい無理をしてしまう。

 わたしは言いました。
『いいや。先生の学級経営はすばらしかったから、もともとそんな心配はいらなかったのだよ。でも、今の状態は、正直、心配だ。下手をするとそうなりかねない。ちょっと子どもたちの行動がおかしくなっているようだよ。だから、気になることがいろいろあることは分かるが、もともとよかったのだからそのようなことは気にせずのびのびと学級経営した方がいい。今のままでいったら、その方がよっぽど心配だよ。』

 そう言うと、初任者は反省するとともに安心するようでした。

〇これはわたしだけの想いかもしれませんが、初任者の学級はおしなべて波乱万丈ですね。わたしたちは、一週間に一日初任者の学級に入るわけですが、そんな短い間でも驚くほど学級の状態が変わることがあります。先週とくらべ見違えるほどしっとりとした雰囲気になっている。もうほんとうに感動してしまうくらいです。もちろんその逆もありますけれどね。

 わたしは、初任者の心理状態がそうさせるのではないかと思っていますが、確証はありません。一週間に一日では、その間に何があったかは分かりませんものね。
 でも、初任者と話していると、分かる場合もあります。ちょっと無理をしてしまったとか、ちょっと不安な状態に陥ってしまったとか、逆に保護者に感謝されうれしくなったとか、『ああ。それが原因だな。』と思える場合もあります。

 そうしたときもね。あるいは、『そんなことを気にする必要はない。』とか、『ああ。反省しているようだから、それなら大丈夫だ。』とか、自信をもってもらう方向での言葉かけを大事にしました。

〇保護者と指導教員との関係でも申し上げたいことがあります。

 これは学校により千差万別ですが、まったく保護者とかかわりをもつことがなかった方が多いのですが、保護者から話しかけられることもありました。もちろん、わたしが初任者指導教員であることが分かっていて話しかけてくるのですが、大部分は初任者の成長を喜んでくださる内容でしたから、それはすぐ初任者にも伝えました。

 なかには、不安な想いを話してくるケースもありました。基本的には『大丈夫ですよ。』と話せるケースでしたのでよかったのですが、そうでない場合は、やはり管理職に報告する必要もあるように思います。

 また、ちょっと話が変わりますが、これは、初任者は何を管理職に相談すべきかが分からないといった一つの事例になるかもしれませんが、初任者から、次のように要望されたことがありました。
『toshi先生。今度、今年度最後の学級父母懇談会があるのですが、それにtoshi先生に出席していただくことはできませんか。』
『ほう。それ、即答はできないけれど、何でそう思ったの。』
『はい。一年間の子どもの成長など、toshi先生の目でお感じになったことをお話いただければと思いました。』
『そうか。それは分かった。でも、わたしから答えるわけにはいかない。そういうことは管理職に相談してほしい。そしてね。校長先生がオーケーしてくださったら、わたしは出席させていただくよ。』

 そう。基本的に指導教員がそこまでやることはないと思います。しかし、このケースでは、校長先生からもお願いされましたので、出席させていただき、一年間の子どもの成長のみでなく、その成長は初任者の成長と一体という話をさせていただきました。保護者から大きな拍手があり、それはそれはうれしく思いました。 

 また、それとは別にこんな事例もありました。

 そのクラスでは、学級懇談会の折、一人の保護者から、
『担任が甘いから子どもにけじめがついていない。もっときびしくやってほしい。』
という要望が出されたのだそうです。しかしその初任者は、
『一人ひとりの子どもをじっくり見とり、どの子も無理なく伸ばす方向で努力している。確かに、けじめのつかない子どももいるのだけれど、今日より明日、明日より明後日といった感じで無理なく子ども自らがけじめをつける方向で努力するよう促している。toshi先生からもそうした指導をいただいているので、その方向でがんばっていきたい。
 どうか、長い目で見守っていただければと思います。』
と答え、それに何人もの保護者がうなづいていたとうかがい、とてもうれしくなったこともありました。

 〜。」


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 まだまだ講演は続いたのですが、今回はここまでとさせていただきました。本シリーズもこれで終わりとさせていただきます。

 国の政策としての初任者研修ですから、制度的には全国共通とはいえ、その実態はいろいろでしょう。なかには制度が優先し、心が伴わない実態もあるように思います。

 全国の初任者が、いきいきと学級経営、教科等の指導に取り組み、成果を上げられることを祈念しています。


rve83253 at 04:27│Comments(7)TrackBack(0)初任者指導 | 教員の指導力

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この記事へのコメント

1. Posted by 竹ちゃん   2012年06月27日 20:47
さすがtoshi先生ですね。
教えらることが、たくさんありました。

私も、再任用職員として2年間、初任者指導教員をしました。センター校方式がスタートした年でした。それまでは、各校に加配教員が配置されていましたが、3校4名の初任者を1名一日ずつ指導して回りました。金曜日は、2名配置校で研修計画修正やその準備、そして、研修担当者会議がはいっていました。初任者は、教育センターの研修日になっていて校外での研修に出かけていました。

2年間で、計8名の初任者と過ごしました。
指導の基本は、
「小学校の教師になってよかった。」
「自分もやっていけそうだ。」
という気持ちになってもらえればよいというものでした。
ですから、
「まず、自分で考えたらそれをやってごらん。」
と、挑戦させました。失敗から共に学ぶこともありました。
もう一つは、学内の人材を活用することと、初任者相互が交流できる工夫もしました。初年度は、2人配置校へ一人配置校の初任者を研修に出すことです。その後補充を私がしました。(勿論、関係学校の校長先生と初任者研修校内担当とも相談したうえですが)孤立感をもつ一人配置校の初任者には、安心が得られたようです。2年目は、前年の初任者のところに研修に派遣することもしました。これも、相互に得るものがあったようです。

toshi先生のように緻密でなかったなと、申し訳ないように感じていますが、私の力量がそこまでないことも確かです。

toshi先生の体験に基づいたお話は、説得力があります。後進のために今後もお役立てください。
2. Posted by toshi   2012年06月30日 05:55
竹ちゃんさん
 お返事が遅れ申し訳ありません。温かなコメントに感謝申し上げます。
 竹ちゃんさんとわたしは同じ時期に同じ再任用職員として初任者指導にあたったようですね。センター校方式とのこと。我が地域では拠点校方式と言いましたが、これも同じ中身のように思いました。国の決めた初任者指導システムなのですから、当然ですね。
 しかし、違いもありました。それは貴コメントから学ばせていただいた点でもあります。
 《2年目は、前年の初任者のところに研修に派遣することもしました。》
 これはすばらしいですね。『ああ。わたしもやればよかった。』と今後悔しています。過去記事にあるのですが、わたしが数年後うかがったことは何度かありました。そして、教職経験2・3年後ですごい実践をしていることが分かり、うれしくなったものでした。そう。ですから、おっしゃるように、初任者も派遣するとよかったですね。
3. Posted by toshi   2012年06月30日 05:55
 我が地域のなかでも、やり方が変わった点がありました。たとえば、わたしにとっての初年度、わたしが担当する初任者4人でグループをつくり、互いに研究授業をしながら学び合う。もちろん講師役はわたしが務めたのですが、そんなシステムがありました。しかし、数年後事情は分かりませんが、それはとりやめとなり、もっと多人数で、その場合は、誰が一人が授業者となるのでしたが、そんなシステムに変わるということもありました。
 なお、ちょっとお断りしておかなければならない点があります。記事中に、『初任者指導7年間』と書きましたが、これは、制度としては、竹ちゃんさんがおっしゃるように、わたしたちの年代では、再任用は2年でしたので、2年間しかできませんでした。今は再任用はたぶん5年ではないでしょうか。したがって、5年は指導できますね。
 わたしの場合、あとの5年間は、非常勤講師としての勤務でして、これは後補充として授業をするのが本務です。しかし、授業をしながらも、いや、その授業を通してこそ初任者指導できる部分もあり、そうした意味での7年間ということになります。その辺、制度は共通していると思いますので、補足させていただきました。
4. Posted by のぞみ   2012年07月03日 17:33
toshi先生がご指摘された「学校に言わない分…。」の点が、当地区にかなり当てはまっている事で、心を痛めている住民です。

特定の学級では、一人の保護者が問題解決のステップを踏まずに、いきなり教育委員会へ持ち込む事を繰り返している事で、保護者間との関係も悪化した上、子供の関係もおかしくなっていると、保護者である住民から嘆きの声をよく聞きます。

その方の言い分としては、担任も学校も信頼していないとの事で、教育委員会が味方なのだそうです…。

結果、指導と言う締め付けが強くなってしまい
学校と関係を持てるのは、実質教育委員会から派遣される地域外の「特別支援者」に限定されてしまいました。

その方にとっては、「声」を取り入れてくれたと思っているのでしょうが、これまでの信頼関係は何だったの?と言う無力感で一杯です。
5. Posted by toshi   2012年07月04日 06:35
のぞみさん
 ご指摘の『学校に言わない分〜』だけとり上げても、いろいろなパターンがあるのだなあとあらためて感じました。
 記事のそれは、『こんなことを学校に言うと、モンスターペアレントといわれてしまうのではないかしら。』という思いのなせるわざだったのですが、のぞみさんご指摘のそれは、学校に対する不信感のなせる技なのですね。
 また、のぞみさんご指摘の件にしても、教委が味方(?)になってくれるかどうか、これまでいただいたコメントやメールを拝見すると、どうも逆な事例が多いようです。
 わたしの想いとしては、『教委(学校)はもっと保護者、地域からの要望、苦情などに対し、客観的、かつ妥当性のある見方をしてほしい、そこに足場を置いた対応をしてほしい。』
 しかし、現実は、どうもそうでない事例が多すぎるように思います。いきなり高飛車に出たり、逆に要望、苦情に唯々諾々と応じたり・・・。
 むずかしい時代ですね。
 すみません。お答えになっていなくて。
6. Posted by のぞみ   2012年07月16日 19:18
お返事ありがとうございます、地域性に左右される所もありますので、地域の現状や学校が置かれた現状を客観的に見て、地域に根付いた対応こそが必要と思われますが、やはりと言うか残念ながら当地区ではそうでないようです。地域支援者との塀を作ってしまった事による弊害が、すでに出始めています。
取り返しの付かない事にならないよう、塀の外から見守るしかありませんね…。
7. Posted by toshi   2012年07月17日 06:19
のぞみさん
 地域の現状。・・・。
 学校がおかれた現状。・・・。
 今回のいじめ自殺とされる事件についても、そうしたものが非常にドロドロしているなと感じます。隠ぺい体質と言っても決して学校だけではないようです。
 むかしは学校が地域の風土をリードするといった側面もありました。しかし、今はどうでしょうか。
 取り返しのつかないことになる前に・・・、祈るのみです。
 

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