2012年07月14日

真剣に立ち向かった件数!! いじめ問題をめぐって

PAP_0156 我が地域の教育委員会の取組について、わたしはひそかに誇りしてきたことがある。

 6年前だった。

 このころもいじめによる自殺が多発し、教育問題にとどまらず、社会問題となった観があった。わたしはすでに退職し、初任者指導に携わっていた。

 ある日、初任者指導教員研修会に出席したときのことだ。休憩時間、廊下での立ち話のなかで、わたしはA指導主事に質問した。

「今、学校における子どものいじめ自殺をめぐってマスコミが大々的に報道していますよね。そのなかに、文科省への『いじめの発生件数0報告』という問題がありますね。『教委、学校の隠ぺい体質』とも指摘されています。
 でも、我が地域はそんなことはないでしょう。以前からちゃんと正直に報告しているのではないですか。」

 それに対するA指導主事の回答に、わたしは思わずうなってしまった。感嘆の声を上げた。その回答が、冒頭述べたように、我が地域の教育に関し、わたしの誇りとなっている。

 以後、初任者指導のなかで、わたしは初任者にこの話をしてきた。

 さあ。それでは、その回答をここに示させていただこう。A指導主事は言った。

「はい。ちゃんと件数報告していますよ。0などということはありえません。確か毎年1000件は超えているはずです。
 残念ですが、いじめはどこの学校でも学級でも起こりうるものです。ですから、いじめの発生そのものを恥ずかしいことというとらえはしていません。学校がダメだから、学級がダメだからいじめが起こるのだというとらえではないのです。
 恥ずかしいのは、そういういじめがあるのに、
・学校や教員が気づかない。
・気づいても何も対応しない、指導しないということではないでしょうか。

 ですから我が地域では、toshi先生がおっしゃった報告を、いじめの件数の報告とはとらえていません。学校がいじめがあることに気づき、真剣にいじめに立ち向かい、指導した件数ととらえています。
 件数が多いのは誇りなのです。それだけ学校が、そして教員が努力し立ち向かったことの証(あかし)なのですから。」

 そうか。いじめに真剣に取り組み立ち向かった件数。そうとらえれば、『0』という方が恥ずかしいことではないか。

 地域という広い範囲のなかでは、いじめは必ず起きている。それなのに『0』というのは、学校は気づいていないし、気づいても何も対応、指導しないということの証なのだ。

 わたしも現職のとき、もちろん正直に報告していた。『いじめをしない、させない、許さない。』は、我が地域のいじめ対策のスローガンであり、取組であった。だから、そうした意識をもち、学校一丸となって取り組んでいた。

 しかし、そんなわたしにしても、報告についてここまでの意識はなかった。ただ正直に報告する風土があると思っていただけだった。だから、もう退職後ではあったけれど、いじめについての意識がより確固たるものとなった。
 繰り返しになるが、それからというもの、初任者にはそうした意識をもってもらうべく、必ず話題にしてきた。


 ああ。そんななか、

 また、また、つらい事件を耳にすることとなった。いじめによる自殺とされた事件だ。それも昨年の事件だったが、被害者の両親が告訴に及んで明るみに出ることとなった。

 公教育に携わる者として、また、そういう立場でブログを運営している者として、こんなにつらく、恥ずかしいことはない。

 謹んで哀悼の意を表します。


 今回の事件でも、公教育に携わる者の隠ぺい体質、当事者意識のなさなど、6年前とよく似ている。

 いや。それ以上だ。

 というのは、学校(教員)、教育委員会、警察、マスコミなど、かくしたり当事者意識がなかったりする以上に、あまりにも非常識な言動を繰り返している。

 そこに、教育(おしえはぐくむ)の姿はまったく感じられない。公教育がここまで堕ちたかと思わせるものばかりだ。

 
 テレビ画面を見るたびに、情けなくなる。悲しくなってしまう。

 だって、教育関係者は一様に無表情で、どう答えようかということしか念頭にないようであり・・・、そこに反省の心とか、同じことを二度と繰り返さないようにしようという決意とか、そういったものはまったく感じ取れない。よくあんな淡々と答えられるな。そこに教育者として、子どもの心に寄り添う姿・・・、いや、人間としての良心すらまったく感じられないのだ。

 
 わたしはかつて、いじめに関し緊急提言をさせていただいた。

 小学校における学級経営の立場からの提言だった。今、2つの過去記事にリンクさせていただこう。
    いじめの問題(6) 緊急提言
    鉄は熱いうちに打て(5)

 しかし、今回の事件は、もうそうした教育現場に対する提言の域を超えてしまっている。そんな提言をしても意味はないなと感じさせる。もうむなしくなるばかりだ。

 願わくば、ことはここまで深刻になってしまった以上、警察に真相を究明してもらうしかない。・・・。しかし、その警察も、今回の事件では、隠ぺい体質なのだよね。

 当該市の市長が言うように、これは、第三者機関による徹底した究明が必要だろう。教育委員会に自浄能力がない以上、非常措置としてわたしも賛成する。


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〇わたしにはもう一つ、心配があります。
 『やはり、現行の教育委員会制度ではだめだ。』
 そうした声が蔓延することです。

 くわしくは過去記事に譲りますが、現行の教育委員会制度がダメだから、こうした問題が起きるのではありません。教育委員会制度が形骸化しているからダメなのです。形骸化せずうまく機能している地域はたくさんあるはずです。

 我が地域だって、教科書採択問題では、ケチをつけてしまいました。ですから100%うまく機能しているなどとは言いませんが、まあまあ、教育に携わる機関として、成果を上げているととらえています。

〇先に、『浜名湖ボート転覆事件に想いを寄せて、』なる記事も書かせていただきました。ふり返ると、教育に携わる者、そして、その周りにある諸機関の誠意のなさ、隠ぺい体質など、共通する姿勢を感じます。

〇ことは、機関、組織、そういった問題ではありません。むかしから、『教育は人なり』という言葉もあります。そうしたとらえでの抜本的改革を切望します。

rve83253 at 17:12│Comments(31)TrackBack(0)いじめ | 教育風土

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この記事へのコメント

1. Posted by toshi   2012年07月14日 19:57
コメントをくださった方へ
 誠に申し訳ありません。
 せっかくいただいたコメントでしたが、記事本文の手直しをしているうちに、わたし自身のミスにより、いただいたコメントを削除してしまいました。まったくのわたしの不手際であり、心よりお詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした。
2. Posted by 竹ちゃん   2012年07月15日 19:52
toshi先生の情熱を支援します。

『間違いはないもの』という前提で組織が運営されることの恐ろしさを今回も感じました。
福島の原発のことも、同じ土壌に育った茂みです。

人間は、愚かなものです。
間違いを犯す動物でもあります。
その前提で、起こしてはならないことを
未然にキャッチするシステムと
一人ひとりの感性を研ぎ澄ます
不断の努力が必要です。

監視を機械化・デジタル化をすれば
人間的なミスは防げるという信仰は
危険です。原発のような複雑な装置は
機械に自動的な判断を委ねています。
人間の能力を超えているからです。
そのような巨大な装置は、
想定外の事態に対応できないことを
示しています。

教育現場は、今、組織としての崩壊が
始まっています。
職階制と教員評価がその根底にあります。
職階制は、境界領域に隙間を作ります。
教員評価制度は、保身へと意識を向かわせます。
これらは、人間の本性から出てくることです。

教育現場には、監視カメラは似合いません。
教員相互の信頼と協力体制がなければ
目こぼしが多発します。
それが、人間の持っている特性なのです。
そこに、気付かないと今回のような事件は
繰り返されます。

今回、大津市の中学生の自殺報道を読んでいて、昭和60年におこった東京都中野区立富士見中学校2年生、鹿川裕史君の話と類似することが多いのに驚いています。学校現場には、教訓が残っていないのでしょうか。30年近くなりますからですかね。
何か、むなしさを感じます。
3. Posted by OT   2012年07月16日 05:36
toshi先生 おはようございます。

ペリカン文書と言う映画を思い出しています。

問題は、教育界だけの話では無いでしょう。

日本が、いや世界が今
同じ問題を抱えているのですね。

4. Posted by toshi   2012年07月16日 10:35
竹ちゃんさん
 重ね重ねのコメント、痛み入ります。ほんとうにありがとうございます。そして、申し訳ありませんでした。
 先の貴コメントには、《人間への信頼と人間の醜い部分とを冷静に見つめることのできる教職員集団を創り上げた》という意味のことが書かれていたと思います。珠玉の言葉をいただいたと思っていますのに、正確に思い出せなくて申し訳ありません。
 そして、我が返信コメントでは、
 我が地域においても、決してむかしからこうした教育が行われていたわけではなく、30年以上前、子どもによる日雇労働者殺人事件などもあり、けっこう荒れていたときもありました。そうしたことの一大反省から今の教育がスタートしたのでした。我がブログの各記事も、そうした体制のなかで育んできた教育観、指導観、児童観などが息づいているように思います。今回のいじめ自殺事件についても、それを教訓として今後の教育実践に生かしていきたいと思います。

 
5. Posted by toshi   2012年07月16日 10:35
そして、今回いただいたコメントですが、わたしは、過去記事の、あるパイロットの『人はミスする。機械は故障する。天気には勝てない。』という言葉を思い出しました。この過去記事は、本コメントのtoshi欄に貼りつけさせていただきましたので、よろしかったらご覧ください。
 仰せの原発は、『機械は故障する。』以上に、深刻ですよね。もともと人間に制御できないものをシステム化してしまいました。そもそもつくってはならないものだったのですね。その点、先のパイロットの言葉を借りれば、天気に勝とうとしてしまった姿と言えるでしょう。愚かの極みです。
 職階制と教育評価については、ご多分にもれず今という時代のなせる業。我が地域にもあります。しかし、我が地域においては、そうした制度を乗り越えるだけの力があるように思います。一様ではないでしょうがね。
6. Posted by toshi   2012年07月16日 10:45
OTさん
 はい。今回のいじめ自殺(?)事件にしても、ことは教育問題を含みながらも、そこから離れてしまい、もっと陰湿でドロドロとした大人社会の姿も投影されているようです。そして、後者の部分の方が大きくなってしまった感があります。
 警察は今になって動き出したようです。しかし、過去に隠ぺいしようとした勢力はあったわけで、それへの処分などはないのかなと思っています。
 地域社会をおおう隠ぺい体質。こわいなと思います。
7. Posted by shiba   2012年07月17日 18:32
はじめまして。
私は教師を目指している大学生です。
toshi先生のブログを読ませていただき、自分の考えが深まっていくのを感じています。

今回のいじめ問題の実態、そして学校、教育委員会の対応には唖然としました。なにか謝罪できない理由があるのでしょうか。教育をする立場の人々の対応だとは思えません。家庭の学校、教師に対する信頼が欠けている今、信頼を取り戻すことが大切なのではないかと考えてきましたが、現場に立つことができたときに、自分の地域も同じような実態だとしたら、事件発覚後に一教師にできることは少ないのではないかと感じます。
あくまでテレビなどの情報なので、どこまで信用して良いのかわかりませんが、今回の事件には深く考えさせられました。
もし今回のような地域で採用された場合、教員に出来ることはあるのでしょうか。よければtoshi先生のお考えを聞かせていただきたいです。
8. Posted by 伊藤   2012年07月18日 20:40
個人的に大津市に住んでいるので、わいわい言われてます。
どうも、責任を取りたくない、ミスも失敗も認めたくないような雰囲気が漂っていました。
そうなると、校長はリーダーシップを発揮して、学校をどうこうしようとしたのか?あるいはそれまでの歴代校長はどうだったのか。いじめ問題も小学校ではどうだったのか?

こういったことを調べたのか?実は、この前にお隣の市でいじめ問題の時に県教育委員会が動いたら、どうだったのか。

正直なところ、いじめが見つけにくいのはわかります。だからこそ、任命権者である県がしっかり教育してほしかった。
おそらく、3年後、5年後にも似たようなことが起こるように思います。今こそ、校長が前面に立てるような支援をすることとその覚悟ができる校長を作るべきじゃないかと思いました。
9. Posted by ま   2012年07月19日 05:24
3 いじめをなくすことは不可能でしょう!
しかし、いじめによる自殺をなくすことは可能性はあります、
方法は、学校内外を問わず、地域住民及び地域にある企業などに協力してもらい、生徒同志がどんな状態が注意してもらう事です。昔は、いじめは今ほど多くはなかったと思います。それは、、地域住民の目があり、学校以外で大人が注意していたからでしょう。
ひどい時は、学校に自らの子供がいなくても学校に通報したから、親にいったからてまは?
つまりそれと同じ状態にする事で防げる。
学校内は、教師だけでなく、パトロールする職員を配置する事!その職員は、教育委員会による雇用じゃなく独立した関係であればいい。
今現在適任と言えるのは用務員です。
こういった仕組みを作る事が重要です。
10. Posted by yuutyan   2012年07月19日 21:49
はじめまして
最近、話題にならない日のないいじめ問題
ネットを巡っていて、目に留まりました

本当に日本中の教育関係者が
こういう考え方をしてくれたら
大津の学校の先生がこういう考え方をしてくれたらと、残念です
感銘しました
自分のブログに転載させていただきました
ありがとうございました
11. Posted by toshi   2012年07月20日 05:58
shibaさん
 教員を目指していらっしゃるとのこと。教職に大きな夢や希望を抱いていらっしゃることでしょう。本記事は、そうした夢や希望を打ち砕いてしまうのではないかと、そうした意味でもやるせない思いでいます。どうもすみません。
 しかしながら、これも本記事でふれているつもりですが、どこもそうではありません。夢や希望をふくらませてくれるところも少なくないつもりです。
 教育界は、他に比べると、地域による違いがものすごくあります。
 でも、それは本記事でとり上げたような閉鎖体質などは別として、地域の特色づくりなど基本的な原則として言わせていただければ、民主主義社会においてあっていいことと思っています。そういう意味で教育委員会制度は堅持しなければいけないと思います。ときの首長の意向に振り回されてはならないと思います。
 もともと教育委員は地域住民の選挙で選ばれていました。そうすれば、教育委員会は直接地域住民に対して責任を負う体制となりますから、形骸化は防げるのではないでしょうか。早くそういう体制にすべきというのがわたしの主張です。
 しかしながら、教職員組合もこうした主張をしておりません。それは残念です。
12. Posted by toshi   2012年07月20日 06:03
《もし今回のような地域で採用された場合、教員に出来ることはあるのでしょうか。よければtoshi先生のお考えを聞かせていただきたいです。》
とのご質問ですが、残念ながら、これについては的確なお答えができません。上述のように、地域による違いがあるからです。
 的確ではないが、一般論なら、一教員にできることというのは、ほとんどないのではないでしょうか。
 ただ小学校なら、せめて自分の学級くらいは自分の手で守ろうとがんばる気持ちが大切かもしれません。
 それよりまだ大学生でいらっしゃるのですから、どこを受けるかが大切なのではないでしょうか。情報を収集し、検討されたらいかがかと思います。 
13. Posted by toshi   2012年07月20日 06:13
伊藤さん
 それはそれは。当該市にお住まいなのですね。わたしは新聞、テレビ報道でしか知る由はないのですが、伊藤さんの場合は、より地域から聞こえる声として、いろいろなことがお分かりになるかもしれませんね。
 わたしは、貴地域の場合、風土として学校を超えたところに大きな力がはたらいているように受け止めております。学校としてできることが限られているということはないかなと思っています。あくまで憶測ですがね。
《校長が前面に立てるような支援をすることとその覚悟ができる校長を作るべきじゃないかと思いました》
 もしわたしの憶測が合っているなら、伊藤さんの主張は急務となるでしょう。校長がしっかりリーダーシップを発揮できる体制づくりが大切です。
14. Posted by toshi   2012年07月20日 06:20
まさん
 まさんのご主張は、胸に染みました。
《今現在適任と言えるのは用務員です。》
 もうその通りです。わたしの場合、子ども大好きの用務員さんから得る情報は、すごく大切にしました教員が見ることのできない部分をつかむことができたのです。
 また、地域・保護者からいただく情報も大切にしましたよ。たとえ、事実と違ったとしてもいただいたことに対しては感謝しました。
 そうすることによって、早期対応が可能になります。本コメントにも、いじめは把握しにくいとありますが、確かにそういうことは言えますが、把握できる幅を広げることには、ベストを尽くさなければいけません。
15. Posted by OT   2012年07月20日 09:34
きっと昔から同じような事が繰り返されて来たのでしょう。大村はまさんが、若い教師達に向かって書かれた本の背景は、御自分が体験された(教職)と言う職業に纏わる複雑な事情に・悩むであろう後輩に向けてのエールだと、私は読んでいました。

先生も、そう教えてらっしゃる。

どのような事情があれ背景があれ、複雑な社会事情・軋轢はどのような地域・職業にもつきものです。

せめて、学校の教室の中だけで良いのです、(教師)と(子供達)の学ぶ聖域であって欲しいと思います。
子供を託す、親の願いです。

16. Posted by 伊藤   2012年07月20日 14:11
近い場所で見えることは、今回の事件が実は初めてじゃない。10年前に死亡事件が発生している。当該学校は荒れている。10年前の事件と前後して、暴行事件が多発している。
人事権は県が握っているとして、どうも立て直す気がなかったのではと思えなくもないです。
教育困難校であっても、再生したケースは少なくない。きれいごとを言えばきりがないけれど、難しい地域であったのは間違いない。

問題はこれからです。ほかの地域ですが、校長が自殺という結末もありました。裁判はおそらく解決のないまま、終わると思います。何とか解決という結論を導けるよう見守っていくつもりです。
17. Posted by のぞみ   2012年07月20日 18:40
学校では「開門から1時間目まで」「中休み」
「昼休み」などにトラブルが多発する傾向があると感じます。私も、学校と関わっていた頃には用務・事務・養護・給食調理員や専科教員との関わりを大切にしていました。これらの方々は、驚くほど子供に関する事を知っていますが、当地区ではこうした情報の共有が出来にくい雰囲気が出来上がっているように感じました。

地域事情など、色々と異なるので一概には言えない面もありますが…。戦後すぐに出来た現行制度では対応出来ない所まで来ていると言う事を、行政側には危機意識を持って臨んでもらいたい気持ちです…。
18. Posted by toshi   2012年07月21日 07:54
OTさん
 コメント12番に、《ただ小学校なら、せめて自分の学級くらいは自分の手で守ろうとがんばる気持ちが大切かもしれません。》と書いてしまいました。ちょっと心に引っかかるものがありましたけれどね。
 わたしもこれまで日々順調にきたわけではありませんので、逆境の時、そんな思いになったことはありました。
 《せめて、学校の教室の中だけで良いのです、教師と子供達の学ぶ聖域であって欲しいと思います。》
 OTさんのお気持ち、よく分かる気がします。ありがとうございました。
 
19. Posted by toshi   2012年07月21日 07:59
伊藤さん
 何とかこれを契機とし、本格的に立て直してほしい。これだけ世間を騒がせたのですから、そうでなければならないと思います。成果が上がりますよう祈念しています。
 また、伊藤さんのお気持ち、とても尊いと思いました。
20. Posted by toshi   2012年07月21日 08:12
のぞみさん
《私も、学校と関わっていた頃には用務・事務・養護・給食調理員や専科教員との関わりを大切にしていました。》
 ほんとうにおっしゃる通りと思います。そうすることが、子どもにとっての社会を大切にすることになりますね。であれば、当然大人になっても、社会を大切にするようになるのではないでしょうか。
 過去記事に、『学校で働く人はすべて教育者』といった趣旨の記事を書いたことがあります。本コメントのtoshi欄に、そのURLを貼りつけましたので、よろしかったらご覧ください。
 
21. Posted by やまびこまま   2012年07月24日 22:52
教育は人なり。
まさにその言葉につきるでしょう。

隠ぺい体質などその手のことは、今に始まったことではないし、学校にだけあてはまるものでもありませんし、残念ながら日本人の体質・・・みたいなもののようにも思えます。
今回命をなくしてしまったお子さんの絶望、保護者の方のの無念は察するに余りあります。

ただ、加害者とされる少年たち・・・
彼らはなぜ「いじめっ子」になってしまったのか。
生まれた時からいじめっ子なんて、いないと思うのです。
人をいじめて、心から楽しいと思えるわけがありません。
どうして。。。
いじめっ子になってしまう前に、ざわざわする心のことを、話を聞いてくれる大人はいなかったのか。いじめ以外に楽しいことはなかったのか。

教師も保護者も、今まで彼らと真剣に向き合ったことがあったのかしら・・・
学校教育のマニュアルやらなにやら、先生方はがんじがらめなんでしょうか

小学校はクラス担任の先生がずっと授業されますから、
子供と一緒の時間が長いですが、
中学になるととたんに、担任との接点が激減しますね。
が、担任以外の先生にも見ていただけるという良い点も
生かされるとよいと思うのですが。
22. Posted by toshi   2012年07月25日 00:24
やまびこままさん
《いじめっ子になってしまう前に、ざわざわする心のことを、話を聞いてくれる大人はいなかったのか。いじめ以外に楽しいことはなかったのか。》
 いやあ。ほんとうにおっしゃる通りです。いじめっ子だって、ほんとうは指導される権利があるのです。
 わたしは、本記事で、《学校がいじめがあることに気づき、真剣にいじめに立ち向かい、指導した》と書いていますが、そうしたことも含めて書いています。《教師も保護者も、今まで彼らと真剣に向き合ったことがあったのかしら・・・》
 さきほど、新しい記事を入稿しました。真剣に向き合う競争。今、教育現場にも競争の論理が横行する時代になってしまいましたが、するのなら、こういう競争がいいですね。
23. Posted by かげちゃん   2012年07月28日 23:32
ご無沙汰しております。

残念ながら神奈川県藤沢市教育委員会も事故やいじめを校長が隠蔽しています。表面化していない数はかなりある、と思います。

私自身は「レイマンコントロール」は所詮教育現場には向かないと考えております。大津市の事例でわかるように、担任、校長、教育長、警察まで隠蔽に加わるようでは末期的症状です。藤沢市も本質は同じだと思います。

教育行政の一からの作り直しが必要です。
24. Posted by wave   2012年07月29日 17:47
こんにちは。
私は中学校の教員を目指しており、いつもtoshi先生のブログで勉強させていただいてます。

「いじめに真剣に立ち向かった件数」というとらえ方、なるほどなぁと思いました。
そのようにとらえる「空気」が学校や地域、教育委員会にあれば、先生たちも前向きに、(言い訳とか隠蔽とかではなく)子どもたちのことに集中して取り組めるのだろうと思います。

先日放送されたNHKの「青春リアル」という番組で、いじめに関する議論がありました。
その中で、ある先生がおっしゃった一言がずっしりきました。

(いじめは教師が個人ではなく、チームで対応することが大切、という文脈の中で)
「もしかすると先生自身が、集団・チームにいて癒された経験があまりないのかもしれない。自分が癒された経験がなくて、集団で傷つけられた経験がある場合には、そんな簡単にチームでやりましょう、とはならない。」
「教師の卵(学生)たちには集団でいい経験をして、教師になってほしい(教員養成課程で、そういう経験をするカリキュラムを入れた方がいいかも)」

自分は集団の中でどのように過ごしてきただろうか…思わず考えてしまいました。

先生のチームワークについて、toshi先生はどのようにお考えですか。
やはり、いじめへの対応がしっかりしている学校は、先生たちのチームワークが良いのでしょうか。


ちなみに、私が観た「青春リアル」は再放送がありますので、もしよろしければご覧ください。
7月30日(月)25時〜(31日午前1時〜)

また、このテーマの提案者(?)のよーへーさんの「学校の条件」が番組サイトで見られます。
http://cgi2.nhk.or.jp/ss-real/kiseki/board.cgi?cid=2
25. Posted by toshi   2012年07月31日 13:01
かげちゃんさん
 お久しぶりです。お元気ですね。
 今回の事件は、いじめた側の保護者の多くがその土地の名士(?)であることから、ただ単に学校の隠ぺい体質ということでは片付かない、もっと大きな力がはたらいているように思えてなりません。
 でも、そうした風土をつくったのも、何十年も前からの学校教育であることを思うと、何ともやりきれない思いです。少なくとも事実をはっきりさせることによってそうした土壌をなくす努力をし、今後の教育が正常化されるように願っています。
26. Posted by toshi   2012年08月01日 08:42
waveさん
 中学校教員を目指していらっしゃるとのこと。拙ブログをご愛読賜り感謝申し上げます。どうぞ。今後ともよろしくお願いします。
 先生のチームワークについてお尋ねです。わたしは次のように思います。
 まず、《いじめへの対応がしっかりしている学校は、先生たちのチームワークが良い》と思います。これは間違いない。
 しかし逆に、『先生たちのチームワークがよければ、いじめへの対応がしっかりできるか。』と問われれば、そうである場合もあるし、ない場合もあると答えるでしょう。どんな集団かが問われます。
 まずwaveさんからのコメントの前段にありますように、やはり癒される集団であること、いい経験のできる集団であること、力を合わせることに生きがいを感じるような集団であることが望まれます。
 次に、ご紹介いただいたよ―へーさんのサイトにあるように、
・固有名詞を出して、子どものことを語り合える集団
・先生同士が互いにいいところを見つけ、それを子どもや親、他の先生に伝えることのできる集団
・子どもを大事に思うように、仲間である先生のことも大事に思い、声をかけあう集団
であることが望まれます。
27. Posted by toshi   2012年08月01日 08:42
 チームワークがとれていれば、そのようなことはできているのではないかとおっしゃるかもしれませんが、そして、わたしも実はそう思っているのですが、これまでいただいたコメントやメールを拝読すると、どうもただの仲良し集団で切磋琢磨のないチームワーク(?)もあるようですので、ちょっと注釈を入れさせていただきました。
 なお、《先生同士が互いにいいところを見つけ、それを子どもや親、他の先生に伝えることのできる集団》については、ちょっと補足させていただきたいのですが、
 互いにいいところを見つけ合うのは、先生同士に限定せず(ごめんなさい。決して上記サイトが限定しているとは思っていません。)、子ども、親、地域、PTAなど人間社会すべてを含んでのいいところさがしとし伝えたいものだと思います。
 特に、管理職ともなれば、地域、PTAを含んでのいいところさがしはより重要となるでしょう。
 そのようにすれば、地域社会を包み込んでの《チームワーク》をねらうことになるでしょう。
 最後に、テレビ番組については、ご紹介いただき、ありがとうございました。しかし、その期間わたしは旅行をしておりまして、見ることができませんでした。残念に思っています。
28. Posted by wave   2012年08月05日 21:06
toshi先生

大変丁寧にお返事くださり、ありがとうございます。

>どんな集団かが問われます。

『どんな集団か』…そうですよね。チームワームと言っても、いろいろですよね。
学校においては、良くも悪くも「教師集団」の子どもたちに与える影響が大きいのだろうと思います。

妙な雰囲気の集団に入ったときに、「何かおかしい」と感じられるかどうか。
「おかしい」と感じられても、集団が良い方向へ行くように行動できるかどうか。

正直、今の私には自信がありません。
初めは「あれ?」と思っても、徐々にその集団に(悪い意味で)染まってしまいそう…
正規採用される前に(身軽なうちに)、いろんな集団に首をつっこんでみて、空気を肌で感じ、感覚を磨いておきたいと思っています。

> 互いにいいところを見つけ合うのは、先生同士に限定せず(ごめんなさい。決して上記サイトが限定しているとは思っていません。)、子ども、親、地域、PTAなど人間社会すべてを含んでのいいところさがしとし伝えたいものだと思います。
>そのようにすれば、地域社会を包み込んでの《チームワーク》をねらうことになるでしょう。

あぁ、そうですよね! 
『地域社会を包み込んでのチームワーク』となれば(立場の様々な人々が子どもとかかわれば)、問題や子どものちょっとした悩みなど、早期発見・解決が期待できる気がします。
(そういう意味での地域社会のチーム力が、やはり昔に比べると落ちてきているのでしょうか…?)

いじめについての議論は、これまでもいろいろ見てきたつもりですが、まだまだでした。
toshi先生のブログを通して、また違った角度から考えることができました。
どうもありがとうございました。

追伸:
No.24のコメントで紹介した番組「青春リアル」ですが、NHKオンデマンドで観られるようです。
http://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2012040314SC000/
(ただし有料で、購入期限が8月9日までのようです。)
29. Posted by toshi   2012年08月07日 07:35
waveさん
《学校においては、良くも悪くも「教師集団」の子どもたちに与える影響が大きいのだろうと思います。》
 はい。おっしゃる通りです。やはり教員同士連携がとれないところでは、教育効果も上がりませんしね。
 わたしは、《妙な雰囲気の集団》にいたこともありますが、大部分は向上心あふれる教員集団のなかにいることができました。
 そうした意味では《妙》だという実感を容易にもつことができました。
 waveさんは今学生でいらっしゃいますから、未知への不安があるのはよく分かります。しかしね。『柔軟に生きると同時に強い信念をもつ』気持ちを大切にして今を生きること。それが大切ではないかと思います。waveさんはそうした気持ちをおもちですから、たのもしく思いました。ご健闘を祈ります。

 
30. Posted by 春奈   2012年08月28日 02:03
私は『イジメ』られた事ありました。中学校の頃、からかたり、無視されたし、嫌がらせされたし、ヒトイ事されたり、不登校になってしまい。しまいに学校いけなくなってしまった。私は、うつ病になってしまいました。私も机もなにかもすべておりなげ状態だった。私は学校見ってたのは、学校めちゃくちゃになっていた事だった。皆逃げる場も失っていた事だった。中3の時昼ご飯食べる時、机戻しょうした時に、友達の机にジュース置いた時に、あんた置いたやろ何度も容疑者扱いされた。いや、私は置いただけなのに何度も注意された私の机なのに何度も容疑者扱いされた。高校の頃も何度もイジメられたし、楽しい生活送る事できなかったし、中学校とか高校も同じ事にイジメされたし。 皆逃げる場も失ってたし、私に無視された事あった。助けって言うっても、助けは来なかったし。ヒトイ高校だった。私に対して謝って欲しいかった。今たに恨んってる。ありえない事してくれたなと思っているし。何て言うったい。
31. Posted by toshi   2012年08月30日 05:40
春奈さん
 『いじめ』をテーマにした記事を書きますと、必ずといっていいほど、春奈さんのように、かつていじめを受けたことを訴えるコメントをいただきます。
 ほんとうに、拝読するだけでも、つらく悲しい想いになるとともに、公教育に携わる者として、申し訳ない思いでいっぱいになります。
 いじめはなくならないとよく言います。しかし、小学校においては、教員の努力によって、かなりの部分はなくすことができるはずと思っています。
 申し訳ありませんが、中学校、高校においては、経験がないので、そこまで断言することはできないのですが、より大きくなっているだけに、その分、事態は深刻なのではないかと思います。
 今でもつらいとおっしゃるお気持ち、お察ししております。

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