2013年08月01日

保護者の皆さんへ(6) 〜我が子の担任への思いが〜

kodomo01 ああ。うれしかったなあ。

 まるで自分の学校の保護者と理解し合えたような・・・、そして信頼関係で結ばれたような・・・、そんな錯覚を覚えた。ブログの世界のことゆえ、面識もない方だというのに。

 《ネット社会とリアル社会との融合》と言ったらオーバーかな。いや。いいのではないかな。だって・・・、

 《小2の母》さん(以下、Aさんと書かせていただく。)が、最初拙ブログにコメントを入れられた動機は、連絡帳や通信票をめぐって、お子さんの担任へ不信感をいだいたからだと思う。
 しかし、Aさんがすばらしいのは、その不信感を露骨に示さず、《これから担任にどう話したらいいか迷っている》とおっしゃった点にある。わたしに相談にのってほしいというかたちだった。
 したがって、とても応えやすかったといえよう。これが抗議、苦情のたぐいだったら、わたしとしてはお返事しにくかったに違いない。他人事ながら、同じ公教育に携わる者として、お詫びするしかなかったのではないか。

 そんなふうだったからだろう。数回やりとりした後では、Aさんの担任への思いはまったく変わられたようだ。

 一部、採録させていただくと、
《担任の先生のこともお友達も大好きな娘が、今回の通知表で大人が不審に思う状態にショックを受けています。》
とあったのが、
《私自身が、教育に興味津々になってきました!〜。次回(の学級懇談会)は、先生の応援も含めてなるべくスケジュールを調整します。》
 このように、担任への不信感、ショックから担任を応援したい気持ちに変わられた。相談を受けた身として、こんなにうれしいことはない。

 
 それにしてもAさんはすごい。そこに柔軟性を感じた。まるで我が勤務校での出来事であるかのように、ありがたい思いでいっぱいになった。

 もうこうなると、ネットもリアルも関係ないね。一体だ。


 実はこれにかかわることが、もう一つある。

 わたしがブログを始めたのは、もう8年前のこと。退職して半年あまり経過したときだった。そのころ、やはりお子さんのことで不安だったり悩まれたりした方がいらして、今のAさん同様コメントをくださった。それから何年も、ブログを通してのやり取りが続いた。

 yokoさんとおっしゃる。そのyokoさんが今回のAさんとわたしとのやり取りをご覧になったのだろう。久々にコメントをくださった。

 そのことにふれる前に、yokoさんと言えば、なつかしく思い出すことがある。親しくやり取りを続けているうちに、それこそ面識がないにもかかわらず心が通じ合えて、まるで我が教え子であるかのような錯覚を覚えるようになった。そんなコメントを入れたこともあったっけ。

 ねっ。まさに、わたしの心の中での《ネットとリアルの融合》だ。今回のyokoさんからのコメントは、わたしのその想いに応えてくださったような気がしてならない。yokoさん。ほんとうにありがとうございます。うれしかったです。


 ああ。すみません。紹介が大変遅れてしまいました。これまでるる述べてきたコメントのやり取りにリンクさせていただきましょう。リンク先の5番以降です。


 それでは、保護者の皆様の子育て、悩んだりこまったりしたときの学校への対応など、参考になることがあればありがたく、わたしの想いを書き連ねさせていただこうと思う。わたしは教員の立場とはいえ、かつて保護者でもあったわけで、そうした意味では、双方の想い、感じ方を理解できる立場にいると思う。よろしくお願いしたい。

 
◎まずはAさんの、担任不信(?)のもととなった連絡帳、通信票の記載にかかわる件だが・・・、通信票については、その目的、内容など、過去記事でとり上げているので、それにリンクさせていただこう。

    通信票をめぐって

 ね。通信票は何のために出すのか。それは子どもの明日のより良い成長に資するためであろう。そのためには、保護者と学校(担任)との信頼関係の構築につながるものであってほしい。 

 しかしAさんの場合は、残念ながら信頼関係をそこないかねない結果となってしまった。

 担任が何を書いたか。それは分からない。しかし、Aさんをして、かつて連絡帳に書かれた《暴力》なる言葉を思い出させるのに十分な内容であっただろうと思う。また、《そこにはまるで私の知らない娘がいるようで、》とも思わせてしまった。
 さらには、《担任の先生のこともお友達も大好きな娘が、今回の通知表で大人が不審に思う状態にショックを受けています。》とあるように、お子さんへの悪影響まで心配させる結果となってしまった。
 
 これはわたしの勝手な思いだが、

 担任には、きめの細かさ、保護者の受け取り方への洞察力など、そういったものがなかったかな。たぶん単刀直入な記載だったと思う。やはり、信頼関係でつながるためには、実践もさることながら気配り、心配りの言葉が欠かせない。

◎わたしの勝手な思いが続くが、ご容赦いただきたい。

《一年生の三学期までは、成績も良い方だったのですが、今学期は、まあ、少しだめかな〜と思っていたら、〜。》
《肝心の生活評価に良いが一つもなく、かんばりましょうに一つ◯がありました。》
とあったことから、

 これは、Aさんのお子さんに限った話ではないだろうと思った。
 学級の中のかなりの子たちに同じ傾向が見られるのではないか。
 学級が落ち着かなくなってしまった。学級生活の中でイライラすることが増えた。それにより、トラブルのタネもふえてしまったのではないかと。

◎だからと言って、学級崩壊とまでは思わない。だって、先ほど紹介したけれど、《担任の先生のこともお友達も大好きな娘》とあったし、それに、《娘自身は、今まであまり気にしていなかったみたいです。》ともあったからだ。

 多少学級が荒々しい雰囲気になったとしても、お子さんがイライラを自覚するまでには至っていないということだ。そうした意味では、少し・・・、そう、少しだけれどね。よかったという思いもある。

 今後の学校、担任の対応によって、そしてこれは後述するが、保護者の支えもいただいて、改善の方向に向かうことを祈りたい。

◎保護者の皆様へ、

 そりゃあ、いきなり《暴力》などと書かれたのではショックだよね。そのお気持ちは察するにあまりある。まして、学級の雰囲気が変わってしまったことなど、知る由もないのだろうから、まるで我が子だけがおかしくなってしまったかのように思われるのもやむを得ないだろう。

 できれば、そういうとき、担任に直接、『〜とは、どういうことでしょう。』と聞ければ一番いいのだが、しかしそれも、信頼関係があってこそだよね。

 そこで、インターネットで相談相手をさがすことになったのだろうが、でも、Aさんの場合よかったのは、話し合えるお友達がリアルの場でもいらしたことだ。

 これはいい。話し合うだけで、もしかしたらグチをこぼし合うだけでも、一時のショック状態から抜け出し、冷静になることができる。

 ここで、いっとき話を脱線させてしまうが・・・、もっとも《ネットとリアル》という意味では脱線していないのだが、

 お子さんの話を聞いて激昂された保護者がその気分のまま学校へメールを送りつけ、後で我が子の方に問題があったことに気づかされて謝罪するなどということが、我が現職中も数回あった。

 思うに、メールという手段は連絡帳、電話などとくらべ、気軽、簡単なのだと思う。ちょっと間をおくというか、我が心をふり返るというか、そういう冷静さを取り戻す間もなく打ててしまう。
 そうだよね。メールを打たれるのはかまわないが、ちょっと、『待てよ。我が子の言い分だけしか聞いていないな。』といったように、自分を客観視するというか、冷静になるというか、そういう間はとりたいものだ。
IMAG0329
 話を戻して、

 そういう意味でも、Aさんは冷静だったよね。《どこまで(我が子の話を)本気に聞いて良いかわかりませんし、》とおっしゃっている。これも話し合えるお友達がいらしたからこそではなかったかな。

 そう。そう。もう一つ。後でもふれるが、お子さんの《暴力???》のお相手となった保護者とも・・・、そうか、これもメールだったのか。・・・。でも、いいではないか。カッとした感情のまま打ったメールではないものね。メールだから互いに会話しているわけではないが、それでも、《仲が良いからぶつかっちゃうよね。》と許し合える仲というのは、これはもう、日ごろからコンタクトしやすい仲だったのではないか。

 やはり、お友達がいるということは、心に余裕を与えてくれるのだね。お子さんのためにも、こうしたお友達を大切にしてほしい。

 もう一つ。これはむずかしい問題だし、わたしも正解めいたことは言えないのだが、

 こういう事態を招いてしまったときは、お子さんにストレートに《何があったの。》と聞くことになるだろう。衝撃が強ければなおさらだ。それはやむを得ないし、まして、暴力などと言われればなおさらだ。わたしだって聞くことになるだろう。

 しかし、あまり感情をむき出しにしないことだ。子どもを追いこむことのないよう気をつけたい。追い込めば子どもは自分に都合のいいように言う。先ほどのメールの件ではないが、そこから誤解も生じかねない。

 また、これはAさんの場合だが、《(娘は)今まであまり気にしていなかったみたいです。》となれば、なおさらだ。こうしたときに、親が神経質になって根掘り葉掘り聞き出そうとすればするほど、子どもの方は、《これは大ごとなのかな。》と感じ、必要以上に神経が高ぶる結果となってしまう。大人の姿勢が伝染してしまうのだよね。

 だからと言ってねえ。軽い調子ではけっきょく何も肝心なことは分からないということにもなりがちで、そこがむずかしいのだよね。

 Aさんの場合も、お子さんは《先生はいつも自分を悪く言う》と言ったようだが、Aさんはそれを鵜呑みにはしていない。また、根掘り葉掘り聞き出そうともしていない。
 そこはすてきだが、しかし、それだけによく事情は分からなかったのではないか。

 すみません。要領を得なくて。

 ただ言えること。まだ低学年であれば、子どもがありのままを話しているか、それとも逆かは、ある程度子どもの表情や口調で見当がつくのではないか。そうであれば、その見当がつくあたりでとどめておきたい。そうすれば、子どもの方から真実を話し出すことも大いにありうる。

 その場合、『よく自分のいけないことまで、正直に言えたね。すごいよ。』と、いけないことはいけないとしながらも、その正直な姿勢は大いにほめたたえてあげたい。 

 さてこの項の最後に、ぜひふれておきたいことがある。それはかつての我が孫のクラスのケースだ。この問題が起きたとき、頻繁に娘から電話がかかってきたっけ。

 その一コマだが、
「そうした問題があったとき、学校に物申すことはしないのか。」
「そうねえ。もうみんな、学校に対して言うことはあきらめたみたい。それにね。学校のせいと思っていない親も多いのよ。
 そりゃあ、担任不信もないわけではないけれど、でも、そうした先生のもとでもちゃんとしている子は大勢いる。だから、羽目を外したり騒いだりする子はこれはやはり家庭のしつけの問題ではないか。そう思っている親が多いのよ。」
「それは違うよ。そりゃあ、幼稚園・保育園のときから荒々しかったという子はいるから、そういう子がいた場合は別な話になるが、もともと1年生のときは落ち着いた学級だったのだろう。確か、そう言っていたよな。それならもう、2年生になって落ち着かなくなったというのは、担任の指導力の問題だよ。

 それにな。学級が落ち着かなくなった場合、それでもちゃんとしている子がすばらしいとは、必ずしも言えないよ。学級の中にはいろいろな子がいて当然なのだ。ちょっとした変化でも心が乱される子もいれば、泰然自若とした子もいる。それで当たり前なのだ。別に家庭のしつけの問題ではないだろう。」

 別に娘がいけないわけではなかったが、わたしとしては娘に言うしかないから、そういう言い方になったのだけれどね。

 そう。こうした場合、保護者の皆様には、《いろいろな子がいるのが当然。ちゃんとしている子がすばらしいとは限らない。》そうした広い心で、我が子の学級を見ていただきたい。

 学級がまとまらない。乱れている。子どもたちにストレスがたまっているようだ。それは、やはり担任の指導力の問題なのだ。

 しかし、そうであっても、Aさんのように担任を応援してほしい。保護者の皆さんが支えてほしい。娘にもそのような話をしたのだが、具体的には、
・学級懇談会には積極的に参加する。
・保護者同士がまとまる。
・感謝、励ましの言葉をかけていただく。
・それを子どもにも伝える。

 それがけっきょく、我が子の幸せにつながるのだ。

◎最後は、Aさんへの感謝の気持ちをお伝えしたい。

 《私自身が、教育に興味津々になってきました!》《先生の応援も含めて》とお書きくださったこと。ほんとうにうれしかったです。

 きっとね。Aさんご自身の幼少時代、恩師とも言えるような教員にめぐり合えたこと。その恩師への感謝の思いが、お子さんの担任へ転移したのでしょうね。

 当初は強い衝撃を受けられたはずなのに、それが、《応援したい。》というお気持ちに変わられたことは、冒頭にもふれましたが、Aさんの柔軟な心とともに、広さも感じさせていただきました。

 また、お子さんのためにも良かったと思います。だって、お子さんは、先生大好きなわけですし、今回のこともあまり気にしてはいないようなのですものね。それなら、先ほども少しふれましたように、大ごとにせず、淡々と対応されるのが一番と思います。

 一つ。

 よそ者などと思う必要はないですよ。今の日本の大都会は、大部分よそ者のはずです。《よそ者同士、仲良くしましょうよ。》そんな気持ちでいいのではないでしょうか。

 ごめんなさい。もう、ポジティブに考えられるようになっていらしたのに、よけいなことを言ってしまいました。

 
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 Aさんは、わたしへのコメントに、
《今だからなのか、ここだからなのか、随分ストレスの多い小学校生活なのですね。》
と書かれました。これはもう、ほんとうにその通りで・・・、何度もブログに書かせていただいていますし、今回も、Aさんへのコメントでふれたのですけれど、再掲させていただきます。

 《大人社会が人間関係希薄化の方向に向かっていて、その影響をもろに受けているはずの子どもたちが、学級という濃密な人間関係を余儀なくされる場に身をおくのですから、ぎくしゃくしてしまうのも、ある意味、仕方ないのかもしれません。》

 そして、さらに申せば、今、保護者の皆さんもストレスのたまる状態なのではないですか。
 
 こと、お子さんのことに限らず、人生、順風満帆なときはいいのです。しかし、一端、逆風に見舞われると・・・、そう。そういうときこそ、生き方、考え方、感じ方が問われるのだと思います。

 《人間の真価を発揮するとき》。そう思っていただけたら幸いです。

 ほんとうに最後ですが、《ネット社会とリアル社会》との融合にかかわって、《冒頭は面識のない方と理解し合える喜び》と書かせていただきました。

 さらに言えること、それは、ネットを通して、《遠方の方とも理解し合える喜び》がありますね。こうして保護者の方々のお力添えにより、お子さんの学級がまとまっていくなら、もう、望外の喜びです。


rve83253 at 03:04│Comments(23)TrackBack(0)保護者 | ブログ、ネット

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この記事へのコメント

1. Posted by 小2の母   2013年08月02日 05:52
5 toshi先生

こんなに素敵に記事にして頂いてありがとうございます。
狼狽えた私が恥ずかしく思えます。
そして、実際には娘には根掘り葉掘り聞いてしまいましたが、やはり真実はよくわかりませんでした。
もう今は、触れないことにしています。

あれから、先生のブログを拝読し、感心、感動の連続です。
私の受けた教育は、toshi先生の教育とはやや違うものでした。70年代です。校長先生が朝礼で「暗記をたくさん出来るのは子どものうちだけです」という様なニュアンスの事を言っていたし、「ごんぎつね」の授業で私の発言がちょっと違うと言われて、教育指導書の良い答えが見たくてたまらなかった記憶があります。
私がtoshi先生に教わり直ししてもらいたいです。
こうして話が逸れて行くところが「ごんぎつね」でもダメだった気がします。

ネットとリアルの融合。
yokoさんのコメントも拝見し、そんな前からtoshi先生は、ここで今と同じようなスタンスでいらしたんですね。
toshi先生が長くブログを継続し、暖かく接して下さるからです。
初めてのコメントを書く時は、やっぱりこんなことをネットで相談なんて、きっと伝わらないし、無理だ、と何度か書いてはキャンセルを繰り返しました。

今は本当に良かったと思っています。
そして、本当はもっとたくさんお話したいんです。
toshi先生とも、ここにコメントをされている皆さんともです。
リアルの世界では、いつも後方の隅におります。

リアルの世界でも、娘の学級がまとまるように少し頑張ってみようと思います。
toshi先生、ありがとうございました。そして、また寄らせていただきます。
結局お礼のコメントでした。まとまらなくてごめんなさい。





2. Posted by のぞみ   2013年08月02日 22:04
記事を拝見させて頂きまして、3月まで学校と関わっていた者として思わず涙が出てしまいました…。

小2の母様、初めまして!
今年の3月まで色々な場面で学校と関わらせて頂いていた「のぞみ」と申します。

小2の母様がコメントされた事…すごく大切だと思います。ネットとリアルだとどうしても違うと思う場面が
あったりすると思いますが、見方を変えてみると…
ネットがあって、toshi先生がいらして、コメントされる方々がいらっしゃる。
私も70年代に教育を受けましたが、当時はこのような環境はありませんでしたので、リアルでしか知り得ない面が多かったのですが、ネットと言うツールは色々な情報を瞬時に表示するのと同時に、人との繫がりもあるものだと再認識させられました。

リアルでは今後も色々とおありになるかと思いますが
そうした時にネットを活用して頂ければと思います。
ネットは、一見すると無機質にも感じるのですが
私自身、ネットを介してtoshi先生と他の方々とつながっていると感じております。
どうか、ご無理のない範囲で担任の先生を支えてあげて下さい、それだけで担任の先生はきっと気持ちに余裕が出来ると思いますから…。

toshi先生、ネットの可能性を教えられた気がしております。
3. Posted by 小2の母   2013年08月03日 08:26
5 のぞみ様

ありがとうございます。
本当にお声をかけていただけてうれしいです。

toshi先生にお返事いただけなければ、娘の人間関係を邪推して、仲の良いお友達から遠ざけてしまうところでした。
親子共々大変お世話になっているのに。

toshi先生は、通知表の相談からクラスの事、私の人間関係まで見えてしまったのですから、その経験と経験を裏付けする知識は、とても豊富なのでしょうね。
きっと、娘のことも見えてしまっていたでしょうに、toshi先生だけです、『あまり気にしない、そんなノリで』とおっしゃるのは。


のぞみ様も素敵な先生でいらしたでしょうね。
私は、視野が狭くなりがちなのでまた、相談させて下さいm(_ _)m
4. Posted by toshi   2013年08月03日 17:58
小2の母さん
 いいえ。小2の母さんのすてきなコメントがあったればこそ、まとめることができた本記事です。いくら公開のコメントが入っていたとはいえ、わたしが出過ぎた部分もあったようですね。すみませんでした。
 toshiの教育と違うというのは、よく分かります。国が決めた学習内容、目標に子どもを到達させようとするか、子ども自らが到達しようとする気持ちになるようにもっていくかの違いだと思っています。
 また、間違いは正さなければいけないが、違いは認めなければいけないのです。小2の母さんのごんぎつねでの発言は、認め、尊重されるべき発言だったと思います。
《本当はもっとたくさんお話したいんです。toshi先生とも、ここにコメントをされている皆さんともです。》
 はい。体力、気力が続く限り、ブログは続けようと思っています。このコメント欄をすてきな交流の場にしたいですね。いえ。できると思います。
 どうぞ。末永くよろしくお願いします。
5. Posted by toshi   2013年08月04日 01:20
のぞみさん
 コメントを賜り、ありがとうございました。
 このようにして、教育を愛し、子どもを愛する人たちの輪が広がっていけば、すてきですね。今後ともどうぞよろしくお願いします。
6. Posted by 小2の母   2013年08月04日 09:28
5 toshi先生

とんでもないです。出過ぎた部分なんてないです。
私自身、社会に出てから学びの楽しさを体験し、娘にもドリル式ではなくて、興味や気付きを大切に学んで欲しいのです。
現在、夏休みの宿題に追われていますが、結構な量でゆっくり向き合って読書感想文を書いたり、自由研究しようというのは、私には難しいです。
今でなくても、いつか楽しいと感じてもらえればと思っていても、ドリルの前で鬼のように構えている私です😰
働いていると、週末くらいしか時間がないので。

ここで少し話が変わりますが、toshi先生は、漢字の「とめ」や「はね」を一年生から厳しく指導するのはどう思われますか?
私の時はあまりそこでのつまづきはなかったような気がしますが、
姪を始め、娘もテストで99点とか、その場のやり取りはわかりませんが、「話」の口の形を直されたりしています。
これは、現在の普通の漢字の指導法なのですか?
過去記事にありましたら申し訳ありません。
以前から引っかかっていた小さな疑問なのですが、この際お尋ねさせていただきたいと思います。
あまり深刻ではないので、軽くて大丈夫です😄
7. Posted by yoko   2013年08月04日 14:44
toshi先生、私の事にまでふれて下さって有難うございます。
それから、小2の母さんのコメントがまたしても何だか昔の娘の時の事とリンクする内容でしたので、当時を思い出して一言。
娘が小3の時の担任の先生が同じように漢字に厳しい方でした。少しの「とめ」「はね」に厳しく何度も漢字ドリルをやりなおしさせていました。保護者から厳しすぎる、先に進まないと批判も大きかったのですが、これが私のやり方ですと公言して一歩も引かない方でした。
私は、世の中には、大人だろうが子供だろうが色んな人がいて、色んな考え方があって…そういう事をちゃんと理解できる人間になって欲しかったので敢えて批判はしませんでした。字を綺麗に書くようになるいい機会だと思って子供にもそう言い聞かせていました。
ちょっと昔話でした。
8. Posted by 小2の母   2013年08月04日 19:27
5 yoko様

とても参考になりました。
本当に似ていますね。家は,おそらく保護者の間で問題となるほどではないです。
そうです,気にはなっても私は教師の立場ではないのでどうすることもできませんしね。

厳しすぎると感じるなら,先生はダメでもママはOKだと思うよくらいの励ましをしておくことにします。
9. Posted by toshi   2013年08月04日 22:01
小2の母さん
夏休みの宿題は、出るところは本当にたくさん出るようですね。せっかくお子さんを家庭にかえしながら、家庭教育の主体性、自主性を認めようとしないのはいかがなものかと思います。
 宿題を望む家庭もありますから、家庭の主体性、自主性を尊重し、出してほしいとする家庭だけに出し、あとは家庭の教育方針にゆだねればいいと思うのです。
 そんな過去記事を書いたこともありました。
toshiの家庭学習(宿題)論(2)
です。本コメントのtoshi欄にURLを貼りつけました。よろしければご覧ください。
10. Posted by toshi   2013年08月04日 22:45
小2の母さん、yokoさん
 漢字の学習については、小2の母さん、yokoさんのおっしゃる通りです。これは国がどう指導したらいいかを定めて公表しています。
 まず、小学校学習指導要領国語科解説(http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2010/12/28/1231931_02.pdf)ですが、
 この最後の方、130ページに、
《( ウ) 漢字の指導においては,学年別漢字配当表に示す漢字の字体を標準とすること。》
とあります。そして、
 同132ページ冒頭に、
《この「標準」とは,字体に対する一つの手掛かりを示すものであり,これ以外を誤りとするものではない。児童の書く文字を評価する場合には,「常用漢字表」(昭和56年内閣告示)の「前書き」にある活字のデザイン上の差異,活字と筆写の楷書との関係なども考慮することが望ましい。》
とあります。
 そこで、「常用漢字表」のURLも紹介しますね。
http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/pdf/jouyoukanjihyou_h22.pdfです。
 これにはページが打ってないのですが、初めの方に、《(付)字体についての解説》なる項目があります。
11. Posted by toshi   2013年08月04日 22:46
 概略を述べますと、《いろいろな字体があるのが普通で、それらはデザインの違いにすぎず、字体の違いではない。》とし、その具体例を、《はらう、とめる、はねる》だけでなく、実に様々な実例を挙げて説明しています。ですから、かなり許容範囲は広いのです。
 わたしも驚いた例があります。
 それは、たとえば、《空》の4・5画目ですが、ここは、《ハ》のように書いていても許容です。そのほか、いろいろな例をご覧ください。おもしろいですよ。
 ですから無原則にどうでもいいわけではないのですが、許容はきわめて幅が広いことがご理解いただけると思います。
 でもね。なかなか保護者の側からこういうことは学校に言いにくいでしょうね。できれば、本コメントを多くの教員が読んでくれるといいのですが・・・、
 どうでしょうか。
 最後に教育評論家の親野智可等氏の論評を紹介しますね。
http://benesse.jp/news/kosodate/study/20121014120042.htmlです。
 わたしは国が言っているからと無条件で賛意を表するものではありませんが、ことこれに関しては、まったく賛成です。最後の評論家さんがおっしゃっているように、こういうことに神経を使った指導はまったく子どものためにならないと考えます。
12. Posted by 小2の母   2013年08月18日 21:19
5 toshi先生

メールのお返事を頂きまして、ありがとうございます。
先生のきめ細かな対応が心に染みました。そして、くすっと思わず笑ってしまうユーモアが印象的でした。

お盆に帰省しましたら、中学生の姪の部活の件で姉が切れまくっておりまして、既にtoshi先生からのご指導を頂いておりましたので、なんとか姉の考えを柔軟にしようと受け答えしておりましたら、「お前は、先生の味方だ」と言われました。力不足です。
姪は、小2くらいに担任の先生に押されて転んでしまい、口を切ってしまったことがあります。
その後、担任の先生が変わり、随分良い評価をしてもらえるようになりました。
優しいところはあるのですけど、諦めが早いのかもしれません。

先生方は、沢山の子供達を見ていますから、ひいき目の親がみると気づかない事でも、見抜いているんですよね。もしや、うちには、嫌われ遺伝子が存在するのか?と思ってしまいました。
私も姉もどちらかというと先生には受けの良い方でしたから、以外です。

中学生ともなると、難しい年頃ですしね。
一生のうちの数年、後で取り戻すこともいくらでもできます。
しかし、toshi先生が良い教育について語られているのを感じるほど、家庭ではどのように受け止め、反応するのが良い事なのか、考えています。
先生の著書、拝読しております。新たな「学び」です。
13. Posted by toshi   2013年08月19日 17:42
小2の母さん
 こちらこそ、お世話になっております。
 いやあ。ちょっと、《嫌われ遺伝子》にはドキッとさせられましたよ。でも、《私も姉もどちらかというと先生には受けの良い方》とありましたから、安心しましたけれどね。
 それに、姪御さんは《担任が変わりずいぶん良い評価を》ともありましたから、やはり体罰(?)は、教員の努力不足、研修不足と思います。たとえどなったり叱ったり注意したりしながらも、心はつながっていないといけないですよね。
 そう。そう。わたしが指導などととんでもないです。
 ああ。そうか。《教え子のように錯覚》などと書いたのがいけなかったかな。心の通い合いを言っているにすぎませんので、どうぞ気軽にコメントをくださいね。
 拙著を読んでくださっているとのこと。ありがとうございます。
14. Posted by SZK   2013年08月27日 03:33
http://www3.jvckenwood.com/tvf/archive/grandprize/tvfgrand_29a.html
「漢字てすとのふしぎ」大賞になっただけあります。
必見動画の一つです。
15. Posted by 小2の母   2013年08月29日 08:43
5 SZK様

ありがとうございます。
動画、拝見いたしました。
本当によく出来た作品です。

冬休みには、この動画を見た感想から入る自由研究をさせようか‥と思ってしまいましたσ^_^;倍返しになっちゃうかな‥f^_^;)


出演された先生方、立派ですよね。
とても素敵な作品でした。ご紹介していただいてありがとうございました。
天才柳沢教授〜のコミックも図書館で予約しました(^-^)
16. Posted by munachiko   2014年11月05日 15:20
お久しぶりです。
以前、学級崩壊状態の息子のクラスについてメールを何度かさせて頂いた者です。
大変お世話になりました。
あれから、状況は少し落ち着きました。
しかし、先日息子が大問題を起こしました。
担任、副担任、算数の先生に対して、このクラスには必要ないなどと暴言を吐きました。
学校から電話があり、学校としても意見が分かれていると言われました。
私は、問題を起こすのは学校だけなので深刻な問題はないと思っておりました。
しかし、ここまでだとは驚きました。私は、子育てを間違えてしまったようです。
1年生の時は何の問題もないクラスでしたが、息子が率先して壊しているのかもしれません。
息子は、4月からずっと、ある子が叱られないことに不満がありました。叱られない子が何でも息子のせいにするところがあり、息子も担任の先生には、本当のことを言わないので、息子だけを叱るようなことがあったのだろうと他のクラスの先生から説明を受けました。

息子に聞くと、気に入らない理由をあれこれ言います。
息子が出歩いたり、先生に対抗するのには、息子が言うように原因があるのかもしれません。しかし、そのちょっとした原因を口実にしているのではないかと思っています。
息子は、担任の先生といつもちょっかいをかけてくる子(叱られていないと指摘した子)に対する強い不信感や怒りがあります。
でも、教頭先生は大好きです。
親として、どうしてやれば良いのでしょうか。
これ以上学校にも他の子にも迷惑はかけられない。
転校することで解決するのであれば、転校したい。
しかし、ちょっとしたことに動じない気持ちがなければ、転校しても同じなのではないか。
本当に苦しいのは息子なのだと思いますが、親としては息子の味方ばかりをしていてはだめなのではないかと感じています。
どうしたらよいのでしょうか。ご教示頂ければ嬉しいです。
長文失礼しました。
17. Posted by munachiko   2014年11月05日 15:25
すみません。
補足がございます。
学校からは一度息子の様子を見に来るように言われています。
また、週明けの初日(月曜日など)が調子が悪いと聞いています。
厳しくしつけないといけないのでしょうか。
18. Posted by toshi   2014年11月07日 04:34
munachikoさん
 ご無沙汰しておりました。確信めいたことは言えませんが、いただいたコメントから感じる範囲で申し上げたいと思います。
 まず、《子育てを間違えてしまったようです。》などということはありません。大切な我が子なのですから、これまで通りお子さんの味方でいてあげてください。ただし、言うまでもないことですが、味方ということはお子さんを盲信することではありません。共感・受容の姿勢はもちながらも、これもこれまで通り、状況を客観視する目は持ち続けていただきたいと思います。
 同じ状況であっても、過敏に反応する子、あまり感じない子がいるのは当然のことです。それはその子の個性ということです。個性ですから、たとえ過敏に反応することがあったとしても、受け止めてやってほしいと思います。
 ほんとうに苦しいのはお子さんとありますが、その通りと思います。そういう状況でありながら、親御さんまで《息子の味方ばかりはしていられない》というようになってしまったら、お子さんはますます情緒不安定になってしまうでしょう。それを恐れます。
 学校は誠意を持ってやってくれているとは思いますが、不可解な点はあります。
・意見は分かれるとありましたが、それは息子さんの心を受容しようとする先生もいるということでしょうか。
19. Posted by toshi   2014年11月07日 04:35
《他のクラスの先生からの説明》内容を読むにつけ、そういうことではないかなと想像しています。
・お子さんの気持ちが分かっているなら、先生方がこの問題で話し合うべきと思うのですが、話し合っていないのか、話し合っても担任は聞く耳をもたないのか、その辺がよく分からない点です。もっとも親御さんにしても分からないことかもしれませんね。
 ことは担任の、子どもたちへの態度が問題なのでしょう。お子さんの気持ちに明確な理由がある以上、そして問題を起こすのは学校のみとある以上、お子さんの問題ではないと考えます。
 担任が態度を変えない場合の解決策としては、教頭先生のもとで一定時間過ごすことができるといいなあと思いました。我が地域では案外やっていることです。
 お子さんの様子を見てほしいと学校が言っているとのこと。ご覧になり、お子さんの心を受容的に受け止めている先生がいらっしゃるなら、その先生とも相談され、より良い方向にいくことを念じております。
20. Posted by munachiko   2014年11月08日 09:13
toshi先生、早速にコメントを頂きありがとうございます。
先生方の中で意見が分かれているとしか言われていないので、どういうことかは分かりません。
息子の先生に対する不信感がすごいものがありますが、やってはいけないことはやってはいけないし、先生も子どもたちのことを思って色々してくださっていることも重々わかっているのですが、もう息子には何も伝わらないようです。
再来週から、副担任の先生が1か月の長期出張に入られるため、その間は教頭先生が副担任として補佐されることになりました。
教頭先生のもので一定時間過ごすというのはどういう環境でしょうか?
お伝えしたとおり、来週、主人が学校での様子を観に行き(息子に分からないように、こっそり来てほしいと言われています)、話に行くことになっていますが、親としては何をお話すれば良いのかが分からない状況です。
また、子供にはどう声をかけてやれば良いのか。
やってはいけないことはやってはいけない、ずっと座っていないといけない、当たり前のことを言うしかないのでしょうか?
それとももう学校で何があったかを聞かないほうが、息子の行動は落ち着くのでしょうか。
騒げば騒ぐほど息子の行動はエスカレートしていくような気がしています。
どう接してやれば良いのか悩んでいる状況です。
再度の質問になって申し訳ございません。
21. Posted by toshi   2014年11月11日 05:37
munachikoさん
 一般的には、担任とのボタンのかけ違い、相性の問題で片付けられるケースだと思いますが、それだけに息子さんは何がいけないかは分かっているように思います。それでもどうしようもないのではないでしょうか。したがって、いけないといい聞かせても解決にはつながらないと思います。
 お尋ねの件ですが、これはわたし自身が経験したことで、適当な場所で教頭先生と二人だけ、個別指導のような形で指導を受けるということでした。
 でも、教頭先生が一カ月クラスに入られるようになったとのこと。教頭先生のもとで一定時間過ごせる状況に近くなるわけで、これは息子さんのためにはよかったのではないでしょうか。
 親として何を話せばとのことですが、これは学校からの話を受けてのことですから、基本的には学校の話を聞くということでいいのではないでしょうか。ご家庭の協力を求められることはあるかもしれませんが、先のコメントにも書かせていただいたように、学校(担任)の問題ですから、善処を求めるしかないように思います。
 ただこれも前のコメントに書いたことですが、意見が分かれているとはどういうことか、息子さんをめぐって教員間で話し合ったことはあるのか、あるとしたらどんな内容だったか、お聞きになるのはいいかもしれません。
 息子さんには分からないようにとあり、それをお受けになったのであれば、息子さんに何かを言うわけにはいかないでしょう。たとえ事後であってもです。
 ご主人が学校へ行ったことにふれずに、これまで通り学校でのことを話し合うのはかまわないと思いますが、あくまで自然体で臨むのがいいのではないでしょうか。神経過敏もいけないが、《さわらぬ神に〜》的な対応もかえってまずいように思います。
 最後に、返信が遅れてしまいました。昨日学校へ行ったのであれば、遅きに失した形になってしまいますね。ごめんなさい。
22. Posted by munachiko   2014年11月11日 07:51
再度の質問にお答えいただきまして大変ありがとうございます。
明日、主人は学校に伺う予定にしております。
昨日は、「今日は何も嫌なことがなかった」と笑顔で帰ってきました。月曜日になると調子が悪いと学校で聞いていたので、主人が安心しておりました。
また、授業中に手を挙げてたくさん当ててもらったとも言っていました。そういうことが息子には喜びです。学校からは勉強も良くできるし、みんなへの説明は息子にしてもらっているという話も伺っていますがが、息子自身は認めてもらっていないと思っているようです。
いつもいつも丁寧にお答え頂き大変ありがとうございます。家庭でのしつけを厳しくしなければならないのか、もしくは厳しすぎるのか、不安になっていましたが、自然体で息子に寄り添っていきたいと思います。
ありがとうございました。
23. Posted by toshi   2014年11月15日 17:29
munachikoさん
 またまたごめんなさい。今度はほっとしたらお返事が遅れてしまいました。
 まず間に合ってよかったです。
 次に、何より息子さんが笑顔で帰ってきたということ。わたしもホッとしました。充足感があったのでしょうね。お父さんが学校へ行かれることになり、学校も息子さんをめぐって話し合いをされたのかな、そしてその結果、担任のお子さんへの接し方が変化したのかなと想像をめぐらせました。
 客観的にみれば、何十人といる学級なのですから、そうそう息子さんばかりを指名するわけにはいかないでしょう。しかし、認めてもらっていないと思っている状況の中では、まずは承認欲求を満たしてやることに全力を注ぐべきなのです。それは何も授業中の指名に限らないでしょう。学級生活のいろいろな場でやれることなはずです。
 munachikoさんのコメントからは、担任のそういう姿勢を感じることができました。
 ただし、学級の多くの子の思惑もありますから、留意点があるのは当然ですが、それはまた別なときに記事として書かせていただきましょう。
 ありがとうございました。

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