2013年12月02日

我が心の財産から、(1)

PAP_0082 今、手元に、かつての担任時代の研究紀要、週学習指導案(以下、週案と記載)、学級だよりなどがある。これらはいずれも、わたしにとっては宝物となっている。読むと、過ぎ去った日々の記憶が鮮明によみがえる。

 ただなつかしいだけではない。心に染み入る記載が少なくない。だから2年前までの初任者指導、昨年度の20年ぶりの学級担任、そして現在の社会科専科と・・・、今も教育実践の面で役立つことが多い。

 しかし、こんなこともある。

〇若気の至りといったらいいかな。思わず恥ずかしくなるような記載もある。そんなときは、今のわたしがむかしのわたしを指導したくなる。
 
〇学校を取り巻く教育行政、ならびに社会環境は大きく変わった。むかしは当たり前としていたことが、今は非常識(?)とされることもある。しかし、不易と流行というが、いつの時代も大切にしなければいけないことはあるのではないか。

 そんな想いもあり、これから折々、当ブログにおいて、それらを紹介させていただきたいと思う。


 その第一回目は、ある年の週案から。・・・。1年生担任だったときのことである。

 そのまえにお断りだが、教員でない読者の方の中には、《週案てなあに。》と思われる方もいらっしゃると思うので説明させていただくと・・・、

 簡単に言ってしまえば、一週間ごとの学習予定表である。毎日毎時、どの教科のどんな学習内容で授業を進めていくかを記載する。もちろん学校行事や担任以外の教員による指導も含めてである。

 ふつうはそれだけだが、あるとき数年にわたり、我が勤務校は学級経営の研究を行っていて、そのため教員の総意として、週案には前週の学級経営反省記録も書くことにしていた。

 ああ。ごめんなさい。またまたさらなるお断りだが、

 教員の方々も、いぶかしく思われることがありそうだ。

 というのは、一年間週案をつけ終わると、その後数年間にわたり学校で保管するのがふつうだからだ。そして一定期間が過ぎれば廃棄される。そうしたものがなぜ今、toshiの手元にあるのかということだ。

 そこで説明だが、元来週案は公文書ではない。だから学校保管にする必要も義務もない。つけ終われば、個人保管にしても即廃棄してもかまわないはずのものである。まして前述のように、反省記録をつけるとなれば、そこには、我が想いが凝集されているし、また校長からのコメントは励みになったり、以後の実践に役立ったりする。
 だから、宝物としているわたしの場合は、個人での永久保存となったわけだ。

 ところでここからは蛇足だが、週案の役割は変わった。管理体制が強化されたからだろう。地域によっては、《公務員が職務上作成した文書はすべて公文書である。》という解釈のもと、週案の形式を教委が作成し学校に示したり、一定期間学校保管を義務付けたりするところもあらわれたようである。

 そうなると教員の反省記録や校長のコメントなどは、やるとしても、学校保管を意識したものにならざるを得なくなるだろう。いきおい、表面的、形式的、無味乾燥的にならざるをえず、私的なやり取り、情感こもるやり取りなどは、排除されることになるのではないか。
 信頼関係の構築にはつながらない・・・、こともあるように思う。

 それなら、週授業計画と反省記録とは別にすればいいか。

 いや。上記地域のように、《公務員が職務上作成した文書はすべて公文書である。》という解釈なら、別冊としても意味ないよね。・・・。ああ。こまったな。書かないことが最良の策ということになりそうだ。


 それでは、お待たせしました。それはそれとして・・・、ある年の2学期末反省記録と、それに対する校長のコメントを記載してみよう。


 年の終わりにあたり、自分のクラスをじっくりふり返ってみた。自慢できることは何だろう。それはわたしの指導観ともかかわる。

〇まずは、うそいつわりのない、正直な態度をあげたいと思う。

 子どもたち、問題行動はある。A、B、C、Dさんなどは多い方だろう。最近でも遊びの中で石を投げたことがあった。友達を悲しませる言動もある。

 しかし、自分がやったことをやらないと言い張る子はいない。どの子も自分がいけないときは、それを認めることができる。それが一番誇れることではないだろうか。

〇朝の会や終わりの会などで、友達のいいところを指摘しほめることができる。友達のことは、ややもすればいけないことばかり担任に言う傾向になりがちだ。最近で言えば、E、Fさんがそうだ。そういうとき、『よっぽど腹が立てば別だけれど、そのくらいのことは言いに来なくていいよ。友達のいいことを見つけてごらん。そうすると、きっといいクラスになるよ。』と言ってきた。

 事実、一年生の場合、わたしがびっくりするくらいそうなっていくのだ。

〇友達同士の交流が広く深い。放課後も校庭や近くの公園などでよく遊んでいる。けんかもするが、けんかの当事者たちは、ほんとうにふだん仲良しであることが多い。男女の交わりも深いものがある。お誕生会などでお友達を呼ぶケースはけっこうあるようだが、男だけ、女だけ呼ぶということはまずない。

〇子どもが意欲的になっている一例。うまくしゃべることのできないことが多いGさんが、『始めの言葉』に立候補した。Gさんに決定。母親はあやぶんだが、Gさんは喜んでやった。本人のやる気はもちろんだが、学級のみんなの温かさも感じる。やり終えた後の母親とGさんの感想を学級だよりにのせたが、今後の学級のまとまりに役立てていきたい。

〇変容した子が多いこと。気が小さい子が積極的になる。乱暴だった子が心やさしくなる。そういう姿をたくさん見てきた。

 話は変わって、高学年のサッカーの早朝練習に協力しているが、最近楽しくなってきた。一口で言えば、六年生が素直なのだ。Gがそうだ。びっくりすることがあった。朝、わたしと会うと、必ず《おはようございます。》と挨拶するが、最近その声の調子が変わってきた。かわいらしく純真な感じなのだ。一瞬、一年生の声かとさっかくするほど。はっきり心が変わってきたといえよう。それがうれしい。

 子どもをほめるということ。六年生でも大切と感じた。Hをほめたことがあった。味方がどこにいるかを確かめながら、的確にパスを出したときだった。

 Hの友達が、教室での朝の会で、《toshi先生が、Hさんをほめてくれた。》と紹介したらしい。そうしたら、それから、Hの生活態度が一変したという。担任のJさんから聞いた。うれしい。

 
さあ。それでは、この反省記録に対する校長のコメントは・・・、

 子どもをまるごととらえ、長所を伸ばす。信頼できる先生からの褒め言葉。これに勝るものなし。toshiさんの反省記録を読んでいると、子どもの内面を探り一人ひとりに対応する担任としての心意気を感じ、一人ひとりが生きる学校の歩みの苦労がよく分かる。親としても先生に話して安心し、我が子を託せる信頼も倍加しているものだと信じる。
 来年もよろしく。


 
 引用は以上だ。

 まずは、先ほど蛇足とした部分についてだが・・・、学校管理体制の強化。

 それもけっこう(?)かもしれないが、こうしたやり取りがしにくくなる状況、言いかえれば上意下達傾向の強化は、いかがなものだろう。

 やはり、子どもを大切にする教員同様、管理職が部下たる教員一人ひとりのやる気、意欲を引き出す方向で力を発揮する環境づくりは欠かせないのではないだろうか。

 教員一人ひとりのやる気、意欲の先に、この学級経営の研究はある。

 ああ。もう少し具体的に述べると、

〇私的なやり取りだから、反省記録に子どもの名前は満載である。一人ひとりの子どもの伸びる姿、その具体例が記載される。逆に伸び悩む姿も書かれる。そこから児童指導のあり方や具体的な対応策などもやり取りされる。まさに学級経営の研究の名に値するやり取りだ。

〇研究だからオープンだった。お互いに学び合ううえでいいなと思う反省記録を本人の了解も得たうえで、研究討議のまな板に載せることもしていた。
 その格好の事例を過去記事に掲載している。大変長い記事だが、後半、4・5行の空白の後、《ここで話を変える。》からがそれにあたる。

    学級経営の研究へ 問題解決学習の問題点(5)

 それでは最後に、上記反省記録について、若干解説させていただこう。

〇今もそうだが、わたしは子どもの《正直》なことには最大の価値をおいてほめる。問題行動は非としながらも、それはそんなに重視しない・・・ことが多い。

 なぜかというと、

・だいたい子どもは、何がいけないかは分かっているものだ。分かっていても、日ごろの欲求不満や相手への悪感情などからけんかをしてしまう。だから、『なぜそんなことをするの。』と問いつめても、多くの場合理由などはない。

・とかくけんかがあると、子どもは自分を正当化し、相手を非難しがちだ。双方の言い分は食い違う。そうなると、指導者たる教員はことの正否が分からず、あいまいになったり簡単に両成敗にしてしまったりする。いきおい、子どもには不満が残る。

・だから、食い違った場合は、『今、Jさんは全部Kさんが悪いように言っているけれど、ほんとうに全部Kさんがいけないと思っているの。Jさんにはいけないことは何もないの。』と問いかける。Kさんにももちろんその逆で問いかける。そうすると、たいがいは自分の反省点を言い出すものだ。そうしたら、その態度を絶賛するようにする。 

・自分がいけなかったことを言えるということは、事態を客観視することにつながるし、カッカした感情を抑えることにもなる。そのつみかさねは、問題行動の減少につながる。

〇友達のいいところを指摘できるということも、学級内の人間関係の濃密化につながる。

 わたしがよく言ったことは、
・友達が自分にしてくれた善行は簡単に気づくことができる。
・しかし、友達が友達にしている善行は、当事者でないだけに気づきにくいだろう。
・さらに、以前はあった友達の問題行動が今はなくなったということについては、今目の前では何も行われていないだけに、さらに気づきにくくなると思われる。

 そこで、そういう友達の良さに気づいたときは、そこに最大の価値をおいてほめるようにする。いいところとして指摘された子どもの善行をほめたり喜んだり認めたりするのはもちろんだが、それを言った子どもも《気づき》の観点からほめるようにするのだ。

 そのようにして、学級内の人間関係が豊かになっていくことをねらう。

〇腕白だったり乱暴だったりする子が幅をきかせていると、内気な子やおとなしい子は、ますますその傾向を強める。しかし、前者が落ち着き思いやりややさしさを見せるようになると、後者はけっこう意欲的で元気になるものだ。その結果どの子も楽しく豊かに生活できるようになる。これは相互作用なのだ。

〇校内研究で学級経営をとり上げてくれたのは、わたしが30代のときだが・・・、
 これは、わたしにとっても大変ありがたいことだった。子どもとの関係が濃密になった。子どものちょっとした表情の変化、子ども同士のかかわりなど、それまでまったく気にとまらなかったことがわたしの脳裏に焼きつくようになった。そして、その場に合った的確な言葉かけができるようになった。

 わたしの場合は、上記リンク先記事は思い出深い。わたしを変容させてくれた。同記事にあるように、子どもの情感にはたらきかける言葉かけが多用できるようになった。
 学級経営の研究は、教員一人ひとりの人間性をも変容させる力をもっていたのである。

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 ninki


 学校教育には、自由さがほしいですね。しばりをかけると学級経営も画一的で無味乾燥なものとなってしまうのではないでしょうか。

 学校管理体制を強化すればつぶはそろうかもしれませんが、決まりきったことしかやらない。よけいなことはやらない。そんな風潮が生まれるような気がしてなりません。なんか味気ないような気がします。




rve83253 at 04:12│Comments(10)TrackBack(0)指導観 | むかし

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この記事へのコメント

1. Posted by 小2の母   2013年12月02日 21:40
5 toshi先生

ご無沙汰しております。
ブログの更新、待っておりました。
関連記事の「情緒に訴える」「情緒的な会話」、私、やっとわかってきました。何度も教えて頂いてますのに‥。

先日、某TV番組で、赤ちゃんを赤ちゃんポストに預けるお母さんに「命を運んできてくれてありがとう」と話かける助産師さんのドラマを見ました。
また、私も仕事では、情緒的な会話を楽しんでいます。

今まで、私は、地域の者として、娘のクラスの子ども達に何が出来るだろうと考えていました。私が出来る事は、出来るだけクラスのご父兄と仲良くすること、娘の友達の良いところをしっかり誉めること、なのですね。もちろん、娘も。
今、目の前の存在をきちんと認めること。

コミュニケーション。

仕事に子育てに、とてもタイムリーでした。
toshi先生は、私の拙い質問にとても大きく、何倍にもして応えて下さいますね〜^_^;
今、学生さんを指導しています。たまにしかない機会ですが、先生のような指導者を目指していきます。



2. Posted by toshi   2013年12月04日 05:36
小2の母さん
 更新がままならず、申し訳ありません。それなのに、身に余るお言葉をいただき、恐縮しております。
 小2の母さんのコメントを拝読し、《そうだ。人の内面、心にはたらきかける言葉は、何も子どもに対してだけではない。すぐそばにいていつもふれ合っている大人に対してだって、大事なことなのだ。》そう思わせていただきました。
 お仕事でもそうしたはたらきかけを楽しんでいらっしゃるとのこと。すてきだなと思いました。特に《楽しんで》とおっしゃっている点、思わずいいなあと感じさせていただきました。
 人生を楽しんでいらっしゃる。そう言ってもいいのではないかな。
 ありがとうございました。
 
3. Posted by のぞみ   2013年12月21日 19:11
私も、宝物にしているものがいくつかあります。

地域支援者として関わって来た中で、一番の宝物だと思う事は、「私を忘れないでいてくれている子ども・保護者」だと思っております。

ついこの前まで1年生だった子が、3年生になっていたり6年生として小学校のトップだった子が中学生になってたりするのですが、今でも地元で関わった子どもと会うと「●●●先生!」とか、中には私の愛称で声を掛けて来てくれる子どもと、偶然お会いした保護者からお声を掛けて頂ける事が、私にとって学校との関わりの源になっています。

そうは言いつつ、時代の変化と同時に薄れ行くもの
も感じておりますが、微力ながらこうした関係を大切にして行く事が、大切だと再認識しております。

toshi先生が仰る通り、学校教育に自由がもう少し必要なのかもしれませんね。
4. Posted by toshi   2013年12月26日 13:04
のぞみさん
 おっしゃるとおり、わたしたち子どもと関わるものは、なんといっても子どもとの信頼関係こそ、絶対的な宝物ですよね。
 わたしにしても最初の教え子は、もう53歳になっているのですが、今も、「先生。先生。」と言ってくれて、いまだ学級担任が持続しているかのようです。当時のわたしは20代だったのですから、考えてみればおかしくなります。
 そういう意味で、のぞみさんも確かな財産をお持ちでいらっしゃいます。地域の支援者という立場でいらっしゃるだけに、純粋に人間対人間として結ばれているのですから、すばらしいことだと感銘を受けました。
 ありがとうございました。
5. Posted by 小2の母   2013年12月27日 06:08
5 toshi先生
のぞみさん

2学期が終わりましたね。
こちらのブログには、一学期の娘の通知表がきっかけだったな〜と、しみじみしておりました。
おかげ様で一学期よりはかなり良くなっていました。生活の評価もがんばりましょうは無く、良いに二つ○がありました。
学習面でも良くなっていましたが、あまり変わった気は正直ありません。点数は、むしろ一学期の方が良かったと思います。
けんかは、大きなのは一度やってしまったようです。コメント欄にまだ遊びのルールでもめると書いてありましたから、先生の手を煩わせてはいるようです。
と、なると、もしや、先生に来て頂いたことがプラスになっているかも…と想像していました^_^;

のぞみ先生のように声をかけてもらえるには、心の交流があってこそですね。学生指導をして、自分の思い通りに理解してもらえない時にも、学生さんの良いところを見ていることはとても難しい事だと感じました。
学級という集団で一年〜二年間過ごすのであれば、目についてしまう生徒もいるでしょうね。
教え込むか期待して待つのか、放任か。
期待して待つのは、真の指導力と忍耐力が必要ですね。

今年一年、本当に深く学ばせていただきました。学びの扉は、どこにでも奥深くまで何枚もあり、扉の向こうが繋がっているような感覚になりました。
ありがとうございました。
来年もよろしくお願いします*\(^o^)/*
6. Posted by toshi   2013年12月30日 09:31
小2の母さん
 そうでしたね。あれは1学期の通知表だったのですね。もうずいぶん前のような気がしていました。お母さんだけでなくお嬢さんともお会いできたのは、今となってはなつかしい思い出です。
 今回の通知表のこと。担任のお嬢さんを見る目が変わったのか、学級の雰囲気が上向いてきたのか、お嬢さん自身の成長を物語るのか・・・、
 いずれにしてもよかったですね。
 《学びの扉は、どこにでも奥深くまで何枚もあり、扉の向こうが繋がっているような感覚》
 すてきな言葉をいただきました。すごくよく分かるような気がします。扉の向こうでつながるのは何なのでしょう。何かそれでブログが書けそうな気がしてきました。ありがとうございます。
 それでは、どうぞ、良いお年を。
7. Posted by のぞみ   2013年12月30日 15:52
小2の母さん

本当に支援と言うのは奥が深いなあって、最初に学校と関わった頃を思い出しております。
厳しいだけでもいけませんし、そのさじ加減が大切だと支援に関わった担任の先生から教わりました。
目立つ子どもも確かにいましたが、そうした子どもの場合には厳しく叱るより、子どもの居場所を作った方がいいのでは?と、試行錯誤だらけでした。

時には叱ったりした事もありましたが、子どもに教えると言うのは、長い目で見守る事なのだと思うようになりました、すぐには結果が出ないかもしれませんが
きっと小2の母さんも、素晴らしい支援者であると同時に、素晴らしい保護者になられると信じております。

toshi先生

今年も、色々と参考になる記事をありがとうございました!
本当に子どもとの信頼関係は、何物にも代えがたい「宝物」ですね、この宝物をこれからも大切にして行きたいと思います。

それではよいお年をお迎えください。
8. Posted by ゆっこ   2014年01月03日 16:23
あけましておめでとうございます

コメント・・・何歳になっても どんな職業でも うれしいものです。校長先生から頂いた学担の皆さんはお得でしたね
役所や企業からのアンケートなどに ひとこと添えて返却すると とても喜ばれます。
時には 企画が通って商品化・業務改善したと報告を受けたこともあります。
反省を書く、アンケートをとる、謙虚さ・向上心があるかどうかの 踏み絵?にもなります。
活かすかどうかは本人しだい それでは本年もお健やかにご活躍ください
9. Posted by toshi   2014年01月05日 06:20
のぞみさん
 あけましておめでとうございます。
 なかなか更新できずにいて申し訳ありませんが、本年もどうぞよろしくお願いします。
10. Posted by toshi   2014年01月05日 06:24
ゆっこさん
 あけましておめでとうございます。
 ほんとうに久しぶりにコメントをいただきました。なつかしく、とてもうれしく読ませていただきました。謙虚さ、向上心など、いくつになっても大切ですね。
 今年もがんばりたいと思います。どうぞ、よろしく。

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