2014年11月20日
苦しかった学級崩壊(?)からの再建 〜ある初任者の取組から〜
もうかなり前になってしまった。退職し、初任者指導に携わらせていただくようになって、数年後のことである。その初任者はAさんといった。4年生担任である。初めは順調で、何の問題もないようだった。Aさんも笑顔が絶えなかったし、子どもたちも落ち着いていた。わたしは一週間に一日だけAさんのクラスに入るのだが、児童対応もうまくいっているようにみえた。何よりもがんばりやのA先生。きちんとしていて子どもへも情熱的に接っしていた。
順風満帆・・・そう感じていたのである。
ところが、6月半ばごろだった。それはあまりにも突然だった。後で話を聞いたわたしにしても、まわりの先生方にしても、何よりAさんにとっても驚きの出来事だった。
男子数人が授業が始まっても教室に戻らず、二宮尊徳像あたりにたむろしていたという。職員室にいる先生が気づき教室に戻るよう説得したが、がんとして応じなかったらしい。職員室からの連絡でAさんも異変に気づき、彼らのもとに走ったがダメだった。一時間が過ぎ去り、職員室にいた別の先生がさらに説得。やっとそれには従ったが行った先は校長室だった。校長先生に話すのならと、やっと説得に応じた。
その声をまとめると、
・A先生は女に甘い。えこひいきだ。
・同じことをしても、女には怒らない。
・教室に行っても怒られるだけだから、行きたくない。
後日、そんな事件があったことを校長から聞き、驚いたわたし。子どもの訴えを意外に思った。そんな気持ちでいたとは、ついぞ感じたことがなかったからだ。
さあ、どうしようか。
でも、わたしが教室に入ると以前と同じ雰囲気で、特に問題を感じることはなかった。それだけに、上記事件は信じられない思いがしたし、不可解だった。ただAさんの彼らに対する態度は、気のせいかもしれないが、何か遠慮しているような、はれものにさわるような、そのように感じる場面もないではなかった。
とりあえずわたしとしては、何も対応しないことにした。もう事態は収まっているし、落ち着いていたから、むし返すことはない。何も聞いていないことにしよう。そう思った。
放課後、Aさんには話を聞くことにした。Aさんにとっても衝撃的で、不可解な事件だったようだ。話しながら、涙ぐんでしまった。
校長にも話を聞いた。
「どうしてあんなふうになってしまったか。わたしも分からないのですよ。A先生は熱心ですからね。学級全体としてはうまくいっている方だと思います。まだスタートして3ヶ月くらいですが、保護者からも信頼されています。toshi先生のご指導のおかげと感謝しています。それなのに・・・・。」
とのことだった。
まあ、不可解ではあったものの、これで事態が落ち着けばいいが・・・、と思った。
ところが一週間後、事態は深刻化していた。明らかに教室の雰囲気は変わっていた。体が動く。ざわざわしている。授業中なのに、意味なく立ち歩く。落ち着いた雰囲気などとはほど遠くなってしまった。Aさんも声を張り上げる場面がふえていた。Aさんだけでは対応困難と思う場面もあり、そのときはわたしもどなってしまった。
放課後の話では、意味なく女の子の頭をこづく。足でける。などということもあるようだ。それも先に教室を抜け出した子だけではないという。悪い方に波及してしまったようだ。このときのAさんの言葉で、忘れられないものがある。
「女の子が泣いているとき、その子に、『どうしたの。何かあったの。』と声をかけると、もうそれだけで男の子たちは、『またひいきしてらあ。』と言うのです。それだけでひいきなどと言われたら、いったいわたしはどうしたらいいのでしょう。」
このときわたしは、的確な返答ができなかった。自信を失いかけているAさんに申し訳ない思いになった。
ただ分かってきたことがある。感じたといった方がいいかな。
Aさん自身、きちっとしている。身の周りはいつも整頓されているし、教室も実にきれいだ。整っている。提出物もどこへ出すか、配布物は…など、細かなところまでルール化されていて、子どももよくそれになじんでいる。・・・。いや、なじんでいるようにみえただけだったかもしれない。実はそのことが・・・、この事態に関係しているのではないか。
さて、彼らが際立った変化をみせたことがある。
あれ以来、休み時間など、校長室を訪れるようになった。『校長先生は話が分かる。』『ぼくたちの話を聞いてくれる。』そう思ったようだ。
それでわたしも、校長とよく話し合うようになった。それで、分かってきたことがある。
わたしはAさんに言った。
「先生は、〜のようにすばらしい資質をもたれていると思う。でもそれが、あの子たちにとってはマイナスに作用したのかもしれない。先生は当然のこととしているかもしれないが、自分がきちんとしているから、子どもにもきちんとさせたい。それは人間として当たり前のこと。そう思い指導してきたのではないかな。それが災いしたのかもしれない。
あの子たちはおそらく、『先生。そんなにきびしくしないでよ。ぼくたちにはとても無理だよ。先生が期待するようにはできないよ。
できる子はいいよ。ちゃんとできる子は先生に気に入ってもらえるし、ほめてももらえる。でも、それができないぼくたちのことも考えてよ。怒られてばかりじゃいやになっちゃうよ。』そういう気持ちなのだと思う。
でも、その気持ちがうまく表現できない。いや。もしかしたらそれは深層心理の部分であって、認識していないのかもしれない。一方、女の子の多くは先生の期待通りにできる部分が多い。そつなくできる。ほめられることも多くなるだろう。それで、彼らには先生が女の子をひいきしているようにみえてきたのではないかな。
だんだんストレスがたまってきた。先日、ついにそれが沸点に達してしまったのだと思う。
先生は、4年生ならこのくらいできて当たり前とか、このくらいはやってほしいとか、先生の心のなかで一定基準を設け、それを一律に要求しているということはないか。
今、荒れている子は、広がりを見せている。中にはストレスに関係なく、ただふざけたり、おもしろがったり、追随したりしているだけの子もいるようだ。今が一番警戒すべきときかもしれない。」
「でも、子どもによって要求したりしなかったりしたら、それこそ、えこひいきとなってしまうのではないですか。それがこわかったのです。」
「いや。大丈夫だと思う。なぜなら、〜。」
そこで過去記事にある《ほめる質より、ほめる量をそろえよう。》という話をした。要約すれば、どの子もほめよう、そのためには、子どもの実態に応じ、その子なりにちょっとでもよかったらほめたり喜んでやったりしようということだ。
この先生はすばらしかった。心が柔軟だった。わたしの話に思い当たるフシがあったようだ。子どもへの接し方を変えていった。それも無理にとか、努めてとかいった感じはなく、自然体で変えることができた。その結果、学級の雰囲気は徐々に上向いていった。
上向くにあたっては、もう一つ、大きな要因があった。それは保護者が全面的にAさんを応援してくれたことだ。
Aさんの熱心さ、情熱的な取組。それらはちゃんと保護者に伝わっていた。だから、学級がおかしくなったときも、
「あんなに熱心な先生なのに、どうしてこのようになってしまったのでしょう。わたしたちの子育てがよくなかったからではないかと反省しています。」
「A先生に申し訳ないです。我が子にもよく言って聞かせました。」
そのように言う保護者が何人もいた。これには、校長も痛く心を打たれたようだ。
「ありがたいですよ。ふつう学級がおかしくなれば、保護者は担任の指導力に不信感をいだきますからねえ。学校全体も応援体制を組んで取り組んでいますけれど、保護者の方々も、《わたしたちにできることはないですか。》とよく言ってくれました。」
さて、上向くといっても、なかなかどうして、一筋縄ではいかないものだ。感動したかと思うと、がっかりさせられる。その繰り返しが多かった。
たとえば・・・、
これはわたしがいたときだったが、給食の配膳のときBさんは何かにつまづき、おかずからスープから大量にこぼしてしまった。すると、Bさんよりもすばやく、Cさんがトイレットペーパーを持ち出してきれいにし始めた。
わたしはてっきりBさんがこぼしたのについては、Cさんにもいけない点があったのかと思い、さらにそうだとしても以前のCさんなら、まずこんなことはしなかっただろう。知らんぷりを決め込んだはずだ。そんなふうに思い、Cさんの行動に、変容を感じたわたし。
まわりの子どもたちに聞いた。
「そんなことないよ。Cさんはあっちにいたから全然関係ないよ。」
それを聞いていたく感動したわたし。目頭が熱くなるのを覚えた。
その感動の背景にはもう一つ理由があった。BさんとCさんは基本的によくしゃべっている。だから一見仲良さそうにみえるが、互いに相手をからかったりばかにしたりして挑発し、暴力沙汰になることも多い。そんなふうなのに、今、きれいにしてやっている。もうこの変容は本物かなと思わせた。
しかし、しかし、がっかりだ。翌朝になるともう違う。以前に戻ってしまったかのようだ。
朝一番に登校し教室に入る。後に女の子が続くのだが、さっと教室に鍵をかけて中へ入れないようにしてしまった。女の子たちが、職員室のAさんのところへ訴えに来た。
担任のA先生に対する態度にしても同じだ。このころになると、実にしっかりとした態度で先生の方を向き話を聞いている。このようなこと、突発事件直後はまったくなかったことだ。その食い入るような眼を見ると・・・、ああ、これもまた感動だ。もう大丈夫。A先生との関係は修復した。そう思える。
しかし、どうして、どうして、そうは問屋がおろさない。A先生が、
「あら。昨日、〜って約束したでしょう。それなのに、〜。」
そうすると、
「そんな約束知らねえ。」
ととぼけるのだそうだ。
思うに、調子いいときと、かつての数か月の崩壊期に戻ってしまうときとがあるのではないか。本人は変容を遂げているのに、脳がかつての記憶にとらわれている。だからその相克で、Cさん本人も苦しんでいるのではないかな。そんなふうに思った。
また、一筋縄ではいかないもう一つの例だが、Dさんはまじめに真剣に努力していても、Eさん、Fさんは、そうでもなく元に戻ってしまっていることがある。それがときにより、Eさんがまじめ、Fさんがまじめというように、不規則に入れ替わることもある。
こんなことがあったようだ。
ある授業のとき、Cさんがやたら大声を張り上げる。遠い席のBさんに向かって叫ぶのだ。かつてはすぐそれに応じてしまったBさん。
しかしこの時期になると、変化がみられたという。Cさんが過去の呪縛にかかり叫んでも、Bさんはそれに応じず真剣にまじめに授業に参加している。ところが場面が変わると、今度はDさんがふざける。しかし、Cは同調しない。
そんなわけで、いろいろ悩みはあるものの、かつてのような何人もが同調しての問題行動というのは減った・・・・・・ようだ。
もう一つ。きわだった変化は、Aさんが逐一、こうした学級の状況をこまめにわたしに報告してくれるようになったことだ。
わたしは、Aさんに言った。すぐ上の記述のB、C、Dさんの件についてだが、
そんなときは、わざとらしくったっていいから、まじめ・真剣に取り組んでいる子の行動を喜んであげることだ。そしてその喜びを他の2人に聞かせる。そのようにして、少しでも脳にやどってるかつての記憶を忘れさせるのだ。
そんなこんなで、徐々に徐々に、また、行きつ戻りつしながら、回復していった。回復はしたものの、もとの4・5月の良好な状態にまで戻ることはなかったといっていい。もやもやとした状態のまま年度末を迎えることとなった。でも、わたしはAさんの奮闘をたたえた。現状維持も、Aさんの実践力のたまものなのだ。
最後にふれておきたいこと2つ。
・Aさんの2年目は、わたしは違う学校に勤務した。だから、風の便りということになってしまうが、Aさんの学級経営は柔軟さを増し、すばらしいものになったようだ。問題行動の多い子も、Aさんを慕い、良好な関係を築き、いい学級を創り上げたという。
・わたし自身も初体験のことが多々あった。Cさんは一時期、Aさんが、『話があるから、来なさい。』と言うと逃げてしまう。Aさんに向かって、『うるさい。バカ。』と言うこともある。意味なく乱暴する。そうかと思うと、怒りにまかせて大泣きする。
そんなCさんのような子どもは、かつて担任時代経験したことがない。記事の行間にも、そんな感触がただよっていると思うが、今という時代の子どもの一断面を知ることとなった。暗中模索しながらの初任者指導であったといっていいだろう。いい勉強になった。
あまりにも突然という印象を多くの教員が受けたのでした。しかし、後で振り返れば、子どもの内面では、徐々に徐々に不満がたまっていたのでしょう。たとえはよくありませんが、ガス爆発などと似ていたのではないでしょうか。
Aさんには最後に話したのですが、もし違う学級だったらAさんの指導はうまくいっていた可能性が高いです。しかし、初任のうちにこうした経験ができたことは、長い目で見ればよかったとも言えそうです。いつまでもうまくいく可能性は低いからです。初任のうちに経験できたということは、その後のAさんの教員人生にとってどれだけよかったか計り知れないものがありそうです。
中堅になり、転勤して初めてこうしたことを経験して、こんなはずではなかったと悩む教員もめずらしくありません。かえってそれまでうまくいった経験をした分、自分自身を変える努力はつらくなるのかもしれません。
さて、こうした子どもの変質。それは保護者の子育てがよくないからでしょうか。文中では、保護者の反省の声があったと書きました。確かにそうした声はあったのです。しかし、多くは時代のなせる業。決して保護者のせいとばかりはいえないでしょう。
その具体例。
今の子は我慢できないといった声がありますね。そうだとして、ふつうそれは親の育て方の問題ではないでしょう。むかしは我慢せざるをえない社会状況がものすごくあったのに、今はその必要がない。そのような社会の状況の変化が大きいのです。
もう一つ。改善の努力の具体例。
記事からもうかがえると思いますが、問題行動の多い子も、気分によってではありますが、やさしい言動をみせることもあります。その行為、言葉に信頼をおき、おおいにほめたたえることによって、変容が期待できるようになります。Aさんはそれもできるようになりました。
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この記事へのコメント
1. Posted by munachiko 2014年11月21日 14:52
こんにちは。
引き続きお世話になっております。
先日もありがたいお返事を頂きました。
ありがとうございます。
こちらで起こっていることも、本記事と似たようなケースかもしれません。
ただ、性別問わず毎日トラブルがあります。
あれから授業参観があり、担任の先生の様子に保護者が心配するということが起こりました。
明らかに後退していました。
他の先生の指示がないと何もできない状況でした。
来週、懇談会が開かれます。
学校側の説明を待つことになりました。
本当は何もしたくない…。
でも、保護者の方の気持ちも痛いほどわかる状況です。
またご報告させて頂きます。
引き続きお世話になっております。
先日もありがたいお返事を頂きました。
ありがとうございます。
こちらで起こっていることも、本記事と似たようなケースかもしれません。
ただ、性別問わず毎日トラブルがあります。
あれから授業参観があり、担任の先生の様子に保護者が心配するということが起こりました。
明らかに後退していました。
他の先生の指示がないと何もできない状況でした。
来週、懇談会が開かれます。
学校側の説明を待つことになりました。
本当は何もしたくない…。
でも、保護者の方の気持ちも痛いほどわかる状況です。
またご報告させて頂きます。
2. Posted by toshi 2014年11月26日 02:19
munachikoさん
教頭先生が教室に入るとあり、また、担任の先生に褒められたと言ってうれしそうだったとありましたので、少しはよい方に向かっていると思っていたのですが、そうでもないようですね。残念です。
学級の様子は本記事と似ているのかもしれません。しかし、保護者の思いはまったく異なるようですね。その点は本記事の方がめずらしいのかもしれません。
記事にも書きましたが、こうなってしまうと、ふつうベテラン教員の方が自己変革は大変です。コメントを拝読しますと、自信を失いかけているのかなとも思いました。しかし、担任である以上何とかがんばってほしいと思います。
教頭先生が教室に入るとあり、また、担任の先生に褒められたと言ってうれしそうだったとありましたので、少しはよい方に向かっていると思っていたのですが、そうでもないようですね。残念です。
学級の様子は本記事と似ているのかもしれません。しかし、保護者の思いはまったく異なるようですね。その点は本記事の方がめずらしいのかもしれません。
記事にも書きましたが、こうなってしまうと、ふつうベテラン教員の方が自己変革は大変です。コメントを拝読しますと、自信を失いかけているのかなとも思いました。しかし、担任である以上何とかがんばってほしいと思います。
3. Posted by 小2の母 2014年11月27日 22:41
御無沙汰しております。
御活躍の様子、ブログから拝察させて頂いております。
何もなく過ぎた1学期が終わり、2学期になりましたら、娘が宿題をやらなくなりました。元々、面倒くさがりなので仕方ないと思うところですが、今回の担任の先生は、良く見てくださる方なので、あなたはそれに応えて欲しいと、少し厳しく叱りました。
慣れた脳の回路を忘れるために、褒める!叱りっぱなしは、ダメですね。
娘の担任の先生も、少しお疲れかもしれないと感じるこの頃です。
うちの娘も3年で、まちたんけん、お買い物調べをやりました。先生のクラスはすごいですね。
ちょっとした大学の授業みたいですね。
お身体、御自愛下さい。
では、また。
4. Posted by toshi 2014年11月30日 08:49
小2(小3)の母さん
お久しぶりです。お元気なようでなによりです。お嬢さんはたくましくなってきたのかな。明るくいきいきとした姿が目に浮かびます。
たまにはきびしく叱るのもいいでしょう。反省してくれるといいですね。
《大学の授業みたい》とおっしゃっていただきました。子どもの思い、考えを大切にし、それを授業のまな板に載せることができれば、どの学校でも子どもは活躍できるのですがね。
そうした研修、研究を積んでいただきたく、こうしてブログを続けさせていただいています。
お久しぶりです。お元気なようでなによりです。お嬢さんはたくましくなってきたのかな。明るくいきいきとした姿が目に浮かびます。
たまにはきびしく叱るのもいいでしょう。反省してくれるといいですね。
《大学の授業みたい》とおっしゃっていただきました。子どもの思い、考えを大切にし、それを授業のまな板に載せることができれば、どの学校でも子どもは活躍できるのですがね。
そうした研修、研究を積んでいただきたく、こうしてブログを続けさせていただいています。
5. Posted by のぞみ 2014年12月07日 17:58
toshi先生 お久しぶりです
<今はその必要がない。そのような社会の状況の変化が大きいのです。> その通りだと思います。
私の地区では、来年で4年目となる未曾有の惨事で多くの子どもが自主避難して来て、被災児童・生徒が転入して来た時の事を思い出しています。
クラスにすぐ溶け込む事が出来た子、なかなか溶け込めなかった子、それぞれ進級し、進学して行きましたが、私が関わった当時6年生だった子は結局クラスに馴染めず、中学に進学してから担任への暴言・暴行・問題行為を繰り返して、中3の現在…その子を見かける事が無くなりました。他の子どもからは「病気で入院している」と聞いているのですが、風の便りでは
少年院にいるとも聞こえて来て、この子は急な環境の変化で苦しんだんだろう、私は何か出来たのだろうか?と、自問自答しております。
保護者の協力が得られる例は、20年くらい前なら出来ていたのでしょうが、現代では本当に稀な事だと…。
母子・父子家庭が増えて学級懇談会に来る保護者も少なくなりました。町内会に入る人も年々減っていて地域で子どもを見守ると言う事も出来にくくなっているのも、現実です。
このような時代だからこそ、こうした例が全国に広がって行ってもらえたらいいなと感じずにはいられません。
きっと、あの出来事がなかったら
<今はその必要がない。そのような社会の状況の変化が大きいのです。> その通りだと思います。
私の地区では、来年で4年目となる未曾有の惨事で多くの子どもが自主避難して来て、被災児童・生徒が転入して来た時の事を思い出しています。
クラスにすぐ溶け込む事が出来た子、なかなか溶け込めなかった子、それぞれ進級し、進学して行きましたが、私が関わった当時6年生だった子は結局クラスに馴染めず、中学に進学してから担任への暴言・暴行・問題行為を繰り返して、中3の現在…その子を見かける事が無くなりました。他の子どもからは「病気で入院している」と聞いているのですが、風の便りでは
少年院にいるとも聞こえて来て、この子は急な環境の変化で苦しんだんだろう、私は何か出来たのだろうか?と、自問自答しております。
保護者の協力が得られる例は、20年くらい前なら出来ていたのでしょうが、現代では本当に稀な事だと…。
母子・父子家庭が増えて学級懇談会に来る保護者も少なくなりました。町内会に入る人も年々減っていて地域で子どもを見守ると言う事も出来にくくなっているのも、現実です。
このような時代だからこそ、こうした例が全国に広がって行ってもらえたらいいなと感じずにはいられません。
きっと、あの出来事がなかったら
6. Posted by toshi 2014年12月12日 17:28
のぞみさん
ご無沙汰しておりました。それなのに、返信コメントが遅れ申し訳ありません。
未曽有の大震災は、被災した方々の人生を大きく狂わせる部分があったのだなと、改めて認識しました。地域がしっかりしていれば、まだ救える部分があったのかもしれません。
のぞみさんからのコメントでは、地域の連帯意識の弱体化がうかがえます。本ブログでもよくとり上げている事例です。そうなのでが、こと教育に関しては・・・、少なくとも子どもの周りにいる大人は、のぞみさんのように子どもの心に寄り添うべく努力したいものだと思います。
すぐ溶け込める、なかなか溶け込めないにしても、これは一人一人の個性ともいうべきものでしょうから、どんな子でも受け入れられる土壌がほしいですね。
わたしは、外国籍で日本語が話せない子どもの転入を思い浮かべました。子どもは言葉を覚えるのが早いとよく言われ、確かにそうしたことは言えるのですが、しかし、溶け込めない子はやはりそうはいかないものです。その分、まわりの配慮が必要になります。
同じですね。
ご無沙汰しておりました。それなのに、返信コメントが遅れ申し訳ありません。
未曽有の大震災は、被災した方々の人生を大きく狂わせる部分があったのだなと、改めて認識しました。地域がしっかりしていれば、まだ救える部分があったのかもしれません。
のぞみさんからのコメントでは、地域の連帯意識の弱体化がうかがえます。本ブログでもよくとり上げている事例です。そうなのでが、こと教育に関しては・・・、少なくとも子どもの周りにいる大人は、のぞみさんのように子どもの心に寄り添うべく努力したいものだと思います。
すぐ溶け込める、なかなか溶け込めないにしても、これは一人一人の個性ともいうべきものでしょうから、どんな子でも受け入れられる土壌がほしいですね。
わたしは、外国籍で日本語が話せない子どもの転入を思い浮かべました。子どもは言葉を覚えるのが早いとよく言われ、確かにそうしたことは言えるのですが、しかし、溶け込めない子はやはりそうはいかないものです。その分、まわりの配慮が必要になります。
同じですね。
7. Posted by toc828 2015年01月04日 11:50
教師として変化していくことが大切ですね。すごいです。
8. Posted by toshi 2015年01月04日 23:42
toc828さん
そう。今の時代、柔軟さが最も大事かもしれませんね。それあっての熱意でしょうか。
そう。今の時代、柔軟さが最も大事かもしれませんね。それあっての熱意でしょうか。




