2005年12月20日

サボるか 努力するか

fdeb7653.JPG 今月10日の記事に、『現在、一方の教育観が破綻しつつあるのは、大人が仕込んでいこうとしても、それを受け付けない子どもが多く出現するようになったことによる。教育現場は、教育観を変えざるをえなくなったのである。(なぜそういう子どもが多く出現するようになったかの分析は、わたしなりにあるが、ここでは、わき道にそれるので、ふれないことにする。)』と書いた。
 
今日は、この『わき道』をもろにとり上げ、^貔里世辰燭藕佑┐蕕譴覆い茲Δ僻蛤瓩多発していること、教育現場で、子どもが変わってきていると思わざるをえないような現象が多発していることの分析を自分なりにしてみたいと思う。
 
そう思った契機は、12月16日付け、桐氏の『ことばを鍛え、思考を磨く』のブログのなかの『サボりたがる脳』を読ませていただいたからである。したがって、わたしの本ブログを読まれる前に、このブログに目を通していただけたら幸いである。

わたしはこの論に全面的に賛成である。いや。賛成、反対以前に、『考えないことによる脳の退化』は、すでに科学的に証明されているみたいだ。



今、スポーツジムはおおはやりだ。体を鍛えようとする人、体を心をリフレッシュしようとする人、大勢いる。じっとしていると体がなまってしまうという思いをもっているから、がんばれる。しかし、その一方ではほんとうに体がなまってしまっている人が大勢いる。

むかしはみんな無意識に運動していたに違いない。体を動かすことが、日常生活のなかにしみこんでいた。今は努力しないと、体がなまってしまう。

今、子育ては、自然体ではできにくくなっている。『サボリたがる脳』同様、サボれる状態があれば、多くの親は楽してしまう。お金さえ与えておけば、かまってあげなくったって、子どもが死ぬことはない。凍え死ぬこともない。

むかしだって、自己中心な親はいただろう。自分勝手な親、楽したがる親はいただろう。しかし、そういう親でも、一定の子育てはしていた。そうしないと、飢え死にしたり、凍え死んだりしてしまうからだ。今は、子育ても、『努力』を必要とする。

今、隣人と人間関係を密にする必要はない。『隣は何をする人ぞ』でいても、十分生きていくことができる。

でもむかしは、隣人と連携し合わないと、生きていくことは無理だった。病気したり、災害に遭ったり、冠婚葬祭のたびに、人々は自然体で協力し合った。今は、隣人と豊かな人間関係を結ぶにも『努力』を必要とする。



桐氏が言うように、脳は、楽できる環境になれば、サボるのだ。脳を奮い立たせる(?)ためには、努力しようと意識することが必要となる。

10年前、いや、そんな前ではない。8年前かな。わたしの勤務していた学校の養護教諭が、
「そんなことはないでしょう。女性には母性本能がありますから。」
と言った。でも、今、そういうことをいう人がいるだろうか。これだけ、虐待、放任がふえてしまったのではね。

 だからと言って、『むかしはよかった。』などと言う気はない。科学技術が進歩し、豊かに生活できるようになった今の方が、基本的にはいいに決まっている。

 だから、努力する気持ちさえあれば、別にどうということはないのだ。

 しかし、脳はサボりたがるのだよね。やっかいなことだ。

 『おぎゃあ』と生まれた瞬間は、今もむかしも違いはないはず。

 赤ちゃんの未来は、サボりたがる脳の環境に支配されてしまうか、努力しようとする脳の環境に包まれるかによって、運命付けられてしまっているのではないか。

 でも、『EQ』という本によれば、たとえ、サボりたがる脳の環境に支配された子どもでも、学齢期の教育の力で回復させることは可能とのこと。

 あきらめることはない。努力したい。


rve83253 at 23:27│Comments(2)TrackBack(2)教育観 | 指導観

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1. サボりたがる脳  [ ことばを鍛え、思考を磨く  ]   2005年12月21日 11:41
脳というのは基本的に怠け者であり、楽をしたがるようにできているそうだ。→「フリーズする脳〜思考が止まる、言葉に詰まる」 できていたことがうまくできなくなると、苦手意識が出てさらにやらなくなる。 やらなくて済むようになれば、体と同じように脳もどんどん退化して...
2. スポーツ信仰  [ ことばを鍛え、思考を磨く  ]   2005年12月21日 11:42
前回、小学生がプロテインを飲んでまで強くなろうとするスポーツ指導のあり方に疑問を投げかけました。今日はその続きです。 「スポーツ」の語源を調べてみると、もともとは「気晴らし」「楽しみ」など、日常生活からちょっと離れて息抜きすることを指していたようです。 従...

この記事へのコメント

1. Posted by    2005年12月21日 11:40
こんにちは。

またもや私の記事を採り上げていただきありがとうございます。TBも感謝です。

>赤ちゃんの未来は、サボりたがる脳の環境に支配されてしまうか、努力しようとする脳の環境に包まれるかによって、運命付けられてしまっているのではないか。

本当にそうですね。
ただ特に勉強面に関して、真面目に努力すること、一所懸命にがんばることをカッコワルイとする風潮があるのが気になります。スポーツならそんなことないのに...。
ということでそれについて書いた記事もTBさせていただきます。
2. Posted by toshi   2005年12月22日 05:42
桐さん。コメント、有難うございます。
 わたし、いろんな意味で、二極化構造が進んでいるのではないかと思っています。学力、人権意識、子育てなどなど。平均的レベルはむしろ減っているのではないでしょうか。
 このことも、是非書いてみたいなと思っています。
 どうぞ、宜しくお願いします。

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