2016年12月09日

A先生を偲ぶ

IMAG5673 この時期、少なからず喪中はがきが届く。わたし自身が70を超えているから、届くのには寄る年波を感じさせられるものが多い。
 
 つい先日のには、『ええっ。亡くなられたか。まだお若かっただろうに。』と、ショックを禁じ得なかった。しばし、思い出にひたった。そして、遅ればせながら、謹んでご冥福をお祈りした。

 このA先生。我が30代のとき、同学年を組ませてもらったこともあって、公私にわたりご指導賜った。ほんとうにA先生とめぐり会えなかったら、今のわたしはなかったと言っていい。そのくらい恩義を感じている。

 まずは公私の、《私》にかかわる部分から。

 今、41になる長女が6年生のときだった。教室でちょっとしたはずみで、大けがをしてしまった。すぐ入院となった。それで、毎日、毎日、定時に帰るようになったわたしに、A先生が心配し、声をかけてくださった。

「toshiさん。何かあったの。ご家庭で。」
「はい。長女が・・・。」
「あら。そんなことがあったの。それは大変ね。心配だわね。・・・。いいわよ。学年のこともいろいろあるけれど、どうぞ、少しでも長くお嬢さんのそばにいてあげなさい。」

 そして、数日後、心に残る言葉を聞いた。
「奥さんも毎日看病で大変でしょうね。でもね。こういうときこそ、夫婦のきずなが強まるのよ。」

 そうか。親子のきずななら分かる気がするけれど、夫婦のきずなか。

 妻は専業主婦だったから、永く娘のそばにいてあげることができた。わたしはわたしで退勤後病室を訪ねる。娘に声をかける。娘の明るい表情を見るとまずは一安心する。けがの回復を聞けばホッとした。

 でも、A先生から《夫婦のきずな》を聞くまでは、正直、妻のことは眼中になかった。以後、妻をいたわることも心がけるようになった・・・・・・かな。

 次は、《公》の部分。

 これはもう、いくら書いても書き足りないくらいある。学級経営、児童理解について、いくら感謝しても感謝しきれないくらいのご指導を賜った。

 わたしは、A先生にお会いする以前、基本的には子どもといい関係をきずくことができたが、必ずと言っていいくらい、一人だけ、苦手とする子どもをつくってしまった。それは、ちょっと斜に構えて素直でない様子を見せる子とか、距離を置いて冷ややかな態度を見せる子とかだった。

 でも、自分でも不思議だったが、そんなタイプの子は何人かいるのに、苦手な子というのは必ず一人だった。
 
 それであるとき・・・、そのときは4年生担任だったが、A先生となんかそういう話をすることがあった。A先生とは同学年、そして、わたしがしっくりいかないでいるBさんの前学年における担任だった。

「ああ。分かる気がする。Bさんは確かに最近、無表情だわね。元気がない。
 そう言えば、Bさんにとってtoshi先生は初めての男の先生になるの。それでBさんは2年前にお父さんを亡くされたでしょう。まだまだ小さいからさびしいと思うわ。
 そんなわけで、Bさんはtoshi先生にお父さんの面影を見ているのではないかな。お父さんになってあげることはできないけれど、そんなことも心の片隅においとけるといいわね。」

 でも、それだけでは、いったいどうふるまったらいいのか、皆目見当がつかなかった。ただ初めはけっこう明るく話しかけてきていたのが、だんだんそっけなくなり時には無視する姿勢も見せるようになったから、《ああ。父親の役割を果たせなかったのかな。》と申し訳なくもなった。

 でも、だからと言ってねえ。学級には30人以上子どもがいるのだし・・・ああ。こまった。

 それで、Aさんの学級経営をはたから注視するようになった。見ていて、だんだん気づくことがあった。

 それを書く前に、一つ、思い出深いエピソードを紹介させていただこう。

 あるとき、A先生がポツンとわたしに言った。
「わたしのこと、子どもたちは、やさしい先生、やさしい先生って言ってくれるのだけれどね。そう言ってくれるのはうれしいのだけれど、でも、わたし、決してやさしくなんかないのよ。
 たとえば、
 『こういうのは二番じゃダメ。一番でなきゃ意味ないの。一番は自分がやろうと思ってやるのだけれど、二番はマネしているだけでしょ。』
なんて言うしね。けっこうきびしいことも言っている。だから不思議なのよね。」

 そう。日頃、そんなたぐいのきびしい言葉を、わたしも聞くことがある。

 そうしたら、このときは道徳の校内授業研究をやっていたのだけれど、講師の先生がおっしゃった。

「それはね。こういうことだと思いますよ。ほんとうは心の温かい先生って言いたいのだと思う。でもね。陽気の暖かさとは違って、心の温かさっていうのは、子どもにとって抽象的すぎてむずかしい。だから、なかなか言葉にはならない。それでね、《やさしい》という言葉に置き換えているのだと思いますよ。」

 これはもう、日ごろのA先生と接しているわたしには、ストンと胸に落ちるものがあった。そうだ。その通り。A先生はほんとうに心の温かな先生だ。子どもを包み込むようだ。きびしい言葉もあるけれど、決してそれだけではない。励まし。称賛。喜びなど。そして、子どもの心を打ち、子どもをその気にさせることができる。

 そして思い出したことがある。A先生のそれは、子どもに対してだけではなかった。若い先生に対しても同様だった。

 悩んだり、努力が報われなかったりする先生には、ともに悩んだり、助け舟を出してくれたりした。しかし、問題があるのにその問題性を感じていないような先生にはきびしい言葉が向けられた。

 たとえば、

 初任の先生で、よく泣く先生がいた。Cさんだ。子どもの前でも泣くことがあった。それを見ていたA先生。ある日、
「そんなに泣くものではないの。安っぽい涙はダメ。どうせ流すなら、もっと高級な涙を流しなさい。」
 泣いている先生を叱るのだから、これはすごい。まわりも驚いた。

 でも、言われたCさんもえらかった。しっかり自分を自覚したようだ。

 そうか。今、気づいた。

《この先生は大丈夫。伸びる。》そう思える先生だからこそ、《何やっているの》といった調子で叱るのではなかったか。

 その証拠と言っては何だが、わたしが転勤し、もうめったに会えなくなってしまって数年後、ある学校の研究会でCさんと同席することがあった。互いに旧交を温め合った。そして驚くことに、もう初任のときとは別人か思うほど、立派な意見を堂々と述べていた。よく泣く先生の片りんもなく、自信にあふれていた。そして、さらにその後、地域の研究会をしょって立つ存在になった。

 そんなこんなで、わたしが学んだことは、

 10人10色。同じことをしたって、子どもそれぞれ、動機も結果もみんな違う。その子を取り巻く環境も違う。そうしたもろもろの把握に努め、どの子にも寄り添う。手とり足とりを必要とする子なら、手を取り足を取り寄り添う。叱咤激励で伸びる子には、そのようにする。そして伸びたときは、喜んだり感動したりといった寄り添い方をする。

 このようなことを書くと、《えこひいき》という陰口が聞こえてくるかな。

 でも、そんなのを恐れることはない。担任がそれぞれの寄り添い方で寄り添っていれば、それは子どもにも伝わる。伝われば、10人10色を実践する子もでてくる。そうしたらその観点でその子をうんと認めてやればいい。ほめてやればいい。どの子も違った観点で認めほめるのだ。そうすれば、えこひいきなどと子どもが言うことはない。

 もう一つ。わたしはどうも理屈っぽいようだ。どうだろう。読者の皆さんも、《同感》かな。

 若いときは、子どもをほめたいからと言って、「うれしいなあ。」「よかったよ。」「そんなことしてもらって、うれしかったでしょう。」など、思っていても歯が浮くようで言えなかった。子どもの感性にはたらきかけるような言葉かけが苦手だった。

 でも、A先生とふれ合っているうちに、そういう言葉かけが自然とできるようになった。表情も豊かになったのではないかな。テレもせず。歯が浮くこともなくなった。

 そして、そして、ある日気づいた。クラスに一人とはいえ、毎回苦手な子をつくってしまったわたしが・・・、
「ああ。今、クラスに苦手な子はいないな。どの子ともいい関係を築けている。今のクラスのDさんなど、むかしなら苦手にしてしまっていただろうな。」
そう思ったら、目頭が熱くなった。

 A先生が子どもについて持っている情報は、家庭環境も含め実にくわしかった。我がクラスの子どもの3分の1はA先生が前担任だったから、Bさん以外もいろいろ情報を仕入れさせてもらった。それを通して、児童理解の仕方について、学ぶことができた。

 このくわしいということに関しても、おもしろいエピソードがある。

 このころ・・・昭和50年代だが、ときは高度経済成長の真っただ中。教員のなかにも車通勤するものが増えた。

A先生が言う。
「あれはもったいないわね。通勤の途上というのは、駅までの道で保護者に会うこともあるでしょう。そうすると、どうしても立ち止まって話し込むようになるわね。それが児童理解にすごく役立つの。車だと、そういう機会がまったくなくなるわ。サッと素通りして行っちゃう。」

 そういえば、A先生のそうした姿は、退勤の道でよく見かけた。わたしは出会ってもあいさつ程度ですれ違うことが多かったから、よくA先生を追い抜いて行った。

 でも、この話をうかがってからは、なんか話したそうな保護者に対しては立ち止まって話を聞くように努めた。A先生のように30分も40分もとはいかなかったけれどね。

 A先生は、おもしろいことも言ってくれた。

 A先生と学年を組むようになって3年目のことだ。校長はわたしに学年主任をという。
「ええっ。A先生がいるのに。」
「いいんだよ。もう、toshiさんも主任の務めを果たしていい年になった。いや、遅すぎるくらいだ。A先生にご指導をいただきながら、がんばりなさい。」

 そして、A先生はわたしの学年主任を喜び、愛情たっぷりに指導して下さった。その愛情の一つ。
「はい。学年主任さん。ここにはんこうをおしなさい。」
「おお。こわ。まるで、院政を敷かれた天皇のようだな。」
職員室にいた一同。大笑いだ。

 にほんブログ村 教育ブログへ

 ninki


 このA先生は、生涯、ヒラを貫きとおしました。

 わたしは、あるとき、《こんな指導力のある先生は、ぜひ管理職になってほしい。いや。なるだろう。きっとすばらしい力を発揮するに違いない》と思い、そんな期待を話したことがありました。すると、
「わたしはヒラのままでいいの。子どもと過ごすのは楽しいし、子どもはどんどん変容するしね。仕事のし甲斐があるわ。
 大人はダメ。大人を変えるのは大変。」

 でも、わたしが昇任したときは、我が事のように喜んでくださいました。そして、管理職の資質について、持論を語って下さいました。

 繰り返しになりますが、謹んでご冥福をお祈りします。

 今年、教え子の訃報もありました。分かる限り、これで3人目。ただ、今回はラインでつながっているからでしょう。葬儀にかけ付けることができました。奥様とは初対面。教え子の少年時代の想い出を話すことができました。

 教え子の訃報。悲しいものです。


rve83253 at 04:00│Comments(6)TrackBack(0)学級経営 | 児童観

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by 小2(5)の母   2016年12月24日 13:00
5 toshi先生、
大変ご無沙汰致しております。
最近は、ブログを拝見するばかりで、コメントせずにおりました。お変わりありませんか?

私の娘も早いものでもう5年生の終わりに差し掛かり、来年は最高学年になります。
先生にお会いしたのはもう3年も前の事になりますね。
あの時、高学年になれば娘のような生徒が、ありがちな男子と女子の仲の悪さを和らげるというような助言をいただき、目くじらは8割程度にしてきました。
おっしゃる通り、娘のクラスはあまりこじれてはいないようです。

勉強の方は、今一つですが、暗記に頼る学習にさせたくないと思い、宿題は積極的にやらせない方法をとっています。
母子家庭の忙しい帰宅後に、「宿題は?」「早くやりなさい」で毎日が過ぎることが無くなり、私のそばへきて学校の話をよくしてくれるようになりました。

まだまだ子どもなところも沢山ありますが、小さい子の面倒をみるのが上手くて、私も感心しております。優しい子に育っているように思えます。

目の前しか見ていなかった私に、toshi先生のアドバイスは本当にありがたいものでした。
1人でも多くの子ども達、親御さん、先生がtoshi先生と巡り会えますように。
お身体御自愛下さい。
来年もよろしくお願いします。
2. Posted by toshi   2016年12月27日 07:27
小5の母さま
 ほんとう。お久しぶりです。お変わりなくお過ごしのようで何よりです。
 それにしても、お嬢さん、もう4月で小6になられるのですね。月日のたつのはほんとうに早いもの。おうかがいしたときのことを昨日のように思い出します。明るく元気で子どもらしい子ども。すてきなお嬢さんでした。
 子どものよさを見つめ、認め、そのよさを育む親はすてきです。そんなことを言うわたしが、なかなかできなかった部分があったのですがね。
 わたしもよる年波を感じることがふえ、まだやめる気はないものの、いつまで続けられるかなと思うことがふえています。まあ、無理せず自然体でいこうと思っています。こちらこそ、来年もよろしくお願いします。
 
3. Posted by 伊藤   2016年12月27日 22:30
仕事が忙しくなりまして、書くことも少なかったのですが、書かせていただきます。
5回目の採用試験も2次試験で不合格となりました。
どこか覚悟していましたので、もう少し使える教師になっていきたいと思います。

さて、勤務校が荒れておりまして、ちょっと困っております。臨任ではありますが、自分なりに模索しながら生徒指導する毎日です。
なかなかほかの先生方も手一杯で本当はいろいろ教えてほしいところですが、本当に全員が疲れている状況を見ていて、どうしたら荒れる子を少なくとも迷惑かけないようにするか、というところが難しいです。
授業もまだまだ下手ですし、分掌もできてない。そもそも正規ですらありませんが、頑張っていこうと思います。
4. Posted by toshi   2016年12月28日 11:00
伊藤様
 お久しぶりです。ともすると、大丈夫かなという思いもなかったわけではないだけに、がんばっていらっしゃる姿に、感服しました。ホッとしたというところかもしれません。
 勤務校が荒れているとのこと。以前の学校とは違うところでしょうね。中学校の荒れというのは、わたしには分からないところもありますが、以前、コメントをいただいたこともあり、大変だろうなあと、憂慮する思いでした。
 簡単にいえることではないと思いつつも、ご奮闘を祈らずにはいられない思いです。
 来年もよろしくお願いします。
5. Posted by 伊藤   2016年12月28日 23:49
今年こそ、辞めてやる、と思いながらも働いているのが現実です。同じ学校に3年勤務してますが、もともと4月からよくなかったんですが、夏休み以降特に荒れだしてしまいまして、正直なところ、手の施しようがないのが実情です。下級生にまで荒れが回り始めているので、ここで食い止めないと来年以降厳しいです。
力がないのも事実ですし、舐められているというのもあると思うので締め上げていきたいところです。
生徒指導がどうしようもなくうまくいかないので、困りものです。小学校からダメという申し送りなので、小学校でのやり方でうまくいくなら教えてほしいところです。
6. Posted by toshi   2016年12月30日 13:56
伊藤様
 お気持ちは揺れ動いているようですね。それも無理からぬことと思います。ただ7回目で受かったという先生もいます。どうぞ、少しでも心の平安を保っていかれることを祈る思いです。

コメントする

名前
URL
 
  絵文字