2007年08月

2007年08月31日

国語『話す・聞く』の指導(1)3

4b4bd6a7.JPG 我が地域には、5年生全児童が参加する球技大会がある。地域ごとに数校ずつ集まり、バスケットボールとサッカーの試合を行う。


 ある年のことだ。その閉会式で、とても印象に残る、すばらしいあいさつをした子がいた。今、Aちゃんとしよう。

 淡々とした語り口で、あくまでも自然体。

 この場合、自然体というのは、

○ メモを持たず、かといって、覚えた文章を思い出そうとしながら話すというわけでもなく、
○ リラックスした感じで、ゆったりと、時には笑顔も見せ、余裕たっぷり。声に抑揚もあり、
○ それでいて、(いや。『それだからこそ』かな。)試合のさいちゅうに感じたことなどもまじえながら、3分間くらいしゃべった。
○ そう。そう。間の取り方も見事だったよ。
○それに、整列して話を聞いている友達をしっかり見て話せていた。

 その姿は、ふだん見慣れている、こういうときの子どもの姿、態度とは、きわだって異なっていた。つまり、もんきり型、無表情、視線が宙を浮くといった感じではなかった。

 だから、整列している子どもたちも、驚きの表情を浮かべ、Aちゃんの方をしっかり見て、話を聞いていた。

 そして、『すごい。』とうつったのだろう。話を終え、Aちゃんが礼をすると、大きな拍手がわき起こった。



 式終了後、わたしは感動のあまり、Aちゃんのもとにかけより、称賛の声をかけた。

「Aちゃん。今の話、見事だったよ。すばらしかった。
 頭の中に、メモ帳がしっかりと入っていたのだね。話そうと思う内容の項目くらいが頭に入っていたのだと思う。
 原稿用紙が頭のなかに入っていたわけではないよね。少なくとも、覚えたことを思い出しながら話すという感じではなかったもの。
 だから、余裕をもって話していたでしょう。それで、あんなに楽しそうに、気持ちをこめて話すことができたのだね。

 わたしが、全校朝会で話しているのと同じような感じだった。
 いや。いや。ごめん。違うな。わたしより上手だったよ。」

 Aちゃんは、はにかんだような笑顔を見せて、
「ありがとうございます。・・・。でも、校長先生。とっても緊張しちゃって、余裕なんかなかったのですよ。」と応えてくれた。


 わたしは球技大会の成績もさることながら、このAちゃんのあいさつのすばらしさに魅せられた。

 学校までの帰路でも、『担任の日ごろの指導力のたまものだなあ。』と思い、ありがたい思いでいっぱいになった。心うきうきした。

 その後、担任に、指導のすばらしさをたたえたことは、言うまでもない。



 でも、でもだ。

 本来なら、このくらいのことは、『できて当たり前』の子がいっぱいいていいと思う。
 外国なら、そうなのではないか。(うううん。でも、この点は分からない。)


 それなのに、日本では、ほとんど、これができない。

 わたしの見る限り、大げさに言えば日本国中同じだと思うのだが、多いのは、

○ 原稿用紙2〜3行分でも、書いたものを見て読む。
○ 暗記したとしても、それを思い出し出し話す。
○ ひどい場合は、指導者がそばにいて、言うべき内容を小声で子どもに伝える。子どもはその通りに話す。
○話し方には抑揚がなく、無表情と言っていい。

 わたしは思う。これらは、『話す』学習とは無縁であろう。



 国の学習指導要領には、ちゃんと、『話す・聞く』は、一領域として入っているし、指導もしているのに、どうしてこうなってしまうのだろう。


 わたしは、国語を専門とするものではないので、そのおつもりでお読みいただければと思うが、

○ 日本は、寺子屋の時代から、『読み・書き・そろばん』だ。『話す・聞く』は、学習として扱われていなかったのではないか。
 わざわざ習わなくても、自然に人間ならみんなやっていたことだからかな。

○ 入試に関係ないからかな。ペーパーテストに、『話す・聞く』がないわけではないが、入試となると、なじまないのだろう。日本の学校は入試の予備校化しているものな。

○ 『話す・聞く』の学習内容にも問題があると思う。日常生活の『話す・聞く』で大切なこととはかけ離れ、知的、技術的内容に偏っていると思う。


 特に、3番目についてはくわしくふれたいが、学習指導要領を読むと、高学年の学習内容『話す・聞く』では、

ア 考えた事や自分の意図が分かるように話の組立てを工夫しながら,目的や場に応じた適切な言葉遣いで話すこと。
イ 話し手の意図を考えながら話の内容を聞くこと。
ウ 自分の立場や意図をはっきりさせながら,計画的に話し合うこと。

となっている。

 どうだろう。冒頭の閉会式の挨拶で、わたしが感動したところの『○5つ』とは、ずいぶんニュアンスの違いがあるのではないか。


 だから、現実の授業では、・・・、

 ごめんなさい。わたしが初任者指導に携わっている関係で、また、高学年を担任する初任者は少ないことから、今、高学年のことを書くことができない。

 そこで、低学年の事例となってしまうのだが、

○『ウォーリーをさがせ』のような絵を見る。
○そのなかから一人の迷子を想定する。
○その子の服装、持ち物、特徴などに着目して、迷子探しの放送原稿を作る。
○放送をしているつもりになって、それを発表する。
○みんなで迷子の子を当てる。

 そういう学習になってしまう。

 ああ。後でふれるが、わたしはこういう授業を否定しているのではない。これはこれで、おそらく大切なのであろう。


 さらに、ふれたい。

○ 学習指導要領では、指導上の留意点として、『伝え合う力,思考力や想像力及び言語感覚を養うのに役立つこと。』とあるが、現場の一般的指導の傾向としては、この、『言語感覚』がおろそかにされてはいないか。

 一つの単元として、たとえ、技術的・知的内容に偏っているとはいえ、それを集中して学ぶ時間はあってよい。それは大切だ。

 しかし、それだけでは、『言語感覚を養う』まではいかないのではないか。



 上記のような技術的・知的学習と関連づけながら、日ごろの生活場面での、さりげない言語指導を大切にしたいと思う。


 わたしは、今の自分の本務である初任者指導のなかで、このあたりのことも大切にしてきた。それで次回は、このことを中心にどのような指導をしてきたかについて述べてみたいと思う。


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 今、全国の多くの小学校で、PTAなどの皆さんのご協力をいただきながら、本の読み聞かせ教室を行っていることでしょう。
 あの、『読み聞かせ』というのは、子どもたちにとっては、『聞く』勉強なのでしょうか。『読む』勉強なのでしょうか。

 回答は、次回へ。・・・。とは言っても、専門外のわたしが、『こう思う。』ということで回答しますから、(つまり、解答ではないのです。)・・・、すみません。

 
 それでは、今日も、1クリックをよろしくお願いします。

rve83253 at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)教育観 | 国語科指導

2007年08月28日

日本の子ども、外国の子ども4

da78a02f.JPG わたしは、昨日の記事で、『日本の子どもって、思いを口に出すのが、苦手な子が多くないか。』と書いた。

 そのことに関連して、思い出すことがある。



 1年生担任だったときのことだ。

 わたしのクラスに、アメリカ人の子がいた。
 両親ともアメリカ人。地域にはアメリカンスクールだってあるのだが、『郷に入れば郷に従え』ということわざまで熟知していた方で、『せっかく日本に住んでいるのだから、その期間だけでも、日本の学校に通わせたい。』と考えられたようだ。

 クラスの子ともよくとけ込み、明朗闊達な子だった。


 あるとき、図工の時間だったが、『ゆめののりもの』という題材で絵を描く学習があった。

 そのとき、その子は、
「toshi先生。あのね。ぼくは、そういう乗ってみたいなという乗り物を考えたことは一回もないの。だからね。そういう乗り物は描けないの。・・・。描きたいのは飛行機だから、飛行機を描いていいですか。」
と言ってきた。

 ああ。上記のような両親に育てられていたからか、日本語は上手なものでしたよ。

 ある意味、この題材のねらいには、『想像力をはたらかせ、〜』があるのだから、現実の飛行機では、ほんとうはまずいのだ。

 それで、わたしは、
「これまでは考えたことがなくても、今、乗ってみたいなと思うような乗り物を考えてみようよ。ゆめのひこうきなんて、どう。」
などといろいろ言ってみたが、『ない。』とのこと。そこまで言われちゃえば、『飛行機』を認めざるを得なくなった。



 でも、わたしは、ある意味では、感心してしまった。

 それは、こういうことだ。

 日本の子どもだったら、こういうとき、
「先生。何、描いていいか分からない。」
「思い浮かばないよ。」
「思ったことはあったけれど、忘れちゃった。」
そんな言い方になるのではなかろうか。


 ところで、日本の子どもだってアメリカの子どもだっていろいろな個性の子がいる。一様に決めつけることはできない。

 それはそうだが、どうだろう。わたしはそのとき、上記、アメリカ人の子どものように言う日本の子は、まず、いないだろうと思った。

 一言で言って、『しっかりしている。』『自分の思いを明確に言うことができる。』そんな感じをもった。



 この次元の話となれば、どちらがいいという問題ではないだろう。国民性の違い、子育て観の違い、・・・。そう。要するに、『違い』なのだ。



 そう言えば、日本が鎖国を解き、開港した幕末。日本に来た外国人の著作を読んだことがある。今、記憶のなかで書いてみるが、

「日本ほど、親子がずっと一緒にいる国民はいないのではないか。親が子どもに示す愛情は実にこまやかだ。」
「日本の母親は、いつも子どもをおんぶして、家事をしている。家事をしながら、子どもをあやしたり言葉をかけたりする。」

 確かそのようなことが書いてあった。(ごめんなさい。父親については、どう書いてあったか忘れてしまった。)


 今の日本も、こういう気風は残しているから、日本の子どもの方が、何かと親(先生)にたよる傾向は強いのかもしれない。



 もう一つの事例。子育て観の違いを明確に感じたことがある。


 これは、わたしが校長時代の話。

 この学校には、オーストラリア人のお母さんがいらした。PTAの家庭教育学級で、『オーストラリアの子育てをうかがえれば、〜。』ということになり、その方を講師としてお話をうかがったことがあった。

 
「日本の子育てで不思議に思うことは、日本人は、どうして、お小遣いとか言って、無条件にお金を与えるのでしょうか。
 お金は、本来、ただでもらえるものではないですよね。労働の対価としていただけるものでしょう。あれでは、お金のありがたみも、価値も分からないまま大人になってしまうのではないでしょうか。
 わたしは、子どもがお金を要求してきたときは、『それなら、何をしてくれるの。』と必ず聞きます。そうして、仕事の対価として、お金を上げるのです。もちろん、『ありがとう。』『よくやってくれたね。』など、感謝の言葉はかけますよ。」

とのことだった。

 子どものやる仕事としては、芝刈り、ベビーシッター、・・・、もう一つあったのだが、皿洗いだったかな。そのようなものが上げられていた。

 自分のうちに仕事がなければ、近所の家へ仕事をさがしに行くこともするとうかがった。

 こういう子育てが、上記、『ゆめののりものの絵は描けないの。』につながっていくのかもしれない。


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 しつっこいようで恐縮ですが、どちらがいいという話ではありません。日本人の常識からすれば、外国の子育てに驚いてしまいますよね。

 皆さんの思いをうかがえれば、うれしく思います。

 それでは、今日も、1クリックお願いできますか。

rve83253 at 13:13|PermalinkComments(11)TrackBack(0)教育風土 | 子ども

2007年08月27日

見知らぬ子へ。『ごめんね。そして、ありがとう。』3

2c7d075c.JPG 以前、わたしは、『子どものやることには、みんな意味がある。』という記事を書いたことがある。(※1)

 ああ。しかし、わたし自身、今回は、それができなかったという、恥ずかしながらの失敗談。

 でも、いいや。

 最終的には、見ず知らずのお子さんにお詫びと感謝ができたし、先方のお母さんにも、お詫びをした。



 韓国旅行の帰り、空港に到着し、荷物をいっぱい積んで、カートを動かしていたときのことだった。

 小学生、中学年くらいであろうか。見ず知らずの子がいきなりわたしのカートの前に来て、道をふさいだ。大混雑のなかだったが、わたしはカートを止めざるを得なくなった。そして、何やらわたしの荷物にさわり始めたように見えた。
 

 わたしの思いは複雑だった。不可解なのと、道をふさがれたのと、何やら、さわり始めたように見えたのと。

「何するの。」
と注意するのと、その子のお母さんが、
「こら。ダメでしょ。人の荷物に、手、出しちゃあ。こっちへ来なさい。」
と言うのとは、同時だっただろう。

 でも、一向に手の動きをやめようとしない。わたしはたまらず、その子の方へ身体の向きを変えた。


 それで分かった。その子は、わたしのバッグが落ちそうになっているのを直そうとしてくれているのだった。まあ、わたしから見れば、ちょっとかしいだくらいで、別に落ちそうということもなかったのだが、その子にはそう見えたのであろう。
 わたしを見て、バッグから手を放すと、『これが、・・・、これが、・・・。』と言いながら、バッグを指さしていた。


 わたしはそれまでは、かなりムッとしていたに違いない。怒っているように見えたかもしれない。

 しかし、そうと分かると、相好をくずし、
「ああ。ごめん。ごめん。荷物を直してくれたのだね。ありがとう。」
それまでの不機嫌な態度を取りつくろうように、何度も同じ言葉を繰り返した。

 その子は、あきらかに、『分かってくれてよかった。うれしい。』そういう表情になった。


 その子のお母さんは、まだ、怒っていた。でも、わたしが、謝罪とお礼の気持ちを言葉に出したものだから、何も言えなくなったようで、こまっていた。
 そこで、わたしは、お母さんへも、『お礼と感謝の気持ち』を伝えた。


 繰り返しになってしまうが、以前、『子どものやることには意味がある。』と記事にしたわたし。しかし、そんなわたしも、とっさには、そういう意識がはたらかない。
 思考をはたらかせる以前に、感覚として、(※2)『何か物を取ろうとしているのかな。』『危ないじゃないか。どけよ。』のような感じになってしまう。そういう自分がなさけなかった。まだまだ修行が足りないね。


 わたしは、こういうとき、つまり失敗してしまったとき、『いいや。もうすんだことは仕方ない。これから気をつけよう。』そのくらいの気持ちでいたのだが、でも、もう、この歳になってまで、『これから気をつけよう。』ではなさけなくなってしまう。



 その一方で、もう一つ、別な思いももつ。

 この場合、その子が、
『おじさん。バッグが落ちそうですよ。直しましょうか。』くらい言ってくれたら、別にどうということはないわけだ。
 初めから、わたしとしては、『ああ。ほんとう。・・・。あっ。教えてくれて、ありがとう。いいよ。自分で直すから。ありがとうね。』くらいの言葉は出るだろう。

 せっかくの好意も、言葉がでないと誤解されてしまうこともある。


 自分が教育の現場にいて思うことだが、今に限らず、むかしもそうだったのだが、日本の子どもって、思いを口に出すのが、苦手な子が多くないか。言葉がなく、いきなり行動を起こしてしまう。
 このあたり、日本の、『型にはめすぎる教育』の弊害を感じてしまう。

『こういうときには、こう言いましょう。』のような、型にはめた教育。だから、応用がきかない。それこそ、とっさの役に立たない。

 わたしたち、教える側は、学習内容として、教えることもしなければいけないが、それだけではなく、うまく気のきいた言葉かけができたとき、それをうんと認め賞賛してあげることも大切なのではないだろうか。(※3)

 そんなことも思った一コマであった。


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 今日は、自分の失敗をネタに、教訓をたれるような記事になってしまい、大変恐縮してしまいます。すみません。
 
 なお、本日の記事にかかわる以前の記事をリンクさせてください。よろしければご覧いただきたいと思います。

 (※1)『子どものやることにはみんな意味がある。』は、正しくは、『子どもが何かするときは、必ず背景があります。』でした。『子どもの見方が変わるかな(1)』の最後に出てきます。

 (※2)『思考をはたらかせる前に感覚として』は、生物の進化として記事にしたことがあります。『わたしのいだく性善悪共有説について(2) 進化からの考察』の後半に書いています。

 (※3)『気のきいた言葉かけができたとき、それをうんと認め賞賛してあげる。』ことについては、『マニュアル』の記事がかかわると思います。

  それでは、今日も、1クリックをよろしくお願いします。それから、リンク記事を読んでね。

rve83253 at 09:23|PermalinkComments(4)TrackBack(0)教育観 | 子ども

2007年08月26日

韓国へ4

b183f390.JPGすみません。久しぶりの投稿です。
 実は妻と、韓国旅行をしていました。昨夕帰国したところです。

 そこで、ここでは、韓国旅行での想いを掲載します。



 20人くらいのツアーだった。歩きが多く疲れたが、でも、充実した旅行だった。


 一日目。ソウルをまわっていたとき、ガイドさんが言う。

「ここは、ヨン様の、○○のロケがあったところです。」

 それが、2・3か所で繰り返されただろうか。ていねいな説明だったが、誰も興味を示さない。
 それで、ガイドさんが言う。

「皆さんは、ヨン様への興味はなさそうですね。」

 みんなで大笑いとなった。

 そうなのだ。これは、『韓国の世界文化遺産の旅』なのだもの。

 妻が言った。
「わたし、最近の韓国のドラマ、ぜんぜん見ていないもの。」
 これでまたまた大笑い。
 それで、ガイドは、ヨン様の説明は一切しなくなった。


 
 すみません。ちょっと、ここからは身につまされる話。

 びっくりしたことがある。

 世界文化遺産の旅は、ほとんどが、お寺、仏像の見学なのだが、豊臣秀吉の朝鮮出兵で燃やされる運命となったところが、ほんとうに多いのだ。
 それよりも前の蒙古の占領、中国の圧迫、それから、日韓併合、さらには、日本にとっての戦後に起きた朝鮮戦争とあるのだが、この世界文化遺産に関する限り、ほとんどは、秀吉の出兵による破壊の話となる。

 秀吉が韓国においては、悪名高く言われているのが分かる気がした。

 だから、世界文化遺産と言っても、かなりは秀吉後の再建である。


 もう一つ。山奥の海印寺を訪ねたときだった。ガイドさんの話に感動した。

 ここには、八万大蔵経と呼ばれるお経の書庫のようなものがある。永年保存するためのむかしの人の工夫には、ものすごいものがあった。
 風通しをよくしているにもかかわらず、虫は入らない。くもも巣を張らないのだという。(なぜかは、みなさんの韓国旅行のお楽しみにとっておきましょう。)


 さて、朝鮮戦争のときのことだ。

 北鮮軍が逃げ帰るとき、この山奥に立てこもったのだそうだ。それで、国連軍の司令長官は、空爆を命令する。しかし、この八万大蔵経を焼いてしまうのは惜しいとばかり、現地の軍隊は、空爆をためらう。後で、そのことを責められたとき、言ったのだそうだ。

 「太平洋戦争のとき、米軍は、京都、奈良の空襲を控えたではないか。我々が、海印寺の空爆を控えたのは同じ理由である。」

 それで、罪一等(?)を減じてもらったのだとのこと。


 さて、そろそろ、話を締めくくる。

 韓国は隣国だし、日本との縁は計り知れない。しかし、正直のところ、いい話はあまりない。戦い、占領、差別、そんな話ばかりだ。しかし、歴史に自信のあったわたしですら、秀吉の朝鮮出兵が、いかに朝鮮人の心を傷つけているか、今回初めて知った。

 今、日本と韓国の友好関係は、かなり深まりつつある。日本の文化が解禁されたのはついこの前と思っていたが、いまや、日本語の看板はあちらこちらで見かけるし、商売のためとはいえ、若い人も日本語は達者だ。
 もちろん、竹島問題、つい先日記事にした教科書問題など、むずかしい問題もあるが、他方では、サッカーワールドカップで、日本を応援してくれた韓国の若い人たち、阪神淡路大震災のとき、在日韓国朝鮮人と助け合った日本の人たちという、心温まるエピソードもある。わたしは、ガイドさんにそのことも話した。

 震災のときの話を、ガイドさんは知らなかったようだ。喜んでくれた。

 そう。そう。我が郷土には、かつて、『朝鮮人が井戸の水に毒を入れた。』という悪しきうわさがたったとき、『それなら、毒を入れたというその井戸の水をもってこい。わたしが真っ先にそれを飲んでやる。』と言って朝鮮人を助けた警察署長さんの有名な話がある。

 ああ。この話もガイドさんにすればよかったな。うっかりしてしまった。

 国際親善について深く考えさせられた、いい旅であった。


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 空港で、ちょっとした失敗がありました。『子どものやることには、意味がある。』と、かつてブログ記事に書いたことがありましたが、それができませんでした。
 見ず知らずの子だけれど、ごめんね。
 次回、記事にします。
 
 それでは、お久しぶりの記事ですが、1クリックお願いできればと思います。

rve83253 at 10:41|PermalinkComments(3)TrackBack(0)エッセイ | 自己啓発

2007年08月21日

落第・飛び級の問題4

f73d6bad.JPG 姪のAちゃんからのメール。

 フランスの教育事情についていろいろ教えてくれたが、正直のところ、この『落第・飛び級』には驚いた。


 論評は後回しにしたい。何はともあれ、姪からのメールをお読みいただければと思う。

 それでは、どうぞ。



 フランスに来て、この国の教育観に驚いたことがあります。

 それは、落第・飛び級が小学校のころから当たり前のようにあることです。

 児童が学んだことをしっかりと理解していないのに、次の学年に上がってさらにむずかしいことを学んでいくことは、この児童の学問の発達にとって好ましくないという考え方が一般的だからだそうです。一人ひとりの児童の能力に合わせて学んでいくこと。時間が2倍かかっても最終的に理解することが大事なのだという考え方なのだと思います。

 ですから、逆に、学校の勉強が他の児童より非常にすぐれている子は飛び級できるというわけです。毎年5月頃にある大学進学のための共通テスト(バカロレア)では、受験者の最少年齢が14歳ということもありました。

 そして、フランス人は驚くことに、落第したことをあまりかくすわけでもなく、他人に話していることです。日本では、高校でごく少数、大学で数名くらいの落第者がいるのでしょうが、ふつう、落第したことは「恥」として受け取られるため、他人にはできるだけかくしておきたい、いわば、「汚点」と思うものでしょうが、ここ、フランスではまったくそういった感覚はないようです。

 だから、今の日本で落第や飛び級を導入しても、父母の考え方がフランスとは違いすぎるので、逆に、『落第しないように、勉強させなきゃ。』と躍起になるばかりで、子どもはかわいそうですね。


 メールは以上である。




 確か日本では、大学においても、大量に留年者を出したとき、大問題になったような気がする。それが小学生段階からというのでは、ただただ驚いてしまった。

 それで、検索にかけていろいろ調べてみたが、あった、あった。その種のブログが。ちょっと話題が話題なので、リンクするのは控えるが、お時間のある方は、わたし同様、検索してみたらどうだろう。

 読んでいると、その世界に入り込み、違和感なく自然体で読めるので、我ながら不思議な感覚になった。


 でも、やっぱり、Aちゃんが言うように、日本ではとても導入できないよね。

『子どもを馬車馬のように勉強させるのか。』
『子どもの自然な成長発達を妨げる。』
『友人関係がおかしくならないか。』

 そんな声が聞こえてきそうだ。

 ただ、フランスの教育事情を語るブログを読ませていただくと、そんな馬車馬のようにというのは一部だけで、多くは自然に育っているし、無理をさせているわけでもなさそうだ。
 それに対し、日本は、多分に、形式主義、建前が大事ということなのかな。恥の文化と言っていいかもしれない。そんな思いがした。

 ただこれだけは言える。

 落第・飛び級のない日本では、やはり、分からないまま上学年へすすんでしまう可能性がさけられない。そういう宿命にある。
 だからこそ、そういうことのないよう、当該学年で当該学年の学習内容はしっかり押さえるという、その努力は、フランス以上に積み重ねなければいけないだろう。


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 教育再生会議は、飛び級についても検討しているようです。もっとも、小学生段階からというわけではなさそうですがね。

 そう。そう。最近は、教育再生会議のことがあまり話題にならなくなってしまいましたね。参院選の結果をふまえ、どうでもよくなってしまったのでしょうか。
 でも、それもまたこまったもの。正しい改革の方向性は見失わないでほしいものです。

 それでは、・・・、毎日、おあつうございます。そんななか、今日も、拙ブログをお読みいただき、ありがとうございます。恐縮ですが、1クリックいただければ、大変うれしく存じます。

rve83253 at 16:00|PermalinkComments(2)TrackBack(0)教育制度・政策 | 教育風土

2007年08月19日

教科書問題を考える。4

c2469ca6.JPG 姪からのメールは前回で終わりにするはずだった。しかし、先の(1)(2)を読んだ後届いたメールが、また示唆に富んだものだった。それで、続けて記事にしたくなった。

 Aちゃん。ありがとう。

 一つは、教科書問題。もう一つは、フランスでは、小学校から飛び級、落第が当たり前のこととして行われているという問題だ。(いや。フランスでは、多分問題などとは思っていないだろうね。)
 そこで、今回は、『姪から届いたメール』と題するのではなく、テーマ別に記事を起こすことにした。その第一回目は、教科書問題である。


 いきなり、話は脇道にそれるが、わたしは、『教育なら、何でも外国がいい。』という立場をとるものではない。よくブログなどで、そんな感じのご意見を拝見するが、それなら、『何で外国はあんなに犯罪が多いのか。』と言いたくなる。

 ただし、外国の教育事情に、まったく関知せず、参考にもしないというのでは、これもまた、おかしいだろう。今の日本の学校事情、教育環境、政府の政策など、個別に見ていって、参考にすべきはするという態度も必要なのではないか。

 このことは本日の本論ではないので、このくらいにしておくが、しかし、姪からのメールを見ると、教科書の問題などは、指導法にも関係するし、どんな教育観をもてばいいかということにもかかわり、大いにとり入れたいと思った。



 それでは、この件に関する部分で、姪から届いたメールを紹介しよう。



 『先日、戦争学習についておもしろい記事を読みました。

 これは、確か、高校生向けの歴史教科書の1つだと思うのですが、ドイツとフランスの歴史家たち(両国から同数、十数人ずつ)が、第二次大戦でのさまざまな出来事について、ドイツ側とフランス側の双方の意見を用いて教科書を作成したそうです。ドイツ側とフランス側の意見がどうしても食い違う部分については、両方の意見をそのまま掲載し、生徒たちにそれを議論してもらうというものだそうです。

 こうすることにより、少しでも相手側の状況や意見を学ぶことができ、戦争において、自国は被害国というだけでなく、加害者であるということも学べる。とてもおもしろい興味深い試みだと思います。

 ま、でも、日本の場合、韓国や中国の歴史家たちと合同で教科書を作成するなんて、文科省が許さないでしょうが。』


 以上である。

 

 日本でも、歴史研究について、日・韓で、共同研究しようではないかという話は聞いたことがある。しかし、高校用教科書について、そういう動きはだぶんないと思う。



 これについて、わたしは、2つ、言いたいことがある。



 一つ目。 『教科書で教える。』のか、『教科書を教えるのか。』という問題だ。わたしたち学校現場のものにとっては、むかしから言われていることである。

 教員でない読者の皆さんは、この両者から、どういう教育を想像されるだろうか。『明らかに教育観が違うな。』と、想像されるだろうか。

 そう。前者にとっての教科書は、学ぶための手段である。それに対し、後者は、目的だよね。また、こうも言えよう。前者が多面的な見方を養うことが可能なのに対し、後者は、教科書こそが獲得すべき学習内容といった感じになるだろう。画一化にもつながる。

 わたしが、これまでも主張してきた、子ども主体の学習、子どもの思いに根ざした学習にふさわしいのは、おのずと前者ということになるだろう。


 これは、教科書採択の観点にもつながる。

 前者だと、

 ○子どもがいろいろ考えるきっかけを与えてくれる教科書は。
 ○考えるために有効な資料がいっぱい掲載されている教科書は。
 ○多様な見解を紹介している教科書は。

 それに対し、後者は、

 ○学習内容が豊富に記載されている教科書は。
 ○覚えやすくする工夫がなされている教科書は。
 ○自分の歴史観にマッチする教科書は。

となるだろう。きわめてパターン化してしまったのは申し訳ないが、論点を明確にしたいがためであり、ご了解いただきたい。


 さて、Aちゃんご指摘の、隣国との共同執筆、両論併記の前に、今の日本では、それが国内でもありはしないか。

 教科書論争と言われる。『正しい歴史観をどう記述するか。』それこそが大切とばかり、やり合っている。どちらも自分の歴史観が正しいと主張し、対立する歴史観を攻撃する。これはイデオロギーの対立と同じであり、決して分かり合うことはできない。

 しかし、どうだろう。先ほどのわたしの分類によれば、こうした論争の当事者は、どちらも、後者に属するのではないか。わたしに言わせれば、学ぶ主体である子どもがどっかへいってしまっている。子ども不在の論争なのである。不毛の論争だ。

 わたしはどちらにも言いたい。

「あなた方は、『自分の教科書を採択してくれれば、自分の歴史観にそった未来の日本人ができ上がる。』そう思っているでしょう。でも、残念ながら、子どもには子どもの思いがあり、そのようにはとてもいきません。子どもはもっとしたたかですよ。特に、『これが正しい歴史だ。』と教え込んでも、受験のことしか頭にない現体制では、〜。」

 そう。そう。上記、教科書採択の観点、後者には、もう一つ、付け加えなければいけないね。

 ○大学受験に有利な教科書は。


 この一つ目『子どものしたたかさ』の例示として、かつての拙ブログ記事を紹介したい。もっともわたしは小学校教員だったので、小学校の事例だけれどね。

  人権教育(9) 両性の違いは? 前半にある、『せっちゃん』の事例



 二つ目 フランスやドイツに学びたい。

 フランスとドイツは、二度の大戦で戦っただけではない。ずっとむかしから戦い合ったなかである。かつて、6年生の国語に、『最後の授業』と言う文学教材がのっていたが、ここでは、戦前、日本が韓国に対し行ったのと同じようなことが行われていた。

 今回、検索にかけていろいろ調べてみたが、長年にわたって教科書の共同執筆作業を進めてきたのだとのことだった。『意見がどうしても食い違う部分については、両方の意見をそのまま掲載し、〜』までは確認できなかったが、もし事実なら、すばらしいことではないか。

 まさにわたしが主張する、考える学習、多様性を認める学習が成立しそうだ。もう一つ。議論も活発に行われよう。まさに、子どもが学習の主人公であることを認め、楽しくいきいきとした学習を保障する教科書になるだろう。

 まずは、国内で対立しあうもの同士、やってみたらどうだろう。無理かな。



 最後に、言いたいことがある。

 子ども主体の学習。子どもの思いを大切にした学習は、ほぼ、人類融和と平等の精神に満ち、平和愛好の精神をもった大人への成長を保障していくだろう。

 まず、指導者が子どもを大切にしています。未分化かもしれないけれど、子どもを一人の人格をもった人として尊重しています。
 子どもの側にしてみれば、自由な意見表明が保障されています。抑圧されていません。授業のなかで、のびのびと自分らしさを発揮できます。


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 繰り返しになり恐縮してしまいますが、どうも日本の学校、また、それを取り巻く環境としては、画一化、教え込みの文化から抜け出せないですね。

 教科書論争について、違った角度から、言及してみました。

 それでは、今日も、1クリックをぜひお願いします。

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2007年08月17日

姪から届いたメール(2)4

9a779985.JPG 今日掲載するのは、姪からの第二信である。

 英語教育、また、考える学習について、欧米の実態がよく分かると思うので、その部分を掲載した。欧米の実態がよく分かれば、それを比較材料とすることによって、日本のこともよく分かると思う。


 なお、姪のAちゃんに対しては、ちょっと申し訳ない。

 いくら掲載許可をいただいているとは言っても、『ここまで載せるのは、ちょっと失礼かな。』とも思ったが、

 いや。『日本の英語教育によって、英語に苦手意識をもったとしても、外国に住んでしまえば、それは関係ないのだ。』と思ってもらえたら、それもまた、多くの方に自信と勇気をもってもらえるのではないかと思い、掲載させていただくことにした。

 だから、Aちゃん。ごめんね。

 それでは、どうぞ。




 先日の内容につけたしをさせていただけるなら、中学・高校と、わたしは英語が苦手(嫌い)で、実は高校進学をしたころは、主語の後に動詞がくるという、基本の基本すら分かっていませんでした。それで、テストや入試をクリヤーしたのですから、いかに(日本の)英語教育があいまいであったかが、分かるような気がしませんか。

 ま、要するに、英語においてわたしは落ちこぼれだったと言えると思います。ですから、22歳で勉強し直し始めたとき、わたしにとって一番重要なことは、いかに嫌いにならずに、苦手な英語学習を継続できるかということでした。それでたどり着いたのが、「無理をしないこと」です。


 イギリスに行って、数ヶ月受けた英語の授業は、すべて英語による英語の授業でした。

 初めにクラス分けテストで入れられたクラスは中級のクラスで、正直、クラス分けテストの結果を聞いたときはすごくうれしかったのですが、実際授業が始まってみると、内容が分からず、教室に自分の居場所がないと感じ、自信をなくしました。

 このまま、このクラスにいても、自分は絶対に伸びないと判断し、講師に一つ下のクラスへ移ることをお願いしました。そのクラスは、正直、少し簡単すぎるところもありましたが、自分が余裕をもって授業に臨め、結果的によい方向に向かったと思っています。
 現在は、フランス語学習の真っ最中ですが、このときの経験がすごく役に立っています。(※1)



 ここから先は、英語学習についでではないのですが、ついでにおじさんにお話したいことがあります。
 
 海外生活をするようになって数年、よく感じるのは、

 わたしはいろいろなことを(日本の)学校で覚えさせられたけれど、考える力を養うことは、あまり要求されなかったなあということです。
 何かについて、自分はどう考え、それを他人と意見交換する。違っていれば、お互いの意見をぶつけ合い議論する。そういうことをする機会があまりなかったということです。特に、高校では、大学受験のための授業という感じで、深く物事について考えることを要求されなかったと思います。

 こちらの大学で、グループ(3〜4人)で、一つの課題に取り組むことがあったとき、イギリス人の級友達がすごくさかんに自分の意見(特に反論することを恐れない姿勢)で言い合って話がすすんでいくことに、新鮮さを感じたのを覚えています。(※2)

 今の学校は、わたしのころとだいぶ変わっているのでしょうから、もっと、生徒同士が意見を交換する場があるのでしょうが。

 メールは以上です。



 それに対するわたしの返信です。

(※1)Aちゃんからのメールで感じたことは、やはり、『話す・聞く』の学習が大事ということかなと思いました。テストは、『読む・書く』でしょう。そちらでは、中級の力がありながら、『話す・聞く』では、その下の力しかなかったという意味と受け取りました。

 『無理をしない。』ということの意味がよく分かりました。どうも、日本人というのは、恥ずかしいとか、バカにされるとか、嫌われるとか、よけいなことが気になって、無理しがちだものね。それでは、真の力はつかないよね。


(※2)Aちゃん、ご指摘の点については、今も何も変わってはいません。・・・。いえ。今の日本は、もっとひどいことになっていると言えるでしょう。学力低下論が蔓延していて、Aちゃんのとき以上に、覚える学習ばかりになっていると思います。

 わたしのブログでは、考える力を養うことが大切と一貫して言っているのだが、ときどきむなしさを感じてしまいます。
 Aちゃんご指摘のように、日本の高校は、受験能力育成に偏ってしまっているのだと思います。必修教科未履修問題とか、大学合格者水増し問題とか起きているのだよ。
 最近は、なんと、小学校でも、学力テストの不正な採点の事件が発生した。
 大事な人格形成の時期に、人格の何たるかも学ばずに、大人になってしまうのだから、日本社会がおかしくなってしまうのも当然か、今、そういう思いです。

 だから、Aちゃんがイギリスで感じたことは、わたしがいつも気にしていることなのです。


 わたしは、このブログに、昭和24年の、Bおじいちゃんの実践を載せたことがあるのだけれど、それは、もちろん、読んでくれただろうね。

 あの時代は、日本が戦争に負けて、民主主義の時代になったばかり。

 それで、おじいちゃんたちは、燃えたのだ。

 子どもの生活に根ざし、考える力を養うことを重視した新教育こそ、これからの日本の民主主義を支えていくものだ。暗記中心の学習は、子どもを受身にし、子どもの人格形成をないがしろにするもので、これは戦前の皇国史観教育と、指導法においてはまったく同一である。そう考えた。
 そして、数多くの実践を残したのだけれど、その後の、学力低下論に押され、指導法に関しては、戦前の姿に戻ってしまった。暗記中心ということだね。

 おじいちゃんたちの落胆振りは、かなりのものだったと思う。このことを、おじいちゃんに聞いたことはあったのだけれど、あまり、多くは語ってくれなかったなあ。

 だから、あの昭和24年の新教育、民主主義教育がそのまま持続、発展していたら、今頃の日本は、かなり、Aちゃんがイギリスで体験したとおりの日本になっていたこと、疑いなしと思うのだ。かえすがえす残念だね。

 わたしも、昭和45年、教員になってから、その一翼を担わせてもらった。
 そのように、ずっと考える力の大切さを訴え、実践してきた教員、学校もたくさんあるのだよ。日本全体の中では少数派だけれどね。
 わたしも、自分のそうした実践をこの姉妹編であるホームページに載せたことがあるから、よかったら見てね。


 以上で、返信は終わり。



 でも、このブログでは、特に言いたい。

 かねてから申し上げているように、日本の大多数の教育は、大学受験に毒されている。受験用の学力のみ大切にされ、真に人格形成に大切な学習がおろそかにされている。

 世間もそれをよしとしている。見よ。このブログの広告の数々を。ほとんどが、受験がらみではないか。

 こんなことをしていると、日本は大変なことになりますよ。



 最近、その象徴ではないかと思われる事件が起きた。

 領収書大臣、ばんそうこう大臣である。

 初め、わたしは、何か政治的意図があって、あのような、煮え切らない、同じ言葉の繰り返しをしているのかと思った。しかし、だんだん、そのような政治的判断はないと感じ取れるようになってきた。ただただ、本人の力量のなさだったようだ。

 この場合の力量とは、ユーモアでさらっとかわす力、その場の雰囲気への対応力、もっと一般化した言い方なら、人間関係調整力と言ったらいいだろうか。そういう力がまるで育っていないということを思い知らされた。

 一方彼は、最高学府を出ている。高校もエリート校のようで、つまり受験能力養成のなかで育った方なのだ。

 これは、たまたまの例に過ぎないのだろうか。わたしはそうは思わない。


 首相は初の戦後生まれという。上記大臣はもっと若い。わたしは、受験能力中心で育った人間の、一つの典型を見る思いがしている。
 とすれば、今後、こうした政治家はますますふえるだろう。いや。政治家だけではないね。どの分野であれ、成功組のなかには、かなりいるはずだ。

 ああ。日本はおかしくなっていくなあ。外国と、ごしてやっていけるのだろうか。

 早く、受験能力養成の弊害に、気づいてほしいものだ。


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 わたしは今回、受験教育とは書きませんでした。あれは、教育ではないのではないか。そんな思いになっています。近いうち、そうした記事も書きたいと思います。

 それでは、皆様の清き1クリックを、よろしくお願いします。

rve83253 at 15:36|PermalinkComments(3)TrackBack(0)教育観 | 英語の指導

2007年08月15日

歴史を見る目を養う。3

1b43f41f.JPG 先月だったかな。閣僚の、『原爆投下はしょうがない。』発言があり、驚かされた。

 そこで、終戦記念日の今日、これまであまり語られていなかった側面から、この発言を心にとめて、原爆投下を考えてみたいと思う。

 そのまえに、わたしは、原爆投下について、すでに記事にしたことがある。もし、お読みでなかったら、それをご覧いただきたいと思う。今日の記事では、広島、長崎の凄惨なすがたには、特にふれていないので、よけいご覧いただきたいのである。

 平成18年8月7日 平和を祈る



 それでは、歴史を見る目はどうあったらよいかについて、最初にふれたいのは、当時を生きた人々の思いになって、歴史を学びたいということである。


 元寇は二度あった。歴史を学んだわたしたちは、皆、それを知っている。

 豊臣秀吉の朝鮮出兵も二度あった。歴史を学んだわたしたちは、皆、それを知っている。

 そして、原爆投下も・・・。

 これらは皆、確固たる事実だ。


 しかし、当時を生きた人々にとっては、そんな簡単に、すっきりするものではない。三度目への恐怖だ。それは、ものすごいものがあっただろう。



 原爆投下について言えば、新潟市がまさにそれだった。

 大変な言論統制化ではあったが、一つの新型爆弾によって、一都市が壊滅するという惨状は、またたく間に伝播していった。そして、これは、どうして分かったのか不思議なのだが、アメリカの原爆投下候補地に、新潟市が含まれていたことも、一部上層部には分かっていたようだ。そこで、新潟では、急きょ市民に疎開を呼びかける。

 信じられないことだが国は、この疎開に、反対したとするブログがある。

  くりおね あくえりあむ 1945年8月11日、新潟では「原爆疎開」があった

 今、信じられないと書いたが、沖縄での事例などを考慮すると、あながち荒唐無稽ではないような気がする。当時は、一億玉砕などと言っていたのだからね。

 ある俳優が子どものころ、この事態に遭遇。あわただしい疎開だったために、知り合いの農家の馬小屋に寝泊りする羽目になったという。ほとんどの市民は、『わけは分からない。ただ、たった一つの爆弾で、一都市が壊滅した。』ことは知らされただろう。とぼしい情報で緊急疎開したのだから、その恐怖はものすごかったと思われる。

 とても、『しょうがない。』で済まされる話ではない。



 次は、多面的な見方が大切ということにふれたい。

 アメリカでは、今も、「原爆投下によって、日本の降伏が早まり、そのために多くのアメリカ人、日本人の命が守られた。」という声が大多数のようだ。前期『しょうがない。』発言は、『戦後、日本がドイツのように分断されなかったことをよかった。』とし、それは、原爆投下があったためとしている。

 しかし、それは正しいか。当時のアメリカは、ほんとうに上記のように考えて、原爆を投下したのか。

 まあ、百歩譲って、そのように考えたとしよう。

 しかし、その渦中においては、それは、あくまで、一つの可能性に賭けたに過ぎない。日本が降伏するのが確実と思える根拠はなかった。
 日本軍(政府)は、前述のように、一億玉砕を声高に叫んでいたし、本土決戦に備えての竹やり作戦も叫んでいた。原爆投下にもかかわらず、日本が徹底抗戦する可能性の方が強かったとわたしは思う。現に、8月15日未明には、それを叫んでクーデターを起こす動きもあった。

 だから、そんな不確定要因の強い理由で、あんな悲惨な原爆を投下されたのではかなわない。

 原爆。人道上もあんなに非難されるべき兵器はない。


 当時のアメリカの考え方としては、次のような論調もある。

 「当初、原爆の製造は、ヒットラーのドイツの方が熱心だった。ドイツに先に開発されたのではかなわないとばかり、アメリカはその開発を急いだ。しかし、アメリカが開発に成功したころ、すでにドイツは降伏してしまっていた。残るは日本のみ。せっかく開発したものをまったく使用せず、日本を降伏させたのでは、その効果のほどが分からない。そこで、急いで使用することにした。」

 そういう論調があるのも事実だ。だから、そうしたなかで、『しょうがない。』と発言するのは、決して許されるものではないだろう。



 もう一つ。これはまったく別な視点で、言いたいことがある。

 原爆の悲惨さを訴え、核廃絶を主張するのはいい。当然だ。
 しかし、それを主張するとき、日本が、中国・朝鮮にしたことのお詫びと反省も、同時に展開しないといけないだろう。日本は被爆国ではあるが、決してそれだけではない。



 最後に、今、小学校でも、歴史学習は行っている。その際、留意したいことがある。

 現代の目で、過去を見ても、『何でこんなことをしたのだろう。』『信じられない。』という反応で終わってしまう。歴史を突き放した感じで見てしまうのだ。

 そういう学習をしたのではダメだ。

 たとえ小学校であっても、当時の時代相にできるだけ入り込み、今とは違う生活のなかにあったこと、今とは違うものの考え方をしていたことなど、できるだけとらえられるようにし、実感的な分かり方を目指したいものである。

 本日あげた事例は、ちょっと小学校段階では無理と思われるものもあるが、当時の学童疎開の様子、国民学校の授業風景、時間割、教科書の内容など、小学生にも追求可能と思われる資料、具体的資料はいくらでもある。そういう資料を使って、できるだけ、歴史を自分ごととしてとらえられるようにしたい。

 それこそが、二度と同じ過ちをしない人間を育むために、不可欠である。


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 今夏、全米のテレビで、ドキュメンタリー『ヒロシマ・ナガサキ』が、放映されたとのこと。これまで、その種のことには、強い反対があったことを考えると、大きな進歩ではないでしょうか。
 
 こういう論調があります。『これまで、アメリカ人にとっての原爆は、むかしのこと、正当化したいことだった。しかし、9・11以後、自分たちも被爆者になりうることを、本気で心配せざるをえなくなった。』

 歴史を学ぶことの意味と共通していますね。

 でも、大きな惨禍を経ないと気づかないというのは、ちょっと残念な気もします。やはり、歴史の学び方というのは重要ですね。わたしたち、教員の責務は重大なのではないでしょうか。

 それでは、今日も、1クリックを、よろしくお願いします。

rve83253 at 15:36|PermalinkComments(5)TrackBack(0)平和教育 | 社会科指導

2007年08月14日

姪から届いたメール(1)4

41702ed7.JPG フランス人と結婚し、今、フランスに住んでいる姪からのメールを紹介させていただきたい。


 こんにちは。toshiおじさん。
 フランスのAです。
 いつも楽しくおじさんのブログを読ませてもらっています。

 わたし自身、末っ子で、なかなか自分より小さな子どもたちとふれる機会がなかったので、おじさんのブログの内容は、どのように子どもたちと接してゆけばいいか、将来のために、とても勉強になります。(※1)

 さて、ときどき、おじさんのブログに出てくる、英語教育と国際人にまつわるトピックについて、思うことがあるので、メールさせてもらいました。

 結論から言うと、わたしは、『英語教育のシステムのみをいじって、国際人の育成を!』というのでは、結果的に何も変わらないと思います。

 文法や単語数は、勉強すれば、誰でも上達します。(※2)

 それよりも、海外に出たとき、外国人と話す機会があったとき、彼らと英語で何を話すかが、一番大事だと思います。

 どんなにたくさんの単語を知っていて、どんなに完璧な文法で話ができても、『あなたは日本人として、この問題に対して、どう思いますか。』という質問に自分の言葉で答えられなければ、それは国際人とは言えないのではないか。

 そう思います。

 たとえつたない英語であっても、彼らは中身を感じ取ろうとしてくれるのです。

 国際交流の場で、彼らがわたしたちにいろいろと質問してくるとき、彼らは、わたしたちの答えを一個人の考えではなく、『日本人はそうなのだ。』ととらえることが多いです。(※3)

 要するに、けっきょくは、日本人としての教養がどれだけ育っているかが、大きな鍵になると思います。

 ですから、日本の初期英語教育に必要なのは、

○ 英語の音にふれること。
○ 外国人アレルギーを取り去ること。そのためには、外国人の教員とふれ合えること。
○ 常にネイティブによる英語での授業

『世の中には、外見や文化や言葉が違う人たちがいるのだ。』ということが分かるだけで、十分だと思います。

 そして、中学校・高校レベルでは、『いかに英語嫌いをなくすか。』ではないでしょうか。(※4)

 それよりも、正しい日本語を使える子どもをふやすことの方が、重要だと思います。

 日本語は、とてもむずかしく、すてきな言語です。

 世界中で、なぜ、英語が、ビジネス共通語として使われるか。それは、他の言語より簡単で、覚えやすいからなのだと思います。


 先日、夫(フランス人)の大学時代のアメリカ人の友人がパリに遊びに来てくれたとき、先の戦争について、真珠湾攻撃についてなど、話す機会がありました。アメリカ人と直接こういった話をしたのは初めてだったので、とても興味深く、お互いの意識の差を感じ、よい経験になりました。大学時代は、中国や韓国の子たちと、そういったことについて話す機会もありました。

 わたしがイギリスで出会った日本人のなかには、終戦記念日すら知らない、広島・長崎の原爆のことすら知らない人がいて、正直恥ずかしいと思いました。

 そういう常識を、ちゃんと学ぶこと、それこそが国際人をつくる基礎なのではないでしょうか。英語はあくまで手段であり、最終目的ではないと思います。(※5)


 わたしは、22歳まで、英語が話せませんでした。大学進学を決めてから勉強しなおし、今、英語のおかげで、世界中に友達ができ、世界観が大きく変わりました。

 日本政府の求める「国際人の養成」が、どのレベルを指しているのかは分かりませんが、ふつうに英語ができて、仕事ができるレベルであれば、(通訳や外交官レベルではないということ。)まずは、英語を嫌いになってしまう生徒を減らすこと、そして、日本を伝えられる子どもたちをつくることだと思います。



一回目のメールは以上です。それに対するわたしの返信は、

(※1)そうなのだ。今、むかしと違って、乳幼児とふれ合った経験がなく、いきなり親となってしまうケースが、圧倒的に多いのだよね。むかしは、中・高校生くらいであっても、甥、姪など、いくらも乳幼児がまわりにいて、ある一定の経験をつんでから、親になる。そ
ういうケースの方が多かったのだよね。
 だから、今は、あらかじめ育児教室のようなところへ通わないと、子育ての自信がないなどというケースが多い。そういう意味でも、今の子育ては、大変なのだろうね。

(※2)日本も、いよいよ、小学校から英語教育をするようになる。でも、現担任がやるのだから、どのくらい成果が上がるのか、疑問だよね。
 まあ、我が地域では、Aちゃんが小学生のころから、外国人講師が小学校へ来て、英会話を中心とした授業をするようになったけれど、それは年間、3〜5時間程度だった。今もそうだ。

(※3)まあ、この点は、フランス人にもいろいろいるように、日本人だっていろいろなのだということを分かってほしいよね。
 去年、Bさん(姪のご夫君)と話したとき、わたしが、『フランス人は、アジアで言えば、中国人と似ていて、自分たちが世界の中心と思う傾向があるのではないか。』と言ったら、彼は、それを認めていたよね。
 でも、わたしは、彼と話していて、彼の人柄は、謙虚な人という印象をもった。
 だから、フランスはこういう国というのはあったとしても、それを先入観で、個々のフランス人に当てはめてはいけないと思うのだよね。

(※4)そういう意味では、たとえ、年間3〜5時間程度であっても、外国人講師とふれ合えるのは、とてもいいことかもしれないね。少なくとも、今の我が地域の小学生は、外国人アレルギーは、かなりなくなっていると思える。
 英語嫌いは、これは、中学校からの問題だろうね。少なくとも小学校では、これからも書く学習はしないと思う。ゲーム、歌、簡単な工作などを通し、英語に親しむかたちをとると思う。
 あっ。そうか。全国レベルでは、ちょっとどうなるか分からないね。そうなることを切望するということだね。

(※5)ほんとう。残念だけれど、よく聞く話だよね。
 これは、公教育にも、けっこう責任があると思う。明治維新くらいまでやると、授業が終わってしまうってよく聞くものね。小学校はそのようなことはないのだけれどね。
 歴史に限らず、日本古来の芸術なども、よく勉強してほしいと思う。
 まあ、でも、これも、いろいろな日本人がいるということではないかな。そう理解してもらえれば、ありがたいのだけれど。


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 つい先ほど、「千の風になって」が、100万枚を突破したというニュースが流れました。クラシック歌手としては、日本で初めての記録とありました。

 でも、フランス在住のAちゃんは、やはり、この歌を知りませんでした。彼女からのメールで分かったのですが、

《さっそく、「千の風になって」を視聴し、その由来などもネットで検索してしまいました。
 日本ではかなり有名なようですが、私は全く知らなかったので、詩の内容に凄く驚き、また音楽の美しさに何度もYOU TUBEを聴いてしまいました。
 本当に、、、母が言いそうな気がします。特別なプレゼントとはこの事だったのですね。まさか歌が贈られて来るとは思いませんでした。ありがとうございました。》

とのことでした。ブログの記事にしてよかったです。

 それでは、今日も、1クリックをいただければ、ありがたく存じます。

(2)へ続く。

rve83253 at 12:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0)国際理解教育 | 英語の指導

2007年08月12日

わたしのいだく性善悪共有説について(2) 進化からの考察4

fc7ffa7a.JPG 今日の記事は、これまでの以下の記事とかかわります。まだお読みでなかったら、そちらにも目を通していただければ、幸いです。

       性善説と性悪説
       わたしのいだく性善悪共有説について(1)



 地球が誕生してから46億年。まだ地球が火の玉だったころに、生物は出現したという。
 そこから、進化の歴史が始まる。
 そして、いつのころからか、「食う・食われる」の関係が始まる。食物連鎖の法則である。生物ある限り、その宿命からのがれることはできない。

 はじめは、ただそこに浮遊するから、「食べる・食べられる」という関係だっただろう。まだ、感情の世界はない。
 そして、いつのころからか、食べられては大変だとばかり逃げたり、食べないと生きてはいけないから追いかけたりするようになる。しかし、これも、初期の段階では、本能によるだけで感情はなかったと思われる。

 約2億年前かな。恐竜が出現する。恐竜は、もはや感情のある動物のようだね。怒りとか、恐怖とか、喜びとか、そんな感情はあったと想像する。襲われば必死に逃げる。追う方も必死になって追う。けんかもする。仲良くもなる。

 この時代、我々の先祖の哺乳類は、えさになっていたことだろう。戦々恐々とし、おびえることが多かったに違いない。



 それでは、サルが人間に進化する過程で考えてみよう。

 ただ、「食べる・食べられる」だけではなくなった。
 サルとしての社会を形成するようになる。仲間と群れることから、「協力する・敵視する」という関係も始まる。行動様式の変化から、感情はだんだん複雑さをましていったに違いない。喜び、悲しみ、怒り、驚き、嫌悪、恐怖、楽しみ、あきらめ、哀れみ、うらみ、いとしみ、爽快感、満足感、連帯心などなど。

 社会を形成するようになると、協力するとたやすく獲物を獲得できることを知る。仲間と食べ物を分け合うことも知る。喜びを共有すると喜びが強まることも知るようになる。これらからは性善説の裏づけとなる感情の発達が感じられる。
 逆に、いつも獲物があるわけではない。飢えることも多かっただろう。『縄文時代の平均寿命は20歳』という推計もある。こうした面からは、少ない食べ物を奪い合う。自分さえよければいい。つまり、性悪説の裏づけとなる感情が発達する。

 わたしの考える共有論の根拠は、まさにここにある。



 さて、次に、このころの人々の感情と、現代人のそれと、どう関係づくのかについてだが、


 ある本で知ったが、生物の進化は、30万年単位だという。ところが、前述の縄文時代ですら、一番古くみても、約16,500年前からとされる。つまり、縄文よりはるかむかしから、わたしたちの感情、身体は、進化という意味では、変化がないわけだ。


 さあ、その証明になるかな。

 人間には、驚愕する事態が起きたとき、それは、恐怖、怒りの感情が湧き起こったときに多いのだが、瞬時に、身体の方が動いてしまっているということがあるだろう。考える余裕もなく行動してしまう。そして、その行動を後悔することも多い。

 これは、食うか食われるかという時代の名残なのだそうだ。つまり、不意に動物に遭遇したとき、ものすごい恐怖に襲われる。その場から逃げるか、逆にしとめるか、それは瞬時の決断でなければならない。

 このころ、人間は、思考力、判断力を手に入れていたはずだ。しかし、それにたよっていたのでは、決断するのに時間がかかる。とっさの間に合わない。
 こうして、とっくのむかしに尻尾はなくなったのに、動物的勘というものは、いつまでも残ることになる。
 そして、平常心に戻ると、つまり、それは、思考力、判断力の世界に戻るということなのだが、そうなると、後悔してしまうことも多いというわけだ。

 科学技術はものすごく進化(?)した。しかし、あいにく生物的な意味での進化の周期は30万年単位であるがために、わたしたちの感情、身体は、狩猟採集の時代の脳仕様のままなのだ。


 話を本論に戻す。とすれば、性善説、性悪説の『性』、つまり、生まれたときにもっているとされる『性』も、狩猟採取時代のままと言っていい。


 生まれたばかりの赤ちゃん。それは、眠っておっぱいを飲むだけだから、『性』も何もない。
 ああ。気が強そうとか、おとなしそうとか、そのくらいはあるか。

 でも、動き回るようになると、だんだん、善も悪も、こちらは何も教えていないのに、見せるようになる。それは、まさに、生物進化の歴史を、極めて短期間に示しているのであろう。もちろん、個人差はあるけれどね。

 

 最後に、性悪説、性善説は、基本的に論理矛盾があることを示しておきたい。

 人間が生来『悪』で、『善』は後の教育の力というのなら、最初の教育者は誰だったのだろう。まさか、『神』というわけではあるまい。

 そして、もうとっくのむかしに、人類は滅んでいたであろう。
 
 
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 性善説も同様のことが言えますね。この世に、最初に悪をなしたのは誰だったのでしょう。
 
 教育に携わる者は、これを客観的に把握しなければならないと考えます。善をどう見るか、悪をどう見るかが大切ということです。

 それについては、『性善説と性悪説』の記事で、すばらしいコメントをいただきました。再度掲載します。

 おそらく、教員2年目の方でしょう。にゃんこさんです。

『子どもが悪の行動をとっても、「できなくて当たり前、大丈夫」「仕方ない」と思えます。逆に子どもが善の行動をとったときは、それは当たり前のことではなく「すばらしいこと」と思うことができます。』(抜書きのため、一部、toshiが修正しました。)

 こうした人間観をもって、指導に当たることが大切ですね。

 なお、『性善説と性悪説』というホームページを見つけました。参考までにどうぞ。

 
 それでは、今日も、愛の(ちょっと、『善の』と言いたくもありましたが、遠慮しました。)1クリックを、よろしくお願いします。

rve83253 at 14:41|PermalinkComments(3)TrackBack(0)エッセイ 

2007年08月10日

妹の一周忌 千の風になって3

3af9c970.JPG 申し訳ありませんが、今日は教育にかかわる記事ではありません。ご覧いただければ幸いです。


 妹が亡くなって一年が経過した。昨日は、久しぶりに親族そろって、一周忌の法要を営んだ。


 思い起こせば、昨年の今ごろ、わたしは、人間ドックで、ホテルにいたのだった。そこへ、A(亡妹の次女)ちゃんから、涙ながらの電話が入った。覚悟していたとはいえ、あまりにも早くその日がやってきたことに、愕然としたのだった。

     平成18年8月9日  やすらかに、母の元へ
     平成18年8月13日 やすらかに、母の元へ(2)

 葬儀等のあわただしい日々が過ぎると、妹のことを思い浮かべることが多くなった。

 たとえば、

 わたしが子育てのあり方について考えていると、そこから、ふと、『ああ。妹の子育て観は、しっかりしていたなあ。』と思い出す。
 ある政治問題について、こうあるべきではないかと思ったときに、ふと、『妹にこんなことを言ったとき、妹はこう反論してきたな。』と思い出す。
 
 さらには、何かをしているときに、ふと、妹の面影が、まぶたに浮かぶこともあった。それは、近年のことだったり、ものすごくむかしの幼いころだったりした。

 妹の存在が、急に、わたしのなかで、大きくなったのだった。



 さて、

 一年がたち、見た目には、妹家族も、平穏な日々を取り戻したように見える。

 しかし、義弟は、なかなかそうもいかないようだ。法要後の挨拶では、また、涙ぐんでしまった。


 
 その間、家族にも変化があった。
 
 「B(長女)の赤ちゃんの顔を見るまでは、生きていなきゃ。」
そう言っていたのだが、その望みもかなわず、逝ってしまった。・・・が、昨日は、その亡妹の孫も元気な顔を見せてくれた。初対面のわたしにも、愛くるしい笑顔を見せてくれた。

 C(長男)夫婦の子は、2人とも小学生になった。ぐっと大きくなった。
 酷暑だったが、子どもというのはえらいものだ。暑そうなそぶりも見せず、はねまわったり、両親に甘えてすり寄ったりした。


 

 いつのころからだっただろうか。

 テレビで、『千の風になって』の澄んだ美しい声をよく聞くようになった。





    千の風になって 

       作詞・不詳  作曲 新井 満   日本語訳 新井 満


 わたしのお墓の前で 泣かないでください
 そこに私はいません 眠ってなんかいません
 千の風に
 千の風になって
 あの大きな空を
 吹きわたっています

 秋には光になって 畑にふりそそぐ
 冬はダイヤのように きらめく雪になる
 朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
 夜は星になって あなたを見守る

 わたしのお墓の前で 泣かないでください
 そこに私はいません 死んでなんかいません
 千の風に 千の風になって
 あの大きな空を
 吹きわたっています

 千の風に
 千の風になって
 あの 大きな空を
 吹きわたっています

 あの 大きな空を
 吹きわたっています





 これは、すごい歌だ。まるで妹が歌っているようではないか。

 妹の家族は、どんな気持ちでこの歌を聴いているだろう。


 妹のことを思い出すことがさらにふえた。この歌を聴くたびになった。


 聴きながら、想う。

 『まあ、お墓には、いません。』までは言わないかな。

 でも、それ以外は、みんな、妹が言いそうだな。なにしろ、自分の葬儀のことまで、家族に差配して逝ったのだものな。

 この歌が、家族を励ましてくれているだろうな。



 最近になって、遠いフランスに住んでいる、A(亡妹の次女)ちゃんから、メールが届くようになった。拙ブログを楽しみにしているとのこと。うれしくて、なつかしい思いがした。
 と同時に、元気に過ごしているようで、よかった。



 そうだった。

 Aちゃんの結婚と、妹の死は、ほとんど時期がかさなってしまった。

 フランスでの挙式。

 喜びもつかの間、その写真を手に、あわただしく帰国したAちゃん。

 豊かなヨーロッパの田園風景。映画で見るような家並み。そこに集まる、多くの祝福の笑顔。日本人の顔も少なからずあった。そのなかでの、新郎新婦の喜び。

 そうした写真を、妹はうれしそうに眺めていた。

 


 そうか。今、Aちゃんのところにも、この歌はとどいているだろうな。


 そうだよ。Aちゃん。

 お母さんは、千の風になって、遠いフランスまで吹きわたり、きっと、Aちゃんのほほも、なでているよ。


 今、遠いフランスの地から、亡母の一周忌に、思いをはせていることだろう。


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 今日は、教育に関係のない、私事におつき合いくださり、ありがとうございました。
 それにしても、この、ブログやメールも、『千の風』に似てなくもないですね。瞬時に、フランスへも、とんで行きます。
 
 なお、秋川雅史さんの歌にリンクしましょう。
  千の風になって - 秋川雅史
    
それでは、今日も、上記2つのバナーに、1クリック、お願いできますか。それから、歌を聴いてね。

rve83253 at 09:12|PermalinkComments(4)TrackBack(1)エッセイ 

2007年08月08日

わたしのいだく性善悪共有説について(1)4

20d8f4a9.JPG 今回は、生物、特に人間の進化の面から、わたしが考えた『性善悪共有説』を記事にしようと思っていたが、前記事に対していただいたコメントに、強い感動の思いを持ったので、今日は、それを記事にさせていただきたい。(『進化〜』は、また、後日にさせていただきます。)

 若い人たちからいただいたコメントを読ませていただいて、『善』『悪』の見方への共感の念がわき起こったし、すごいなと思う点もあった。


 まず、くるみさんのコメント、

《よい面を引き出すのも、悪い面を律し、乗り越え、コントロールできるようにサポートするのは、大人次第だなあと思うのです。〜、子どものせいにしない、でも、毅然とした優しさをもった大人になるには、やはり、善も悪も受け入れ、包める大きな心が必要だなあと思います。》 

 また、にゃんこさんのコメント、

《もともとが悪なのであれば、子どもが失敗をおかしても、「できなくて当たり前、大丈夫」「仕方ない」と思えるからです。逆に子どもが善の行動をとったときは、それは当たり前のことではなく「すばらしいこと」と思うことができます。》

 どちらも、わたしが思っていることを、あらためて、再確認させてもらった。特に、『悪』の見方など、わたしにとっては、若いときからの試行錯誤を経て獲得した概念だったから、今の若い人たちが、自然にこういう見方を身につけている点について、『すごいな。』と思ったしだいである。
 また、純で、いきいきはつらつとした教育観、指導観をもたれていることに、あらためて、敬意を表したくなった。ありがとうございます。

 さらに、ベアさんのコメントは、今まさに、子育ての真っ只中。その生々しい思いを端的な言葉で表現してくださった。こちらも、ありがとうございます。


 そう。こうした前向きな感覚をもてるかどうかは、とても大事なのだよね。

 それについては、keiさんがおっしゃっている。
《ベースになる子ども観が定まると、授業のあり方も変わってき》たということになるのだ。


 
 それで思い出したのだが、わたしは、すでに、何度か、初任者の成長、自己改革について記事にしている。これらは、性善説の考え方に根ざすものと言ってよいだろう。
 すでに、お読みいただいていると思うが、再度目を通していただけたらと思い、リンクさせていただきたい。

 中学校初任者の自己変革

 『初任者の成長(1)(2)

 これらの実践は、いずれも、子どもの伸びる可能性に信頼をおく方向で、指導する側が自らを変えていった事例だ。
 
 そして、次は、自分自身の実践で、いささか、おもはゆいが、わたしが、『性善悪共有説』をいだいたのち、『悪』の部分をどう見るようになったか、『悪』の部分にどう対応したか、それは、子ども自らが自分の『悪』の部分を克服しようとする実践なのだが、それを例示させていただきたい。

   Aさんは悪くない。



 さて、話を本論に戻すが、

 わたしは、前記事において、若いとき抱いていた『性悪説』にくみする思い、そして、その後、『性善悪共有説』を抱くに至った経過を簡単に述べた。

 ただ、『悪』の見方がどう変わったかは、まったく述べていなかったと思うので、それにふれたい。とは言っても、もう、前記、コメントを入れてくださった方が書いてくださっているのだけれどね。
 

 
 一口で言えば、性悪説を抱いていた時代は、『悪』を、未熟な子どもの姿ととらえ、指導する側がそれを正しく導いていくというようにとらえていた。


 しかし、共有説をいだいてから、それは、


○人間の弱さとして共感できるもの、

○子どもと指導する側が、ともに、『悪』を克服しようとして努力する姿勢、

○『悪』のなかにも、『善』の要素は見られるものだなという発見、

○世間的には『悪』と見られるものであっても、その子の内面を知ると、『悪』とはとても言えないという見方の広がりなどなど。


 こういう姿勢で、子どもに臨むようになった。

 子どもは安心感をいだくようになったのであろう。『正直』『思いやり』『明朗』『反省』などの言動を、内面から見せるようになった。表情も、大きく変わってきた。

 わたしは、子どもとの一体感をいだけるようになり、学級経営が楽しく、充実感でいっぱいになった。

   
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 記事とはちょっと違った話になりますが、
 
 前記事にコメントをくださったkeiさんのブログ、『はーと&はーと 2007』を推奨するブログを見つけました。
   ガッコーの教育 わが子のきょーいく です。
 わたしも、keiさんの実践には、ほれ込んでいます。どうぞ、のぞいてみてください。
 ああ。もちろん、『ガッコーの教育 わが子のきょーいく』も、明るくほのぼのとしたブログですよ。こちらもぜひ。

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rve83253 at 15:10|PermalinkComments(2)TrackBack(0)教育観 | 指導観

2007年08月06日

性善説と性悪説4

9fae4b23.JPG わたしの初任者時代だった。

 今となっては、どうしてその呑み会に、わたしが同席させてもらったのか、分からない。

 わたしは、当時、もちろん20代。

 そんなわたしが、・・・、わたしの勤務する学校の校長と、もう一人は、たぶんその校長とお友達だったと思うのだが、ある警察署長さんとの呑み会に、同席させていただいた。つごう、三人の呑み会だった。


 署長さんは言う。

「人間は、きちんと教育しないと、何をするか分からない。みんな、生まれつき欲望の固まりだ。自分さえよければいいと思っている。だからこそ、理性とか自制心とか、しっかり学校で教えてもらわなければならない。教育の重要さも、そこにあるのではないか。」

 それに対し、我が校長は、
「いいや。人間は、生まれつき自ら伸びようとする力をもっている。赤ちゃんの成長など、その典型だ。親の愛によって、どんどん自分の力で伸びていくではないか。教育はその自ら伸びようとする気持ちを支えてやればいい。そこにこそ、指導の意味がある。」

「そんな甘いことを言っているから、社会不安になる。」(署長)
「そんな人間を信じられないような見方をするから、社会不安になる。」(校長)

 
 わたしは、もちろん、黙って聞いていた。


 後日、校長はわたしに言った。
「いやあ。先日はおもしろかったなあ。長年、同一の職業についていると、人間観まで影響を与えるのだということが、よく分かったよ。」
「はい。人間とはどういうものか、校長先生と署長さんとでは、おっしゃることがまったく違うので、驚きましたが、でも、わたしは、どちらも人間の一側面をおっしゃっていて、どちらも正しいのではないかと思いました。人間はどうしても、善悪、両面ありますよね。」


 校長の手前そう言ったが、当時のわたしは、どちらかと言えば、署長さんに共感する部分の方が大きかった。

 
 授業をしていて感じたのは、・・・、

 こちらが引っ張ろうとしないと、ほとんどの子どもは自らやろうとはしない。
(いや。誤解のないように言うが、生活面では、けっこう子どもの思いを大切にしていたから、それなりに、子どもの自主性は育っていたと思う。でも、授業では、多分に、子どもを、受身の姿勢に追い込んでいた。申し訳なかったと思っている。)

 それに、保護者だって、『先生。宿題をいっぱい出してください。そうでないと、うちの子は、まったく勉強しようとしないのです。』そういう声は多かった。

 校長が、『自ら伸びようとする存在』と言ったって、赤ん坊のころはともかくとして、もう小学生くらいになれば、『楽をしたい。』『やらないですむものならやりたくない。』そんな思いが強いように思えたのだ。



 当時のわたしの授業観。子ども観と言ってもいいかもしれない。

 わたしは、『授業を受けることなど、楽しいわけがない。いやいや仕方なしに受けるものだ。』そう思っていた。


 今思うに、いかに教え込み、つめこみ授業の時代だったかが分かる。

 自分は、子ども時代、少なくとも、小学校では、充実した授業を受けていたから、できるだけ考える授業をおし進めたいとは思ったが、いかんせん、まだまだ、未熟だった。

 だから、『少しでも、子どもの気分を浮き立たせてやりたい。学校って楽しいと思ってもらえるようにしたい。そのためには、休み時間や放課後、子どもと遊ぶことだ。』そう思っていた。
 事実、休み時間はもちろんだが、土曜日の午後と言えば、だいたい子どもと遊んでいた。中学を受験する子の多い学校だったが、いつも3分の2以上の子は、遊びに来ていた。


 その後、30代の修行時代を経て、『授業をいかに充実したものにするか。子どもが学習せずにはいられないと思うような授業にするか。』
 そういうことを考え、努力、研究するにつれ、『子どもは自ら学習する存在。』ということが信じられるようになった。

 そうだ。指導する側が、『授業なんて楽しいわけがない。』『宿題を出さなければ学習しない。』そう思っていれば、そういう実践しかしないから、あるいは、できないから、その通りの子どもになっていく。それに対し、指導する側が自己改革すれば、自ら学ぶ子どもになっていくのだ。

 ちょっとストレートに言い過ぎた。まあ、現実は、それほど簡単に言い切れるものでないことは確かだ。そして、だからこそ、修行時代の苦しみもあったのだが、基本的にはそういうことだ。

 つまり、教育者が性悪説を信奉している限り、教え込もうとするし、強制しようとするし、枠にはめようとする。それでは、『自ら学ぶ子ども』になっていくのには、あまりにも制約が多くなってしまう。

 性善説を信頼できるということ。そして、そこに立脚した実践に励むことができるということ。それは、教員の側の、愛、情熱、信頼、研究意欲に裏打ちされた実践なのだが、そうであれば、自立した、また、自律できる人間が育っていく。そう思えるようになった。


 その後、また、思いが変わる。人間というか、生物の進化についていろいろ考えた結果、性善悪共有説とも言うべき思いをもつようになった。

 しかし、それによって、教員の側の、愛、情熱、信頼、研究意欲には、いささかの変化もなかったことは、特に申し上げたい。


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 最後に、当たり前のことですが、お断りを。

 わたしは、警察勤務の方は、みんな、性悪説とは思っていませんから、念のため。 事実、わたしも校長時代、警察の方とのお付き合いはありましたが、そうでない事例はいくらも経験しました。

 また、性善説を信奉する教育観の具体例としては、『子どもの見方が変わるかな』シリーズをご参照ください。

 なお、生物、人間の進化から、何を考えたかは、近いうち記事にさせていただきます。

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rve83253 at 14:15|PermalinkComments(22)TrackBack(0)教育観 | 児童観

2007年08月04日

教室訪問(2)4

fe6c8466.JPG
 今日の記事は、ちょっととりとめのない、エッセイ風になってしまうことをお許しいただきたい。


 わたしは、今、初任者の教室に入るとき、必ず礼をして入る。

 失礼するときも、必ず礼をしてから失礼するようにしている。(あれ。変な言い回しになってしまった。でも、意とするところは、理解していただけますね。)


 あるとき、子どもから聞かれたことがある。
「toshi先生は、どうして、教室に入ったり出たりするとき、礼をするの。」
「それはね。みんながいっしょうけんめい勉強しているところだからだよ。」

 すると、別な子が、
「そうだよね。おすもうさんが、入場するときも退場するときも、土俵に向かって礼をするでしょう。あれと同じだよね。」

 なるほど。そう言えばそうだ。野球の選手だって、球場に向かって礼をするよね。


 わたしは思う。それは、担任と子どもたちとの真剣勝負の場だからだ。価値あるものを求め、真理を追求する場ということもできる。

 そこに敬意を表する。


 教室に入らないまでも、廊下を回っていて、気づくことがある。

「ああ。あの教室は、いつ通っても、担任の声しか聞こえてこないな。子どもは一方的に話を聞かされるばかりだ。あれでは、『子どもが生きている。』とは言えない。」
 そういう教室に入るときも、子どもに罪はないのだから礼はするけれど、でも、上記趣旨からして、礼をする気持ちが失せるのは確かだ。
 
 ああ。そういう教員に対しては、折々に、指導はしますよ。



 さて、話は変わる。

 あるとき、我が地域の、ある先輩が校長の学校へ、ときの総理大臣が視察に訪れたことがある。その方は、支持率一ケタ台の総理大臣だったが、その先輩校長は、視察後、大変尊敬していらした。
「あれは、多分に、マスコミがつくり上げた虚像でしょう。お会いしてみると、とってもすばらしい方だったわ。」
とのことだった。


 授業中の教室をまわった。

 しかし、一瞬、教室へ入るのをちゅうちょされたそうである。そして、校長に尋ねた。
「子どもたちがこんなに真剣に学習している場へ、入ってもいいものかね。」

 校長は笑顔で、手で、『どうぞ。』と会釈。首相は、子どもたちと担任のやり取りを邪魔しないように、おつきの者は廊下で待たせ、自分だけで、そおっと入ったという。
 そのとき、礼をしたかどうかは聞かなかったが、そういう心もちであったことは間違いないだろう。

 子どもたちもすばらしかった。総理大臣が入ってくるというのに、後ろには影響されず、ふだんどおり、授業を進めたという。



 給食も子どもたちとともに召し上がったようだ。

 5年生の子どもが質問した。
「総理大臣て、どういう仕事をしているのですか。」

 その先輩校長も、首相がどう答えるか、興味津々だったようだ。

「総理大臣というのはね。どうしたら日本人みんなが幸せになるか、それをいっしょうけんめい考えるのが仕事なのだよ。」

 これはすごい。なるほど。そうか。

 それは、考え方はいろいろあるから、ある人が幸せと考えることを他の人も幸せと考えるかどうかは分からない。それはそうだが、でも、相手が小学生ということを考慮においたとき、これは、名回答ではないか。そう思った。

 子どもとも、気さくに話されたようである。


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 この首相の答えは、わたしたち、校長の仕事にも通用しますね。(あっ。いけない。わたしはもう、退職したのでした。)

 この首相の人柄を示す話はまだまだありましたが、それは多分にプライバシーにかかわるので、割愛させていただきました。

 今の総理大臣も、大敗したところではありますが、この精神でがんばってほしいものです。

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rve83253 at 12:50|PermalinkComments(2)TrackBack(0)エッセイ | 自己啓発

2007年08月01日

参院選に思う。4

8950f040.JPG 与野党の大逆転で終わった今回の参院選。世の中がかなり変わりそうだとの予感あり。

 しかし、あれだけ騒がれた教育のテーマは、年金、政治と金、閣僚等の不適切発言の陰に隠れ、争点とならなかった感あり。

 はっきり言って、教育の地方分権化、教員の増員以外は、どう変わるのか、よく分からないのだ。

 だから、勝手に想像してみる。こうなればいいなという、期待をこめて。



 と言いながら、ごめんなさい。ちょっとだけ、教育の話題からはなれてみる。

 野党も、参院で多数派となり、責任政党としての存在感をアッピールしているようだ。なかでも、テロ対策特別措置法には反対、財政のムダのあぶり出し、政治資金規正の強化、天下りの根絶などを主張しており、これは、成果が期待できそうだ。いや。成果をあげてほしい。

 一例だが、財政のムダなど、談合、特殊法人の問題など、しっかりあぶりだせば、国民が驚くほどの巨額になるだろう。おそらく増税の必要はなくなるくらいではないかと、わたしは思っている。



 とすれば、だ。

 今のところ教育に関し、分からないことが多いのだけれど、少なくとも緊急にやってほしいことがある。

 それは、学力の一部しか測れない学力テストなのに、それを最大限重視する政策は、即刻やめてほしいということだ。このようなもので学校予算を決定しようとしたり、学校を序列化しようとしたりするのは、将来の国民をおかしくするもとだし、国の進路を誤る。

 だって、学習指導要領には、『生きる力』『自立への基礎を養う。』『人間として調和のとれた育成』『人間尊重の精神』『生命に対する畏敬の念』『平和的な国際社会に貢献し未来を拓く主体性のある日本人を育成』と立派なことが書いてあるのだもの。その方向で、素直にやってくれればいいのだ。

 みんな、ぺーパーテストでは測れないものばかりでしょう。



 わたしは、競争社会をむげに否定しようとは思わない。正しい競争なら大いにけっこうだ。

 すなわち、子どもの学ぶ意欲を盛り上げるための政策を最大限重視してほしい。学力低下以前に、今、問題なのは、学ぶ意欲の低下なのだ。
 だから、いかに子どもをやる気にさせるか、子どもの目を輝かせるか、そうした教育を保障する政策を大事にしてほしい。

 目を輝かせるような教材の発掘、いきいきとした授業の創造など、指導法の確立。そういった観点で学校を評価してほしいのだ。

 そのための学力テストなら賛成である。つまり、数ある評価法のなかの一つとしての学力テストの位置づけである。


 上記、あきらかになっている政策の方向性から、やってくれるのではないかと、期待をこめて述べたが、どうかな。淡い、淡い期待になってしまうかな。

 いや。そうはなってほしくはないな。しっかり見守っていきたい。


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 『目の輝き』とは言っても、子どもの判断力を奪い、一方的に信じ込ませた上での、『目の輝き』というのではダメですよ。
 子どもを、学校生活の上での主体者とし、子どもの自立を促す方向での『目の輝き』でなければなりません。

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