2005年12月23日

心の教育(3)

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 心の教育と言いながら、今回は、子どもが登場しない。あらかじめ、お断りしておきたい。
 
 わたしは、教務主任を1年だけ務めたが、そのときのこと。
 
 交通安全教室が行われた後だったか、校庭に円錐形のカラーコーンがいくつも置かれていた。『しょうがないな。係は片付けないのかな。』と気にしながらも、そのままでいたら、雨が降ってきた。すると、気が楽になった。『雨か。それなら、校庭の体育はないし、やんだら片付けるだろう。』そんな意識だったと思う。
 
 それから、雨はやむことがなかった。次の日も。そしてその次の日も。カラーコーンも相変わらず置かれたまま。
 3日目は豪雨だった。そのせいもあり、ますますカラーコーンは気にならなくなった。
 
 そんなときだ。かさをさしてもずぶぬれになりながら、なんと、教頭先生が片付け始めた。わたしは、教務主任とは言いながらも学級担任でもあったので、そのとき教室にいたが、教頭先生に申し訳ないと思い、職員室に戻った。
 するとすぐ、校長先生に呼ばれた。
「toshiさん。ああいうことを、教頭先生にやらせてはだめだな。先生が責任もって、係に指示するにしろ、自分で片付けるにしろ、何とかするべきだろう。」
 心にしみた。教頭先生にはお詫びしたが、
「雨がやんだら片付けるつもりだったのでしょう。ここのところ長雨だからね。」
と理解を示してくれた。
 
 ところで、この校長は、叱るのも激しいが、必ずフォローがあり、職員のことをよく理解してくれていた。口うるさい職員も、校長に叱られると、舌を出し、
「ああ。また、叱られちゃった。明日から、がんばらなくっちゃ。」
というくらい、校長を皆が慕っていた。
 
 このときのわたしも、同じ心境だった。そして、案の定、放課後また呼ばれた。
「toshiさん。この提案資料、ご苦労さん。大変な労作だな。〜。」
あとは、資料について、簡単な講評があったが、最後に付け加えて、
「toshiさん。さっきのことだけれど、『心の教育』を標榜する者は、自らも心を示さないとな。」
 ああ。胸にしみた。ほんとうにそうだ。
 
 自ら心を示していないつもりはなかったが、このときは、ちょっと甘えがあったとしか言いようがない。
 
 今、思う。心の教育を標榜する者は、自らにきびしくないと、その教育は成功しない。


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  (4)へ続く。


rve83253 at 22:01│Comments(0)TrackBack(0)学校管理職 | 自己啓発

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