2005年12月26日

通知表をめぐって3

86e6ff1f.jpg この時期、『やっぱりなあ。』と思ったのだが、『通知表』についてのブログが多い。先生の立場から、また、保護者の立場から、双方あいまって、百花繚乱(ちょっとオーバーかな。)といった感じだ。

 それで、わたしも、ちょっと遅くなったきらいはあるが、現職のとき、感じていたことを書いてみたい。
 
 また、『所変われば品変わる。』というが、長年現場にいたわたしですら驚くようなブログもあったので、そのことにもふれてみたい。


 と申しておきながら、

 いきなり、まったく違う話題をとり上げさせていただく。すみません。


 今、フィギュアスケートの全日本選手権が行われているが、一昨日、悲劇の一位となった織田信成さんについて、

 初めて彼をテレビで見たとき、『あらあっ。』と強く感じたことがあった。

 それは、彼は、織田信長の17代目の子孫とのことだが、あの有名な織田信長の肖像画にそっくりだったことである。そう思ったのは、わたしだけだろうか。

 そのことに、えらく感動してしまった。

 また、あれは肖像画だから、だれだかは知らないが、描いた画家がいるはず。その画家の腕の確かさも感じてしまった。


 ところで、あの肖像画は、誰が何と言おうと、その画家の作品だ。断じて信長ではない。信長の風貌、個性、そういったものをはじめとして、その画家なりに感じ取ったものを、そのまま絵に表したに違いない。その画家がいかに信長を熟知していたかということまで、今回のスケート選手権で、感じさせてもらった。



 さて。お待たせしました。

 通知表の話に戻る。

 わたしが言いたいのは、通知表は、子ども一人一人のことを書いているようでいて、実は、各学級担任の、『作品』であるということだ。

 いい加減に子どもを見ていたら、いい加減にしか書けない。

 それに対し、じっくり記録をとりながら、その記録を読み返し読み返し、成長のあとをたどれば、そこから、成長が具体的にみえてくるだろう。そうした通知表は、きっとすばらしい『作品』になるに違いない。


 『作品』と思う理由はまだある。

 『通知表』は、あくまで担任が見た、子ども一人一人の姿であるということだ。

 そこにうそがあるわけはないが、だからといって、その子の真の姿を書き表しているとも言えない。いくら、『感動した。』といっても、信長の絵はあくまで絵であり、信長そのものではないのと同じだ。

 あくまで、担任の『解釈』の問題なのである。


 保護者の方のブログを読むと、『今の通知表は、親の知りたいことに応えていない。』という声が多い。それは、よく言われることだが、『今の通知表は、子どものよくないこと、欠点は書かない。』とされていることにつながる。

 でも、わたしは、その考えに半分の理解は示しながらも、留保を付けたい。というのは、あくまで、『通知表』は、明日の子どもの成長に役立つものであるように、そして、子どもが自信をもてるように、さらには、励みとなるようにという願いをもって作成するものだからだ。

 そこには、互いの信頼関係がほしいし、また、信頼関係の構築に役立つものであってほしいのだ。


 早い話が、『うちの担任の先生は、こんなにも子どものことをよく見てくれるのか。』と、親が感動の思いで『通知表』を見てくれれば、『子どものよくないこと、欠点』を書いても、それは信頼関係の構築に役立つはずだ。

 逆に、いい加減であれば、いかにいいことしか書かなくても、信頼関係の構築には役立たない。


 そういう目で、『通知表』をみたとき、管理職としては、各担任の信頼関係構築はうまくいっているのかという点を第一に、そして、『通知表』の表記に、細かな神経が行き届いているか、温かみがあるかという点を第二に心にとめながら、みるようにしていた。
 『通知表』が返されるときは保護者の声も記入されているから、それは大いに参考にさせてもらった。

 それと、評定が、絶対評価で行われていることにも、分かりにくいとされる一つの原因があるだろう。それも3段階だから、大雑把にみえてしまうのだろう。そこで、繰り返しになるが、所見欄などの文章が、それを補ってあまりあるかが問われることになる。


 最後にブログを読ませていただいて驚いたこと。

 管理職が、担任の文章を、担任の思いが伝わらなくなるほど、直してしまうという記事があった。

 正直のところ信じられない。わたしにしてみれば、各担任の作品なのだから、それはないだろうというのが実感だ。


 もとより、何かあったときの責任は管理職が負う。

 それはそうなのだが、子ども一人一人を実際、『通信表』を書くレベルで把握しているのは、各担任だ。断じて管理職ではない。そこは、管理職としては、各担任を信じるしかないではないか。

 『指導力不足教員』とはまた別の次元の話だと思う。


 指導するのはいい。しかし、わたしの場合、それは次の『通信表』作成の際、よりよい『作品』にしてもらいたいからであった。


 少し例を上げる。

 『Aさんなりの成長が見られました。』を頻発する教員がいた。それに対しわたしは、『これでは保護者の方はよく分からないだろう。どういう成長なのか具体的に書いてほしい。』と言った。『すぐ直して。』という気持ちも本音としてはあったが、物理的に無理なので、『次回は是非そうして。』と言って済ませた。

 また、これは、相対評価のときのことだが、

 『パーセントを大幅に超えたり、逆に少なかったりしたときは、資料を管理職に見せるように。』と言っていた。

 一度だけ、資料提出を求めたことがあった。


 保護者からクレーム(?)をつけられたこともあった。納得できたので、担任を呼び共に保護者の声を聞いた。『次回からは、期待に応えられる通信表にする。』ということで、お詫びの気持ちを伝えた。

 逆に、感謝やおほめの言葉をいただいて、それを担任に伝えたこともあった。


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rve83253 at 00:41│Comments(23)TrackBack(7)評価観 | 教員の指導力

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この記事へのコメント

1. Posted by MIE   2005年12月26日 09:55
私も織田信成君は信長の肖像画にそっくり!と思って驚いてました。何百年も経っているのに、こんなに似ているなんてすごいですよね。
うちの子達はまだ就学前なので通信簿とは無縁ですが、もらう立場になった時、先生がわが子のことをよく見てくれているなと思えたらとっても嬉しいと思いますし、そういう先生から何か欠点を指摘されても、それは親の方でも思い当たるようなことだったりするような気がします。
2. Posted by NANA   2005年12月26日 13:50
トラックバックありがとうございました。

娘がお世話になっている学校の『連絡表』には、保護者の記入欄はありませんでした。
そういえば…?私の頃はあったかなあ?あったような気もするし…?なかったような気もするし…?
不真面目だったので覚えていないのでしょう。。。

toshi先生の通知表は、作品。と言うお考えは、私にとってはわかりやすいように思います。

私の方も続きをがんばって書いていこうと思います。
3. Posted by toshi   2005年12月27日 03:27
MIEさん。いつもコメント、有難うございます。基本的には、教員は、子どもをよく見ているつもりでいるのです。しかし、保護者からみれば、いろいろになってしまうのですね。
 学校管理職としては、隔靴掻痒の観はありますが、その辺を長い目で見ながらも、しっかり指導したいものだと思います。
 記事に書き忘れましたが、学校の先生が書く素晴しい所見を、全教員に公開するなどということもしました。
4. Posted by toshi   2005年12月27日 03:38
NANAさん。いつも楽しい子育てブログを拝見しています。
 私が勤務した学校で、保護者記入欄がない学校は経験したことがないので、正直、驚きました。記事にも書きましたが、管理職が、保護者と担任との信頼関係をつかむ上で頼りになったものですから。
 少なくとも、NANAさんの場合は、ばっちりのようですね。よかったです。担任の当たり外れ、これは、人間がやっている以上、また、人間同士の関係である以上、ありますね。認めざるをえません。
 
5. Posted by toshi   2005年12月27日 03:40
 お互いの合意の上で成立したはずの夫婦関係だって、曽野綾子さんに言わせれば、運だそうですよ。
 まして、学級担任の場合は、まったくの運ですものね。ただまあ、大体は1年間の関係な訳ですけれども。
 長い目で見れば、合う、合わないも含め、いろいろなタイプの先生に受け持ってもらえた方が、人生勉強という面では幸せと思いますが、合わないと感じたら、そのときはそんなのんびりしたことを言っていられないことも分かりますが。
 すみません。取りとめのない文になってしまいました。
6. Posted by hirarin   2005年12月27日 04:06
通知表は「作品」なんですよね。納得です。
信頼できる子どもとの人間関係作りができていれば、その「作品」は信頼されるものになっていくんでしょうね。
所見欄を書くたびに「何でこんなに子どもを見ていなかったんだろう」と反省しています。
3学期またがんばりますよ!
7. Posted by NANA   2005年12月27日 06:58
おはようございます。
取り留めのない部分?のところ。
実はわたしも全く同じ事を考えていました。
わが家ははっきりと核家族!で、娘は一人っ子。大勢の姉妹に囲まれて育った私が持っている財産が娘にはありません。
家にいる時間をたくさんとって大事にしてやりたい気持ちは山々ですが…。たくさんの人々に触れられる外で学んできてもらう以外にないものがたくさんあります。
8. Posted by hal   2005年12月27日 19:34
トラックバックさせていただきました。
またわたしのブログにコメントいただき、ありがとうございます。教師は何枚も書きますが、子どもにとってはたった1枚の通知表。「子どもにとってはたった一回」に書いた“ほめる”ことと同じように大切にしていきたいと思います。
9. Posted by HIRO   2005年12月27日 21:57
新任教師のHIROです。楽しく拝読しています。
「通知票は『作品』である」との捉え方、なるほどな〜と思いました。
素敵な作品を子どもと一緒に描いていきたいです。

ちなみに指導教諭に、所見の下書きを見せたら「20年選手でもなかなか書けない位よく書けている」と褒めて頂きました。
新任は、先輩や指導教諭に見てもらい、評価されるので幸せです。
将来、「評価されなくなると腐らないかなぁ〜」と少しばかり不安もあります。
子どもと一緒で「通知票」が欲しいです♪
その時は、厳しい評価でなく、「良い作品」としての通知票が嬉しいです♪
10. Posted by toshi   2005年12月28日 00:34
hirarin先生。コメントありがとうございました。お子さんのこと。大雪のこと、大変だと思います。でも、三倍大変だけれど、三倍以上の楽しみというのは、すばらしいと思いました。
 どうぞ、よいお年を。
11. Posted by toshi   2005年12月28日 00:39
NANAさん。お嬢さんは、『人付き合い、大好き』というように育っていくのではないでしょうか。そのように思います。一人っ子、関係ありません。ご両親の包み込むような愛情を感じます。
12. Posted by toshi   2005年12月28日 00:42
hal先生。TBありがとうございました。先生の子どもを『ほめる』記事、素敵でした。わたし、『初任者HP』の学級経営・児童理解編に書いたように、子どもをどんどんほめて育ててやってほしいと思っています。
13. Posted by toshi   2005年12月28日 00:49
HIRO先生。コメントありがとうございました。わたしと同じ指導教員の方から、すばらしいコメントをいただきましたね。最高ではないですか。
 先生のブログ、「愛情表現」も素敵です。男性はこういうの、苦手とする人が多いのですが、自然体でできるということは、子どもも幸せなことだと思います。がんばってくださいね。
14. Posted by うさなまけ   2005年12月28日 09:25
通知票は「作品」ですか。。。今まで全くそうは思っていませんでした。なるほど,フムフム・・・

通知票の直しの件ですが,うちの学校でも1年目の先生が思い切り直され,泣いていました。(直された上,きつい言葉もかけられたらしい)自分なりに一生懸命書いたらしいのです。
そして,「通知票には校長印をおすんだから」とも言われていました。
となると,担任の作品とはならないよなとも思いました。
15. Posted by こだま   2005年12月28日 10:37
Toshi先生、TBありがとうございました!

なるほど、通知表は「作品」なのですね。コメント欄は、子どもを通した、担任の先生の自己表現の場という見方をすれば、十分うなずけますね。

私的な意見なのですが、科目別の微細にいたる観点別項目欄(現実問題として、クラス全員、ひとりひとり、あの多くの観点で正確に評価できるとは思えません。)を思い切って廃止して、もっとコメント欄を充実して頂けたらと保護者の立場から思います。
16. Posted by toshi   2005年12月29日 06:47
うさなまけ先生。コメント、ありがとうございました。
 管理職による通知表の直しは、ほんとうに多いようですね。驚きです。
 わたしとしては、子ども一人一人を把握しているのは担任なのだから、そこは担任を信じるしかないというのが、基本的な立場でした。
 わたしが直す視点として、本文記事に書き忘れたことに、『教育専門用語はさけてほしい。』というのがありました。保護者は分かりませんからね。
 これからもよろしくお願いしますね。
17. Posted by toshi   2005年12月29日 07:12
こだま先生。いつもありがとうございます。私的なご意見とおっしゃいましたが、よく分かります。わたし、現職のとき、所見欄の充実を願い、校内教員の通知表からすてきなコメントを選び、文例集を出したこともありました。若い教員ほど学ぼうとしていましたね。『保護者との信頼関係を築くうえで、大事な大事な仕事です。』と訴え続けました。
 話は変わりますが、通知表をパソコン作成する学校もぼちぼちふえているようです。
 わたし、基本的に賛成です。学期末に一気に手書き作成というのはほんとうに大変なのです。パソコンなら、ふだんから打ち込んでおけば、学期末は直したり、付け足したりするだけで済みますものね。コメント欄も充実するのではないかと思います。
  
18. Posted by toshi   2005年12月29日 07:22
また、観点別についてですが、これも、おっしゃることはよく分かります。しかし、通知表をどうするかについては学校が決められるものの、そのおおもとの学習指導要録は、国によって作成が義務付けられています。現実問題として、通知表はそれに準拠しているケースが圧倒的に多いのです。ですから、《クラス全員、ひとりひとり、あの多くの観点で正確に評価できるとは思えません。》も分かるのですが、そのなかでベストを尽くすしかないのが現実です。
19. Posted by NANA   2005年12月30日 10:07
私の方の記事が…
取り合えず完結いたしました。
恐縮ですが、トラックバックさせていただきました。

もし?よろしければ?
なぜ?なんのために?
通知表があるのか?の説明から入っていただけると、ありがたいと思っています。
20. Posted by toshi   2005年12月30日 15:38
NANAさん。TB、コメント、ありがとうございます。NANAさんのブログにも、書き込みをさせていただきました。
 《もし?よろしければ?なぜ?なんのために?通知表があるのか?の説明から入っていただけると、ありがたいと思っています。》とのこと。
 考えたこともなかったので、むずかしいなあ。
 通知表は、担任の作品と考えているわたしの想いから言わせてもらえれば、子どもの励みのため、自己肯定感をもってほしいため、そして、保護者との信頼関係の構築のためにあるのでしょう。
  
21. Posted by toshi   2005年12月30日 15:39
ただ、通知表単独でそれらをねらうのは無理な話で、通知表は、担任の日ごろの学級経営の成果の反映であり、それ以上でも以下でもないのです。つまり、ほんとうの作品は、『日ごろの学級経営』なのです。『日ごろの学級経営』が具体的に表現されたものが、通知表といえるのではないでしょうか。
 しかし、その手段は通知表だけということはなく、個人懇談、家庭訪問、授業参観など、いろいろあるのですから、それらをひっくるめてとらえていただければと思います。
 また、日ごろ学校へ来ないと思われる父親にとっては、学校理解、子ども理解のうえで、有力で唯一の(?)手がかりになるものでしょう。

 なんか、理想論的に書いてしまいましたかね。なんか、うちの子の通知表は、そんなものになっていないという声が聞こえてきそう。
 また、コメント、ください。
22. Posted by Bab   2006年02月27日 14:06
大変申し訳ございません。
過去のエントリーの整理をしていてトラックバックが複数回に渡りなされてしまいました。お手数ですが削除をお願い致します。ご面倒を掛けまして失礼致しました。
23. Posted by toshi   2006年02月28日 07:09
Babさん
 いつもお世話になります。
 TBの件、了解しました。
 今後ともよろしくお願いします。

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